2021年10月3日日曜日

成立過程と二つの系列-「若者のすべて」21[志村正彦LN291]

 十月に入り、一昨日あたりから金木犀の香りが漂ってきた。いつもの年より一週間ほど遅いが、「赤黄色の金木犀」の季節の到来だ。

 前回、「若者のすべて」について、〈「僕」は一人で「最後の最後の花火」を見ているのかもしれない。どちらかというとそのような解釈の方が「若者のすべて」全体の方向に合致しているではないとかと考え始めた。そのためにはこの前のフレーズ「ないかな ないよな なんてね 思ってた/まいったな まいったな 話すことに迷うな」から再検討しなければならない〉と記した。

 この「志村正彦ライナーノーツ」では、「若者のすべて」についてこれまで64回ほど書いてきたが、歌詞の構造やモチーフ、成立過程、基本的な解釈について考察する場合には、番号を付けて掲載してきた。その時期、回数、主な内容をまとめてみる。(2018年、題名に21~25回を付番した記事については、今回、その番号を外した。内容の整合性から判断した)

  • 2013年6月~10月、1~12回、歌詞の構造とモチーフの分析、二つの系列
  • 2014年9月、13~15回、「な」と「ない」の音の連鎖、声の響き。
  • 2015年9月~12月、16~20回、「諦め」の世代、三つの系列

 今回は歌詞の最後のフレーズについての解釈の再検討を行うので、番号を付けて論じていきたい。


 八年前の2013年6月に投稿した第1回〈ファブリックとしての『若者のすべて』-『若者のすべて』1 (志村正彦LN 34)では、この歌の成立過程と作品の構造について次のように考察している。


 『若者のすべて』の中には、歌詞の面でも楽曲の面でも、二つの異なる世界が複合している印象を受ける。そのような印象を持ち続けていたのだが、今回、「若者のすべて」についての発言をたどりなおしたところ、『FAB BOOK』にある興味深いことが書かれていた。
 取材者は、『若者のすべて』が「Aメロとサビはもともとは別の曲としてあったもので、曲作りの試行錯誤の中でその2つが自然と合体していったそうだ」という重要な事実を伝え、さらに「最終段階までサビから始まる形になっていた構成を志村の意向で変更したもの。その変更の理由を「この曲には”物語”が必要だと思った」と、志村は解説する」という経緯を説明した上で、志村正彦の次のコメントを載せている。


ちゃんと筋道を立てないと感動しないなって気づいたんですよね。いきなりサビにいってしまうことにセンチメンタルはないんです。僕はセンチメンタルになりたくて、この曲を作ったんですから。

 つまり、『若者のすべて』は、二つの異なる、「別の曲」、別の世界が(とはいっても、絶対的に異なる世界ではないのだろうが)「自然」に複合されて生まれた作品であるという、ある意味で、驚くべき、しかし感覚としては腑に落ちるような事実が明らかにされている。ものを創造するときに、ある二つの異なるものを複合させたり、複数のモチーフを合体させたりすることは、意外によくあることだろう。意識的な行為としても、無意識の次元での選択としても、あるいは単なる偶然の結果としても、むしろ普遍的なことである。
 志村正彦は、その上で、「筋道」を立て、「感動」に至る過程を練り上げ、「物語」を創造していった。
 『若者のすべて』の中には、歌詞の面でも楽曲の面でも、二つの異なる世界が複合している。「フジファブリック」という名の「ファブリック」、「織物」という言葉を喩えとして表現してみるならば、『若者のすべて』の物語には、《歩行》の枠組みという「縦糸」に、「最後の花火」を中心とする幾つかのモチーフが「横糸」として織り込まれている、と言えよう。


 この「縦糸」と「横糸」を〈僕の歩行〉と〈僕らの花火〉という二つの系列に分けて、青色と赤色に色分けした図を示したい。


 志村正彦は、「Talking Rock!」2008年2月号のインタビュー(文・吉川尚宏氏)で、『若者のすべて』について重要な証言をしている。すでに引用して論じたことのある証言だが、あらためてその全体を引用したい。

最初は曲の構成が、サビ始まりだったんです。サビから始まってA→B→サビみたいな感じで、それがなんか、不自然だなあと思って。例えば、どんな物語にしてもそう、男女がいきなり“好きだー!”と言って始まるわけではなく、何かきっかけがあるから、物語が始まるわけで、同じクラスになったから、あの子と目が合うようになり、話せるようになって、やがて付き合えるようになった……みたいなね。でも、実は他に好きな子がいて……とか(笑)、そういう物語があるはずなのに、いきなりサビでドラマチックに始まるのが、リアルじゃなくてピンと来なかったんですよ。だからボツにしていたんだけど、しばらくして曲を見直したときに、サビをきちんとサビの位置に置いてA→B→サビで組んでみると、実はこれが非常にいいと。しかも同時に“ないかな/ないよな”という言葉が出てきて。ある意味、諦めの気持ちから入るサビというのは、今の子供たちの世代、あるいは僕らの世代もそう、今の社会的にそうと言えるかもしれないんだけど、非常にマッチしているんじゃないかなと思って“○○だぜ! オレはオレだぜ!”みたいなことを言うと、今の時代は、微妙だと思うんですよ。だけど、“ないかな/ないよな”という言葉から膨らませると、この曲は化けるかもしれない! そう思って制作を再スタートさせて、精魂込めて作った曲なんだけど………なんていうか……こう……自分の中で、達成感もあるし、ターニングポイントであることには間違いないんです。すべてに気持ちを込めたし、だから、よし!と思ってリリースしたんだけど、結果として、意外と伝わってないというか……正直、その現状に、悔しいものがあるというか…


 〈サビ→A→B→サビ〉という当初の構成を〈A→B→サビ〉に変更したことは、先ほど引用した『FAB BOOK』の〈最終段階までサビから始まる形になっていた構成を志村の意向で変更したもの。その変更の理由を「この曲には”物語”が必要だと思った」と、志村は解説する〉という記述に符合する。

 さらにここで、志村が〈“ないかな/ないよな”という言葉から膨らませると、この曲は化けるかもしれない! そう思って制作を再スタートさせて、精魂込めて作った曲なんだけど〉と語っているところに注目したい。特に、〈再スタート〉という言葉である。おそらく、「若者のすべて」の制作には中断の期間があった。志村は、“ないかな/ないよな”という言葉を鍵にして、楽曲を再構成し、歌詞を再検討して、制作を再スタートさせたという推論が成り立つ。

 『FAB BOOK』と「Talking Rock!」2008年2月号の証言をまとめると、要点は次の三つになる。

  • Aメロとサビは別の曲であり、曲作りの試行錯誤の中でその2つが自然と合体した。
  • 〈サビ→A→B→サビ〉という展開を〈A→B→サビ〉という展開に再構成した。
  • “ないかな/ないよな”という言葉から膨らませる方向で制作を再スタートした。


 今回は、すでに論じてきたことを振り返りながら、「若者のすべて」の成立過程と二つの系列についてあらためて示した。この作品は楽曲と歌詞の再構成、制作の再スタートという過程を経たことによって、きわめて優れた音楽、詩的作品へと成長していった。次回からは、最後の場面の解釈を再検討していきたい。

      (この項続く)


2021年9月26日日曜日

NHK「山梨・花火専門店 静かな夏物語」/「僕」は一人で「最後の最後の花火」を見ている[志村正彦LN290]

 一昨日9月24日、NHK「ドキュメント72時間」の「山梨・花火専門店 静かな夏物語」が放送された。番組webにはこう紹介されている。

手持ち花火・打ち上げタイプ・線香花火など、400種類もそろう山梨の小さな花火専門店が舞台。地域の伝統的な打ち上げ花火大会のないこの夏、身近な人と花火をしようと多くの人が訪れる。カレーの香りがするユニークな花火を選ぶ家族や、孫のためにまとめ買いをする老夫婦。高齢者施設の入居者に楽しんでもらおうという地元の介護士など。それぞれ大切な人と、静かな夏を過ごそうとする人たち。どんな思いで花火を見つめるのか。

 この「伝統的な打ち上げ花火大会」は、山梨県市川三郷町で開催される「神明の花火」。甲府盆地の南にあるこの地は江戸時代から花火の産地であり、ここの花火大会は日本三大花火の一つとされてきた。昨年はコロナ禍のために中止されたが、九月、市川三郷町と花火業者が『世界に届け「神明花火」平和への祈り』と題して、フジファブリック「若者のすべて」に合わせて500発以上の花火を打ち上げたことを〈「神明花火 ~平和への祈り~」と『若者のすべて』[志村正彦LN264]〉でも書いた。

