2018年10月13日土曜日

10月7日山中湖、Mt.FUJIMAKI 2018。

 先週の日曜日、10月7日(日)、「山中湖交流プラザきらら」で開催の「Mt.FUJIMAKI 2018」に行ってきた。山梨県御坂町(現・笛吹市)出身の藤巻亮太が企画し、同郷の宮沢和史や音楽仲間たちに呼びかけて実現したフェスだ。台風が心配されていたが、関東地方はすでに通り過ぎていて、夏が戻ってきたような暑さの中のドライブとなった。

 会場へ向かう途中、富士吉田で「ハタオリマチフェスティバル2018」が開催中だったので寄ることにした。富士吉田は「織物」、ファブリックの街。その地域の魅力を伝えるフェスティバルで、織物や様々なグッズの店、食べ物屋、ワークショップやライブなどのイベントが開かれていた。



 十時過ぎに会場の下吉田に到着。本町通りから路地裏の方を通って小室浅間神社、市立第一小学校と歩いていった。ここは志村正彦が生まれて育った場所。フジファブリック『陽炎』の舞台ともなった。

  あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
  英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ

  また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
  残像が 胸を締めつける

      (『陽炎』作詞・作曲:志村正彦)

 数年ぶりにこの界隈を歩いたのだが、路地裏はさらに時の経過に置き去りにされているようだった。この日は「ハタフェス」で表通りが華やかだった分よけいにそう感じたのかもしれない。

 カフェのリトルロボットでランチ。この日は北杜市のSUN.DAYS.FOODと甲府市のNODOによるコラボショップだった。北杜と甲府の店が吉田で臨時オープン。街のフェスらしい趣向で良い試みだ。洋風のお好み焼きと特製のジンジャーエールが美味しかった。
 三年前にここで佐々木健太郎&下岡晃(analogfish)のライブが開かれた。下岡晃は『茜色の夕日』の弾き語りをした。歌い終わるとぼそっと「いい歌だね」と呟いた。そんなことを思い出した。

 吉田を後にして、忍野を経由する。花の都公園の花々が美しい。十二時半、大渋滞を通り抜けやっと山中湖きららに到着。車を降りると真夏のような日差しが降り注いでいた。富士山は向かって左側が雲に隠れていたがその悠然とした姿を現していた。まだ夏の富士だ。



 会場の「イスシートエリア」に入り、持ち込んだ小さな折りたたみイスに腰掛けた。夏のフェスなんで十数年ぶりのこと。なんだか落ち着かない気分だ。見渡すと会場にはざっと四千人から五千人くらいの人が集っていた(正式な数は知らない)。山梨出身やゆかりの音楽家が中心のフェスだからなんとか成功してほしいと思っていたが、動員的には大成功だろう。



 一時過ぎにスタート。オープニングは藤巻亮太が一人でステージに立った。アコースティックギターを奏で歌い始めたのは「粉雪」。この曲は山中湖のスタジオで録音されたそうだ。この場にふさわしい幕開けとなった。

  粉雪舞う季節は いつもすれ違い
  人混みにまぎれても 同じ空見てるのに
  風に吹かれて 似たように凍えるのに
     …
  粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら
  二人の 孤独を分け合う事が出来たのかい

      (『粉雪』作詞・作曲:藤巻亮太 )

 彼の声が微風に乗って大空へとどこまでも伸びていく。力強くしかも微妙に揺れるような声が粉雪のようにして聴き手に舞い降りてくる。この歌を聴くだけでもここに来た甲斐があった。そう思わせるのに十分な出来映えだった。

 ゲストの一番目は和田唱(TRICERATOPS)。 ファースト・ソロ・アルバム(10月24日発売)収録の『1975』を披露。歌詞を追いかけると、彼の故郷である東京を舞台とする歌だった。発売されたら音源を聴いてみたい。彼は「フジフジ富士Q」で『陽炎』を歌った。志村正彦の良き理解者であった。
 二番目が浜崎貴司(FLYING KIDS)。もう三十年となるキャリアにふさわしい貫禄と余裕の歌いぶりだった。『風の吹き抜ける場所へ』が心地よかった。
 三番目に山内総一郎(フジファブリック)が登場。フジファブリックの故郷は山梨だと発言したが、志村正彦という固有名詞への言及はなかった。エレクトリック・ギターを奏でながらで新曲『Water Lily Flower』を歌った。自らエレキで伴奏するアレンジには工夫があった。
 和田唱、浜崎貴司、山内総一郎は藤巻亮太と共にレミオロメンの曲も歌った。藤巻亮太BANDは、Gt岡 聡志、Ba御供信弘、Dr河村吉宏、Key皆川真人、Pf桑原あい。曲によって弦楽四重奏も加わった。

