2026年3月18日水曜日

『街と、その不確かな壁』の〈暗い夢〉-『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説6

  前回は、小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」パートの主体〈僕〉と〈君〉(彼女、司書の女性)との関係を追っていった。今回はその「世界の終わり」パートの原形となった1980年発表の中編小説『街と、その不確かな壁』では〈僕〉と〈君〉(彼女、司書の女性)の関係はどうであったかを振り返ってみたい。

 〈僕〉は〈君〉と再び会うために壁に囲まれた街に入り込む。〈君〉は図書館の司書になっていた。〈僕〉は図書館で夢読みの仕事に就く。

 14節の冒頭。〈僕〉は高熱で寝込み〈暗い夢〉を見る。

 その夜、高熱が僕を襲い、それは一週間ものあいだ続いた。熱は僕の体中の皮膚を水泡でおおい、僕の眠りを略い夢で充たした。夢の大半は性交の夢だった。様々な女と僕は交った。顔見知りの女も居れば、全く見知らぬ女も居た。壁の中の街では僕はあらゆる女と交ることが可能だった。

 そして〈僕〉は何度も吐く。熱と悪寒に襲われる。14節の最後で〈僕〉はこう語る。

 雨。どれほど厚い毛布も、どれほど温かなスープも僕の体を暖めてはくれない。そしてどんなに静かでやすらかな眠りも僕の心を癒してはくれない。どれだけの女と交った後で、あの暗い夢は僕の心から離れてくれるのか?

 『街と、その不確かな壁』ではこの〈暗い夢〉に焦点が当てられている。

 16節の冒頭では〈僕〉と〈君〉の転機が訪れる。

 シャッターを閉め切った僕の部屋の暗闇の中でさえ、僕たちは壁の視線を感じつづけた。 毛布の中の君の体は優しく、温かかった。僕は君のやわらかな首筋を愛し、固い乳房を愛し、なめらかな背中を愛し、そして君の全てを愛した。僕はまるで崩れやすい夢を抱くようにそっと、君と交った。そしてそんな夢の香りが僕たちをすっぽりとくるんでいた。あるいはそれが壁を苛立たせていたのかもしれない。

 僕は君を求め、そして君が僕の夢と一体になってくれることを求めた。それ以外に求めるべき何があったろう? 

 〈僕〉は〈君〉と交わり、〈夢〉の香りでくるまれる。〈君〉が〈僕〉の〈夢〉と一体となることを求めた。村上作品の性愛とその夢の原型となる場面である。

 21節から22節にかけて〈僕〉は〈古い夢〉について語る。

 僕は理解できぬままに様々な形と様々な色あいの古い夢の埃を落とし、手のひらで温め、その夢の世界を追いつづけた。そして何ヶ月かのそんな作業の末に、僕は僅かながらも彼らの波調を感じられるようになってきた。彼らは確かに何らかのメッセージを僕に向けて送りつづけているようであった。僕は日を追うごとに彼らの発する声なき叫びを耳もとに感じるようになった。まるで人知れぬ暗い牢獄に閉じ込められた魂の叫びのように、その声なき声は僕の心を揺さぶりつづけた。しかし僕にいったい何をすることができたろう? そのことばの一片をさえ理解することのできぬこの僕に?

 〈僕〉が夢読みを続けていくと、ある日、不思議なことが起きる。

 目をあけた時、部屋は不思議な光に充ちていた。それは信じがたい光景だった。部屋中の数千の古い夢が、あたかも互いに感応しあうかのようにその深い眠りから目覚め、無数の光とともに僕たちに向けてその永遠の想いを語り始めていたのだ。

  全ての〈古い夢〉は目覚めていた。その〈古い夢〉は〈僕たち〉に幻を見せた。奇妙で不気味な兵隊たちが行進していた。その幻は悪夢のようだった。〈僕〉は〈やめてくれ〉と叫ぶ。やがて、〈古い夢〉は光を失い、消えていった。すべてが終わった。

 この〈古い夢〉が消えた後の23節で〈僕〉は〈君〉と出会った当時を思い出す。

 それから何ヶ月も、僕は君のことばかり考えていたような気がするよ。〔……〕そしてそれが何ヶ月か続くうちにね、僕の想いの中で君はなんだか僕にとって生きることの象徴のようなものへと変っていったんだ。あるいは生き続けることのね。僕はそんな夢の中で暮していたんだ。夢を吸い、夢を食べ、夢と共に眠った。

 〈僕〉はこういう〈夢〉の中で生きていた。〈僕〉は〈そんな気持ってわかるかい?〉と問いかけるが、〈君〉は小さく首を振る。〈僕〉はこう考える。

 どんな夢だって、結局は暗い夢だ。もし君がそれを暗い心と呼ぶなら、それは暗い心だ。頭の中でこねあげられて金粉をまぶしたただの泥土だ。そんな夢はおそらく人を何処にも連れていきはしないのだろう。あのたまりに流れ込んだ水のように、行く先のない地下の暗い水脈を永遠に彷徨うだけのことかもしれない

 結局どのような〈夢〉も〈暗い夢〉だ、というのが〈僕〉の苦い認識である。それは〈暗い心〉にもつながる。〈暗い心〉の〈泥土〉に〈金粉〉をまぶせば〈夢〉になるが、このような〈夢〉は人を〈地下の暗い水脈〉で永遠に彷徨わせる。〈僕〉はこう考える。

僕は僕の暗い夢を、それがどんなに暗いものであっても、あそこに置き去りにして生きるわけには行かないんだ。それを切り離してしまった僕は、もう本当の僕じゃないんだ

 〈僕〉が〈暗い夢〉を置き去りにして生きる〈あそこ〉とは、この壁に囲まれた街である。そして、〈僕〉の〈影〉が〈暗い夢〉を引き受けてやがて死んでしまう。〈影〉を分離した〈僕〉は本当の〈僕〉ではないことに気づく。〈僕〉は〈君〉にこう語る。

この街で君とこうして一締に居る限り、僕には他に望むものは何もない。こんな気持になれたのは生まれて初めてだった。何の不安もないし、何のかげりもない。多分永遠にそうなのだろう。でも街の外では今も時間が流れつづけているんだ。獣たちも死ぬし、影も死ぬ。シャツについたソースのしみみたいに、僕の心からどうしてもそれが離れないんだ

 〈僕〉は自らの〈暗い夢〉つまり自分の〈影〉に向き合おうとする。もう一度〈僕〉は〈影〉と一つになろうとする。そして〈影〉と一緒にこの街を出ることを決断する。「さよなら」と〈僕〉は言い、「さよなら」と〈君〉も言い、二人は別れることになる。つまり、1980年の中編小説『街と、その不確かな壁』では、〈僕〉は〈君〉(彼女、司書の女性)と別れて、自分自身の〈影〉と一緒に現実世界へと帰還する。しかし、なぜ〈僕〉が〈君〉と別れて現実へ戻ったのか。作者の村上春樹はその理由を説明してない。この結末の判断は唐突とすら言える。

 〈僕〉は〈君〉に対して抱いた美しい〈夢〉そのものが〈悪い夢〉であったと気づいたからかもしれない。〈僕〉は自らの〈悪い夢〉の中へもう一度、いや何度も入り込まねばならない。そのためには〈僕〉は〈影〉を取り戻し、一人の〈僕〉、単独者としての〈僕〉に戻る必要がある。矛盾する言い方だが、〈僕〉は〈夢〉から〈悪い夢〉へと覚醒しなければならない。


 1985年の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、〈僕〉は街に残り、〈影〉だけが現実へと戻っていく。〈僕〉は〈君〉(彼女、司書の女性)の〈心〉を取り戻すために生きていく。舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』ではこの決断が軸となる。


 このように、『街と、その不確かな壁』と『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には深い断層がある。さらに、2023年の長編小説『街とその不確かな壁』において、1章では〈僕〉は〈君〉との共生を選んで〈街〉に残り〈影〉だけ現実へ戻るが、最後の3章では〈僕〉は〈君〉と別れて単独で現実世界に帰る。〈僕〉は結果として、喪失した〈君〉との再会と街での共生、喪失した〈君〉の再度の喪失と現実への帰還という二つの選択を経験する。〈僕〉の決断は二重化されている。