  この花火専門店は、市川花火の里「はなびかん」という店である。この店に集う人々、特に家族の物語が味わい深かった。花火に寄せて語られる言葉も心に沁みてきた。NHKBS1は10月1日(金)午後5:00、NHK総合1(東京)は10月2日(土)午前11:24、甲府局では「ヤマナシクエスト」枠で10月1日(金)午後7:30から再放送される。NHKオンラインの見逃し配信でも視聴できる。


 子供の頃に家族とともに花火をした思い出がある人が多いだろう。花火の物語は家族の記憶と結びついている。そのことをこの番組であらためて感じた。また花火大会も家族や友人や恋人とともに見に行っただろう。そのような前提で、志村正彦・フジファブリック「若者のすべて」の歌詞も受けとめていた。

 最後の最後の花火が終わったら

   僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


 このフレーズについてはもう八年ほど前になるが、〈「僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ」-『若者のすべて』7 (志村正彦LN 48)〉で次のように書いた。


 「同じ空を見上げているよ」というのも、「僕ら」の関係のあり方を考察する上で興味深い。花火の場面では通常、人は隣り合わせで横に座り、前方上方の花火を見るという位置取りが考えられる。美しい花火の彩りに時に感嘆をあげ、光が消えて煙や空が広がり、次の花火が打ち上がるまでの 間合いには、とりとめのない、たわいない会話をする。その場に一緒にいるという雰囲気を楽しむ。花火の空を見上げるという行為自体が、夏の「余白」のような時の過ごし方である。

 そして、「僕ら」が「同じ空を見上げている」のであれば、「僕ら」の眼差しは向き合っていないことになる。同じ位置で同じ空の方向に視線を向けている。時には互いに視線を交わすことがあるとしても。


 つまり、「僕ら」は花火大会で再会を果たして隣り合わせで「同じ空」の花火を見上げている、同じ位置で同じ空の方向に視線を向けている、という解釈である。しかし、ほんとうにその解釈でよいのか、という問いが生まれてきた。別の解釈の可能性、この「僕ら」は同じ場所ではなく別々の場所で空を見上げている、という捉え方もありえる。つまり、歌の主体「僕」は、あくまでも一人で、空の花火を見上げている。誰かとともに見ているのではない。もちろん歌の解釈なので一つの可能性の選択にすぎない。「僕」は一人で「最後の最後の花火」を見ているのかもしれない。どちらかというとそのような解釈の方が「若者のすべて」全体の方向に合致しているではないとかと考え始めた。

 そのためにはこの前のフレーズ「ないかな ないよな なんてね 思ってた/まいったな まいったな 話すことに迷うな」から再検討しなければならない。

 (この項続く)

2021年9月19日日曜日

「若者のすべて」隅田川花火の番組、ビコマナ[志村正彦LN289]

  もう九月の下旬だが、今回も「若者のすべて」の話題を二つ取り上げたい。

 昨夜、テレビ東京の『隅田川花火大会 特別編~ありがとう&がんばろう日本2021~』本編の導入部で、2020年の映像がインサートされて「あれから1年 願いは届かなかった」のテロップと共に、フジファブリック「若者のすべて」の音楽が始まった。

 隅田川の風景、夕暮れ、ひまわり、水田と山、コロナ禍の状況、ブルーインパルスの飛行、オリンピック開会式の花火、オリンピックの様子と、2021年の夏の映像を背景として、2分弱に短縮されていたが、志村正彦の声が「最後の最後の花火が終わったら/僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ」まで流れていた。「若者のすべて」は、夏の風物詩の花火を歌う代表曲として確固たる位置を占めつつあると言えよう。

 『隅田川花火大会 特別編』の花火は、〈隅田川の花火師たちが集い、コロナ禍で奮闘する医療従事者に敬意を、東京オリンピック・パラリンピックで希望と感動を与えてくれたアスリートたちへの感謝の気持ちを込めて打ち上げる、希望の花火〉というコンセプトだった。44年の歴史を振り返る、懐かしい映像もあった。花火は昭和という時代によく似合う。

 実際の花火は所沢の西武園ゆうえんちで打ち上げられた。台風の影響による雨天だったのが残念だったが、2021年夏の最後の最後を告げる花火となった。


 一週間ほど前の9月12日、南アフリカの姉弟ミュージシャン「ビコマナ」Biko's Mannaが「若者のすべて」のカバーをyoutubeに発表した。昨年、NHKの番組で日本の楽曲を日本語でカバーする「ビコマナ」のことは知っていた。日本語の歌と南アフリカの姉妹という組合せが何とも新鮮だった。

〈フジファブリック 若者のすべて  ビコマナ〉この素晴らしい映像を紹介したい。



 演奏者は、姉Biko ビコ、弟Manna マナ、そしてパーカッショニは父Sebone シボーネ、ダンスをしているのは弟Mfundo フンドゥだと思われる。

  彼らをサポートするストリートアートチーム「Urban Cohesion」代表の服部アラン氏は、BuzzFeedの記事で次のように述べている。 〈スピッツ、椎名林檎、King Gnu…アフリカの姉弟アーティストはなぜJ-POPを"日本語で"をカバーするのか〉(石井 洋 BuzzFeed Staff, Japan)

・基本的にチームメンバーは日本語がまったく話せないので、歌詞をローマ字で見て、曲を聴いて耳で雰囲気を掴んでいます。
・それでも声に出してみた発音で伝わるのかわからないし、YouTubeで求められるクオリティがどの程度かもわからない。とにかく沢山聴いて、時間をかけて取り組んでいました。
・日本の曲には綿密に作りこまれている作品が多く、いろいろと学びがあるようです。音作りだったり、音符の数だったり、曲の聴かせ方を細部までこだわっていたり。


 つまり、ビコマナは「若者のすべて」の意味を理解して歌い、奏でているのではない。「若者のすべて」の声や音を純粋な響きとして耳で受けとめ、彼らなりに再現しているのだ。特に、「何年経っても思い出してしまうな/ないかな ないよな きっとね いないよな」の「な」の頭韻と脚韻の響きが力強くそして切ない。ビコが時々胸に手を当てるしぐさも曲の雰囲気に合っている。(ところで、このBikoビコという名は、ピーター・ゲイブリエル「Biko」で歌われる、あのスティーヴン・ビコ(Stephen Biko)と関わりがあるのだろうか)最後にフンドゥが紙飛行機を飛ばそうとするシーンも可愛い。紙飛行機は「若者のすべて」をのせて日本の空に飛んでくるかのようだ。

 ビコの歌は、志村正彦の歌詞の日本語の響きを聴き手に伝えている。歌の言葉の不思議なところである。言葉の意味はそのままでは国境を越えられないが、言葉の音と響きは国境を越えるのだ。

 「僕ら」は同じ空を見上げ、同じ響きを聴いている。

2021年9月12日日曜日

2021年の夏-「若者のすべて」 [志村正彦LN288]

 九月に入り、雨の日が続く。暑さはまだ残っているが、秋の近づく気配がする。

 甲府のある通信制高校から勤務先の大学に要請があり、九月初めに出張講義「ロックの歌詞から日本語の詩的表現を考える」を行った。当初は通常の講義を予定していたが、山梨県がコロナ感染のまん延防止等重点措置を取ったために、Zoomによるオンライン遠隔授業に変わった。オンラインの出張講義は初めてだったが、この一年半の遠隔授業の経験によって、とどこおりなく実施することができた。

 講義の対象作品は「若者のすべて」。表現の技法の観点からいって、この作品が最も適切であり、季節の感覚にも合っている。チャットに書いてもらった生徒の初発の感想には、〈「すりむいたまま 僕はそっと歩き出して」を境に、過去と現在に分けられると思う〉〈「な」がたくさん使われていて優しく言いかけてる感じ〉というように、表現を根拠とした優れたものが多かった。この歌には歌詞そのものに向き合わせる力がある。

 このところ、fujifabric.comのINFORMATIONから、〈「若者のすべて」の採用が決定〉という二つの情報が伝えられた。

 2021.08.31付の情報で〈「令和4年度 高等学校用教科書 音楽Ⅰ MOUSA1」に「若者のすべて」の採用が決定〉と伝えられた。公式サイトからの初めての通知である。 (この件について、このブログではすでに5月に〈高校音楽教科書の『若者のすべて』[志村正彦LN273]〉という記事を書いた)

