2022年2月13日日曜日

抒情と祈り-『花』[志村正彦LN305]

 志村正彦の抒情の方法について考えてみたい。志村の場合、人への想いを抒情として表現するにしても、それが直接的に語られることはほとんどない。自らの眼差しによって、景物や風景の動きや時間の流れを描いていく。その変化や瞬間の出来事に、抒情の核になるものが、秘められてあるもの、隠されてあるものとして叙述されている。それゆえに、抒情が透明になる。抒情の純度が高くなる。

 志村正彦・フジファブリックの『花』には、時間と場所が連動する流れがある。歌い手の眼差しの動きによって、時と場の変化が表現されている。歌詞の連に番号を付けて引用したい。


 『花』 作詞・作曲:志村正彦

1.どうしたものか 部屋の窓ごしに
  つぼみ開こうか迷う花 見ていた

2.かばんの中は無限に広がって
  何処にでも行ける そんな気がしていた

3.花のように儚くて色褪せてゆく
  君を初めて見た日のことも

4.月と入れ替わり 沈みゆく夕日に
  遠吠えの犬の その意味は無かった

5.花のように儚くて色褪せてゆく
  君の笑顔を見た日のことも


 1連。〈どうしたものか〉とあるので、理由もなく、偶々、歌の主体は自分の部屋にいて、部屋の窓ごしに花を見ているのだろう。窓の枠によって、歌の主体と花とは隔てられている。〈つぼみ開こうか迷う花〉は、比喩としてよりも純然たる描写として捉えたい。花の姿をありのままに眺めている。まだ閉じられている蕾が開花していく微かな動きがある。開花するには、一日の光や温度などの気候的な条件が関与する。歌の主体は、開花するまでの一瞬の停滞する時間を「迷う」と表現しているのかもしれない。比喩ではないとしても、〈つぼみ開こうか迷う〉には、閉じられた状態から開かれた状態への移行がある。それを見つめる眼差しによって、結果として、主体の何らかの想いが重ね合わされているかもしれない。

 2連。部屋のこちら側で、歌の主体は〈かばん〉の中を見つめる。〈かばん〉の中が開かれ、〈無限に広がって〉いるように見える。ここにも、閉じられた〈かばん〉を開けるという動きがある。その内部が〈無限に広がって〉いくことによって、〈かばん〉が外部へと開かれてゆく。歌の主体は〈何処にでも行ける〉気がするのだが、しかし、それは何処にも行けないことの裏返しかもしれない。

 4連。歌の主体は部屋の外へと出て行く。〈月と入れ替わり 沈みゆく夕日に〉には、〈夕日〉が沈んでいく代わりに〈月〉が上っていくという〈入れ替わり〉の動きがあり、そこには、その動きを描写する眼差しがある。日中が終わろうとする時と場の中に〈遠吠えの犬〉が登場するのだが、〈その意味は無かった〉の〈その〉が指し示すものが難しい。〈犬〉の〈遠吠え〉なのか、〈犬〉そのものなのか。意味というからには擬人化されているのだろうが、そうであれば、〈遠吠えの犬〉は歌の主体自身を指しているという可能性もある。

  1連、2連、4連には、閉じられたものと開かれてゆくもの、下降していくものと上昇していくもの、そのような動きがある。そのような動きの中で、3連と5連に抒情の極点がある。

 3連と5連。〈君を初めて見た日のこと〉〈君の笑顔を見た日のこと〉、そのどちらにも、〈花のように〉という直喩が使われて、〈儚くて色褪せてゆく〉という現在進行形で叙述されている。〈儚い〉という形容詞と〈色褪せる〉という動詞が複合されて、〈…て〉〈…て〉〈ゆく〉という折り重なるような形式で表現され、〈はなhana〉〈はかなくてhakanakute〉というように〈ha〉〈na〉という音が反復されている。微細で効果的な表現が、この歌を限りなく抒情的にしている。


 「抒」という動詞には、「のべる」「打ち明ける」、「くむ」「すくいだす」、「ゆるむ」「とける」という三つの意味があるようだ。この三つをつなぎ合わすと、情をすくいだし、情をのべることによって、情をゆるめる、という過程が浮かび上がる。情をゆるめるというのは、ゆるやかな形で情をとどめる、というように取りたい。

