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2026年8月10日月曜日

「若者のすべて」のターニングポイント 4600枚から1億回を超えて[志村正彦LN388]

 8月6日放送のTBS『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第27回で注目したのは、「若者のすべて」の2007年発売当初の売り上げ枚数が約4600枚(オリコン調べ)という数字が示されたことだ。

 これは初めて知る数字だった。この点に関して生成AIのGoogle Geminiに質問した。その回答を示したい。


フジファブリック「若者のすべて」(2007年11月7日発売)のシングルCDは、発売当時はオリコン週間チャートで最高30位を記録しました。(ORICON NEWS)

当時の音楽市場やインディーズからメジャーにかけての推移、またオリコンの週間TOP200圏内への登場週数が3週であったことなどから、発売時の初動売上および当時の累計売上はおよそ数千枚〜1万枚程度(一般的に当時のオリコン30位前後の初動は数千枚規模)と推測されます。

発売当時は大ヒットチャートのトップを飾るような爆発的なセールスを記録したわけではありませんでしたが、その後、多くのアーティストによるカバーや音楽教科書への掲載、CMや映画での起用、そして近年ではストリーミング再生が1億回を突破するなど、時代を越えて日本の「夏の終わりを告げるアンセム」として広く深く愛され続けています。


 この回答は〈数千枚〜1万枚程度〉という推測であり、〈約4600枚〉という数字が示されたわけではなかったが、おおむね同程度の数字である。この数字をどう評価するか、Geminiにさらに質問した。その回答。


当時のインディーズ~ミドル層バンドを取り巻く状況:フジファブリックは2004年にメジャーデビューを果たしていましたが、当時のインディーズおよびミドル層のロックバンドがシングルCDをリリースした際の実態は次のようなものでした。

・プロモーションと流通の限界: 現在のようにサブスクリプションによるバイラルヒット(SNSを起点とした拡散)が存在しない時代、楽曲が広く知られる主要なルートは「ラジオのパワープレイ」「音楽番組」「タイアップ」などに限定されていました。

・固定ファンと一般層のギャップ: ライブ動員力や音楽ファンの間での高い評価(批評的な評価)と、一般大衆によるCDの購買行動が必ずしも直結していませんでした。そのため、コアファン層が発売初週に購入した分が初動のメインとなり、数千枚規模の売上着地となるのが標準的なモデルでした。

このように、「30位前後で数千枚」という数字は、CDパッケージの需要がシュリンクしていた2007年当時の市場構造において、中堅・実力派ロックバンドのシングルが記録する現実的かつ典型的なスケールを示しています。


  2007年当時のフジファブリックは、Geminiが言うように〈ライブ動員力や音楽ファンの間での高い評価〉があったが、まだまだ〈コアファン層〉が支持するバンドだったのだろう。約4600枚という当時の数字は妥当なものかもしれない。


 さらに、〈近年ではストリーミング再生が1億回を突破する〉という点の根拠についてGeminiに質問したところ、次のデータが示された。


  達成データ概要

・発表日: 2024年11月20日(オリコン発表)  

・対象ランキング: オリコン週間ストリーミングランキング(2024年11月25日付、集計期間:2024年11月11日〜11月17日)  

・記録: 累積再生数 100,199,177回(約1億19.9万回)を記録し、自身初となるストリーミング1億回再生を達成。  

・週間の状況: 当該週の週間再生数は 764,123回 を記録。  

 2007年のシングル発売から長きにわたって愛され続け、配信開始以降も多くのリスナーに聴かれ続けたことで、発売から17年を経てストリーミング総再生数1億回の大台に到達しました。


 つまり、2007年11月「若者のすべて」リリース時のCD売上枚数の約4600枚だったが、2024年11月にはストリーミング再生回数1億回を超えたことになる。CD売上枚数とストリーミング再生回数は同列では比較できないが、数値として単純化すると4600から100,000,000を超える数に上昇した。現在もさらにその数を伸ばしていることだろう。 

  志村正彦は、「Talking Rock!」2008年2月号のインタビュー(文・吉川尚宏氏)で、『若者のすべて』について、歌詞のテーマ、制作の過程、リリース後の状況についてこう述べている。


“○○だぜ! オレはオレだぜ!”みたいなことを言うと、今の時代は、微妙だと思うんですよ。だけど、“ないかな/ないよな”という言葉から膨らませると、この曲は化けるかもしれない! そう思って制作を再スタートさせて、精魂込めて作った曲なんだけど………なんていうか……こう……自分の中で、達成感もあるし、ターニングポイントであることには間違いないんです。すべてに気持ちを込めたし、だから、よし!と思ってリリースしたんだけど、結果として、意外と伝わってないというか……正直、その現状に、悔しいものがあるというか…


 TBSの番組でも「グッとフレーズ」とされた“ないかな/ないよな”の部分が、この歌詞の中心にあることが分かる。志村はこのフレーズを含む歌詞に達成感を感じ、フジファブリックとしての「ターニングポイント」となる曲だと認識していたが、この作品が意外と伝わってない当時の状況に悔しさを抱いていたようである。


 2007年11月の「若者のすべて」リリースからすでに19年が経つ。

 この年月を振り返ると、当時の志村正彦・フジファブリックのコアファンに加えて、TBS番組の指摘したような大物アーティストたち、ロックやポップスのファン、一般の音楽ファンと多様な聴き手に広がっていった軌跡が見えてくる。要するに、聴き手を限定しない、普遍性のある歌として人々に聴かれ、そして愛されたきた。

 そのような意味で時のゆるやかな流れと共にではあるが、志村自身が確信していたように、「若者のすべて」は、作品のきわめて高い完成度と共に、志村正彦・フジファブリックの知名度を格段に上げ、日本語ロックの歴史に残る傑作という点において、まさしく「ターニングポイント」となった作品である。


2026年8月9日日曜日

「若者のすべて」第9位 『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第27弾[志村正彦LN387]

  8月6日、TBSの歌詞特化型音楽番組第27回『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』3時間スペシャルが放送された。今回は「夏に心をアツくさせてくれるグッとフレーズ」!というテーマで1万人が選ぶ珠玉のグッとフレーズTOP30が選ばれた。

 この番組の夏歌の特集ではここ数年、志村正彦・フジファブリックの「若者のすべて」がランクインしているので、今回はどうなるのかという関心があった。

 結果は9位だった。10位までは次の通りである。

第1位:真夏の果実 サザンオールスターズ
第2位:青と夏 Mrs. GREEN APPLE
第3位:夏色 ゆず
第4位:真夏の夜の夢 松任谷由実
第5位:シーズン・イン・ザ・サン TUBE
第6位:波乗りジョニー 桑田佳祐
第7位:青い車 スピッツ
第8位:夏の日の1993 class
第9位:若者のすべて フジファブリック
第10位:飛行艇 King Gnu

 「真夏の果実」サザンオールスターズ、「夏色」ゆず、「真夏の夜の夢」松任谷由実、「シーズン・イン・ザ・サン」TUBEは間違いなくベスト5に入るだろうが、「若者のすべて」も5位までに入るのではないだろうか。このリストを見てそういう思いにとらわれた。


 この番組で「若者のすべて」が紹介された部分を再現したい。


ナレーター:9位は夏の終わりの花火大会を描いた名曲

街頭インタビュー:30代女性 学生の頃の甘酸っぱい初恋の気持ち 胸がキュッとなって めちゃめちゃいい! 青春を思い出す

 この後、「若者のすべて フジファブリック ユニバーサル ミュージック」というテロップが表示され、志村正彦が登場するミュージックビデオの映像が流れた。

ナレーター:夏の最後の花火大会で好きな人と偶然出会えるかも、そんな淡い期待を抱く主人公の心情を綴った「グッとフレーズ」

テロップ:――グッとフレーズ――
ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ
                                作詞 志村正彦

街頭インタビュー:40代女性 好きだった男の子を花火大会に誘えなかったけど もしかしたら来ているかと探していた記憶を思い出すのでとても懐かしい。 

ナレーター:そして曲が進むと、主人公に嬉しい展開が

テロップ:――グッとフレーズ――
ないかな ないよな なんてね 思ってた
まいったな まいったな 話すことに迷うな
                                作詞 志村正彦

ナレーター:どうせいないと思っていた好きな人とまさかの遭遇

街頭インタビュー:40代男性 自分の経験とまさにリンクしていて 花火大会で好きな女の子と会うことができたけど実際会ってみたら何も喋れない 「キレイだね」の単純なラリーで終わった

ナレーター:2007年にリリースされた「若者のすべて」実は発売当初、売り上げ枚数は約4600枚ほどで(オリコン調べ)ヒットには至りませんでした。しかし、恋する若者の心のざわめきを見事に表現した歌詞に、大物アーティストたちが大絶賛!槇原敬之さんをはじめ、桜井和寿(Mr.Children)さん、藤井フミヤさんなど多くの一流アーティストたちがカバーしたことで再注目。さらに2024年にはヨルシカのボーカルsuisによるカバーが映画の主題歌になったことで、多くの若者たちにも刺さったんです。

 この後、suis from ヨルシカ「若者のすべて」のMV(2024年Netflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』主題歌)が流れ、「若者のすべて」パートが終わった。4分30秒ほどの時間だった。


 今回の番組で注目したのは、「若者のすべて」の2007年発売当初の売り上げ枚数が約4600枚(オリコン調べ)という数字が示されたことだ。これは初めて知る数字だった。次回、この点について考えてみたい。


2026年7月12日日曜日

志村正彦と映画(2)『モテキ』『虹色デイズ』『ここは退屈迎えに来て』『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』[志村正彦LN386]

 志村正彦は生前に二つの映画のエンディング曲を作った。『スクラップ・ヘブン』(李相日監督)の「蜃気楼」と『悪夢探偵』(塚本晋也監督)の「蒼い鳥」である。

 志村が亡くなった後も、彼の作品は映画監督の心を捉え、主に劇中歌として使われてきた。2011年の映画『モテキ』(大根仁監督)のオープニング曲「夜明けのBEAT」、2018年の映画『虹色デイズ』(飯塚健監督)の劇中歌「虹」、2018年の映画『ここは退屈迎えに来て』(廣木隆一監督)の劇中歌「茜色の夕日」、2024年の映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』(三木孝浩監督)の劇中歌「若者のすべて」である。

 今回はそれぞれの予告編を紹介た上で、監督たちが志村の歌を起用した理由や経緯について振り返りたい。『モテキ』『虹色デイズ』『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』では志村正彦・フジファブリックのオリジナル音源が使われ、志村の声が聞こえてくる。『ここは退屈迎えに来て』は主題歌の『Water Lily Flower』(作詞・作曲:山内総一郎)である。


2011年 映画『モテキ』(大根仁監督)
オープニング曲 「夜明けのBEAT」
(詞・曲:志村正彦)



  映画『モテキ』のオープニング。藤本幸世(森山未來)が、松尾みゆき(長澤まさみ)桝元るみ子(麻生久美子}愛(仲里依紗)唐木素子(真木よう子)たちがが担ぐ神輿に乗り音頭を取るシーンで、志村正彦の歌う「夜明けのBEAT」が勢いよく流れる。

 大根仁監督が「アールオーロック」の《対談!「マンガ『モテキ』」久保ミツロウVS「ドラマ『モテキ』」大根仁》という記事で、〈"夜明けのBEAT"って曲の歌詞と、曲と、『モテキ』の内容とのシンクロ具合っていうのに、もう、「うわあ……」って。鳥肌立ちましたよ、最初に聴いた時。で、「もうこれしかないな」っていうか〉と述べている。 確かに、ドラマ・映画『モテキ』の世界と「夜明けのBEAT」の歌詞の間にシンクロが感じられる。『モテキ』の主人公「藤本幸世」と「夜明けのBEAT」の主体「僕」(作者志村正彦の分身だろう)には似た感性がある。


2018年 映画『虹色デイズ』(飯塚健監督)
劇中歌 フジファブリック 「虹」
(詞・曲:志村正彦)



 映画『虹色デイズ』では冒頭シーンで「虹」が流れる。二分半ほどの間、志村の声が聞こえてくる。四人の男子高校生がプールに飛び込む場面に続いて、なっちゃん(佐野玲於)が杏奈(吉川愛)と偶然を装って出会うために自転車のペダルを全力で漕ぐ。駅で二人が視線を交わす場面で「虹」は終わるが、歌詞と曲調がドローンによる映像の動きと融合している。

 飯塚健監督が「ナタリー」で「虹」を使用した理由について〈撮っている中でフジファブリックの「虹」は合いそうだというのが直感的にあって、現場でずっと聴いてたんです〉と述べている。監督には最初から強い「直感」があったようだ。現場でずっと聴き続けていたせいか、結果として、この「虹」のリズムが映画全編を通して響き続けているように思える。また、球技大会の場面で「バウムクーヘン」が使われている。


2018年 映画『ここは退屈迎えに来て』(廣木隆一監督)
劇中歌 「茜色の夕日」(詞・曲:志村正彦)
主題歌 『Water Lily Flower』(詞・曲:山内総一郎)



 映画『ここは退屈迎えに来て』で「茜色の夕日」が劇中歌として最初に登場するシーンは、早朝、あたし(門脇麦)が歩きながら「誰か 誰でもいいんだけど」と叫ぶところである。(このシーンが予告編に入っている)この後で門脇麦が唐突に歌い出すのが「茜色の夕日」。さらに最後に近いシーンで、新保(渡辺大知)サツキ(柳ゆり菜)椎名(成田凌)私(橋本愛)の順番でリレーのようにして歌っていく。この映画では志村正彦の音源は使われていない。主題歌のフジファブリック『Water Lily Flower』(作詞・作曲:山内総一郎)の方は主にエンディングテーマで流れる。この曲は綺麗なメロディラインを持っている。

 廣木隆一監督は「茜色の夕日」を使った理由を映画公式webの「Director's interview」で、〈何より名曲ですし、あの時代を生きた彼らが共有している記憶でもあり、歌詞が彼らの気持ちを代弁しているような使い方をさせてもらいました〉と語っている。登場人物の各々が人生や恋愛の行き詰まりを感じている。その想いを「茜色の夕日」に重ね合わせているのだろう。



2024年 映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』(三木孝浩監督)
劇中歌 フジファブリック 「若者のすべて」
(詞・曲:志村正彦)

             ティーザー予告編 - Netflix



 Netflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』では冒頭の病院屋上シーンから、『若者のすべて』のアレンジされたメロディが流れる。この美しく繊細なメロディは劇中で時々流れる。通奏低音のように全篇を貫いている。 秋人(永瀬廉)が春奈(出口夏希)が入院している病院に「毎日来るよ 毎日来るから」と約束し、春奈が「うん 待ってる 毎日待ってる」と応える場面の直後から、志村正彦の歌による「若者のすべて」が聞こえてくる。エンディングではヨルシカのsuis による『若者のすべて』のカバーが流れる。