 この情報を受けて、スポニチに〈フジファブリック「若者のすべて」 高校の音楽教科書に採用 09年死去の志村正彦さんが作詞作曲 [2021年8月31日]〉という記事が掲載された。この記事の全文を引用しておきたい。

 ロックバンド「フジファブリック」のスタッフによるツイッターが31日、更新され、代表曲「若者のすべて」が高校の音楽の教科書に採用されたことを発表した。

 ツイッターでは「『若者のすべて』が『令和4年度 高等学校用教科書 音楽Ⅰ MOUSA1」にて採用されることになりました」と報告。同曲は2007年にリリースされ、夏の終わりを感じさせる曲調が多くのファンの支持を集めた。また、桜井和寿や槇原敬之らがカバーするなど、多数のミュージシャンからも支持された。
 教育芸術社から発行される教科書でバッハやモーツァルトら古典音楽から最新音楽までを網羅。「時代を彩る歌唱教材」として、米津玄師「Lemon」などとともに取り上げられている。
 2009年に29歳の若さで亡くなった元メンバーの志村正彦さんが同曲を作詞、作曲を手がけており、フォロワーからは「志村さんのお名前が教科書に掲載されると思うと感慨深いです」などとコメントが寄せられた。

 フジファブリックの公式サイトの通知やスポニチの記事によって、音楽ファンにも広がっていったのだろう。twitterなどでも話題になっていた。

 2021.09.03付で〈スカパー!夏フェスキャンペーンCMに「若者のすべて」の起用が決定!〉という通知があり、早速その映像を見た。ここにもその動画を添付したい。

 この〈スカパー!夏フェスキャンペーンCM(Full ver.)〉には次の説明がある。

フェス好きの皆さんからTwitter・Instagramで募集した思い出の写真を、フジファブリック『若者のすべて』と共に映像にしました。「何年経っても思い出してしまうな」そんな大切な思い出を振り返り、そして「いつもの夏が早く戻ってきますように。」という気持ちを込めたCMです。

 今年は中止になってしまったROCK IN JAPAN FESTIVAL、SWEET LOVE SHOWER、RISING SUN ROCK FESTIVALなどの会場でのかつての写真を背景に、「若者のすべて」が流れる。「何年経っても思い出してしまうな」がキーワードになり、この一節は3回ほどテロップとして映し出されていた。「若者のすべて」の歌詞世界は多様で複雑であるが、不思議なことに、「何年経っても思い出してしまうな」が繰り返し強調されると、この歌のテーマが「何年経っても思い出してしまうな」に集約されるように聞こえてくる。

 もう一つ、映像がある。UYTテレビ山梨のサイトにある〈やまなしドローン紀行〉#34 富士吉田市特集。志村の故郷の街並、富士山、新倉山浅間神社、吉田の火祭りなどのドローン撮影による美しい映像が、「若者のすべて」のBGMにのせて2分40秒ほど映し出される。このドローン映像はいつも秀逸だ。今年の7月上旬から8月上旬に撮影されたようであるが、吉田の火祭りは2018年や2019年のものが使われている。

 9月6日、NHK甲府のニュースで、〈高校の音楽教科書 志村正彦さんの「若者のすべて」掲載〉という報道があった。この日は朝から夜まで何回もこのニュースが仕えられた。甲府放送局のwebにこの映像と記事がある。この記事はNHK全国版のwebにも掲載されている。以下、フジファブリックに取材したコメント部分を引用する。

現在も人気のバンドとして活動を続けているフジファブリックは、「高校の音楽の教科書に採用されることによって、世代を超えてたくさんの学生の方に『若者のすべて』を知ってもらう機会をいただき、とても光栄です。作詞作曲を手掛けた志村君もきっと喜んでいることと思います」とコメントしています。

 9月8日、YBS山梨放送の「ワイドニュース」でも取り上げられていた。さらに9月10日、山梨日日新聞の社会面に、〈フジファブ教科書に 若者のすべて 代表曲 来年度 故志村正彦さん(富士吉田市出身)が制作〉という記事が掲載された。この教科書を作成した教育芸術社に取材した部分を引用する。

同社の担当者は「編集者が学校の先生と共に選曲したが、『すごくいい曲だ』という意見で一致した。」生徒たちが生まれる前の曲だが、エバーグリーン(不朽)でポップな曲だと思った」と理由を説明した。

〈編集者が学校の先生と共に選曲した〉ことを初めて知ったが、〈すごくいい曲〉〈エバーグリーン(不朽)でポップな曲〉と高く評価されたようだ。この〈不朽〉、いつまでも価値を失わずに残るところが、教科書採用の決め手になったのだろう。


 スカパー!とUTYの二つの映像に関連して、志村正彦の発言を振り返りたい。 2007年12月、彼は両国国技館ライブの『若者のすべて』のMCで、この曲についてこう語っていた。

いろんな日があると思うんですけど、そんな日のたびに、立ち止まっていろいろ考えていたんですよ、僕は。んーだったら、それはちょっともったいないなあという気がしてきまして。だったら、こうなんかこう、なんかあの、BGMとか鳴らしながら、歩きながら、感傷にひたるってのがトクじゃないかな、って思って。

 志村は、「立ち止まっていろいろ考えていた」というあり方から、「BGMとか鳴らしながら、歩きながら、感傷にひたる」方法を見つて、歩き出そうとする。歌詞の一節「すりむいたまま 僕はそっと歩き出して」がそれに呼応している。「BGMとか鳴らしながら」「感傷にひたる」とあるが、「感傷」とは「僕」という主体の感情や感覚、志村の言葉で言い換える「センチメンタル」になることであり、BGM、background musicとはその背景に流れる音楽のことである。彼は歩きながら、「感傷」や「悩み」との対話を試みる。そして、映画を上映するように、「僕」と「僕ら」の物語を歌う。この歌の聴き手は、自分自身の物語を、心のスクリーンに重ねていく。『若者のすべて』は志村が築いた物語ではあるが、それ共に、聴き手自身の心の物語のBGMとしても機能する。

 この〈スカパー!夏フェスキャンペーンCM〉や〈やまなしドローン紀行〉を見る者は、『若者のすべて』に導かれるようにして、自分自身の物語を心のスクリーンに投映していく。音楽フェスの体験、富士吉田の街や富士山の想い出。「何年経っても思い出してしまうな」はその導きの言葉として調べとして、聴き手に強く、そしていくぶんか儚げに作用していく。

 志村正彦の言葉は、《意味》として以上に具体的な《作用》として、聴き手に働きかける。「何年経っても思い出してしまうな」という言葉は単なる意味を伝えるのではなく、聴き手の回想や想像の力を刺激して、実際に何か大切な情景を思い出させる。そのような作用をすることが、この歌が人々に愛される理由であろう。2021年の夏、「若者のすべて」は、人々にとってすでに「何年経っても思い出してしまう」作品となっている。


追記:9月5日に投稿した後に新たな報道や情報がありましたので、その分を追加して、新しい記事として再構成して投稿します。

2021年8月22日日曜日

フルートのトリル、鳥の囀る声。―「浮雲」3[志村正彦LN287]

 前回書いた「浮雲」のフルート音について、少し補足してみたい。歌詞を再度引用する。


 1A  登ろう いつもの丘に 満ちる欠ける月
 1B  僕は浮き雲の様 揺れる草の香り
 1C  何処ぞを目指そう 犬が遠くで鳴いていた
 1D  雨で濡れたその顔に涙など要らないだろう

 2A  歌いながら歩こう 人の気配は無い
 2B  止めてくれる人などいるはずも無いだろう
 2C  いずれ着くだろう 犬は何処かに消えていた
 2D  雨で濡れたその顔に涙など要らないだろう

   3C  消えてしまう儚さに愛しくもあるとしても
   3D  独りで行くと決めたのだろう
 3D  独りで行くと決めたのだろう


 1D、2Dと繰り返される〈雨で濡れたその顔に涙など要らないだろう〉。〈雨で〉そして〈濡れた〉の旋律を追いかけるようにフルートの音が入る。〈涙など要らないだろう〉にはフルート音が絡まり、志村の声と対話するかのように響いていく。3C〈消えてしまう儚さに愛しくもあるとしても〉も同様の入り方をする。特に〈愛しくもあるとしても〉以降、フルートの音はほぼ持続的に奏でられる。