 この歌の〈情〉の焦点が当てられているものは、〈君の笑顔〉であろう。〈君の笑顔を見た日のこと〉は、やがて色褪せてゆく。だが、〈君の笑顔〉だけは次第にゆるめられていっても、記憶の中には、微かな形であってもとどめられる。そうであってほしい。その願いがこの歌の抒情をいくぶんか祈りのようなものに高めている。


2022年1月30日日曜日

ちょっと犬に冷たくないですか [ここはどこ?-物語を読む 11]

 以前から気になっていたことがある。「志村正彦さん、ちょっと犬に冷たくないですか」ということだ。

 最初に感じたのは、「ペダル」だったか。

 何軒か隣の犬が僕を見つけて
 すり寄ってくるのはちょっと面倒だったり

 「ペダル」では「その角を曲がっても消えないでよ」というように、ほかに集中しているものがある状況なので仕方がないのかもしれない。でも、いったんそう思って犬に関連する詞を調べてみると、犬に対する扱いは結構厳しいような気がするのだ。

  「浮雲」の「犬が遠くで鳴いていた」「犬は何処かに消えていた」は、まあニュートラルな描写として捉えることができるが、

 遠吠えの犬のその意味は無かった(「花」)

はどうだろう。遠吠えの相手は「沈みゆく夕日」だから蟷螂の斧というか何というか、確かに吠えたって仕方ないんだけれど、でも、犬にだって吠えたくなるような、やむにやまれぬ思いがあるかも知れないではないか。 それに対してわざわざ「その意味は無かった」というのは、犬の思いをバッサリ切りすてている感じがする。

 その他、広い意味で犬が登場するのは、「Listen to the music」の「負け犬」のような比喩表現か、「surfer king」の「どうでもヨークシャテリア」という駄洒落かなのだが、どちらも犬の立場からみれば不本意な表現と言えるだろう。「負け犬」は日本語にある一般的な表現だから百歩譲るとしても、「どうでもヨークシャテリア」て、ひどくない? と特に親犬派でもない私ですら思う。

 犬についての表現はこれくらいで、決して歌詞にたくさん犬が登場するわけではないが、それでもほかの題材に比べれば登場するほうだと思う。例えば、猫は登場しない。

 そもそも志村正彦の歌詞には具体的なものを特定するような表現はとても少ない。花の歌はたくさんあるのに、具体的な名前は桜と金木犀とサボテンくらいしか出てこない。(すみれはあるけど、人の名前、しかも妄想だし)。それは志村正彦が、歌詞と聴き手との関係をどのように考えているかという重要なテーマと関わっていると思うのだが、そのことについては、またあらためて書いてみたい。

 閑話休題。

 さて、私がずっと気になっていたのは、この犬に対する冷たい感じが、私が勝手に思い描いている志村正彦像とずれていたからだ。もちろん、お会いしたこともないのだし、楽曲や著書やインタビュー記事などから想像しているだけなのだから、ずれていて当たり前である。でも、なんかずっと違和感を持っていた。

 最近になって、それが腑に落ちる出来事があった。

 隣家の黒猫は小さいうちからよく遊びに来ていて、網戸をよじ登ったりすごい勢いで庭を走り回ったりわんぱくだったが、名前を呼ぶとニャアニャア鳴いて応えてくれて、ほんとうにかわいかった。ところが、大きくなるにつれてツンツンして、声をかけても無視するか、しっぽをちょっと揺らす程度になった。今となっては、いっそふてぶてしいというような態度で目の前を通り過ぎていくこともある。それがある日、ひなたぼっこの最中、例のごとく私の声かけに気のなさそうにしっぽでトン、トンと地面を叩いていたとき、急に見知らぬおじいさんが通りかかって声をかけたのだ。別に大声でもなかったのだが、その瞬間、猫は立ち上がって家に逃げ込んだ。そうか、あんなふうでも猫は猫なりに隣のおばちゃんに親しみを感じていて、めんどくさいと思いながらもあしらってくれていたんだな、とその時に気がついた。

 それでわかったのである。「ペダル」で何軒か隣の家の犬が僕にじゃれてくるのは、ふだん僕がその犬をかわいがっているからだ。もし普段から邪険に扱っていたら、すり寄ってきたりしない。