 三木孝浩監督はSTARDUSTのインタビューで〈プロデューサーからフジファブリックの「若者のすべて」を提案してもらいました〉〈志村さんが亡くなられた後もみんなが歌い繋げてきたという部分と、秋人と春奈の2人の思いをその先に生きていく人が引き継いでいく部分と同じだなと思う側面があって「これだ!」と思いました〉、WEBザテレビジョンでは〈志村さんは29歳の若さで亡くなっています。それでも、彼の音楽はいろんな人がカバーしていますし、引き継がれている。それがこの作品の“残す者、残される者”という部分にリンクしている〉と述べている。つまり、志村正彦は亡くなったが作品は引き継がれている、という現実を強く意識し、その現実をこの映画の“残す者、残される者”という重要なモチーフと結びけたことを率直に述べている。そのような意図があったからこそ、志村の声によるオリジナル音源を劇中歌としたのだろう。


 映画以外のドラマやアニメでは、2013年のドラマ『SUMMER NUDE』の劇中歌に「若者のすべて」、2016年のアニメ『バッテリー』のエンディング曲に「若者のすべて」(anderlustによるカバー)、2016年のドラマ『プリンセスメゾン』に「茜色の夕日」、そして最近放送された2026年のアニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』第10話の劇中歌に「茜色の夕日」が使われている。やはり、「茜色の夕日」と「若者のすべて」に集中している。


 志村が存命の頃は映画監督とコラボレーションして素晴らしいエンディング曲を作った。志村亡き後はそれは不可能となったが、志村の歌の言葉は映像を喚起させ、物語を想像させる。その抜群の喚起力と想像力が映画監督を魅了するのだろう。

 また、『ここは退屈迎えに来て』では「茜色の夕日」を、『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』では「若者のすべて」を、虚構の人物ではあるが登場人物たちが歌やメロディを口ずさむ設定となっている。このことは、「茜色の夕日」や「若者のすべて」がこの二十年ほどの時代を代表する名曲として認知されていることを示している。


 今回の文のために、李相日監督、塚本晋也監督、大根仁監督、飯塚健監督、廣木隆一監督、三木孝浩監督の言葉を振り返ったが、あらためて、志村正彦の人と作品が映画監督たちにとても愛されていることが伝わってきた。


2026年7月10日金曜日

志村正彦と映画(1)『スクラップ・ヘブン』『悪夢探偵』[志村正彦LN385]

 今日7月10日は志村正彦の誕生日である。存命であれば四十六歳。中高年に達し、五十歳も視界に入ってくる年齢だ。永遠の二十九歳のままに人生の円環が閉じられてしまった志村の四十六歳の姿は、やはりうまく想像できない。彼の姿はそのままでただひたすら時が経っていく。

 今年も7月7日から13日まで富士吉田市の防災無線チャイムが「若者のすべて」に変更される。もう恒例の行事となり、この機会に志村の故郷を訪れるファンも少なくない。またこのところ、YBS山梨放送の『YBSワイドニュース』のエンディングテーマとして、JIJIMという山梨出身者が多いインディーズバンドの「若者のすべて」カバー版が使われている。

 すでにこのブログで書いたように、TVアニメ「上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花」第10話で「茜色の夕日」が劇中のエピソードとして取りあげられ、エンディングではインディーズ版の「茜色の夕日」が流れた。公式Xには〈フジファブリック志村正彦さんが作詞・作曲を手掛けられた楽曲をお借りした、特別なストーリーとなっております。〉とあった。

 このように現在でも、志村正彦の歌は映像作品の重要なモチーフとなっている。


 今回は、志村正彦・フジファブリックの作品がオープニング曲、エンディング曲、劇中のモチーフ曲として使われた映画をまとめてみたい。


 志村正彦は、2005年の『スクラップ・ヘブン』(李相日監督)と2007年の『悪夢探偵』(塚本晋也監督)の二つの映画のエンディング曲を創った。李相日監督は映画「国宝」が大ヒットして高く評価されたことで知られている。塚本晋也監督は日本の独立系映画界を代表する映画監督・俳優である。

 『スクラップ・ヘブン』は警察官(加瀬亮)・公衆便所掃除人(オダギリジョー)・薬剤師(栗山千明)の三人が「復讐代行」業を行って社会に対する反抗していくサスペンス映画。『悪夢探偵』は他人の夢の中に入り込める能力を持つ青年(松田龍平)と女刑事(hitomi)が、夢の中で人々が切り刻まれる事件の真相を追うサイコ・サスペンス映画。

 まず、それぞれの予告編を見てほしい。映像の半ばあたりから、志村正彦の声が聞こえてくる。


2005年 映画『スクラップ・ヘブン』(李相日監督)

エンディング曲:フジファブリック 「蜃気楼」




2007年 映画『悪夢探偵』(塚本晋也監督)

エンディング曲::フジファブリック「蒼い鳥」




 李相日監督が志村に『スクラップ・ヘブン』のエンディング曲を依頼して、志村が制作していった過程については、映画のパンフレット(オフィス・シロウズ、2005/10/8)掲載の「DIALOGUE  李相日×志村正彦(フジファブリック)」という対談に重要なコメントがある。志村は李監督とメールでやりとりしてエンディング曲を作り上げていったようだ。

李  具体的に何を書いたのか覚えていないけど、「この映画って、見終わってはてなマークが出る人が大勢いるだろうから、そこを曲でカバーしてください」みたいなお願いのしかたでしたよね、確か。エンディングの画が終わったら、そこから先は別ものっていう考え方の監督もいるけど、僕はエンディングテーマもひっくるめて一本の映画というふうにしたくて。エンドロールって、映画の余韻を味わったり振り返ったりするコーヒータイムみたいなものだと思うんです。

志村 読後感っていうんですか、そういう「映画を見終わった感」が出せればいいなと思って、同時に曲単体でもいいものを作りたかった。結果的にはその両方ができてよかったなと。


 志村は、映画鑑賞後の感覚にふさわしい作品であるとともに曲単体でも優れた作品を作りたかったようだ。志村はこの映画と自身の生活や夢での出来事との共通点についてもこう語っている。

志村 僕自身、「こうなったらいいな」とか「こうならなくてよかったな」とか思うことが、実際の生活の中でも夢の中でもよくあるんですけど、そのふたつって紙一重だと思うんですよね。どっちに踏み出すかによって結果が変わってくるんだけど、『スクラップ・ヘブン』にはその両方が描かれているというか。ヒーローになりたい気持ちがありながら、逆の方向に転んでしまったり。そういう紙一重なところが、普段僕が考えていることと通じる気がしました。

 李監督が「見終わってはてなマークが出る人が大勢いるだろうから」と述べたのは、志村正彦の捉え方に倣えば、絶望と希望あるいはそのどちらともいえない「紙一重」の状況があるからだろう。そのような映画であるゆえに李監督は志村にエンディング曲を依頼した。重大な使命が志村に課せられたわけだが、このプロジェクトは成功した。


 塚本晋也監督が志村に『悪夢探偵』のエンディング曲を依頼した経緯は、「赤富士通信」第壱拾壱号のインタビュー記事に書かれている。志村は「塚本監督とも色々話して?」という問いに対してこう答えている。

志村「そうですね。監督からオファーが来た経緯っていうのは、フジファブリックが前に担当した、映画『スクラップ・ヘブン』のエンディングテーマ『蜃気楼』を塚本監督が聞いて"このバンドにお願いしたい”ってことで、むしろ 『蜃気楼』をこの映画に使いたかったぐらい、その曲が好きだったみたいで、 それでフジファブリックにオファーが来たんです。…」 

 つまり、『スクラップ・ヘブン』のエンディング曲「蜃気楼」がきっかけとなって、『悪夢探偵』のエンディング曲「蒼い鳥」が生まれたわけである。

 塚本監督は志村の類い希な才能を見抜いた。そして、自らの感性に近いものを志村に見出したのだろう。


 確かに結果として、「蜃気楼」と「蒼い鳥」、この二つの曲は歌詞の面でも楽曲の面でも共通点が感じられる。楽曲については70年代前半の英国プログレッシブロックの色合いが濃い。歌詞についてはまずその一部を引用したい。


  「蜃気楼」


この素晴らしき世界に降り注ぐ雨が止み
新たな息吹上げるものたちが顔を出している

おぼろげに見える彼方まで
鮮やかな花を咲かせよう

蜃気楼… 蜃気楼…


  「蒼い鳥」


今、果てしなく吹き荒れる
風の中 立ってる 時が来るのを待つ

ゆらめいて 消えそうな光
たぐり寄せて ここにいるよ

羽ばたいて見える世界を
思い描いているよ
幾重にも 幾重にも


 「蜃気楼」の〈この素晴らしき世界〉と「蒼い鳥」の〈羽ばたいて見える世界〉。「蜃気楼」の〈降り注ぐ雨〉と「蒼い鳥」の〈吹き荒れる風〉。「蜃気楼」の〈おぼろげに見える彼方〉の〈花〉と「蒼い鳥」の〈ゆらめいて 消えそうな光〉。
 「蜃気楼」の主体も「蒼い鳥」の主体も、ある幻想的な世界を想い描いている。そして、その世界が『スクラップ・ヘブン』と『悪夢探偵』の世界へと連鎖していく。

  (この項続く)



2026年6月14日日曜日

アニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』と『茜色の夕日』[志村正彦LN384]

 一昨日6月12日の深夜24時から、TVアニメ「上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花」第10話がBS11やTOKYO MXで放送された。

 公式Xの〈第10話は原作者の塀先生が描き下ろした、遊佐あかねと北杜やえかが中心となる、アニメオリジナルエピソードを含む話数となります。本エピソードは、フジファブリック志村正彦さんが作詞・作曲を手掛けられた楽曲『茜色の夕日』をお借りした、特別なストーリーとなっております。〉という呟きが志村ファンの間で話題となっていた。



 ネットの情報からこの作品の概要を記したい。「塀」の漫画作品が秋田書店のウェブコミック配信サイト『マンガクロス』後に『チャンピオンクロス』で2019年3月から始まり現在まで連載中、テレビアニメ版(佐久間貴史監督)が2026年4月より放送中。20歳の女子大生・上伊那ぼたんを主人公に大学の女子寮を舞台とする物語。題名にあるとおり、お酒とガールズラブがモチーフとなっている。

 六人の主要人物は、上伊那ぼたん(長野県出身・浪人して大学1年生・主人公)、砺波いぶき(富山県出身・3年生・寮長)、郡上かなで(岐阜県出身・大学院生)、遊佐あかね(山形県出身・2年生)、北杜やえか(山梨県出身・2年生)、張景嵐(チャン・ジンラン・台湾出身・留学生)。メインイメージには〈酔って、絡まり、ほどけてく。〉というコピーがある。この六人が酒に酔うことを契機に、互いの関係が絡まりあり、互いの関係が解けてゆく。そのように物語が展開していく。


 第10話の後半の舞台は「ヤマハ サウンドクロッシング 渋谷」。そのカフェで「上伊那ぼたん」と「北杜やえか」が話をしている。「あかね」は楽器を試奏する。「ぼたん」は「やえか」に好きな曲を尋ねると、「やえか」はスマホの画面を見せる。「ぼたん」もこの曲を好きだと言う。「やえか」は一年の時に「あかね」が教えてくれたこの曲が大好きと答える。回想場面にはフジファブリック『アラカルト』のジャケットが映る。

  「あかね」がギターを奏でながら『茜色の夕日』を歌い始める。「やえか」は驚いて振り向く。「あかね」の方に歩き出し、『茜色の夕日』を一緒に口ずさむ。このシーンでは〈君のその小さな目から/大粒の涙が溢れてきたんだ/忘れることはできないな/そんなことを思っていたんだ〉〈東京の空の星は/見えないと聞かされていたけど/見えないこともないんだな/そんなことを思っていたんだ〉の箇所が歌われた。

 最後のシーンが重要だった。「ぼたん」のスマホ画面には、〈弾けます?〉〈フジファブリック 茜色の夕日〉という「あかね」宛のメッセージが表示されていた。「やえか」と「あかね」の仲がギクシャクしているのを見て、「ぼたん」が「あかね」に『茜色の夕日』を弾くようにリクエストしたことが分かる。二人の女の子「やえか」と「あかね」の関係をもう一人の女の子「ぼたん」がさりげなく近づけようとする。その演出が冴えていた。


 エンディングになり、志村正彦の声が聞こえてくる。『アラカルト』ヴァージョンだ。2002年10月21日CDミニアルバム『アラカルト』リリース。志村正彦:ボーカル・ギター、田所幸子:キーボード、萩原彰人:ギター、加藤雄一:ベース、渡辺隆之:ドラムスの編成。YouTubeにある当時のミュージックビデオを紹介したい。




 録音当時の志村は22歳だった。このアニメの登場人物に近い年齢だ。志村の若々しい声がのびやかに響く。志村自身の音源が流れるかもしれないと思ってはいたが、初期の音源だったこともあり、不意打ちのようになった。それだけ感が極まってしまった。このアニメとこの歌との取り合わせが不思議な感覚をもたらした。


 エンディング画面には次のクレジットが表示された。

 劇中曲 第10話エンディング楽曲 『茜色の夕日』 
 フジファブリック 作詞 志村正彦 作曲 志村正彦
  Speciai Thanks 
 樋口恵子(ロフトプロジェクト)杉山オサム
 志村正彦様のご家族一同


 このアニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』は、原作漫画の作者「塀」氏やアニメの制作スタッフたちの志村正彦、フジファブリック、『茜色の夕日』への純粋なリスペクトとオマージュを捧げる作品だった。『アラカルト』の制作を担当した樋口恵子さんや志村正彦のご家族一同への感謝も記されていた。制作者の誠実さが伝わってきた。

 このアニメは、主人公「上伊那ぼたん」を中心軸にして、六人の女の子のあいだの繊細な恋心と複雑な想いの交錯を描いている。この点が『茜色の夕日』との接点になったのだろう。ただし、エンディングが終わった後でも三番目のシーンが続いたのは謎だった。『茜色の夕日』でそのまま終わった方が余韻があったと思われる。(あえてそのことを回避したのかもしれないが)


 志村正彦は『茜色の夕日』について何度か語ったことがある。『音楽とことば ~あの人はどうやって歌詞を書いているのか~』( SPACE SHOWER BOOks 2013/6/24 )の該当箇所を引用したい。