 藤巻とアルピニストの野口健とのトーク・タイムを経て、四番目にASIAN KUNG-FU GENERATIONが登場。この日唯一のバンドとしての出演だった。非常によくコントロールされたサウンドが美しく、グルーブ感も抜群だ。バンドサウンドとしての完成度が高い。後藤正文はレミオロメンと共演した時『雨上がり』を聴いて感嘆したと語った。同世代のバンドとしての強い連帯感もあったのだろう。
 五番目、ゲストとしての最後に宮沢和史が登場。言うまでもないが、山梨県甲府市出身の音楽家だ。THE BOOM『星のラブレター』『世界でいちばん美しい島』そして『中央線』。三つとも故郷の山梨を舞台や主題とする歌である。最後に山梨で結成されたエイサーグループを入れてバンドサウンドで『島唄』を演奏した。どれも素晴らしく、この日の出演者の中では彼の歌がベストパフォーマンスだったと思う。中でも『中央線』が染み込んできた。特に山梨から東京へと上京した者にとっては、心の深いところへ入り込んでくる歌だ。

  逃げ出した猫を 探しに出たまま
  もう二度と君は 帰ってこなかった
  今頃君は どこか居心地のいい
  町をみつけて 猫と暮らしてるんだね

  走り出せ 中央線
  夜を越え 僕をのせて

      (『中央線』作詞・作曲:宮沢和史)

 最後に、藤巻亮太と彼のBANDが登場。ヴァンフォーレ甲府の創立50周年アンセム『ゆらせ』では観客も青色のタオルを揺らせて一体感が高まった。エンディングはMt.FUJIMAKIのテーマ曲『Summer Swing』。十月であるにもかかわらず、この日は夏の終わりを思わせる気候だったので、歌詞がこの日のこの場の雰囲気に合っていた。
 エンディングは出演者全員がステージに集まった。マイクをバトンタッチしながら『3月9日』が歌われる。ややぎこちないその様子が手作り感のあるこのフェスらしかった。湖畔は夕暮れを迎えていた。

 山中湖で開催の「Mt.Fujimaki 2018」。「山梨愛」「故郷愛」にあふれる素晴らしいフェスティバルだった。会場の雰囲気も山中湖という場も富士山という風景もとても良かった。それはそうなのだが、
 藤巻亮太がいて、宮沢和史がいる。でも志村正彦はいない。
 どうしてもそう感じてしまう自分がいた。
 彼が健在であればおそらくこのステージに立っていたことだろう。宮沢和史、藤巻亮太、志村正彦という山梨で生まれた三人は、もちろん山梨という場に限定されない、日本語ロックを代表する音楽家、詩人である。そうではあるが、大月で生まれ甲府で育った僕にとってこの三人は、甲府の宮沢、御坂の藤巻、吉田の志村でもある。この三人の共演は、かなえられない夢想として、いつまでもあり続ける。

 「Mt.Fujimaki 2018」の成功は心から祝福したい。そのこととは無関係であり別次元のことだが、志村正彦の不在という現実をつきつけられた。書いてもしかたのないこと、書くべきではないことかもしれないが、そのままここに、その想いを書きとめておきたい。


2018年10月3日水曜日

スガシカオ・桜井和寿・小林武史『若者のすべて』[志村正彦LN199]

 前回の記事は、2018年9月26日に放送された《日本テレビ系『スッキリ』内の「HARUNAまとめ」フジファブリック特集》を記録したものだが、多くの方に読んでいただいたようだ。地上波の全国放送の影響力はやはりすごい。フジファブリックがこのような形で注目されたのは初めてのことだろう。

