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2020年12月25日金曜日

『HAPPY XMAS (WAR IS OVER)』John & Yoko/志村正彦[志村正彦LN267]

 「Merry Christmas, Mr. 志村正彦」と、安部コウセイはこのところ毎年12月24日に呟いてきた(@kouseiabe)。今年は、「夜のるすばん電話【特別編】〜志村正彦について〜」という1人喋りラジオ番組で20分ほど、志村のことを語っていた。12月24日の一日限りの無料公開。とても興味深い内容だった。聞き逃した人も少なくないかもしれないので、後日、この話を取り上げてみたい。

 この番組の冒頭で安部コウセイは「Merry Christmas, Mr. 志村正彦」と呼びかけていた。今年は文字ではなく声だった。この言葉に誘われて、今日は、ジョン・レノン&オノ・ヨーコの『HAPPY XMAS (WAR IS OVER)』の映像をまず載せてみたい。


 HAPPY XMAS (WAR IS OVER). (Ultimate Mix, 2020) John & Yoko Plastic Ono Band + Harlem Community Choir



  

 HAPPY XMAS (WAR IS OVER)


Happy Xmas, Kyoko, Happy Xmas, Julian

So this is Xmas and what have you done

Another year over and a new one just begun

And so this is Xmas, I hope you have fun

The near and the dear one, the old and the young

A very Merry Xmas and a happy New Year

Let’s hope it’s a good one without any fear


And so this is Xmas (War is over)

For weak and for strong (If you want it)

For rich and the poor ones (War is over)

The world is so wrong (Now)

And so happy Xmas (War is over)

For black and for white (If you want it)

For yellow and red ones (War is over)

Let’s stop all the fight (Now)

A very Merry Xmas and a happy New Year

Let’s hope it’s a good one without any fear


And so this is Xmas (War is over)

And what have we done (If you want it)

Another year over (War is over)

A new one just begun (Now)

And so happy Xmas (War is over)

We hope you have fun (If you want it)

The near and the dear one (War is over)

The old and the young (Now)

A very Merry Xmas and a happy New Year

Let’s hope it’s a good one without any fear

War is over if you want it, war is over now


    written by John Lennon and Yoko Ono


 昨夜、NHKで『“イマジン” は生きている ジョンとヨーコからのメッセージ』という番組があった。2020年、ジョン・レノンの生誕80年、没後40年。このメモリアルイヤーにジョンとヨーコがこの世界に残したメッセージを見つめ直すものだった。

 歌詞の世界にも触れていた。「俳句は今まで僕が読んだ中で最も美しい詩だと思う。僕ももっと歌詞を俳句のようにシンプルにしたいね」というジョンの言葉。『LOVE』は俳句に影響されていたようだ。『IMAGINE』がジョンとヨーコの共作になった経緯も述べられていた。

 コロナ危機、エッセンシャルワーカーの存在、そしてBlack Lives Matterの運動。世界の人々が分断されていった2020年、『IMAGINE』『LOVE』や『HAPPY XMAS (WAR IS OVER)』がとりわけ心にしみてくる。

 志村正彦・フジファブリックは、2008年12月8日に日本武道館で開催された『Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ』に出演している。2001年から2009年まで9回開催されたこのライブは、オノ・ヨーコの「どんな些細なことでも夢を持つこと。それが世界を変えていく大きな力となるのです」という呼びかけによって、アジア・アフリカの教育に恵まれない子どもたちの学校建設を支援するチャリティ・コンサートである。2008年の出演者は、オノ・ヨーコ、奥田民生、斉藤和義、Char、トータス松本、フジファブリック、BONNIE PINKなどだだった。