・歌詞というのは、とんなものでも、何を書いてもいいものではあるんだけど、実は、なんでもよくはない。そこにリアルなもの、本当の気持ちが込められていなければ、誰の気持ちにも響いてくれないと思うんです。
・最初の最初は、あの娘になんとなく気づいてほしいからという情熱から歌詞を書き始めたわけです。〔……〕高校生の終わりぐらいですね。初恋の娘です。〔……〕その失恋から産まれた曲は『茜色の夕日』って曲で、フジファブリックとして発表しているんですけど、自分の衝動をそのまま歌詞に刻めたということにおいては、この曲に勝るものはないです。僕の人生において、この曲の中に込められたものに勝る想いというのはないですね。


 志村は、高校生の終わり頃の初恋と失恋という〈リアルなもの〉とその娘に対する〈本当の気持ち〉を込めて『茜色の夕日』を作った。

 〈君〉については、〈君が只 横で笑っていたことや/どうしようもない悲しいこと〉〈君のその小さな目から/大粒の涙が溢れてきたんだ〉と歌う。〈君〉が笑っていたこともあるが、どうしようもない悲しいことがやがて大粒の涙につながる。

 〈僕〉は自分自身について、〈君に伝えた情熱は/呆れる程情けないもので/笑うのをこらえているよ/後で少し虚しくなった〉〈僕じゃきっとできないな できないな/本音を言うこともできないな できないな/無責任でいいな ラララ〉と歌う。〈僕〉は自分自身に対して情けなさや虚しさを感じる。本音を言うこともできないことを無責任に思う。そして、〈できないな〉を四回も繰り返している。

 〈僕〉は、〈僕〉自身や〈君〉に向かう眼差しを転換し、〈東京の空の星は/見えないと聞かされていたけど/見えないこともないんだな/そんなことを思っていたんだ〉と歌う。この表現は、〈東京の空の星〉を〈見えるんだな〉ではなく〈見えないこともないんだな〉と語っている。〈ない〉ことも〈ない〉という二重否定による肯定である。

 志村は〈できないな〉を四回も反復し、〈ないこともないんだな〉という言い回しも使った。志村の歌には〈ない〉という声がこだましている。そもそものはじめに〈ない〉があったのではないだろうか。これは端的に言って、彼の喪失の深さを表している。誰かが、時や場そのものが失われていく。志村はおそらく物心がつく頃から、失われていくものに鋭敏だったのではないだろうか。


 『茜色の夕日』がドラマや映画に使われた例を振り返りたい。

 2016年11月15日、NHKBSプレミアムのドラマ『プリンセスメゾン』の第4回「憧れのライフスタイル」で『茜色の夕日』が挿入歌として流れた。「沼越幸」(森川葵)がマンションを購入するために、不動産会社の営業マン「伊達政一」(高橋一生)に出会う。ラスト近く、沼越幸が務めている居酒屋のシーンで『茜色の夕日』が静かに流れ出す。伊達政一が沼越の働く姿を垣間見るとそのまま小路を歩きだす。その瞬間から音量が高くなり、志村正彦の歌う『茜色の夕日』が画面を覆うように聞こえてきた。

 2018年10月公開の映画『ここは退屈迎えに来て』(監督・廣木隆一、原作・山内マリコ)でも『茜色の夕日』が劇中歌となっている。主なキャストは、「私」橋本愛、「あたし」門脇麦、「サツキ」柳ゆり菜、「椎名くん」成田凌、「新保くん」渡辺大知-、「遠藤」亀田侑樹。「あたし」が「遠藤」と一夜を過ごした翌朝、「あたし」は一人でホテルを出て歩き出す。その時に唐突に口ずさむのが『茜色の夕日』だ。BGMとして流れるのではなく「あたし」門脇麦が劇中で歌った。


 TVドラマ『プリンセスメゾン』、映画『ここは退屈迎えに来て』、TVアニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』。三度、虚構の映像作品のなかで『茜色の夕日』が使われたことになる。そのことは嬉しい。

 ただし、志村が〈僕の人生において、この曲の中に込められたものに勝る想いというのはない〉と語っているように、『茜色の夕日』に込められた志村の想い、本当の気持ちはとても深い。志村のリアルなものはドラマ・映画・アニメにも強く作用する。物語の展開を超えてしまうような独自の響きを持っている。今回のアニメを見て、その感を強くした。


2026年6月3日水曜日

吉井和哉と志村正彦「Anthem」[志村正彦LN383]

 2010年7月17日、志村正彦の追悼の意味合いが濃いコンサート『フジフジ富士Q』が富士急ハイランド・コニファーフォレストで開催された。志村と交友があった吉井和哉はフジファブリックの「マリアとアマゾネス」と「Anthem」を歌った。

 筆者はDVDで見ただけだが、吉井は〈志村の代わりにはならないですけど代わりに歌いたいと思います。大好きな曲です〉と語った後に「Anthem」を歌い始めた。イントロの後、吉井は〈三日月〉と叫んだ。歌詞に〈三日月さんが 逆さになってしまった〉とあるからだ。確かに空には三日月が浮かんでいた。


 「Anthem」は、2009年5月20日、フジファブリック4枚目のアルバム『CHRONICLE』に収録され発表された。アンセムは祈りの歌、祝いの歌である。

 フジファブリック Official Channelにある音源と歌詞を引用したい。


  フジファブリック   Anthem 


  Anthem 作詞:志村正彦 作曲:志村正彦

三日月さんが 逆さになってしまった
季節変わって 街の香りが変わった
気もしない ない ない ない ない ない ない ないか
まだ ない ない ない ない ない ない ない ないか

闇の夜は 君を想う
それら ありったけを 描くんだ

鳴り響け 君の街まで
闇を裂く このアンセムが

何年間で遠く離れてしまった
いつでも君は 僕の味方でいたんだ
でも いない いない いない いない
いない いない いない いないや
もう いない いない いない いない
いない いない いない いないや

行かないで もう遅いかい?
鳴り止まぬ何かが 僕を襲う

轟いた 雷の音
気がつけば 僕は一人だ

このメロディーを君に捧ぐ
このメロディーを君に捧ぐ

鳴り響け 君の街まで
闇を裂く このアンセムが

轟いた 雷の音
気がつけば 僕は一人だ


 「Anthem」の歌詞を読むと、〈季節変わって 街の香りが変わった/気もしない ない ない ない ない ない ない ないか/まだ ない ない ない ない ない ない ない ないか〉の〈ない〉のリフレインが、前回取りあげた吉井和哉「Four Seasons」の〈勇気が足りない 力が足りない 時間が足りない/お金が足りない 空気が足りない 命が足りない…全部足りない〉の〈ない〉の繰り返しを想起させる。〈ない〉の反復が痛切に響くところが共通している。

 〈闇の夜〉という深夜に〈僕〉は〈君を想う〉。その想いを託した〈アンセム〉が深夜の〈闇を裂く〉ようにして〈君の街〉まで〈鳴り響け〉と〈僕〉は叫ぶ。

 しかし、〈僕〉は〈でも いない いない いない いない いない いない いない いないや〉〈もう いない いない いない いない いない いない いない いないや〉とあるように、〈君〉を失ってしまったようだ。ここでは〈いない〉が反復されている。

 〈僕〉は〈このメロディーを君に捧ぐ〉ように〈アンセム〉を鳴り響かせて〈君〉の〈街〉へたどりつきたいのだが、雷鳴が轟くと〈僕は一人だ〉と気がつく。


  志村正彦の「Anthem」は、〈ない〉〈いない〉ことのアンセム、〈一人〉でいることのアンセムのように聞こえてくる。彼は自らが抱えた孤独の深さをアンセムにして歌って、誰かに伝えようとしたのかもしれない。


 「Anthem」は2009年1活から2月にかけてストックホルムで録音された。その時のレコーディング風景を織りまぜた「Anthem」のミュージックビデオが『SINGLES 2004-2009 【初回生産限定盤】』の付録ディスクに収められている。YouTubeにあるこの映像を紹介したい。



 志村正彦やフジファブリックのメンバーたちがストックホルム旧市街のガムラスタンやスカンセン野外博物館を歩いている。志村にとってはレコーディングから解放された唯一の休日だったようだ。彼が明るく微笑む姿も映っている。しかし、この年の12月には志村の29歳の生涯が閉じられてしまう。


 志村の死から半年後に、吉井はこの「Anthem」を『フジフジ富士Q』コンサートで歌った。富士山や茜色に彩られた夕景が美しかった。吉井の瞳には涙が浮かんでいるようだった。吉井和哉の志村正彦への純粋な想い、その純粋な音調が僕には強く伝わってきた。このエッセイを書くにあたって映像をあらためて見ているうちに、「Four Seasons」や「みらいのうた」の言葉が「Anthem」の言葉と重なり合ってきた。


 映画『みらいのうた』に感銘を受けて、この映画と吉井和哉「みらいのうた」・ERO「Getting The Fame」の二つの歌そして吉井和哉「Four Seasons」・志村正彦「Anthem」という二つの歌について、五回にわたって連載してきた。


 この連載の最後に、2021年に吉井和哉が「みらいのうた」を歌ったライブ映像を紹介したい。

【LIVE】吉井和哉 - みらいのうた (from SILENT VISION TOUR 2021)



 歌というものは、究極的には、人の生と死を歌うものである。

 そういう想いを強くした。

 だからこそ、人は歌と共に生きていくのだろう。


2026年5月31日日曜日

志村正彦と吉井和哉「Four Seasons」[志村正彦LN382]

 吉井和哉については志村正彦との関係で関心を持ち始めた。


 フジファブリックは2009年12月9日発売のTHE YELLOW MONKEYへのトリビュートアルバム『THIS IS FOR YOU~THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』で「Four Seasons」をカバーした。同年12月24日に志村正彦の生が閉じられたことから、この音源は志村が生前に録音してリリースした最後のものだとされている。


 THE YELLOW MONKEY「Four Seasons」は、1995年11月1日、アルバム『Four Seasons』の表題曲として発表された。まず、THE YELLOW MONKEYのオリジナル音源(ただしリマスター版)とフジファブリックのカバーを聴いていただきたい。どちらもYouTubeの公式サイトに音源がある。


 THE YELLOW MONKEY Four Seasons (Remastered) 


 フジファブリック Four Seasons (From "This Is For You - The Yellow Monkey Tribute Album")


 吉井の声には色艶と粘り気があることが歌詞をダイレクトに響かせているのに対して、志村の声はやや硬質であり響きを削ぎ落としているように聞こえる。サウンド面では特に間奏部分において、THE YELLOW MONKEYでは菊地英昭のエレクトリックギター、フジファブリックでは金澤ダイスケのキーボードが強調されているところが異なる。ボーカル・ギター・ベース・ドラムの四人編成とそれにキーボードが入る五人編成というバンド編成の違いがある。


 全歌詞を引用したい。


FOUR SEASONS 作詞・作曲:吉井和哉 


まず僕は壊す
退屈な人間はごめんだ
まるで思春期の少年のように
いじる喜び覚えたて 胸が騒ぐのさ
新しい予感 新しい時代......Come on

馬鹿のままでいい 馬鹿のままがいい
よけいなInputいらない ありのままがいい
男らしいとか 女らしいとか
そんな事どうでもいい
人間らしい君と

In changing time'n four seasons I'm crying
美しい希望の季節を
In changing time'n four seasons I'm crying
ねえ探しに行かないか?

まず僕は壊す
退屈な人生さよなら
君に誰よりもやさしい口づけを
アンコールはない 死ねばそれで終わり
ストレートに行こうぜ
回り道は嫌い

人様に迷惑とコーヒーはかけちゃいけない
そんなの自分で決められるさ ただの馬鹿じゃない
これから始まる世界は不安がいっぱい
大人は危険な動物だし 場合によっては人も殺すぜ
ヤケドしそうな熱い僕のコーヒーは
ミルクもシュガーも入れない

In changing four seasons I'm crying
美しい希望の季節が
In changing time'n four seasons I'm crying
すぐそこまで近づいてる
だけど勇気が足りない 力が足りない 時間が足りない
お金が足りない 空気が足りない 命が足りない
だからまず僕は壊す 全部足りないから
まず僕は壊す
全部欲しいから


 吉井は静かに次第に激しく叫んでいく。 〈まず僕は壊す/退屈な人間はごめんだ〉から、〈だからまず僕は壊す 全部足りないから/まず僕は壊す/全部欲しいから〉まで、ロック的なあまりにロック的な宣言のフレーズが続く。〈壊す〉という衝動と〈全部欲しい〉という欲望はロックの中心にあるものだ。

 〈僕〉は〈新しい予感 新しい時代〉に向かって踏み出す。〈まるで思春期の少年のように〉〈よけいなInputいらない ありのままがいい〉〈大人は危険な動物だし〉というフレーズは、吉井が映画『みらいのうた』で述べていた〈本当の夢〉の次の言葉と呼応する。

静岡の少年の時のまま 変わらずに すべてを成し遂げたいなと思っていることが夢かもしれない どれだけ自分の心を汚さずに成功できるかっていうこと 汚れたけどだいぶ 汚れたけどいかにそこを残したまま いろいろ成し遂げたいというのがもしかしたら夢かな

 原点としての少年という時代と「four seasons」「美しい希望の季節」という季節の感覚が、吉井和哉の根底にあるのだろう。静岡という地方で育ったことも関係している。


 なぜ、志村正彦が吉井の数ある歌の中から「Four Seasons」を選んだのか。

 この問いについて考えたのだが、「Four Seasons」の歌詞を読むと、志村が影響を受けたと思われるところを見つけることができる。

 例えば、〈これから始まる世界は不安がいっぱい〉の〈世界〉〈不安〉〈いっぱい〉という言葉の選択。〈勇気が足りない 力が足りない 時間が足りない/お金が足りない 空気が足りない 命が足りない〉という〈ない〉の反復。

 こういう吉井のフレーズや語り口から、志村は影響を受けたのではないだろうか。

 しかし、これは影響というよりも、吉井と志村の感性面での共通性から起因したものだろう。先ほど述べた、吉井の少年時代の視点や四季の季節の感覚は志村と近いものを感じる。静岡で育った少年と山梨で育った少年のあいだにはなんらかの経験の共通項がある。

 ただし、志村には吉井の〈僕は壊す〉という強くて激しい意志よりも繊細で柔らかい意志のあり方がある。感覚的な捉え方になるが、志村の場合、言葉がそのまま外部へと向かっていくのではなく、自らの内部へ向かって遡行して循環しながらやがて浮かび上がってくる。同一の歌詞でも、歌い手の声や身体の差異によって歌は変化する。

 このような背景があり、志村は吉井へのリスペクトを表すためにTHE YELLOW MONKEYのトリビュートアルバムで「Four Seasons」をカバーしたと筆者は考える。