 〈僕〉の最終的な決断に関しては、1980年の中編小説『街と、その不確かな壁』と1985年の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の差異を、2023年の長編小説『街とその不確かな壁』が統合したと言えよう。

    (この項続く)


2026年3月5日木曜日

『ダニー・ボーイ』の唄-『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説5

  小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に戻りたい。

 「世界の終り」(以下「世界」)パートの主体〈僕〉は、〈君〉〈彼女〉(司書の女性)の〈心〉を取り戻そうとする。22章「灰色の煙」で、〈君〉〈彼女〉は〈母〉の特別な〈独り言〉のことを想い出す。

「ええ、何かとても奇妙なアクセントで、言葉をのばしたり縮めたりするの。まるで風が吹いているような具合に高くなったり低くなったりして……」
 僕は彼女の手の中の頭骨を見ながら、ぼんやりとした記憶の中をもう一度まさぐってみた。今回は何かが僕の心を打った。
「唄だ」と僕は言った。

 〈母〉の特別な〈独り言〉は唄だった。この唄が母と子を結びつける重要な伏線となる。

 「世界」パート34章「頭骨」で〈僕〉は〈君〉に次のように語る。

 君の中にはたぶん心の存在に結びついている何かが残っているんだと僕は思う。でもそれが固くロックされて、外に出てこないだけなんだ。

 君の中にはお母さんの記憶を媒体として、その心の残像か断片のようなものが残っていて、それがおそらく君を揺さぶっているんだ。そしてそれを辿っていけばきっと何かに行きつけるはずだと僕は思う

 母の記憶を媒体とする心の残像か断片が〈君〉を揺さぶる。そこから〈心〉に行き着くことができると〈僕〉は考えている。その鍵となるのは音楽だ。〈僕〉は〈彼女〉を連れて、楽器があるという森の中の発電所に行く。そこには様々な種類の古い楽器があり、〈僕〉は管理人から手風琴をもらう。

 「世界」パート36章「手風琴」で、〈僕〉は〈手風琴〉を弾いてコードを探していく。

 そのとき何かがかすかに僕の心を打った。ひとつの和音がまるで何かを求めているように、ふと僕の中に残った。〔……〕
 それは唄だった。完全な唄ではないが、唄の最初の一節だった。僕はその三つのコードと十二音を何度も何度も繰りかえしてみた。それは僕がよく知っているはずの唄だった。
『ダニー・ボーイ』
 僕は目を開じて、そのつづきを弾いた。題名を思いだすと、あとのメロディーとコードは自然に僕の指先から流れでてきた。僕はその曲を何度も何度も弾いてみた。メロディーが心にしみわたり、体の隅々から固くこわばった力が抜けていくのがはっきりと感じられた。久しぶりに唄を耳にすると、僕の体がどれほど心の底でそれを求めていたかということをひしひしと感じることができた。

 僕〉が『ダニー・ボーイ』の唄を心の底で強く求めていた理由が語られることはないが、おそらく、〈僕〉と〈彼女〉との関係において記憶に残る唄だったのだろう。
 この後で〈僕〉はある覚醒へと至る。この覚醒は〈壁〉のある〈街〉の真実につながっていく。

 僕はずいぶん長いあいだその曲を繰りかえして弾いてから楽器を手から離して床に置き、壁にもたれて目を閉じた。僕は体の揺れをまだ感じることができた。ここにあるすべてのものが僕自身であるように感じられた。壁も門も獣も森も川も風穴もたまりも、すべてが僕自身なのだ。彼らはみんな僕の体の中にいた。この長い冬さえ、おそらくは僕自身なのだ。

 つまり、〈街〉にあるすべてが〈僕〉自身であることに気づいたのだ。これがこの物語の最終的な伏線となる。
 そして、〈彼女〉にも変化が訪れる。彼女が〈心〉を取り戻す一歩を踏み出す。

 僕が手風琴をはずしてしまったあとでも、彼女は目を閉じて、僕の腕を両手でじっと握りしめていた。彼女の目からは涙が流れていた。僕は彼女の肩に手を置いて、その瞳に唇をつけた。涙はあたたかく、やわらかな湿り気を彼女に与えていた。ほのかな優しい光が彼女の頼を照らし、彼女の涙を輝かせていた。しかしその光は書庫の天丼に吊された薄暗い電灯のものではなかった。もっと星の光のように白く、あたたかな光だ。
 僕は立ちあがって天丼の電灯を消した。そしてその光がどこからやってくるのかをみつけることができた。頭骨が光っているのだ。部屋はまるで昼のように明るくなっていた。〔……〕
 それは素晴しい眺めだった。あらゆるところに光が点在していた。

 音楽、『ダニー・ボーイ』のメロディーが〈僕〉を覚醒させ、〈彼女〉に〈心〉を回復させていく。この重要な場面で一角獣の頭骨が光り出す。舞台でもこのあたりの光の演出が工夫されていた。


 「世界」パート36章「手風琴」に先立つ「ハードボイルド・ワンダーランド」パート35章「爪切り、バター・ソース、鉄の花瓶」で、〈私〉は図書館司書の〈彼女〉といっしょのビング・クロスビーのレコードを聴く。その曲が『ダニー・ボーイ』だった。

 私はビング・クロスビーの唄にあわせて「ダニー・ボーイ』を唄った。
「その唄が好きなの?」
「好きだよ」と私は言った。「小学校のときハーモニカ・コンクールでこの曲を吹いて優勝して鉛筆を一ダースもらったんだ。昔はすごくハーモニカが上手くてね」
 彼女は笑った。「人生というのはなんだか不思議ね」
「不思議だ」と私は言った。
 彼女がもう一度『ダニー・ボーイ』をかけてくれたので、私ももう一度それにあわせて唄った。二度めにそれを唄うと、私はわけもなく哀しい気持になった。

 この『ダニー・ボーイ』という音楽が、「世界の終り」パートと「ハードボイルド・ワンダーランド」パートをつなぐ媒介となる。「ハードボイルド・ワンダーランド」の〈私〉が好きだった『ダニー・ボーイ』のメロディを「世界の終わり」の〈僕〉は〈手風琴〉を弾いていくうちに想い出す。小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の読者はこの地点で、〈私〉が〈僕〉であり〈私〉が〈僕〉であることに気づく。

 『ダニー・ボーイ』(Danny Boy)は、1913年にイギリスの弁護士フレデリック・ウェザリーがアイルランドの民謡「ロンドンデリー・エア」に歌詞を付けたバラードである。戦場へ息子を送り出す親の心情を語る歌、恋人への別れの歌、アメリカへ渡る移民を見送る歌などの解釈があるようだ。

 YouTube にビング・クロスビーの『ダニー・ボーイ』があった。1945年の録音である。

 Bing Crosby- Danny Boy (1945)


 たくさんの歌手にカバーされているが、エルヴィス・プレスリーの歌詞対訳付きのヴァージョンがあったので添付させていただく。

 (歌詞対訳) Danny Boy - Elvis Presley (1976)


 ビング・クロスビーの抑制のある穏やかで落ち着いた声、エルヴィス・プレスリーの情感豊かな甘やかな声、どちらのヴァージョンにも聴き入ってしまう。特に次の歌詞の部分だ。

But if ye come, when all the flowers are dying,
If I am dead, as dead I well may be.
Ye'll come and find the place where I am lying.
And kneel and say an Ave there for me.