 志村正彦は「志村日記」(『東京、音楽、ロックンロール』)でこう述べている。


  ジョン・レノンスーパーライブ 2008.12.08

 ジョン・レノンスーパーライブ@日本武道館

 フジファブリックはちょうど真ん中くらいの出番だったかな。出演されているアーティストさん達はソロ活動のシンガーさんが多く、ぱっぱっとバックメンバーさん達と曲を奏でては、ステージを降りていきましたが、機材転換時間が多くかかってしまうバンド、フジファブリックはやはり一曲しか出来ませんでした。ホントは二曲やる予定でして、ドラマーのシータカさんともリハーサルも済んでいたのに。ちょっと残念。でも名曲” Strawberry Fields Forever”をカバー出来て、幸せな日でした。オノ・ヨーコさんはステージ上で僕らはハグ(抱きしめて…)してくれました。

 出来なかった曲は、今後絶対ワンマンライブでやる。めっちゃ練習したからね。そして初の日本武道館。ステージから観る客席は良かったよ。360度お客さん。もっとやりたかったし、やれるであろう曲達も出来てきている…作らねばならないので、それを目指そう。ちょっとね、照準を定めたかもしれない。「しれない」という心構えじゃあ出来ない会場なので、定めた。やる。そう遠くないうちに…。


 この時の映像が、youtube にある。 2008年 Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ のいくつかの映像の一つである。

     


 この映像の最後のシーンで、志村正彦が登場している。ちょっと照れくさそうにしながら一生懸命に声を出している。彼が歌った『HAPPY XMAS (WAR IS OVER)』の歌詞は次の箇所である。


And so happy Xmas (War is over)

For black and for white (If you want it)

For yellow and red ones (War is over)


 残念ながらここでカットされてしまったが、この後おそらく次の部分が歌われたのだろう。


Let’s stop all the fight (Now)

A very Merry Xmas and a happy New Year

Let’s hope it’s a good one without any fear


 この歌の中でも「without any fear」というところに惹かれている。あらゆる意味での戦争のない世界、恐怖のない世界こそが、私たちが望む世界である。

 この映像にはオノ・ヨーコも登場する。志村正彦や他のメンバーもハグされたのだろう。そして、この時が志村にとって初の日本武道館のステージだった。「ステージから観る客席は良かったよ。360度お客さん。」「ちょっとね、照準を定めたかもしれない。「しれない」という心構えじゃあ出来ない会場なので、定めた。やる。そう遠くないうちに…。」と書いている。日本武道館でのライブが目標となったようだ。それは叶わなかったが、志村正彦がこの会場で『HAPPY XMAS (WAR IS OVER)』を歌った姿を心に刻んでおきたい。



2020年12月17日木曜日

ジョン・レノン/志村正彦 『Love』[志村正彦LN266]

 JOHN LENNON『Love』のミュージックビデオが「johnlennon」公式チャンネルにある。2003年リリースのDVD『レノン・レジェンド』収録作品の「Ultimate Mix」ヴァージョンである。公園と海辺のシーンは、1971年、ニューヨーク、マンハッタン島の「Battery Park」とスタテン島の「South Beach」で撮影された。この時、ジョンは31歳、ヨーコは38歳。ジョンとヨーコ、二人の「LOVE」の日常を伝えている。 

 


LOVE. (Ultimate Mix, 2020) - John Lennon/Plastic Ono Band (official music video HD)


   LOVE 

 Love is real, real is love

 Love is feeling, feeling love

 Love is wanting to be loved

 Love is touch, touch is love

 Love is reaching, reaching love

 Love is asking to be loved

 Love is you, you and me

 Love is knowing we can be

 Love is free, free is love

 Love is living, living love

 Love is needing to be loved


 written by John Lennon

 vocals and guitar: John Lennon

 piano: Phil Spector

 produced by John Lennon, Yoko Ono & Phil Spector

 from the album 'John Lennon/Plastic Ono Band'


 映像の最後の場面。海辺の波打ち際の光景。二人が各々書いた「JOHN LOVES」「YOKO LOVES」の文字に打ち寄せうる波。文字は消えていくかに見えるが、映像は溶明に転換される。だから、この文字がどうなるのかは分からない。この文字を「Imagine」することが求められているのかもしれない。


