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2026年9月24日木曜日

2024年12月15日・両国シアターXカイ「母を恋うる記」

 有馬眞胤さんとエイコさんが谷崎潤一郎「母を恋うる記」を演じるのは今回で二度目である。2024年12月15日東京両国のシアターXカイが初演だった。夢をモチーフとするこの作品に関心があった私は妻と一緒に両国に出かけた。今日はその芝居について振り返りたい。


 両国は芥川龍之介が育った場所だ。かなり前のことになるが、山梨県立文学館の「芥川龍之介 人と文学」という映像の撮影でこの界隈を訪れたことがあった。現在は芥川家の跡地には居酒屋があり、その近くに「芥川龍之介生育の地」という案内板が立てられている。

 そこから少し歩くと芥川が幼少の頃によく遊んだ回向院、さらに進んでいくと隅田川に架かる両国橋がある。芥川が学んだ両国小学校(当時の名は江東尋常小学校)とその北西の角にある文学碑にも足を運んだ。「母を恋うる記」の開演前に、芥川ゆかりの場所をいくつか巡った。


 公演開始は午後3時。シアターXカイに向かった。この会場は、1992年に旧両国国技館・日大講堂跡に建設された複合ビルの両国シティコア内の劇場としてオープンした。客席は200席程度で、舞台との距離が近くて見やすい。この日は第1部が宇佐美雅司さんの語りによる「刺青」、第2部が有馬さんとエイコさんの「母を恋うる記」という二部構成だった。


 「母を恋うる記」のスタッフとキャストを記し、フライヤーの画像も添えたい。

 スタッフ
原作:谷崎潤一郎、構成・演出:有馬眞胤、協力:鳥居慎吾(アトリエ・シャノアールトリイ)・川村和央、メイクアップ:野口文代。
 キャスト
私(男):有馬眞胤、女・母:エイコ(有馬英子)

 



 有馬さんはこの芝居についてシアターXカイのHPで次のように語っていた。

 有馬銅鑼魔50回記念公演を何とか無事に終えて半年間休みました。そして自分の中に新しい渇えが生まれるのを待ちました。今回上演する谷崎潤一郎「母を恋うる記」は私の心情ともリンクする、以前から気になっていた作品です。初めてエイコに芝居の中に登場してもらう冒険作です。私の中で期待と不安とが同居する野心作です。


 このコメントにあるように、有馬さんとエイコさんの二人が役柄を持って芝居をする初めての公演だった。二人芝居だとも言えるが、有馬さんの独り芝居にエイコさんを加えることによって、より演劇的な世界へと広げていく試みだった。

 有馬さんは二万字程度の分量がある原作をある程度まで圧縮した上でその文章を覚えて演じた。鳥居慎吾・川村和央・野口文代さんたちの協力を得て、月影と青色の夜の世界、明治時代の和服姿の衣装など、照明や舞台、衣装やメイクアップがとても美しかった。


 有馬さんが演じる「私(潤一)」は、夢の中で七、八歳の子供に戻り、月が照らす明るい夜に海辺近くの道を歩いて行く。谷崎の言葉そのものを語ることによって、谷崎の内的世界が舞台に浮かび上がってくる。


 「私(潤一)」は以前にも夢の中の景色を見た記憶を想い出す。その一説を引用したい。

夢の中で、これとそっくりの景色を、私は再三見たような心地がする。そうだ、確かに夢に見た事があるのだ。二三年前にも、ついこの間も見た事があった。そうして実際の世界にも、その夢と同じ景色が、何処かに存在しているに違いないと思っていた。この世の中で、いつか一度はその景色に出遇うことがある。夢は私にそれを暗示していたのだ。その暗示が今や事実となって私の眼の前に現れて来たのだ。―――

 この夢の中のデジャビュ(déjà-vu)既視感は、既視夢とも捉えられるだろう。夢の中ですでに視ていた風景が後に現実の風景と似ていた経験。どこか懐かしいような風景が夢の中で繰り返し現れる経験。このような夢を見たことがある人もいるだろう。

 このような不思議な夢の経験を、夏目漱石、志賀直哉、芥川龍之介たちは小説に表現してきた。(このモチーフについては、11月15日の私の講座「夢の文学-志賀直哉・谷崎潤一郎・芥川龍之介」で簡潔に触れたい)。


 そして、「私(潤一)」の眼差しの向こう側には「母」がいる。実の母であるが幻の母でもある存在。そういう存在を探して一人で夢の中を歩いて行く姿を、有馬さんは語りの声と身体の動きによって見事に演じていた。


 小説には次の一説がある。

日本橋にいた時分、乳母の懐に抱かれて布団の中に睡りかけていると、私はよくあの三味線の音を聞いた。―――
「天ぷら喰いたい、天ぷら喰いたい」
と、乳母はいつもその三味線の節に合わせて吟んだ。

 エイコさんが弾く三味線の音は、次第に、この「天ぷら喰いたい、天ぷら喰いたい」と吟む声として響いてきた。最後の場面の近くでエイコさんが登場する。やわらかく綺麗な声と美しい姿と表情。小説通りに横顔のみを観客側に見せる演出が印象的だった。


 上演時間は50分ほどだったが、ほぼ満員の観客たちは二人が演じる幻想的な世界を堪能していた。谷崎潤一郎が描いた夢の光景が舞台に出現したのである。


 11月15日の公演は、いくつかの制約からシアターXカイのような演出は不可能だが、今、こうふ亀屋座の舞台を活かした演出を試行錯誤している。

 有馬さんとエイコさんの芝居だから質の高いものになることは間違いないが、実際にはどのような舞台が出現するのか。主宰者としても、一人の「有馬銅鑼魔」ファンとしても、とても楽しみにしている。


2026年9月7日月曜日

レアの夢・二つの世界・〈現実的なもの〉-五十嵐哲也『環の国にて』2

 今回は、黒板当番・五十嵐哲也氏の『環の国にて』第二部トコロボの重要なシーンに焦点を当てたい。四回ほど続いた五十嵐氏の作品についての批評的エッセイのフィナーレとなる。(できるだけ「ネタバレ」を避けたいですが、論の展開上、重要な箇所に言及することをあらかじめご了承ください)


 『環の国にて』の主人公、若い女性のレアは土星の衛星の氷の中にある〈宝物〉を探すための調査に出かける。

 あるとき、土星の惑星エンケドラスの内部海の大きな氷塊の割れ目から、手の平くらいの大きさのU字型の物体を見つける。おもちゃのロボットのようなものだった。

 レアはその物体を〈トコロボ〉と名づけ、手話による対話を始める。


レアとトコロボ


 ある日レアは夢を見る。第二部SCENE 30「夢の中で」の該当箇所を引用する。

 夢のなかで、自分はレアではなく、暗い海のなかでさまよういきものになっている。人の形はしているけれど、人間ではないなにか。冷たい水の底でひとりぼっちでいると、いつも自分を見つけてくれる小さな〈ともだち〉がいた。


 その〈ともだち〉はレアを〈目的地〉に連れて行こうとする。けれども、その目的地にはたどりつけない。夢はいつもその手前で終わってしまうからだ。これは我々の見る夢の特質である。しかし、この日だけは特別だった。レアは目的地の〈海の底の平原〉に行くことができたのだ。

 レアが上を見上げると、明るい光を投げかける生き物たちがたくさん浮かんで、あたりを照らしていた。自分たちの光を浴びて、彼らの姿は、まるで小さな白い花が空にたくさん散らばっているみたいだった。夜空の星のような、舞い散る雪のような、たくさんの花。


 海の底ではたくさんの生き物が明るい光を浴びて、小さな白い花のように光っている。レアはその美しい光景を見てある洞察に至る。

 レアは気付いた。そうだ、ここはトコロボの故郷なんだ。私はいま、トコロボの住む性界にいて、このともだちは、トコロボの本当の姿なんだ。私はいつも夢のなかで、この海のなかでもトコロボに会っていた。そしていつもトコロボに助けてもらつていたんだ。


 レアが夢の中でたどりつこうとした目的地はトコロボの故郷だった。そして、その世界で暮らす小さな生き物がトコロボの本当の姿であった。レアはすでにある予感を持っていた。第1部SCENE 2「千億の宝石の河」の場面で、レアがふと何かを感じて、〈誰かが、この環のどこかにいるような気がした〉とあったが、この〈誰か〉とはトコロボのことだった。レアは夢から覚めた後でも夢で見たことをはっきりと覚えていて、〈この夢は、ただの夢。それとも、自分が見たのは、どこかにある現実の場所なのだろうか?〉と考える。


 第二部SCENE 31「二つの世界」では、レアの世界とトコロボの世界という二つの世界の関係についてある重要なことが示される。


 レアは海の底で別の生き物になる。ヒトの目では決して見えない暗い海底の光や色彩を見ること、ヒトの可聴域をはるかに超えて響く音や声を聞くことができた。自分とはまったく違った身体になり、トコロボの本当の姿である生き物に遭遇する。

 レアが自分の見た夢を語り終え、デルス先生たちのミーティングに参加すると、次の仮説が生まれる。

 それは、トコロボはロボットではなく、どこか別の世界に棲む生物がリモートで動かしている仮の身体なのだ。そしてレアも同じように、夢の中でその海底にある別の肉体にアクセスし、お互いが別の身体で相手の世界を訪れているのではないか。


 つまり、仮の身体のトコロボと別の肉体のレアが互いに夢の中で相手の本体と交流している。レアはこの海が衛星エンケラドスの内部海だと推測する。レアが描いた夢の中の海底の風景はエンケラドス生命圏の想像図だった。

 さらに、異星人〈氷売り〉が九万四千年前にここを訪れ、互いが別の身体で相手の世界を訪れる技術を残したいう仮説も生まれる。〈氷売り〉は、地球の生命とエンケラドスの生命が互いの生態系を脅かさずに相互交流できる方法として、トコロボを残していった。 レアは最終的にある結論に至る。

 トコロボは〈氷売り)が作った一種の受信機のようなもので、トコロボの本当の姿は、環の国のすぐ近くをめぐる衛星エンケラドスの海の中で、仲間たちと一緒に暮らす〈トコトコ族)のひとりなのかもしれない。


 衛星エンケラドスの海の中の生物〈トコトコ族〉がトコロボの本当の姿だった。


 この〈トコトコ族〉は前作『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』に登場している。この作品では、トコトコはその名のとおリトコトコと歩き回る生き物で、珍しいものを探して旅をするのが大好きだった。『環の国にて』では、本体の生き物〈トコトコ〉とリモートで動かされる仮の身体〈トコロボ〉の二つに分化しているのだろう。レアは〈トコトコのひとりがレアの世界ではトコロボだった。レアは環の国とエンケドラスの海の底という二つの世界のあいだでトコロボと対話しているのだった〉と考えた。


 五十嵐哲也『環の国にて』はレアの見る夢が鍵となる作品である。

 筆者は芥川龍之介や志賀直哉の夢をモチーフとする作品を精神分析家ジャック・ラカンの理論に依拠して分析した論文を書いてきたが、この作品についても同様の試みをしたい。


 ラカンはセミネール第11巻『精神分析の四基本概念』(Les quatre concepts fondamentaux de la psychanalyse 1963-1964、『 精神分析の四基本概念(上)  小出 浩之・新宮 一成・鈴木 國文・小川 豊昭 訳  岩波文庫 2020)の「無意識と反復」で、フロイトを参照して、人間という主体と夢との関係について次のように述べている。


 フロイトは主体に次のことを言うために主体に語りかけた、と言いたいのです。つまり、「この夢という領野、そこでこそあなたは我が家に居るのです。Wo es war, soll Ich werden.(それがあったところに、私はあらねばならない)」、と。


 さらに、ラカン理論の核となる〈現実的なもの〉を導入して次のように説いている。


 主体自身はそこに、つまり「それがあったところ」に――先取りして言うと、現実的なものに――自身を再び見出すために、そこに居るのです。〔……〕そしてそこに居ることを知るには、たった一つしか方法はありません。それは網目に目印をつけることです。では、網目はどうやって目印をつけられるのでしょう。それは、戻ることによって、帰ることによって、道を横切ることによってです。つまり何かがつねに同じ仕方で重なることによってです。


 人間主体にとって夢は〈我が家〉である。夢は、〈現実的なもの〉とラカンによって名づけられたもの、〈それがあったところ〉である。人間主体は〈現実的なもの〉に自身を再び見出そうとする。「再び」とされるのは、主体はかつてその〈現実的なもの〉の場に居たことを暗に示している。

  〈現実的なもの〉はフランス語の〈Le Réel〉の訳語だが、この語は〈現実界〉とも訳されている。ラカンの唱える〈現実的なもの〉は、私たちが生きている通常の〈現実〉とは異なる。〈現実的なもの〉は、本質的に、言語によって語ることもイメージによって描くこともできない。表象することが不可能なものである。その不可能なものを説明することは難しいのだが、引用したラカンの文脈では、〈現実的なもの〉は、人間が元々あったところ、人間が本来あるべきところ、人間が最終的に帰還すべき場所だとひとまず考えることができる。その帰還は夢の中で可能となることがある。夢の中で人間の無意識が開かれると、一瞬の幻のように〈現実的なもの〉が現れることがある。しかし、あくまでも夢の中での出来事であり、現実の中では不可能である。言語やイメージなどの意識的行為によって〈現実的なもの〉を示すことは不可能だが、無意識の活動によって〈現実的なもの〉が浮かび上がることはありえる。〈現実的なもの〉は意識によって閉じられるが、無意識によって開かれるとも言えるだろう。

 主体が夢の中で〈現実的なもの〉を見出すための方法として、夢の中の〈網目〉に目印をつけることが挙げられる。ここで織物の編目という比喩が使われていることに注目したい。ラカンは夢を構成する一つ一つの要素をシニフィアンと名付けている。私たちの喜怒哀楽の経験はシニフィアンとして無意識の中に記憶され、やがて、その記憶と何らかの関係を持つような出来事との遭遇によって、シニフィアンが多様に連鎖し、イメージを形成し、夢を構築していく。


 人間主体は夢を見る。そしてその夢の中で、シニフィアンの網目に目印をつけようとする。網目に目印をつけることは自らの記憶やそれに関わる出来事を想起することでもある。夢の網目の中で、進む、戻る、帰る、横切るなどの反復行為によって、〈現実的なもの〉を見出そうとする。人間が本来あるべきところに帰還しようとする。

 「環の国にて」という作品の場合、レアは〈スライディング〉の技術を使って、土星の環の空間を自在に飛び回る。レアは土星の惑星の編み目をたどるようにして、上昇したり下降したり、横切ったり時に戻ったりして、空間を移動していく。夢の中では、海の底に入り、風景を眺め、生物と遭遇する。その行路は、ラカンの言う〈現実的なもの〉を見出すための軌跡に類似している。

 レアは夢の中で〈目的地〉を目指して進んでいく。レアの夢の中の〈目的地〉、気配として感じた〈誰か〉がいる場所は、レアにとっての〈現実的なもの〉の場だと捉えられる。レアは本来あるべき場、自らが帰るべき場所を意識的無意識的に目的地にして、探索の旅を続けたのではないだろうか。『環の国にて』の物語の枠組はSF小説のものだが、レアの物語は内面の旅、無意識の次元の旅でもあるだろう。


 レアの夢のシーン、二つの世界という仮説提示の後も、物語は進んでいく。地球、富士山、故郷、スペースシャットル、手紙という重要なモチーフが展開していく。ぜひこの作品を読んでいただきたい。


 最後に五十嵐氏の作品の全体を振り返りたい。




 2018年の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』で、山梨の織物工場で使われていた〈シャットル〉が宇宙を旅する〈スペースシャットル〉となり、土星の衛星エンケラドスの氷の下の海に住む小さな生き物たち〈トコトコ〉に出会う物語を作り、2025年の『環の国にて』では、〈レア〉という女性が〈トコロボ〉という小型ロボットを発見し、夢の中でエンケラドスの〈トコトコ〉と遭遇する物語に発展させていった。

 ハタオリとシャットル=スペースシャットルを基軸にして、地球・山梨・富士北麓と土星・環の国・エンケドラスという宇宙の空間、人間レアと未知の存在トコロボ=トコトコの遭遇と交流という要素を織り込んで、宇宙空間を舞台とするSF小説として『環の国にて』を編み出すことに五十嵐氏のモチーフがあったと言えるだろうが、筆者はレアの夢の中の出来事を語ることも重要なモチーフであったと考えている。レアの夢のシーンは非常に魅力的だ。


 リモートで動かされる仮の身体のトコロボと別の肉体にアクセスしたレアが、夢の中で互いに相手の本体と交流する。夢もまた人間主体が見る仮想の世界である。夢という仮想の世界で二つの仮想の存在が遭遇するというアイディアが秀逸である。

 さらに踏み込んで言うと、五十嵐氏はレアの夢を通じて、レアにとっての〈現実的なもの〉、レアが本来あるべきところ、レアが最終的に帰還するところを黒板画のイメージとして描き、物語のテクストとして語ろうとしたのではないだろうか。これは五十嵐氏の無意識な次元での創造であるかもしれないが。筆者はそのような想いにとらわれた。

 黒板画というイメージ、SFのストーリーというテクストを編物・ファブリックのように織り込んで、地球・富士北麓と土星の環の国・エンケラドス、〈レア〉と〈トコロボ=トコトコ〉という二つの空間と存在を描き、語った。ラカンの理論に依拠した筆者の観点からすると、〈現実〉と〈現実的なもの〉という二つの世界を構築していった。


 五十嵐哲也『環の国にて』(Life in the Rings of Saturn)は、秀麗なイメージと秀逸なテクストを融合させた真に独創的な作品である。


2026年8月29日土曜日

レアの感覚と想起-五十嵐哲也『環の国にて』1

  黒板当番・五十嵐哲也氏の『環の国にて』(Life in the Rings of Saturn)は、2025年10月18日、ハタオリマチフェスティバルの初日に刊行された。

 僕もこの日に「黒板当番」ブースで五十嵐氏から直接購入した。黒を基本とした色調とマットな手触りの紙質が洒落ていた。A5判のコンパクトな判型の全96頁に、見開きの右側の半分ほどに落ち着いた色調の黒板画の画像、左側に細やかなフォントで濃密な文章が配置されている。この書物自体が「作品」としての質感を有していた。

 発行所はMOKUHON PRESS。山梨県韮崎市の本屋YOMUの出版レーベルで、BEEK DESIGNの土屋誠氏が主宰している。印刷所は個性的な本作りで知られる長野県松本市の藤原印刷。MOKUHON PRESSのサイトなどから購入できる。おそらく今年のハタフェスでも販売されることだろう。



