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2014年5月20日火曜日

反響-4/13上映會6 [志村正彦LN 83]

 上映會から一月以上経つ。このレポートも今回で完結としたい。

 4月13日は、穏やかな日和ではあったが、風にはまだ少し寒さが残っていた。この頃の風には寒さはもう無くなり、爽やかさがある。風の感触、風そのものの「風合い」が季節の実感を伝え、すでに初夏を思わせる気候となっている。『桜の季節』から『陽炎』へと、季節が歩み始めている。甲府盆地から見る富士山も雪解けが進み、夏の山へと姿を変えつつある。

 あの日、富士吉田に集った800人ほどの人々は、何を心に刻み、各々帰途へついたのだろうか。少数の知人を除くとすべて見知らぬ人々。言葉を交わすこともなく、ただ眺めるに過ぎない人々。でもなんだか、志村正彦・フジファブリックを中心とする「聴き手の共同体」の一員として、仲間意識のようなものも芽生えた。おそらく、皆、一生、志村正彦・フジファブリックを聴いていくのではないだろうかという確信と共に。

 当日夜、NHK甲府のローカル・ニュースが、「フジファブリックライブ映像上映」と題して1分半ほど取り上げていた。「志村さんにとって最初で最後の凱旋ライブ」と紹介され、『桜の季節』のシーン、展示会の様子、二人の女性のコメントが放送された。(昨年の「がんばる甲州人」の志村特集と同様、NHK甲府の報道は有り難い)

  2008年のライブも見ていたという方は、「この会場でもう一回見ることができたのが本当にうれしくて」と述べた。もう一人の方は「大切に大切に大切に聴いていきたいと思います」と話していた。「もう一回見る」ことのできた有り難さ、嬉しさ、そして「大切に」を三度繰り返した想いは、あの日に集った皆が共有するものだろう。

 5月4日付の山梨日日新聞では、沢登雄太記者が「フジファブリック故志村正彦 故郷でライブ上映 ほとばしる情熱”再燃”」と題する記事を書き、「志村がステージにいて、バックスクリーンに彼が映っているのかと錯覚してしまうほどだった」と記していた。ある女性の「志村君はいないけど、いる」というコメントも載せられていた。「いないけど、いる」。この言葉もまた、あの日集った人々の想いを代弁している。

 見かけた人も多かっただろうが、あの日は友人や仲間の音楽家たちがたくさん富士吉田を訪れてくれた。クボケンジ・木下理樹・曽根巧の3人が寄り添うようにして歩いていた。城戸紘志、足立房文そして同級生の渡辺隆之もいた。初代、2代目、そしてサポートではあるが実質的には3代目のドラマーが集っていた。おおげさだよと照れながらも、志村正彦は喜んでいたにちがいない。

 クボケンジは「メレンゲブログ」4/26/2014 (http://band-merengueband.blogspot.jp/)で、それにしても「お前はよく頑張ったね」と言ってやりたいのだ、と語っている。志村のMCの言葉に触発されて、「ずっと宿題を抱えてるみたいな気分なんだ。作詞作曲して歌うってのは一歩間違えるとすごくかっこ悪くて恥ずかしい。なので自分が思ってる以上にストレスなり体力を使う」と吐露しているのがとても印象深かった。表現者という立場を維持する限り、そのことに追われる日々が続く。(表現の第一線から退却した「元表現者」であっても、この国のファンは優しいので、それなりに活動を続けられる事例も多いが)
 「お前はよく頑張ったね」という言葉には、一人の表現者がもう一人の表現者に贈る、語ることのできない想いが刻み込まれている。

 表現は過酷で、時には深淵が待っている。

 上映會、そして『FAB BOX Ⅱ』という美しく豊かな果実。
 新しい楽曲が作り出されることはないという現実のもとで、「大切に大切に大切に」愛しむように、私たちは志村正彦の遺した楽曲を聴き続けていく。
 聴く行為が絶えない限り、「いないけど、いる」という形で、彼はここに存在し続けるのだから。

2014年5月11日日曜日

陽炎-4/13上映會5 [志村正彦LN 82]

 アンコールの2曲目、『陽炎』が始まる。最後に富士吉田で歌われるのにふさわしい歌だ。

  あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
  英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ        
  

