2026年7月12日日曜日

志村正彦と映画(2)『モテキ』『虹色デイズ』『ここは退屈迎えに来て』『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』[志村正彦LN386]

 志村正彦は生前に二つの映画のエンディング曲を作った。『スクラップ・ヘブン』(李相日監督)の「蜃気楼」と『悪夢探偵』(塚本晋也監督)の「蒼い鳥」である。

 志村が亡くなった後も、彼の作品は映画監督の心を捉え、主に劇中歌として使われてきた。2011年の映画『モテキ』(大根仁監督)のオープニング曲「夜明けのBEAT」、2018年の映画『虹色デイズ』(飯塚健監督)の劇中歌「虹」、2018年の映画『ここは退屈迎えに来て』(廣木隆一監督)の劇中歌「茜色の夕日」、2024年の映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』(三木孝浩監督)の劇中歌「若者のすべて」である。

 今回はそれぞれの予告編を紹介た上で、監督たちが志村の歌を起用した理由や経緯について振り返りたい。『モテキ』『虹色デイズ』『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』では志村正彦・フジファブリックのオリジナル音源が使われ、志村の声が聞こえてくる。『ここは退屈迎えに来て』は主題歌の『Water Lily Flower』(作詞・作曲:山内総一郎)である。


2011年 映画『モテキ』(大根仁監督)
オープニング曲 「夜明けのBEAT」
(詞・曲:志村正彦)



  映画『モテキ』のオープニング。藤本幸世(森山未來)が、松尾みゆき(長澤まさみ)桝元るみ子(麻生久美子}愛(仲里依紗)唐木素子(真木よう子)たちがが担ぐ神輿に乗り音頭を取るシーンで、志村正彦の歌う「夜明けのBEAT」が勢いよく流れる。

 大根仁監督が「アールオーロック」の《対談!「マンガ『モテキ』」久保ミツロウVS「ドラマ『モテキ』」大根仁》という記事で、〈"夜明けのBEAT"って曲の歌詞と、曲と、『モテキ』の内容とのシンクロ具合っていうのに、もう、「うわあ……」って。鳥肌立ちましたよ、最初に聴いた時。で、「もうこれしかないな」っていうか〉と述べている。 確かに、ドラマ・映画『モテキ』の世界と「夜明けのBEAT」の歌詞の間にシンクロが感じられる。『モテキ』の主人公「藤本幸世」と「夜明けのBEAT」の主体「僕」(作者志村正彦の分身だろう)には似た感性がある。


2018年 映画『虹色デイズ』(飯塚健監督)
劇中歌 フジファブリック 「虹」
(詞・曲:志村正彦)



 映画『虹色デイズ』では冒頭シーンで「虹」が流れる。二分半ほどの間、志村の声が聞こえてくる。四人の男子高校生がプールに飛び込む場面に続いて、なっちゃん(佐野玲於)が杏奈(吉川愛)と偶然を装って出会うために自転車のペダルを全力で漕ぐ。駅で二人が視線を交わす場面で「虹」は終わるが、歌詞と曲調がドローンによる映像の動きと融合している。

 飯塚健監督が「ナタリー」で「虹」を使用した理由について〈撮っている中でフジファブリックの「虹」は合いそうだというのが直感的にあって、現場でずっと聴いてたんです〉と述べている。監督には最初から強い「直感」があったようだ。現場でずっと聴き続けていたせいか、結果として、この「虹」のリズムが映画全編を通して響き続けているように思える。また、球技大会の場面で「バウムクーヘン」が使われている。


2018年 映画『ここは退屈迎えに来て』(廣木隆一監督)
劇中歌 「茜色の夕日」(詞・曲:志村正彦)
主題歌 『Water Lily Flower』(詞・曲:山内総一郎)