 『環の国にて』は、第1部「レア」20章、第2部「トコロボ」25章の全45章のストーリーから構成されている。それぞれのシーンが、五十嵐氏が描いて富士山駅のヤマナシハタオリトラベル mill shop で展示した黒板画に基づいている。どのようにしてこの作品を創造していったのか。彼自身による説明をここで紹介したい。


ひとつのSCENEの中では、まず黒板画を描き、完成させ、保存用に一眼レフで撮影し、照明の影響などによる明るさのムラを Photoshopでなくす画像修正作業を行います。それが完成するまでは、一文字も書くことはありません。画像の一連の作業が終わってから、はじめて文章を一気呵成に書き上げます。黒板画を描き、画像処理まで終わらせるあいだに書くべき言葉が頭の中で熟成されるのか、言葉を紡ぐ作業にそれほど多くの時間はかかりませんでした。絵を描くことに没頭することで脳のモードが変わるような感覚もあり、絵が完成してからでなければこれは書けなかっただろう、と何度も思った記憶があります。


 〈絵を描くことに没頭することで脳のモードが変わる〉〈絵が完成してからでなければこれは書けなかった〉という文言が興味深い。これが創作の秘訣なのだろう。黒板画のイメージが物語のテクストを生み出していく。このプロセスによって、五十嵐氏は黒板画と文章、イメージとテクストを複合して相互に関係づける独創的なスタイルを編み出した。


 2018年の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』は、山梨の織物工場で使われていた〈シャットル〉が、宇宙を旅する〈スペースシャットル〉となり、土星の衛星エンケラドスの氷の下の海に住む小さな生き物たち〈トコトコ〉に出会う物語だった。この物語には人は存在しなかった。2025年の『環の国にて』は、〈レア〉という若い女性を登場させ、〈トコロボ〉という不思議なロボットを発見することによって、エンケラドスの〈トコトコ〉と遭遇させる物語である。

 地球・山梨と土星・エンケドラスという空間、ハタオリの技術という現実の要素。スペースシャットルの旅とトコトコとの遭遇、人間のレアとロボットのトコロボの交流という空想の要素。現実と空想の二つの要素を織り込んで創られたのが、五十嵐氏のこの二つの物語、「シャットル・サーガ」とでも呼べるシリーズ物語である。


 『環の国にて』は、『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』にレアとトコロボという魅力的な人物・キャラクターを加えることによって、SF的な小説へと発展させていった。ストーリー自体はシンプルなのだが、ところどころに多様なモチーフを包み込むことによって、彩りのある豊かな作品になっている。詳細を語ることはネタバレになってしまうので、このブログでは印象深い二つのシーンに限定して二回に分けて述べてみたい。


 今回は第1部レアのSCENE 2「千億の宝石の河」の場面である。

 主人公のレアは若い女性。地球から遠く離れた土星の環の氷で作られた小さな街の世界〈環の国〉で生まれ育った。学校卒業後は環のフィールド調査チームに参加する予定だが、その前に氷塊を乗りこなす〈スライディング〉の技を使って旅に出る。レアは土星の輪をいろいろな角度から眺めているときに、ある不思議な感覚にとらわれる。この箇所の本文を引用したい。


 そこでレアはふと、何かを感じて顔を上げた。誰かが、この環のどこかにいるような気がした。ほんの一瞬だったけれど、気配の残像のような感触が耳元にまとわりついていた。誰もいるはずがないのに、と冴しむよりも、懐かしい、という気持ちが湧き上がってきた。そう、この感覚は久しぶりだ。


 レアは何かを感じとる。土星の環のどこかに誰かがいる。その気配だ。その残像の感触はある懐かしさを感じさせる。レアはあることを想起する。


 小さなころに好きだった絵本の、環のなかに住む妖精の話。
 旅人をびっくりさせたり、助けたりする気まぐれな氷の妖精が、環の氷のなかに身を潜め、誰かが来るのを待っている。そこへそっと気付かれないように通りかかり、こっちが先に妖精を見つけてあげる。そうすると妖精にかけられた魔法が解けて、二人はともだちになるのだ。


 レアは小さい頃に環のなかに住む妖精の話の絵本が好きだった。氷の妖精と出会い、二人は友達になる。この絵本のモチーフが『環の国にて』全体の伏線ともなっている。入れ子型の構造でもある。

 レアの土星の環の探索は、レアの記憶のなかの世界、無意識の世界への探究でもある。レアは自らの無意識を探るようにして、土星の環、エンケドラスの氷の世界の秘密を明らかにしていく。この冒険の物語が黒板画の繊細な画像と緻密なテクストによって綴られていく。

                          (この項続く)


2026年8月17日月曜日

黒板当番・五十嵐哲也氏の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』

 黒板当番・五十嵐哲也氏の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』は、2018年12月、富士吉田織物協同組合から刊行されたZine風の本である。

 五十嵐氏が2016年6月から2017年3月まで、富士急行線富士山駅のヤマナシハタオリトラベル mill shop で展示した黒板画とそのストーリーを記した日本語と英語のテクストが見開き頁尾の左右に配置されている。001頁の「はじめに」と002-003頁から042-043頁までの21のシーンがある。

 刊行の経緯については、ハタオリマチのハタ印プロジェクトの「ヤマナシハタオリトラベル mill shopの「黒板当番」のグッズを制作しました!」に詳しい。(今でもこの本は常時ヤマナシハタオリトラベルmill shopで、ハタフェスの歳には黒板当番ブースで購入可能ですので、関心のある方はぜひご覧になることをおすすめします。)


 当初から、黒板画とストーリーが一緒に展示されていたのかなど、この作品の成立過程について知りたかったので、五十嵐氏に伺ってみたところ、いくつかの点についてご教示いただいた。

 この物語の全体について語るのはネタバレになってしまうので、五十嵐氏のご教示に言及しながら、「はじめに」と最初の三つのシーンに限定して紹介していきたい。


 001頁の「はじめに」をまず引用したい。

これはヤマナシの織物工場で使われていたシャットルが、宇宙を旅するお話です。スペースシャットルが、なぜ宇宙を旅するようになったのかは分かりません。あるとき、スペースシャットルは土星の衛星エンケラドスの氷の下の海にすむ小さな生き物たち、トコトコ族に出会いました。そして、スペースシャットルとトコトコたちのお話が始まります。

 「シャットル」(shuttle)は織物を織るときに、経糸の間に緯糸を通すのに使われる道具。現在では「シャトル」というカタカナ表記が一般的だが、織物産業などでは「シャットル」が今も使われているようだ。

 この言葉が語源となって往復を繰り返すものをシャトルと呼ぶことがある。アメリカ航空宇宙局(NASA)が1981年から2011年にかけて打ち上げた有人宇宙船の名前は「スペースシャトル」(Space Shuttle)だった。地球と宇宙空間を往復して再利用することからこのような名が付けられた。五十嵐氏もこれに倣って宇宙を旅するシャットルを「スペースシャットル」と命名したのだろう。

 山梨の織物工場のスペースシャットルが、NASAのスペースシャトルのように宇宙へ旅発つという愉快で可愛らしい設定の話である。


 002-003頁から物語が始まる。左側の黒板画と右側の日本語テクストを掲載する。




宇宙を旅するスペースシャットルが、何かに誘われて土星の近くまでやってきました。土星をとりまいているリングの近くでは、太陽の光を受けて輝く氷のつぶやかたまりが、はるか彼方までびっしりと浮かび、とても美しい光景が広がっていました。けれども、スペースシャットルの目的地は、ここではないようです。

 左側の黒板画は、五十嵐氏によると、2016年6月に描いた最初の絵であり、トコトコの物語として描いたものではなく、あとから舞台の説明に使えると思って序章に挿入したそうである。確かに、この画では左上に「スペースシャットル」、中央に土星とそのリングの氷の粒や塊が描かれている。モノトーンの黒と白の対比が宇宙空間をくっきりと描いている。ここにはまだ生物の感触はない。


 004-005頁で「トコトコ」が登場する。左側の黒板画と右側の日本語テクストを引用する。




ここは土星の衛星のひとつ、エンケラドス。表面を覆う厚い氷の下には、広大な海が広がっています。その深い海の底、熱水が湧き上がる海底火山のまわりには、トコトコたちが住んでいました。トコトコは、その名のとおリトコトコと歩き回る生き物で、珍しいものを探して旅をするのが大好きでした。

 物語の舞台になるのは、土星の衛星のエンケラドスの氷の下の広大な海の底。登場する生物はトコトコ。右側の画の一番下に、深海の底で不安げに周りを見つめているトコトコが描かれている。この黒板画は『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』の表紙絵にもなっている。


 006-007頁ではトコトコが不思議なもの(スペースシャットル)と出逢う。この黒板画は五十嵐氏によると2016年8月に描かれた。ちょうど今から十年前になる。

 富士山駅のmill shopで展示した当時の写真を五十嵐氏から送っていただいた。直接チョークで板に解説文の文字を書いていたそうである。その画像を添付したい。




 当時の画の解説文にはこうある。

土星まで旅をしたスペースシャットルは衛星のエンケラドスの地底海でトコトコ族に発見されるのだった。

 完成版の本の日本語テクストにはこうある。

ある日、1人のトコトコが歩いていると、不思議なものを見つけました。「これはいったい何だろう?」


 この二つのテクストを比較すると、「スペースシャットル」が「トコトコ族」に発見された、から、「トコトコ」が「不思議なもの」を見つけた、に修正されている。「トコトコ」に焦点を当てた表現に変化した。さらにこの場面ではまだ「不思議なもの」の発見であり、「スペースシャットル」という名も示されていない。次頁以降で宇宙人のマルベリーとグリッパーが地球でハタオリに使う道具であることを教えてくれる。


 トコトコとスペースシャットルという未知との遭遇によって物語は進んでいく。
 五十嵐氏はこの作品の成立についてこう述べている。

最初に描いたときには、物語を描くつもりはなく、独立した一つのシーンの絵として描きました。描き終わってから、これの続きを描いてみよう、と思い立ってストーリーを考えました。
   
 002-003頁のスペースシャットル、004-005頁のエンケラドスとトコトコ、006-007頁のトコトコとスペースシャットル、というように最初の三つのシーンで主要な物、舞台、生物が登場して物語が展開していく。

 五十嵐哲也氏は、まず黒板画のシーンを描いてから想像力を膨らませて次第に物語を紡いでいった。彼自身の手がシャットルのように動いて、黒板画のシーンという経糸の間に物語テクストの緯糸を通すことによって、『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』という織物の作品を創造していった。織物の研究や開発という本職と黒板チョークアートという活動のファブリックでもある。


 二つのものが美しく織り込まれるときに新たなものが生まれてくる。

 織物、ファブリックの魔法である。


 なお、五十嵐氏が本職の関連で運営している「シケンジョテキ」というサイトの「2021年8月16日テキスタイルの生態系/織物工場を植物に例えてみる」などに、この物語を理解する上で参考になることが書かれていることを付言したい。

2026年8月12日水曜日

黒板当番・五十嵐哲也氏の黒板チョークアート

  黒板当番さんが志村正彦を描いた黒板画は志村ファンの間で有名である。このブログでも何度か言及したことがある。

 志村の黒板画は、毎年7月、富士吉田市の防災無線のチャイムが「若者のすべて」に、12月に「茜色の夕日」に替わるときに下吉田駅の広場で披露されたり、ときどき富士急ターミナルビル「Q-STA」内のショップで展示されたりしてきた。また、10月のハタオリマチフェスティバルでも黒板画のミニギャラリーやワークショップが開かれてきた。

 この黒板当番さんの活動が、7月29日に地元局のテレビ山梨UTYの「スゴろくニュース」で「地場産業活性化にも貢献 繊細な技!黒板チョークアート」と題して特集として放送された。取材やインタビューはUTYの西垣友香アナウンサー。黒板当番さんは本名の五十嵐哲也として登場。この番組でも紹介されたが、五十嵐氏は山梨県産業技術センターの富士技術支援センターに勤めていて、山梨の織物の研究や技術開発や支援を行っている。

 僕が山梨英和大学で担当している山梨学Ⅱでは、毎年、富士吉田のハタオリマチフェスティバルを見学しているが、2019年から毎年、その事前学習の講義を五十嵐氏に依頼してきた。「山梨ハタオリ産地の歴史とブランディング活動」と題する講義は、富士吉田市や西桂町の伝統的産業である機織産業の歴史と最近のブランディング活動についての理解を深め、山梨県の地場産業の現状と課題、その可能性について考えるものだった。百枚に及ぶ美しいデザインのSLIDEと手製の機織器具も使った講義は学生から非常に好評であった。

 そもそもこの講義で会った際には、僕は五十嵐氏が黒板当番であり、五十嵐氏も僕が偶景webの主催者であることを知らなかった。(当時はまだ黒板当番というペンネームで発表されていた)。それまで互いに志村正彦の黒板画と志村正彦ライナーノーツの存在を知っていたが、二人とも講義が終わった後でたまたま互いが誰であるかに気づいた。「あなたがあの……」と驚くことになった。その出来事を今は懐かしく想い出す。


 UTYの「スゴろくニュース」の映像は一昨日からYouTubeのUTYテレビ山梨公式チャンネルに〈「仕事帰りにプライベートで描き続けていたら、だんだん面白く」黒板チョークアート作家の男性 地元の織物産業の活性化にも一役 山梨〉というタイトルでアップされているので、ぜひご覧いただきたい。また、ニュース記事の方はTBS NEWS DIGで掲載されている。




 YouTube映像から、大切な箇所を文字化して記録しておきたい。

(ナレーション)今月7日、富士吉田市内に流れる夕方6時のチャイムの音が、地元出身のミュージシャン故志村正彦さんが作曲した「若者のすべて」に切り替わりました。「黒板当番」の名前で活動する五十嵐哲也さんは、毎年行われるこのイベントに合わせ、志村さんの黒板チョークアートを描いています。五十嵐さんの作品は一部のファンにすっかりお馴染みで、記念写真を撮っていく人もいます。〔……〕富士急ターミナルビル「Q-STA」内にあるショップは、五十嵐さんの黒板チョークアートが生まれた場所でもあります。実は五十嵐さんは県技術センターの職員で、1999年から富士北麓地域の織物業の支援に携わり、今も継続する様々なプロジェクトの立ち上げに関わってきました。

(西垣友香アナウンサー)そもそもなぜここに黒板チョークアートがあるんでしょうか?
(五十嵐哲也氏)織物工場の方々がここでグループでお店を作るというオープニングの時にお手伝いをしていまして、その時に「こういう黒板でチョークで看板があれば人のぬくもりが感じられてとてもいいんじゃないか」と提案をさせていただいて。ま、私が仕事帰りにプライベートで書き続けようとやっていたんですが、だんだん書く方が面白くなっていったので、むしろ自分の趣味をここでさせていただいているような感じになってきました。

(ナレーション)五十嵐さんは去年、自身の黒板チョークアートにオリジナルの物語を組み合わせた『環の国にて』を出版しました。未来の宇宙が舞台で、地球の女の子と他の星の生き物を富士北麓の産業である織物が結ぶ物語です。〔……〕そしてもう1つ、五十嵐さんの宇宙をテーマにした作品が、富士山の美術館として知られる「フジヤマミュージアム」に展示されています。

(西垣友香アナウンサー)今後どのような活動をしていきたいと思いますか?
(五十嵐哲也氏)私は本業で織物の産業の支援をさせていただいているんですが、黒板を通して織物のことを知ってくださったという人がいたり、黒板とチョークという非常にシンプルな画材の中には今後もまだまだ可能性があると思いますので、それを探っていきながら、地元の隠された魅力、まだ伝わっていない魅力を伝える一助になればなと思っています。


 五十嵐氏が黒板チョークアートを始めた経緯やその後の展開がよく分かるインタビューだ。プライベートな作品(work)が次第にパブリックな活動(action)に発展している。志村正彦を描く黒板画を愉しみにしているファンは多いだろう。僕はこのブログの文章を通じて志村の歌について語ってきたのだが、黒板アートと文章テクストという媒体の違いはあるが、志村正彦を描いたり語ったりするという表現行為とそれによる活動をしているという点において、僕は五十嵐氏を勝手に「同志」だと思っている。


 黒板画の志村正彦はその表情がとても魅力的だ。五十嵐哲也氏の想像力によって、チョークの繊細な点描の技法を通して、多彩で豊かな志村の姿が自在に表現されている。生き生きとしている。黒板画を飛び出して志村が歌い出すかのように感じる。

  7月10日に下吉田駅で展示された黒板画の志村正彦は少し微笑んでいて柔らかい眼差しをしている。二十歳前後の志村のイメージだろうか。私たちが知らない志村の表情がその場に現れてくる。

 五十嵐氏は、志村正彦の他にも自ら創造したキャラクターを黒板画で描いている。その作品は富士北麓のハタオリともコラボレーションしていく。この地域のハタオリという産業や文化を振り返り、その現在の姿を明らかにし、未来の可能性を探究していく試みでもある。


 番組でも触れられていたが、五十嵐氏は昨年2025年10月『環の国にて』という本を MOKUHON PRESSから出版した。土星の〈環の国〉で育った〈レア〉が小さなロボットの〈トコロボ〉を見つけたことを契機に世界の隠された秘密を探索していくSF小説。その物語に〈シャトル〉と富士山の麓の街やハタオリが織り込まれていく。普遍性と地域性の二つを融合した優れた作品である。見開きの二頁に文章テクストと黒板アートを配置したページデザインも秀逸だ。

 この『環の国にて』の姉妹作がある。2018年12月刊行の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』だ。こちらには〈トコトコ〉と〈スペースシャットル〉が登場する。

 次回以降、黒板当番・五十嵐哲也氏の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』と『環の国にて』についてこのブログに書いていきたい。


2026年7月8日水曜日

「小川洋子『バックストローク』を読む 2」 小林一之(教育出版「高校メルマガ」2010年6月号)

 Ⅳ 

 本論に入る前に、前編で言及することのできなかった生徒の読みを取り上げたい。高校生は、自らの置かれている位置に近い「弟」に焦点を絞り、自分をある程度まで「弟」に同一化するようにして、『バックストローク』を読んでいる。小説読解の根本には読者の作中人物への同一化がある。同一化に基づいて、作中人物が織りなす世界に入り込むことは、特に若い世代の読者にとっては必然性を伴う。本校三年生の感想文から、弟、そして弟・姉・父・母の四人からなる家族について様々な考えを述べたものを紹介する。

 

「頑張らなければ」「期待に添わなければ」という感情はとても辛いものだと思う。甘えたくても甘えられない環境が出来上がってしまっている場合が多い。弟の小さい体では収まりきれない想いがあったのだろう。

  複数の生徒が抱いた感想である。親の「期待に添わなければ」という状況は、高校三年生にとってはとても切実に感じられるものである。そして、「小さい体」に「収まりきれない想い」という捉え方は生徒の持つ身体感覚に基づく表現である。「収まりきれない想い」がそのまま凝固して硬直する左腕になったと、生徒は解釈しているのであろう。