 そう考えると、「花」の「遠吠えの犬」だって、むしろ自分を犬と重ね合わせているからこそ、「その意味は無かった」と表現しているのかも知れない。時の流れとともに変わり、失われていくものを、どんなに惜しんでも嘆いても押しとどめるすべはない。そのことを犬と共有していると考えると、むしろ犬はかなり近しいものなのかも知れない。だからこそ自分に厳しいという意味で、犬にも厳しくなるのだ。 

 というわけで、私がずっと気になっていた「志村正彦さん、ちょっと犬に冷たくないですか」は、どうやら私の思い込みだったらしい。 勝手に思い込んで、勝手に安堵している今日この頃である。

2022年1月23日日曜日

志村とシムラ「ダンス2000」[志村正彦LN304]

 「ダンス2000」(作詞・作曲:志村正彦)は、2002年10月リリースの1枚目ミニアルバム 『アラカルト』の五曲目に収録された。演奏は、Vo.Gt. 志村正彦、Key.田所幸子、Dr.Cho.渡辺隆之、サポートメンバーGt.萩原彰人、Ba.Cho.加藤雄一の五人である。この曲も「フジファブリック Official Channel」で公開されている。

  • ダンス2000 · FUJIFABRIC
  • アラカルト ℗ 2002 Song-Crux Released on: 2002-10-21
  • Lyricist: Masahiko Shimura
  • Composer: Masahiko Shimura




 この歌も起承転結のかたちを持つ。起承転結を示すABCDの記号を付けて、歌詞を引用したい。



1A  ヘイヘイベイベー 空になって あの人の前で踊ろうか
1B  意識をして 腕を振って 横目で見てしまいなよ

1C  少しの勇気 振り絞って

1D  いやしかし何故に いやしかし何故に
1D  踏み切れないでいる人よ

2A  ヘイヘイベイベー 何をやったって もう遅いと言うのなら
2B  今すぐでも投げ出す程の 覚悟ぐらいできてるさ

2C  少しの勇気 振り絞って

2D  いやしかし何故に いやしかし何故に
2D  踏み切れないでいる人よ

3D  いやしかし何故に いやしかし何故に
3D  踏み切れないでいる人よ

4A  ヘイヘイベイベー


 今回は、「ダンス2000」の架空のミュージックビデオを鑑賞してみたい。

 昭和の雰囲気が濃厚な小さなダンスホール。ステージ上に歌い手の志村正彦がいる。メンバーが周りで演奏する。ここではフジファブリックはダンスバンド。そして、ホールのフロアには志村の分身、もう一人のシムラマサヒコがいる。

 歌詞の1番。志村正彦はシムラマサヒコに〈ヘイヘイベイベー 空になって あの人の前で踊ろうか〉と呼びかける。話し手の志村と聞き手のシムラ、そして〈あの人〉と呼ばれる、おそらく女性の第三者がいる。志村は瞬間的にシムラの位置に移動して、その近くにいる〈あの人〉の前で踊ろうとする。本人と分身が混じり合うかのように。志村はシムラに〈意識をして 腕を振って 横目で見てしまいなよ〉とけしかける。とにかく、意識することが大切、腕を振ることも必要、横目で見ることが鍵。〈あの人〉を見つめなければならない。そして、志村はシムラに〈少しの勇気 振り絞って〉と励ます。しかし、シムラは踊り始めない。恥ずかしそうにためらっている。志村は古風な語り口で〈いやしかし何故に いやしかし何故に〉とシムラに問いかける。志村の分身シムラは〈踏み切れないでいる人〉なのだ。

 歌詞の2番。〈何をやったって もう遅いと言うのなら〉は分身シムラの言葉だろう。〈今すぐでも投げ出す程の 覚悟ぐらいできてるさ〉と心の中で呟く。しかし、これは強がり。シムラは覚悟ができないで、やはり、ためらっている。その場に佇立している。自らを空(から)にして、〈あの人〉の横で踊ることができない。

 歌の主体が、志村正彦とその分身シムラマサヒコというように二重化されている。二人の主体による対話の劇である。しかし、心の中の空回りの劇となり、身体が動き始めることはない。ダンスは踊れない。〈あの人〉はどこかに去ってしまっただろう。ダンスホールには誰もいなくなるが、ダンスバンドのフジファブリックが延々と演奏を続ける。志村は空のホールに向かって〈ヘイヘイベイベー〉と歌い、叫ぶ。