 遠く、遠く、遠く、この場ではないどこか遠いところから、志村正彦の歌が聞こえてくる。
 彼はここにはいない。映像の中にもいない。もっともっと遠いところへ彼はたどりつき、その遠いところから、こちら側をふりかえる。
 過去でも未来でもない、時の果てのような場に彼は佇む。そこから、「あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ」と歌い出す。2008年の観客に向けて歌われているのだが、同時に、私たち2014年の観客にも歌われているかのようだ。
  二つの時、2008年、2014年の隔たりを超えて、私たちに届けられる。

 あらかじめ断っておくが、非現実的な出来事として書いているのではない。『陽炎』を歌い出した瞬間、私の心に去来したものだ。何故かは分からない。「偶発的な小さな出来事」のように、「偶景」のように、過ぎ去り、消えていくものをありのままにここに今記した。

  また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
  残像が 胸を締めつける


 現実とその残像との間、過ぎ去ったものと過ぎ去ったものからこぼれ落ちるものとの狭間。そこに彼はいる。「そうこうしているうち」「次から次へと浮かんだ」「残像」。「胸を締めつける」苦しみ。
 それが何なのか。確かなことは分からない。分かる必要もない。分かることよりも、受け止めることが大切だ。言葉そのものを聴き取ること。そのことが忘れられている。

  そのうち陽が照りつけて
  遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる

 陽の光が照りつける。空気の流れが変わり、光の屈折が乱れる。陽炎の向こう側に有るもの。それを陽炎がゆらゆらと遮る。有るものの姿をあいまいにさせ、視界から遠ざける。逆に、本来そこには無いもの、無いものの姿が出現する。
 古来、陽炎という言葉は、あるかなきかに見えるもの、儚いもののたとえとして使われてきた。志村正彦が繰り返し描く風景には、陽炎のようなものがいつもどこかに潜んでいる。
 照明が暗転する。鍵となるモチーフが歌われる。

  きっと今では無くなったものもたくさんあるだろう
  きっとそれでもあの人は変わらず過ごしているだろう


  遠い遠いところから、彼は2008年と2014年の二つの時、二つの観客に向けて歌いかける。
 「今では無くなったもの」という表現が、作者志村正彦その人をも包み込む。自ら発した言葉が、時を超えて、自らに回帰する。彼が彼自身に語りかける。
 眩暈のような時のあり方だが、彼の歌には時折見られる光景でもある。
 志村正彦は自らの宿命に向かって、人として、音楽家として、成熟していった。

 『陽炎』が終わる。映像が消え去る。無音になり、タイトルバックが流れる。会場が静寂に浸される。『live at 富士五湖文化センター上映會』が閉じられる。
 上映會の映像は陽炎のように消えていった。志村正彦自身もひとりの陽炎なのかもしれない。そして、私たち聴き手も陽炎のような時を過ごしたのかもしれない。そのような想いが次から次へと浮かぶ。
 有るものと無いものとの間にあるもの、その間を揺れ続けるもの、陽炎。彼は自らの内にある陽炎を繰り返し繰り返し歌い続けてきた。そして儚いものの美しさを表現し続けた。

2014年5月5日月曜日

ロックの言葉-4/13上映會4 [志村正彦LN 81]

 
 当日の印象の空白部を『Live at 富士五湖文化センター』DVDで補いながら、上映會について書き進めていきたい。

 セットリストは、Openingの「大地讃頌」を除くと、全19曲。ツアーのテーマである3rd『TEENAGER』から10曲(『Strawberry Shortcakes』『パッション・フルーツ』『東京炎上』を除く)、他のアルバムから9曲という構成。志村正彦作詞作曲の代表曲である、『茜色の夕日』と『桜の季節』『陽炎』『銀河』という春・夏・冬の四季盤(『赤黄色の金木犀』は残念ながら歌われなかった。ライブではほとんど歌われない曲ではあるが)に、『唇のソレ』『線香花火』『浮雲』という志村にとって思い入れのある曲が選ばれた。 
 アンコール以外の本編は、『ペダル』で始まり、『TEENAGER』で終わっている。アルバム『TEENAGER』と同じスタートとエンドで、あくまで『TEENAGER』ツアーの一つのライブという位置付けは変わらないが、富士吉田を意識した選曲と配列でもあることは間違いない。