 最後に、2020年2月収録のライブ映像を紹介したい。「みらいのうた」音源リリースの1年前、映画『みらいのうた』撮影開始の2年前の映像である。


【LIVE】Four Seasons -Kyocera Dome Osaka, 2020.2.11-



 この時吉井は54歳、この歌のリリース時は29歳。すでに25年の時が流れている。

 29歳というのは志村が亡くなった齢である。29歳の吉井和哉が作った曲を29歳の志村正彦がカバーしたことに気づいた。

 29歳という年齢は人生の境界にある。そのことを考えているうちに、〈アンコールはない 死ねばそれで終わり/ストレートに行こうぜ/回り道は嫌い〉とシャウトする吉井の声と姿が強く迫ってきた。


2026年5月3日日曜日

歌詞考察の番組やブログの隆盛[志村正彦LN381]

 4月30日に放送された『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第25弾3時間スペシャルのテーマは「“青春”がそこにあるグッとフレーズ」BEST30だった。私は気づくのが遅れて最後の15分ほどしか見ることができなかったが、「若者のすべて」が22位に選ばれていた。この番組のHPには〈普遍的な名曲と言われるフジファブリックの「若者のすべて」〉という紹介文があった。

 この番組は名曲の「心に刺さった歌詞」に注目する歌詞特化型の音楽番組だ。2021年7月から不定期に放送されているが、このブログでも志村正彦・フジファブリックが選ばれた回について何度か取りあげてきた。

 「若者のすべて」はこの20年ほどの日本語ロック、もっと広いパースペクティヴをとれば、この半世紀ほどの日本語のポピュラー音楽の中で非常に高く評価された名曲となった。その歌詞についてもいろいろと考察されている。


 この4月からNHKの『名曲考察教室』が月1回のレギュラー番組となった。2023年8月からパイロット版、2025年1月から不定期の特番として放送されていたが、番組HPによると〈昭和・平成の名曲を、令和の若者たちが“いまの感覚”で徹底考察!そこから生まれた物語を、新しいミュージックビデオに仕立てます〉というコンセプトで企画された。

 4月23日放送の第1回は大滝詠一「君は天然色」。出演者による二つのミュージックビデオが作られ、作詞者の松本隆のコメントもあった。この番組は歌詞の考察に基づいた映像化が特色となっている。

 NHKではピーター・バラカンがゲストと共に名曲の数々を紹介する新番組『未来へのプレイリスト』も4月から始まった。名曲の魅力をサウンド面だけでなく、歌詞に込められたメッセージや社会的時代的な背景も紹介する。すでに「モータウン・サウンド」(ゲズト:中村正人)、「ボブ・ディラン」(ゲズト:奈良美智)、「越境する音楽」(ゲズト:大友良英)、「ラブソング」(ゲズト:矢野顕子)がテーマとなった。ピーター・バラカン自身が歌詞の鍵となるワードを丁寧に説明しながら日本語に訳しているところが素晴らしい。豪華なゲストとの対話も歌詞の理解を深めている。

 テレビ朝日で2015年5月から日曜日夜に放送されてきた音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』でも歌詞に焦点を当てることが多い。ゲストによる独自の考察や分析が特色になっている。


 1年半ほど前になるが、「音楽に批評は必要か サブスク時代、変わるリスナーと価値付けの意義」(朝日新聞2024.11.16)という記事で、ポピュラー音楽研究者の増田聡氏(大阪公立大学教授)が〈最近、音楽批評的な言説のなかで活性化しているものとして、Jポップ曲の歌詞を考察するブログが挙げられます。人々に対し、『この音楽は価値が高いから聴きましょう』と促すのではなく、すでに曲を聴いた人に対して『より深い』意味を解説する、という構えのものです〉〈『考察ブログ』の活性化は、音楽を取り巻く言説構造の変化を示しているように感じます。大雑把に整理するならば、音楽言説に求められる機能が、『価値付け』ではなくなり、『解釈』や、音楽をよりよく理解するための『背景知識』へと移っている〉と述べている。確かにここ数年でメディアの歌詞考察番組や記事、個人の歌詞考察ブログが増えてきたようである。


 十四年前にこの『偶景web』の主要コンテンツ「志村正彦ライナーノーツ」を始めたときから今日に至るまで、このブログは、増田氏のコメントにある〈歌詞考察ブログ〉つまり〈『より深い』意味を解説する〉こと、〈『解釈』〉や〈『背景知識』〉を志向するものではなかった。

 私はなぜ志村正彦の歌にこんなにも魅了されるのか。心を動かされるのか。そのような個人的動機から出発した。彼の歌の言葉を解明したいという想いだけであった。今でもその気持ちは変わらない。

 それでもこういう状況の中では、『偶景web』の「志村正彦ライナーノーツ」も歌詞考察ブログの一つとして位置づけられるのかもしれない。しかし、繰り返しになるが、私にはそのような志向や意図はなく、なにものかにとらわれることなく自由に、できるだけつつましく簡潔に、志村正彦の歌について感じたこと考えたことを《文》という形にして書き続けている。


2026年4月30日木曜日

李相日監督『スクラップ・ヘブン』とフジファブリック『蜃気楼』[志村正彦LN380]

 前回は芥川龍之介の小説『蜃気楼』と富山湾の蜃気楼を取りあげたが、今回は志村正彦・フジファブリックの作品『蜃気楼』とこの曲をエンディングテーマにした李相日(リ サンイル)監督の映画『スクラップ・ヘブン』について書いてみたい。蜃気楼の連鎖のようなものである。以前に10回ほど連載した記事と重複するが、その論考の中心となるところをあらためてまとめてみたい。

 李相日監督の映画『国宝』の興行収入が邦画実写映画の歴代最高となり、歴史的な大ヒット作となった。そのこともあってだろう、李相日督督の2005年の映画『スクラップ・ヘブン』が21年ぶりにテアトル新宿などでリバイバル上映されている。


 YouTubeに「【予告編】『スクラップ・ヘブン』4.24(金)リバイバル上映!」があるので、まずこの映像を紹介したい。



 この映像の35秒あたりから、『蜃気楼』の音源が流れる。〈この素晴らしき世界に僕は踊らされている/消えてくものも 生まれてくるものもみな踊ってる/おぼろげに見える彼方まで/鮮やかな花〉と歌う志村正彦の声が聞こえてくる。〈エンディング・テーマ:フジファブリック「蜃気楼」〉というテロップも表示される。この曲は本編終了後に流れるのだが、この予告編では本編の背景として使われている。

 映画のエンディング使用音源(以下「映画版」と記す)はCDの『蜃気楼』オリジナル音源(以下「CD版」と記す)の一部を切り取ったものである。CD版にはあるが映画版にはない部分を赤字で示す。


   三叉路でウララ 右往左往
   果てなく続く摩天楼

   喉はカラカラ ほんとは
   月を眺めていると

   この素晴らしき世界に降り注ぐ雨が止み
   新たな息吹上げるものたちが顔を出している

   おぼろげに見える彼方まで
   鮮やかな花を咲かせよう

   蜃気楼… 蜃気楼…

   この素晴らしき世界に僕は踊らされている
   消えてくものも 生まれてくるものもみな踊ってる

   おぼろげに見える彼方まで
   鮮やかな花を咲かせよう

   蜃気楼… 蜃気楼…


 CD版と映画版の差異は、第2連から5連までの赤字の部分の有無である。映画版にはない部分は〈この素晴らしき世界〉に降り注ぐ〈雨〉が止むという情景である。雨が降りやむと新しい風景が現れる。ここでは〈新たな息吹上げるものたち〉が顔を出す。この新たな命あるものは〈鮮やかな花〉であろう。〈おぼろげに見える彼方〉には、この楽曲のイメージの核となる〈蜃気楼〉の現象が投影されている。その彼方に登場する〈鮮やかな花〉は、色彩感のあまりない蜃気楼の中でひときわ鮮やかに輝く。志村正彦は、花の鮮やかな彩りが蜃気楼の世界に新たな命を吹き込むかのように歌っている。


 映画『スクラップ・ヘブン』には《世界の消滅》への想像力というテーマがある。登場人物の三人、偶然出会った清掃員のテツ、警察官のシンゴ、薬剤師のサキはおのおの〈世界を一瞬で消す〉欲望のために想像力を使って行動する。しかし、世界の消滅への欲望は反転すると、自己自身に回帰してくる。

 映画のラストシーン。シンゴは意を決したかのように、サキが製造した〈世界を一瞬で消す〉小瓶を空に放り投げる。その小瓶はたまたま通った廃品回収のトラックに落下し、ゴミがクッションになって破裂しなかった。〈世界の消滅〉とその欲望はそのようにして、呆気なく、まるで憑き物が落ちたかのように終わってしまう。このラストシーンをどう解釈するか。そのことがこの映画の観客に問われている。


 志村正彦は『スクラップ・ヘブン』パンフレット(オフィス・シロウズ、2005/10/8)掲載の「DIALOGUE  李相日×志村正彦(フジファブリック)」という対談で、〈読後感っていうんですか、そういう「映画を見終わった感」が出せればいいなと思って、同時に曲単体でもいいものを作りたかった。結果的にはその両方ができてよかったなと〉と述べている。確かに、『蜃気楼』はエンディング曲と単体曲という二つの目的が高い次元で達成されている。

  また、志村はこの対談で〈絶望だけで終わりたくない、かといって希望が満ちあふれた感じでもないなと思って〉、その〈揺れている感じ〉を〈蜃気楼〉というモチーフに象徴させたと語っている。蜃気楼の実像と虚像が交錯するような現象に、絶望と希望とが分離したり結合したりしする流れを見いだした。これが志村の想像力だった。その絶望と希望の流れを楽曲と言葉に変換して『蜃気楼』という作品を創り出していった。このような過程をたどることができるだろう。


 映画『スクラップ・ヘブン』の《世界の消滅》への欲望はまさしく蜃気楼のように現れようとしたが呆気なく儚く消失してしまったが、志村正彦はエンディング曲の『蜃気楼』で〈おぼろげに見える彼方まで/鮮やかな花を咲かせよう〉と歌った。

 この〈素晴らしき世界〉では 〈消えてくもの〉も〈生まれてくるもの〉も皆踊っている。私たちも皆この世界で踊らされているのだが、志村は自らの想像力によって、この世界に現れる〈蜃気楼〉の彼方に〈花〉を出現させようとした。《世界の消滅》への欲望を反転させて、《世界の再生》への欲望を表現したのではないだろうか。


2026年3月20日金曜日

「若者のすべて」のサビ [志村正彦LN379]

 一昨日、3月18日、テレビ朝日〈『EIGHT-JAM』3時間SP 名だたる“音楽のプロ”が集合した『最強のサビ歌唱BEST100』〉が放送された。有名アーティストやプロデューサーなど音楽のプロ51人が、2000年以前と以後の2ブロックに分けて「サビ」の歌唱が凄い名曲を選んで、各ブロックの「総合ランキング・ベスト50」を発表するもの。

 SUPER EIGHTとスタジオゲストのLISA、秦基博、北村匠海(DISH//)、HANAのCHIKA・NAOKO・JISOO、川田裕美、高橋茂雄(サバンナ)が出演し、選者はMANATO(BE:FIRST)、OMI(三代目 J SOUL BROTHERS)、片寄涼太&数原龍友(GENERATIONS)、小渕健太郎(コブクロ)、藤井怜央(Omoinotake)、HIDE(GRe4N BOYZ)、石崎ひゅーい、矢井田瞳、新妻聖子などだった。


 志村正彦・フジファブリックの作品が選ばれるのかどうか。そのことが気になって番組を見た。結果は2000年以後のブロックで「若者のすべて」が46位に選ばれた。

 テロップには〈夏の終わりの空気感をそのまま歌にしたような声〉(Michael Kaneko)、〈押さえた歌唱からサビで一気に情景を聴かせる名曲〉(生活の設計 大塚真太朗)と説明され、〈伝説的ロックバンドの名曲〉と紹介されて、〈「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて/最後の花火に今年もなったな/何年経っても思い出してしまうな/ないかな ないよな きっとね いないよな〉の部分がミュージックビデオで志村正彦が歌う映像が放送された。左上にインサートされた映像にはスタジオで何人もがこの歌を口ずさんでいた。46位というランキングには大いに不満が残るが、それでもこの曲が地上波で流されたことを喜びたい。新たなファンを獲得する可能性があるからだ。

 この種の名曲ランキングでは季節や風物別(夏の裏、桜の歌など)、10年の年代別の分け方がよくあるが、この番組では2000年以前と以後という二つのブロックに分けていたことが新鮮だった。確かに、1970年代の初頭から2000年までの二十数年間と2000年から現在までの二十数年間というように、この半世紀の日本語ロックやJポップは2000年を境界にして二つの時代に分けられるかもしれない。

 これは筆者の年齢や世代によるところが大きいのだろうが、2000年以前の方がサビを含めて名曲が多い気がしてしまう。少なくとも音楽の勢いや影響力、CD等の売り上げが2000年あたりを境に下降してきたのは間違いないだろう。

  このような区分けをもとに2000年以降の日本語ロックの中で、志村正彦・フジファブリックは特にその歌詞において最も高度な達成をしたと言える。そして、歌を重視する後続の歌い手やバンドに大きな影響を与えている(このような証言はいくつもある)。


 久しぶりにこのブログで「若者のすべて」のMVを添付したい。現時点で6879万回の視聴となっている。驚くべき回数である。あわせて1番のサビも引用する。

  フジファブリック (Fujifabric) - 若者のすべて(Wakamono No Subete)



  最後の花火に今年もなったな
  何年経っても思い出してしまうな
  ないかな ないよな きっとね いないよな
  会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ


 「若者のすべて」のサビは、〈最後の花火〉の空間と眼差し、〈今年〉〈何年〉という時の流れ、〈思い出してしまう〉回想と内省、〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉の〈な〉音の反復、再会への期待や躊躇、〈まぶた〉の開閉と想起という一連の言葉の連鎖が、おだやかで美しい旋律と和声、静かな落ち着いた律動を伴って、志村正彦のやわらかでやさしい声によって歌われる。このミュージックビデオにも抑制された端正な映像が続く。

 だが、このような記述をしてもこの歌の魅力を語ることは難しい。この歌は聴く者をどこか遠くの彼方に、忘れてしまったような光景に、連れ去っていく。そして聴く者は分からないままに無意識のままに、何時の間にかその遠くの彼方の忘れてしまった光景にたどりつくのかもしれない。


 以前も書いたことがあるが、実は、「若者のすべて」は〈最終段階までサビから始まる形になっていた構成を志村の意向で変更したもの〉である。書籍『FAB BOOK』(角川マガジンズ2010年)にそう記されている。

 志村はその理由を「この曲には”物語”が必要だと思った」としてこう語っている。

ちゃんと筋道を立てないと感動しないなって気づいたんですよね。いきなりサビにいってしまうことにセンチメンタルはないんです。僕はセンチメンタルになりたくて、この曲を作ったんですから。 (『FAB BOOK』)