 3D〈独りで行くと決めたのだろう〉のところでは、フルートのトリルの音が美しく重なっていく。ギターを激しく鳴らす音は〈独りで行くと決めたのだろう〉という〈僕〉の決意を促す。高く澄み切った音色は〈僕〉の孤独や不安を奏でている。それと対照的に、鳥の囀りのようなフルートのトリルは、〈独りで行くと決めたのだろう〉という〈僕〉をそっと見まもるかのように響く。やわらかくやさしい音であり、ある種の〈儚さ〉も感じる。〈いつもの丘〉で囀る鳥の音を再現している旋律でありアレンジであるかのように、筆者には聞こえてきた。また、この音はやはりフルート奏者が奏でている本物のフルートの音だろう。人間の息の感触がそのまま音に溢れ出ている。意識的か無意識的かは分からないが、志村正彦は「浮雲」にそのような音を必要としたのではないだろうか。ロックの楽曲の中にある種の《自然》を求めたと言えるかもしれない。そのような試みの到達点が「セレナーデ」であろう。

 2004年2月リリースの3rdミニアルバム『アラモルト』で「浮雲」のリメイクが収録されているが、フルートの音は入っていない(フルートに近い音は少しあるのだが、シンセサイザー音源だろう)。『アラカルト』ヴァージョンの演奏時間が5分15秒に対して、『アラモルト』ヴァージョンは6分13秒とテンポも遅くなっているなど、かなり違いがある。「浮雲」に関しては『アラカルト』ヴァージョンの方が格段に優れている。


 山に囲まれている土地のゆえか、山梨では住宅地であっても、いろいろな鳥の囀りが聞こえてくる。早朝、鳥の声で目を覚ますことも時にある。自然の中に在るという感触につつまれる。

 〈いつもの丘〉の林の中では、どのような鳥の声が聞こえてくるのか。囀る音はどのように響くのか。志村正彦も鳥の囀る声を聞いていたに違いない。そのような光景が浮かんできた。


2021年8月18日水曜日

フルート音の叙情性-「浮雲」2 [志村正彦LN286]

 志村正彦・渡辺隆之・田所幸子の3人のメンバーは「浮雲」について、新宿ロフトrooftopの〈【復刻インタビュー】フジファブリック(2002年10月号)-歌心を大切にした注目のバンドがついに単独作をリリース!〉で次のように語っている。(text:mai kouno/coa graphics)


──なるほど。『浮雲』で特に感じたのですが、言葉ののせ方や選び方がとても独特で面白いですね。
志村:あぁ、すごい嬉しいです。演奏の雰囲気が大体決まってから、イメージにそった歌詞を考えているんですが、リズムにのった歌詞を作ろうと心がけています。例えばすごく静かな所では、小さい「つ」を使わないでわりと平べったく聴かせようとか。「浮雲」は曲が昔っぽいイメージだったので、想像していたら自然に古風な言葉が湧き出てきた感じですね。
──全体の曲の雰囲気も、今現在にはなかなかない感じだと思ったのですが。
渡辺:意図はしていないですよ(笑)。
田所:やっぱりみんな、昔の音楽が好きだったりするから、それが自然と音に出ているんじゃないかなぁ。
志村:昔の音が好きというか、今の音楽を知らないだけで(笑)。

 

 志村は、 「浮雲」は〈昔っぽいイメージ〉の曲に〈古風な言葉〉が自然に湧き出てきたと述べている。この楽曲にはフルート(のような)音が入っているが、クレジットにはその演奏者が記されていない。キーボード奏者によるシンセサイザー音源かもしれない。間奏からエンディングに向けて、志村の声とギターの音とフルートの音が複雑に絡み合うところが非常に印象的である。息を吹き込んで空気を振動させて出すフルートの音は人の声との親和性が高い。そして、フルートの音には独特の叙情性がある。「浮雲」の孤独な詩的情緒をフルートの持つ叙情的な音がやわらかく響かせている。

 一般的にはフルートの入ったロックというと、イアン・アンダーソンIan Anderson のジェスロ・タル  Jethro Tull が挙げられるだろうが、プログレッシヴ・ロックの中では、ピーター・ゲイブリエル在籍時のジェネシスGenesis がまず思い浮かぶ。洋楽の中での僕の最愛のバンドである。ピーター・ゲイブリエルはフルートを使って、独創的な楽曲を創っていた。

  youtubeで、ピーター・ゲイブリエルがフルートを演奏している映像を探したところ、次の貴重な映像が見つかった。1972年3月、ベルギーのテレビ番組「Pop Shop」の収録。この時期の編成は次の五人。

ピーター・ゲイブリエル Peter Gabriel   (leadvocals/flute/tambourine)
マイク・ラザフォード Mike Rutherford  (keyboards and rhythm guitar)
トニー・バンクス Tony Banks   (Keyboards)
スティーヴ・ハケットSteve Hackett    (lead guitar)
フィル・コリンズ Phil Collins    (drums and backing vocals)

 演奏曲は「The Fountain Of Salmacis」「Twilight Alehouse」「The Musical Box」「The Return Of The Giant Hogweed」。3曲目「The Musical Box」の15:25あたりから1分間ほど、ピーターのフルート演奏がある。「The Musical Box」では、老人の仮面や狐の仮面を被ることが多いのだが、この映像では素顔のピーター・ゲイブリエルを見ることができるのが貴重である。「The Musical Box」の歌詞は多層的な意味合いを持つ。ピーター・ゲイブリエルはイギリスの孤高のロックの詩人でもある。



 志村正彦がピーター・ゲイブリエルの直接的な影響を受けているのではないだろうが、フルートを効果的に使ったプログレッシヴ・ロックという大きな枠組の中ではその影響の範囲内にいるとも考えられる。

 先の引用箇所でキーボードの田所は、〈やっぱりみんな、昔の音楽が好きだったりするから、それが自然と音に出ているんじゃないかなぁ〉と述べている。所謂第2期(2001年9月~2002年12月)のフジファブリック、Vo.Gt.志村正彦、Key.田所幸子、Dr.Cho.渡辺隆之の3人が、〈昔の音楽〉ロックの古典を研究したことが、「浮雲」をはじめとする1stミニアルバム 『アラカルト』の独創的な作品として結実していると言えるだろう。

2021年8月8日日曜日

独りで行くと決めたのだろう-「浮雲」1 [志村正彦LN285]

 「お月様のっぺらぼう」「午前3時」と、月をモチーフとする作品を続けて取り上げたが、1stミニアルバム 『アラカルト』には〈満ちる欠ける月〉を歌った「浮雲」という曲がある。この曲も「フジファブリック Official Channel」で公開されている。

 浮雲 · FUJIFABRIC
 アラカルト ℗ 2002 Song-Crux Released on: 2002-10-21
 Lyricist: Masahiko Shimura Composer: Masahiko Shimura

 演奏は、Vo.Gt. 志村正彦、Key.田所幸子、Dr.Cho.渡辺隆之、サポートメンバーGt.萩原彰人、Ba.Cho.加藤雄一の五人。



 以前にも紹介したが、荒川洋治は〈詩の基本的なかたち〉について、起承転結を示すABCDの記号を使って、〈Aを承けて、B。Cでは別のものを出し場面を転換。景色をひろげる。大きな景色に包まれたあとに、Dを出し、しめくくる。たいていの詩はこの順序で書かれる。あるいはこの順序の組み合わせ。はじまりと終わりをもつ表現はこの順序だと、読者はのみこみやすい〉と述べている。(『詩とことば』岩波書店2004)


 「浮雲」にも、この起承転結のかたちがある。ABCDの記号を付けた上で引用したい。


    浮雲 (作詞・作曲:志村正彦)

 1A  登ろう いつもの丘に 満ちる欠ける月
 1B  僕は浮き雲の様 揺れる草の香り
 1C  何処ぞを目指そう 犬が遠くで鳴いていた
 1D  雨で濡れたその顔に涙など要らないだろう

 2A  歌いながら歩こう 人の気配は無い
 2B  止めてくれる人などいるはずも無いだろう
 2C  いずれ着くだろう 犬は何処かに消えていた
 2D  雨で濡れたその顔に涙など要らないだろう