 

 プールの中で泳ぐ弟と隅の方で縮まる弟どちらが自由かと比較してみる。自由とはそもそも何か。弟にとって、圧迫感のもとは「家族」であり、それに対して、自分を見つめられる場所は「隅」だけだった。自分の水泳の試合の時のみ、「家族」が成立する。これほどの圧迫感は他にないだろう。

 確かに、この小説では「弟」が泳ぐ時にのみ成立する「家族」の姿が描かれている。この圧迫感のもとになる「家族」を、この生徒は告発したいかのようである。弟と同年齢の生徒らしい素直な実感である。子供を中心として子供を絆として成立している家族は数多く存在するだろうが、その中心としての機能が何らかの理由で失われた場合、家族は崩壊していくのであろう。この小説の結末部もそれを告げている。

 

 空を指し続ける彼の左腕は、頑張らない勇気の表れではないか。彼はそれ以上頑張る必要がないのだと、彼自身も、姉も、父親も、どこかで解ったのではないだろうか。泳げること、それで充分ではないのか。新しい自由を手にするためには、頑張らない勇気の必要性が見えてくる。

 「弟」の左腕の異変を「頑張らない勇気」の表れとして解釈するのは、誤読とも取られかねないが、非常に独創的な読みである。作中の現実としては、弟は病院に入院し無為とも言えるような生活を送り続ける。「頑張らない」ことが弟の勇気であるならば、そのような帰結は彼の欲望の実現とも捉えることができる。この生徒の読みは、現在の社会で増加している「ひきこもり」の問題とも関連するような問いかけを持つ。


 父はあまり弟について感心がないように感じられるが、実は一番心配をしていたのではないだろうか。父はほんとうは弟を水泳から解放してあげたかったのだと思う。

 この生徒は、他の生徒がほとんど言及していない「父」に対して、注目すべき見解を示している。「父」はこの家族の中で唯一「弟」と同じ性に属している。「母」や「姉」が相対的に強いこの家庭の中では、「父」と「弟」は影の薄い存在として共通項を持っていたとも言える。この家族では、「父」が「父」として機能していなかったことは確かであり、そのことが「弟」、父にとっての息子の病理と深く関係しているとも推測できる。


 高校生にとって、『バックストローク』のような現代的な家族の軋みを背景とする教材の場合、作品への親近感が高まる。弟の人生は幼少から描かれ、左腕の異変は十五歳で起きる。作中人物の年齢設定と出来事の時点の設定が通常の作品よりも若くて早い。この設定によって家族の問題も浮上しやすくなり、高校現代文の教材としての魅力も増している。


Ⅴ

 話者による重層的な語りによって、作品内の時間が多層的に構成されている小説がある。『バックストローク』もそのような構造を持つ。この場合、小説の最後の場面まで辿りつくことで、作中世界の時間軸が確定される。その時間軸の見取り図を得た上で、もう一度最初に戻り、小説を読み直していく。そのような行為によって、話者の仕掛けた語りの枠組みが見えてくる。この章では『バックストローク』の語りの枠組み、語られる世界とその時間をまず整理しておきたい。また、語られている四人の家族の物語を、作品名『バックストローク』と区別するために、《バックストローク》物語と呼ぶことにする。

  『バックストローク』では、A.話者の現在時の世界→B.一年半前の世界→C.二十数年間展開する世界→B.一年半前の世界、という進行で作中世界の時間と空間が展開する。


A.この小説を語る話者「わたし」の現在時の世界

  「プール」への偏愛、幾ばくかの強迫観念的偏執が語られる。

B.現在時から一年半前の出来事

  職業作家となった姉が東欧の強制収容所に訪問した際に繰り広げられる姉と案内人の男性との交流が語られる。

C.姉の回想として弟の物語の時間    

  《バックストローク》物語が作中挿話のような形式で二十年ほどの時間を元にして語られる。

B.再び、現在時から一年半前の世界

  東欧の強制収容所という場に戻り、《バックストローク》物語の後日談、その後の家族の物語が語られる。

 

 このような語りの枠組みによって浮かび上がる《バックストローク》物語、父・母・姉・弟の四人の家族の物語はどのようなものであったのか。


 小説の末尾で、話者・姉は休息後少し回復する。小説の語りの枠組からすると、この余白のような休息時間内で、弟の左腕の異変を巡る物語が語られる。そして休息後、その後の弟・姉・父・母の物語の帰結が語られる。

 父は肝硬変で亡くなった。母は弟の左腕異変の後に、「ヒステリー」となり、結局、背泳ぎに関わるすべての物、思い出の品をプールで焼く。弟を一流の選手に育てるという夢が壊れた時に、母の人生も半ば壊れてしまったようだ。

 弟はどうなったのか。話者の姉によれば、一月に一度ほど、弟から手紙が来る。弟は、病院の中庭にある「貝殻の形」をした狭いプールで、「背泳ぎ専門」で「得意になって泳いでいます」と書いている。これに対して姉は、「毎回、どの手紙にもプールのことが書いてある。彼が入院して、はや十年になる。」と述べている。「十年」という入院の年月は、弟の病気が身体的なものでなく精神的なものであることをそれとなく示している。精神的な病の方が治療は難しく、長期入院となることもあるからだ。後にⅥ章で詳しく触れるが、この『バックストローク』との関係がきわめて強い小川洋子の短編小説『盗作』では、この弟に相当する人物が「精神科病棟」に入院している設定となっていることも、『バックストローク』の弟が精神の病で入院したという解釈を支えるものとなる。また、弟の手紙にはいつもプールのことが書かれてあるというのは、逆に、泳ぐこと以外に対する無為を示しているとも想像できる。弟の状況は安らかで穏やかなものだが、他者や外界との生き生きとした交流が欠落しているという意味では、非常に閉じられたものである。

 姉は何者となったのか。姉は大学を卒業した後で「印鑑を作る会社」に就職し、会社が休みの日に「趣味で小説を書いた」と述べている。その時点から十年程経ち、姉は「雑誌に連載する長編小説の取材」のために東欧を訪問した。つまり、姉は連載小説を持つ職業作家になっていたのだ。弟の長期入院という時の流れと並行する形で、姉は小説家へと変貌していったのだ。弟の存在が姉に小説を書かせる欲望を与えたことは充分に推測できる。『バックストローク』を姉の物語として構築するのならば、小説家としての誕生の物語を見いだすことができるだろう。精神の病へと自らの生を閉じていった弟と小説の言葉の世界へ自らを開いていった姉という二人の存在の対比は、『バックストローク』の主要なモチーフだと考えられる。

 姉が小説家として誕生する物語を構築するためには、『バックストローク』の世界の余白とも言える場所で進行している欲望の物語を正確に再構成する必要がある。

 小説の冒頭部で、「わたし」はプールを「眺め」、そしてあらゆる点について「観察する」。プールがあるだけでそれは「特別な風景」になり、「わたし」はひとつの眼差しとして存在している。

 この観察者としての作家の位置について、小川洋子は『物語の役割』で「過去を見つめるという態度は、作家が観察者になることです。小説の中でも語り手は常に観察者です。」と述べている。観察者としての「わたし」の眼差しの対象がプールという日常的な空間とは区切られた場、裂け目のような空間であることは、きわめて小川洋子的な語り口の世界でもある。

 プールを語りの糸口、記憶の契機として、「わたし」は「一年半ほど前、雑誌に連載する長編小説の取材で、東欧の小さな町を訪れた時のこと」を回想する。それは「ナチス・ドイツ時代の強制収容所」のプールであった。「通訳兼ガイドの青年」が指さした「トンネル」の向こうに「処刑の行われた広場」、その入り口の脇にプールは存在した。処刑へと導くトンネルの向こう側とこちら側の世界。プールは処刑場への入り口で処刑される人々を迎え入れるかのように佇んでいる。そのプールは囚人たちが作り、収容所の看守とその家族が楽しんだものである。そのプールは「今まで目にしたなかで最も痛まし」いものであり、同時に「昔わたしの家にあったの」と最もよく似たものだった。プールは「巨大な石の棺」であり、「中は途方もなく深い空洞に満たされていた。」と語る。この「途方もなく深い空洞」は、小説『バックストローク』を内側から包み込みような空間の比喩でもある。

 このとき突然「わたし」は気分が悪くなり、その場にうずくまる。通訳の青年が介抱してくれるが、彼の手がふと「弟の手」のような気がする。そのような導入を経て、弟・姉・父・母の四人家族の物語が始まる。

 姉の語る《バックストローク》物語の中では、弟が小学校二年か三年のころ「自分の前世」について述べる場面で、弟にとっての「空洞」のイメージが現れる。弟は「洞窟に迷い込んで、人食いコウモリに体じゅうを食いちぎられて、それで死んじゃったの。」という記憶を述べる。他者によって「体じゅうを食いちぎられ」た上での「死」。精神分析家ジャック・ラカンの言う「寸断された身体」を想起させるイメージである。ラカンは、幼児が一歳半になるまでの時期には、自分の身体を一つのまとまりあるものとして意識することはできないと説いた。身体の各部分がバラバラの形で、言うならば「寸断された身体」のイメージの中で生きていることになる。この段階ではまだ「自分が自分である」という同一性を持つことはできない。ラカンによれば、鏡に映る自己の像によって、「寸断された身体」が一つのまとまりのある身体像に統合される「鏡像段階」に移行することではじめて、主体は「自分が自分である」という同一性を獲得することができる。鏡像という他者に自己を見いだすことが、主体の起源に存在するのだ。

 夢の中には、私たちの身体がバラバラになるような類型もあるが、これは人間の意識が無意識へと逆行する過程で、主体が自己の同一性を奪われ、「寸断された身体」のイメージが出現すると解釈できる。弟の「体じゅうを食いちぎられ」るイメージは自己の同一性が失われる段階への退行として解釈できる。また、「食いちぎられ」るというのは、「その時左腕が、なんの前ぶれもなくつけ根から抜けた」という、欠損した左腕のモチーフとも照合する。

 弟は続けて「で、今度はママのおなかに入らなくちゃならないから、洞窟の中を一生懸命走ったんだ。もうまにあわないかと思ってひやひやしたよ。でもようやく、ぎりぎりまにあった。」と述べる。ここにも「空洞」のモチーフがある。弟は「洞窟」の中を一生懸命走り、ママの「おなか」というもうひとつの「空洞」へと入り込む。寸断された身体は「空洞」で一つのまとまる身体として再生する。弟は子供の頃から「隅」を好むが、「隅」もまた物理的には遮られていないが、ひとつの「空洞」と考えてもよい。弟は、「空洞」から世界に登場しても「空洞」を愛しているかのようである。弟の「ママのおなか」に入ったという言葉に対して「わたし」は「本当にママのおなかでまちがいなかったんだろうか」「弟はまちがえてしまったんじゃないだろうか」と考える。弟は続けてもし今度死んだら、「土になんか埋めてほしくないんだ。」と言う。「わたし」の「どうして?」という問いかけに弟はこう答える。

 

「だって、ナメクジがいるから。僕、ナメクジが嫌いなんだ。骨にして、お姉ちゃんのおなかに入れておいてよ。それがいい。」

 弟は自分がどこから来たか、これからどこへ行くか、ちゃんと知っていた。

 

 「骨にして、お姉ちゃんのおなかに入れておいてよ。」という言葉は、弟の未来の生に対する欲望を表している。弟は「お姉ちゃんのおなか」で生き続けようとする。ただし、「骨にして」という言葉があるので、存在の実質は奪われた形で、比喩として言うならば、精神の「骨」として、姉の胎内で再生する欲望と解釈できる。弟は母の胎内の「空洞」から出てきて、姉の胎内というもうひとつの「空洞」へと辿りつきたいかのようである。

 この弟の言葉を受けて姉は、弟が「自分がどこから来たか、これからどこへ行くか」を知っていたと述べる。この言葉は、弟の「自分の前世」を巡る対話の場面の最後に置かれているが、作中世界の中での「わたし」の言葉ではなく、話者「わたし」の語りの現在時点での言葉として考えるべきである。要するに、小説家としての「わたし」の発話として存在している。

 弟は、左腕の異変とその欠損の後、精神病者として静かな閉じられた生を送る。病院の小さなプールは、かって彼の愛した「隅」の空間に似ている。それは水の満ちている小さな「空洞」でもある。彼は「隅」に回帰したのだとも考えられるが、その「隅」は「無」そのものと考えてよい。弟の人生は閉じられた「隅」での永遠の反復のようなものである。弟は姉に一月に一度ほど手紙を送り続ける。その手紙の文面は病院のプールでの背泳ぎの話題の繰り返し、永遠の反復であろう。しかし、そのような反復は弟の欲望の現れとも捉えられる。弟の手紙の宛先は常に姉である。弟は自らの物語を姉に送り、姉に書かせようとしたのではないだろうか。弟は無意識の次元で、姉の空洞の中でひとつの言葉として生み出されることを望んだのではないだろうか。姉も弟の欲望を自分のものとし、物語を語る欲望に転化していく。

しかし、その欲望は次第に、姉と弟という家族としての関係性を越えて、主体としての話者「わたし」と客体としての「弟」という語りの枠組みを強固なものにしていく。姉は弟を「隅」に閉じこめ、自身の「空洞」に囲い込み、端的に言うならば、自らの小説の対象、素材にしたとも考えられる。『バックストローク』から、どこか悔恨のような、贖罪を願うような、姉の無声の響きが聞こえてくるのは、このことに起因するように私には感じられる。

 姉は小説の最終場面で、ホテルへ戻りゆっくりと休むことをすすめる青年の申し出を断り、強制収容所内の処刑場へ行くという強固な意志を告げる。姉が立ち上がり、「青年」が肩を抱いてくれたところで、小説『バックストローク』の円環が閉じられる。ジャック・ラカンが精神病者を「無意識の殉教者」と定義したことに倣えば、弟も「無意識の殉教者」の一人として記憶されることになるだろう。


Ⅵ

 最後に、『バックストローク』に関連する物語に触れたい。『バックストローク』は、前章で述べたように、姉の小説家誕生の物語としても読むことできる。姉にとって、《バックストローク》物語がかけがえのない存在であったと同様に、小川洋子にとっても、作家としての欲望の対象となる特別な物語であったようだ。

 小川洋子の『盗作』(『偶然の祝福』所収)は、「初めて文芸誌に採用された小説、初めて原稿料をもらった小説、あてどないこの世界で、自分だけのためのささやかな居場所を、生まれて初めて与えてくれた私の小説は、盗作だった。」と語りだされる。職業作家である「私」のデビュー作が「盗作」だったというのは、重大な秘密の告白のようであるが、冒頭文に続く節を読むと、事態は奇妙な複雑さを醸し出している。

 

 その事実に気づいた時、私は不思議なくらい動揺しなかった。プライドを傷つけられもしなかったし、罪の意識にさいなまれることもなかった。ましてや本物の作者が名乗り出てきて、厄介な騒動を巻き起こしはしないかと、びくびく怯えたりもしなかった。

 

 デビュー作が「盗作」であると述べられたにもかかわらず、「その事実に気づいた時」とあるのはどういうことなのか、と読者は考えてしまう。盗作はふつう作者が意図的に先行作品を盗用することで成立するからだ。しかし、「その事実に気づいた時」という表現が告げているのは、その作品を書き発表した後で、盗作であることに気づいたという、時間軸がねじれているような事態である。そうであれば、話者は無自覚的に盗作を書いたことになるが、そのようなことが起こりうるのだろうか。「盗む」という行為は自覚的な行為としか考えられない。それとも、事後的に盗作であるという発見をするような状況がありうるのだろうか。続く部分にこうある。

 

 むしろ逆に、私を救い出すためにあの小説がどうしても必要だったのだ、どんな慈悲深い人間も高価な宝石もそれに取って代わることはできなかったのだと、確信した。盗作が道義的に(もしかしたら法律的にも)許されない行為だとしたって、自分の確信の力強さが、そんな罪は一蹴してくれる気がした。もしあそこで、降り掛かってきた偶然の神秘に身を任せていなかったら……そう考える方がずっと怖かった。

 

 この箇所には「私を救い出すためにあの小説がどうしても必要だった」とあるが、「あの小説」とは、盗作だとされたデビューとも、盗作の元となった小説とも、その両方とも捉えることができる。話者はその作品を書かねばならなかった「自分の確信」と、盗作した作品との出会いを指すものと思われる「偶然の神秘」に身を任せたと語っている。そうであれば、多少なりとも、話者には盗作だという自覚があったのだと考えるのが自然であろう。そうだとするならば、前述の「その事実に気づいた時」という事後性の事態と矛盾することになる。それとも、ある程度自覚されていたと自覚されないままであったという二つの事態が共存するのだろうか。その解答のようなものは後ほど明らかになるのだが、盗作という出来事そのものが小川洋子的な小説の仕掛けの複雑さを読者に伝えている。

 冒頭部に続いて、「当時私はかなりひどい状況にあった」と物語が語りだされる。「ひどい状況」とは、「弟」が不良少年に殴り殺され、恋人が横領罪で逮捕され、そのせいで「私」も失業することになるという「底無し沼」に陥る状況であった。

 もともと「私」と弟とのつながりは、「私」の書く小説を媒介とするものだった。優れた読者であり物語作者でもあった弟の死後、「私」はすっかり書けなくなり、衰弱し、部屋に閉じこもるようになった。珍しく外出した際に交通事故にあい、全治三ヶ月の重傷で入院する。

 退院後リハビリに通う車中で、盗作する物語をもたらした「彼女」に出会うことになる。しばらくして「私」は、入院中の弟の見舞いに来ている「彼女」に、「弟さんのことを、聞かせてくれませんか」とお願いをする。「彼女」は「ええ、そろそろ始めようかと、思っていたところです」と言って、弟の物語を語り始める。この「そろそろ始めようかと」という言葉には、期待されていた物語をついに語り始めるような陰影がある。

 「彼女」の語る弟の物語は、小説『バックストローク』とほぼ同一のものであるが、弟の左腕が欠損する契機となるプールでの背泳ぎの印象深い場面がないことが物語の構成上の違いとして指摘できる。内容の違いとしては、弟が特別な泣き方をして死を予知できる奇妙な能力を持っている点と、左腕が上がったままになる際に弟が死を予知する特別な泣き方をしていた点があげられる。弟が自分自身の左腕の「死」を予知していたという設定は、作品の解釈上、重要な差異となっている。また、話者が「彼女は精神科病棟へ」と述べていることから、「彼女」の弟は精神科に入院していることが明らかになる。『バックストローク』では弟が入院している病棟は明示されていないので、この点も違いとなっている。『盗作』との類似性を考えると、『バックストローク』の弟も精神科に入院していると推測できるので、純然たる差異と捉えない方がよいかもしれないが。