 ジョン・レノンが亡くなった1980年に志村正彦は生まれた。


 志村正彦・フジファブリックは、『Love』のカバーを2005年9月30日発売のジョン・レノンへのトリビュート・アルバム『HAPPY BIRTHDAY,JOHN』(東芝EMI)に収録している。また、2009年10月14日発売『LOVE LOVE LOVE』(EMIミュージック・ジャパン)では『I WANT YOU』をカバーしている。

 志村は生涯で二度、ジョン・レノンとザ・ビートルズのカバー曲をリリースしたことになる。どちらも志村ならではの「歌」の世界を作っている。何よりもジョンレノンへのリスペクトが感じられる。

 なかでも僕は、志村が『Love』で「Love is touch」と歌うところにもっとも惹かれる。この歌を何度聴いても、この「Love is touch」に慣れてしまうことがない。いつも何かが心の中で動く。心と体のやわらかいところに触れてくる歌い方だ。


「志村日記」(『東京、音楽、ロックンロール』)でこの音源の制作について述べている。


 JOHN LENNON  2005.09.09

 もう知ってる方も多いと思いますが、フジファブリックはJOHN LENNONトリビュートアルバムに参加しています。今月末の発売ですか。名曲をカバーしてます。いろんなミュージシャンと同じように、ビートルズを聴いて育った僕ですが、まさか自分がJOHNのトリビュートに参加できるなんて夢にも思ってなかったんで、夢心地です。しかもオノ・ヨーコ公認…。

 とはいいつつ、曲はドカンと思い切ったことやりました。JOHNの感じに似せてとか、JOHNの感じでとか、そんなことは恐れ多くてできませんでした。でもかなりいい感じです。

 今回のレコーディングはレコーディングスタッフ、メンバーともに、1980年生まれの人が多かったです。JOHN LENNONの亡くなった年の生まれの人達です。なんか不思議な感じです。あ、今回は久しぶりに片寄さんともやってます。

 とにかくスゴいものが出来ました。


 志村自身も「1980年」という年には特別な想いがあったのだろう。

この歌のライブは『Live at 渋谷公会堂』に収録されている。2006年12月25日、クリスマス一夜限りで渋谷公会堂で行われたライブだ。映像がyoutubeにあった。

 


 志村はアコースティックギターを奏でながら伸びやかに歌っている。しかも静謐で美しい。ここでの「Love is touch」の歌い方は、CD音源と異なり、強いアクセントが込められている。何かに触れようとするかのように。辿りつこうとするかのように。

 今振り返ると、志村正彦のすべての歌は、あまりあからさまに語られることのない「愛」の歌であったようにも思われる。

 


    


2020年12月8日火曜日

ジョン・レノンそしてオノ・ヨーコ

 今日はジョン・レノンそしてオノ・ヨーコのことを書いてみたい。想い出語りである。

 四十年前の今日、1980年12月8日、ジョンは銃弾に倒れた。深夜、時差があるのでその翌日だったかもしれないが、確か12時を過ぎた頃に友人から電話があった。「ジョン・レノンが死んだのを知っているか」京都生まれの彼が京都弁で捲し立てたことを覚えている。(その京都弁は再現できないが)。なぜ彼からの電話だったのか。よく思い出せない。僕がジョン・レノンの熱心なファンだったことを知っていたのだろうか。前後の記憶が欠落している。

 その3週間前くらいに、『ダブル・ファンタジー』がリリースされていた。僕の部屋のオーディオラックにそのアルバムが立てかけられていた。ジョン・レノンとオノ・ヨーコの久しぶりのアルバムだった。その夜からかなりの間、このアルバムを繰り返し聴いた。ジャケットの二人の写真も繰り返し見た。

 当時の僕は一人の聴き手として「ロックの時代」を生きていた。今振り返ると、ジョン・レノンが亡くなった1980年は時代の曲がり角だった。その後ゆるやかに、「ロックの時代」は終焉を迎えていく。