 3AB
   3C  消えてしまう儚さに愛しくもあるとしても
   3D  独りで行くと決めたのだろう
 3D  独りで行くと決めたのだろう


 1ABと2ABは、《起》と《承》の部分である。歌の主体〈僕〉が〈登ろう〉とする〈いつもの丘〉は、志村正彦が子供の頃から親しんでいた新倉山浅間神社・公園のある丘である。いわずとしれた、桜の名所でもある。〈僕〉は〈満ちる欠ける月〉の光景のもとで、〈浮き雲〉のように漂い、彷徨うにして、〈揺れる草の香り〉に導かれて、丘を登る。〈僕〉は〈歌いながら歩こう〉とする。〈人の気配は無い〉〈止めてくれる人などいるはずも無いだろう〉というように、この丘には誰もいない。〈僕〉の歌が誰かに聞こえることはない。

 今でこそ、この新倉山浅間神社・公園は観光名所になっているが、十年ほど前までは地元の人にとっての場であった。「浮雲」の〈いつもの丘〉は静かな丘であり、夜ともなれば寂しい場所でもあった。

 1Cと2Cには、〈犬〉が登場する。〈何処ぞを目指そう〉から〈いずれ着くだろう〉という〈僕〉が歩く時間の経過と共に、〈犬〉も〈遠くで鳴いていた〉から〈何処かに消えていた〉というように、その姿を消していく。犬の吠え声が《転》、歌の転換点となり、1Dと2Dの〈雨で濡れたその顔に涙など要らないだろう〉という《結》の表現が現れる。

 〈いつもの丘〉に雨が降る。雨雲が漂い、その切れ間で〈月〉は〈満ちる欠ける〉。月光のかすかな明かりと暗がりが交錯する情景。〈雨〉に濡れる〈僕〉の〈顔〉。〈涙など要らないだろう〉というのは、〈涙〉が無いことを示しているのではない。〈いつもの丘〉の陰影の濃い情景を背景に、〈僕〉の心の中で陰影のある〈涙〉が静かにこぼれる。

 1のABCDと2のABCDは同一の構造であり、起承転結の物語を作っている。志村正彦の作品には、「茜色の夕日」の〈晴れた心の日曜日の朝/誰もいない道 歩いたこと〉、「若者のすべて」の〈すりむいたまま 僕はそっと歩き出して〉を始めとして、《歩行》のシーン、モチーフが多い。その《歩行》の原点となる場が、この〈いつもの丘〉ではないだろうか。この丘の近くで志村正彦は生まれ育っている。この丘の近くを散歩し、時にこの丘を登ったようだ。

 3のABは言葉としては表れていないが、1ABCDと2ABCDの物語が含意されていると考えたい。それを受けて、3Cの〈消えてしまう儚さに愛しくもあるとしても〉が登場する。〈消えてしまう儚さ〉という表現は、漂い、移ろい、どこかに消えていく〈浮雲〉のイメージから導かれたのだろう。おそらく〈僕〉は故郷を離れようとしている。離れようとする故郷の〈いつもの丘〉の光景を、儚きもの、愛しきものとして受けとめている。そしていくぶんかは、自分自身を儚きものとして感じとっているのだろう。〈僕は浮き雲の様〉であるのだから。

 3Cによる《転》によって、3Dの〈独りで行くと決めたのだろう〉という問いが生じる。この3Dの言葉が「浮雲」全体の《結》となる。これは〈僕〉の〈僕〉自身に対する問いかけである。故郷から独りで出て行く、そう決めたことを繰り返し問いかけたのではないだろうか。その問いかけには、自分を納得させようとする、自分に言い聞かせようとする響きもある。ためらいや後ろ髪を引かれる思いがあったのかもしれない。そうであっても、〈僕〉はやはり〈独りで行く〉ことに決めたのだ。

 そう〈あるとしても〉、こう〈決めた〉の〈だろう〉という語り口は、きわめて志村らしい。この仮定と帰結、それについての自らの問いかけという話法を、志村は繰り返し用いた。たとえば、「桜の季節」では〈桜の季節過ぎたら/遠くの町に行くのかい?〉という別離についての仮定と帰結、その問いかけが歌われている。そして〈ならば愛をこめて/手紙をしたためよう〉と、この歌にも〈愛〉が表現されている。また、「桜の季節」の舞台も「浮雲」の〈いつもの丘〉だと考えることもできる。「浮雲」と「桜の季節」という作品は、その物語も風景も異なるが、志村正彦の出郷、故郷を離れて他の地へ出て行くことを表した二つの歌だと言えるかもしれない。 


 「浮雲」を聴くといつも感じることがある。志村正彦の〈独りで行くと決めたのだろう〉という声のただならぬ寂寥感だ。それは痛ましいほど痛切に孤独に響く。「浮雲」の歌詞を追っていっても、この表現を了解することは難しい。この歌の核心にはたどりつけない。そんな思いにとらわれる。


2021年8月1日日曜日

今宵満月 夢見たく無くて-「午前3時」[志村正彦LN284]

 「お月様のっぺらぼう」の世界では、〈俺〉の〈一人旅〉は、夢を見ることによって、〈月〉の〈夜〉から〈虹〉の〈空〉へと出かける。そしてその〈一人旅〉は、〈虹〉の〈空〉から〈月〉の〈夜〉へと帰還する。言葉と楽曲それぞれのループ、言葉と楽曲の間のループによって、〈一人旅〉の往還を歌った。

 この「お月様のっぺらぼう」と対照的な作品がある。「午前3時」だ。2002年10月リリースの1枚目ミニアルバム 『アラカルト』の三曲目に収録された。この曲も「フジファブリック Official Channel」で公開されている。

       午前3時 · FUJIFABRIC
  アラカルト  2002 Song-Crux Released on: 2002-10-21
  Lyricist: Masahiko Shimura Composer: Masahiko Shimura

 演奏は、Vo.Gt. 志村正彦、Key.田所幸子、Dr.Cho.渡辺隆之、サポートメンバーGt.萩原彰人、Ba.Cho.加藤雄一、武本俊一(担当楽器の記載なし)の六人である。



    

 歌詞をすべて引用しよう。行番号も付けたい。


午前3時(作詞・作曲:志村正彦)

1  赤くなった君の髪が僕をちょっと孤独にさせた
2  もやがかった街が僕を笑ってる様

3  鏡に映る自分を見ていた
4  自分に酔ってる様でやめた

5  夜が明けるまで起きていようか
6  今宵満月 ああ

7  こんな夜、夢見たく無くて 午前三時ひとり外を見ていた

8  短かった髪がかなり長くなっていたから
9  時が経っていた事に気付いたんだろう

10  夜な夜なひとり行くとこも無い
11  今宵満月 ああ

12  こんな夜、夢見たく無くて 午前三時ひとり外を見ていた

13  赤くなった君の髪が僕をちょっと孤独にさせた
14  もやがかった街が僕を笑ってる様

15  こんな夜、夢見たく無くて 午前三時ひとり外を見ていた
16  こんな夜、夢見たく無くて 午前三時ひとり外を見ていた


 70年代前半のイギリスのプログレッシヴ・ロックの曲調に乗せて、言葉が編み出されている。歌詞を一行ごとに追っていきたい。

 第1行〈赤くなった君の髪が僕をちょっと孤独にさせた〉。冒頭にいきなり〈赤くなった君の髪〉という描写があり、〈君〉という二人称が登場する。文字通りに〈赤くなった〉を髪の色の変化と捉えて、〈僕をちょっと孤独にさせた〉という〈僕〉の受け止め方を考え合わせると、この〈君〉は女性であり、〈僕〉と〈君〉ととの間には、恋愛か何か特別な関係があるのだろう。あるいは、〈赤くなった君の髪〉は、赤色を帯びた満月の描写という可能性もある。赤くなった〈今宵満月〉の光景が〈僕〉を孤独にさせる。

 この〈孤独〉という直接的な表現が使われたのは、全歌詞の中でこの「午前3時」と『CHRONICLE』収録の「Clock」だけである。志村はこの言葉の定型性、説明的なニュアンスを回避したかったのだろう。「Clock」(作詞・作曲:志村正彦)の該当箇所を引用する。

今日も眠れずに 眠れずに
時計の音を数えてる
いつも気がつけば 気がつけば
孤独という名の 一人きり

 〈今日も眠れずに〉〈時計の音〉〈孤独という名の 一人きり〉という表現に、「午前3時」との関連が見いだせる。

 「午前3時」に戻ろう。第2行〈もやがかった街が僕を笑ってる様〉。この歌の現在時は〈午前三時〉という深夜。夜中の雲が満月の光を反射して、〈街〉が〈もやがかった〉ように見えるのだろうか。満月の夜の靄がかった微妙な暗部の光景が、〈僕〉を突き放すように〈笑ってる様〉と感受している。