 小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」パートでは、『ダニー・ボーイ』は〈君〉〈彼女〉の母の〈心〉を象徴している。そしてまた、〈君〉〈彼女〉の〈心〉を回復させていくもの、〈僕〉の記憶を想起させるものとなっている。

  (この項続く)

2026年3月2日月曜日

目覚めの曲「若者のすべて」CHILL CLASSIC CONCERT[志村正彦LN378]

  一昨日、2月28日の夕方、ヴァンフォーレ甲府と松本山雅の試合「甲信ダービー」を見て帰ってきたときに、妻がたまたまNHKの番組を見ていると「若者のすべて」の字が画面に表示されていることに気づいた。

 番組名を見ると、「所さん!事件ですよ」。「150万円の“安眠の館”にセレブが殺到!?」という特集であった。途中からだったのでNHK ONEで最初から見ることにした。

 この番組では、4人に1人が睡眠に問題を抱える不眠大国の日本で眠ることを促す様々な試みが特集されていた。そのなかの一つが「寝落ちOKのクラシックコンサート」である「CHILL CLASSIC CONCERT」だった。このコンサートでは、上質なオーケストラの音楽をリラックスして気軽に楽しむために、ハンモック、ビーズクッション、リクライニングチェアなどのくつろげる座席が用意され、眠ることもOKである。2021年に始まり、5年間でのべ6万人を動員した。チケットが入手困難な大人気イベントになっている。

 番組では収録された会のプログラムが紹介されていた。

 1 「ロビンソン」       スピッツ
 2 「G線上のアリア」     バッハ
 3 「白日」                  King Gnu
 4 「やさしさに包まれたなら」 松任谷由実
 5 「Summer」        久石譲
 6 「プラネタリウム」     大塚愛
 7 「ただ君に晴れ」         ヨルシカ
 8 「旅路」                   藤井風
 9 「たしかなこと」         小田和正
10「水平線」                 back number
11「怪獣の花唄」           Vaundy
12「115万キロのフィルム」   Official髭男dism
13「オレンジ」               SMAP
14「TSUNAMI」             サザンオールスターズ
15「若者のすべて」       フジファブリック


 編曲担当のピアニスト中山博之さんは、プログラムの中で起承転結を作りその流れの中で入眠の鍵となる曲を用意していると話していた。この日は大塚愛の「プラネタリウム」がその鍵の曲。原曲にない雰囲気を変えるコード、ノスタルジーを感じる和音を入れることがこだわりポイントだった。

 残念ながら、志村正彦作詞作曲の「若者のすべて」の映像や音源が流れることはなかったのだが、「CHILL CLASSIC CONCERT」のWEBに「2025年5月セットリスト&楽曲アレンジ秘話 公開!」という記事があり、次のように紹介されていた。

  

「若者のすべて」
ーこちらは過去にアンコールで大好評だった曲ですね。
まさにコンサートの締めにふさわしい楽曲だと思っています。まるで壮大な“エンディング”のように、今までの演奏を振り返りながら華やかに終わる構成にしています。 


 幸いなことに、YouTubeに2022年開催の第2回公演の1曲として「若者のすべて」のフルヴァージョンが公開されている。

  若者のすべて / CHILL CLASSIC CONCERT -2022 summer-


 

 ハープがイントロを美しく奏でると、弦楽器、管楽器が華麗に続いていく。ドラムの音が入り、〈最後の花火に今年もなったな〉の箇所になると、フルオーケストレーションの素晴らしい演奏と化す。このようなオーケストラ用の編曲を聴くと、「若者のすべて」の音楽そのものの豊かさを味わうことができる。

 また、「若者のすべて」を実際に聴いている(そして眠っている)映像もあったので添付したい。このコンサートの会場の雰囲気が伝わってくる。

   【全国ツアー開催記念 】CHILL CLASSIC CONCERT特別映像を初公開!

     


 

 「若者のすべて」はプログラムの15番目の演奏であることからおそらくコンサート本編の最後の曲だと思われる。この美しく荘厳な演奏が眠りに落ちている聴衆の目を次第に覚ましていく。睡眠から現実への覚醒にふさわしい曲なのだろう。志村正彦は〈すりむいたまま僕はそっと歩き出して〉と歌っている。この作品の歌詞も楽曲も、現実へと〈そっと歩き出し〉ていくことを促している。

 なお、「所さん!事件ですよ」のこの回は3月7日(土)までNHK ONEで視聴可能である。


 この番組の放送日には甲府の小瀬スタジアムでヴァンフォーレ甲府と松本山雅の試合があったのだが、後半の途中で松本の応援から聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。フジファブリックの「SUPER!!」だった。作詞:山内総一郎、作曲:山内総一郎・金澤ダイスケ。調べると、松本に新加入したフォワード加藤拓己のチャントだった。〈拓己のゴールちょうだい〉というフレーズになっていた。山梨学院高校出身なので地元局の放送で見たことのある選手だった。体格に恵まれたパワフルなストライカーであり、この日も先発して最前列でゴリゴリと甲府のディファンダーとやり合っていた。「SUPER!!」がチャント曲になった理由は分からないが、出身が山梨学院高校ということがあるのかもしれない。松本は以前、宮沢和史・ザ・ブームの「中央線」を応援歌にしていたことがあった。中央線は松本まで通っているからだろう。

 松本のことはさておき、甲府サポとしては志村正彦の曲を応援ソングがチャントにしてほしいとずっと思っている。「Sugar!!」なんか最高の曲だろう。〈全力で走れ 全力で走れ 36度5分の体温/上空で光る 上空で光る 星めがけ〉は、ヴァンフォーレ甲府のサッカーに合っている歌詞だ。

 試合の方は1対0でVF甲府の勝利だった。今シーズンは8月からの秋冬制への移行のために「明治安田J2・J3百年構想リーグ」という特別な大会を開催している。甲府は開幕4連勝で現在2位にいる。ほんとうに〈上空で光る 星めがけ〉て優勝を目指してほしい。


 志村正彦についての話題がもう一つある。2月22日のテレビ朝日の番組「EIGHT-JAM」の「プロが選ぶ最強サビ歌詞!」特集で、シンガーソングライターのコレサワが2000年以降の12位にフジファブリック「Bye Bye」を選んでいた。テロップには表示されたが、残念ながらこの歌への言及はなかった。それでも、志村の作品がテレビ番組で登場する場合、「若者のすべて」に集中している現状からすると、「Bye Bye」が選ばれたことは率直に嬉しかった。志村正彦には素晴らしい歌がたくさんある。志村のより多くの作品が注目を浴びてほしい。


2026年2月21日土曜日

シーク・アンド・ファインド(seek and find)の構造-『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説4

 今回は原作小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の成立とその構造について考えてみたい。

 1980、村上春樹は『文學界』に中編小説『街と、その不確かな壁』(中編『街』とも略記)を発表した。1985年、中編『街』を基にした「世界の終り」パートに「ハードボイルド・ワンダーランド」パートを新たに加えて『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(長編『世界』とも略記)を刊行した。さらに2023年、中編『街』をを原形とする第一章に第二章と第三章を書き加えて長編小説『街とその不確かな壁』(長編『街』とも略記)を出版した。

 村上は『街とその不確かな壁』のあとがきで『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』について次のように振り返っている。

「街と、その不確かな壁」を大幅に書き直そうと思った。しかしそのストーリーだけで長編小説に持って行くにはいささか無理があったので、もうひとつまったく色合いの違うストーリーを加えて、「二本立て」の物語にしようと思いついた。二つのストーリーを、並行して交互に進行させていく。そしてその二つが最後にひとつに合体する――というのが僕の計画というか、おおざっぱな心づもりだった。

 しかし、村上はその二つを合体する見当がつかないままに書き進めていったが、最後近くになって、二つの話がうまくひとつに結びついてくれたと述べている。しかし、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の刊行では終わらなかった。村上はこう語る。

 しかし歳月が経過し、作家としての経験を積み、齢を重ねるにつれ、それだけで「街と、その不確かな壁」という未完成な作品に――あるいは作品の未熟性に――しかるべき決着がつけられたとは思えなくなつてきた。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』はそのひとつの対応ではあつたが、それとは異なる形の対応があってもいいのではないか、と考えるようになつた。「上書きする」というのではなく、あくまで併立し、できることなら補完しあうものとして。でもその「もうひとつの対応」がどのような形を取り得るのか、なかなかそのヴイジョンを見定めることができなかつた。

 その後、2020年の初めに中編『街』をもう一度書き直せるかもしれないと感じ、コロナ禍のなかで三年間かけて完成させ、2023年に長編『街』を刊行した。このようにして、中編『街』から、そのひとつの対応としての長編『世界』、もうひとつの対応としての長編『街』という三つの小説が誕生した。この三作品の核にあるストーリーを《街とその不確かな壁》物語と名づけてみたい。