 この曲を聴くといつもロキシー・ミュージックを想い出す。〈いやしかし何故に〉?という気もするのだが、やはり、ブライアン・フェリーの歌と踊りがぐるぐると回り出す。たとえば、次の曲だ。

 Roxy Music - Love Is The Drug (Official Video)



 僕はこのバンドがけっこう好きだった。1979年4月、日本武道館で開催された「Manifesto Tour」公演に行ったことがある。ブライアン・フェリーの癖のある声と変にくねくねする踊りが印象に残っている。こういうコンセプトのヘンテコなダンス曲はロキシー・ミュージックあたりから始まったのだろう。

 志村正彦の「ダンス2000」は大真面目な歌なのだが、なんというのか、どこかヘンテコなところが愉快だ。結局、志村正彦もシムラマサヒコも〈空になって〉しまうことができないようだ。〈踏み切れないでいる人〉のままで、自意識が空回りをしている。

2022年1月9日日曜日

下吉田駅、富士山駅、新倉富士浅間神社[志村正彦LN303]

 新年になって、富士吉田に出かけた。御坂トンネルを抜けると白銀の富士。目に眩しいほど光を反射していた。吉田に入り、富士急行線の下吉田駅、富士山駅、新倉富士浅間神社を巡ってきた。

 昼頃、下吉田駅に到着。入場券を購入し、ホームへ向かうと、すぐ近くに志村正彦のパネルが設置されていた。柴宮夏希さんによる描画とデザインが秀逸だ。白い地、黒い髪、彩色されたライン。白銀の世界に虹の小雪のような線が舞う。志村の眼差しがこちらを見つめる。

 反対側には「若者のすべて」と「茜色の夕日」の歌詞の抜粋と英語・中国語・タイ語によるプロフィール。この地は世界から訪れる場になってきたので、多言語の翻訳は理に適っている。このパネルの作成に携わった方々の労を思う。



 列車到着の時間が来たので、ホームのスピーカーの下に移動する。 

 最初は1番線のホーム。大月方面行の列車。列車接近のアナウンスの後、すぐに「茜色の夕日」が流れる。〈茜色の夕日眺めてたら/少し思い出すものがありました/晴れた心の日曜日の朝/誰もいない道 歩いたこと〉。確かに志村の声だ。音量は小さい。耳を澄ます必要がある。そして直ぐに普通列車が到着した。接近音ではなく接近曲だと知ったときには、戸惑いがあったが、実際に聴いてみると、接近アナウンスと列車到着との間の数十秒に流れるBGMといった風情だ。1番線ホームからよく見える富士山を背に志村が歌っている。富士が赤く染まる夕景の頃にこの曲を聴くと格別かもしれない。まもなく、列車は大月へと向かって発車していった。実は僕は大月で生まれて2歳半頃まで住んでいたので、このまま列車に乗って大月まで行ってみたいな、とふと思った。

 すぐに、河口湖方面行きの列車接近のアナウンスがあった。今度は反対側の2番線ホーム。「若者のすべて」が流れ始める。〈最後の花火に今年もなったな/何年経っても思い出してしまうな/ないかな ないよな きっとね いないよな/会ったら言えるかな/まぶた閉じて浮かべているよ〉。このホームの向こう側には、いつもの丘」、その上には冬の青空。〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉の〈な〉の響きが透き通った青色の空に広がっていく。この時の列車は富士山ビュー特急。豪華な車両には外国人の姿もあった。夏の河口湖湖上祭の季節には、河口湖方面行きのホームで、この歌がやさしく響くことだろう。








 

 出口に駅員さんがいたので音量の件を尋ねてみた。この駅の周りには住宅があるので音量に配慮しているとのことだった。そういう理由だと知って納得した。小さな音量でさりげなく流れる方が、志村らしい。

 営業中の下吉田倶楽部に入り、うどんを食べる。店内には志村のポスターがあり、志村の曲が流れている。アルバム『TEENAGER』の楽曲だった。ノートが2冊置かれていた。志村への想い、ご家族やこの企画に携わった人々への感謝の言葉が記されている。〈ならば愛をこめて/手紙をしたためよう〉というように、文字が綴られていた。