 第3行〈鏡に映る自分を見ていた〉、第4行〈自分に酔ってる様でやめた〉。歌の主体〈僕〉は〈鏡に映る自分〉を見る。〈僕〉という〈自分〉が〈自分〉の鏡像を見つめることは、ナルシスの神話を想わせる。ナルシスは水面という鏡に映った自分自身の像に恋をしてその鏡像から離れることができなくなるが、「午前3時」の〈僕〉は〈自分に酔ってる様でやめた〉というように、自己の鏡像から離れようとする。自己という閉域、閉じられた世界から遠ざかろうとするのだ。〈鏡〉という言葉は志村の全歌詞の中でこの歌にしか使われていないことにも留意したい。(「東京炎上」に〈目と目が合った君は万華鏡〉という言葉はあるが)また、この箇所は、曲調が変化し、声も抑制するようにして、独特の歌い方をしている。

 第5行〈夜が明けるまで起きていようか〉、第6行〈今宵満月 ああ〉。〈満月〉の夜、夜明けまで起きていようかという覚醒の持続への意志は、第7行〈こんな夜、夢見たく無くて 午前三時ひとり外を見ていた〉につながっていく。

 前回論じた「お月様のっぺらぼう」では、〈俺、とうとう横になって ウトウトして/俺、今夜も一人旅をする!/あー ルナルナ お月様のっぺらぼう〉というように、月夜の〈一人旅〉は夢を見ることへの旅であった。それと正反対に「午前3時」では、同じ月夜ではあっても、〈夢見たく無くて〉〈ひとり外を見ていた〉と歌われている。(〈夢見たく無くて〉の〈夢〉は睡眠中の夢ではなくて、実現させたい事柄という意味での夢の可能性もあるが)夢を見ることと夢を見ないこと、睡眠と覚醒の持続。この二つの作品の対比の関係は明らかである。「午前3時」では、夢を見たくないから一人外を見ていたという解釈も成り立つ。第3・4行にある、〈僕〉が自己の鏡像から離れて、自己愛の閉域から遠ざかろうとすることが、この〈ひとり外を見ていた〉に接続していくのかもしれない。自己の外部、〈外〉、外の世界を見ることは、自己の内部に目を向けることからの回避につながる。

 第8行〈短かった髪がかなり長くなっていたから〉の〈髪〉は、〈君〉のものなのか〈僕〉のものなのかは分からない。どちらにしろ、第9行〈時が経っていた事に気付いたんだろう〉という時の経過に気づく。あるいは、満月の様子の変化による時間の進行を描いているのかもしれない。

 第10行〈夜な夜なひとり行くとこも無い〉は、通常の意味で、〈夜な夜な〉特に〈午前三時〉頃に〈ひとり行く〉場所はないだろう。あるいは、この〈ひとり行く〉は「お月様のっぺらぼう」の〈今夜も一人旅をする〉との関連があるのかもしれない。「午前3時」では〈一人旅〉ではなく〈ひとり外を見ていた〉のだから。

 第11行から16行までは反復であり、〈こんな夜、夢見たく無くて 午前三時ひとり外を見ていた〉に収斂される。志村の歌い方は、〈夢〉〈見たく〉〈無くて〉というように分節されて、〈無くて〉が強調されているようにも感じられる。〈なくて〉ではなく〈無くて〉と、〈無〉という漢字が使われたこともその印象を強める。

 この「午前3時」の音源はその後リテイクされていない。また、ライブ映像にも残されていない。初期作品の中では実験的な習作の意味合いが強いことがその理由かもしれない。しかし、「午前3時」と「お月様のっぺらぼう」という《月夜》をモチーフとする対照的な作品を試みているところに、インディーズ時代の志村正彦の実験が刻印されている。やがてその言葉と楽曲の実験は作品の成果として結実していくだろう。

2021年7月25日日曜日

言葉のループ 「お月様のっぺらぼう」2 [志村正彦LN283]

  志村正彦・フジファブリック「お月様のっぺらぼう」の音源は、2019年12月23日から、「フジファブリック Official Channel」で公開されている。これはありがたい。

  お月様のっぺらぼう · FUJIFABRIC
  アラモード 2003 Song-Crux Released on: 2003-06-21
  Lyricist: Masahiko Shimura Composer: Masahiko Shimura


 

 歌詞をすべて引用しよう。行の番号と同一の歌詞はa~iのアルファベットを付ける。


 お月様のっぺらぼう  作詞・作曲: 志村正彦  

  1  a  眠気覚ましにと 飴一つ
  2  b  その場しのぎかな…いまひとつ
  3  c  俺、とうとう横になって ウトウトして
  4  d  俺、今夜も一人旅をする!

  5  e  あー ルナルナ お月様のっぺらぼう

  6  f  嵐がやって来そうな空模様
  7  g  雨の匂いかな…流れ込む
  8  h  俺、相当恐くなって窓を閉める
  9  d  俺、今夜も一人旅をする!

 10  i  あの空を見た 遠くの空には 虹がさした
 11  i  あの空を見た 遠くの空には 虹がさした

 12  a  眠気覚ましにと 飴一つ
 13  b  その場しのぎかな…いまひとつ
 14  c  俺、とうとう横になって ウトウトして
 15  d  俺、今夜も一人旅をする!

 16  e  あー ルナルナ お月様のっぺらぼう
 17  e  あー ルナルナ お月様のっぺらぼう


 「お月様のっぺらぼう」のサウンドは、イントロのフレーズがミニマル的にループしていく。歌詞の言葉もそのサウンドに乗って、ループのように連接していく。言葉の輪が循環していく。

 第1行と第2行の末尾の〈飴一つ〉と〈いまひとつ〉。〈hitotsu〉の反復が、この歌詞の言葉のループの基調になっている。さらにこの〈hitotu〉は、第4行の〈今夜も一人旅をする〉の〈hitori〉に連接し、モチーフとしての《一人》を形成していく。

 第3行の〈とうとう〉と〈ウトウト〉。〈toutou〉〈utouto〉の音の反転のような遊び。この音の戯れが催眠効果のようになって、歌の主体〈俺〉は〈今夜も一人旅をする〉。この夜の〈一人旅〉は睡眠中に見る《夢》のことであろう。〈も〉という助詞が使われているのは、この夜の〈一人旅〉が、毎夜、反復されていることを示す。

  また、第3,4行と二度繰り返される〈俺〉と〈俺〉の〈ore〉〈ore〉も、音の響きが独特である。くぐもっているというのか抑制的というのか、一人称代名詞の機能を果たすというよりも、つなぎの音として使われた気もする。

 第5行の〈ルナルナ〉。〈luna luna〉の繰り返し。〈お月様のっぺらぼう〉も〈おo〉〈のno〉〈ぼbo〉という〈o〉音がアクセントになっている。この言葉は、月の視覚的イメージを表すというよりも、音の戯れの感覚そのものを伝えるために選択されたのかもしれない。

 第7行の〈雨〉〈ame〉は第1行の〈飴〉〈ame〉と、アクセントは異なるが、音の反復がある。第8,9行の〈俺〉〈俺〉は、第3,4行の〈俺〉〈俺〉と同等の効果を持つ。

 第10,11行〈あの空を見た 遠くの空には 虹がさした〉はどう捉えたらよいだろうか。二つの可能性がある。ひとつは、〈俺〉が目覚めた後で日中の光景として〈あの空〉〈遠くの空〉〈虹〉を見た、というもの。もう一つは、〈俺〉が見た夢の中の光景であるというもの。

 第1~4行のa.b.c.dの展開には、起承転結的な構造があり、第6~9行のf.g.h.dの展開も同様である。それぞれの起承転結を受ける、第5行〈あー ルナルナ お月様のっぺらぼう〉と第10,11行〈あの空を見た 遠くの空には 虹がさした〉は、対比的な関係を持つ。


第1~4行 a.b.c.d  → 第5行      あー ルナルナ お様のっぺらぼう

第6~9行 f.g.h.d  → 第10,11行  あのを見た 遠くのには がさした


 この対比的な構造からすると、〈あー ルナルナ お月様のっぺらぼう〉の〈月〉は〈夜〉の〈一人旅〉の象徴であり、〈あの空を見た 遠くの空には 虹がさした〉の〈空〉の〈虹〉は、夢の中で見られた光景であるという解釈の方を取りたい。