 1985年の長編『世界』、2023年の長編『街』(「世界」パート)の二つの小説は、1980年の中編『街』を原形とするものだが、時間軸に沿った連続的な発展ではなく、〈併立〉と〈補完〉の関係にある。中編『街』という《街とその不確かな壁》物語の原形の小説から、固有性を持ちながら互いに補完し合う二つの小説が生まれたと考えてよい。

 村上はこの「あとがき」の最後で、40年ほどかけて創作していった《街とその不確かな壁》物語について〈真実というのはひとつの定まった静止の中にではなく、不断の移行=移動する相の中にある。それが物語というものの神髄ではあるまいか〉と述べている。物語の内容についての発言だが、中編『街』、長編『世界』、長編『街』という三つの小説自体も、《街とその不確かな壁》物語の〈不断の移行=移動する相〉にあるのだろう。


 村上春樹は「シーク・アンド・ファインド(seek and find)」が自らの物語の基本構造であることを明かしている。他者(多くの場合は女性)を探し求め(seek)、見つけ出す(find)」というレイモンド・チャンドラーの探偵小説の影響を受けた枠組である。男性が主人公の場合、その他者はほとんどが女性である。男性は女性を探し出そうとするが女性はすでに失われている、あるいはかろうじて女性を探して見つけるがその女性はすぐに失われてしまう。探索・発見・喪失という構造である。

 《街とその不確かな壁》物語を総合すると、遭遇(発見)・喪失・探索・再遭遇(発見)・喪失あるいは共生というさらに複雑な複雑を持つ。中編『街』は遭遇(発見)・喪失・探索と再遭遇(発見)・喪失という「シーク・アンド・ファインド(seek and find)」を反復する構造であるが、長編『街』は遭遇(発見)・喪失・探索と再遭遇(発見)・共生を経て最終的に喪失という「シーク・アンド・ファインド(seek and find)」を二重に反復する構造である。この二つに対して、長編『世界』の「世界」パートは再遭遇(発見)から始まり、過去の記憶にある遭遇(発見)・喪失と探索に遡行した上で、共生に至るという時間的に錯綜させて多層化した構造を持つ。この複雑に多層化した構造の小説を脚本化、舞台化することはかなりの困難を伴っただろう。というのか、ほとんど不可能とも言えるような作業であっただろう。さその困難や不可能に直面しながら、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の制作チームがこの舞台を完成させたことは充分に評価できる。


 この連載記事の第一回目の末尾で、三つの作品の結末部がどうなるのか、という問いかけをした。主体の〈僕〉と他者の〈君〉はどうなるのか、〈僕〉は分身の〈影〉と一緒に現実世界へ戻るのか、それとも〈君〉と一緒に〈街〉の世界で暮らしていくのか、それとも〈影〉とはいったん離れてから単独で現実世界に回帰するのか。その選択によって《街とその不確かな壁》物語は変化していくのだが、この結末部について簡潔にまとめておきたい。

 中編『街』では、主体〈僕〉は他者である〈君〉現実世界の少女・〈街〉の司書の女性の喪失を選び、彼女と別れて自らの〈影〉と一緒に現実世界へと帰る。長編『世界』では、主体〈僕〉は他者の〈君〉との共生を決意し、〈街〉の司書の女性と共に生きて彼女の〈心〉を取り戻そうとする。長編『街』では、主体〈僕〉は他者〈君〉との共生を選んで〈街〉に残り〈影〉だけ現実へ帰るが、最終的には〈君〉と別れて現実世界に帰還する。結果として〈君〉との共生と喪失の二つを経験する。

 〈僕〉と〈影〉とは互いに分身の関係である。この関係に焦点を当ててもう一度整理すると、中編『街』では〈僕〉と〈影〉は一緒に現実へ帰還し、長編『世界』では〈僕〉は〈街〉に残り〈影〉だけが現実へ帰り、長編『街』では一度目は〈影〉だけが現実へ帰り〈僕〉は〈街〉に残るが二度目は〈僕〉が単独で現実へと帰還することになる。


 村上の言葉に依拠するなら、《街とその不確かな壁》物語の構造や枠組もまた〈不断の移行=移動する相〉のプロセスにあると言えるだろう。

        (この項続く)


2026年2月18日水曜日

〈ある地点〉高橋亜子氏の脚本-『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説3

 原作の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、単行本で618頁の分量の長編小説である。この舞台を見るにあったてまず関心があったのは、この長編小説をどのように脚本化していくのか、ということだった。「世界の終わり」パート(以下、「世界」パートと略記)と「ハードボイルド・ワンダーランド」パート(以下、「ワンダー」パートと略記)という二つが独立して交互に進行していく展開をどう構成するのか。この長編小説のたくさんの重要なシーンからどの箇所を選んでいくのか。舞台の演出以前の脚本の段階に興味があった。

 結論から言えば、高橋亜子氏の脚本はこのかなり長い小説を2時間50分ほどの舞台に的確に集約させた。(もちろん、いろいろな脚本の可能性はあるだろうが)。 高橋氏はパンフレットの中で次のように述べている。


 原作では「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」、それぞれの世界が交互に描かれます。脚本化にあたって核となるのは、このパラレルワールドをどう組み立てていくかです。膨大な原作の描写の中から私が抽出したのは"私と"僕”の心が、目の前で起きる出来事と呼応する場面です。”僕”は影と切り離され、次第に自分らしく感じることができなくなっていく。一方"私"は原作の猫写によると、ある地点から人生をねじまげるように生きており、心を閉ざした孤独な生活をしている。そんな二人の心が揺れる瞬間、それを辿っていけば、やがて物語の核心にたどり着けるはず。そう思いながらブロットを組み立てて行きました。


 この舞台では、〈僕〉と〈私〉の〈二人の心が揺れる瞬間〉を辿ることで物語の核心にたどり着くという方針が貫かれていた。

 舞台は「世界」パートから始まった。冒頭で金色に輝く〈一角獣〉が登場して、奇妙な動きを続けていたことがまず目を引いた。いくぶんか不気味であるが、照明の光と音楽の流れのもとで〈一角獣〉の動作やダンスの効果によって不思議な美しさと仄かなエロティシズムが醸し出されていた。さらに、〈門番〉が登場して、〈僕〉(駒木根葵汰/島村龍乃介、私が観劇した回は島村だった)からその〈影〉(宮尾俊太郎)を切り落とす。〈僕〉の〈心〉が文字通り揺さぶられて、本体と影に分裂する。

 そのシーンがYouTubeの〈舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 ゲネプロ〉の冒頭にある。



 その後、〈僕〉は図書館で少女(森田望智)に出会うことになる。小説の「世界」パートではこの時、〈僕〉は次のように感じる。

僕は長いあいだ言葉もなくじっと彼女の顔を見つめていた。彼女の顔は僕に何かを思いださせようとしているように感じられた。彼女の何かが僕の意識の底に沈んでしまったやわらかなおりのようなものを静かに揺さぶっているのだ。しかし僕にはそれがいったい何を意味するのかはわからなかったし、言葉は遠い闇の中に葬られていた。

 つまり、〈僕〉の意識の底に沈んでいるもの、無意識の世界にあるものが、〈彼女の何か〉によって静かに揺さぶられている。脚本はこのような揺れる瞬間を場面として切り取っていく。もちろん、舞台という性質上、詳細に示されることはないのだが。


 冒頭場面の後で「ワンダー」パートが始まる。〈私〉(藤原竜也)は、「シャフリング」を開発した博士の孫娘、ピンク色の服を着た女性(富田望生)によって地下にある博士の研究所に連れて行かれる。その後〈私〉は図書館で司書の女性(森田望智、一人二役)に出会うことになる。このように、小説の中の重要なシーンが的確に脚本化されて、舞台で演出されていた。


 先ほどの引用で高橋氏は、原作の「世界」パートの〈僕〉は〈影と切り離され、次第に自分らしく感じることができなくなっていく〉、「ワンダー」パートの〈私〉は〈ある地点〉から〈心を閉ざした孤独な生活をしている〉と延べている。この〈ある地点〉での出来事が重要なのだが、原作でも舞台でも、当初はそれが明示されることはない。「ワンダー」パートでは最後まで全く語られることがなく、「世界」パートでは次第におぼろげに示されるだけである。