 「彼女」の物語を聞いた夜、「私」は小説を書きだす。「彼女が語った物語を、そのまま書き付け」ていき、「彼女の声を胸に響かせる」だけで言葉は紡ぎ出されていった。「私」は「彼女」の物語の口述伝承者のような存在かもしれない。そうであれば、「私」に盗作という意識はなかったことも考えられる。口述の物語が「私」を捉え、文字言語としての小説を「私」に書かせていったという事態が推定される。そのようにして完成した小説が『バックストローク』と名付けられ、デビュー作となった。ただし、小説『盗作』はここで終わらない。後日談が語られるのだ。

 『バックストローク』執筆後七年振りに「私」は最終的なリハビリのために病院を訪れ、談話室のサイドテーブルに置かれた『BACKSTROKE』という英語版のペーパーバックを見つける。

 

 古い本らしく、表紙は擦り切れ変色していた。作者は一九〇一年生まれの聞き覚えのない女性だったが、それ以外のプロフィールは分からなかった。とても発音できそうにない、複雑なつづりの名前だった。私はソファーに腰掛け、一ページめから読みはじめた。背泳ぎの選手だった弟が、左腕から徐々に死に近づいてゆく話だった。私が書いたのと、彼女が語ったのと同じ物語が、そこにあった。

 どんなにボロボロの本の中でも、物語のいとしさは少しも損なわれていなかった。

 

 英文の小説『BACKSTROKE』が、「彼女が語ったのと同じ物語」であるということは、「彼女」の語った物語は彼女自身の経験ではなく、この『BACKSTROKE』に書かれてあった物語であったと考えられる。しかし、「彼女」の弟が、この『BACKSTROKE』の物語そのものではなくても、類似の経験をしていたことは考えられる。経験の類似性が物語への愛着を高めることはよくある。どちらにしろ、「彼女」もこの『BACKSTROKE』を愛おしく読んだのであろう。また、「彼女」以外にもこの談話室で『BACKSTROKE』を読み、その物語を愛した者がいた可能性もある。『BACKSTROKE』は少なくとも二人の女性に感銘を与え、一人はその物語を記憶し語り、一人はその物語を書きとめ小説にした。『BACKSTROKE』は英文の物語であるから、日本語への翻訳という言葉から言葉へのもう一つの過程もある。

 小説『バックストローク』では、話者「わたし」の回想という形で《バックストローク》物語が挿話として語られている。そして、小説『盗作』では、話者「私」が書いた《バックストローク》物語、「彼女」が述べた《バックストローク》物語、ペーパーバック『BACKSTROKE』に記されている《バックストローク》物語がある。

 小川洋子は、「非常に受け入れがたい困難な現実にぶつかったとき、人間はほとんど無意識のうちに自分の心の形に合うようにその現実をいろいろ変形させ、どうにかしてその現実を受け入れようとする。もうそこで一つの物語を作っているわけです。」と『物語の役割』で述べている。《バックストローク》物語に関わるすべての話者もまた「困難な現実」に向き合う中で、物語を作り出し語っていったのだろう。

 《バックストローク》物語を語ることによって、小説『盗作』と『バックストローク』の二人の話者は各々職業作家として誕生する。二人の話者の背後にある作者小川洋子にとっても、小説家として深い関わりのある物語だと思われる。《バックストローク》は作家小川洋子の起源、小説を語る欲望の起源に関わる何かと関係する物語であろう。「姉」と「弟」の物語を、小川洋子は繰り返し書いてきた。《バックストローク》物語はこれからもヴァリエーションが創られ、反復されていくのであろうか。

 小川洋子という小説家の欲望の物語、反復の物語としての《バックストローク》という地平に辿りついたところで、この稿を閉じることにする。



*この論考「小川洋子『バックストローク』を読む 2」 は、教育出版の「高校メルマガ」2010年6月号で配信されました。同社のHPで掲載されていましたが、HPのリニューアルによって現在は公開されていませんので、このブログに新たに掲載することにしました。

2026年7月7日火曜日

「小川洋子『バックストローク』を読む 1」 小林一之(教育出版「高校メルマガ」2009年6月号)

Ⅰ

 小説を「読む」とはどのような行為なのか。そして、「小説」を学ぶ、教えるという行為はどの方向に向かうべきなのか。

 この問いを抱えながら、授業の準備を行い、教室に向かう。小説教材の最初の授業のとき、小説を読む充分な時間を生徒に与えるように心がけている。小説を読むのには固有の時間があり、読書の主体としての生徒には一人ひとり別の時間が流れている。教科書に印刷されている小説作品は文字の記号としてそこにあるが、読書主体としての生徒の読む行為を通じて、その存在を獲得し始める。

 教室ではまず始めに、時間は充分にあるので各自のペースで読んでいくことを指示する。

 その際「教材」ではなく、「作品」という意識で読むことを重視している。生徒がページをめくり始める。直ぐに小説世界に入っていく者。煩わしそうに読む者。各々の読む時間が進行する。時に愉悦を感じ、時に困惑を感じる時間。静かな時間が流れ、時々、ページをめくる音が聞こえてくる。

 もう一つの指示は、読んで考えたことを自由に書くこと、所謂「初読の感想文」を書くことだ。勤務校では一〇〇分授業(五〇分二コマ連続)を行っているので、前半の五〇分間を読む時間に、後半の五〇分間を書く時間に、だいたい設定している。

 生徒の観点からすると、教室という場でいきなり新しい教材、文学作品に出会うことになる。通常の読書とは異なり、選択することなく、それは与えられる。受け身の行為なのだが、そのような作品との出会いが幸福な遭遇をもたらすことも多い。教室では、生徒は「贈り物」としての作品に出会う。日々、至るところの教室で、文学作品という贈り物が贈与されている。生徒の書いた文を読むと、小川洋子の『バックストローク』は今まで遭遇したことのないような、贈り物のような作品であることが伝わる。

 ある女子生徒の文章を紹介したい。

  この小説を読んで、わたしはとても不思議な感覚を覚えた。読んでいるときは、どこかへ沈んでいくように思えたし、読み終わってからは、自分が水の底にいるようだった。胸が締め付けられる息苦しさを感じたのに、同じくらい、穏やかさも感じられた。水中で息ができないのと同様に、わたしにはこの小説を読んで感じたことを言葉にすることができない。

 どこかへ沈み、水の底にいるような「不思議な感覚」。そこでは「息苦しさ」と「穏やかさ」の相反するものが感じられる。この女子生徒は、『バックストローク』の読みの経験そのものを伝えようとしている。意味や主題ではなく、感覚の軌跡のようなものに向き合おうとしている。ある作品に対して「言葉にすることができない」想いを抱いたのなら、無理に言葉にする必要はない。無理に解釈したり、了解したりすることは、作品の読みを損ない、極端な場合は作品に対する暴力にもなる。

 一つの小説を読み進めていくうちに、私たちは小説の言葉の群れから放たれた波動のようなものを受け取る。意味に分節されたり、主題に結晶化されたりすることなく、波のような運動が私たちに作用する。話者の声や作中人物の声は波動となり、場面や場面の転換もリズムとしての波の動きに通じる。読む者は自身に生起している波動の微かな響きに耳を傾けている。波動が私たちに作用し、言葉にならないなにものかを伝える。

 『バックストローク』は作用する小説としての力を持つ。作品は読者の記憶の中のある層の呼吸し続ける。時に水面下に潜り、時に浮上し、読者に作用する。そして、時間の流れの中で、時の経過と共に、作用は変化する。初読、再読、数年後経た後の読書、その時々で読書そのものが変化する。作中人物のあの言葉、あの場面、あの風景の語りかける意味が、時間の中で変化して、読者に作用する。作品から贈り物のようにして与えられる波動は、幸福な場合、一生の間持続するのだろう。

 もう一人、男子生徒の言葉を引用したい。

  私は小説を読むのは好きではないし、読んだとしても途中で読むのを止めてしまうが、でもこの小説だけは違った。小説の世界へと入ったような気分になった。小説の中は、色々なことが自分の目の前で起こっているのか、または、動画を見ているようであった。小説の力は無限のように感じた。

  この生徒にとって、「小説の世界」へと入るという経験は稀なものであったらしい。「動画」を見ているようであるという言葉は、携帯電話やPCなどを通じて画面上の動画を見る機会の多いこの時代の若者らしい感想だ。読む行為の中で「動画」を再現するのは、ネット上の動画を受動的に見る経験とは大きく異なる。また、「映画」でなく「動画」という言葉を使ったのも興味深い。「動画」にはより短いもの、それらの映像の集積のような感じがある。確かに『バックストローク』には様々な場面の集積のような作品であり、多層的な時間が入れ子型に組合わされている。一つひとつが短い動画のような趣もある。

 小川洋子は前掲の『物語の役割』で、「私の場合は、映像が頭の中に浮かぶ時には、すでにそれが小説になるというサインなのです。」と述べている。続けて「言葉になる以前の段階のものが、まず浮かんでこなくてはならないのです。言葉は常に後から遅れてやってくるという感触です。」と語っている。

 引用した二人の生徒の言葉は、短いものであり、充分に考えが練られているものではないかもしれないが、小川洋子の小説の本質に触れる鋭さがある。出来合の言葉で解釈するよりも、テクストそのものに向かい合う純粋な読書がこのような言葉をもたらしたのだ。


 Ⅱ

 小川洋子は講演録『物語の役割』の中で、『バックストローク』と同じように短編集『めまい』に収録されている『リンデンバウム通りの双子』を素材に、「小説の第一歩を踏み出す」ためには「重層的な映像が必要不可欠なのです」と述べている。また「テーマなどというものは最初から存在していない」「主題が何か、について私は一切考えていないのです」と断言している。『リンデンバウム通りの双子』を例に取り、「家族の悲しみ」「人間の孤独」「家族の絆」というような「非常にわかりやすい一行で書けてしまう主題を最初に意識してしまったら、それは小説にならないのです」として、「言葉で一行で表現できてしまうならば、別に小説にする必要はない」「言葉にできないものを書いているのが小説ではないか」と語っている。そして、「テーマは後から読んだ人が勝手にそれぞれ感じたり、文芸評論家の方が論じてくださるもの」だと、若干の皮肉を込めて書いている。

 小説を書く作者の観点からすると、小川洋子の言葉は肯定されるだろう。作者が紡ぎ出すのは言葉そのものであり、意味や主題は事後的に生まれるというのは、虚構作品を書く者が経験する真実の一つだからだ。しかし、作者も事後的に読者となる。作者自身、小説を書き終えた時点から、というよりも本質的には、一つひとつの言葉を書いた瞬間から、読者として自分の言葉に向き合う。作者が主題を考えずに小説を書いたとしても、小説の完成後、一人の読者として自身の小説の主題に向き合うことになる。話者として言葉を語り終わった瞬間から、読者としてその言葉を読むというのが、言語をめぐる普遍的な真理だと思われる。

 読者に作用する言葉の群れ、その波動を、生のある一点で受け止め、その意味を考え、作品の主題を考えることもまた、私たち読者が自然に行う行為だ。連続して続く波動の形を形として定めること。とりあえずの形であっても、そのことが解釈の立脚点になり、授業の成立の根底を築く。

 『バックストローク』を読み進めていく中で、私たちが立ち止まってしまう箇所は、やはり、弟の左腕が突然挙がったままになってしまった出来事であろう。読者はこの出来事を受け止め、その意味や原因を考えてしまう。読者がこの出来事について問いかける欲望を持つのは自然であろう。小説作品は波動のように読者にある作用をもたらす。その作用の中の何かが私たちにある種の問いをもたらす。問いは読者の欲望を生起させる。特に、了解不可能な不可思議な出来事ほど、読者の欲望を刺激する。この左腕の出来事については、何人かの生徒が感想を寄せた。生徒の書いた文の一部を四つほど引用したい。

 

 主人公の弟は母親の過剰な圧力や期待により、言いしれぬ不安や苦しみを胸に抱えていたのだろうと感じた。腕に異変が起きたのもそれが原因なのだろうと感じた。「水泳をやっていない自分」を見てほしくて、彼は無理に腕を壊してしまおうと考えたのだと思う。

  この生徒は「無理に腕を壊してしまおう」とする意志によるものだと解釈する。「母親の過剰な圧力や期待」に対する「言いしれぬ不安や苦しみ」が原因となって、ある行動を起こす。このような解釈は、この「左腕の出来事」に対する標準的なものだとも言える。

 

 弟はなぜ急に左腕をおろすことができなくなったのだろうか。それはやはり弟の強い気持ちが作り出した結果の現象だったのであろう。

  この生徒も弟の「強い気持ち」を読みとろうとしている。ただし、「意志」によるというよりも、「強い気持ち」の作り出す「結果の現象」という読みは、微妙な意味を含んでいる。「現象」として起こったということには意志から少し離れた考えもあるからだ。

 

 「なぜかいろいろな物が壊れた一日だった。」この表現から、何か大きな変化が訪れるのだという予感を感じた。そして、ついに彼は壊れてしまったのだ。

  この読みは、弟が「壊れた」という枠組みでの解釈である。この場面では色々なものが壊れる。その結果、機械が壊れるように、弟の左腕が壊れる。「壊れた」という表現は、弟の意志による行為ではなく、突然の出来事としての異変の意味合いが強い。

 

 ストレスのはけ口がなくなったことにより、体が限界を通り越して拒否反応を起こし、その結果左腕が動かなくなってしまったのだ。

   「ストレス」による心身の「拒否反応」としての腕の異変。この解釈はより心理学的な解釈だと言えよう。現在の高校生の中には心理学的な知識を持つ者も多い。この生徒も「ストレス」という流布された言葉ではあるが、臨床心理学的な知識で出来事を読みとろうとしている。


 生徒の感想は大きく、この出来事が弟の意志による故意の行為だと捉えるものと、意志によらない病変だと捉えるもの二つに分けられる。また、『バックストローク』に言及した評言の幾つかを読んでみても、意志によるものと病理によるものの二つに分かれている。

 異変から五年経ったあるとき、弟は姉に「変に思う?」と聞き、「みんなを、がっかりさせてしまった。」とも述べる。この箇所によって、弟は左腕の出来事について自覚的であったという読みがなされることがある。しかし、意志によらない病理としての異変であっても、結果的に「がっかりさせてしまった」と思うことはあり、その異変について「変に思う」と問いかけることもあるので、このことだけで、弟の意志による行為だと解釈することは無理である。左腕の出来事については、厳密で精密な読解が必要とされるだろう。

 この場面は、「事の始まりは、弟の十五歳の誕生日だった。」と語り出される。その日は「なぜかいろいろな物が壊れた一日」で、弟の左腕に異変が起きる。その出来事を語る一節を引用する。

 

 次の朝目覚めた時から、弟は左腕を挙げたきり、下へ降ろさなくなってしまったのだ。

 最初弟が階段を降りてきた時は、肩の調子が悪いのか、フォームのイメージトレーニングでもしているのだろうと、さほど気にしなかった。しかし洗面所から出てきても、食卓についても、彼はそのままの姿勢を崩さなかった。

「どうかしたの。」

 いちばんに母が口を開いた。

「どうして手なんか挙げてるの?」

 わたしも尋ねた。尋ねないではいられなかった。彼は何も答えなかった。

 

   小川洋子の小説では、「言葉になる以前の段階」の「映像」が先行する。この「映像」は、物語になる以前、主題化される以前のある種の出来事であろう。映像としての出来事が起こり、その後に言葉が出来事を捕まえようとする。言葉は出来事に対して遅延して到達する。話者は出来事の解釈者の位置に立つ。小川洋子は、そのようにして浮上した出来事に対して、どのような話者を創りあげるのかに腐心していると語っている。

 話者や作中人物の感覚・思考より、出来事が先行しているのは、『バックストローク』の場合も当てはまるのではないか。まず始めに左腕の異変という映像が誕生し、その後で『バックストローク』の構想が具現化したというのが私の推測である。その場合、この出来事・映像について、話者や作中人物はどのように捉えるのかが問題となる。

 引用部分では、話者であり作中人物の姉である「わたし」の視点から、弟は「降ろさなくなってしまった」「そのままの姿勢を崩さなかった」と語られていることに注意したい。左腕の「出来事」に遭遇した現在時を考えてみると、この時点では出来事の了解は当然不可能だ。しかし、「わたし」の述べる「降ろさなくなってしまった」「崩さなかった」という言葉には、この出来事には弟の意志が介在していることが判断されている。

 例えば、「弟は左腕を挙げたきり、下へ降ろせなくなってしまった」であれば、病気の可能性が残る。 あるいは「弟の左腕は挙がったままだった。」では、より解釈を差し挟むことのない、判断保留の描写になる。

 さらに、母の「どうかしたの」、姉の「どうして手なんか挙げているの」という問いのの繰り返しは、弟を無言へと追いやる。母も姉も理由を問い続けたのだが、そのこと自体が、弟を「もっと隅へ、もっと隅へとひきこもる」ようにさせた可能性すらある。

 姉は「だれも見ていない時は降ろしているのだろう」と考え、弟の部屋をこっそり盗み見ることまでした。姉は弟の理解者の位置に立つのではなく、むしろ母の位置に、母の眼差しに近づいている。

 私たち読者が、母や姉の眼差しからの解釈から離れて、一人の観察者として弟の出来事に向き合えば、どのような解釈が可能なのだろうか。生徒の感想の中に、一つ注目すべき意見がある。

 

 なぜ腕が上がらなくなったのかは、よくわからないけど、それが弟の願いならいいと思う。自分の意志でそうなってしまったのではなくても、その後、弟は生き続けていけたのだから、それは少しでも弟が望んだことであったのだと思う。

  この生徒は左腕の異変について「自分の意志」でなくでも「願い」「望んだこと」であったと読む。この生徒の感想はあくまで感覚的なもので、論として確立されたものではない。しかし、微妙ではあるが、この生徒の読みは、意志によるものと病理によるものという二項対立の解釈とは異なる解釈の可能性を示す。この生徒は意志と病理の間に、より潜在的な弟の願望を読みとっている。


 私は、『バックストローク』の虚構世界を現実世界に転移させて考えてみたい。その場合の有効な解釈装置が、ジークムント・フロイトが創始した精神分析の理論である。唐突に精神分析を持ち出すことに違和を覚える方もいるだろうが、小川洋子の作品世界と精神分析理論との親和性は高いと思われる。