 今回は、番組でもほんの少しだが紹介されたスガシカオ・桜井和寿・Bank Bandによる『若者のすべて』について書いてみたい。
 幸いなことに先日、wowowで『ap bank fes  2018』が放送された。7/14から7/16の間、静岡つま恋で開催されたこのフェスを「前日祭・Day1」と「Day2」の二回に分けて収録したものである。スガシカオと桜井和寿がBank Bandの演奏に乗って『若者のすべて』を歌っていた。
(『若者のすべて』は「前日祭・Day1」に収録。10/16(火)午後1:00再放送予定)

 スガシカオの声は艶やかでほのかな色気もある。五十歳を超えた年齢を感じさせない若々しさもある。言葉の拍の区切り方が明瞭だ。だから歌詞のひとつひとつが自然に聴き手に伝わってくる。数多くあるこの曲のカバーの中でも出色の出来映えだ。
 桜井和寿はとても素直な歌いぶりだった。この曲のカバー音源の創始者にふさわしく、『若者のすべて』をリスペクトしている姿勢がうかがえた。スガシカオと桜井和寿の二人の声のハーモニーも美しかった。
 Bank Bandの一員として、神宮司治(レミオロメン)がドラムを担当(河村智康とのツインドラムの一人として)。山梨出身の神宮司がリズムを刻んでいるのはやはり感慨深かった。ベースは亀田誠治。彼はフジファブリックのシングル『Suger!!』をプロデュース。ゆかりのある音楽家がステージで演奏していた。

 21世紀に入ってからすでに20年近くの年月が経っているが、その間に誕生した「日本語ロック」の系譜の作品の中で、この曲ほど人々に親しまれているものはないだろう。発表当時はそれほど注目されなかったが、ここ十年ほどでその評価は揺るぎないものとなった。そのような流れを作った音楽家として第一に挙げられるのは、桜井和寿そして小林武史だろう。そのことを振り返ってみたい。

 2010年6月30日、『若者のすべて』カバーを収録したBank Bandのアルバム『沿志奏逢3』が発売された。「ap bank」の「エコレゾ ウェブ」の「沿志奏逢 3」Release Special には関連記事がたくさん掲載されている。リリースを告げる記事には、《櫻井が本作品の為に新たに選曲した「若者のすべて」(フジファブリック)、「有心論」(RADWIMPS)、「ハートビート」(GOING UNDER GROUND)など、Mr.Childrenよりも新しい世代のアーティストの楽曲にも敬意を持ってBank Bandがカバー/リアレンジしています》とある。関連記事として桜井と小林武史のインタビューも掲載されている。『若者のすべて』に言及している部分を引用してみよう。


―― 櫻井さんの曲との出会い方って、一般リスナ-と変わらないところが凄く親近感湧くんです。例えばフジファブリックの「若者のすべて」は、ラジオで聴いて好きになったそうですね。
櫻井 そうですね。あとSyrup 16gの「Reborn」もそうなんです。 ラジオで掛かってたのを聞いて好きになるということは、僕のなかで重要なことでもあるんですけど。

 ―― 「若者のすべて」も初々しさがありますね。あと、花火が出てくる夏の情景が描かれ、フェスにもピッタリというか......。

櫻井 そうでしょうし、あとこの曲はですね、最初聴いた時に「アレンジが小林さんぽいな」って思ったんです。サビ前のとことか、3番のサビに出てくる仕掛けとか......。これ、Mr.Childrenとして最近は歌わなくなった音の飛び出し方をするアレンジでもあるわけですよ。「それを今の時代にまた鳴らすというのもいいなぁ」という想いもあったんですけどね。あと同時に、「この曲の持つ切なさとは何だ?」というのをずっと考えながらレコ-ディングしてました。
《「沿志奏逢 3」Release Special 櫻井和寿Interview(前編)(取材 小貫信昭)》

―― ここからは『沿志奏逢3』の内容にも関わっていくわけですが、若い世代とのレゾナンスにおいて、「若者のすべて」という楽曲が大きなポイントになったようですね。 

小林 あの曲は「本当にいい曲だなぁ」というのは、櫻井だけじゃなく僕も思っていたことで、それをBank Bandで実際に演奏してみた時、様々なことが共振共鳴し合えるイメ−ジもハッキリ浮かんだんですよ。なのであの曲が核となって他のいろいろな曲が選ばれていったとこがあったんです。
《「沿志奏逢 3」Release Special 小林武史Interview(前編)(取材 小貫信昭)》


