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2021年9月12日日曜日

2021年の夏-「若者のすべて」 [志村正彦LN288]

 九月に入り、雨の日が続く。暑さはまだ残っているが、秋の近づく気配がする。

 甲府のある通信制高校から勤務先の大学に要請があり、九月初めに出張講義「ロックの歌詞から日本語の詩的表現を考える」を行った。当初は通常の講義を予定していたが、山梨県がコロナ感染のまん延防止等重点措置を取ったために、Zoomによるオンライン遠隔授業に変わった。オンラインの出張講義は初めてだったが、この一年半の遠隔授業の経験によって、とどこおりなく実施することができた。

 講義の対象作品は「若者のすべて」。表現の技法の観点からいって、この作品が最も適切であり、季節の感覚にも合っている。チャットに書いてもらった生徒の初発の感想には、〈「すりむいたまま 僕はそっと歩き出して」を境に、過去と現在に分けられると思う〉〈「な」がたくさん使われていて優しく言いかけてる感じ〉というように、表現を根拠とした優れたものが多かった。この歌には歌詞そのものに向き合わせる力がある。

 このところ、fujifabric.comのINFORMATIONから、〈「若者のすべて」の採用が決定〉という二つの情報が伝えられた。

 2021.08.31付の情報で〈「令和4年度 高等学校用教科書 音楽Ⅰ MOUSA1」に「若者のすべて」の採用が決定〉と伝えられた。公式サイトからの初めての通知である。 (この件について、このブログではすでに5月に〈高校音楽教科書の『若者のすべて』[志村正彦LN273]〉という記事を書いた)

 この情報を受けて、スポニチに〈フジファブリック「若者のすべて」 高校の音楽教科書に採用 09年死去の志村正彦さんが作詞作曲 [2021年8月31日]〉という記事が掲載された。この記事の全文を引用しておきたい。

 ロックバンド「フジファブリック」のスタッフによるツイッターが31日、更新され、代表曲「若者のすべて」が高校の音楽の教科書に採用されたことを発表した。

 ツイッターでは「『若者のすべて』が『令和4年度 高等学校用教科書 音楽Ⅰ MOUSA1」にて採用されることになりました」と報告。同曲は2007年にリリースされ、夏の終わりを感じさせる曲調が多くのファンの支持を集めた。また、桜井和寿や槇原敬之らがカバーするなど、多数のミュージシャンからも支持された。
 教育芸術社から発行される教科書でバッハやモーツァルトら古典音楽から最新音楽までを網羅。「時代を彩る歌唱教材」として、米津玄師「Lemon」などとともに取り上げられている。
 2009年に29歳の若さで亡くなった元メンバーの志村正彦さんが同曲を作詞、作曲を手がけており、フォロワーからは「志村さんのお名前が教科書に掲載されると思うと感慨深いです」などとコメントが寄せられた。

 フジファブリックの公式サイトの通知やスポニチの記事によって、音楽ファンにも広がっていったのだろう。twitterなどでも話題になっていた。

 2021.09.03付で〈スカパー!夏フェスキャンペーンCMに「若者のすべて」の起用が決定!〉という通知があり、早速その映像を見た。ここにもその動画を添付したい。

 この〈スカパー!夏フェスキャンペーンCM(Full ver.)〉には次の説明がある。

フェス好きの皆さんからTwitter・Instagramで募集した思い出の写真を、フジファブリック『若者のすべて』と共に映像にしました。「何年経っても思い出してしまうな」そんな大切な思い出を振り返り、そして「いつもの夏が早く戻ってきますように。」という気持ちを込めたCMです。

 今年は中止になってしまったROCK IN JAPAN FESTIVAL、SWEET LOVE SHOWER、RISING SUN ROCK FESTIVALなどの会場でのかつての写真を背景に、「若者のすべて」が流れる。「何年経っても思い出してしまうな」がキーワードになり、この一節は3回ほどテロップとして映し出されていた。「若者のすべて」の歌詞世界は多様で複雑であるが、不思議なことに、「何年経っても思い出してしまうな」が繰り返し強調されると、この歌のテーマが「何年経っても思い出してしまうな」に集約されるように聞こえてくる。