 下吉田駅を後にして富士山駅へ。駅ビル1階のヤマナシハタオリトラベル mill shopで、黒板当番さんの「夜汽車」の絵を見る。接近曲の開始にタイムリーな企画である。女性とリスが向かい合っている構図が独特だ。黒板当番さんの呟き@kokuban_tobanには、〈『夜汽車』黒板に描いたリスは夢の中に現れた志村さんの身代わりで、何かを言おうとしつつやっぱりリスだから結局言えないでいる、ということかも知れません。描いた本人が後から気付くというのも変ですが、志村さんの曲だとそれが不思議でもない感じがします。〉とあった。このリスは無意識から浮かび上がったもののようだ。

  〈長いトンネルを抜ける 見知らぬ街を進む/夜は更けていく 明かりは徐々に少なくなる/話し疲れたあなたは 眠りの森へ行く〉〈夜汽車が峠を越える頃 そっと/静かにあなたに本当の事を言おう〉。何度か書いたが、この歌を聴くと中央線や富士急行線の列車を思い出す。〈長いトンネル〉〈峠〉、そして〈眠りの森〉も志村の故郷の風景だ。〈眠りの森〉の〈あなた〉に〈本当の事を言おう〉とする歌の主体を黒板当番さんはリスに描いた。小動物は人間の言葉は話せないが、本当のことを伝えることができるのかもしれない。


 最後は新倉富士浅間神社に寄った。駐車場には東北や近畿からの県外ナンバーの車もある。この神社に来たのは数年ぶりだが、ここからの富士山は裾野への広がり方が雄大だ。松の内だったので初詣となる。願い事をして、お守りを購入した。

 この日は雲一つないような晴天だったが、この場所ではやはり「浮雲」の歌詞を想う。〈登ろう いつもの丘に 満ちる欠ける月/僕は浮き雲の様 揺れる草の香り〉〈消えてしまう儚さに愛しくもあるとしても/独りで行くと決めたのだろう〉。

 この丘の下の方に下吉田駅がある。そこには志村の曲を流すスピーカーや彼のパネルがある。志村への愛が込められた試み。一人のファンとして、嬉しさ、感謝、そして誇りのようなものもある。


 でも正直に書くと、下吉田駅の志村の歌を聴いて、彼のパネルを見て、かぎりなく寂しいような、哀しいような感情がわいてきた。「桜の季節」の〈桜のように舞い散って/しまうのならばやるせない〉の〈やるせない〉に近いかもしれない。遣る瀬無い、どうにもならない、どこにも持って行きようのない想いを抱えながら、甲府へと帰った。


2021年12月31日金曜日

2021年そして2011年 [志村正彦LN302]

 毎年、大晦日にその年を振り返ることが多いが、今日はまず、十年前の2011年のことを思い出してみたい。この年の12月23・24日、志村正彦の同級生たちが富士吉田市民会館で「志村正彦展 路地裏の僕たち」を開催した。縁があって、この地元で初の本格的な志村展で、当時勤めていた甲府城西高校の授業で生徒が書いた志村正彦・フジファブリックについての素晴らしい文章と共に、僕自身の「志村正彦の夏」という拙文も展示していただいた。

 あの当時から今日に到るまで、志村の同級生たちから成る「路地裏の僕たち」、ネットの「Fujifabric International Fan Site」、地元紙の山梨日日新聞・YBS山梨放送が地元での活動やその紹介や報道の中心を担っている。彼らの活動の継続が、現在の志村正彦の大きな隆盛の原動力となっている。

 十年を経た今年、富士吉田では志村を伝え広めていくための重要な動きがたくさんあった。この12月末から、富士急行の下吉田駅の列車接近曲として「若者のすべて」「茜色の夕日」が流れることになった。志村の母校、山梨県立吉田高校の音楽部や放送部が彼の曲を合唱したり、番組を制作したりという活動を始めた。音楽部は日本テレビの番組「MUSIC BLOOD」にも出演し、「若者のすべて」のコーラスを担当した。富士吉田の高校生たちによる「#私たちのすべて」の試み。「黒板当番」さんによる富士山駅ヤマナシハタオリトラベル mill shopでの黒板画。また、そのような活動についてのNHK甲府やUTYテレビ山梨・山梨新報、全国紙の山梨版での報道や番組も増えてきた。この11月、志村正彦が富士吉田文化振興協会によって第24回「芙蓉文化賞」に選出された。エフエムふじごこでは「路地裏の僕たちでずらずら言わせて」というトーク番組が続いている。志村の故郷富士吉田そして山梨では、志村正彦の評価が確固たるものとなった。十年前と比べると、志村の知名度は格段に高まってきた。