 志村は雑誌「Talking Rock!」では次のように語っている。

最初は曲の構成が、サビ始まりだったんです。サビから始まってA→B→サビみたいな感じで、それがなんか、不自然だなあと思って。例えば、どんな物語にしてもそう、男女がいきなり“好きだー!”と言って始まるわけではなく、何かきっかけがあるから、物語が始まるわけで、〔…〕いきなりサビでドラマチックに始まるのが、リアルじゃなくてピンと来なかったんですよ。だからボツにしていたんだけど、しばらくして曲を見直したときに、サビをきちんとサビの位置に置いてA→B→サビで組んでみると、実はこれが非常にいいと。 (「Talking Rock!」2008年2月号、文・吉川尚宏氏)

 志村は曲の構成を当初の〈サビ→Aメロ→Bメロ→サビ〉から〈Aメロ→Bメロ→サビ〉に変えた。〈筋道〉を立て〈感動〉に至る〈センチメンタル〉を追求するために、歌詞と楽曲を練り上げて、この歌の叙情の純度を高めていった。


 この原稿を書こうとした時に気づいたのだが、今回がこのブログの「志村正彦ライナーノーツ」のうちの「若者のすべて」に関する100回目のエッセイになる。

 第1回目は2013年3月7日の〈冬の季節の『若者のすべて』〉。前年12月の富士吉田の「夕方5時のチャイム」の数日前に、〈『若者のすべて』が冬の歌のように感じられた。詩の中の「最後の花火」は「冬の花火」かもしれないという、ありえない想像にとらわれた。冬の花火には、たとえようのない寂しさや儚さもあるのだが、夏の花火にはない、清澄であるがゆえの静けさと透明感、外気の冷たさゆえの光の和やかさや温かさがある〉と感じたことを書き、この歌の語りの枠組についても触れていった。このエッセイがすべての出発点だった。

 それから13年が過ぎたが、「若者のすべて」の歌詞の構造やモチーフを中心軸に、たくさん生まれたカバー曲やライブでの演奏、映像作品やCM、富士吉田のイベント、高校教科書への掲載など、様々な観点を織り交ぜて書き続けてきた。「若者のすべて」のすべてに関して可能な限りこれからも書いていきたい。

 振り返ると、「若者のすべて」の知名度や評価は、13年前には想像できなかったほどに高まった。

 何よりも、この歌が人々に愛されて、人々の心の歌になったことに感慨を覚える。


2026年3月2日月曜日

目覚めの曲「若者のすべて」CHILL CLASSIC CONCERT[志村正彦LN378]

  一昨日、2月28日の夕方、ヴァンフォーレ甲府と松本山雅の試合「甲信ダービー」を見て帰ってきたときに、妻がたまたまNHKの番組を見ていると「若者のすべて」の字が画面に表示されていることに気づいた。

 番組名を見ると、「所さん!事件ですよ」。「150万円の“安眠の館”にセレブが殺到!?」という特集であった。途中からだったのでNHK ONEで最初から見ることにした。

 この番組では、4人に1人が睡眠に問題を抱える不眠大国の日本で眠ることを促す様々な試みが特集されていた。そのなかの一つが「寝落ちOKのクラシックコンサート」である「CHILL CLASSIC CONCERT」だった。このコンサートでは、上質なオーケストラの音楽をリラックスして気軽に楽しむために、ハンモック、ビーズクッション、リクライニングチェアなどのくつろげる座席が用意され、眠ることもOKである。2021年に始まり、5年間でのべ6万人を動員した。チケットが入手困難な大人気イベントになっている。

 番組では収録された会のプログラムが紹介されていた。

 1 「ロビンソン」       スピッツ
 2 「G線上のアリア」     バッハ
 3 「白日」                  King Gnu
 4 「やさしさに包まれたなら」 松任谷由実
 5 「Summer」        久石譲
 6 「プラネタリウム」     大塚愛
 7 「ただ君に晴れ」         ヨルシカ
 8 「旅路」                   藤井風
 9 「たしかなこと」         小田和正
10「水平線」                 back number
11「怪獣の花唄」           Vaundy
12「115万キロのフィルム」   Official髭男dism
13「オレンジ」               SMAP
14「TSUNAMI」             サザンオールスターズ
15「若者のすべて」       フジファブリック


 編曲担当のピアニスト中山博之さんは、プログラムの中で起承転結を作りその流れの中で入眠の鍵となる曲を用意していると話していた。この日は大塚愛の「プラネタリウム」がその鍵の曲。原曲にない雰囲気を変えるコード、ノスタルジーを感じる和音を入れることがこだわりポイントだった。

 残念ながら、志村正彦作詞作曲の「若者のすべて」の映像や音源が流れることはなかったのだが、「CHILL CLASSIC CONCERT」のWEBに「2025年5月セットリスト&楽曲アレンジ秘話 公開!」という記事があり、次のように紹介されていた。

  

「若者のすべて」
ーこちらは過去にアンコールで大好評だった曲ですね。
まさにコンサートの締めにふさわしい楽曲だと思っています。まるで壮大な“エンディング”のように、今までの演奏を振り返りながら華やかに終わる構成にしています。 


 幸いなことに、YouTubeに2022年開催の第2回公演の1曲として「若者のすべて」のフルヴァージョンが公開されている。

  若者のすべて / CHILL CLASSIC CONCERT -2022 summer-


 

 ハープがイントロを美しく奏でると、弦楽器、管楽器が華麗に続いていく。ドラムの音が入り、〈最後の花火に今年もなったな〉の箇所になると、フルオーケストレーションの素晴らしい演奏と化す。このようなオーケストラ用の編曲を聴くと、「若者のすべて」の音楽そのものの豊かさを味わうことができる。

 また、「若者のすべて」を実際に聴いている(そして眠っている)映像もあったので添付したい。このコンサートの会場の雰囲気が伝わってくる。

   【全国ツアー開催記念 】CHILL CLASSIC CONCERT特別映像を初公開!

     


 

 「若者のすべて」はプログラムの15番目の演奏であることからおそらくコンサート本編の最後の曲だと思われる。この美しく荘厳な演奏が眠りに落ちている聴衆の目を次第に覚ましていく。睡眠から現実への覚醒にふさわしい曲なのだろう。志村正彦は〈すりむいたまま僕はそっと歩き出して〉と歌っている。この作品の歌詞も楽曲も、現実へと〈そっと歩き出し〉ていくことを促している。

 なお、「所さん!事件ですよ」のこの回は3月7日(土)までNHK ONEで視聴可能である。


 この番組の放送日には甲府の小瀬スタジアムでヴァンフォーレ甲府と松本山雅の試合があったのだが、後半の途中で松本の応援から聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。フジファブリックの「SUPER!!」だった。作詞:山内総一郎、作曲:山内総一郎・金澤ダイスケ。調べると、松本に新加入したフォワード加藤拓己のチャントだった。〈拓己のゴールちょうだい〉というフレーズになっていた。山梨学院高校出身なので地元局の放送で見たことのある選手だった。体格に恵まれたパワフルなストライカーであり、この日も先発して最前列でゴリゴリと甲府のディファンダーとやり合っていた。「SUPER!!」がチャント曲になった理由は分からないが、出身が山梨学院高校ということがあるのかもしれない。松本は以前、宮沢和史・ザ・ブームの「中央線」を応援歌にしていたことがあった。中央線は松本まで通っているからだろう。

 松本のことはさておき、甲府サポとしては志村正彦の曲を応援ソングがチャントにしてほしいとずっと思っている。「Sugar!!」なんか最高の曲だろう。〈全力で走れ 全力で走れ 36度5分の体温/上空で光る 上空で光る 星めがけ〉は、ヴァンフォーレ甲府のサッカーに合っている歌詞だ。

 試合の方は1対0でVF甲府の勝利だった。今シーズンは8月からの秋冬制への移行のために「明治安田J2・J3百年構想リーグ」という特別な大会を開催している。甲府は開幕4連勝で現在2位にいる。ほんとうに〈上空で光る 星めがけ〉て優勝を目指してほしい。


 志村正彦についての話題がもう一つある。2月22日のテレビ朝日の番組「EIGHT-JAM」の「プロが選ぶ最強サビ歌詞!」特集で、シンガーソングライターのコレサワが2000年以降の12位にフジファブリック「Bye Bye」を選んでいた。テロップには表示されたが、残念ながらこの歌への言及はなかった。それでも、志村の作品がテレビ番組で登場する場合、「若者のすべて」に集中している現状からすると、「Bye Bye」が選ばれたことは率直に嬉しかった。志村正彦には素晴らしい歌がたくさんある。志村のより多くの作品が注目を浴びてほしい。


2025年12月30日火曜日

すべてが揺れていく-『陽炎』草稿4[志村正彦LN377]


 『陽炎』の草稿と完成版を比較すると、〈残像〉部分と〈出来事〉部分との関係性が異なることに気づく。この二つの部分を完成版の歌詞で引用する。


  〈残像〉部分
あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ
また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
残像が 胸を締めつける

  〈出来事〉部分
きっと今では無くなったものもたくさんあるだろう
きっとそれでもあの人は変わらず過ごしているだろう
またそうこうしているうち次から次へと浮かんだ
出来事が 胸を締めつける


 『陽炎』完成版の〈残像が 胸を締めつける〉〈出来事が 胸を締めつける〉という二つのフレーズは、〈胸を締めつける〉という表現が同一である。〈残像〉の延長上に〈出来事〉があるというニュアンスになるだろう。〈残像〉と〈出来事〉は、〈胸〉という身体の一部が象徴する〈心情〉や〈感情〉に作用していく。

 〈残像〉部分では、もうすでに失われた少年時代、〈路地裏〉という場と少年期の〈僕〉に対する愛着や愛惜が感じられる。その延長上にある〈出来事〉部分で焦点化される〈無くなったもの〉と〈あの人〉も、喪失感を伴う愛惜の情を読みとることができる。

 〈残像〉部分と〈出来事〉部分では共に、〈残像〉と〈出来事〉がもたらす愛惜の情が〈僕〉に迫ってくる。この二つの部分はある種の叙情性を帯びているともいえる。


 これに対して『陽炎』草稿では、〈残像が 胸をしめつける〉と〈出来事が 僕をしめつける〉という二つのフレーズは、〈胸をしめつける〉と〈僕を締めつける〉というように、〈胸〉と〈僕〉という明確な対比を成している。その結果、〈残像〉部分と〈出来事〉部分には対比の関係性が強くなる。〈残像〉の延長上に〈出来事〉があるのではなく、〈残像〉と〈出来事〉との間に微妙ではあるがある種の断絶を感じとることもできる。〈僕をしめつける〉にはそのような強い意味作用がある。

 〈残像〉部分にある、少年時代のノスタルジアや故郷への愛惜の想いは遠ざかり、その反対に〈出来事〉部分では、〈無くなったもの〉や〈あの人〉に関わる過去の重層的な〈出来事〉が〈僕〉という存在をしめつけるように迫ってくる。〈出来事〉が〈僕〉を圧迫し、拘束する。〈出来事〉は追憶や愛惜の対象というよりも、〈僕〉に対して苦しみをもたらすもの、抗うことのできないものと受けとめることもできる。〈出来事〉は心の傷に触れるような何かかもしれない。


 〈出来事〉部分の〈無くなったもの〉〈あの人〉が、どういうものか、どういう人かは歌詞の言葉からは不明である。作者志村にとっては特定のもの特定の人であるのだろうが、志村はそれをあえて語らなかった。むしろ、志村はそれを語ることを避けたのかもしれない。その結果、〈無くなったもの〉〈あの人〉という抽象度の高い表現となった。同じような心的機制が〈僕をしめつける〉という表現に働きかけ、〈胸を締めつける〉への修正となった可能性がある。意識的な判断かもしれないが、むしろ無意識的な選択であろう。精神分析的な観点からは、〈僕をしめつける〉という表現の強さや生々しさを抑圧したとも考えられる。『陽炎』草稿の〈僕〉という字に対する二重の×による抹消は、その抑圧を示している。


 しかし、志村が最終的に〈出来事が 僕をしめつける〉ではなく、〈残像が 胸を締めつける〉を完成版の歌詞にした判断は妥当だったと思われる。

 志村はおそらく〈僕をしめつける〉が歌詞としては重すぎる意味合いを持つことを意識的そして無意識的に避けたのだろう。ある言葉が突出すると、歌われる世界が破綻してしまうこともある。歌というものは、その歌詞にも楽曲にも調和が求められる。調和とはバランスでありハーモニーである。そして、歌い手と聞き手との間にも調和が形成されるときに、その歌の普遍性は高まる。歌が人々に共有されてゆく。



 『陽炎』は日本語ロックとしてきわめて完成度の高い作品である。四回に分けて、『陽炎』草稿には完成版には現れなかった表現を通じて『陽炎』の潜在的なモチーフが刻み込まれていることを論じてきた。


 最後に完成した『陽炎』のミュージックビデオを見てみよう。




 この映像のなかの特に冒頭の志村の表情には独特の陰影がある。何かに囚われた緊張感がある。『陽炎』草稿の〈僕をしめつける〉という表現は歌詞からは消えてしまったが、この映像で〈出来事が 胸を締めつける〉を歌う志村正彦の声や表情にはそのモチーフの痕跡がある。曲が進行して、最後の最後の〈陽炎が揺れてる〉でそのモチーフが転調し、微かなものかもしれないが、〈僕〉が何かから解放されてゆく。

 筆者はそのように感じる。過去への愛情や愛惜と過去からの分離や解放。『陽炎』という歌は、相反する方向へと振り子のように動いて揺れていく。根拠はないのだが、そのように考える。 

 

 〈残像〉も〈出来事〉も、過去も現在も、喪失も追憶も、愛着も愛惜も、〈陽炎〉も〈僕〉も、すべてが揺れていく。


2025年12月29日月曜日

『陽炎』の四つのブロック-『陽炎』草稿3[志村正彦LN376]


 『陽炎』の草稿によって、この歌をどう捉え直したらよいのか。今回はその点について考察したい。

 以前も紹介したが、志村正彦は『FAB BOOK』(角川マガジンズ 2010/06)で、『陽炎』の物語の枠組やモチーフについて貴重な発言をしている。再度この発言を取り上げたい。


僕の中で夢なのか現実なのかわかんないですけど、田舎の家の風景の中に少年期の僕がいて、その自分を見ている今の自分がいる、みたいな。そういう絵がなんかよく頭に浮かんだんですよね。それを参考にして書いたというか、そういう曲を書きたいなと思ってて、書いたのがこの曲なんです。