 小説の具体的のチーフとしても、短編集『めまい』所収の『飛行機で眠るのは難しい』では、作中人物の老女の布地屋がウィーンのフロイト博物館の裏にあり、話者「僕」がそこを訪ねるという設定があり、先に触れた『リンデンバウム通りの双子』の舞台もウィーンであることからも分かるように、少なくとも短編集『めまい』の場合、ウィーンという地名、フロイトという固有名詞のつながりがある。また、フロイト自身の姉妹四人が『バックストローク』の重要なモチーフであるユダヤ人強制収容所で殺されている事実もあり、ウィーンという都市自体がナチス・ドイツとの関わりが深い場所でもある。『めまい』所収の優れた三つの作品『バックストローク』『飛行機で眠るのは難しい』『リンデンバウム通りの双子』に共通しているのは、日本人の話者がウィーンやナチス・ドイツ収容所跡を訪れるという設定であり、小川洋子のこのモチーフへの偏愛ぶりが伺える。


Ⅲ


 弟の左腕の異変の原因を精神分析の理論から考察すると、第一に転換ヒステリーの可能性を指摘することができる。転換ヒステリーは、精神分析の創始者ジークムント・フロイトが定義した神経症の一つであり、無意識的な衝動や願望の表象内容が抑圧され、その表象が転換される機構によって、様々な身体的症状(運動麻痺、身体硬直、感覚障害、腹痛・頭痛等の軽微な症状他)が現れてくるものである。

 転換ヒステリーでは、身体が不自然な形に硬直したまま動かなくなることがあるので、弟の左腕の硬直したかのような異変も転換ヒステリーの症状であると考察することができる。転換ヒステリーで症状化している部位は、抑圧された衝動の表象自体に関わる部位だとされている。つまり、不自然な形に硬直した左腕は、主体の抑圧したい場所そのものでもある。

 転換ヒステリーの原因には主体の無意識の欲望が存在している。先ほどの生徒の言葉を再び引用してみるならば、「それは少しでも弟が望んだことであったのだ」と言える。精神分析の文脈に置き換えていえば、「それ」は無意識の欲望である。

 哲学者スラヴォイ・ジジェクは、フロイトの真の後継者であるジャック・ラカンの影響のもとに、精神分析理論を使って現代文化について考察を重ねている。彼は著書『為すところを知らざればなり』で、ラカンを参照して「言語‐の‐存在としての人間の根本的な経験とは、彼の欲望が妨げられるということ、創設的に満たされないということである。人間は『自分が実際何を欲しているのか知らない』のである。」と述べている。そして、転換ヒステリーについて「ヒステリー患者の『転換』が成し遂げていることとは、紛れもなくこの妨害を転倒することなのだ。この転倒を介して妨げられた欲望は妨害への欲望に転換する。満たされぬ欲望は満たされぬことへの欲望に転換する。」と説いている。

 ジャック・ラカンによれば、人間の欲望は他者の欲望である。弟はもともと、他者である母の欲望を、続けて姉の欲望を生きてきたと言ってよい。欲望の起源には他者が存在するのだが、そのことは無意識に沈み、人間は「自分が実際何を欲しているのか知らない」のである。

 母と弟の様子については、視点人物である姉による次の描写がある。

 

 二人はぶかっこうなダンスを踊っているように見えた。弟は母に体を任せ、されるがままになっていた。照れ臭そうにも、迷惑そうにもしなかった。ただ、どこか遠くを見つめていた。背泳ぎなんかよりもっと深刻な問題について、思索を巡らせているかのような瞳だった。


 弟は母の欲望を「されるがままに」、文字通り生きている。弟の「どこか遠くを見つめ」「思索を巡らせている」かのような「瞳」は、「自分が実際何を欲しているのか知らない」欲望を見つめているかのようである。

 弟の二三歳の誕生日に、弟が姉の求めに応じて自宅プールで再びおよく場面で、話者姉は次のように語る。

 

 わずかに残った地面にしゃがみ、わたしはプールの中の弟を見つめた。端までくるとターンし、また泳いだ。何度も何度も繰り返しターンした。水音だけが二人の間を流れた。弟は背泳ぎするだけで、わたしの求めるものをなんでも差し出すことができた。

 

 この場面でも、弟は姉の欲望を生きている。弟は姉の「求めるものをなんでも指し出す」ことができるのだ。その後、姉の欲望に応じてプールで再び泳ぐ際に、作品内の現実か幻想か分からないが、弟の左腕は欠損する。その後、弟は入院し、病院の小さなプールで泳ぐことを愉しみ、十年もの間一月に一度ほど、そのことを必ず手紙に書いて姉に送る。

 弟は「自分が実際何を欲しているのか知らない」まま生きてきた。人間の欲望が他者の欲望である限り、人間の欲望は本源的に空虚なものである。主体が欲望を抱いていると感じていても、それは空虚な幻であり、その欲望が成就されることはない。これは、主体にとって欲望は絶えず妨げられているいうことのもう一つの姿である。また、弟の欲望が空虚なものであるからこそ、読者はそこに様々なものを読みとろうとしてきた。

 転換ヒステリーの主体は、欲望が妨げられることそのものを転倒し、自らの欲望を妨害するようになる。弟の欲望も様々な意味で妨害され、成し遂げられないものとなっていた。弟は自身の身体の自由な動きを妨害し、そのことが泳ぐことの制止、左腕の硬直化をもたらしたのだ。これが弟の「満たされぬことへの欲望」である。

 弟はそのようにして「満たされぬことへの欲望」そのものと化し、弟の物語が閉じられる。この弟の「左腕の出来事」は、虚構作品の枠組みを超えて、読者にそれに向き合うことを要請しているかのようだ。もちろんその解釈が固定されたものに収束する必要もないが、私自身は精神分析の枠組みで考察してきた。

 ヒステリーは家族の間で転移する。家族の成員が各々ヒステリー化することもある。左腕の異変の後、母自体が「ヒステリー」になったという記述がある。また、最後の場面で、強制収容所の「処刑場へ行きましょう」と述べる姉もまた幾分かヒステリー化しているとも言える。『バックストローク』は弟中心の物語として普通は読まれているが、私には姉を中心とする「姉の物語」として読む欲望もある。稿を改め、「姉の物語としての『バックストローク』」を書くことにしたい。


*この論考「『バックストローク』を読む 1」 は、教育出版の「高校メルマガ」2009年6月号で配信されました。同社のHPで掲載されていましたが、HPのリニューアルによって現在は公開されていませんので、このブログに新たに掲載することにしました。

2026年4月27日月曜日

芥川龍之介の『蜃気楼』・富山湾の蜃気楼

 芥川龍之介の1927(昭和2)年の短編小説『蜃気楼』。芥川の分身である話者兼人物の〈僕〉は、ある秋の昼頃、大学生の〈K君〉と親友の画家小穴隆一をモデルとする〈O君〉と三人で蜃気楼を見るために鵠沼の海岸に出かける。

 作中で蜃気楼について言及している場面を引用する。


 蜃気楼の見える場所は彼等から一町ほど隔っていた。僕等はいずれも腹這いになり、陽炎の立った砂浜を川越しに透かして眺めたりした。砂浜の上には青いものが一すじ、リボンほどの幅にゆらめいていた。それはどうしても海の色が陽炎に映っているらしかった。が、その外には砂浜にある船の影も何も見えなかった。
「あれを蜃気楼と云うんですかね?」
 K君は顋を砂だらけにしたなり、失望したようにこう言っていた。そこへどこからか鴉が一羽、二三町隔った砂浜の上を、藍色にゆらめいたものの上をかすめ、更に又向うへ舞い下った。と同時に鴉の影はその陽炎の帯の上へちらりと逆まに映って行った。


 〈僕等〉が〈陽炎〉の立つ〈砂浜〉を眺めると〈砂浜〉の上に〈青いもの〉が一すじリボンほどの幅でゆらめいている。それは〈海〉の色が〈陽炎〉に映っている光景らしい。これは「下位蜃気楼(inferior mirage)」と呼ばれる現象、陽炎など地表の熱い空気で光が屈折することによって空や海の景色が地面近くに映り込む現象のようである。K君が失望した瞬間、話者の〈僕〉は〈鴉〉と〈陽炎〉を重ね合わせて描写する。

 〈鴉〉が一羽〈砂浜〉の〈藍色にゆらめいたもの〉の上をかすめ向こう側へ舞い下りる動きと同時に〈鴉〉の〈影〉が〈陽炎〉の帯の上へ逆さまに映る光景である。この下位蜃気楼に対して、実際の風景の上側に伸びたり反転したりした虚像が見える現象が「上位蜃気楼(superior Mirage)」と呼ばれるものである。上位と修飾される方が本物の蜃気楼である。

 芥川、K君、O君が見たのは下位蜃気楼であったが、そのことはこの作品の本質ではない。下位であっても上位であっても、どちらであっても、彼らが見たかったのは一種の幻としての蜃気楼である。特に芥川の分身〈僕〉の場合、不安な心象のゆえにあえて幻視したいものがあった。不安なものの象徴としての蜃気楼である。


 この上位蜃気楼が昨日4月26日富山県魚津市で観測された。Yahoo!ニュースに転載されたチューリップテレビ(富山県)の記事「富山湾の神秘…8年ぶり最高評価“Aランク”の蜃気楼を観測  対岸の新湊大橋が反転!肉眼で2時間以上確認、神秘の現象 富山」によると、昼過ぎに風景が非常に明瞭な伸びや反転が確認できるようになり、その見え方が5段階評価の最高のAランクであると8年ぶりに判定された。富山湾の海面上に冷たい空気が層をつくり、その上の暖かい空気とのあいだで急に密度が変わるときに出現するそうである。

 魚津市の富山湾から対岸の射水市の新湊大橋をとらえた画像をこのニューズ記事から引用させていただく。


チューリップテレビの画像


 人々が湾の堤防に集まり対岸の方を眺めている。視線の彼方に浮かぶのが蜃気楼である。画像の中央より少し右側の細長い塔のようなものが実物より縦に高く引き伸ばされ、対岸の建物と海面の間に空の色が入り込み、建物が空中へ浮き上がっているように見える。これらが上位蜃気楼の典型的な特徴のようだが、筆者はこのような特徴を明確に示す蜃気楼の画像を初めて見ることができた。

 さらに、FNNプライムオンラインの記事「8年ぶり“最高評価”の蜃気楼が富山湾に出現 橋の上に「大きなひし形」 海面の空気が幻想的な春の風物詩を生み出す」では、ある橋の普段の景色と今回の蜃気楼が対比された画像があったので引用させていただく。


FNNプライムオンラインの画像


 こちらの画像では、実象の橋と虚像の橋とがある点で接合されている。逆立した虚像の橋が上空にそびえたっている。蜃気楼の特性を見事に捕らえた貴重な画像である。


 やはり、上位蜃気楼の画像は陽炎のような物の像の揺れではなく、実像の風景と虚像の風景という二つの映像そのものが相対峙して揺らめいている。実像と虚像が分離したり逆さになったりして互いに互いを照らし合わせているように見える。さらに時間の推移と共に多様に変化していく。


 実際の現地で蜃気楼を実景として見なければ、その本当の姿は分からないであろうが、このニュース映像によってその姿をある程度まで想像することはできた。いつか実景として見てみたいが、それは偶然の出来事、偶景としてしか遭遇できないのだろう。


2026年3月23日月曜日

フィリップ・ドゥクフレの演出-『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説9

 これまで八回にわたって、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の舞台と小説について書いてきた。今回はその最後として舞台の演出について述べたい。

 演出家のフィリップ・ドゥクフレはインタビューでこう語っている。(フィリップ・ドゥクフレが描く村上春樹の世界〜『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台化に挑む〜2025.09.01)

――この作品は、“世界の終り”と“ハードボイルド・ワンダーランド”という異なる二つの世界を行き来しながら物語が進んでいきます。村上作品の中でも独特なスタイルですね。この複雑で長大な物語をどのように舞台化されますか?

偉大な作家の小説です。ファンタジーであり、様々な次元や夢が交錯し、登場人物も非常に象徴的です。世界観を決めつけず、観客がそれぞれ自由に空想できる余地を残したいと考えています。

――原作が持つ物語の力と、ドゥクフレさんのイメージの力がどう融合するか楽しみですね。

演劇ともダンスとも言い切れない、そしてそのどれでもある、ハイブリッドな舞台になるでしょう。演劇的な側面とダンスの側面が融合し、視覚的にも非常にインパクトのあるものになると思います。そういった点に、今とても興味を惹かれています。

 ――この長大な作品のどの部分を取捨選択していくかも悩ましいところですね。

脚本家の高橋亜子さんと互いに大切に思うシーンを持ち寄ってミーティングを重ね、脚本が上がってくるのを楽しみに待っているところです。キャストとスタッフ合わせて約50人、その後ろにはさらに何倍もの人々が支えてくれていて、心強いです。


  ドゥクフレは、脚本家高橋亜子と大切なシーンを互いに持ち寄って物語を構成し、演劇的な側面とダンスの側面が融合したハイブリッドな舞台を作り、観客がそれぞれ自由に空想できる作品を志した。そもそも、この複雑な小説を舞台化すること自体がほとんど困難な試みであるのだから、今回の舞台は基本としては成功したと言えよう。

 小説のアダプテーション作品、原作を映画化したり舞台化したりする作品は、原作とは独立した作品として享受するというのが筆者の考えである。もちろん、原作とアダプテーション作品を比べるのは自由だが、原作と異なることを論ってもあまり意味がないだろう。アダプテーションは多様であってよい。今回の舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』もそのなかの一つの試みである。


 YouTubeにワークショップの映像がある。制作段階の短い記録である。 

ワークショップ映像 ~創作の現場より~ / 舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』




 演出上で素晴らしかった点を挙げたい。まず冒頭の〈一角獣〉のダンス、〈僕〉と〈影〉との分離、〈影〉の踊りなどのダンスは非常に効果的な演出となっていた。奇妙で不可思議な物語の導入にふさわしかった。ときどき、雨が降り注ぐ光景など、美しいが暗い雰囲気もある陰影に富んだ光景がプロジェクションマッピングの映像として舞台の背後に投影されていた。〈一角獣〉の金色のコスチューム、〈一角獣〉の多数の頭骨の動きとそれを照らし出す照明も工夫されていた。ドゥクフレが追求した演劇とダンスの融合によるハイブリッドな演出は斬新であり、堪能することができた。また、音楽は阿部海太郎が担当し、権頭真由が舞台の左の袖でキーボードを生演奏したことも効果的だった。さらに原作にはない音楽も流されていた。

 その反面の気になった点も少し触れておきたい。まずキャスティングだが、「ハード」パートの〈私〉は藤原竜也、「世界」パートの〈僕〉は駒木根葵汰/島村龍乃介のダブルキャストであるのに対して、二つのパートの〈君〉(少女と女性司書)を演じるのは森田望智であるという非対称性が挙げられる。また、舞台のセッティングに関しては、〈壁〉を薄くて柔らかい幕で築いていたが、〈街〉を取り囲む強固な意志を持った〈壁〉には見えないという難点があった。

 この舞台のチケットの入手が遅くなってしまったので追加Sの補助席しか取れなかった。最も左側だが前から三列目であった。そのおかげで舞台の左側で演じることが多かった藤原竜也の演技をかなり間近で見ることができた。2000年、彩の国さいたま芸術劇場で蜷川幸雄演出の三島由紀夫『近代能楽集』の「弱法師」を見たことがあった。あの時は18歳、今は44歳。すでに中年に達しているが、少年や青年のような面立ちがまだ残っている。彼にはなんだか年齢を超越したようなところがある。この舞台ではユーモラスな面も見せながら次第にシリアスな役柄を演じきっていた。


 この連載の第一回目に書いたとおり、筆者にとって1985年の小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、村上春樹の作品との決定的な出会いとなった。それから40年が経った2025年に舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を鑑賞できた。時や場を超えてこの作品は生き続けている。


 最近、「ニューヨーク・タイムズ」に〈村上春樹が米紙に語る「病からの復活」と「小説を書くということ」〉という記事が掲載された。2025年12月、ニューヨークでのインタビューで村上はこう語っている。

「小説を書くときは、いつも別の世界へと入っていきます。潜在意識と呼んでもいいかもしれませんね。そこでは何が起こっても不思議じゃない。僕はそこでたくさんのものを見て、現実の世界に戻ってきてから、それを書き留めるんです」

「僕は自分を芸術家だとは思っていません。いたって普通の人間です。天才でもなければ、それほど頭がいいわけでもない。でも、僕にはそれができる。別の世界へと降りていくことが」

 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の話者兼主人公の〈僕〉と〈私〉は、意識と無意識をつなげ、現実と壁のある街を行き来した。作者もまた〈僕〉〈私〉と同じように二つの異なる世界を横断して小説を書いている。村上春樹は〈僕〉であり〈私〉であるのだろう。

2026年3月21日土曜日

〈私〉と〈僕〉-『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説7

 今回は舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に戻り、そのラストシーンについて考えたい。

 YouTubeの公式チャンネルに〈舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』Official Trailer 【舞台映像Ver.】〉がある。 



 映像の最初にあるのは舞台の最後のシーンである。

 藤原竜也が演じる計算士の〈私〉、「ハードボイルド・ワンダーランド」パートの主人公が呟く。

 ここは世界の終わり 何もかもがあり 何もかもがない

 小説と舞台のラストシーンは異なる。(これについては後の回で触れたい)

 そもそも〈私〉自身が〈世界の終わり〉という事態を認識しているわけではない。〈世界の終わり〉は〈私〉の無意識の核にあるから、意識に上ることはない。25節で、無意識の世界で情報の暗号化を行う〈シャフリング〉のシステムを開発した〈博士〉は〈私〉にこう説明する。

「正確に言うと、今あるこの世界が終るわけではないです。世界は人の心の中で終るのです」
「わかりませんね」と私は言った。
「要するにそれがあんたの意識の核なのです。あんたの意識が描いておるものは世界の終りなのです。どうしてあんたがそんなものを意識の底に秘めておったのかはしらん。しかしとにかく、そうなのです。あんたの意識の中では世界は終っておる。逆に言えばあんたの意識は世界の終りの中に生きておるのです。その世界には今のこの世界に存在しておるはずのものがあらかた欠落しております。そこには時間もなければ空間の広がりもなく生も死もなく、正確な意味での価値観や自我もありません。そこでは獣たちが人々の自我をコントロールするのです」

 〈私〉には現実世界から消えていく運命が待っていた。〈博士〉はさらにこう言う。

しかしあんたはその世界で、あんたがここで失ったものをとりもどすことができるでしょう。あんたの失ったものや、失いつつあるものを

 27節になると、〈博士〉は〈私〉に〈世界の終わり〉についてこう告げる。

それは安らかな世界です。あんた自身が作りだしたあんた自身の世界です。あんたはそこであんた自身になることができます。そこには何もかもがあり、同時に何もかもがない。

 つまり、〈博士〉の〈そこには何もかもがあり、同時に何もかもがない〉という言葉を、舞台の最後のシーンで〈私〉が語ることになる。〈私〉は〈博士〉という他者の言葉によって〈私〉の〈世界の終わり〉を認識することができた。