 桜井の『若者のすべて』との出会いはラジオだった。『若者のすべて』の「切なさ」が鍵となったようだ。1970年生まれの桜井はこのとき40歳。音楽家としても生活者ともしても折り返し地点にたどりつく年齢だ。新しい世代のアーティストの楽曲をカバーすることで、ある種の再生、再出発を試みたのかもしれない。
 小林にとっても「本当にいい曲」であり、演奏を通じて「様々なことが共振共鳴し合えるイメージ」があったというのは興味深い。『沿志奏逢3』の楽曲は、『若者のすべて』が核となって選ばれていったというのは貴重な証言である。桜井と小林は、『若者のすべて』の歌詞と楽曲の持つポテンシャルを見抜いた。二人の指摘の通りいやそれ以上に、様々な歌い手によって歌い継がれている。藤井フミヤ、槇原敬之、柴咲コウをはじめとする人気歌手。小林武史自身がプロデュースしたanderlustなど若いアーティスト。そして、クボケンジ、安部コウセイたち、志村正彦の友人や仲間によって大切に歌われている。

 最後にwowowの放送に戻りたい。この映像では観客が一緒に『若者のすべて』を歌うシーンがたくさん挿入されていた。一人ひとりの表情が生き生きとしていた。このフェスに集う人々にとってこの曲は馴染みのものかもしれない。しかしそれでも、ほとんどの観客が声を出して口ずさんだり拍子に合わせて手や体を揺らしたりしている姿を見ると、胸に迫ってくるものがあった。

 志村正彦・フジファブリックの『若者のすべて』は、「人々」によって歌い継がれている。何よりもそのことに心が動かされる。

2018年9月26日水曜日

フジファブリック・奥田民生・綾小路翔(日本テレビ『スッキリ』)[志村正彦LN198]

 今日の甲府盆地は雨に煙り、涼しく、秋めいてきた。富士山は初冠雪だったそうだ。昨日からほのかに金木犀の香りも漂う。

 本日、9月26日、フジファブリックが日本テレビ系『スッキリ』の「HARUNAまとめ」コーナーに出演すると知ったが、あいにく山梨県内の系列局では別番組が放送されていて見ることができない。あきらめていたのだが、夜になって映像サイトにUPされていることに気づいた(感謝)。早速拝見したが、予想よりはるかに丁寧に志村正彦とフジファブリックの軌跡をたどっていた。映像が消えないうちに放送内容をワープロで打ってこのblogに記しておきたい。ネット上のテキストとして記録していくことも「偶景web」の目的である。

 番組はハリセンボンの近藤春菜によるナレーションで進行した。はじめに今年の夏に注目を浴びた『若者のすべて』MVの映像を流し、志村正彦の歌う表情が大きく映し出される。続いて、槇原敬之( Listen To The Music The Live 2014年)、桜井和寿・スガシカオ(ap bank fes 2018年)のライブ映像を紹介し、様々な大物アーティストにカバーされていることを伝えた。春菜さん自身、十年ほど前から大好きになったと述べていた。

 『赤黄色の金木犀』MV、『陽炎』ライブ(渋谷公会堂 2006年)、『虹』ライブ(ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2008年)、『銀河』ライブ(COUNT DOWN JAPAN 0809年 → 富士五湖文化センター 2008年)でフジファブリックの歴史をまとめた後で、春菜さんのナレーションでこう告げられた。

そんなまさにバンドとしてこれからって思っていた矢先
2009年12月24日(テロップ)
ヴォーカル&ギターの志村正彦さんが29歳の若さで急逝

 この後、奥田民生のコメント映像に切り替えられた。(背後に流れたのは志村による『茜色の夕日』、その後、フジフジ富士Qでの奥田の『茜色の夕日』へと変わった)
 よく知られたことだが、志村正彦は奥田民生に大きく影響されて音楽家を目指した。奥田の発言をできるだけ忠実に文字に起こす。


音楽に対してすごい真面目だったでしょうし、曲を作ったりすることを、すごい、なんていうんですかね、楽しんで積極的にやっている印象はあったし、この先というかね、本当は変わっていくところが、変わり始めるタイミングのような気も少ししてたんで、それも見たかったですけどね。