 つまり、〈少年期の僕〉という第一の自分、〈「その自分(少年期の僕)を見ている今の自分〉という第二の自分、〈少年期の僕〉と〈その自分(少年期の僕)を見ている今の自分〉の両方を〈頭〉に浮かべている第三の自分、という三人の自分がいる。この三項による構造が『陽炎』の歌詞を構築している。


 『陽炎』で歌われる物語の世界は四つのブロックに分けられる。

 順番に、〈少年期の僕〉の〈残像〉を〈今の自分〉が想起する〈残像〉部分、〈少年期の僕〉の物語を語る部分、過去から現在へといたる〈出来事〉を〈今の自分〉が想起する部分、(この後で再び〈少年期の僕〉の物語の後半を語る部分が挿入される)、最後の「陽炎が揺れてる」の部分の四つである。それぞれを色分けして、『陽炎』完成版の歌詞を引用する。


  陽炎 (作詞・作曲:志村正彦)

あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ

また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
残像が 胸を締めつける


隣のノッポに 借りたバットと
駄菓子屋に ちょっとのお小遣い持って行こう
さんざん悩んで 時間が経ったら
雲行きが変わって ポツリと降ってくる
肩落として帰った

窓からそっと手を出して
やんでた雨に気付いて
慌てて家を飛び出して
そのうち陽が照りつけて
遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる

きっと今では無くなったものもたくさんあるだろう
きっとそれでもあの人は変わらず過ごしているだろう

またそうこうしているうち次から次へと浮かんだ
出来事が 胸を締めつける


窓からそっと手を出して
やんでた雨に気付いて
慌てて家を飛び出して
そのうち陽が照りつけて
遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる

陽炎が揺れてる


 『陽炎』は〈残像〉部分から始まる。

 〈あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ〉と過去を想起し、〈路地裏の僕がぼんやり見えたよ〉と〈路地裏の僕〉に焦点化したところから、〈次から次へと〉〈残像〉が浮かんでくる。そしてその〈残像〉が〈胸を締めつける〉。


 この〈残像〉部分の後で、〈少年期の僕〉の物語が語られる。

〈僕〉は〈隣のノッポに借りたバット〉と〈ちょっとのお小遣い〉を持って野球をするために小学校のグラウンドに行くが、途中で〈駄菓子屋〉で何を買うか悩んでいるうちに〈雨〉が降りはじめ、肩を落として家に帰ってくる。そのうち窓から手を出すと雨がやんでいることに気づいて、慌てて家を飛び出す。外では〈陽〉が照りつけて、遠くで〈陽炎〉が揺れている。

 「手を出して」「雨に気付いて」「家を飛び出して」「陽が照りつけて」というように、動詞の連用形に「て」という助詞が付加される形で繰り返されることで歯切れのいいリズムとなって、路地裏の物語、〈僕〉の残像がまさしく次から次へと想起されていく。

 しかし、その〈残像〉は〈胸を締めつける〉ものでもある。この感情の核には、もうすでに失われた少年時代、〈路地裏〉という場と少年期の〈僕〉に対する愛惜の情があると考えてよいだろう。この愛惜が強く〈僕〉に迫ってくる。

 この〈残像〉部分の最後で〈僕〉が見ている〈陽炎〉はおそらく少年時代に実際に見たものだろう。その実景を回想として想起しているうちに、過去と現在との間の境界線がぼんやりしてきて、過去も現在も揺らめいて見える。過去と現在が混ざり合い、時間が揺れてくる。その時間の揺れのようなものを、現在の〈僕〉は〈陽炎が揺れてる〉と捉えたのではないだろうか。つまり、〈陽炎が揺れてる〉のを見つめている主体は、少年期の〈僕〉であり、現在の〈僕〉でもある。


 少年期の物語が終わった後で〈出来事〉部分が始まる。

 「出来事」部分では、〈今では〉と〈それでも〉、〈無くなったものも〉と〈あの人は〉、〈たくさんあるだろう〉と〈変わらず過ごしているだろう〉という対比が強調されている。この対比は過去と現在の時間の対比に基づいている。歌の主体の眼差しは〈無くなったもの〉と〈あの人〉に焦点化していくが、〈無くなったもの〉がどういうものか、〈あの人〉がどういう人であるかは分からない。作者志村にとっては特定のものであり特定の人であるのだろうが、聴き手にとっては不明のままである。

 この〈無くなったもの〉や〈あの人〉が具体的に語られなかったことが、〈出来事〉が〈僕を しめつける〉から〈胸を 締めつける〉へと書き直されたことの原因の一つになっているように考えられる。

          (この項続く)


2025年12月28日日曜日

草稿と完成版の差異-『陽炎』草稿2[志村正彦LN375]


 今回は、片寄明人氏のXの画像に掲載された『陽炎』草稿と『陽炎』完成版の差異について詳細に検討してみたい。

 まず、この草稿では歌詞のブロックごとにAからHまでの記号が振られていることが目につく。歌詞とメロディのブロック単位の区切りを示すのだろう。


 歌詞については表記レベルの違いがいくつかある。草稿の該当箇所に下線を引き、()内に完成版を赤字で記す。

あの街並 思い出した時(とき)に 何故だか浮かんだ

残像が 胸をし(締)めつける

きっと今では 無くなったものも沢山(たくさん)あるだろう


 語句の微細なレベルでは次の違いがある。

駄菓子屋に ちょっとのお小遣い持ってく(行こう)


 最大の違いは,前回述べた次の書き直しである。

出来事が 僕(胸)をし(締)めつける  


 この草稿の〈出来事が 僕をしめつける〉が、完成版では〈出来事が 胸を締めつける〉となっている。〈僕〉という字が消され、その下に〈胸〉という字が記されている。また、〈しめつける〉も〈締めつける〉と表記されている。

 以上指摘した差異はあるが、全体としてみればこの草稿は完成版の歌詞にかなり近いといえる。この草稿がプロデューサーの片寄明人に保管されていたということからも、この草稿は最終段階のものだったと推定できる。いったん書かれた〈僕〉が二重の×で消され、その下に〈胸〉と記されて、表現が修正されていることからも、最後の段階でこのように書き直されたのではないだろうか。あるいは歌入れの最終段階で修正された可能性もある。


 完成版の〈出来事が 胸を締めつける〉と草稿の〈出来事が 僕をしめつける〉が、歌詞の意味の次元でどのように異なるかを考察したい。

 〈出来事が 胸を締めつける〉の場合は、〈出来事〉が締め付ける対象は〈胸〉になる。〈胸〉は身体の一部を指すが、通常は〈心〉や〈感情〉を指し示す。〈出来事〉の作用は歌の主体〈僕〉の心情や感情に働きかける。このフレーズ自体は基本として感情や情緒の表現として捉えられるだろう。ある種の叙情性を帯びているともいえる。

 それに対して、〈出来事が 僕をしめつける〉の場合は、〈出来事〉が締め付ける対象は〈僕〉になる。〈僕〉の一部としての〈胸〉ではなく、〈僕〉の全体としての〈僕〉が対象となる。〈出来事〉の作用は歌の主体〈僕〉の心情や感情だけでなく、〈僕〉の存在の全体に及んでくる。〈出来事〉の比重がより大きく、重くなっていると考えてもよい。

 〈出来事〉が歌の主体〈僕〉を締め付ける。〈出来事〉が〈僕〉に重くのしかかる。威圧する。〈出来事〉が〈僕〉を追い詰める。圧迫する。あるいは〈出来事〉が〈僕〉を拘束する。束縛する。〈出来事〉によって〈僕〉の閉塞感が強まり、〈僕〉の自由が奪われる。このような意味も生じてくるかもしれない。

 歌の主体〈僕〉にとっての〈出来事〉は、抗えないような何か、不穏とも感じられる何かに近いのかもしれない。この表現からは、〈僕〉の重い苦しみが伝わってくる。

 もちろん、〈胸を締めつける〉方も、〈胸〉というのが身体的な感覚でもあることから、単なる感情や感覚を超えて身体の領域にまで迫ってくるという解釈は可能だろう。どういうものかは分からないが、ある種の痛みや苦しみが身体を貫いていることは確かだろう。〈僕をしめつける〉になると、その痛みや苦しみが増して、強い不安感や切迫感にまで達すると捉えてもよい。〈出来事〉は、〈胸〉という身体の一部ではなく〈僕〉の存在の全体に強く作用する。


 志村正彦はアルバム『フジファブリック』の作品について「ROCKIN'ON JAPAN」2004年12月号のインタビュー記事でこう発言している。


考えすぎる性格なのか、常に今の自分と頭の中にある過去のものだったりを比べたり、いろいろな葛藤がありますね。基本的にそんなにポジティヴじゃないというか、子どもの頃からみんなと一緒にいて楽しんでいるようでうしろのほうでいろいろ考えている自分がいる感じがするんですよね。


 志村は『陽炎』の最終段階まで、〈出来事〉が締め付ける対象が〈僕〉なのか〈胸〉なのかについて模索していたのではないだろうか。彼には〈考えすぎる性格〉という自覚があり、〈常に今の自分と頭の中にある過去のものだったりを比べ〉ていろいろな葛藤をかかえた自分と向き合わざるをえなかった。

 『陽炎』の歌詞のなかでは、この〈出来事〉がどういうものでるかは語られていない。志村はそのことを隠した。しかし、その〈出来事〉が〈僕〉を締め付けるのか、〈胸〉を締め付けるのかという表現については考え抜いた。そのような過程がこの『陽炎』草稿から浮かんでくる。

     (この項続く)


2025年12月27日土曜日

〈出来事が 僕をしめつける〉-『陽炎』草稿1 [志村正彦LN374]


 志村正彦の命日12月24日の夜、片寄明人氏がX(@akitokatayose)でこう呟いていた。


メリークリスマス🎄 ハンバーガーを食べて、コーラを飲みながら、君のことを思い出す。21年前、一緒にレコーディングした時の紙を見つけたよ。
僕はいま連日のリハーサルのため、ホテルに泊まってGREAT3の新曲に歌詞を書いてる。こんな素晴らしい言葉が書けるかわからないけれど。 pic.x.com/yup0INW9Fc


 〈君〉は志村正彦。〈21年前、一緒にレコーディングした時の紙〉というのは、21年前の2004年、フジファブリックのメジャーデビューアルバム『フジファブリック』や「四季盤」のシングル4枚の録音時の資料のことだろう。そう思って添付されていた画像を見てとても驚いた。ノートの罫線の枠外上部に『陽炎(かげろう)』とルビが振られていた。その下に志村が『陽炎』の歌詞をノート用紙に手書きで記していた。そこにはある言葉が削除され、新たな言葉が書き込まれていた。その漢字一字の言葉に釘付けになった。画像から文字に起こしてみたい。


  出来事が 僕をしめつける  
       胸

       *〈僕〉という形で抹消線を記したが、実際には二重の×で〈僕〉が消されている。


 この箇所は完成された歌詞では〈出来事が 胸を締めつける〉となっている。その元の形(の一つ)が〈出来事が 僕をしめつける〉だったことがこの画像で分かる。〈僕〉という字が消され、その下に〈胸〉という字が記されている。また、〈締めつける〉の表記も〈しめつける〉だった。志村正彦の歌詞やその生成について考察する上で、この資料は非常に貴重なものとなる。

 志村はアルバム『フジファブリック』についてのBARKSのインタビュー (取材・文:水越真弓)で、『陽炎』の成立についてこう語っている。


「陽炎」は、けっこうすんなりできましたね。この曲を作った翌日に、新曲用の“デモテープ発表会”を控えていて(笑)、「ヤバイ…、新曲がない」って言いいながら夜中に家で一人でピアノを弾いてたんですよ。そしたら、30分くらいでこの曲のメロディが降りてきて、歌詞も同時にスラスラできました。


 『陽炎』のメロディと歌詞が同時に30分位で出来上がったというのはきわめて珍しいことだったろう。楽曲や歌詞作りにはかなりの時間をかけたことが、彼の書いた文章や記録された発言から読み取れるからだ。また、「夜中に家で一人でピアノを弾いてた」という状況も興味深い。ピアノを演奏するなかで楽曲も歌詞も同時に浮かび上がってきたのだろう。それでも志村が作品の完成度を高めるための作業を惜しまなかったことも確かなので、実際に録音して完成するまでの過程で、〈出来事〉が〈僕をしめつける〉のか〈胸を締めつける〉のかという歌の中心軸にもなるモチーフについてあれこれと考えたのではないだろうか。


 『陽炎』についての個人的経験を振り返りたい。

 2010年の夏、「陽炎」を聴いたことが志村正彦・フジファブリックの歌との出会いだった。そして2012年の12月、富士吉田で開催された「路地裏の僕たち」主催の志村正彦展のために、この〈出来事が 胸を締めつける〉の箇所を中心に書いた「志村正彦の夏」という題のエッセイを書いたことが、結果として、〈志村正彦ライナーノーツ〉の原点となった。すでにこのブログで紹介しているが、今回の論の展開のために必要なので、この文章をあらためて記しておきたい。


 夏の記憶の織物は、フジファブリックの作品となって、ここ十年の間、私たちに贈られてきた。なかでも『陽炎』は志村にしか表現しえない世界を確立した歌である。

  あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
  英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ  (『陽炎』)

 夏は、想いの季節である。夏そのものが私たちに何かを想起させる。「街並」「路地裏」という場。「英雄」、幼少時代の光景。楽しかったり、寂しかったりした記憶が「次から次へ」と浮かんでくる。
 夏は、ざわめきの季節でもある。人も、物も、風景も、時もざわめく。「陽」が「照りつけ」ると共に、何かが動き出す。そのとき、「陽炎」が揺れる。

  窓からそっと手を出して
  やんでた雨に気付いて
  慌てて家を飛び出して
  そのうち陽が照りつけて
  遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる   (同)

 『陽炎』はここで転調し、詩人の現在に焦点があてられる。

   きっと今では無くなったものもたくさんあるだろう
   きっとそれでもあの人は変わらず過ごしているだろう

   またそうこうしているうち次から次へと浮かんだ
   出来事が胸を締めつける          (同)  

 今では「無くなったもの」とは何か。特定の他者なのか。風景なのか。十代や青春という時間なのか。あるいは、過去の詩人そのものなのか。そのすべてであり、すべてでないような、つねにすでに失われている何かが「無くなったもの」ではないのか、などと囁いてみたくなる。

 喪失という主題は青春の詩によく現れるが、大半は、失ったものへの想いというより、失ったものを悲しむ自分への想いに重心が置かれる。凡庸な詩人の場合、喪失感は自己愛的な憐憫に収束するが、志村の場合は異なる。
 彼の詩には、そのような自己憐憫とは切り離された、失ったものそのものへの深い愛情と、失ったものへ、時に遠ざかり、時に近づいていく、抑制された衝動がある。そして、喪失を喪失のままに、むしろ喪失を生きなおすように、喪失を詩に刻んでいった。それは彼の強固な意志と自恃に支えられていたが、「胸を締めつける」ような過酷な歩みでもあった。



