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2021年5月5日水曜日

高校音楽教科書の『若者のすべて』[志村正彦LN273]

   志村正彦・フジファブリックの『若者のすべて』が、来年2022年度(令和4年)から使われる高校の音楽Ⅰの教科書、教育芸術社の『MOUSA1』に採用されたことをネットの情報で知った。(音Ⅰ703,  令和4年度 高等学校用教科書 音楽Ⅰ MOUSA1)

 来年から高校では新しい学習指導要領による教育が始まる。それに伴って教科書も全面的に改定されるのだが、旧課程の教科書から引き継がれる教材もあれば、新たに導入される教材もある。その新教材に『若者のすべて』が選ばれたのである。志村の音楽ファンの一人として、そして高校の教育に携わっていた者としても、 教育芸術社とこの教科書の著作者・編集者の見識と英断に熱い拍手を送りたい。

 僕もある高校国語の教科書の編集協力者として、教材選択の仕事や関連教材の執筆をしたことがあるので、教科書作りの大変さは分かっている。様々な観点から総合的に教材となる作品を検討しなければならない。文部科学省の検定があるので、細心の注意も必要である。僕は国語についての経験しかないが、教材の決定については、その教科書の著作者や編集者の一人ひとりの考えが尊重される。この『MOUSA1』についても同様であろう。おそらく『若者のすべて』を強く推す方がいて、編集会議で承認されたのだと思われる。

 調べてみると、以前からこの『MOUSA1』にはロック音楽の系譜図が載っていたり、ロックの歌が採用されていたりするので、ロック好きの担当者がいるに違いない。とても喜ばしいことだ。ここ半世紀の若者の音楽の中心にロックは存在している。

    「令和2年度使用都立高等学校及び都立中等教育学校(後期課程)用教科書 教科別採択結果(教科書別学校数)」によると、この『MOUSA1』の現行課程版は、234校中73校で採択されている。採択数はトップ、採択率は31%になる。都立高校等で音楽を選択する高校生の3割がこの教科書を学んでいる。来年度からは新課程版だが、もっと採択率が上がるかもしれない。

 教育芸術社のwebには、この教科書の 内容解説資料 が掲載されている。「歌唱」という単元については次のように書かれている。


多感な時期にある生徒が楽しく幅広く音楽を学習することができるよう教材を精選し,提示の仕方を工夫しながら,ポピュラー・ソング,唱歌,芸術歌曲,合唱曲,ミュージカル・ナンバー,オペラ・アリアなどを取りそろえました。特に,長い間歌い継がれ,親しまれてきた曲を豊富に収録するとともに,我が国の伝統的な歌唱も学習できるよう,能の謡を取り上げました。


 この単元の一つとして「ポピュラー・ソング」が取り上げられ、次のように説明されている。


広く親しまれている《翼をください》《見上げてごらん夜の星を》《Memory》の他,生徒の心に響くポピュラー・ソングを新たに5曲加えました。

現在までの推移を10年ごとに区切り,それぞれの時代を彩った歌を1曲ずつ選びました。


2010年代《Lemon》(P.12・13)
2000年代《若者のすべて》(P.16・17)
1990年代《負けないで》(P.15)
1980年代《クリスマス・イブ》(P.115)
1970年代《翼をください》(P.14)
1960年代 《見上げてごらん夜の星を》(P.64・65)
1940年代《東京ブギウギ》(P.114)


 『若者のすべて』は、「生徒の心に響く」曲、「時代を彩った歌」として選ばれた。(P.16・17)とあるので、初めの方に載る。これは重要なポイントだ。見開き2頁だから楽譜がしっかりと記載されるのだろう。参考までに、この7曲のリリース日の順に作詞作曲者を付けて並べてみよう。


1948年1月        《東京ブギウギ》 作詞:鈴木勝・作曲:服部良一
1963年5月1日   《見上げてごらん夜の星を》 作詞:永六輔・作曲:いずみたく
1971年2月5日   《翼をください》 作詞:山上路夫・作曲:村井邦彦
1983年12月14日《クリスマス・イブ》 作詞・作曲:山下達郎
1993年1月27日  《負けないで》 作詞:坂井泉水・作曲:織田哲郎
2007年11月7日 《若者のすべて》 作詞・作曲:志村正彦
2018年3月14日 《Lemon》 作詞・作曲:米津玄師


 この7曲の中で純粋なロックと言えるものは『若者のすべて』だけである。もともと「ポピュラー・ソング」という枠組での選択だからロックは1曲しかないのかもしれない。逆に言うと、『若者のすべて』は良い意味でロックの枠を超えているのだろう。ジャンルを超越して、作品そのものがこの時代の「ポピュラー・ソング」の代表曲、私たちの歌として愛されている。

 誰もが知る名曲が並ぶ中で、『若者のすべて』、そして作者志村正彦の一般的な知名度は最も低いのかもしれない。しかし、この曲が生まれてから十四年経つが、いまだにこの歌は浸透し続けている。2000年代の代表曲としての評価が高まってきた。『MOUSA1』の著作者・編集者もそう判断したのだろう。そして、この教科書に収録されることで、この作品はさらに広まっていく。やがて、この半世紀の日本語ロックの最高の達成としての評価が定まるだろう。

 来年から、かなりの数の高校生がこの教科書で『若者のすべて』と出あう。歌う。奏でる。十年ほど前であれば信じられないような話だが、これは現実である。彼の母校でも、音楽の授業で歌われることになるかもしれないのだ。作者の志村が一番驚いているだろう。〈教科書に載るなんてロック的でない〉とか言いそうだが、〈僕の曲を知らない高校生や若者に聴いてもらいたい〉と語っていた彼のことだがらやはり素直に喜ぶだろう。志村正彦の歌詞についての授業を高校と大学で実践してきた僕としても、とても嬉しい。

  今日はあえてこう書きたい気分です。志村正彦のことをとても誇らしく思います。


2 件のコメント:

  1. 小林先生、詳しく解説してくださってありがとうございます。私もこのニュースを知った時には感激、感涙でした。本当にすごいことだと思います。
    これからさらに多くの人の心に深く刻まれ、「日本語ロックの最高の達成としての評価」につながることでしょうね。
    ここまでになったのは「若者のすべて」の素晴らしさはもちろんですが、小林先生を始め、多くの方が、志村君の作品の素晴らしさを伝え続けたからこそだと思います。
    小林先生、本当にありがとうございました。

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    1. コメント、ありがとうございました。
      記事の繰り返しになりますが、高校の音楽の教科書に載るなんて、十年くらいまでは想像できませんでした。
      いろいろな場で、志村正彦・フジファブリックの音楽が認められるのはほんとうに嬉しいです。これからも、彼の音楽を愛する人々が伝え続けることが大切ですね。

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