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2023年6月25日日曜日

〈間違いだらけの正義〉と〈正しく消える〉-マカロニえんぴつ

 マカロニえんぴつの存在を知ったのは四年前のことだった。「山梨学」という授業で、志村正彦・フジファブリックを取り上げた時に、学生が書いた振り返り文のなかで「山梨県出身のボーカルがいるマカロニえんぴつも聴いてみてください」とあった。youtubeにあった音源からは、サウンドの完成度と歌詞の独自性がうかがわれた。いつかこのブログでも書きたいと思っていたのだがなかなかその機会がなかった。

 この四月、山梨学院高校が優勝した春の選抜高校野球大会のMBS毎日放送の公式テーマソングが「マカロニえんぴつ」の新曲「PRAY.」であることを知った。この歌に触発されて、ここ数回書き続けてきた。NHKの「おかえり音楽室 マカロニえんぴつ はっとり」での発言や母校での演奏も参考になった。


 「PRAY.」の歌詞にはこうある。

 トンボは夜を越えて 飛べないキミのためと
 哀しく唄う
 優しく回る
 正しく消える


 〈トンボ〉は〈僕〉と〈祈り〉と〈君〉のために飛翔し、〈哀しく唄う〉〈優しく回る〉と旋回して、最後は〈正しく消える〉。この〈正しく消える〉がずっと気になっていた。

 そのうちに「青春と一瞬」に次の一節があることに気づいた。

 青春と一瞬はセットなんだぜ
 間違いだらけの正義なんだぜ
 風と友に贈る歌だぜ


 はっとりはここで、〈青春〉を〈間違いだらけの正義〉と捉えている。「青春と一瞬」は、「二十歳過ぎてから作って、当時を思い浮かべながら、高校生とかの時の自分を書いた曲」だとされている。たとえ間違いだらけであったとしても、いや、間違いだらけであるかもしれないからこそ、〈青春〉は〈一瞬〉の輝きを放つ。そのようなメッセージを受けとることができる。

 「PRAY.」は、三十歳近くになった作者はっとりが高校生の頃の自分を振り返った歌だろう。この歌の〈正しく〉は、「青春と一瞬」の〈正義〉につながる言葉だと捉えてみたい。

 〈青春〉の〈間違いだらけの正義〉は、時を経て、〈哀しく唄う〉〈優しく回る〉〈正しく消える〉という軌跡を描いた、あるいは描いている、もしくは描こうとしている、ことになるだろうか。

 〈間違いだらけの正義〉が〈正しく消える〉のが青年の軌跡だとしたら、それはいくぶんか苦いものでもある。ただし、正義が消えたあとに、ふたたび、もう一つの正義が飛翔すると考えてみてはどうだろうか。


 はっとりにとって〈正義〉や〈正しく〉というのが大切な言葉であることは間違いない。この想いはどのようなものか。まだ充分にマカロニえんぴつの作品を聴きこんでいないので、これ以上論じることはできないが、いつかその機会を設けたい。


2023年6月18日日曜日

「青春と一瞬」マカロニえんぴつ

 NHK番組「おかえり音楽室 マカロニえんぴつ はっとり」では、「青春と一瞬」が駿台甲府高校の音楽室で演奏された。はっとりは歌う前に次のように語っていた。


二十歳過ぎてから作って、当時を思い浮かべながら、高校生とかの時の自分を書いた曲ですけど、不思議といつ歌っても今の自分にささる。あの時の情熱をもしかしたら今でも追いかけているのかもしれない、変な話だけど、あの頃の自分にもう一度追いつきたいなっていう思いはあります。

 

 「青春と一瞬」(作詞作曲:はっとり)は2019年3月配信限定シングルとしてリリースされた。ミュージックビデオもYouTubeで公開されたが、オール山梨ロケの映像である。舞鶴城から見た甲府駅北側の街並、中心街の銀座通り、中央線の車窓からの風景、甲府市内を流れる荒川とその橋。見慣れた光景が次々と映し出される。その映像と歌詞を紹介したい。