人が減ってね、その当然音が変わるのは当たり前で、その中でまあ新しい曲と昔の曲も交ってますし、昔の曲もね、昔のようにやってるわけではない。もう新しいものになってますから。それもなんかまあ、僕が見る限りすごい自然にこうどちらかが浮くこともなく、なんかこう調和してる気がしますね。違うものになれって言ってるわけじゃないけど、なんかこう変わっていく楽しさみたいなものがね、やっていただければと思います。


 奥田のコメントの後、志村正彦を失った後のフジファブリック、山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一の三人によるフジファブリックに焦点が当てられる。『夜明けのBEAT』(制作の経緯と『モテキ』にも触れて)、『SUPER!!』、『カンヌの休日』、『電光石火』、『手紙』のMVやライブ映像が続いた。
 綾小路翔(氣志團)のコメントもあった。彼は志村のバイト先「東高円寺ロサンゼルスクラブ」の先輩であり、デビュー前からの良き理解者だった。綾小路の発言も文字化する。


世の中にフジファブリックを知らしめた4人のうちの3人が引き継いで、そして今まったく違う新しいものになっていってる、極めて珍しい例だと思うんですよね。そこの妙な感じが俺はフジファブリックの一つの魅力なんじゃないかなというふうに思ってるんですけど。

この間もフェスで久しぶりに一緒になってずっと見てたんですけど、新しいものにもうなってるなって思って、またあの3人になってからの自由さみたいなものも感じて、それまでとはまた全然違うんだな、違う別バンドなんだな、でも、なんか残ってるものは残ってる。だから全部が妙なんですよ。妙ですごくいいっていうか、クセになるっていうか。フジファブリックにしか出せないメロディとグルーヴと存在感っていうのがね、彼らにしかできないほんとone&onlyですよね。


 奥田民生と綾小路翔の表情と声のトーンにリアリティがあった。各々の「キャラクター」ではなく、「人」としての「素」の想いが伝わってきた。(そのことは文字では表せないので、できれば映像をそのまま見ていただきたい)特に奥田の「本当は変わっていくところが、変わり始めるタイミングのような気も少ししてたんで」はいつまでも記憶すべき言葉だ。奥田だからこそ見えていた(奥田にしか見えていなかった)志村の姿がそこにはある。綾小路の「違う別バンドなんだな、でも、なんか残ってるものは残ってる」も正直で的確だ。
 奥田の言う「変わっていく楽しさ」、綾小路の言う「妙ですごくいい」。二人の先輩の言葉は、現在の三人にとってとても有り難いものとなったことだろう。

  最後は『若者のすべて』と新曲『Water Lily Flower』(映画『ここは退屈迎えに来て』主題歌)のスタジオライブ。(ドラムはBOBOさんで4人編成)『若者のすべて』は一部が演奏されただけだが、これまで何度も聴いた山内総一郎ヴァージョンの中では最も良い出来映えだったと思う。山内の歌い方が自然だった。以前より歌詞のニュアンスを生かすことができている。
 来年の15周年企画、新しいミニアルバム『FAB FIVE』に触れ、「天の声」の愉快な喋りも降ってきて、番組は終了した。

 志村正彦のフジファブリック、そして現在のフジファブリック。朝の全国放送の地上波にもかかわらす、18分近い時間をかけて丁寧に構成したことに出演者と番組制作者の愛を感じた。今年の『若者のすべて』の季節の終わりをまさに締めくくる番組だった。


2018年9月20日木曜日

堕落モーションFOLK2 、LOFT HEAVENで。

 昨夜、9月19日、渋谷「LOFT HEAVEN」の『RESPECT vol.2』堕落モーションFOLK2/成山剛のライブに行ってきた。7月にオープンしたこの会場は九つ目のロフトになるそうだ。今はもうない西新宿の「新宿ロフト」が僕のライブハウス体験の原点。ロフトが今でも成長し続けていることを「RESPECT」したい。

 今年の夏はどこにも行けなかったので東京小旅行の気分だった。新宿でランチの後、新宿シネマカリテで『顔たち、ところどころ』(Faces Places)を見た。映画監督アニエス・ヴァルダと写真家でアーティストのJRがフランスの田舎を旅しながら、村々に住む人々の「顔」の大きな写真を貼り出すドキュメンタリー作品。人々の「顔」が、「ところどころ」のその集積がとてつもない「アート」となっていた。難解さや独りよがりなところのないとても愉快な映画だ。固定的なアート観を揺さぶり、覆す力を持つ。