 それから遡る1970年代前半の時代、僕はロックミュージックに強く強く惹かれていた。当時の音源や情報源は、深夜放送と音楽雑誌。あの頃のラジオでほぼ毎日のように流れていたのがジョン・レノン。曲は『ラブ』や『マザー』。アルバムでいえば『ジョンの魂』。ロックの中心にジョン・レノンがいた。

 英語の歌を聴くという経験、もちろん聞き取ることも理解することも大してできなかった。だが、ジョンの声と言葉には意味を超えるものがあった。声が心に染み込む。そして身体に染み渡る。そんな経験は初めてだった。そして、やがて、言葉の一つ一つが何かを突き破るようにして聴き手に届けられていく。ロックは声だ、言葉だ、そういう確信も得た。

 オノ・ヨーコにも強い関心を持った。ジョンの妻であること。日本人であることが大きかったのだろう。1973年4月、ジョンとヨーコは、「ヌートピア」という架空の国家の誕生を宣言した。領土も国境もない想像の国家、『イマジン』の具現化だった。

 1974年8月、来日したオノ・ヨーコ&プラスティック・オノ・スーパー・バンドのライブを新宿厚生年金会館で見た。ヨーコの声とパフォーマンスに圧倒された。分からないままに分からないものを聴いていたのだが。公演終了後、通用口近くで投げキッスをして車に乗り込んで去って行くヨーコをたまたま目撃した。当時の僕には何もかもが鮮烈だったが、四十数年が経つと靄がかかってしまう。しかし、車に乗り込む瞬間のオノ・ヨーコだけは記憶に深く刻きこまれている。

 オノ・ヨーコのライブを見た1974年8月、僕は15歳、高校1年生だった。ジョン・レノンが亡くなった1980年12月、僕は21歳、大学4年生になっていた。十代後半からそれを少し超えるまでの7年ほどの年月、僕にとってのロックの季節は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが輝いていた「ロックの時代」にそのまま重なっている。


 


2020年2月11日火曜日

映画『イエスタデイ』のジョン・レノン

 今夜2月11日 18:05~18:34、NHK総合の「ひとモノガタリ」という番組で「若者のすべて~失われた世代のあなたへ~」が放送される。志村正彦(フジファブリック)と彼が遺した曲を支えにして生きる人たちをテーマにしたそうだ。昨夜のNHK甲府の「Newsかいドキ」で冒頭が少し紹介されていた。あと数時間後の本放送を待ちたい。

 前回書いた映画『イエスタデイ』でジョン・レノンが登場するシーンがyoutubeにあった。4分ほどの場面である。この映画は昨年10月に公開されたので上映の機会は少なくなってきた。それでも東京、大阪、兵庫などでは2月から3月にかけて上映する映画館もある。ご覧になる予定の方はこの記事はスルーしていただくことにして、今回はその映像を紹介したい。




 この映像だけを取り出すと、まるでこのシーンが中心のようであるが、映画全体からするとあくまで一つの挿話に過ぎない。しかし、前回書いたように、このジョン・レノンのシーンを中心に据える見方もあるだろう。僕はそう見た。ジョンの登場シーンのためにこの映画は作られたのではないかと。それはそうとして、まるで、ジョン・レノン登場シーンとそれ以外のシーンが、パラレルワールドになっているような関係なのだ。『Yesterday』と『Imagine』がパラレルになっているとも言える。

 このシーンをよく見ると、ジョンの家の前の船底を上にして置かれた小舟に「Imagine」と書かれていることに気づく。この船の名は「Imagine」号なのだ。船が逆さまなので文字も逆さまであり、逆さまのパラレルワールドに相応しい。
 ジャックとジョンの次の会話の場面が胸に刻まれる。


 Jack  So good to see you. How old are you?
 John  78.
 Jack  Fantastic! You made it to 78.