 もう一つ、映像がある。UYTテレビ山梨のサイトにある〈やまなしドローン紀行〉#34 富士吉田市特集。志村の故郷の街並、富士山、新倉山浅間神社、吉田の火祭りなどのドローン撮影による美しい映像が、「若者のすべて」のBGMにのせて2分40秒ほど映し出される。このドローン映像はいつも秀逸だ。今年の7月上旬から8月上旬に撮影されたようであるが、吉田の火祭りは2018年や2019年のものが使われている。

 9月6日、NHK甲府のニュースで、〈高校の音楽教科書 志村正彦さんの「若者のすべて」掲載〉という報道があった。この日は朝から夜まで何回もこのニュースが仕えられた。甲府放送局のwebにこの映像と記事がある。この記事はNHK全国版のwebにも掲載されている。以下、フジファブリックに取材したコメント部分を引用する。

現在も人気のバンドとして活動を続けているフジファブリックは、「高校の音楽の教科書に採用されることによって、世代を超えてたくさんの学生の方に『若者のすべて』を知ってもらう機会をいただき、とても光栄です。作詞作曲を手掛けた志村君もきっと喜んでいることと思います」とコメントしています。

 9月8日、YBS山梨放送の「ワイドニュース」でも取り上げられていた。さらに9月10日、山梨日日新聞の社会面に、〈フジファブ教科書に 若者のすべて 代表曲 来年度 故志村正彦さん(富士吉田市出身)が制作〉という記事が掲載された。この教科書を作成した教育芸術社に取材した部分を引用する。

同社の担当者は「編集者が学校の先生と共に選曲したが、『すごくいい曲だ』という意見で一致した。」生徒たちが生まれる前の曲だが、エバーグリーン(不朽)でポップな曲だと思った」と理由を説明した。

〈編集者が学校の先生と共に選曲した〉ことを初めて知ったが、〈すごくいい曲〉〈エバーグリーン(不朽)でポップな曲〉と高く評価されたようだ。この〈不朽〉、いつまでも価値を失わずに残るところが、教科書採用の決め手になったのだろう。


 スカパー!とUTYの二つの映像に関連して、志村正彦の発言を振り返りたい。 2007年12月、彼は両国国技館ライブの『若者のすべて』のMCで、この曲についてこう語っていた。

いろんな日があると思うんですけど、そんな日のたびに、立ち止まっていろいろ考えていたんですよ、僕は。んーだったら、それはちょっともったいないなあという気がしてきまして。だったら、こうなんかこう、なんかあの、BGMとか鳴らしながら、歩きながら、感傷にひたるってのがトクじゃないかな、って思って。

 志村は、「立ち止まっていろいろ考えていた」というあり方から、「BGMとか鳴らしながら、歩きながら、感傷にひたる」方法を見つて、歩き出そうとする。歌詞の一節「すりむいたまま 僕はそっと歩き出して」がそれに呼応している。「BGMとか鳴らしながら」「感傷にひたる」とあるが、「感傷」とは「僕」という主体の感情や感覚、志村の言葉で言い換える「センチメンタル」になることであり、BGM、background musicとはその背景に流れる音楽のことである。彼は歩きながら、「感傷」や「悩み」との対話を試みる。そして、映画を上映するように、「僕」と「僕ら」の物語を歌う。この歌の聴き手は、自分自身の物語を、心のスクリーンに重ねていく。『若者のすべて』は志村が築いた物語ではあるが、それ共に、聴き手自身の心の物語のBGMとしても機能する。

 この〈スカパー!夏フェスキャンペーンCM〉や〈やまなしドローン紀行〉を見る者は、『若者のすべて』に導かれるようにして、自分自身の物語を心のスクリーンに投映していく。音楽フェスの体験、富士吉田の街や富士山の想い出。「何年経っても思い出してしまうな」はその導きの言葉として調べとして、聴き手に強く、そしていくぶんか儚げに作用していく。

 志村正彦の言葉は、《意味》として以上に具体的な《作用》として、聴き手に働きかける。「何年経っても思い出してしまうな」という言葉は単なる意味を伝えるのではなく、聴き手の回想や想像の力を刺激して、実際に何か大切な情景を思い出させる。そのような作用をすることが、この歌が人々に愛される理由であろう。2021年の夏、「若者のすべて」は、人々にとってすでに「何年経っても思い出してしまう」作品となっている。


追記:9月5日に投稿した後に新たな報道や情報がありましたので、その分を追加して、新しい記事として再構成して投稿します。

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