 『ペダル』が終わる。志村正彦が富士吉田に帰省した際、同級生の友人に凄い曲ができたからと言って聞かせたのがこの『ペダル』だという話を想い出す。地元でのライブの幕開けにこれだけふさわしい曲はない。何かが始まる予感にも満ちている。
 フェードアウトした瞬間、『記念写真』が始まる。「ちっちゃな野球少年」という言葉が耳にこだまする。彼の歌は、どれも幾分か、彼のクロニクル、年代記の要素を含む。「記念の写真 撮って 僕らは さよなら/忘れられたなら その時はまた会える」という一節からは、遠く、15歳の彼が決定的な影響を受けた奥田民生の作詞作曲、ユニコーンの『すばらしい日々』の「君は僕を忘れるから そうすればもうすぐに君に会いに行ける」がこだましてくる。
 奥田民生その人も志村正彦の大切なクロニクルだ。代表曲以外にも、『浮雲』『線香花火』『唇のソレ』といった曲にも彼の年代記がにじみでてくる。
 上映會で言葉を追い、一つひとつに反応してしまう自分に気づく。しかし、そのことをすべて書き記していくと、このエッセイはどこまでも続いてしまう。歌単独で論じる機会に譲りたい。

 ライブが進むと次第に、過去の映像を今眺めているという「額縁」の感覚が薄れていく。2008年と2014年という二つの時の区別が徐々に消え、2008年という一つの時の内部に入っていく。その大きな要因は、演奏のすばらしさだ。様々に調整されて仕上げられた音響の臨場感も相まって、「ライブ」の感覚、今そこで演奏されているというような擬似的な感覚が高まる。実際にホールにいて、周りに観客がいることもその印象を加速させる。

 加藤慎一のベースが躍動している。にこやかでとても楽しそう。金澤ダイスケにはやはり、この年代のロックキーボディストとして抜群のセンスがある。戯けたMCにも優しさが光る。ギタープレーに徹した山内総一郎のストイックな姿。高度な演奏技術と明るい音色の調和が、志村の歌を最大限に活かしている。城戸紘志はやはり城戸紘志。彼のドラムの波動がフジファブリックのサウンドをまさしくドライブしている。引き締まった表情でコーラスを歌うメンバーの姿も微笑ましい。
 このバンドのリズムの感覚は卓越している。聴き手をぐいぐいと押す力を持つ(城戸のドラムに押され、ほんの少しテンポが速い気もするが、それもまた味わいだ)。そのリズムの感覚の中心にあるのは、志村正彦の身体感覚だ。そして、彼の身体感覚を支えているのは、彼の歌、言葉そのもののリズム感だ。

 コンサートの全体を通じて、60年代から70年代までのロックの黄金期のサウンドが鳴り、リズムが轟いている。80年代以降のコンピュータのリズムを土台とする音楽とは一線を画している。(今、四十歳代から六十歳代までの年齢のかつての洋楽ロックファンで、志村正彦在籍時のフジファブリックをまだ知らない人に聴いてもらいたいと強く思う。彼らが納得できる水準のロック、それも日本語のロックがあったことに驚くだろう)

 志村正彦が大切にしたのは、コンピュータではなく、人の身体に基づくリズムだ。
 コンピューターによるリズムとその感覚の変化はしばしば言及されるテーマではあるが、このリズムの問題はサウンドに限定されずに、歌う言葉、歌詞にも影響を与えているのが最近の状況ではないかと私は考えている。言葉に込められた自然なリズムが失われ、画一的なリズムに支配される。それと共に、言葉で表現する行為自体に、「切り取り」と「貼り付け」、いわゆるコピペの作業が蔓延してくる。表現される世界もまた、どこかで見たことのあるイメージのコピーだらけになる。

 志村正彦の言葉が表現する世界の独創性については繰り返し書いてきたが、彼の言葉そのものが、歌い方を含めて、リズムの感覚に優れている(彼の歌には確かに音程の不安定な時があるが、リズム自体はサウンドに上手に乗っている)。アフリカと欧米由来のロックのリズムと日本語本来のリズムを融合させた歌だ。(志村正彦の作る歌のリズム、言葉の拍子の問題については、時間をかけて検討していきたい。まだ、具体的に書ける段階ではないので、これからの課題にしたい)

  ロックの本質はその「言葉」にある。そして、「言葉」をどう伝えていくのか、その「器」がロックのサウンドだ。優れたロック音楽には「言葉」がある。その「言葉」が失われていったのが、ロック音楽の衰退の原因だろう。