 小説では39節の「ハードボイルド・ワンダーランド」パートと40節の「世界の終り」パートの二つの終わり方がある。

 39節の「ハード」パートのラストシーン。〈私〉は海の見える港の倉庫に車を駐めてボブ・ディランのテープを聴く。雨ふりのことを考えながら最後の時を迎える。

 やがてその雨はぼんやりとした色の不透明なカーテンとなって私の意識を覆った。
 眠りがやってきたのだ。
 私はこれで私の失ったものをとり戻すことができるのだ、と思った。それは一度失われたにせよ、決して損なわれてはいないのだ。私は目を開じて、その深い眠りに身をまかせた。ボブ・ディランは『激しい雨』を唄いつづけていた。

〈私〉は雨が降る中で深い眠りに落ちていく。それは死ではない。〈世界の終わり〉への転位である。〈世界の終わり〉には何もかもがあり、何もかもがない。しかしともかくも、そこでは〈私〉と〈僕〉は自分が失ったものを取り戻すことができる。

  40節の「世界」パートのラストシーン。〈影〉は現実へと帰って行った。〈僕〉は街に残った。〈僕〉はこう考える。

影を失ってしまうと、自分が宇宙の辺土に一人で残されたように感じられた。僕はもうどこにも行けず、どこにも戻れなかった。そこは世界の終りで、世界の終りはどこにも通じてはいないのだ。そこで世界は終息し、静かにとどまっているのだ。

 〈僕〉はもうどこにも戻れない。 〈世界の終り〉はどこにも通じてはいない。〈僕〉が戻るのは〈君〉〈彼女〉がいる場所だ。

 僕はたまりに背を向けて、雪の中を西の丘に向けて歩きはじめた。西の丘の向う側には街があり、川が流れ、図書館の中では彼女と手風琴が僕を待っているはずだった。
 降りしきる雪の中を一羽の白い鳥が南に向けて飛んでいくのが見えた。鳥は壁を越え、雪に包まれた南の空に呑みこまれていった。そのあとには僕が踏む雪の軋みだけが残った。


 小説の構造としては、「ハードボイルド・ワンダーランド」パートの〈私〉が「世界の終わり」パートの〈僕〉へと転位していく。転位というよりも、この二人、分身関係にある〈私〉と〈僕〉が統合すると考えた方がよい。「ハード」パートと「世界」パートの最終的な統合である。その結合は読者の読む行為によって成立する。

 この舞台でもその方向で演出されていた。藤原竜也は〈私〉であり同時に〈僕〉であった。藤原竜也の〈ここは世界の終わり 何もかもがあり 何もかもがない〉という声によって、観客は〈舞台の終わり〉を迎えることになった。

 〈僕〉〈私〉は、〈何もかもがあり 何もかもがない〉〈世界の終わり〉の街で、〈手風琴〉で音楽を奏で、〈一角獣〉の〈頭骨〉の夢を読み解き、〈君〉〈彼女〉の〈心〉を取り戻そうとする。二人はやがて〈森〉へと向かうかもしれない。そのようにして〈僕〉〈私〉は失ったものを回復していく。

       (この項続く)


2026年3月18日水曜日

『街と、その不確かな壁』の〈暗い夢〉-『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説6

  前回は、小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」パートの主体〈僕〉と〈君〉(彼女、司書の女性)との関係を追っていった。今回はその「世界の終わり」パートの原形となった1980年発表の中編小説『街と、その不確かな壁』では〈僕〉と〈君〉(彼女、司書の女性)の関係はどうであったかを振り返ってみたい。

 〈僕〉は〈君〉と再び会うために壁に囲まれた街に入り込む。〈君〉は図書館の司書になっていた。〈僕〉は図書館で夢読みの仕事に就く。

 14節の冒頭。〈僕〉は高熱で寝込み〈暗い夢〉を見る。

 その夜、高熱が僕を襲い、それは一週間ものあいだ続いた。熱は僕の体中の皮膚を水泡でおおい、僕の眠りを略い夢で充たした。夢の大半は性交の夢だった。様々な女と僕は交った。顔見知りの女も居れば、全く見知らぬ女も居た。壁の中の街では僕はあらゆる女と交ることが可能だった。

 そして〈僕〉は何度も吐く。熱と悪寒に襲われる。14節の最後で〈僕〉はこう語る。

 雨。どれほど厚い毛布も、どれほど温かなスープも僕の体を暖めてはくれない。そしてどんなに静かでやすらかな眠りも僕の心を癒してはくれない。どれだけの女と交った後で、あの暗い夢は僕の心から離れてくれるのか?

 『街と、その不確かな壁』ではこの〈暗い夢〉に焦点が当てられている。

 16節の冒頭では〈僕〉と〈君〉の転機が訪れる。

 シャッターを閉め切った僕の部屋の暗闇の中でさえ、僕たちは壁の視線を感じつづけた。 毛布の中の君の体は優しく、温かかった。僕は君のやわらかな首筋を愛し、固い乳房を愛し、なめらかな背中を愛し、そして君の全てを愛した。僕はまるで崩れやすい夢を抱くようにそっと、君と交った。そしてそんな夢の香りが僕たちをすっぽりとくるんでいた。あるいはそれが壁を苛立たせていたのかもしれない。

 僕は君を求め、そして君が僕の夢と一体になってくれることを求めた。それ以外に求めるべき何があったろう? 

 〈僕〉は〈君〉と交わり、〈夢〉の香りでくるまれる。〈君〉が〈僕〉の〈夢〉と一体となることを求めた。村上作品の性愛とその夢の原型となる場面である。

 21節から22節にかけて〈僕〉は〈古い夢〉について語る。

 僕は理解できぬままに様々な形と様々な色あいの古い夢の埃を落とし、手のひらで温め、その夢の世界を追いつづけた。そして何ヶ月かのそんな作業の末に、僕は僅かながらも彼らの波調を感じられるようになってきた。彼らは確かに何らかのメッセージを僕に向けて送りつづけているようであった。僕は日を追うごとに彼らの発する声なき叫びを耳もとに感じるようになった。まるで人知れぬ暗い牢獄に閉じ込められた魂の叫びのように、その声なき声は僕の心を揺さぶりつづけた。しかし僕にいったい何をすることができたろう? そのことばの一片をさえ理解することのできぬこの僕に?

 〈僕〉が夢読みを続けていくと、ある日、不思議なことが起きる。

 目をあけた時、部屋は不思議な光に充ちていた。それは信じがたい光景だった。部屋中の数千の古い夢が、あたかも互いに感応しあうかのようにその深い眠りから目覚め、無数の光とともに僕たちに向けてその永遠の想いを語り始めていたのだ。

  全ての〈古い夢〉は目覚めていた。その〈古い夢〉は〈僕たち〉に幻を見せた。奇妙で不気味な兵隊たちが行進していた。その幻は悪夢のようだった。〈僕〉は〈やめてくれ〉と叫ぶ。やがて、〈古い夢〉は光を失い、消えていった。すべてが終わった。

 この〈古い夢〉が消えた後の23節で〈僕〉は〈君〉と出会った当時を思い出す。

 それから何ヶ月も、僕は君のことばかり考えていたような気がするよ。〔……〕そしてそれが何ヶ月か続くうちにね、僕の想いの中で君はなんだか僕にとって生きることの象徴のようなものへと変っていったんだ。あるいは生き続けることのね。僕はそんな夢の中で暮していたんだ。夢を吸い、夢を食べ、夢と共に眠った。

 〈僕〉はこういう〈夢〉の中で生きていた。〈僕〉は〈そんな気持ってわかるかい?〉と問いかけるが、〈君〉は小さく首を振る。〈僕〉はこう考える。

 どんな夢だって、結局は暗い夢だ。もし君がそれを暗い心と呼ぶなら、それは暗い心だ。頭の中でこねあげられて金粉をまぶしたただの泥土だ。そんな夢はおそらく人を何処にも連れていきはしないのだろう。あのたまりに流れ込んだ水のように、行く先のない地下の暗い水脈を永遠に彷徨うだけのことかもしれない

 結局どのような〈夢〉も〈暗い夢〉だ、というのが〈僕〉の苦い認識である。それは〈暗い心〉にもつながる。〈暗い心〉の〈泥土〉に〈金粉〉をまぶせば〈夢〉になるが、このような〈夢〉は人を〈地下の暗い水脈〉で永遠に彷徨わせる。〈僕〉はこう考える。

僕は僕の暗い夢を、それがどんなに暗いものであっても、あそこに置き去りにして生きるわけには行かないんだ。それを切り離してしまった僕は、もう本当の僕じゃないんだ

 〈僕〉が〈暗い夢〉を置き去りにして生きる〈あそこ〉とは、この壁に囲まれた街である。そして、〈僕〉の〈影〉が〈暗い夢〉を引き受けてやがて死んでしまう。〈影〉を分離した〈僕〉は本当の〈僕〉ではないことに気づく。〈僕〉は〈君〉にこう語る。

この街で君とこうして一締に居る限り、僕には他に望むものは何もない。こんな気持になれたのは生まれて初めてだった。何の不安もないし、何のかげりもない。多分永遠にそうなのだろう。でも街の外では今も時間が流れつづけているんだ。獣たちも死ぬし、影も死ぬ。シャツについたソースのしみみたいに、僕の心からどうしてもそれが離れないんだ

 〈僕〉は自らの〈暗い夢〉つまり自分の〈影〉に向き合おうとする。もう一度〈僕〉は〈影〉と一つになろうとする。そして〈影〉と一緒にこの街を出ることを決断する。「さよなら」と〈僕〉は言い、「さよなら」と〈君〉も言い、二人は別れることになる。つまり、1980年の中編小説『街と、その不確かな壁』では、〈僕〉は〈君〉(彼女、司書の女性)と別れて、自分自身の〈影〉と一緒に現実世界へと帰還する。しかし、なぜ〈僕〉が〈君〉と別れて現実へ戻ったのか。作者の村上春樹はその理由を説明してない。この結末の判断は唐突とすら言える。

 〈僕〉は〈君〉に対して抱いた美しい〈夢〉そのものが〈悪い夢〉であったと気づいたからかもしれない。〈僕〉は自らの〈悪い夢〉の中へもう一度、いや何度も入り込まねばならない。そのためには〈僕〉は〈影〉を取り戻し、一人の〈僕〉、単独者としての〈僕〉に戻る必要がある。矛盾する言い方だが、〈僕〉は〈夢〉から〈悪い夢〉へと覚醒しなければならない。


 1985年の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、〈僕〉は街に残り、〈影〉だけが現実へと戻っていく。〈僕〉は〈君〉(彼女、司書の女性)の〈心〉を取り戻すために生きていく。舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』ではこの決断が軸となる。


 このように、『街と、その不確かな壁』と『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には深い断層がある。さらに、2023年の長編小説『街とその不確かな壁』において、1章では〈僕〉は〈君〉との共生を選んで〈街〉に残り〈影〉だけ現実へ戻るが、最後の3章では〈僕〉は〈君〉と別れて単独で現実世界に帰る。〈僕〉は結果として、喪失した〈君〉との再会と街での共生、喪失した〈君〉の再度の喪失と現実への帰還という二つの選択を経験する。〈僕〉の決断は二重化されている。


 〈僕〉の最終的な決断に関しては、1980年の中編小説『街と、その不確かな壁』と1985年の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の差異を、2023年の長編小説『街とその不確かな壁』が統合したと言えよう。

    (この項続く)


2026年2月21日土曜日

シーク・アンド・ファインド(seek and find)の構造-『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説4

 今回は原作小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の成立とその構造について考えてみたい。

 1980、村上春樹は『文學界』に中編小説『街と、その不確かな壁』(中編『街』とも略記)を発表した。1985年、中編『街』を基にした「世界の終り」パートに「ハードボイルド・ワンダーランド」パートを新たに加えて『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(長編『世界』とも略記)を刊行した。さらに2023年、中編『街』をを原形とする第一章に第二章と第三章を書き加えて長編小説『街とその不確かな壁』(長編『街』とも略記)を出版した。

 村上は『街とその不確かな壁』のあとがきで『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』について次のように振り返っている。

「街と、その不確かな壁」を大幅に書き直そうと思った。しかしそのストーリーだけで長編小説に持って行くにはいささか無理があったので、もうひとつまったく色合いの違うストーリーを加えて、「二本立て」の物語にしようと思いついた。二つのストーリーを、並行して交互に進行させていく。そしてその二つが最後にひとつに合体する――というのが僕の計画というか、おおざっぱな心づもりだった。

 しかし、村上はその二つを合体する見当がつかないままに書き進めていったが、最後近くになって、二つの話がうまくひとつに結びついてくれたと述べている。しかし、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の刊行では終わらなかった。村上はこう語る。

 しかし歳月が経過し、作家としての経験を積み、齢を重ねるにつれ、それだけで「街と、その不確かな壁」という未完成な作品に――あるいは作品の未熟性に――しかるべき決着がつけられたとは思えなくなつてきた。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』はそのひとつの対応ではあつたが、それとは異なる形の対応があってもいいのではないか、と考えるようになつた。「上書きする」というのではなく、あくまで併立し、できることなら補完しあうものとして。でもその「もうひとつの対応」がどのような形を取り得るのか、なかなかそのヴイジョンを見定めることができなかつた。

 その後、2020年の初めに中編『街』をもう一度書き直せるかもしれないと感じ、コロナ禍のなかで三年間かけて完成させ、2023年に長編『街』を刊行した。このようにして、中編『街』から、そのひとつの対応としての長編『世界』、もうひとつの対応としての長編『街』という三つの小説が誕生した。この三作品の核にあるストーリーを《街とその不確かな壁》物語と名づけてみたい。

 1985年の長編『世界』、2023年の長編『街』(「世界」パート)の二つの小説は、1980年の中編『街』を原形とするものだが、時間軸に沿った連続的な発展ではなく、〈併立〉と〈補完〉の関係にある。中編『街』という《街とその不確かな壁》物語の原形の小説から、固有性を持ちながら互いに補完し合う二つの小説が生まれたと考えてよい。

 村上はこの「あとがき」の最後で、40年ほどかけて創作していった《街とその不確かな壁》物語について〈真実というのはひとつの定まった静止の中にではなく、不断の移行=移動する相の中にある。それが物語というものの神髄ではあるまいか〉と述べている。物語の内容についての発言だが、中編『街』、長編『世界』、長編『街』という三つの小説自体も、《街とその不確かな壁》物語の〈不断の移行=移動する相〉にあるのだろう。


 村上春樹は「シーク・アンド・ファインド(seek and find)」が自らの物語の基本構造であることを明かしている。他者(多くの場合は女性)を探し求め(seek)、見つけ出す(find)」というレイモンド・チャンドラーの探偵小説の影響を受けた枠組である。男性が主人公の場合、その他者はほとんどが女性である。男性は女性を探し出そうとするが女性はすでに失われている、あるいはかろうじて女性を探して見つけるがその女性はすぐに失われてしまう。探索・発見・喪失という構造である。

 《街とその不確かな壁》物語を総合すると、遭遇(発見)・喪失・探索・再遭遇(発見)・喪失あるいは共生というさらに複雑な複雑を持つ。中編『街』は遭遇(発見)・喪失・探索と再遭遇(発見)・喪失という「シーク・アンド・ファインド(seek and find)」を反復する構造であるが、長編『街』は遭遇(発見)・喪失・探索と再遭遇(発見)・共生を経て最終的に喪失という「シーク・アンド・ファインド(seek and find)」を二重に反復する構造である。この二つに対して、長編『世界』の「世界」パートは再遭遇(発見)から始まり、過去の記憶にある遭遇(発見)・喪失と探索に遡行した上で、共生に至るという時間的に錯綜させて多層化した構造を持つ。この複雑に多層化した構造の小説を脚本化、舞台化することはかなりの困難を伴っただろう。というのか、ほとんど不可能とも言えるような作業であっただろう。さその困難や不可能に直面しながら、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の制作チームがこの舞台を完成させたことは充分に評価できる。


 この連載記事の第一回目の末尾で、三つの作品の結末部がどうなるのか、という問いかけをした。主体の〈僕〉と他者の〈君〉はどうなるのか、〈僕〉は分身の〈影〉と一緒に現実世界へ戻るのか、それとも〈君〉と一緒に〈街〉の世界で暮らしていくのか、それとも〈影〉とはいったん離れてから単独で現実世界に回帰するのか。その選択によって《街とその不確かな壁》物語は変化していくのだが、この結末部について簡潔にまとめておきたい。

 中編『街』では、主体〈僕〉は他者である〈君〉現実世界の少女・〈街〉の司書の女性の喪失を選び、彼女と別れて自らの〈影〉と一緒に現実世界へと帰る。長編『世界』では、主体〈僕〉は他者の〈君〉との共生を決意し、〈街〉の司書の女性と共に生きて彼女の〈心〉を取り戻そうとする。長編『街』では、主体〈僕〉は他者〈君〉との共生を選んで〈街〉に残り〈影〉だけ現実へ帰るが、最終的には〈君〉と別れて現実世界に帰還する。結果として〈君〉との共生と喪失の二つを経験する。

 〈僕〉と〈影〉とは互いに分身の関係である。この関係に焦点を当ててもう一度整理すると、中編『街』では〈僕〉と〈影〉は一緒に現実へ帰還し、長編『世界』では〈僕〉は〈街〉に残り〈影〉だけが現実へ帰り、長編『街』では一度目は〈影〉だけが現実へ帰り〈僕〉は〈街〉に残るが二度目は〈僕〉が単独で現実へと帰還することになる。


 村上の言葉に依拠するなら、《街とその不確かな壁》物語の構造や枠組もまた〈不断の移行=移動する相〉のプロセスにあると言えるだろう。

        (この項続く)


2026年2月18日水曜日

〈ある地点〉高橋亜子氏の脚本-『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説3

 原作の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、単行本で618頁の分量の長編小説である。この舞台を見るにあったてまず関心があったのは、この長編小説をどのように脚本化していくのか、ということだった。「世界の終わり」パート(以下、「世界」パートと略記)と「ハードボイルド・ワンダーランド」パート(以下、「ワンダー」パートと略記)という二つが独立して交互に進行していく展開をどう構成するのか。この長編小説のたくさんの重要なシーンからどの箇所を選んでいくのか。舞台の演出以前の脚本の段階に興味があった。

 結論から言えば、高橋亜子氏の脚本はこのかなり長い小説を2時間50分ほどの舞台に的確に集約させた。(もちろん、いろいろな脚本の可能性はあるだろうが)。 高橋氏はパンフレットの中で次のように述べている。