 この点について、原作小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の言葉を使って説明したい。

 「世界」パートの最初の章「金色の獣」には〈僕が最初にこの街にやって来た頃〉という記述だけがある。〈僕〉は〈街〉でしばらく過ごした後で、門番の〈ここは世界の終わりなんだ〉という言葉を受けて、次のように考える。

 世界の終わり。
 しかしどうして僕が古い世界を捨ててこの世界の終りにやってこなくてはならなかったのか、僕にはその経緯や意味や目的をどうしても思いだすことはできなかった。何かが、何かの力が、僕をこの世界に送りこんでしまったのだ。何かしら理不尽で強い力だ。そのために僕は影と記憶を失い、そして今心を失おうとしているのだ。

 つまり、〈僕〉が何のためにどのようにして〈街〉にやってきたかという理由や経緯は不明である。〈僕〉にとっての〈君〉という存在の意味も明示されない。そのような設定があり、〈僕〉は〈僕〉と図書館の女性〈君〉がかつての記憶、そして〈心〉を取り戻そうとする過程が「世界」パートの中心的なモチーフとなる。小説「世界」パートの16章の「冬の到来」でやっと、図書館司書の〈君〉が四歳と一七歳の時の出来事の記憶ををかすかに思い出すことになる。

 これに対して中編小説『街と、その不確かな壁』(以下中編『街』と略記)では、この〈ある地点〉は、〈僕〉が〈十八歳の夏〉の時に〈川縁の草の上〉で〈君〉が〈本当の私が生きているのは、その壁に囲まれた街の中〉と言う地点に該当する。なお、長編小説『街とその不確かな壁』(以下長編『街』と略記)では〈十七歳〉であり、人称代名詞も〈ぼく〉と〈きみ〉という表記に変わっている。

 中編『街』の〈僕〉はおそらくまだ若者であるころに〈君に会いたかった〉せいで〈壁〉に囲まれた〈街〉に行く。長編『街』では一八歳の少年〈ぼく〉は書籍取次会社に務める中年男の〈私〉になり、四五歳になってまもなく〈穴〉に落ちて〈壁〉に囲まれた〈街〉に入る。〈私〉は〈きみ〉に再開する。失われた〈きみ〉に再開するために、〈私〉が〈壁〉に囲まれた〈街〉に入り込むというのが基本的な設定である。

 つまり、中編『街』と長編『街』では初めから、〈私・僕・ぼく〉は、〈君・きみ〉を失った出来事を覚えていて〈君〉と再開するために意識的無意識的に〈街〉を訪れようとするのだが、「世界」パートの〈僕〉はその記憶を失ったままなぜか〈街〉に入り込んでしまい、次第に記憶をたぐり寄せていく。記憶に対する関わり方が大きな違いとなっている。

    (この項続く)


2026年2月1日日曜日

〈夢読み〉―『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説2

 今日2月1日、舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の東京公演は終わってしまうが、この後、仙台市、名古屋市、西宮市、北九州市でも開催される。座席の種類によってはチケットがまだ取れる公演もあるようだ。

 YouTubeにこの舞台のプロモーション映像があるので紹介したい。


 舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』プロモーション映像 ロングver.



 今回もまた、1980年の『街と、その不確かな壁』、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、2023年の『街と、その不確かな壁』の三つの作品に共通する《街とその不確かな壁》の物語について述べたい。


 この物語を支える中心的なモチーフは〈夢読み〉だと言えるだろう。 〈壁〉に囲まれた〈街〉の〈図書館〉のなかで〈僕〉は〈古い夢〉を読む仕事に就く。 『街と、その不確かな壁』から引用しよう。

 僕は用意された布切れで古い夢につもったぶ厚い埃を拭ってからその表面に手を置き、目を閉じる。五分ばかりで古い夢は目覚め、僕の手は心地良い温もりを感じはじめる。そして彼らはその古い夢を語る。しかし彼らの話る声はあまりに低く、僕にはそれを殆んど聞きとるとともできない。
 彼らは明らかに語ることには慣れていないようだった。まるで長いあいだ見捨てられていた老人のように突然の日差しにとまどい、そして口ごもった。彼らの目覚めは不確かであり、その放つ光は弱く、そして僅かばかりの時が過ぎると再び深い限りの中に落ちこんでいくのだった。


 〈僕〉が〈夢読み〉であることは、三つの作品で共通しているが、その夢が包まれている器は異なる。

  『街と、その不確かな壁』では、〈図書館の書庫には埃をかぶった何千という古い夢〉の〈大きさはテニス・ボールほどのものからサッカー・ボールまで、色あいも多種多様〉で〈形は殆んとが卵型で、手にとってじっくり眺めてみると下半分が上半分に比べて僅かにふくらんで〉いて〈大理石のようにつるりとした手触り〉である。

 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、〈古い夢〉は〈一角獣の頭骨〉の中に〈しみこんで閉じこめられている〉。〈頭骨を正面に向け、両手の指をこめかみのあたりにそっと置〉き、〈骨の額をじっと見る〉と〈頭骨が光と熱を発しはじめる〉ので、〈その光を指先で静かにさぐっていけば〉〈古い夢を読みとることができる〉とされる。

 『街とその不確かな壁』では、〈書庫の棚には数え切れないほど多くの古い夢が並んでいる〉とされ、その形態についての具体的な描写はない。書棚の棚に並んでいるということから、書物のような形をしているのかもしれない。

 つまり〈古い夢〉は、ボールほどの大きさで色あいも多種多様な卵型の形、一角獣の頭骨、書籍のような形、というように作品ごとに異なる。今回の舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、一角獣の頭骨が演出上で重要なオブジェとなっていた。明るく輝く一角獣の頭骨やそれを持ってダンスする演出が目を引いた。


 〈夢読み〉とはどういう行為なのか。2023年の『街とその不確かな壁』ではこう語られている。

 ひとつの夢を読み終えると、しばしの休息をとらなくてはならない。机に肘をついて両手で顔を覆い、その暗闇の中で眼を休めて疲労の回復を待つ。彼らの語る言葉は相変わらずよく聴き取れなかったが、それが何らかのメッセージであることはおおよそ推測できた。そう、彼らは何かを伝えようとしているのだ――、私に、あるいは誰かに。でもそこで語られるのは私には聴き取ることのできない話法であり、耳慣れない言語だった。それでもひとつひとつの夢は、それぞれの歓びや悲しみや怒りを内包しつつ、どこかに吸い込まれていくようだった――私の身体をそのまま通り抜けて。


 〈夢〉は〈何らかのメッセージ〉であるが、〈聴き取ることのできない話法〉によって〈耳慣れない言語〉で語っている。夢独自の話法と言語によるメッセージというロジックは、ジークムント・フロイトの『夢解釈』を想起させる。フロイトによれば、夢は無意識の夢思考のメッセージである。私たちの潜在的夢思考から私たちが実際に見る顕在的夢内容が作られる。

 われわれの目には、夢思考と夢内容とは、同じ一つの内容を違う二つの言語で言い表しているように見える。あるいは次のように言ったほうがよいかもしれない。すなわち、夢内容とは、夢思考を違う表現様式の中へと転移させたもののように思われる。われわれとしては、これらの原本と翻訳とを比べ合わせて、書き換えにあたっての記号法と統語法とを学ばなければならないのである。 (フロイト『夢解釈』第6章夢工作)


 夢独自の話法と言語によって夢思考を夢内容に変換するのが夢工作の過程である。夢解釈はその逆をたどる。夢内容を分析し、その話法と言語を明らかにして、夢思考を構築する。フロイトの実践を読むと、夢解釈は複雑で難しく、忍耐と根気のいる仕事であることがよく分かる。

 《街とその不確かな壁》物語の〈夢読み〉である〈僕〉もまたその困難と向き合い、ひとつひとつの夢の〈歓びや悲しみや怒り〉を受けとめようとして、夢を読みとっていく。

      (この項続く)

2026年1月25日日曜日

〈僕〉と〈影〉―『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説1

 先日、舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の東京公演を見てきた。  

 原作の村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が、脚本高橋亜子、演出・振付フィリップ・ドゥクフレ、主演藤原竜也でホリプロによって舞台化された。