書いて 消して 悩んで出した定理は
居眠りの午後三時半に見失った
全部ぜんぶ 学んでド忘れしたい
無限の宇宙を自転車で駆け抜ける

語り合ったりたまに泣いたりできるくらいの
すばらしい日々をくれ

つまらない、くだらない退屈だけを愛し抜け
手放すなよ若者、我が物顔で
いつでも僕らに時間が少し足りないのは
青春と一瞬がセットだから

覚えておいて、未来は転がるもの
この場所にずっと前からあるもの
全部ぜんぶ 眩しいね
友よ 声よ 昨日よ 僕自身よ

つまらない、埋まらない退屈だけを愛し抜け
夢が増えればハラが減る、若者であれ
いつでも僕らに時間は少し足りないのだ
青春と一瞬はセットなんだぜ

染まりたいね
使い切っていたい 黄金の色に咲く春
よだれまみれ 出来心の恋も剥き出しで

誰にも僕らのすばらしい日々は奪えない

つまらない、くだらない退屈だけを愛し抜け
手放すなよ若者、我が者顔で
ずっと埋まらないくらいでいい
時間は少し足りないのがいい

青春と一瞬はセットなんだぜ
間違いだらけの正義なんだぜ
風と友に贈る歌だぜ


〈書いて 消して 悩んで出した定理は〉の〈…て〉〈…て〉〈…で〉〈…た〉〈ていり〉という〈て〉音中心の反復。〈手放すなよ若者、我が物顔で〉の〈わかもの〉〈わがもの〉の類似音の反復。〈青春と一瞬はセットなんだぜ〉の〈…しゅん〉〈…しゅん〉の反復。そして〈セット〉は、〈せいしゅんといっしゅん〉の音から〈せ〉〈っ〉〈と〉の音が縮合されたものだろう。このような音の遊びを縦糸にして、〈つまらない、くだらない退屈だけを愛し抜け〉というメッセージが横糸として織り込まれる。

 この歌は「マクドナルド"500円バリューセット"CMソング」として作られた依頼曲である。依頼された曲でも独自の歌詞の世界を作るところは、はっとりの職人芸だ。器用でおそらく生真面目な人なのだろう。


 はっとりは、〈僕が高校生に戻って歌詞を書くというより、25,6という年になって高校時代を俯瞰で見たらどうなるだろう?という、ちょっと達観したような感じで書けた〉とあるインタビューで述べている。

 確かに、〈青春と一瞬はセットなんだぜ〉という言葉は、青春の只中ではなく、ある程度過ぎ去った時間の後で、俯瞰したメタ視点によって見出される時間の認識だ。「おかえり音楽室」での発言によれば、この認識はまだ現在進行形のようだが、ある種の苦さや儚さも込められている。はっとりにとって、〈青春〉は多様な視点と時間から反復される主題なのだろう。


2023年6月4日日曜日

[おかえり音楽室] マカロニえんぴつ はっとり

 もう一月半ほど前だが、4月21日、NHK甲府の「金曜やまなし」で「おかえり音楽室 マカロニえんぴつ はっとり」が放送された。すでに、3月18日に全国放送でオンエアされたそうだが、それは見逃してしまったので、地元局で見ることができたのは幸運だった。

  この番組は、レギュラー番組化を目指す「レギュラー番組への道」の枠で制作された。人気アーティストが過去の自分を振り返りながら凱旋ライブをする音楽ドキュメンタリーである。

 はっとりは、甲府市にある母校の駿台甲府高校を訪れた。同級生や恩師で出会うサプライズがあり、音楽室で「青春と一瞬」「あこがれ」の二曲を歌った。


〈[おかえり音楽室] マカロニえんぴつ はっとり「あこがれ」| レギュラー番組への道〉という映像がyoutubeにある。甲府のライブハウス KAZOO HALL訪問時のものなど、放送版にはない映像がある。   


  関連記事として〈マカロニえんぴつ・はっとり インタビュー!「高校時代の自分が、すぐとなりで歌っているようだった」〉がNHKのwebに掲載されている。印象に残る発言を引用したい。


 ──サプライズを経て音楽室でのライブを行った感想は?
すごく新鮮な気持ちで演奏できました。音楽室に差し込む西日がとてもきれいで、その中で歌っていると当時のことをいろいろと思い出しましたね。最後にこの場所で歌いたい2曲を演奏したのですが、今までにない気持ちでした。まるで、当時の自分がすぐとなりで一緒に歌っているような感覚でした。地元って大事なんだな、あのころの魂はちゃんとここにあるんだなと実感しました。
常に「初心忘れるべからず」と自分に言い聞かせていますが、とはいえ、仕事をこなしてしまっているなと気づくことがたまにあるんです。今日、余計なことを考えずまっすぐに音楽をやっていた学生時代を思い出して、あのころの情熱が引き戻されたように感じました。当時の自分に鼓舞されたように思います。


  〈まっすぐに音楽をやっていた学生時代を思い出して、あのころの情熱が引き戻された〉ように感じ、〈当時の自分に鼓舞された〉ように思うというのは、とても幸せな経験である。

 はっとりの歌詞にはかなり深い屈折があるのだが、その反面、このインタビューでの発言のように素直で真っ直ぐなところもあることが、マカロニえんぴつの音楽をこの時代にふさわしい魅力あるものとしているのだろう。