 渋谷に移動。開演まで時間があったので、途中にある「渋谷ヒカリエ」11階の「スカイロビー」へ。お上りさんが文字通りのお上りさんとなる。ここからの展望は建造物がミニチュアのように立ち並んで面白い。丹下健三が設計した国立代々木競技場の特徴ある屋根も見える。ここで開かれたブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドの初来日公演に出かけたことを思いだした。『BORN IN THE U.S.A.』の時代なので、そのパワフルな歌と演奏に圧倒された。調べると1985年4月開催、当時はまだ東京で暮らしていた。色々なことが記憶から遠ざかりつつある。

 六時過ぎに「LOFT HEAVEN」へと歩き始める。地図を見ながらだったが少し迷った。きょろきょろしていると、ビルの合間の夜空に半月が現れた。よく晴れていたのでくっきりと映えて美しかった。
 「LOFT HEAVEN」に無事到着。しばらく待ってから入場。階段を降りていくと、内装のまだ新しい素敵な空間が開けてくる。





 百人ほどの椅子席が用意されていた。落ち着いて音楽を聴くのにふさわしい場だ。僕たちのような年齢になると、こういう感じが嬉しい。
 最初に成山剛の登場。ふわっとしてやわらかく綺麗な声が魅力の歌い手だった。札幌在住ということで、あの地震について触れていた。

 休憩後、堕落モーションFOLK2の登場。オリジナル曲、カバー曲、スパルタローカルズの曲を織り交ぜていた。会場の音響の特性か、安部コウセイの声、伊東真一のギターの音が耳に鋭角的に飛び込んでくる。聴覚の刺激が高まる。生で聴く彼らの歌と演奏は、当然かもしれないが、音源より力強い。

 8曲ほど聴いたところで9時を過ぎていた。渋谷から甲府まで帰るには3時間以上かかる。この日は平日。『完璧な犬』演奏後に僕たちの時間はタイムアウト。残念だが新宿に戻り、帰路につかねばならなかった。
 車窓からはずっと東京の月が見えていた。やがてそれは山梨の月となった。帰宅した時にはもう日が変わっていた。ネットを見るとセットリストを挙げてくれた方がいた。会場を出た直後、『夢の中の夢』が歌われたことを知った。

 この歌については以前このblogに書いたことがある。いつか聴いてみたいとずっと思っていた曲だった。仕方がない。次の機会を待つしかない。そんな風に自分に言い聞かせて眠りについた。この日ライブで『夢の中の夢』を聴くことは夢の中の夢となってしまった。

 今朝起きて、安部コウセイのtwitterで『夢の中の夢』の映像がアップされていることに気づいた。貴重な贈り物だ。映像という形だが記憶に残すことができる。本当に有り難い。早速再生してみた。


  友達は今日も夢の中の夢で
  終わらない音楽 鳴らし続けてる


 この歌の直前までその場、その現実の場にいたのだが、この場、この映像の場にはいなかった。不思議な感じだ。その場とこの場とがねじれて交錯して、夢の中の夢のようだった。



2018年9月16日日曜日

複雑な図柄のファブリック-『陽炎』4[志村正彦LN197]

 今日の甲府盆地は夏の揺り戻しのような天気で気温が三十一度に上がった。この夏の『若者のすべて』熱の余波なのか、最近このblogのページビューも増えている。tweetして紹介していただくこともある。ありがたい。
 今回は、この強い日差しに促されるようにして『陽炎』論に久しぶりに戻ろう。

 『陽炎』3の回で、『FAB BOOK』(角川マガジンズ 2010/06)での志村正彦の発言「田舎の家の風景の中に少年期の僕がいて、その自分を見ている今の自分がいる、みたいな。そういう絵がなんかよく頭に浮かんだんですよね」を引用して、この作品には、「少年期の僕」、「その自分(少年期の僕)を見ている今の自分」、「少年期の僕」と「その自分(少年期の僕)を見ている今の自分」の両方を「絵」として見ている自分、という三つの自分がいると書いた。