 志村正彦、フジファブリックは、ロックの本質を体現している。
 何故か。一言で答える。
 「言葉」が存在しているからだ。

2014年4月27日日曜日

『FAB BOX II』の重み-4/13上映會3 [志村正彦LN 80]

 上映會から2週間が経つ。16日には『FAB BOX II』が無事発売され、予約した分が我が家にも届けられた。無事、何事もなく、とあえて書いたのは、この作品がリリースされることを祈るような気持ちで待っていたからだ。すでに13日の上映會の展示物として見てはいたのだが、パッケージを手にするまで、ほんとうにこの作品が誕生したことが実感できなかった。

 このBOXセットには予想以上の重みがあった。これは、2006年12月25日の渋谷公会堂、2008年5月31日の富士五湖文化センター、そのときからすでに7年半、6年近くが過ぎ去った「時」が蓄積された重みのような気がする。ファンや関係者、富士吉田の人々、志村正彦の御友人や御家族がずっと待っていた重みでもある。そして誰よりも、志村正彦その人が待ち望んでいた作品だろう。

 柴宮夏希さんのデザインが秀逸だ。EMI制作担当の今村圭介氏が「宝箱みたい」と形容した「箱」は確かに、何が入っているのか、わくわくさせるような質感を持つ。開けたいような、まだしばらく開けたくないような気持ちになるが、思い切ってシールを開封する。「FAB」の字が切り抜かれた大きな「帯」の裏側には、LIVE DVD×2+PHOTO BOOK〈100p〉×2+ GOODS×2、と簡潔に媒体等が記されている。すべてが×2だ。

 箱のイラスト。図柄と文字が、まるで楽器が鳴り、音が混ざりあっているようで面白い。白の地に黒の線、モノトーンの世界が不思議に合っている。インディーズの頃から志村と関わりが深く、デザインについても語り合ったという柴宮さんならではの優れたデザインだ。
 箱の底側には「SiNCE:2000」の文字。2000年は、「富士ファブリック」結成の年。渡辺隆之・渡辺平蔵・小俣梓司と共に4人で同級生バンドを作った。それから数えると結成14年。そんなことも改めて伝えてくれる。

 箱を開けると、表紙の裏側には茜色が広がる。扉の一枚紙の地も、DVDの表紙も、富士五湖文化センターのPHOTO BOOKの表紙裏も、すべて茜色の世界。この色調が、明るすぎず渋すぎず、強すぎず弱すぎず、素晴らしい色合いとなっている。今村氏が「所謂”色校”という途中段階で、ここから更に微調整を重ねていく」と述べていたのが頷ける。
  柴宮さんは制作の依頼を受けた後、あらためて富士吉田を訪れて、風景と光と色に触れて、デザインを構想されたそうだ。

 『FAB BOX II』パッケージ全体の基調色の「白」と「茜色」のハーモニーには、「和」と「季節」と「時」の感覚が複合されていて、日本の伝統工芸品のような味わいがある。 当日の会場で飾られていたポスターにもその感覚が上手に表現されていた。
 『Live at 富士五湖文化センター』通常版のジャケットをもとに、茜色の空を背景に白い富士山が浮かび上がり、富士吉田の街並みが手書きで細かくそしてやわらかく描かれている。フジファブリック、志村正彦を象徴しているデザインだ。浮世絵のような簡潔な美と白色と茜色の完璧な色調。写真が一切使われていないのもよい。このポスターは上映會限定で印刷されたもののようだが、せめて、あのフライヤー版でもいいので、これからでも配布していただけないだろうか。部屋で飾っておきたいと思われた方も多いのではないだろうか。

 『Live at 富士五湖文化センター』DVDは、昨日初めて、最初から最後まで2時間を通して鑑賞した。4月13日の当日は、色々な想いが錯綜してきて、映像を冷静に追えたわけではなかった。(というのは表向きの書き方で、正直言うと、時折涙をこらえきれなくなって、画面をたどりきれなかった) それ故、空白部をこのDVDで補いながら、書き進めていきたい。