 この日の東京は厳しい寒さが予想されたので、午後1時過ぎに甲府駅を発った。新宿で降りて、SOMPO美術館の開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」を見た。最も好きな画家、中村彝の「頭蓋骨を持てる自画像」と、三十年ぶりほどになるだろうか、再会することができた。佐伯祐三や松本竣介の名作もあった。新宿という場におけるモダンな絵画の歴史を概観できる展覧会だった。

 新宿を後にして池袋に向かった。会場は東京芸術劇場プレイハウス。午後6時半からの開演だった。




 この舞台について語る前にまず、原作について述べたい。

 村上春樹の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は1985年6月の刊行だからすでに四十年を超える年月が経つ。僕は刊行直後に読んで感銘を受けた。単行本で六百頁を超える分量、話者兼人物の「私」が語る「ハードボイルド・ワンダーランド」の章と話者兼人物の「僕」が語る「世界の終り」の章が交互に配列され、全四十章で構成されるなど、本格的で実験的な長編小説だった。現在という時代、東京を舞台とする画期的な作品であり、当時はまだ東京で暮らしていたのでこの小説をリアルタイムで愉しんだ。

 「世界の終り」のパートは『文學界』1980年9月号に発表された中編小説『街と、その不確かな壁』が原型となっている。村上はその「世界の終わり」パートに新たに書いた「ハードボイルド・ワンダーランド」パートを複合させて『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を作った。さらに2023年4月、『街と、その不確かな壁』を書き直して第一章にした上で第二章と第三章を新たに書き加えて、長編小説『街とその不確かな壁』を刊行した。

 つまり、《街とその不確かな壁》の物語は、1980年の『街と、その不確かな壁』、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終わり」パート、2023年の『街とその不確かな壁』と三度にわたって書き直され、書き継がれていった。


 《街とその不確かな壁》物語は三つのヴァージョンがあるが、その共通するあらすじについて簡潔に述べたい。

 一人称の話者兼人物である〈僕〉が、現実とは異なる世界、無意識の領域にある世界、高い〈壁〉に囲まれた〈街〉の世界に入り込む。その際に自身の〈影〉が門番によって引き剥がされる。〈影〉は人の〈心〉を表している。

 舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では冒頭近くで、〈門番〉が〈僕〉から〈影〉を切り落とすシーンが演じられた。小説ではそれまでの過程が語られるのだが、舞台では突然の出来事としての演出効果を狙ったのだろう。〈僕〉とその〈影〉の切断からこの舞台は始まる。


 〈壁〉のある〈街〉ので〈僕〉は〈君〉に再会することができた。そして、古い〈夢〉を読みとる〈夢読み〉の仕事に就く。(この〈君〉は、現実世界で〈僕〉がかつて愛していた少女であり、ある時消え去ってしまったが、〈街〉の世界で図書館で働いているという設定。この〈街〉の世界では〈君〉も〈影〉、〈心〉を失っている)

 〈僕〉は〈君〉の〈心〉を取り戻そうとするが、それは極めて難しい。その試みをめぐる〈僕〉と〈君〉の交流が物語の中心軸となる。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、〈君〉が自らの〈心〉、自らの過去を想起する契機となるのは、母親が口ずさんでいた音階のある言葉すなわち歌であった。また、歌は「世界の終り」パートと「ハードボイルド・ワンダーランド」パートを媒介するものとなる。「ハードボイルド・ワンダーランド」パートの最後では、〈私〉はボブ・ディランの『激しい雨』を聴きながら深い眠りに入る。

 「世界の終り」パートの最後の場面で〈僕〉の〈影〉は、〈僕〉に対して、一緒に〈街〉から脱出しようと提案する。ここが最後の場面となる。〈僕〉はどうするのか。〈僕〉のこの選択が 《街とその不確かな壁》物語の中心的テーマとなる。

 この結末部は三つの作品で異なる。

 〈僕〉と〈君〉はどうなるのか。〈僕〉はどうすればよいのか。〈僕〉は、〈影〉と一緒に現実世界へ戻るのか、それとも〈君〉と一緒に〈街〉の世界で暮らしていくのか、それとも〈影〉とはいったん離れてから単独で現実世界に回帰するのか。その選択によって物語は変化していく。

      (この項続く)

2026年1月18日日曜日

11月・12月のBe館『見はらし世代』『ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師』『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』『殺し屋のプロット』

 もう新年を迎えてしまったが、昨年の11月と12月にシアターセントラルBe館で見た映画について書きとめておきたい。


見はらし世代



 監督・脚本、団塚唯我。再開発されていく東京・渋谷の風景を経糸に、ランドスケープデザイナーである父・初(遠藤憲一)、母・由美子(井川遥)、主人公・蓮(黒崎煌代)、姉・恵美(木竜麻生)の家族を緯糸にして、風景と人物の物語が織り込まれている。
 家族再会の場面で天井の電球が落下する瞬間に、物語が転換する。脚本も演出も新しい感覚に満ちていて、ラストシーンも独自の味わいがあった。


ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師



 監督・脚本、トッド・コマーニキ。ドイツの実在の牧師・神学者、ディートリヒ・ボンヘッファーの伝記映画。幼年時代から、ナチスの独裁者ヒトラーをー暗殺する計画に加担し処刑される1945年4月までの人生を追う。第2次世界大戦中のナチス政権に加担した牧師や神学者たちに危機感を抱いた牧師ボンヘッファーは、ナチズムを崩壊させるため「ヒトラー暗殺計画」に加担するが、捕らえられる。実話に基づく極めて厳しい内容の作品だった。 
 大学生の時、哲学の岩波哲男先生の教養演習というゼミ形式の授業で、半年の間、ボンヘッファーのテキストを読んだことがあった。軽井沢のセミナーハウスで夏の合宿もしたので非常に印象に残っている。もともと文学よりも哲学に関心のあった僕にとって、この授業は限界状況におけるキリスト者の倫理について考える契機となった。そういう経緯からこの映画には特別の関心があったのだが、特にボンヘッファーの最後の姿に胸を打たれた。


 ザ・ザ・コルダのフェニキア計画


 ウェス・アンダーソン監督。ヨーロッパの富豪ザ・ザ・コルダが娘で修道女のリーズルとともに、架空の大独立国「フェニキア」のインフラを整備する大プロジェクトを進めようとする。
 様々な出来事が起きるのだが、それぞれのプロットの最後がほとんど省略されて描かれない。全体の展開がよく分からないままフィナーレを迎えるのだが、とりあえずハッピーエンドといったところだろうか。本物の美術作品をたくさん使った演出がとても豪華だった。物語よりも映像そのものを純粋に見ることを愉しむ作品だろう。


殺し屋のプロット


 監督・主演・製作、マイケル・キートン。急速に記憶を失う病によって数週間以内にすべてを忘れてしまうという運命の殺し屋ジョン・ノックスは、息子のマイルズが娘をレイプした男を殺した罪を隠すために人生最後の完全犯罪に挑む。
 考え抜かれた脚本ときめ細かい演出によって、優れたサスペンス映画になっていた。エンディングのシーンでのおそらくすべての記憶を失ってしまった男の表情が印象深かった。


 2025年5月のシアターセントラルBe館の再開の後、年末までに24本の映画を見たことになる。この映画館のセレクトが素晴らしく、どの映画も十二分に愉しむことができた。2026年も、甲府の街中の映画館に足を運び、スクリーンで見ることにこだわっていきたい。



2026年1月11日日曜日

「短く 鮮やかに 土橋芳次回顧展」南アルプス市立美術館


 画家土橋芳次(1908~38年)の回顧展「短く 鮮やかに 土橋芳次回顧展」が、南アルプス市立美術館で開催中である。

  1908年、土橋芳次は甲府市富竹で生まれた。県立農林学校を卒業後、独学で洋画を描き始め、34年に上京して本格的に洋画を学んだ。36年、甲府市内で第1回個展を開き、同年の文展で初入選して、山梨県内の洋画家として頭角を現した。37年に山梨美術協会の創立会員となり、第2回個展が開催された。しかし、1938年病気により29歳という若さで亡くなった。この回顧展のテーマが「短く 鮮やかに」となったゆえんであろう。