 原作では「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」、それぞれの世界が交互に描かれます。脚本化にあたって核となるのは、このパラレルワールドをどう組み立てていくかです。膨大な原作の描写の中から私が抽出したのは"私と"僕”の心が、目の前で起きる出来事と呼応する場面です。”僕”は影と切り離され、次第に自分らしく感じることができなくなっていく。一方"私"は原作の猫写によると、ある地点から人生をねじまげるように生きており、心を閉ざした孤独な生活をしている。そんな二人の心が揺れる瞬間、それを辿っていけば、やがて物語の核心にたどり着けるはず。そう思いながらブロットを組み立てて行きました。


 この舞台では、〈僕〉と〈私〉の〈二人の心が揺れる瞬間〉を辿ることで物語の核心にたどり着くという方針が貫かれていた。

 舞台は「世界」パートから始まった。冒頭で金色に輝く〈一角獣〉が登場して、奇妙な動きを続けていたことがまず目を引いた。いくぶんか不気味であるが、照明の光と音楽の流れのもとで〈一角獣〉の動作やダンスの効果によって不思議な美しさと仄かなエロティシズムが醸し出されていた。さらに、〈門番〉が登場して、〈僕〉(駒木根葵汰/島村龍乃介、私が観劇した回は島村だった)からその〈影〉(宮尾俊太郎)を切り落とす。〈僕〉の〈心〉が文字通り揺さぶられて、本体と影に分裂する。

 そのシーンがYouTubeの〈舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 ゲネプロ〉の冒頭にある。



 その後、〈僕〉は図書館で少女(森田望智)に出会うことになる。小説の「世界」パートではこの時、〈僕〉は次のように感じる。

僕は長いあいだ言葉もなくじっと彼女の顔を見つめていた。彼女の顔は僕に何かを思いださせようとしているように感じられた。彼女の何かが僕の意識の底に沈んでしまったやわらかなおりのようなものを静かに揺さぶっているのだ。しかし僕にはそれがいったい何を意味するのかはわからなかったし、言葉は遠い闇の中に葬られていた。

 つまり、〈僕〉の意識の底に沈んでいるもの、無意識の世界にあるものが、〈彼女の何か〉によって静かに揺さぶられている。脚本はこのような揺れる瞬間を場面として切り取っていく。もちろん、舞台という性質上、詳細に示されることはないのだが。


 冒頭場面の後で「ワンダー」パートが始まる。〈私〉(藤原竜也)は、「シャフリング」を開発した博士の孫娘、ピンク色の服を着た女性(富田望生)によって地下にある博士の研究所に連れて行かれる。その後〈私〉は図書館で司書の女性(森田望智、一人二役)に出会うことになる。このように、小説の中の重要なシーンが的確に脚本化されて、舞台で演出されていた。


 先ほどの引用で高橋氏は、原作の「世界」パートの〈僕〉は〈影と切り離され、次第に自分らしく感じることができなくなっていく〉、「ワンダー」パートの〈私〉は〈ある地点〉から〈心を閉ざした孤独な生活をしている〉と延べている。この〈ある地点〉での出来事が重要なのだが、原作でも舞台でも、当初はそれが明示されることはない。「ワンダー」パートでは最後まで全く語られることがなく、「世界」パートでは次第におぼろげに示されるだけである。

 この点について、原作小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の言葉を使って説明したい。

 「世界」パートの最初の章「金色の獣」には〈僕が最初にこの街にやって来た頃〉という記述だけがある。〈僕〉は〈街〉でしばらく過ごした後で、門番の〈ここは世界の終わりなんだ〉という言葉を受けて、次のように考える。

 世界の終わり。
 しかしどうして僕が古い世界を捨ててこの世界の終りにやってこなくてはならなかったのか、僕にはその経緯や意味や目的をどうしても思いだすことはできなかった。何かが、何かの力が、僕をこの世界に送りこんでしまったのだ。何かしら理不尽で強い力だ。そのために僕は影と記憶を失い、そして今心を失おうとしているのだ。

 つまり、〈僕〉が何のためにどのようにして〈街〉にやってきたかという理由や経緯は不明である。〈僕〉にとっての〈君〉という存在の意味も明示されない。そのような設定があり、〈僕〉は〈僕〉と図書館の女性〈君〉がかつての記憶、そして〈心〉を取り戻そうとする過程が「世界」パートの中心的なモチーフとなる。小説「世界」パートの16章の「冬の到来」でやっと、図書館司書の〈君〉が四歳と一七歳の時の出来事の記憶ををかすかに思い出すことになる。

 これに対して中編小説『街と、その不確かな壁』(以下中編『街』と略記)では、この〈ある地点〉は、〈僕〉が〈十八歳の夏〉の時に〈川縁の草の上〉で〈君〉が〈本当の私が生きているのは、その壁に囲まれた街の中〉と言う地点に該当する。なお、長編小説『街とその不確かな壁』(以下長編『街』と略記)では〈十七歳〉であり、人称代名詞も〈ぼく〉と〈きみ〉という表記に変わっている。

 中編『街』の〈僕〉はおそらくまだ若者であるころに〈君に会いたかった〉せいで〈壁〉に囲まれた〈街〉に行く。長編『街』では一八歳の少年〈ぼく〉は書籍取次会社に務める中年男の〈私〉になり、四五歳になってまもなく〈穴〉に落ちて〈壁〉に囲まれた〈街〉に入る。〈私〉は〈きみ〉に再開する。失われた〈きみ〉に再開するために、〈私〉が〈壁〉に囲まれた〈街〉に入り込むというのが基本的な設定である。

 つまり、中編『街』と長編『街』では初めから、〈私・僕・ぼく〉は、〈君・きみ〉を失った出来事を覚えていて〈君〉と再開するために意識的無意識的に〈街〉を訪れようとするのだが、「世界」パートの〈僕〉はその記憶を失ったままなぜか〈街〉に入り込んでしまい、次第に記憶をたぐり寄せていく。記憶に対する関わり方が大きな違いとなっている。

    (この項続く)


2026年2月1日日曜日

〈夢読み〉―『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説2

 今日2月1日、舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の東京公演は終わってしまうが、この後、仙台市、名古屋市、西宮市、北九州市でも開催される。座席の種類によってはチケットがまだ取れる公演もあるようだ。

 YouTubeにこの舞台のプロモーション映像があるので紹介したい。


 舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』プロモーション映像 ロングver.



 今回もまた、1980年の『街と、その不確かな壁』、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、2023年の『街と、その不確かな壁』の三つの作品に共通する《街とその不確かな壁》の物語について述べたい。


 この物語を支える中心的なモチーフは〈夢読み〉だと言えるだろう。 〈壁〉に囲まれた〈街〉の〈図書館〉のなかで〈僕〉は〈古い夢〉を読む仕事に就く。 『街と、その不確かな壁』から引用しよう。

 僕は用意された布切れで古い夢につもったぶ厚い埃を拭ってからその表面に手を置き、目を閉じる。五分ばかりで古い夢は目覚め、僕の手は心地良い温もりを感じはじめる。そして彼らはその古い夢を語る。しかし彼らの話る声はあまりに低く、僕にはそれを殆んど聞きとるとともできない。
 彼らは明らかに語ることには慣れていないようだった。まるで長いあいだ見捨てられていた老人のように突然の日差しにとまどい、そして口ごもった。彼らの目覚めは不確かであり、その放つ光は弱く、そして僅かばかりの時が過ぎると再び深い限りの中に落ちこんでいくのだった。


 〈僕〉が〈夢読み〉であることは、三つの作品で共通しているが、その夢が包まれている器は異なる。

  『街と、その不確かな壁』では、〈図書館の書庫には埃をかぶった何千という古い夢〉の〈大きさはテニス・ボールほどのものからサッカー・ボールまで、色あいも多種多様〉で〈形は殆んとが卵型で、手にとってじっくり眺めてみると下半分が上半分に比べて僅かにふくらんで〉いて〈大理石のようにつるりとした手触り〉である。

 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、〈古い夢〉は〈一角獣の頭骨〉の中に〈しみこんで閉じこめられている〉。〈頭骨を正面に向け、両手の指をこめかみのあたりにそっと置〉き、〈骨の額をじっと見る〉と〈頭骨が光と熱を発しはじめる〉ので、〈その光を指先で静かにさぐっていけば〉〈古い夢を読みとることができる〉とされる。

 『街とその不確かな壁』では、〈書庫の棚には数え切れないほど多くの古い夢が並んでいる〉とされ、その形態についての具体的な描写はない。書棚の棚に並んでいるということから、書物のような形をしているのかもしれない。

 つまり〈古い夢〉は、ボールほどの大きさで色あいも多種多様な卵型の形、一角獣の頭骨、書籍のような形、というように作品ごとに異なる。今回の舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、一角獣の頭骨が演出上で重要なオブジェとなっていた。明るく輝く一角獣の頭骨やそれを持ってダンスする演出が目を引いた。


 〈夢読み〉とはどういう行為なのか。2023年の『街とその不確かな壁』ではこう語られている。

 ひとつの夢を読み終えると、しばしの休息をとらなくてはならない。机に肘をついて両手で顔を覆い、その暗闇の中で眼を休めて疲労の回復を待つ。彼らの語る言葉は相変わらずよく聴き取れなかったが、それが何らかのメッセージであることはおおよそ推測できた。そう、彼らは何かを伝えようとしているのだ――、私に、あるいは誰かに。でもそこで語られるのは私には聴き取ることのできない話法であり、耳慣れない言語だった。それでもひとつひとつの夢は、それぞれの歓びや悲しみや怒りを内包しつつ、どこかに吸い込まれていくようだった――私の身体をそのまま通り抜けて。


 〈夢〉は〈何らかのメッセージ〉であるが、〈聴き取ることのできない話法〉によって〈耳慣れない言語〉で語っている。夢独自の話法と言語によるメッセージというロジックは、ジークムント・フロイトの『夢解釈』を想起させる。フロイトによれば、夢は無意識の夢思考のメッセージである。私たちの潜在的夢思考から私たちが実際に見る顕在的夢内容が作られる。

 われわれの目には、夢思考と夢内容とは、同じ一つの内容を違う二つの言語で言い表しているように見える。あるいは次のように言ったほうがよいかもしれない。すなわち、夢内容とは、夢思考を違う表現様式の中へと転移させたもののように思われる。われわれとしては、これらの原本と翻訳とを比べ合わせて、書き換えにあたっての記号法と統語法とを学ばなければならないのである。 (フロイト『夢解釈』第6章夢工作)


 夢独自の話法と言語によって夢思考を夢内容に変換するのが夢工作の過程である。夢解釈はその逆をたどる。夢内容を分析し、その話法と言語を明らかにして、夢思考を構築する。フロイトの実践を読むと、夢解釈は複雑で難しく、忍耐と根気のいる仕事であることがよく分かる。

 《街とその不確かな壁》物語の〈夢読み〉である〈僕〉もまたその困難と向き合い、ひとつひとつの夢の〈歓びや悲しみや怒り〉を受けとめようとして、夢を読みとっていく。

      (この項続く)

2026年1月25日日曜日

〈僕〉と〈影〉―『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』舞台と小説1

 先日、舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の東京公演を見てきた。  

 原作の村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が、脚本高橋亜子、演出・振付フィリップ・ドゥクフレ、主演藤原竜也でホリプロによって舞台化された。


 この日の東京は厳しい寒さが予想されたので、午後1時過ぎに甲府駅を発った。新宿で降りて、SOMPO美術館の開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」を見た。最も好きな画家、中村彝の「頭蓋骨を持てる自画像」と、三十年ぶりほどになるだろうか、再会することができた。佐伯祐三や松本竣介の名作もあった。新宿という場におけるモダンな絵画の歴史を概観できる展覧会だった。

 新宿を後にして池袋に向かった。会場は東京芸術劇場プレイハウス。午後6時半からの開演だった。




 この舞台について語る前にまず、原作について述べたい。

 村上春樹の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は1985年6月の刊行だからすでに四十年を超える年月が経つ。僕は刊行直後に読んで感銘を受けた。単行本で六百頁を超える分量、話者兼人物の「私」が語る「ハードボイルド・ワンダーランド」の章と話者兼人物の「僕」が語る「世界の終り」の章が交互に配列され、全四十章で構成されるなど、本格的で実験的な長編小説だった。現在という時代、東京を舞台とする画期的な作品であり、当時はまだ東京で暮らしていたのでこの小説をリアルタイムで愉しんだ。

 「世界の終り」のパートは『文學界』1980年9月号に発表された中編小説『街と、その不確かな壁』が原型となっている。村上はその「世界の終わり」パートに新たに書いた「ハードボイルド・ワンダーランド」パートを複合させて『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を作った。さらに2023年4月、『街と、その不確かな壁』を書き直して第一章にした上で第二章と第三章を新たに書き加えて、長編小説『街とその不確かな壁』を刊行した。

 つまり、《街とその不確かな壁》の物語は、1980年の『街と、その不確かな壁』、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終わり」パート、2023年の『街とその不確かな壁』と三度にわたって書き直され、書き継がれていった。


 《街とその不確かな壁》物語は三つのヴァージョンがあるが、その共通するあらすじについて簡潔に述べたい。

 一人称の話者兼人物である〈僕〉が、現実とは異なる世界、無意識の領域にある世界、高い〈壁〉に囲まれた〈街〉の世界に入り込む。その際に自身の〈影〉が門番によって引き剥がされる。〈影〉は人の〈心〉を表している。

 舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では冒頭近くで、〈門番〉が〈僕〉から〈影〉を切り落とすシーンが演じられた。小説ではそれまでの過程が語られるのだが、舞台では突然の出来事としての演出効果を狙ったのだろう。〈僕〉とその〈影〉の切断からこの舞台は始まる。


 〈壁〉のある〈街〉ので〈僕〉は〈君〉に再会することができた。そして、古い〈夢〉を読みとる〈夢読み〉の仕事に就く。(この〈君〉は、現実世界で〈僕〉がかつて愛していた少女であり、ある時消え去ってしまったが、〈街〉の世界で図書館で働いているという設定。この〈街〉の世界では〈君〉も〈影〉、〈心〉を失っている)

 〈僕〉は〈君〉の〈心〉を取り戻そうとするが、それは極めて難しい。その試みをめぐる〈僕〉と〈君〉の交流が物語の中心軸となる。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、〈君〉が自らの〈心〉、自らの過去を想起する契機となるのは、母親が口ずさんでいた音階のある言葉すなわち歌であった。また、歌は「世界の終り」パートと「ハードボイルド・ワンダーランド」パートを媒介するものとなる。「ハードボイルド・ワンダーランド」パートの最後では、〈私〉はボブ・ディランの『激しい雨』を聴きながら深い眠りに入る。

 「世界の終り」パートの最後の場面で〈僕〉の〈影〉は、〈僕〉に対して、一緒に〈街〉から脱出しようと提案する。ここが最後の場面となる。〈僕〉はどうするのか。〈僕〉のこの選択が 《街とその不確かな壁》物語の中心的テーマとなる。

 この結末部は三つの作品で異なる。

 〈僕〉と〈君〉はどうなるのか。〈僕〉はどうすればよいのか。〈僕〉は、〈影〉と一緒に現実世界へ戻るのか、それとも〈君〉と一緒に〈街〉の世界で暮らしていくのか、それとも〈影〉とはいったん離れてから単独で現実世界に回帰するのか。その選択によって物語は変化していく。

      (この項続く)

2025年8月10日日曜日

甲斐・甲州・甲府-芥川龍之介・井伏鱒二・太宰治

 近代文学の作家の中で、芥川龍之介、井伏鱒二、太宰治の三人は山梨を訪れ、深い関わりを持った作家の代表的存在である。

 彼らの山梨や甲府の呼称には違いがある。彼らはどう呼んでいたのか。以下、その特徴を示した例を引用したい。呼称には下線を引く。 


 芥川龍之介

・甲州葡萄の食ひあきを致し候 あの濃き紫に白き粉をふける色と甘き汁の滴りとは僕をして大に甲斐を愛せしめ候
        1910(明治43)年10月14日 山本喜誉司宛書簡

・春雨の中や雪おく甲斐の山
        「蛇笏君と僕と」 「雲母」1924(大正13)年3月号
 
 井伏鱒二

・この青梅街道は、新宿角筈を起点にして青梅を過ぎ甲州に通じてゐる。同じやうに甲州街道も角筈から出発し、小仏峠を過ぎて甲州に通じてゐる。この二つの街道は不思議にも――不思議ではないかもしれないが、甲州の石和と酒折の間、甲運村といふところで再び合致してゐる。そしてこの合致点は新宿角筈の繁昌ぶりとは反対にひつそりとした村落だが、人気の荒つぽいといふ点では新宿角筈あたりと変りない。
・街道といふものは個性を持つてゐるのかもしれない。それ以上に街道の交叉点には、特に濃厚な個性が生れるのかもしれない。
        「甲州の話」  「都新聞」1935(昭和10)年1月22-25日

 太宰治

・甲府は盆地である。四辺、皆、山である。

・よく人は、甲府を、「擂鉢の底」と評しているが、当っていない。甲府は、もっとハイカラである。シルクハットを倒さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。きれいに文化の、しみとおっているまちである。
        「新樹の言葉」 『愛と美について』竹村書房  1939(昭和14)年5月刊


 芥川龍之介の 山本喜誉司宛書簡は、第一高等学校の学校行事で甲府に滞在したときのものである。甲府に二泊して、笛吹川で行軍演習を行った。「春雨の中や雪おく甲斐の山」は、山梨出身の傑出した俳人飯田蛇笏に贈った俳句である。芥川は俳句、紀行文、書簡などで「甲斐」という平安時代以来の古称で呼んでいる。

 井伏鱒二は釣りを好み、山梨をよく訪れた。広島生まれだが、山梨を第二の故郷のように思っていた。街道を歩くことも好んだので「甲州街道」という名にも含まれる「甲州」という古風な名で表現している。

 太宰治は昭和13年11月から甲府で暮らし始め、翌年1月に甲府の女性石原美智子と結婚した。「新樹の言葉」は甲府の中心街や甲府城跡(舞鶴城公園)が舞台となっている。昭和14年9月に東京の三鷹に転居したが、その後も、妻の実家の石原家や甲府湯村温泉の旅館明治などに滞在して小説を書いた。昭和20年4月から甲府に疎開し、7月の甲府空襲も経験している。太宰の居住地や生活圏は甲府市内であったことから「甲府」について語っている。

 芥川龍之介の〈甲斐〉、井伏鱒二の〈甲州〉、太宰治の〈甲府〉。各々の呼び方には、三人の作家としての個性や山梨との関わり方が表れている。


 ところで現在の山梨県には、甲府市・甲州市・甲斐市という「甲」のつく名の市が三つある。2004年から2005年にかけての市町村合併で、塩山市、勝沼町、大和村が合併して甲州市、竜王町、敷島町、双葉町が合併して甲斐市が誕生した。また、それ以前から山梨市がある。中央市という市も存在している。山梨の県庁所在地は甲府市であるが、他県の人は甲州市・甲斐市さらに山梨市や中央市と混乱してしまうかもしれない。実にややこしい、というのが正直なところであろう。