 この〈失ったものそのものへの深い愛情と、失ったものへ、時に遠ざかり、時に近づいていく、抑制された衝動〉という〈愛情〉と〈衝動〉、〈喪失を喪失のままに、むしろ喪失を生きなおすように〉して刻んだ〈喪失〉の表現というところが、僕の志村正彦論の原点となるテーマでありモチーフである。


 この『陽炎』草稿ノートに記された〈僕〉から〈胸〉への修正はこの歌詞に大きな変化をもたらしたと考えられる。歌詞の解釈を変える可能性すらあるだろう。特に〈失ったものへ、時に遠ざかり、時に近づいていく、抑制された衝動〉というかつての捉え方についてはさらに考えを深めなければならない。

 2014年7月に開催された「ロックの詩人 志村正彦展」では、志村家が所蔵している「若者のすべて」の歌詞の草稿ノートを展示させていただいた。その草稿から完成版までの歌詞の変遷過程についての試論を展示室内の解説パネルに書いた。

 今回、片寄明人氏がXの呟きで添付した『陽炎』草稿の画像は誰もがインターネット上で閲覧できるので、このブログで四回に分けてこの重要な資料について書いていきたい。

   (この項続く)


2025年12月25日木曜日

「茜色の夕日」のチャイム、NHK甲府のニュース[志村正彦LN373]

 昨日12月24日は志村正彦の命日だった。〈フジファブリック志村正彦さんの命日「茜色の夕日」のチャイム〉というNHK甲府のニュース映像が、NHK ONEにアップされた。

  https://news.web.nhk/newsweb/na/nb-1040028670


 この映像は、昨日12月24日夕方の甲府局「Newsかいドキ」で放送されたようだ。これは見逃してしまったが、今朝の甲府局のニュースで見ることができた。毎年のようにNHK甲府はこのチャイムについて放送してくれるが、今年は例年以上に丁寧に時間をかけて映像が作られていた。残念ながら映像は一定期間が過ぎると消えてしまうので、Webの記事をそのまま引用して記録に残しておきたい。


富士吉田市出身のミュージシャンで、ロックバンド「フジファブリック」で活躍した志村正彦さんが亡くなって16年となった24日、地元で夕方に流れるチャイムが代表曲の「茜色の夕日」に変わり、多くのファンが訪れました。

志村正彦さんは、富士吉田市出身のミュージシャンで、ロックバンド「フジファブリック」のリーダーとして「若者のすべて」など世代を超えて愛される曲を発表しました。

その音楽センスを高く評価されていた志村さんは、16年前の12月24日に29歳の若さで亡くなりました。

地元の富士吉田市は、志村さんの音楽の魅力を語り継ごうと、毎年、命日の前後に代表曲のひとつ「茜色の夕日」を防災行政無線の夕方のチャイムで流しています。

24日は、志村さんが育った下吉田地区の富士急行線の駅に地元の人や全国から訪れたファンなどおよそ50人が集まりました。

雨が降り、霧がかかる中、午後5時を迎えて曲が流れると、集まった人たちは駅の様子を動画に収めるなどしながらじっくりと聴き入っていました。

この日のためにフランスから訪れたという50代の女性は「こみ上げてくるものがありました。ここに来てよかったです」と話していました。

また、志村さんの黒板アートを制作したという市内の50代の男性は「この街としてずっと覚えているという思いで描きました。志村さんには励まされたり、勇気づけられたりしています」と話していました。

「茜色の夕日」のチャイムは今月27日まで毎日夕方5時に流されます。


 昨日はこの山梨でも寒い雨が降り続いていた。そういう天候のなかで五十人ものファンが下吉田駅で集まったことはとてもうれしい。この場所以外でもチャイムを聴いていた人はたくさんいただろう。この映像でも分かるように、雨が霧のようにけぶる光景はどことなく幻想的で志村正彦の歌にふさわしい。

 記事で言及されていた〈フランスから訪れたという50代の女性〉と〈志村さんの黒板アートを制作したという市内の50代の男性〉の二人のコメントのすべてを映像のテロップから書き写したい。


〈フランスから訪れたという50代の女性〉
この日のためにフランスから訪れる

こみ上げてくるものがあって
来てよかったなと思って

詞の素晴らしさに まず胸を打たれまして
ご自身のお人柄とかいろいろ後から知って

“推し活”とか 初めてなんですけどね


〈志村さんの黒板アートを制作したという市内の50代の男性〉
市内から 志村さんの黒板アートを制作

この街として 志村さんのことを
ずっと覚えているよっていうことを

絵の形で いろいろな人にお伝えできたらなと

弱さを歌っているようで
非常に強い人だと思うので

その生き方に すごく励まされたり
勇気づけられたりしています


 フランスからわざわざ訪れた女性は“推し活”と述べていたが、海外で暮らしている方だからこそ志村正彦・フジファブリックの音楽は心に身に迫るものがあると思われる。このブログも海外の方からの読み込みがけっこう多い。

 志村さんの黒板アートを制作している男性は、志村ファンならよくご存じの「黒板当番」さんである。(ご本人がXでこの映像のことを紹介されていたので、こう書かせていただきます) 〈弱さを歌っているようで 非常に強い人だと思うので〉という見方は、志村の本質の一つを語っている。強固な意志がなければあれだけの作品は生み出せなかったことは間違いない。志村正彦は繊細な心と強い意志をあわせ持っていた。


 没後十六年が経つが、彼の心と志は、彼の歌は、時に胸に響き、時に励まし、人々に自分自身の歩みを進めていく力を与え続けている。


2025年10月7日火曜日

十月の金木犀 [志村正彦LN372]

 今朝、仕事に出かけようと玄関を開けて車に向かった瞬間、全身があの甘い香りに包まれた。記憶のなかの金木犀の香りに間違いない。やっと金木犀の季節が到来したのだ。


 毎年、9月の下旬になるといつ金木犀の香りが漂うのか気になって仕方がない。あたかも〈世の中にたえて金木犀のなかりせば秋の心はのどけからまし〉といった心境なのだ。 気温が下がることによって金木犀は開花する。ところが、今年は九月になっても夏のような気候が続いた。志村正彦は「赤黄色の金木犀」で〈冷夏が続いたせいか今年は/なんだか時が進むのが早い〉と歌った。確かに冷夏が続くと夏が短く感じられ時の速度も早くなるような気がする。6月、7月から8月、9月まで非常に暑い日々が連続した今年の夏はとても長く感じられた。時の速度もゆっくりとしていた。まるで永遠に夏が終わらないようでもあった。


 このブログでは毎年のようにこの時期に金木犀の報告をしてきた。2022年には〈毎年、甲府盆地では9月の26日か27日頃に香り始める〉と書いてある。しかし、2023年は10月15日の日付で〈数日前から、金木犀が香りだした。今年は遅い〉とあり、10月10日頃だったようだ。2024年は10月17日の日付で〈一昨日から、家の周りからあの特別な香りが微かに漂い始めた。例年より二十日以上遅いことになる〉とあるので、10月15日だった。今日は10月7日。ということは去年よりも一週間ほど早かったことにはなる。

 2023年、2024年、2025年と三年続きで10月の第一週から第二週にかけて開花しだしたのは、実感としてはやはり、夏の季節が長く続き、秋の到来が従来より遅くなっているからであろう。


 金木犀が香り始めた今日、志村正彦・フジファブリックの「赤黄色の金木犀」ミュージックビデオ(YouTube フジファブリック Official Channel)と歌詞の全部を紹介したい。




  「赤黄色の金木犀」 (作詞・作曲:志村正彦)



  もしも 過ぎ去りしあなたに
  全て 伝えられるのならば
  それは 叶えられないとしても
  心の中 準備をしていた

  冷夏が続いたせいか今年は
  なんだか時が進むのが早い
  僕は残りの月にする事を
  決めて歩くスピードを上げた

  赤黄色の金木犀の香りがして
  たまらなくなって
  何故か無駄に胸が
  騒いでしまう帰り道

  期待外れな程
  感傷的にはなりきれず
  目を閉じるたびに
  あの日の言葉が消えてゆく

  いつの間にか地面に映った
  影が伸びて解らなくなった
  赤黄色の金木犀の香りがして
  たまらなくなって
  何故か無駄に胸が
  騒いでしまう帰り道


 大学で担当している「日本語スキル」という科目は読解力・思考力・表現力を育成するものだが、後期開始の9月下旬の授業ではここ数年「赤黄色の金木犀」を取り上げている。日本語の詩的表現について考えるためだ。今年も先週行ったが、その際の学生の感想を記したい。


  • 私は金木犀が大好きなので、最初に映し出された時にどんな歌だろうと思ったが、実際に聴いて歌詞を見てみて、志村さんの作詞能力がどれほど優れていたかが伝わった。
  • 「赤黄色の金木犀」は最初と最後が切ない感じでしたが中盤が盛り上がっていてアップダウンが激しい曲だと思いました。
  • 時間が過ぎるのが早く焦り始める気持ちが、今の私と重なる部分がある。
  • 志村正彦さんの作詞力とメロディの乗せ方が上手で、その時代に生きていたかったと思うとともにその才能が存分に発揮されなかったことが非常に悔やまれるなと思った。


 志村正彦の優れた作詞能力、最初・最後・中盤のテンポ、時間と焦りの感覚についての的確な指摘があった。最後の学生は〈その才能が存分に発揮されなかったことが非常に悔やまれる〉と述べている。志村がその短い生涯で才能を十分に発揮したことは言うまでもないが、この学生が言いたかったことはおそらく、志村が今も存命であればその才能をさらに発揮して素晴らしい作品を創造したが、それが現実として叶えられなかったことに対する〈非常に悔やまれる〉想いを伝えたかったのだろう。同じような想いを私も抱いている。


 毎年、この秋の季節に「赤黄色の金木犀」の歌を聴くと、たまらなくなって、何故か無駄に胸が、騒いでしまう。


2025年10月5日日曜日

飯田蛇笏・飯田龍太文学碑碑前祭/「若者のすべて」を詠む短歌 [志村正彦LN371]

  一昨日10月3日は、山梨出身で近代俳句を代表する俳人、飯田蛇笏の命日だった。この日、甲府の「芸術の森公園」で「飯田蛇笏・飯田龍太文学碑碑前祭」が開かれた。蛇笏の孫、龍太の息子である飯田秀實氏が理事長を務める「山廬文化振興会」が主催する会で、今年で十一回目を数える。蛇笏、龍太の碑のそれぞれに居宅だった「山廬」で摘まれた花が供えられた。

 この日のための「碑前祭句会」には国内外から566句の応募があり、最高賞の「真竹賞」には仲沢和子さん(山梨県北杜市)の「雲の峰父子それぞれの文学碑」が選ばれた。応募されたすべての句は冊子に閉じられて文学碑に献句され、俳人の瀧澤和治氏と井上康明氏がおのおの二人を偲ぶ話をされた。関係者や受賞者など60人ほどの参加者が飯田蛇笏と飯田龍太を追悼する特別な場であり、貴重な時間であった。

 

 「山梨県立文学館」の研修室での授賞式の後、私が「飯田蛇笏と芥川龍之介」という題で五十分ほどの講話を行った。飯田秀實理事長からの原稿依頼をいただいて、ここ一年半ほどの間、山廬文化振興会の会報「山廬」に四回に渡って「蛇笏と龍之介」という批評的エッセイを書いてきた。その原稿を元にしてスライドを作成して、二人の交流の軌跡を六つの観点を設定して振り返った。

  芥川龍之介は「ホトトギス」大正7年8月号の雑詠欄に「我鬼」の俳号で「鍼條に似て蝶の舌暑さかな」他一句を投句し、蛇笏が「雲母」大正8年7月号で「我鬼」が龍之介と知らないまま「鍼條に」句を「無名の俳人によって力作さるる逸品」と評価したことを契機として、二人の交流が始まる。手紙のやりとりや書籍・雑誌の贈答を通じてのものだったが、この二人には深いつながりやきずながあった。このテーマについては今後このブログでも書いてみたい。


 * * *


 〈甲府 文と芸の会〉を結成したこともあり、最近は地元の「山梨日日新聞」の短歌・俳句・川柳・詩の投稿欄を読むことを楽しみにしている。ほとんどが山梨県内の愛好者からの投稿であり、山梨の風景や生活に根ざした作品が多い。生活者の眼差しからの言葉に感銘を受けることや学ぶことが少なくない。毎週日曜日に掲載されるので、今日10月5日の朝、投稿欄に目を通すと、選者の歌人三枝浩樹氏に佳作として選ばれたある短歌に目が釘付けになった。


○「若者のすべて」が流れる夕暮れは若者だった頃を思いて   北杜 坂本千津子

 

 三枝氏は選評でこう述べている。


富士吉田市出身のフジファブリック、代表曲の「若者のすべて」の流れる夕暮れ。その歌に耳を澄まして「若者だった頃を」しみじみと想起する坂本さん。名曲は時代を超えて、かく人の心に甦る。


 三枝氏の選評がこの短歌のすべてを的確に語っているので、専門家でもない僕が付言することはないのだが、一つだけ触れるならば、志村正彦・フジファブリックの「若者のすべて」が短歌の中にこのように詠み込まれ、深い感慨を覚えたことである。山梨県北杜市在住の作者坂本千津子さんは「若者だった頃を思いて」とあるので、ある程度の年齢の方だと推測する。年齢や世代を超えたこの歌の広がりを感じる。

 実際、7月の「若者のすべて」と12月の「茜色の夕日」が富士吉田の夕方の防災無線で流れることはほとんど毎回、地元のNHK、YBS山梨放送、UTYテレビ山梨のニュースで放送され、山梨日日新聞に掲載される。山梨県民のかなり多くの方(ほとんどすべて、と言ってもよいくらいに)が志村正彦とその歌の存在を知っている。


 三枝浩樹氏の「名曲は時代を超えて、かく人の心に甦る」という言葉を記憶しておきたい。

 この「かく」はこの歌を聴いたすべての人のおのおのの心のなかにある。時の流れのなかにあるもの、大切なかけがえのない何かを、それぞれの姿で蘇らせる力が「若者のすべて」にはあるのだろう。


2025年8月31日日曜日

2024.8.4/2025.2.6 フジファブリック活動休止前の二つのライブ [志村正彦LN370]

 今日で8月が終わるが、真夏のピークは去ることがない。

 気象庁によれば統計的に最も暑い夏になるそうだ。僕の住む甲府は昔から全国でも有数の酷暑の街。猛暑日の日数は今日で53日となり、過去最多の更新が続いている。実感としてもこれまでで最も暑い夏だ。できるだけ外出を避け、家に籠もり、PCに向かうことが多かった。偶景webのリニューアル、〈芥川龍之介の偶景〉シリーズの開始があり、ブログの記事を三日に一度ほどのペースで書いてきた。