 土橋の絵を初めて見たのは、昨年2024年、山梨県立美術館で開催された「山梨モダン 1912~1945大正・昭和前期に華ひらいた山梨美術」展の時だった。1937年の作品「美ヶ森」に魅了された。「美ヶ森」は八ヶ岳の尾根にある標高1500mほどの小高い丘。その丘に洋装のモダンガールが二人佇んでいる。咲き乱れる花々。向こう側に広がる高原。遠方には山脈の連なりが見える。山梨の壮大な風景とモダンで繊細な感覚が見事に融合した美しい優れた絵画だった。

 実はこの展覧会の時に、私のゼミで「Kポップと韓国社会」というテーマで研究をしていた女子学生が土橋の曾孫であることを知った。もともと、この女子学生の母(土橋の孫)が県立文学館で私の同僚であったという縁もあって、私のゼミに入ることになった。そういう関係も手伝って、私はこの画家に非常に興味を持った。


 南アルプス市立美術館の回顧展では、土橋家から寄贈された作品を中心に約60点の絵画や資料が展示されている。代表作の「お花畑」(1937年から1960年頃まで旧甲府駅舎の壁に掲げられていた。戦中は「出征兵士を送る絵」とも呼ばれていた)と「美ヶ森」の他に、山岳や高原を描いた風景画、コラージュ作品を載せたスケッチブック、新聞の連載記事や挿絵などが展示されていた。(同館のHPからフライヤーの表の画像を添付させていただきます)




 「お花畑」も「美ヶ森」と同様に、二人の女性、花、高原、連山が描かれている。高原と洋装の女性という不思議な取り合わせがモダンな雰囲気を醸し出している。モデルとなった女性によると、一週間ほど美ヶ森に出かけて描かれたそうである。美ヶ森は八ヶ岳の尾根にある標高1500mほどの小高い丘。レンゲツツジの群生や南アルプスの山々の眺望で知られている。

 「お花畑」や「美ヶ森」は、この山梨という場の中で、近景に〈花〉、近景から中継にかけて〈女性〉、中景から遠景にかけて〈高原と山〉という三つのモチーフから成り立っている。その三つの要素が写実的に遠近法的に描かれるのではなく、コラージュ的な組合せによって構成され、一つの空間の図として表現されている。時代的な制約を超えた独自性のある構図と描法である。


 この展覧会にはすでに二回ほど訪れたのだが、二回目は私の義母も一緒だった。義母は甲府駅に飾られていた「お花畑」のことを鮮明に覚えていて、再会することを楽しみにしていた。会場でおよそ60年ぶりに見た画と記憶の中にある画は完全に一致したそうだ。この「お花畑」には人々の記憶に何かを刻み込む力があるのだろう。

 2月8日(日)まで開催されているので、機会があったらぜひご覧になっていただきたい。


2026年1月3日土曜日

破魔弓や山びこつくる子のたむろ  蛇笏


 新年になると想い出す句がある。

  以前、芥川龍之介の〈元日や手を洗ひをる夕ごころ〉について書いたことがあるが、今日は、飯田蛇笏が正月の風景を詠んだ次の句を紹介したい。


  破魔弓や山びこつくる子のたむろ  蛇笏


 蛇笏が「雲母」昭和二年二月号の「山廬近詠」で発表した十三句のうちの二番目の句である。時節から題材は年末年始に関するものが多い。

 正月。神聖な破魔弓に守られるようにして、子供たちがたむろをつくり、その声が山びことなってこだましている。

 このような山国の情景が伝わってくる。蛇笏の住む村の子供たちの姿を描いたものだろう。そのなかには蛇笏の子どもが含まれているかもしれない。破魔弓は、弓の弦を鳴らす音には邪気を払う力があるという古来の教えから、男の子の健やかな成長と災厄から守るお守りとして、12月中下旬から1月中旬頃まで飾られる。


 飯田蛇笏と芥川龍之介は大正12年から手紙の交流や書籍の贈呈をするようになった。

  龍之介は〈春雨の中や雪おく甲斐の山〉という句を蛇笏に贈っている。〈春雨〉は冬から春へと移り変わる時期に降る霧雨。春が近づきつつある季節に〈甲斐の山〉には残雪が置かれている。この残雪を置く高峰、峻厳な山には、孤高の存在としての飯田蛇笏が重ね合わされている。蛇笏はおのれのなかに残雪のようなもの、厳しい冬の残像を抱えた孤高の俳人だと龍之介は感じていたのではないか。さらに言うと、龍之介が青年時代からの数回にわたる山梨への旅で実際に見て感銘を受けた甲斐の山々の記憶も刻まれているだろう。

 蛇笏は明治18(1985)年生まれ、龍之介は明治25(1992)年生まれ。七歳ほどの違いがあるが、俳句そして甲斐の山の風景を通して、この二人の間には深い心の交流があった。


 昭和2年4月10日、龍之介は蛇笏に宛てたの書簡で、「破魔弓」の句について〈人に迫るもの有之候。ああ云ふ句は東京にゐては到底出來ず、健羨に堪へず候〉と書いている。

 「破魔弓や」の句からは子供たちの生命力あふれる声が聞こえてくる。新年という新たなものが始まる季節。子供たちの元気な声が山々に反響し、山国の厳しい冬に暖かさや明るさをもたらす。龍之介は子供たちの命の声による〈山びこ〉に〈人に迫るもの〉を感じとったのではないだろうか。

 龍之介が東京と山梨という場の差異を意識して〈東京にゐては到底出來ず〉と率直に述べたのは、青年時代から何度が山梨を訪れ、山梨という場、土地の雰囲気、山々の風景をある程度まで実感として受けとめていたからであろう。〈健羨に堪へず〉は単なる儀礼ではなく、龍之介の本心からの言葉だと思われる。

 筆者は、龍之介の〈春雨の中や雪おく甲斐の山〉と蛇笏の〈破魔弓や山びこつくる子のたむろ〉との間に、〈山〉を媒介とする交響のようなものを感じる。蛇笏の「山びこ」は龍之介の記憶のなかの〈甲斐の山〉を想起させた。これは無意識の作用かもしれない。


 龍之介は東京と山梨の生活や風景の違いをかなり意識していた。

 大正十五年刊行の『梅・馬・鶯』では七十四の代表句を自ら選んでいる。実はこのなかで都道府県相当の名が句に詠まれているのは、〈木がらしや東京の日のありどころ〉と〈春雨の中や雪おく甲斐の山〉の二句だけである。この東京と甲斐(山梨)という選択と対比にも龍之介の意図を読みとってしまうのは筆者の考えすぎだろうか。


【付記】これまで芥川龍之介については、〈芥川龍之介の偶景〉と〈芥川龍之介(偶景以外)〉の二つのラベルに分けていましたが、〈芥川龍之介の偶景〉に統一します。(過去に遡って変更しました)



2025年12月31日水曜日

2025年


  大晦日の今日、2025年を振り返りたい。


 志村正彦・フジファブリックについてまず述べたい。

 2月にフジファブリックが活動を休止した。「フジファブリック LIVE at NHKホール」という休止前最後のライブがあったが、2010年以降の楽曲だけが演奏された。山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一の所謂「三人体制フジファブリック」の集大成となっていた。2024年8月の「フジファブリック 20th anniversary SPECIAL LIVE at TOKYO GARDEN THEATER 2024「THE BEST MOMENT」」は志村曲を映像と共に演奏するという特別な演出によって、志村への感謝とリスペクトを表現した。このライブは「志村正彦・フジファブリック」の集大成という意味合いが濃かった。2024年8月と2025年2月の二つのライブによって、フジファブリックの活動の円環は(ひとまず、をやはり入れるべきなのだろうか)閉じられた。

 今年もまた「若者のすべて」は夏の名曲としてよく聴かれていた。7月、マクドナルド・ハンバーガーのCM『大人への通り道』篇では志村の歌による「若者のすべて」が使われていた。夏のベストソング的な歌番組でも取り上げられ、いつも上位の位置にいた。

 志村正彦の命日12月24日の夜、片寄明人氏がX(@akitokatayose)の呟きで〈21年前、一緒にレコーディングした時の紙〉、『陽炎』の草稿ノートの画像を添付したことが、筆者にとって志村に関わる今年最大の出来事であった。この草稿については前回まで連続四回で書いてきた。草稿の〈出来事が 僕をしめつける〉から完成版の〈残像が 胸を締めつける〉への修正。〈僕〉と〈胸〉という漢字一文字の変化だが、その変化が意味するものを考察した。