 今後このブログでは、芥川龍之介・井伏鱒二・太宰治が甲府について記述した紀行文、小説、書簡などのテクストを取り上げていきたい。甲府や山梨と関わる文学作品を探究することが、〈甲府 文と芸の会〉設立の理由であり、会の活動の目標でもある。

2025年8月6日水曜日

「若者のすべて」の善きもの-小川洋子『サイレントシンガー』[志村正彦LN368]

 『サイレントシンガー』の「完全なる不完全」「不完全さがもたらす善きもの」という表現から志村正彦の歌が思い浮かんできたと前回書いた。今日は志村正彦の作品に即し書いてみたい。志村の歌の場合、この不完全さは表現の欠落や不在として現れている。


 例えば、「若者のすべて」の鍵となるフレーズ。

 ないかな ないよな きっとね いないよな
 会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ


 「ないかな」「ないよな」と「ない」が二つ反復される。しかし、いったい何が「ない」のか。それがわからないまま「きっとね」を挿んで、「いないよな」に続く。

 「会ったら言えるかな」とあるので、誰かと会うことが仮定されている。その誰かは、歌の主体〈僕〉にとって会ったら何を言えるか困惑するような相手、おそらくは恋愛対象のような存在のことだろう。この場面全体が「まぶた閉じて浮かべている」と閉じられていることもその印象を強くしている。

  繰り返される「ないかな」「ないよな」に焦点を当てれば、その「ない」の主語は誰かと再会するという出来事になるかもしれない。つまり、再会することが「ない」という意味になる。あるいは、「い」「ない」に焦点化すれば、その主語は人間になる。恋愛対象のような人間が「いない」ことになる。

 この二行のフレーズは、歌の主体「僕」、その背後にいる作者志村正彦の複雑で陰影に富んだ心象風景を表してるだろう。そしてその繊細な表現が聴き手の心にやわらかく作用していく。小川洋子『サイレントシンガー』の言葉に依拠してこの二行を捉えるなら、不在や否定という不完全な表現をすることが、この歌に「善きもの」をもたらしている。

 再会が「ない」、人が「い」「ない」。出来事の不在、人の不在。どちらにしても、「ない」「いない」という不在や否定の反復によって、不完全な関係を表現している。また、その不在や否定に、「…かな」「…よな」「…ね」「…よな」という〈僕〉の戸惑い示す助詞をつけることによって、曖昧さやある種の迂回が付加され、表現がある種の不完全さを帯びる。

 このような表現によって、「若者のすべて」は完全なる不完全な歌として存在している。「ないかな ないよな きっとね いないよな」という不在や欠落を帯びた不完全なフレーズが、この歌そのものとその聴き手に「善きもの」を与えている。歌詞だけでなく、メロディやリズムにも、抽象的にしか言えないのだが、どこか完全な不完全さを帯びているように聞こえる。儚いがかけがえのない楽曲という感触だ。志村正彦は完全なる不完全を無意識に追い求めたのかもしれない。


 今年の夏はマクドナルドのCM「大人への通り道」篇で「若者のすべて」が使われた。ときどき放送される映像には「♪若者のすべて/フジファブリック」という表示が小さく示されていた。CMの場合は曲名と歌手・バンド名のみが記されるのが基本だから、作者の「志村正彦」の名がなかったことに特に違和感を覚えなかった。志村の名を知ることがなくても、この歌を気に入り口ずさむ人が増えてくるだろう。そして、音源や映像に関心を持つ人もきっと出てくるだろう。ささやかなものかもしれないが、人々に善きものを与えるだろう。


 志村正彦という固有名について思いをめぐらすと、小川洋子『サイレントシンガー』のリリカのことが浮かんできた。

 仮歌の歌手リリカの名が記されることは絶対にない。名は最初から最後まで「ない」ものとして扱われる。リリカの存在もまた「ない」ものようである。しかし、毎日夕方の五時になると、少女が歌う『家路』が町役場から流れてきて、人々はその歌に耳を澄ませる。

 年に二度、7月に「若者のすべて」、12月に「茜色の夕日」が富士吉田市役所の防災無線のチャイムとして、これからもずっと流されてゆくだろうが(それを強く願うが)、遠い未来において、志村正彦という固有名を知る人が少なくなったとしても、あるいは忘れられてしまったとしても(そんなことはないと筆者は確信しているが)人々はこの歌に耳を澄ませるだろう。

 「若者のすべて」は善きものを与え続けるだろう。


2025年8月3日日曜日

「完全なる不完全」「不完全さがもたらす善きもの」-小川洋子『サイレントシンガー』[志村正彦LN367]

 小川洋子の『サイレントシンガー』が志村正彦の歌を喚起させた、と前回書いたが、今回はこの小説の重要なモチーフについて、ストーリーに触れることは最小限にしながら書いていきたい。


 「内気な人々」が「アカシアの野辺」と名付けられた土地に集まって暮らしていた。内気な人々は沈黙を愛していた。十本の指を駆使した指言葉でつつましく会話していた。

 リリカのおばあさんは長年のあいだ雑用係として「アカシアの野辺」で働き、行方不明となった男の子のために人形をいくつも作った。おばあさんはリリカに「人間は、完全を求めちゃいけない生きものなのさ」「余分、失敗、屑、半端、反故、不細工……。そういう、不完全なものと親しくしておかなくちゃ」と答える。人形の材料はすべて野辺で手に入れた不完全なものだった。

 おばあさんは、野辺で売っているお菓子にはわざと小さな「不完全」をしのばせてあるという内緒話もする。この「不完全」というのは、例えば、星形バタークッキーの詰め合わせの中に一つだけヒトデ形が混じっている、という程度のたわいないものだったが、おばあさんはその「不完全」が「ささやかな幸運の印」であり、「野辺の人たちは、完全なる不完全を目指している」と格言めいたことを言う。


 リリカはおばあさんに育てられ、歌うことを覚えていく。リリカの歌はどこからともなく評判となり、仮歌の仕事が入るようになった。ケーブルテレビ局のテーマ曲、コンペに出すアイドルソングなど地味な仕事ばかりだったが、リリカに不満はなかった。依頼者が望む声を差し出して、どんなふうにでも歌うことができた。歌に正解はないからだ。それでもときに、依頼側の理想に応えられないで責められることもあった。

 話者はリリカの内部の声を次のように語る。その箇所を引用する。


 そういう時は、歌は自在に姿を変えられる風なのだから、自分を空っぽにして、その風に身を任せていればいい、と言い聞かせ、一度深呼吸をした。胸を満たすのは野辺の沈黙だった。すると自然に、再び声があふれ出てきた。

 自分の歌はどこへ消えてゆくのだろう。スタジオからの帰り、車を運転しながら時折考えた。自分の歌はお手本などと高われるほど立派なものではない。鬱陶しがられないよう、本物の歌手の耳元に潜み、もし必要なら、行き先をほんのわずか照らして差し上げましょうか、とささやくだけだ。レコーディングが終われば、仮歌はもう必要ない。それ以前に、選ばれなかった無数のパターンの仮歌は既に捨てられている。ひととき存在したわずかな証拠も残さないまま、蒸発している。

 料金所の彼が忘れ去られた文字を蘇らせるように、仮歌の痕跡をたどる何ものかが、この世界にはいるのかもしれない。不完全さがもたらす善きものを、受け止めようとする誰かが。


 「自分の歌はどこへ消えてゆくのだろう」という問いかけは、仮歌の歌手リリカの固有のものである。仮歌が存続することはない。仮歌は常に既に捨てられ、消えていく。それでも、「不完全」な仮歌の痕跡をたどる聴き手がこの世界にいるかもしれない。その聴き手は「不完全さがもたらす善きもの」を受け止めようとするだろう。リリカは仮歌の歌手であり、本物の完全な歌手からすると不完全な存在である。それでもその不完全な歌手は痕跡として在り続けるだろう。

 「野辺の人たち」が目指している「完全なる不完全」とはどういうものか。「完全」と「不完全」は対立する概念である。その二つを結びつけた「完全」「なる」「不完全」という表現は矛盾しているとも言えるが、「不完全」なものを「不完全」なものとして内包したまま、そのままに、「完全」なものとなっていく過程を示した表現だと考えてみたい。「完全なる不完全」なものが人に「善きもの」を与えることができる。


 この「不完全さがもたらす善きもの」という表現について考えているうちに、志村正彦・フジファブリックの作品が思い浮かんできた。完成された彼の歌は、声も言葉も歌い方も完全な水準に達している。しかし、その完全のなかにはある種の不完全が痕跡のようにして刻み込まれている。そして、その不完全さが聴き手に「善きもの」をもたらしている気がする。

                          (この項続く)


2025年7月20日日曜日

「若者のすべて」のチャイムと小川洋子『サイレントシンガー』の冒頭シーン[志村正彦LN366]

 今年も、志村正彦の誕生日をはさむ7月7日から13日まで、富士吉田の防災行政無線の夕方6時のチャイムが志村作詞・作曲のフジファブリック「若者のすべて」に変更され、その音が市内に響いた。

 その映像がYouTubeで流されたり、SNSで語られたりした。夏7月の「若者のすべて」と冬12月の「茜色の夕日」は富士吉田の風物詩とも言えるチャイムとなっている。7月と12月をあわせて、今回で28回目を迎えるという。


 6月30日、小川洋子の『サイレントシンガー』(文藝春秋)が刊行された。六年ぶりの原稿用紙400枚の長篇小説。早速手に入れて、一日かけてゆっくりと読んでいった。




 冒頭のシーンを読んでいくうちに、志村正彦のチャイムのことが浮かんできた。長くなるが引用したい。(ちなみに、この箇所を含む部分が発行元の「試し読み」に掲載されている)   


 毎日、夕方の五時になると、町役場から流れる『家路』が、山の中腹に広がるE-5地区にまで聞こえてくる。

響きわたる  鐘の音に
小屋に帰る  羊たち

 歌声は、麓を伝い、稜線を越え、森を抜けてくる間に、遠のいたり渦を巻いたり途切れ途切れになったりする。それでも、歌っているのは小さな女の子だ、というのは分かる。

夕日落ちた  ふるさとの
道に立てば  なつかしく

 一音一音、何の迷いもなく、のびやかに空中に広がってゆく。目を見開き、両手を脇にぴたりとつけ、爪の先まで真っすぐにのばして歌っている姿が、目に浮かんでくる。

ひとつひとつ 思い出の
草よ花よ 過ぎし日よ
過ぎし日よ

 まだ十分な厚みを持っていない舌のせいで、言葉の端々にあどけなさが漂っている。きっと、過ぎし日、などという言葉の意味も知らないに違いない。


 「若者のすべて」の歌詞を知るものなら誰でも、冒頭の一行から「夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて」という一節を想い出すのではないだろうか。

 ある町に夕方五時に流れる「家路」は、ドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」第2楽章のメロディに弟子の音楽家ウィリアム・フィッシャーが歌詞を付けた「Goin' Home」を、文学者・作詞家の野上彰が翻訳したものである。この曲の歌詞では、堀内敬三「遠き山に日は落ちて」の方が親しまれているが、他のヴァージョンもたくさんあり、宮沢賢治の歌曲「種山ヶ原」はその最も初期のもののようだ。

 この小説では「家路」は町役場が録音したテープで流されている。富士吉田の「若者のすべて」も、期間は限定されているが、市役所の無線のチャイムとして放送されている。「家路」も「若者のすべて」も、その町その市の人々に親しまれている。


 繰り返し再生されて録音が古びてしまったせいなのか、あるいは元々そうなのか、『家路』は町の役場よりももっと遠いどこかから、長い時間を経てはるばる届いているかのような錯覚を呼び起こす。皆をここではないどこかへ帰りたい気持ちにさせる。そこが心休まる場所であろうと、なかろうと、そもそも帰るべき場所がどこなのか分からなくとも、とにかく家路につく時が訪れたのだ。
 歌声は、帰る、というそこはかとなく心細い歩みに寄り添う。先頭を羊たちが導き、最後尾を歌声が見守る。それなのに、この歌をうたっているのが誰なのか、知っている者はいない。知ろうとする者さえいない。


  「家路」の録音テープは、町の「皆をここではないどこかへ帰りたい気持ちにさせる」が、「この歌をうたっているのが誰なのか」を知っている者も知ろうとする者さえもいない。やがて、この『家路』を歌っている小さな女の子が「リリカ」であることが明かされる。小川洋子はリリカの一生を静謐な声で語ってゆく。題名の「サイレントシンガー」、沈黙の歌い手という矛盾する言葉の組み合わせが、この小説の本質をかたちづくる。


 「家路」の歌詞には「響きわたる  鐘の音に」「小屋に帰る  羊たち」「夕日落ちた  ふるさとの」「道に立てば  なつかしく」「ひとつひとつ 思い出の」「草よ花よ 過ぎし日よ」という言葉がある。夕方、ふるさとの家に帰る道沿いで草や花を見て、なつかしさにつつまれて過ぎし日を想い出す。

 この歌のモチーフから志村正彦のいくつかの歌を想起した。

 例えば、「若者のすべて」の「街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ/途切れた夢の続きをとり戻したくなって」、「茜色の夕日」の「茜色の夕日眺めてたら/少し思い出すものがありました/晴れた心の日曜日の朝/誰もいない道 歩いたこと」、「陽炎」の「あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ/英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ/また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ/残像が 胸を締めつける」、そして「赤黄色の金木犀」の「赤黄色の金木犀の香りがして/たまらなくなって/何故か無駄に胸が/騒いでしまう帰り道」。


 〈帰りを急ぐ〉〈途切れた夢の続き〉〈茜色の夕日〉〈少し思い出すもの〉〈あの街並〉〈残像〉〈金木犀〉〈帰り道〉、一連の風景やモチーフが志村の世界を貫いている。

 彼の歌の中心に、〈故郷に帰る〉、そして矛盾するようではあるがその逆の〈故郷に帰ることができない〉という心のあり方を感じる。

 小川洋子の『サイレントシンガー』、「家路」の歌詞、リリカの歌声は、このような志村正彦の歌を喚起させた。

                      (この項続く)


2025年7月10日木曜日

志村正彦と飯田龍太の「陽炎」[志村正彦LN364]

  今日7月10日は志村正彦の誕生日である。1980年、山梨の富士吉田市で生まれた。同じ7月10日に生まれた偉大な俳人がいる。飯田龍太。1920年、山梨の境川村で生まれた。

 六十年を隔てて、志村正彦は飯田龍太と同じ日に誕生した。時代も表現形式も一般的な知名度も異なるこの二人を同一の誕生日ということでエッセイの俎上に載せることに違和感を持つ方もいるかもしれないが、山梨の四季の風景に触発されてきわめて優れた言葉を紡ぎ出したことから、今日はこの二人の「陽炎」を表現した作品について書きたい。


 志村正彦・フジファブリックの「陽炎」は夏の名曲である。2003年の作。

 詩人は、「少年期の僕」の「残像」と「今の自分」にとっての「出来事」を描く二つの系列によって歌詞を構成している。まず「残像」系列を引用する。

  あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
  英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ
  また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
  残像が 胸を締めつける

 「残像」の系列では、歌の主体「僕」は、過去へ、「あの街並」という場へ、「路地裏の僕」自身へと回帰していく。「英雄気取った」少年期を想起しているうちに「残像」が次々に浮かんでくる。この「残像」はもうすでにそこには残っていないが、消えてしまったにも関わらず、記憶に残り続けている心象や感覚のことであろう。「残像」は執拗に現れて、歌の主体の「胸を締めつける」。 次に、「出来事」の系列を引用する。

  きっと今では無くなったものもたくさんあるだろう
  きっとそれでもあの人は変わらず過ごしているだろう
  またそうこうしているうち次から次へと浮かんだ
  出来事が 胸を締めつける

 「今」、現在という時。「きっと今では」と「きっとそれでも」、「無くなったもの」と「あの人」、「たくさんあるだろう」と「変わらず過ごしているだろう」。対比的な表現によって、複雑な陰翳を帯びた「出来事」が次々と現れて、歌の主体の「胸を締めつける」。「あの人」に焦点化していくが、「あの人」が誰なのかは分からない。歌詞の一節にあるとおり、「あの人」は「陽炎」のように儚く揺れている。

  そのうち陽が照りつけて
  遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる
  陽炎が揺れてる

 最後のパートでは「陽炎が揺れてる」が三度繰り返されるが、歌い方が変化していく。揺れているものが静止していくように感じられる。陽炎は揺れてやがて消えていく。

 残像も出来事も、過去の物語も現在の物語も、揺らめきが消えてゆき、すべてが静けさに包まれる。志村正彦はそのように歌い終えている。


 飯田龍太にも「陽炎」を季語とする名句がある。

 

  陽炎や破れ小靴が藪の中


 1971年の作。第六句集『山の木』に収録されている。

 「陽炎」は春の季語。日光で地面が熱せられ、風景が細かくゆれたりゆがんで見えたりする。「陽炎」が揺らめくなかで、俳人の眼差しが「破れ小靴」に注がれる。「小靴」とあるので子どもの靴だと想像される。履きつくされて擦り切れて破れてしまったのか、「破れ小靴」がなぜか「藪の中」で見つかる。「破れ」たままでそこに在る。そこに在り続けている。しかし、時間の経過とともに朽ちはてていくようでもある。

 俳人はある痛みの感覚を持ってその「破れ小靴」を見つめている。時の流れについても儚さや痛ましさやを感じている。飯田龍太は三十六歳の時に五歳の次女を病臥一夜にして失う。この句にはその次女の面影が宿っているという説がある。俳人の眼差しには深い哀しみが込められているとも考えられる。

 「藪の中」はありのままの風景だろうが、この言葉は芥川龍之介の小説「藪の中」も想起させる。「破れ小靴」そのものが謎めいた物であり、謎の迷宮の中に陽炎のように存在しているとも考えられる。生と死に対する問いかけがあるのかもしれない。

 また、切れ字の「や」、「破れ」の「や」、「藪」の「や」という「や」の連鎖と「やぶ」音の反復が独自の韻律をつくる。さらに「の中」という語法を伴うことによって、音がループする感覚を奏でている。


 志村正彦の眼差しは少年期の「胸を締めつける」「残像」に、飯田龍太の眼差しは子どもの「破れ小靴」に注がれている。表現された世界は異なるが、胸が締めつけられるような痛みの感覚が共通している。そして、「陽炎」が揺れはじめる。生と死、過去と現在の迷宮のなかに表現主体が包み込まれる。


 今日は7月10日。志村正彦と飯田龍太。日本語ロックを代表する存在と現代俳句を代表する存在。山梨で生まれた二人の詩人が同一の誕生日である偶然を祝したい。