 〈俺〉の〈夜〉の〈一人旅〉は、夢の中で〈空〉の〈虹〉へと向かっていく。サウンドが転調され、コーラスも加わって、音が重厚になる。ライブでは照明の演出も転換される。言葉と音のループがここで重層化される。志村正彦、加藤慎一、金澤ダイスケ、渡辺隆之の四人のユニットの演奏が素晴らしい。

 〈月〉と〈虹〉。太陽の光が月面で反射された月の光。太陽の光が大気の水滴の内部で反射された虹の光。光のイメージとしては対照的だが、太陽の光が反射されたものという共通項がある。〈虹〉のモチーフはやがて、2005年6月リリースのフジファブリック5枚目のジングル「虹」へと発展していく。

 〈俺〉の〈一人旅〉は、〈夜〉から日中の〈空〉へ、〈月〉から〈虹〉へと向かう。そして、昼の〈空〉か〈夜〉からへ、〈虹〉から〈月〉へと戻っていくのだろう。そのようにして、ループが、循環していく。〈俺〉の〈一人旅〉は、毎夜、反復される。

 志村正彦は、言葉の音としての戯れを使って歌詞を作った。言葉と音それぞれのループ、そして言葉と音の間のループによって、〈俺〉の物語を歌った。「お月様のっぺらぼう」は、インディーズ時代のきわめて独創的な作品である。


2021年7月18日日曜日

音のループ 「お月様のっぺらぼう」1 [志村正彦LN282]

 前回論じた「Anthem」は、「三日月さんが 逆さになってしまった」という月夜の情景のもとで「気がつけば 僕は一人だ」と、〈月〉と〈一人〉が組み合わされて歌われている。志村正彦の特に初期作品には、この〈月〉と〈一人〉の取り合わせが多い。

 「午前3時」の〈夜が明けるまで起きていようか/今宵満月 ああ/こんな夜、夢見たく無くて 午前三時ひとり外を見ていた〉、「浮雲」の〈登ろう いつもの丘に 満ちる欠ける月/僕は浮き雲の様 揺れる草の香り/独りで行くと決めたのだろう〉、そして「お月様のっぺらぼう」の〈俺、とうとう横になって ウトウトして/俺、今夜も一人旅をする!/あー ルナルナ お月様のっぺらぼう〉とある。月は〈満月〉〈満ちる欠ける月〉〈お月様のっぺらぼう〉、一人の方は〈ひとり外を見ていた〉〈独りで行く〉〈一人旅〉という違いがある。志村正彦にとって、〈月〉は〈一人〉であることと強く結びつく原光景である。

 今回は「お月様のっぺらぼう」を取り上げたい。2003年6月21日発売のフジファブリック2ndミニアルバム『アラモード』(Song-Crux)収録曲である。メンバーは、Vo.Gt. 志村正彦、Ba.Cho. 加藤慎一、Key.Cho. 金澤ダイスケ、Dr.Cho.渡辺隆之の四人。当時の貴重なインタビュー〈現時点で最高の音が詰まった2ndミニ・アルバム『アラモード』、遂にリリース!〉がロフトのサイトに残されている。「お月様のっぺらぼう」に言及した部分を抜き出す。


──では面白かったこと、楽しかったことは?
金沢 あ、初日に俺、熱を出したんだ。39度くらい。その朦朧とした中で録ったのが「お月様 のっぺらぼう」で、直ってから入れ替えようと思ったんですけど、どうやってもこの感じが出せなかったんで。
──今回の曲はいつ頃の?
志村 元々ある曲もあるけど、レコーディングがありますってことで…アレンジし直してアルバム用にしたいなと思ったのは「お月様 のっぺらぼう」ですね。コレは今回用に急ピッチで(笑)。
渡辺 これはどんどん変わっていきましたね。
──一言ずつ曲のコメントをお願いします。
■お月様 のっぺらぼう
加藤 これは割とスペーシーな。ループな感じなんですけど。生ループが醍醐味です。
志村 あと、これはコーラスを頑張りましたね。


 愉快なコメントだ。「お月様 のっぺらぼう」は〈アレンジし直してアルバム用に〉〈急ピッチで〉(志村)作られて、〈どんどん変わって〉(渡辺)いったそうである。〈スペーシーな。ループな感じ〉(加藤)のサウンドを39度の発熱による〈朦朧とした中で録った〉(金沢)テイクが素晴らしい出来映えだったようだ。確かに、コンピュータではない〈生〉の楽器演奏による独特のループ感とグルーブ感がある。

 「お月様 のっぺらぼう」は、歌詞、楽曲、演奏、どれも水準が高い。インディーズ時代の『アラカルト』『アラモード』のなかでも最も独創的な作品であろう。特に、志村の作曲家としての才能を感じさせる。類似したサウンドが思い浮かばないのだが、記憶をたどってあえて書くのであれば、イギリスのソフト・マシーン(Soft Machine)を想起した。ジャズ・ロック、サイケデリック・ロック、ミニマル・ミュージックというようなノンジャンル的な楽曲の雰囲気である。ミニマルなフレーズが反復され拡大されていくソフト・マシーンのサウンドを繰り返し聴いていた時期がある。1973年の『7』(Seven)が僕の愛聴盤だった。

 「お月様のっぺらぼう」は「午前3時」(『アラカルト』)「消えるな太陽」(『アラモード』)と共に、メジャーデビュー後に再録音されていない。初期の月をモチーフとする3曲中の2曲の音源のリテイクがない。ただし、「お月様のっぺらぼう」のライブ映像は、2003年12月31日新宿LOFT(『FAB MOVIES LIVE映像集』DVD『FAB BOX』)、2006年12月25日渋谷公会堂(『Live at 渋谷公会堂』DVD)、2009年9/29(火)~10/23(金)全10公演(『Official Bootleg Movies of "デビュー5周年ツアー GoGoGoGoGoooood!!!!!'』DVD)の三つのDVDに収録されている。5周年ツアーでは、志村が「じゃあ次もめったにやらない曲」と話してから、演奏が始まった。この3枚のDVDによって、ちょうど三年ごとの演奏の変化を知ることができる。     

      (この項続く)


2021年7月11日日曜日

「Anthem」の〈一人〉[志村正彦LN281]

 昨日7月10日は、志村正彦の誕生日。祝福するtweetが数多く寄せられていた。富士吉田では「若者のすべて」のチャイムが流され、それを報道するニュースや記事があった。母校の吉田高校でも合唱曲にするプロジェクトが進んでいるようだ。さまざまな人々がそれぞれの場所で活動している。これもまた祝福すべきだろう。

 僕の場所はこの偶景web。もうひとつ、文学の教育と研究の場もある。〈志村正彦ライナーノーツLN〉の開始時には300回をひとつの目標にした。あと20回ほどでその回数に達するが、これまで取り上げた曲を数えるとまだ31曲。今後はこれまで書いたことのない作品についてできるだけ試みていきたい。

 今日は「Anthem」。2009年5月20日、フジファブリック4枚目のアルバム『CHRONICLE』に収録され発表された。2019年、『FAB LIST 1』の投票で15位となり、同名のアルバムに収められた。アンセムは祈りの歌、祝いの歌である。誕生日の祝福tweetを見て、なんとなくこの曲にしようと思った。『FAB LIST 1』の音源を聴いたのだが、リマスタリング音源となり、想像以上に楽器の音像はクリアになっている。まず全歌詞を引用したい。


 Anthem 
       作詞・作曲:志村正彦

三日月さんが 逆さになってしまった
季節変わって 街の香りが変わった
気もしない ない ない ない ない ない ない ないか
まだ ない ない ない ない ない ない ない ないか

闇の夜は 君を想う
それら ありったけを 描くんだ

鳴り響け 君の街まで
闇を裂く このアンセムが

何年間で遠く離れてしまった
いつでも君は 僕の味方でいたんだ
でも いない いない いない いない いない いない いない いないや
もう いない いない いない いない いない いない いない いないや

行かないで もう遅いかい?
鳴り止まぬ何かが 僕を襲う

轟いた 雷の音
気がつけば 僕は一人だ

このメロディーを君に捧ぐ
このメロディーを君に捧ぐ

鳴り響け 君の街まで
闇を裂く このアンセムが

轟いた 雷の音
気がつけば 僕は一人だ


 フレーズごとにたどっていこう。〈三日月さんが 逆さになってしまった〉は、三日月からその逆さの二十六夜月への変化の時間を伝えているのだろうか。そうであれば、二十数日が経っていることになる。また、二十六夜月は夜中の1時から3時の間に上るので、この歌の舞台が深夜であることを示しているのかもしれない。〈季節変わって 街の香りが変わった〉とあるので、この月の満ち欠けの三十日ほどの間に季節が変わったのだろう。