 液晶テレビで再確認しても、画質はあまり良くない。収録時の制約があったのだろう。この点について、レコーディングエンジニアの高山徹が述べた言葉がナタリー(http://natalie.mu/music/pp/fujifabric02)で紹介されている。EMIの制作グループは、「古いテープに記録された映像をもう一度リマスタリングして色や画質を調整し直した」そうだ。そうであるならばむしろ、現状のレベルになったことを感謝すべきなのだろう。
  また、音については「その場でミックスした2ch分の素材」しか残っていなかったそうだ。高山氏は、「志村日記」にもよく登場する山梨県出身のエンジニア上條氏について触れて、次の制作過程を教えてくれた。

 上條雄次くんっていう、初期の頃から携わってたエンジニアがかなりがんばって。ライブが行われた富士吉田の会場に行って、そこのホールの残響を測定し直す作業から入って。音を鳴らしてそれを録音して、それをコンピューターに取り込んで解析するような、ほかじゃありえないようなことをいろいろやってます。

 サウンドエンジニアリングやコンピューターの技術が向上し、これまでは不可能だったことも実現できるようだ。最新のテクノロジーを使って、この作品の音質を高めようとした上條氏を始めとするスタッフの情熱と責任感のようなものが伝わる。
 この作業は、昨年の12月下旬、『茜色の夕日』のチャイムが放送された期間中にちょうど、会場を借り切って行われたと伺っている。
  富士吉田であのチャイムが鳴り響き、人々が志村正彦を想い出している時に、あのホールでは、2008年5月31日の志村正彦、フジファブリックを復活させるためのプロジェクトが着々と進行していた。

  今村圭介氏、柴宮夏希さん、上條雄次氏、その他のスタッフを含め、志村正彦を愛する人々のきめ細かい丁寧な作業によって、『FAB BOX II』は誕生した。このBOXセットの重みは、制作者側の想いと時が詰まっているからでもある。  (この項続く)

追伸
   はまりえ様[@ha_marie]、Eminenko様[@Eminenko]。ツイートで紹介していただき、ありがとうございます。励みになります。(私はツイッターをしていないので、お返事できませんので、この場を借りました。)なんとか書き続けていきたいです。

2014年4月19日土曜日

歩行の律動-4/13上映會2 [志村正彦LN 79]

 ふじさんホール、全体の中央やや左よりの座席に座る。スクリーンと近すぎず遠すぎずちょうど良い位置だ。このホールは座席を始め大幅に改装されたが、舞台は当時のままらしい。その舞台上の大型スクリーンには、プロジェクターで投影された映像。送り出しは通常のBD・DVDプレーヤーのようで、アップコンバートして解像度を上げているようには見受けられない。デジタルテレビの高画質が標準になってしまった時代では、この輪郭の甘さは残念だった。
 ただし、ややぼんやりした映像の質が、時の経過を告げているようで、これはこれでよいのかもしれないと、自らを納得させた。

 反対に、音響は専用のPAを入れているようで、予想以上の大音量。音の残響も計算されているようで、臨場感がある。低域についてもほぼ満足できるレベルだった。ロックのコンサートの場合、低域の音圧が重要。音に関しては、現実のライブ演奏に近い質が保てていたと言える。
 夢の中のようにややぼんやりした映像と、耳元に届き身体を揺らす充分な音量。視覚と聴覚のギャップのようなものにも、しばらくすると慣れてきた。

 オープニングの「大地讃頌」合唱を受け継ぐ形で、『ペダル』が始まる。画面の中と外の観客の拍手が重なる。『ペダル』は、この「志村正彦ライナーノーツ」で最初に論じた作品(LN12,13,14 http://guukei.blogspot.jp/2013/04/ln12_5.html)。思い入れのある歌詞だ。3rdアルバム『TEENAGER』の冒頭曲で、この「live at 富士五湖文化センター」でも、ライブ自体のスタートを告げる楽曲となっていた。

    平凡な日々にもちょっと好感を持って
  毎回の景色にだって 愛着が沸いた

 「平凡な日々」「毎回の景色」。富士吉田や東京での日々。再生映像と音響ではあるが、ホールという場の中で、800人の観客を前に、志村正彦の言葉がこだまする。

   あの角を曲がっても 消えないでよ 消えないでよ

 「消えないでよ 消えないでよ」の言葉がリアルに胸に響く。生涯、消えてしまうものを見つめ続け、消えてしまうものに対して消えないでよと呼び続けた志村正彦。この上映會を通して、通奏低音のように、「消えないでよ」のフレーズは鳴り響いている。
 この言葉は、私たち聴き手が祈りのように、彼に対して今も囁き続けている言葉でもあるのだが。そんなことを考えていると、感情の渦の中に自分が消えてしまいそうになる。 