 筆者個人の仕事についても触れたい。今年は原稿を書いたり、そのための調査や準備をしたりする日々が続いた。各々の仕事をなんとか仕上げることができて安堵している。

 筆者が探究しているテーマは大別すると次の三つである。

1.芥川龍之介(特に、晩年の夢をモチーフとする小説のテクスト分析。関連して、志賀直哉・谷崎潤一郎・内田百閒の夢小説)

2.志村正彦・日本語ロックの歌詞(歌詞のテクスト分析、歌詞の系譜や文化・社会的背景)

3.山梨出身やゆかりの作家とその作品(飯田蛇笏・太宰治、その他の作家たち)

1.については今年も「山梨英和大学紀要」に〈芥川龍之介「海のほとり」の分析〉を発表した。4年間連続で芥川や志賀の夢小説のテクスト分析を試みている。来年3月に新しい論文が掲載予定である。なお、これらの論文はすべて山梨英和大学のHPや電子ジャーナルプラットフォームのJ-STAGEで公開されている。

2.は〈この偶景web〉の批評的エッセイとして書いているが、今年はその回数が少なかった。この点は課題として受けとめている。

3.に関しては「山廬文化振興会会報」の第35・36・37号に、「蛇笏と龍之介」というシリーズで、各々、昭和二年の交流とその後の軌跡、「生存の実」と「第三の写生」、飯田蛇笏と小説というテーマで執筆した。昨年の第34号掲載の「甲斐の山」と併せて、全四回で完結することができた。この連載の概要を10月3日の「飯田蛇笏・飯田龍太文学碑碑前祭」で講演した。

 太宰治については、甲府での生活に基づいた甲府物語「新樹の言葉」と代表作「走れメロス」との関係についての批評を書いた(来年3月に発表予定)。これに関連して、11月3日、こうふ亀屋座で〈甲府 文と芸の会〉の第1回公演〈太宰治「新樹の言葉」「走れメロス」の講座・朗読・芝居の会〉を開催した。有馬眞胤さんの独り芝居とエイコさんの津軽三味線による「走れメロス」は、小説の全文を暗記して声と語りによってその世界を再現するという独自なものであり、観客を魅了した。来年もこのスタイルの公演を開催する計画である。


 この〈偶景web〉に関しては8月にリニューアルした。上記の筆者の研究や活動に対応するために、当初はこのブログを分割することを検討したが、結論としては、この〈偶景web〉にすべてをまとめることを選択した。現状では、分離するよりも統合する方が円滑に進むと考えたからである。ただし、〈偶景web〉の主要コンテンツが〈志村正彦ライナーノーツ〉であるのはこれまで通りである。このリニューアルによって、志村正彦とその作品をより広い文脈のなかで位置づけたいと思っている。


 この一年間、どうもありがとうございました。


2025年12月30日火曜日

すべてが揺れていく-『陽炎』草稿4[志村正彦LN377]


 『陽炎』の草稿と完成版を比較すると、〈残像〉部分と〈出来事〉部分との関係性が異なることに気づく。この二つの部分を完成版の歌詞で引用する。


  〈残像〉部分
あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ
また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
残像が 胸を締めつける

  〈出来事〉部分
きっと今では無くなったものもたくさんあるだろう
きっとそれでもあの人は変わらず過ごしているだろう
またそうこうしているうち次から次へと浮かんだ
出来事が 胸を締めつける


 『陽炎』完成版の〈残像が 胸を締めつける〉〈出来事が 胸を締めつける〉という二つのフレーズは、〈胸を締めつける〉という表現が同一である。〈残像〉の延長上に〈出来事〉があるというニュアンスになるだろう。〈残像〉と〈出来事〉は、〈胸〉という身体の一部が象徴する〈心情〉や〈感情〉に作用していく。

 〈残像〉部分では、もうすでに失われた少年時代、〈路地裏〉という場と少年期の〈僕〉に対する愛着や愛惜が感じられる。その延長上にある〈出来事〉部分で焦点化される〈無くなったもの〉と〈あの人〉も、喪失感を伴う愛惜の情を読みとることができる。

 〈残像〉部分と〈出来事〉部分では共に、〈残像〉と〈出来事〉がもたらす愛惜の情が〈僕〉に迫ってくる。この二つの部分はある種の叙情性を帯びているともいえる。


 これに対して『陽炎』草稿では、〈残像が 胸をしめつける〉と〈出来事が 僕をしめつける〉という二つのフレーズは、〈胸をしめつける〉と〈僕を締めつける〉というように、〈胸〉と〈僕〉という明確な対比を成している。その結果、〈残像〉部分と〈出来事〉部分には対比の関係性が強くなる。〈残像〉の延長上に〈出来事〉があるのではなく、〈残像〉と〈出来事〉との間に微妙ではあるがある種の断絶を感じとることもできる。〈僕をしめつける〉にはそのような強い意味作用がある。

 〈残像〉部分にある、少年時代のノスタルジアや故郷への愛惜の想いは遠ざかり、その反対に〈出来事〉部分では、〈無くなったもの〉や〈あの人〉に関わる過去の重層的な〈出来事〉が〈僕〉という存在をしめつけるように迫ってくる。〈出来事〉が〈僕〉を圧迫し、拘束する。〈出来事〉は追憶や愛惜の対象というよりも、〈僕〉に対して苦しみをもたらすもの、抗うことのできないものと受けとめることもできる。〈出来事〉は心の傷に触れるような何かかもしれない。


 〈出来事〉部分の〈無くなったもの〉〈あの人〉が、どういうものか、どういう人かは歌詞の言葉からは不明である。作者志村にとっては特定のもの特定の人であるのだろうが、志村はそれをあえて語らなかった。むしろ、志村はそれを語ることを避けたのかもしれない。その結果、〈無くなったもの〉〈あの人〉という抽象度の高い表現となった。同じような心的機制が〈僕をしめつける〉という表現に働きかけ、〈胸を締めつける〉への修正となった可能性がある。意識的な判断かもしれないが、むしろ無意識的な選択であろう。精神分析的な観点からは、〈僕をしめつける〉という表現の強さや生々しさを抑圧したとも考えられる。『陽炎』草稿の〈僕〉という字に対する二重の×による抹消は、その抑圧を示している。


 しかし、志村が最終的に〈出来事が 僕をしめつける〉ではなく、〈残像が 胸を締めつける〉を完成版の歌詞にした判断は妥当だったと思われる。

 志村はおそらく〈僕をしめつける〉が歌詞としては重すぎる意味合いを持つことを意識的そして無意識的に避けたのだろう。ある言葉が突出すると、歌われる世界が破綻してしまうこともある。歌というものは、その歌詞にも楽曲にも調和が求められる。調和とはバランスでありハーモニーである。そして、歌い手と聞き手との間にも調和が形成されるときに、その歌の普遍性は高まる。歌が人々に共有されてゆく。



 『陽炎』は日本語ロックとしてきわめて完成度の高い作品である。四回に分けて、『陽炎』草稿には完成版には現れなかった表現を通じて『陽炎』の潜在的なモチーフが刻み込まれていることを論じてきた。


 最後に完成した『陽炎』のミュージックビデオを見てみよう。




 この映像のなかの特に冒頭の志村の表情には独特の陰影がある。何かに囚われた緊張感がある。『陽炎』草稿の〈僕をしめつける〉という表現は歌詞からは消えてしまったが、この映像で〈出来事が 胸を締めつける〉を歌う志村正彦の声や表情にはそのモチーフの痕跡がある。曲が進行して、最後の最後の〈陽炎が揺れてる〉でそのモチーフが転調し、微かなものかもしれないが、〈僕〉が何かから解放されてゆく。

 筆者はそのように感じる。過去への愛情や愛惜と過去からの分離や解放。『陽炎』という歌は、相反する方向へと振り子のように動いて揺れていく。根拠はないのだが、そのように考える。 

 

 〈残像〉も〈出来事〉も、過去も現在も、喪失も追憶も、愛着も愛惜も、〈陽炎〉も〈僕〉も、すべてが揺れていく。