 映画『イエスタデイ』のジョン・レノンが78歳まで生き続けていたことは「Fantastic!」以外のなにものでもない。この後で二人はハグをする。映画という虚構の人物と現実の人物の虚構の抱擁のように。

 40歳で亡くなった「ビートルズのジョン・レノン」が存在する世界。
 78歳まで生き続けた「船乗りのジョン・レノン」が存在する世界。
 この二つの世界に対して、もう一つの世界を想像する。
 「ビートルズのジョン・レノン」が78歳まで生き続ける世界。
 僕たちは第三のパラレルワールドを「imagine」することができるだろう。




【付記】 前回の記事について「偶景webを通勤時に読んじゃだめですね(;_;) パラレルワールド... 」と呟いていただきました。(;_;)という顔文字、充分にimagineできました。


2020年2月2日日曜日

映画『イエスタデイ(Yesterday)』

 甲府の映画館シアターセントラルBe館にときどき出かける。街中での映画とランチがこのところの唯一の愉しみである。少し前に、映画『イエスタデイ(Yesterday)』[2019年、監督ダニー・ボイル・脚本リチャード・カーティス]を見てきた。予告編で知って上映を待っていた作品だ。

 youtubeにある予告編を見てみよう。




 公式サイトではこう紹介されている。

舞台はイギリスの小さな海辺の町サフォーク。シンガーソングライターのジャック(ヒメーシュ・パテル)は、幼なじみで親友のエリー(リリー・ジェームズ)の献身的なサポートも虚しくまったく売れず、音楽で有名になりたいという夢は萎んでいた。そんな時、世界規模で原因不明の大停電が起こり、彼は交通事故に遭う。昏睡状態から目を覚ますと、史上最も有名なバンド、ビートルズが存在していないことに気づく─。

自分がコレクションしていたはずのビートルズのレコードも消え去っている摩訶不思議な状況の中、唯一、彼らの楽曲を知っているジャックは記憶を頼りに楽曲を披露するようになる。物語はジャックの驚きや興奮、戸惑いや葛藤、そして喜びがビートルズの珠玉の名曲とともに語られていく。何気なく友人たちの前で歌った“イエスタデイ”がジャックの人生や世界までも大きく変えていくが、夢、信念、友情、愛情…ビートルズの楽曲が人生のすべてのシーンを豊かに彩る。

 この紹介通り、ビートルズをモチーフにした音楽映画である。いわゆる「売れない音楽家」のサクセスストーリーでもあり、素晴らしいラブストーリーでもある。wikipediaでは「ファンタジー・コメディ映画」とされていたが、そんなジャンルがあることを始めて知ったが、確かに「ファンタジー」であり「コメディ」でもある。とても質の高いエンターテイメント映画であり、ビートルズ・ファン、ロック音楽ファンにとっては必見の作品である。

 シアターセントラルBe館では2月6日まで上映。全国ではすでに公開が終わっている段階だが、まだ上映中か上映予定の映画館もいくつかあるので、近くで見ることができる方にはお勧めしたい。(これから書くことは「ネタバレ」となっていることをお断りします)

 終わり近くに全く想像していなかったシーンがあった。

  ジャックがある海辺の家をたずねると、「ジョン・レノン」が現れたのだ。

 風貌はそっくりだが、それなりに高齢になったジョンを見た瞬間、涙があふれてきた。とどめることができなかった。
 要するに、ビートルズが存在しなかったパラレルワールドで、「ビートルズのジョン・レノン」ではない「ジョン・レノン」が存在しているのだ。その「ジョン・レノン」は40歳で亡くなることなく、現在まで生き続けている。老いてきたが元気に暮らしているのだ。

 このシーンのためにこの映画は制作されたのではないかというのが僕の直観だった。「ジョン・レノン」が現在まで生き続けているというのは「夢」にすぎないのだろうが、この映画『イエスタデイ』は映画という「夢の中の夢」として、きわめて美しく、そしてある種の必然性を備えて描いている。

 出逢いの後のジャックとジョンの会話が素晴らしい。リアリティがある。ジョンは船乗りとなり世界をまわり、今は78歳。そしてジョンは、エリーとの関係に悩むジャックに対して、エリーへの「愛」を伝えることを説く。このシーンが転換点となって、映画はクライマックスとハッピーエンドにたどりつく。