 照明の光量が上がる。白い光の中、二十八歳の若々しい顔立ち。時々見せる、透き通るような眼差し、あどけないような表情、高いキーを歌う際のやや苦しげな様子。
 胸元が開いたU首のシャツ、その黒い地のシャツの図柄の一部、左右に走る斜めの線が一瞬、富士山の稜線の形に浮き上がる。ホールの舞台を踏みしめるように、歩きながらリズムを確かめる姿が印象深い。

 ポリープ手術前ということなのか、声の調子はあまりよくないが、聴き手に伝えようとする歌詞の解釈と意志の力によって、歌には確かな説得力がある。
 『ペダル』のbpmは志村の歩くテンポに合わせてある。加藤慎一、城戸紘志のリズムセクションに支えられ、金澤ダイスケ、山内総一郎の音色に彩りを与えられ、志村正彦の歩行のリズムが会場に溢れ出る。観客はフジファブリックのサウンドの律動に大きく包まれる。

  駆け出した自転車は いつまでも 追いつけないよ

 彼は「いつまでも 追いつけないよ」と歌う。映像のフレームの中の彼は再現前している。しかし、私たちはいつまでもどこまでも追いつけないでいる。たどりつけないでいる。「消えないでよ」と祈る。しかし、ここで佇むしかない。 

 『ペダル』が終わる頃になると、観客の手拍子や拍手も静かになってくる。皆が画面に集中していく。2008年5月31日と2014年4月13日という二つの時は次第に、2008年5月31日という一つの時に収斂していった。     (この項続く)

2014年4月13日日曜日

二つの時-4/13上映會1 [志村正彦LN78]

 
 『live at 富士五湖文化センター上映會』から甲府に帰ってきた。今日は、この日が終わる前に書きとどめたいことのみを短く記したい。

 上映が始まる。

 まなざしをスクリーンに置くと、2008年5月31日の会場、志村正彦が歌い、金澤、加藤、山内そして城戸が奏でる像とこちら側で拍手する観客の像が入ってくる。
 まなざしをスクリーンから離すと、2014年4月13日の観客が視界の中に入ってくる。私のまなざしのすぐ先には現実の観客、その向こう側には映像の中の観客。
 観客が二重になる。今まで経験したことのない不可思議な感覚にとらわれる。

  さらに、映像の中の拍手、今日の会場の拍手と混ざり合い、時を超えて、拍手がシンクロするように聞こえてくる。
 スクリーンのフレームの内側と外側が溶けて、2008年5月31日と2014年4月13日という二つの時が同時に流れている。

  この不可思議な時間の感覚は、きわめて志村正彦らしい主題であることに、しばらくして気づく。
 2時間の間、スクリーンの中の志村正彦の歌と言葉を一つひとつ受け止めながら、この時間の感覚について考え続けた。その感覚は次第に変容もしていくのだが、そのことについては稿を改めて書きたい。

 上映された楽曲についても簡潔に触れたい。

 『茜色の夕日』とその前のMCについては以前にも触れたが、今日あの場で聴いたこと自体がひとつの「経験」として刻み込まれた。
 どの曲にも様々な想いを抱いた。
 ライブ映像は初めての『Chocolate Panic』はとても印象に残った。
 『桜の季節』は、この作品の数あるライブ映像の中でもベストテイクではないだろうか。桜の季節の富士吉田に、この歌は幸せにも遭遇した。
 ラストの『陽炎』。
 「あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ」という声が聞こえてくると、わけのわからない情動に包まれた。感覚と思考と感情がぐるぐると旋回しだす。

 上映の前後に、このDVDと會の担当者であるEMI RECORDSの今村圭介氏の短いが心のこもった挨拶があった。「志村正彦をフジファブリックをよろしくお願いします」の言葉でこの会が締めくくられた。

   終了後、会場を出ると、昼には雲に隠れてしまった富士山がうっすらと浮かび上がっていた。
 曇天の薄灰色に溶けこむかのような、残雪の多い白色と灰色の富士の山。そのかそけき美しさがこの日によく似合っていた。     (この項続く)