 映画『ここは退屈迎えに来て』で「茜色の夕日」が劇中歌として最初に登場するシーンは、早朝、あたし(門脇麦)が歩きながら「誰か 誰でもいいんだけど」と叫ぶところである。(このシーンが予告編に入っている)この後で門脇麦が唐突に歌い出すのが「茜色の夕日」。さらに最後に近いシーンで、新保(渡辺大知)サツキ(柳ゆり菜)椎名(成田凌)私(橋本愛)の順番でリレーのようにして歌っていく。この映画では志村正彦の音源は使われていない。主題歌のフジファブリック『Water Lily Flower』(作詞・作曲:山内総一郎)の方は主にエンディングテーマで流れる。この曲は綺麗なメロディラインを持っている。

 廣木隆一監督は「茜色の夕日」を使った理由を映画公式webの「Director's interview」で、〈何より名曲ですし、あの時代を生きた彼らが共有している記憶でもあり、歌詞が彼らの気持ちを代弁しているような使い方をさせてもらいました〉と語っている。登場人物の各々が人生や恋愛の行き詰まりを感じている。その想いを「茜色の夕日」に重ね合わせているのだろう。



2024年 映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』(三木孝浩監督)
劇中歌 フジファブリック 「若者のすべて」
(詞・曲:志村正彦)

             ティーザー予告編 - Netflix



 Netflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』では冒頭の病院屋上シーンから、『若者のすべて』のアレンジされたメロディが流れる。この美しく繊細なメロディは劇中で時々流れる。通奏低音のように全篇を貫いている。 秋人(永瀬廉)が春奈(出口夏希)が入院している病院に「毎日来るよ 毎日来るから」と約束し、春奈が「うん 待ってる 毎日待ってる」と応える場面の直後から、志村正彦の歌による「若者のすべて」が聞こえてくる。エンディングではヨルシカのsuis による『若者のすべて』のカバーが流れる。

 三木孝浩監督はSTARDUSTのインタビューで〈プロデューサーからフジファブリックの「若者のすべて」を提案してもらいました〉〈志村さんが亡くなられた後もみんなが歌い繋げてきたという部分と、秋人と春奈の2人の思いをその先に生きていく人が引き継いでいく部分と同じだなと思う側面があって「これだ!」と思いました〉、WEBザテレビジョンでは〈志村さんは29歳の若さで亡くなっています。それでも、彼の音楽はいろんな人がカバーしていますし、引き継がれている。それがこの作品の“残す者、残される者”という部分にリンクしている〉と述べている。つまり、志村正彦は亡くなったが作品は引き継がれている、という現実を強く意識し、その現実をこの映画の“残す者、残される者”という重要なモチーフと結びけたことを率直に述べている。そのような意図があったからこそ、志村の声によるオリジナル音源を劇中歌としたのだろう。


 映画以外のドラマやアニメでは、2013年のドラマ『SUMMER NUDE』の劇中歌に「若者のすべて」、2016年のアニメ『バッテリー』のエンディング曲に「若者のすべて」(anderlustによるカバー)、2016年のドラマ『プリンセスメゾン』に「茜色の夕日」、そして最近放送された2026年のアニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』第10話の劇中歌に「茜色の夕日」が使われている。やはり、「茜色の夕日」と「若者のすべて」に集中している。


 志村が存命の頃は映画監督とコラボレーションして素晴らしいエンディング曲を作った。志村亡き後はそれは不可能となったが、志村の歌の言葉は映像を喚起させ、物語を想像させる。その抜群の喚起力と想像力が映画監督を魅了するのだろう。

 また、『ここは退屈迎えに来て』では「茜色の夕日」を、『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』では「若者のすべて」を、虚構の人物ではあるが登場人物たちが歌やメロディを口ずさむ設定となっている。このことは、「茜色の夕日」や「若者のすべて」がこの二十年ほどの時代を代表する名曲として認知されていることを示している。


 今回の文のために、李相日監督、塚本晋也監督、大根仁監督、飯塚健監督、廣木隆一監督、三木孝浩監督の言葉を振り返ったが、あらためて、志村正彦の人と作品が映画監督たちにとても愛されていることが伝わってきた。


0 件のコメント:

コメントを投稿