 6月25日に、『フジファブリック LIVE at NHKホール』DVD/Blu-rayが発売された。今年2月6日(木)に開催された活動休止前最後のフジファブリックのワンマンライブの映像である。以下の三つの仕様があった。

・完全生産限定盤(Blu-ray 2枚組+48P LIVE写真集) ※大サイズ豪華三方背BOX仕様
・通常盤初回仕様(Blu-ray 2枚組+24P LIVE写真ブックレット) ※トールサイズクリアスリーブケース仕様
・通常盤初回仕様(DVD 3枚組+24P LIVE写真ブックレット) ※トールサイズクリアスリーブケース仕様

 完全生産限定盤と通常盤初回仕様は数に限りがあり、通常盤初回仕様は初回仕様が完売になり次第トールサイズクリアスリーブケースが付属していない通常盤へと切り替わるそうである。つまり、通常版を加えると四つ以上の仕様があるようだ。こんなにも仕様を複数化するのは、ファンへのサービスという面もあるが、ビジネス面での判断があるのだろう。他のアーティストでもこういう傾向があり、DVD・Blu-rayのパッケージソフトが以前ほど売れない現実がある。




  僕が購入したのは通常盤初回仕様のDVD。「24P LIVE写真ブックレット」を開くと、メンバー欄に〈山内総一郎/金澤ダイスケ/加藤慎一/一行開け/志村正彦/一行開け/Support Musician/伊藤大地 drums/朝倉真司 percussion〉、Special thanks to欄は左右の2段あり、左側の最後に〈志村家のみなさま/フジファブリックに関わってくださったみなさま〉右側に〈志村正彦〉一人が掲載されていた。

 活動休止前最後のライブということもあり、本編からアンコールまでMCも入れたほぼ全編の映像が記録されていた。配信にはなかった映像も挿入されて編集されていた。山内・金澤・加藤の姿もクリアに映し出されていたが、その表情はやはり四十代半ばの男性のものだった。時の流れを感じざるを得ない。メジャーデビューから21年の年月が経ったのだ。

 メンバー三人が最後に挨拶をしてステージから去った後、観客が静かなたたずまいのまま力強く拍手を続けていた。フジファブリックのファンならではの姿と拍手の音でエンディングを構成した編集が良かった。


 一年と少し前の2024年8月4日、フジファブリック 20th anniversary SPECIAL LIVE at TOKYO GARDEN THEATER 2024「THE BEST MOMENT」に出かけた。このライブでは特に、志村正彦の音源・大型モニターの映像とステージでの生演奏を複合させた演出による「モノノケハカランダ」「陽炎」「バウムクーヘン」「若者のすべて」と、アンコールでの冒頭で2008年富士吉田市民会館ライブの志村の〈この曲を歌うために僕はずっと頑張ってきたような気がします〉というMCが入った後は志村の声と生演奏だけで構成された「茜色の夕日」に感銘を受けた。映像ではあるのだが、志村正彦の表情とその変化に魅了された。時には強い眼差しで、時には憂いを秘め、時には笑顔で見つめている。片寄明人によると、志村家、メンバー、スタッフの皆で考えた選曲、演出、映像だったようだ。

 この五曲はこのライブのテーマである「THE BEST MOMENT」、最も素晴らしい瞬間、最も重要な時を表現していた。おそらく、この「THE BEST MOMENT」はまさしく、この8月4日のこの瞬間においてのみ存在させるという意図や合意があったのではないだろうか。そのためか、このライブの映像は(少なくとも現時点まで)発売されることはなかった。今、それで良いのだ、「THE BEST MOMENT」はあの時だけのものだ、という気持ちもあるのだが、心のどこかに、あの特別な五曲を含む映像が(どのような形でもよいが)リリースされないことを残念にも思う。


  これまで発売されたフジファブリックのライブ映像を挙げてみる。発売日、パッケージの名称、メディア(DVD or DVD/BD)を示す。また、志村正彦在籍時のものは青字で記しライブの日時を( )内に記す。(他にドキュメンタリー映像の中にライブが入っていることもある)


①2006年 7月12日 『Live at 日比谷野音』DVD (2006年5月3日 日比谷野外大音楽堂)
②2008年12月17日『Live at 両国国技館』DVD (2007年12月15日 両国国技館)
③2010年6月30日 「FAB MOVIES LIVE映像集」DVD[『FAB BOX』所収] (2003年~2009年 各地 全20曲)
④2011年7月20日『フジファブリック presentsフジフジ富士Q -完全版-』DVD/BD
⑤2013年4月17日『FAB LIVE』DVD/BD
(2012年12月11日Zepp DiverCity Tokyo/2011年12月16日Zepp Tokyo/2012年7月19日恵比寿リキッドルーム)
⑥2014年4月16日『Live at 富士五湖文化センター』DVD (2008年5月31日 富士五湖文化センター)
⑦2014年4月16日『Live at 渋谷公会堂』DVD (2006年12月25日 渋谷公会堂)
*2014年4月16日『FAB BOX Ⅱ』DVD ⑥⑦所収
⑧2014年5月21日『FAB LIVE Ⅱ』DVD/BD
⑨2015年4月8日『Live at 日本武道館』DVD/BD
⑩2016年2月17日『Hello!! BOYS&GIRLS HALLTOUR 2015 at 日比谷野音』DVD/BD
⑪2019年7月10日『Official Bootleg Live&Documentary Movies of“CHRONICLE TOUR”』DVD (2009年6~7月 全国9会場10公演)
⑫2019年7月10日『Official Bootleg Live&Documentary Movies of“デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!!”』DVD (2009年9~10月 全国8会場10公演)
*2019年7月10日『FAB BOX Ⅲ』DVD   ⑪⑫所収
⑬2020年2月26日『フジファブリック 15th anniversary SPECIAL LIVE at 大阪城ホール2019 「IN MY TOWN」』DVD/BD
⑭2022年12月7日『フジファブリック LIVE TOUR2022 ~From here~” at 日比谷野音』DVD/BD
⑮2025年6月25日『フジファブリック LIVE at NHKホール』DVD/BD
*なお、2019年8月28日『FAB LIST 1』CD(初回盤)にはライブ音源CD(2005年7月21日渋谷AX)がある。


 20年の活動歴の中でライブ映像は15のパッケージでリリースされている。こうしてまとめてみると、フジファブリックはライブバンドでもあったという事実が見えてくる。卓抜な演奏力があった。そして活動休止前に、2024年8月4日のTOKYO GARDEN THEATERが〈志村正彦のフジファブリック〉のライブ演奏の集大成、半年後の2月6日のNHKホールが〈山内・金澤・加藤のフジファブリック〉のライブ演奏の集大成という意図で開催されたのだろう。


 また、『フジファブリック LIVE at NHKホール』には付録として、最近の五つのMUSIC VIDEOを収録した『FAB CLIPS 5』が付属されたいた。ミュージックビデオとそのメイキング映像などを収録したDVD『FAB CLIPS』は、結局、1から5までリリースされたことになる。フジファブリックはミュージックビデオにも力を入れてきた。

① 2006年2月22日 『FAB CLIPS』(1)
② 2010年6月30日 『FAB CLIPS 2』*「SINGLES 2004-2009」初回生産限定盤の付録
③ 2015年4月8日  『FAB CLIPS 3』
④ 2020年1月29日 『FAB CLIPS 4』
⑤ 2025年6月25日 『FAB CLIPS 5』*『フジファブリック LIVE at NHKホール』の付録


 最後に一人のファンとしての願望を書きたい。

 2024年8月4日の20周年記念「THE BEST MOMENT」TOKYO GARDEN THEATERライブの映像を含めて、いろいろな権限を何とか調整してその他のフェスやスタジオライブなどの映像を収録した『FAB BOX Ⅳ』とでも名付けられる映像集・音源集をリリースしてほしい。そうするだけの価値のある映像である。


2025年8月27日水曜日

「若者のすべて」-夏の終わりに聴きたい“グッとフレーズ”[志村正彦LN369]

 8月22日(金)夜7時からTBSで『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第21弾の3時間スペシャルが放送された。夏の後半という時期に合わせ「夏の終わりに聴きたい“グッとフレーズ”」の特集があった。

 今回の出演者は、MCの加藤浩次(極楽とんぼ)、アーティストゲストのデーモン閣下(聖飢魔Ⅱ)・田邊駿一(BLUE ENCOUNT)・矢井田瞳、スタジオゲストの影山優佳・川村エミコ(たんぽぽ)・末澤誠也(Aぇ! group)・土田晃之、・矢作兼(おぎやはぎ)、VTRゲストの狩野英孝・橋本環奈・原菜乃華・間宮祥太朗。

 番組の半ば頃に「夏の終わりに聴きたい」というコーナーがあり、ZONEの「secret base~君がくれたもの~」、山下達郎「さよなら夏の日」、フジファブリック「若者のすべて」、米津玄師「灰色と青」(+菅田将暉)、松任谷由実「Hello, my friend」などが選ばれていた。


 「若者のすべて」を取り上げた部分を簡潔に紹介したい。テロップやクレジットの言葉は〈〉で括る。


 街頭インタビューでのコメントの後で、イントロが始まり、〈若者のすべて フジファブリック/ユニバーサル ミュージック〉というクレジットが示され、「若者のすべて」のミュージックビデオが流され、志村正彦が歌う姿が映し出された。歌詞のテロップが横書きに縦書きにと変わり、フォントの大きさも変化した。〈グッとフレーズ〉という字と共に、鮮明な黄色の字で〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉が縦書きで、〈会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉が横書きで表示された。

 次に下記の歌詞が一面に示され、街頭インタビューのコメントが加えられた。

 

   ―グッとフレーズ-   

 ないかな ないよな      

 きっとね いないよな     

 会ったら言えるかな     

 まぶた閉じて浮かべているよ 

           作詞 志村正彦   


 ここで初めて作詞者の「志村正彦」の名が登場した。やはり作詞者の名は必須である。

  MCやゲストの話の後で、ナレーターが語り始めた。そのテロップを記したい。


〈夏の恋に期待するも〉 
〈結局何もなく終わってしまう〉
〈誰もが共感できる経験を歌詞に〉

〈2番 主人公に嬉しい展開が!〉


 続いて、2番のミュージックビデオと〈ないかな ないよな なんてね 思ってた/まいったな まいったな 話すことに迷うな〉が表示され、この歌詞をまとめた画面に切り替わった。


  ―グッとフレーズ-    

 ないかな ないよな      

 なんてね 思ってた        

 まいったな まいったな    

 話すことに迷うな      

     作詞 志村正彦   


 ナレーターが〈好きな人とまさかの遭遇〉と語った。

 この後、MCやゲストの間でこの場面をめぐっていろいろな話が出るのだが、印象深かった箇所のテロップを書き写す。


加藤浩次  〈これは声をかけたんですかね?〉
末澤誠也  〈どっちでも捉えられる〉
加藤浩次  〈どっちですか皆さん〉
土田晃之  〈この時点では話しかけてない〉
川村エミコ  〈私は話しかけてる〉〈話しかけて一緒に花火を見てる〉
      〈でも何も言えなくて〉〈関係はどうなるのかな?〉
      (変わるのかな)〈同じ空見てるな〉
……
川村エミコ  〈花火の音が間を埋めてくれて〉
      〈助けてくれる情景が浮かぶ〉


 川村エミコの最後のコメントに説得力があった。二人が再会したとしてもあまり言葉を交わすことがなく、その間を花火の音が埋めてくれて、沈黙を助けてくれる。確かにそのような情景も浮かんでくる。


 今回の「若者のすべて」の歌詞考察は、〈ないかな ないよな〉部分のフレーズが1番から2番へ、〈きっとね いないよな〉⇒〈なんてね思ってた〉、〈会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉⇒〈まいったな まいったな 話すことに迷うな〉と転換していくことに焦点を当てていた。この転換されたフレーズが「若者のすべて」のキーフレーズの一つであり、この番組で言う〈グッとフレーズ〉であろう。これまで「若者のすべて」の歌詞の素晴らしさに触れた番組はいくつもあったが、今回の番組のようにこの歌詞の転換とそれによる歌詞の意味の展開について取り上げるものはほとんどなかったように思う。


 このシリーズ番組を振り返ると、2022年12月29日放送の『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ〜私を支えた歌詞SP2022〜』でも「若者のすべて」が取り上げられた。この時は、ナレーターが「実はこの曲を作詞作曲したボーカルの志村正彦さんはこの曲をリリースした2年後、29歳の若さで亡くなったのですが、生前この曲についてこう語っていました」という説明が入り(テロップでは〈作詞・作曲Vo.志村正彦さん 「若者のすべて」リリースの2年後… 2009年12月24日29歳で急逝〉と表示)、両国国技館ライブでの志村のMC〈センチメンタルになった日だったりとか 人を結果的に裏切ることになってしまった日 色んな日があると思うんですけども そんな日の度に 立ち止まって色々考えてた それはちょっと勿体ない気がしてきて 歩きながら 感傷に 浸るっていうのが 得じゃないかなって思って 止まっているより歩きながら悩んで 一生たぶん死ぬまで 楽しく過ごした方がいいんじゃないかなということに 26、27歳になってようやく気づきまして そういう曲を作ったわけであります〉がテロップで示された。

 ナレータは続けて「そして志村さんはその思いをこの二行のフレーズに込めたといいます」と話した。志村の歌声と次のテロップが表示された。


       ―グッとフレ ーズ―      

     すりむいたまま 僕はそっと歩き出して 


 つまり、2022年12月の番組では、〈すりむいたまま 僕はそっと歩き出して〉が〈グッとフレ ーズ〉に、今回2025年8月の番組では〈ないかな ないよな きっとね いないよな/会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉〈ないかな ないよな なんてね 思ってた/まいったな まいったな 話すことに迷うな〉という〈ないかな ないよな〉をめぐる対比的な歌詞が〈グッとフレ ーズ〉にされている。TBS『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』シリーズは毎回「若者のすべて」の歌詞を丁寧に考察していることが分かる。

    

 「若者のすべて」には三つのキーフレーズ、〈グッとフレ ーズ〉があるだろう。TBS番組が示したように〈すりむいたまま 僕はそっと歩き出して〉のフレーズと〈ないかな ないよな〉をめぐる対比的なフレーズ、その二つに〈最後の花火〉〈最後の最後の花火〉という対になるフレーズを加えると三つになる。この三つのフレーズを複合的に交錯させながら、聴き手はこの歌の物語を心の中のスクリーンに投影していく。これが「若者のすべて」の尽きない魅力となっている。