 しかし、歌の主体〈僕〉は〈気もしない ない ない ない ない ない ない ないか〉〈まだ ない ない ない ない ない ない ない ないか〉と呟く。何に対して〈気もしない〉と言うのか。三日月や季節の変化はおそらく確かなことだろうから、直前の〈街の香りが変わった〉を指していると考えるのが妥当だろう。そうすると、〈街の香りが変わった〉〈気もしない〉〈ないか〉〈まだ〉〈ないか〉というようにつながる。〈街の香りが変わった〉気がする、気がしない、そして、気がしないか、まだ気がしないか。その逡巡が〈僕〉に訪れている。それぞれのフレーズで、〈ない〉が八回繰り返されている。この〈ない〉の反復は、歌の主体〈僕〉の自分自身の感覚に対する疑いやとまどいを示すものなのか。解釈が難しい。

 〈闇の夜〉という深夜、〈僕〉は〈君を想う〉。君への想いを〈ありったけを 描くんだ〉と自分に言い聞かせる。その想いを託した〈アンセム〉が、深夜の〈闇を裂く〉ようにして、〈君の街〉まで〈鳴り響け〉と叫んでいる。

 〈何年間で遠く離れてしまった〉〈いつでも君は 僕の味方でいたんだ〉というのが、歌の主体〈僕〉の想いの中心にある。〈でも いない いない いない いない いない いない いない いないや〉〈もう いない いない いない いない いない いない いない いないや〉と、〈でも〉〈いないや〉と〈もう〉〈いないや〉というように〈君〉の喪失が歌われている。ここでも、それぞれのフレーズで〈ない〉が八回繰り返されている。この〈ない〉の連続は、「若者のすべて」の〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉の数度の反復を想起させる。志村正彦の「Anthem」は〈ない〉ことのアンセムのように響く。

 〈行かないで もう遅いかい?〉〈鳴り止まぬ何かが 僕を襲う〉という直截な表現は、〈轟いた 雷の音〉の強烈な音に促されたのだろうか。雷鳴の音に突き動かさるようにして、〈僕〉は君のいる場所に飛び立っていきたいのだが、そこには〈君〉は〈もう〉〈いない〉。雷鳴が過ぎ去った後で、〈気がつけば 僕は一人だ〉という静けさのなかに歌の主体〈僕〉は取り残される。


 「Anthem」とは対照的な静かで穏やかな曲調の「セレナーデ」が浮かんできた。「セレナーデ」では〈木の葉揺らす風〉の音が〈セレナーデ〉になっていた。〈明日は君にとって 幸せでありますように/そしてそれを僕に 分けてくれ〉という祈りが、〈そろそろ 行かなきゃな お別れのセレナーデ/消えても 元通りになるだけなんだよ〉という別れの言葉と共に歌われていた。「Anthem」では〈轟いた 雷の音〉が〈アンセム〉に変わる。〈気がつけば 僕は一人だ〉が〈このメロディーを君に捧ぐ〉と歌われる。

 志村正彦の歌の主体〈僕〉は、つねにすでに、〈一人〉でいる。〈一人〉でいることが、 〈メロディー〉を「セレナーデ」や「Anthem」の言葉を〈君〉へと送り届ける条件、前提であるかのように、志村は歌を作っている。

 アンセムは祈りの歌、祝いの歌。この「Anthem」も〈君〉への祈り、祝福の歌であろう。しかし、〈気がつけば 僕は一人だ〉という一節をどう受けとめていいのか、考えあぐねた。ここには深い孤独が描かれている。アンセムとどう関わるのか。

 作者志村自身が伝えたいことから離れてしまうのだろうが、〈僕は一人だ〉としても〈僕は一人だ〉ということをあえて祝う、という考えが浮かんできた。〈僕は一人だ〉ということを祝福するというのは誤解されかねない解釈だが、今ここで〈一人〉でいることが現実であるのならば、その現実をそのまま受けとめる、ある意味では肯定する、というように捉えてみるのはどうだろうか。喪失を喪失として、〈一人〉でいることを〈一人〉でいることとして、ありのままを受けいれること。志村正彦の「Anthem」にはそのような強さも感じるのだ。雷鳴のように轟く烈しいもの。〈一人〉ではあるがその〈一人〉であることをそのまま受容する強い意志。冒頭の一節「三日月さんが 逆さになってしまった」のように、何かを逆さにする方向性がこの「Anthem」には貫かれていないだろうか。そもそも、〈闇の夜〉という設定自体が通常のアンセムの背景となる時間帯を逆転させている。そう考えるならば、この「Anthem」は〈君〉へのアンセムであると同時に、〈一人〉でいることへのアンセムにもなる。


 志村正彦の多くの歌からは、〈一人〉でいることの寂寥感が伝わってくる。しかし、その寂寥感を超えていくものも歌われている。そのような、気もしない、だろうか。


2021年7月3日土曜日

山梨の聖火リレー[志村正彦LN280]

 先週の土日、山梨県で東京オリンピックの聖火リレーがあった。二日目の終着点は富士吉田。最終ランナーは、グループランナー「やまなし大使」の四人、 宮沢和史、藤巻亮太、山梨出身の女優白須慶子、そして富士吉田出身のプロレスラー武藤敬司が富士山パーキングの入口まで走った。東京オリンピックそのものの問題点はひとまず置いて、今日はこの聖火リレーから想像したことを書きたい。

 

 僕はニュース映像を見だけだが、宮沢和史、藤巻亮太となると、どうしても志村正彦のことを思ってしまう。彼が健在であれば、宮沢和史、藤巻亮太と一緒に故郷の道を走っただろうか、と。やるせないような仮定だが、しばらくの間、想像の世界に入っていった。

 志村がグループランナー「やまなし大使」に選ばれた可能性は充分にあっただろう。しかし、その(内々の)オファーを受けて彼が受諾したかどうか。〈「ロック」とは、何かを打ち破ろうとする反骨精神、逆らうべきところは逆らうという精神じゃねえのかな~〉[ 『東京、音楽、ロックンロール』(志村日記)「ジャケ深読み」2008.01.25 ]と語っているので、〈聖火リレーなんてロックじゃねえ〉と一蹴したこともありえる。

 でも、どうだろうか。他ならぬ富士吉田で走るのであれば、案外、渋々にしろ、OKしたような気もする。そうなったとしても、一番隅っこで、いるのかいないのか分からないように走る。そんな像が浮かぶ。

 NHKの「聖火リレー」サイトに、大会組織委員会に提出された「志望動機」が掲載されている。


宮沢和史 Kazufumi Miyazawa

東京オリンピックの聖火ランナーとして、長距離走の選手だった学生時代を思い出しながら無心で走る私の姿を見ていただくことで、少しでも生まれ故郷に貢献できるのであれば嬉しい。

藤巻亮太 Ryota Fujimaki

東京オリンピックの聖火ランナーとして、歴史ある聖火を絶やさず、世界へ、そして次の世代へ向けてつないでいきたい。そして、世界中にふるさとの魅力を伝え、「YAMANSHI」ファンを増やしたい。


 宮沢の〈少しでも生まれ故郷に貢献できるのであれば嬉しい〉、藤巻の〈「YAMANSHI」ファンを増やしたい〉。二人とも故郷山梨への貢献を志望動機としている。この二人に劣らぬくらい(いや、それ以上に)故郷を大切にしていた志村のことだから、真面目でなおかつロック的な動機を書いたかもしれない。

 志村は先の日記で「富士山」もロックだと述べていた。理由は、富士山は火山活動で隆起し、〈地球の重力に逆らっているから〉らしい。だから、その富士山の裾野を聖火でリレーすることもロックだ、なんていう志望動機を考えたかもしれない。志村が聖火をリレーするなんて〈ないかな ないよな きっとね〉とも思うが、あるかな、あるよな、きっとね、とも想う。やるせない仮定の想像ではあるが、そのままここに記してみたかった。


 志村正彦が宮沢和史、藤巻亮太と一緒に富士吉田の道を走る。「聖火」をリレーする。その幻想は、宮沢和史、藤巻亮太、志村正彦と続いていく、山梨の「ロック」のリレーの光景でもある。