 ネットで調べると、ダニー・ボイル監督がジョン・レノン登場シーンについて語ったインタビュー記事が見つかった(取材・文:編集部・市川遥)。取材者が配給会社に問い合わせたところ、「フィルムメーカーとジョン・レノンを演じた俳優は、ジョン・レノンの人生と思い出に敬意を表すため誰が演じているかを公表しないという契約をしています。彼らの希望を尊重し俳優の名前は公表致しません」という回答があったそうだ。パラレルワールドのジョン・レノンは、「名前」の公表されないない「俳優」によって演じられた。パラレルワールドのジョン・レノンという夢への尊厳が貫かれている。

 ボイル監督はこのシーンについて「あえて、ヒメーシュと彼を会わせなかったんだ。撮影でドアが開く、あの瞬間までね。だからヒメーシュにとって、あの一瞬はものすごい瞬間だったわけだよ(笑)」と語っている。このような演出の配慮によって、あの場面は役者にとっても、そして観客にとっても「ものすごい瞬間」となったわけである。
 一歩間違えば荒唐無稽な夢物語に陥った場面が、自然に受け入れられる展開になったのは、制作者のきめ細かい心配りがあったからだろう。
 さらに監督はこう述べている。


映画が変わるシーンでもある。ジャックが突然、本当にたくさんのことに気付くわけだから。映画の魔法だよ。恐怖や暴力は、絶対的な美しさと驚異の瞬間によって克服できる。僕たちは、ちょっとの間、そんな勝利は可能だって信じることができるんだ。暴力は勝たない。美しさと真実、イマジネーションが勝つんだ。とても特別で、とても誇りに思っているシーンだよ


 「美しさと真実、イマジネーションが勝つんだ」という監督の発言は、この映画の究極のテーマである。まさしく「Imagine」である。
 そして、「船乗りのジョン・レノン」が存在し続ける世界を「Imagine」すること。同時に、「ビートルズを創ったジョン・レノン」が存在した世界を「Imagine」すること。この二つのパラレルワールドは、互いに互いを「Imagine」する世界なのかもしれない。その世界では「ジョン・レノン」が存在してる。

 最後に思い出語りをしたい。ロック音楽を聴き始めた70年代前半、僕はジョン・レノンにのめり込んでいった(僕だけでなくあの頃は誰もがそうだったが)。当時すでに、ジョン・レノンはライブ活動からは遠ざかっていた。日本でジョンのライブを見ることは不可能だった。しかし、オノ・ヨーコの方は実験的な音楽をライブでも試みていた。

 1974年8月、僕は新宿厚生年金会館でオノ・ヨーコ&プラスティック・オノ・スーパー・バンドのライブを見た。オノ・ヨーコの声とパフォーマンスに圧倒された。スティーヴ・ガッド、ランディー・ブレッカー、マイケル・ブレッカーという豪華なメンバーもいた。終了後、オノヨーコが投げキッスをして車に乗り込んで去って行くのをたまたま目撃した。当時は何もかもが鮮烈だったが、さすがに四十数年が経つと、靄がかかった断片しか思い出せないが。

 かなり後になってから知ったことだが、この頃はジョンとヨーコは別居状態で、ジョンにとって「失われた週末」の時代だったそうだが、この映画の「船乗りのジョン・レノン」もまた妻との間にそのような日々があったことをうかがわせる話をしていた。パラレルワールドのそれぞれで二人のジョンは、愛とそこから得た真実において同等の経験をしているようだ。

 1980年、ジョン・レノンの生は閉じられてしまった。40歳という早逝の人生だった。ロック音楽家には夭折や早逝が少なくない。彼らのパラレルワールドを「Imagine」することは、夢の中の夢のような行為かもしれないが、僕もある音楽家のパラレルワールドを想像した。

  You may say I'm a dreamer
  But I'm not the only one
  I hope someday you'll join us
  And the world will be as one