 このことに関連するもう一つの証言がある。「oriconstyle」2004年7月14日付の記事(文:井桁学)で志村は次のように語っている。


今の自分が少年時代の自分に出くわすっていう絵が、頭の中あって。そこで回想をして、映画に出てきそうなシーンを書きたいなと思って作りました。


  『FAB BOOK』の「田舎の家の風景の中に少年期の僕がいて、その自分を見ている今の自分がいる、みたいな。そういう絵」からさらに一歩踏み込んで、「今の自分が少年時代の自分に出くわすっていう絵」が頭の中にあったと述べている。今の自分が少年期の自分をただ「見ている」のではなく、「出くわす」のである。現在の自分と少年期の自分、二人の自分が遭遇する。発売当時の資料によると『陽炎』には「ワープ」というテーマがあったようだ。時の隔たりを超えてワープするようにして、現在と過去の自分が遭遇する。「映画に出てきそうなシーン」でもある。そのようなシーンの幻が『陽炎』を創り上げた。

 作者の志村はどう考えて『陽炎』を創作したのか。それに関する作者自身の発言を二つほど紹介した。歌をどのように聴こうが、聴き手の自由である。作者自身の発言に縛られる必要もない。それでも複雑なファブリックのように組織されている志村正彦・フジファブリックの作品の場合、作者の様々な発言がその織り込まれ方を解析する鍵を与えてくれることがある。自由に聴くこと、多様に考えること、その二つは共存できる。

 ここで『陽炎』のミュージックビデオをあらためて視聴したい。歌詞も付記する。
 少年期の自分、現在の自分、その二人の自分を語りあげる自分。三つの自分が絡まり合う複雑な図柄のファブリックとして『陽炎』を聴く。そのように聴くとどのような風景が描かれるだろうか。




 
    『陽炎』(作詞作曲:志村正彦)

  あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
  英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ

  また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
  残像が 胸を締めつける

  隣のノッポに 借りたバットと
  駄菓子屋に ちょっとのお小遣い持って行こう
  さんざん悩んで 時間が経ったら
  雲行きが変わって ポツリと降ってくる
  肩落として帰った

  窓からそっと手を出して
  やんでた雨に気付いて
  慌てて家を飛び出して
  そのうち陽が照りつけて
  遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる

  きっと今では無くなったものもたくさんあるだろう
  きっとそれでもあの人は変わらず過ごしているだろう

  またそうこうしているうち次から次へと浮かんだ
  出来事が 胸を締めつける

  窓からそっと手を出して
  やんでた雨に気付いて
  慌てて家を飛び出して
  そのうち陽が照りつけて
  遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる

  陽炎が揺れてる


2018年9月8日土曜日

藤巻亮太ミニライブ in 小瀬

 一週間前になるが、9月1日、小瀬・中銀ズタジアムで開催のヴァンフォーレ甲府vsFC町田ゼルビアの試合前に、藤巻亮太のミニライブがあった。

 先月、藤巻はヴァンフォーレ甲府スペシャルクラブサポーターに就任した。2015年にヴァンフォーレ甲府創立50周年を記念してアンセム「ゆらせ」の作詞・作曲を手がけるなど、甲府との関係は深い。彼自身サッカーが好きでフットサルのチームも率いている。
 今回のライブは、10月7日「山中湖交流プラザきらら」で開催の音楽フェス「Mt.FUJIMAKI」のプロモーションのためだろう。僕もこのイベントに行く予定だが、その前に最近の彼の歌を聴くことができたのは幸運だった。
 
 空がまだ明るい中、アコースティックギターを抱えて登場。試合開始1時間以上前の時間帯で、チーム成績が振るわずに観客がかなり減少していることもあり、特にメインスタンドの観客の入りは淋しかった。本人もちょっと拍子抜けしたかもしれない。
 1曲目はVF甲府アンセム「ゆらせ」。アンセムにしてはかなりテンポが速いこの曲をアコギをかき鳴らして力強く歌った。(選手やサポーターにとって良い声援となったが、試合は完敗だった。審判の不可解な判定もあったが、勝利への執念と貪欲さで町田に負けていた)

 2曲目は「Mt.FUJIMAKI2018」テーマソングの『Summer Swing』。初のライブ演奏だと述べていた。
 「夏の終わり」を感じさせる曲。季節感があふれる歌詞に初期のレミオロメンを思わせるメロディ。スタジアムのPAを使っているので、音の質が悪くて気の毒だったが、そんなことを気にするでもなく堂々と声を大きく上げて歌いきった。ソロになってから試行錯誤が続いているようだが、この日の彼はどこか吹っ切れた様子で、現在の自分をアピールしていた。耳に入り込んできた歌詞の一節を引用する。


   思い出が美しいなんて まるでばかげた蜃気楼


 「ばかげた蜃気楼」という喩えは藤巻らしい言い回しだ。明るい屈折感が言葉の底に漂っている。たとえば志村正彦の描く「蜃気楼」(フジファブリック『蜃気楼』)のような混沌とした暗さはない。陰陽という差異を導入するのなら、陽の「蜃気楼」と陰の「蜃気楼」のような隔たりがあると言えるかもしれない。

 『Summer Swing』のMVがyoutubeで公開されているので紹介したい。





 母校の笛吹高校(正確に言うと彼の母校は石和高校だが、2010年、石和高校と山梨園芸高校が統合されて校名も変わり「山梨県立笛吹高等学校」となった)の終業式での演奏も入っている。山梨のロケーション撮影でいっぱいのミュージックビデオである。

 10月7日が楽しみだ。宮沢和史そして山内総一郎や和田唱と一緒にステージに立つのだろうか。そのとき何を歌うのだろうか。


2018年8月31日金曜日

堕落モーションFOLK2 『若者のすべて』・HINTO『シーズナル』[志村正彦LN196]

 8月の最後の日。暑さはまだ続くだろうが、8月を超えて9月になると「夏」でなくなるような気がするのはなぜだろう。月、暦の上の区切りが、「夏」を終わらせてしまう。

  堕落モーションFOLK2/若者のすべて @ 下北沢Laguna 

という映像が安部コウセイのinstagramに上がっている。

 このライブは8月27日(月)に行われた。夏の最後に近づい日付ゆえにこの歌が選ばれたのだろう。安部は何度か『若者のすべて』を歌っているが、ネット上に公開されたことは初めてだろう。「(すりむいたまま 僕はそっと)歩き出して」から「僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ」までの1分間ほどの映像だが、安部コウセイの『若者のすべて』の雰囲気がよく伝わってくる。

 視線を落としたうつむき顔なので表情を読みとるのは難しいが、歌詞の言葉の一つ一つをかみしめるように丁寧に歌っている。安部らしいハイトーンの声がのびやかに広がっている。とても素直で力強い歌いぶりが印象に残る。伊東真一のストロークも心地いい。「僕らは変わるかな」のところは安部コウセイならではの声と節が響きわたる。彼にとってのキーワードなのだろう。

 安部の率いる三つのユニットの一つ、HINTOには 『シーズナル』という夏の名曲がある。





 以前この曲について次のように書いたことがある。


 『シーズナル』と『若者のすべて』の間に、描かれる物語の内容でもモチーフの面でも、直接的、間接的な対応関係はないと考えられる。しかし、二つの歌のサビの部分にはある種の共通した雰囲気もある。
 『シーズナル』のサビは三回繰り返される。それぞれの末尾はこうだ。

  めぐってめぐって少しずつ変わって


  愛して憎んで少しだけわかって


  めぐってめぐって少しだけ変わった



 『若者のすべて』の最後の歌詞「僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ」と、『シーズナル』の「少しずつ変わって」「少しだけわかって」「少しだけ変わった」という展開が、どこかでこだましているのではないかという筆者の感想を記した。何の根拠もない感想にすぎないのだが、言葉がそのように作用してきた。instagramの映像を見てそのことを思い出したので、繰り返しになるがここに書きとめておきたい。

 『若者のすべて』は数々の歌い手によってカバーされている。この作品を歌いこなすのは難しい。技術的な面でも難度は高いが、それ以上に、志村正彦の歌詞の世界を映像として描きだすのが非常に難しい。聴き手の心の中に、『若者のすべて』の世界を一つの短編映画のように上映させなければならないからだ。
 歌い手の側からすると、『若者のすべて』は鏡のような存在でもある。歌い手の心象がそこに写し出されてしまう。カバーの仕方によって質がかなり変化する。逆に、カバーに挑みたくなる作品なのだろう。

 この歌が聴き手にとっても歌い手にとっても愛されている要因かもしれない。