 2022年度から「若者のすべて」が高校音楽Ⅰの教科書、教育芸術社『MOUSA1』に採用されたことは特筆すべきことだった。このニュースは、朝日新聞の全国版などで大きく報道されて反響を呼んだ。『サブカル国語教育学』という国語教育の書籍で「桜の季節」の授業構想も発表された。音楽や国語などの教育の場で、志村正彦・フジファブリックの作品が教材となる動きは今後も続くだろう。

 僕の本業は教師である。勤務先の山梨英和大学の「人間文化学」「山梨学」の講義の一つとして、「若者のすべて」や四季盤の作品を取り上げた。担当の卒論ゼミでは、志村正彦を卒業論文のテーマとする学生も出てきた。専門ゼミでは学生と一緒に、志村正彦・フジファブリックと松本隆・はっぴいえんどの歌詞の比較、日本語ロックの歴史的考察も試みたが、このテーマは今後このブログで書いてみたい。また、大学の出張講義の依頼があり、「ロックの歌詞から日本語の詩的表現を考える-志村正彦の作品」を甲府市内の三つの高校と吉田高校で行った。このように学内の講義・ゼミナール、学外の出張講義という形で、教育やそのための研究を進めている。

 偶景webの中心コンテンツ「志村正彦ライナーノーツ(LN)」が300回を超えた。振り返れば、2011年の志村展の「志村正彦の夏」という文が、この連載の第ゼロ回という位置づけになる。この文を書き終わったときにある手応えを感じた。このスタイルであれば志村正彦の歌について書いていけるかもしれない、そのような予感があった。実際にこのブログを始めたのはその一年後だったが、志村正彦LNについては、300回を一つの到達点として設定してみた。それ以来ほぼ一週間に一回ほどのリズムで書き続けてきた。少なくとも数回分の構想はあり、実際に下書きもしているのだが、時々起きる志村をめぐる様々な動きやニュース、あるいは全くの偶発的な出来事も積極的に取り入れてきた。だから、連載しているものが時々中断して、しばらくしてまた再開するということも少なくなかった。

 自分の内的なモチーフと、他者や外側から受けとるモチーフの両方から書いてきた。内発的なものと外発的なもの、必然的なものと偶然的なもの、その二つの観点から記述していくことが、このブログの持続のために重要だった。そして、このブログの書き手と読み手という二つの在り方を意識した。自分自身が一人の読み手としてこのブログを読む。その観点から何を書くべきかを模索してきた。


 最後にある曲を紹介したい。HINTOの新曲「ニジイロウィークエンド」である。

 12月28日、SPARTA LOCALSと HINTOのスプリットシングルCD『≠』(ノット・イコール)がリリースされた。一昨日、CDが届いた。紙ジャケットの表側には、白地に黒色の≠の記号が、中側には夜(SPARTA LOCALS)と昼(HINTO)のオブジェのような光景が印刷されている。おそらく録音スタジオ(山梨のようだ。山中湖あたりと思われるが、確かなことは分からない)周囲の晩秋の風景を素材としている。いつものように美しいデザインだ。

 最近はPC内蔵のスピーカーで聴いてしまうことが多いのだが、このシングルはオーディオ装置を通して何度も聴いた。安部光広のベースの心地よいうねり。伊東真一の彩り鮮やかギター。菱谷昌弘のタイトなドラム。そのサウンドに乗って、やや哀しげに、安部コウセイは〈土砂降り雨のウィークエンド あわてて走り出す/これはどこに向かっているのかな〉〈疲れ果てたよウィークエンド/君と話したい 果たせなかった事ばかり思う〉と歌い出す。安部のTwitter (@kouseiabe)には、〈コロナ禍で自宅にいる時、空に立派な虹がかかり、フジファブリックの曲「虹」が脳内でながれた。そのときの気分を残しときたくて作った曲です〉とあった。「虹」には〈週末 雨上がって 虹が空で曲がってる〉〈不安になった僕は君の事を考えている〉という歌詞がある。

 安部がフジフジ富士Qで歌った「虹」、堕落モーションFOLK2の「夢の中の夢」、HINTOの「シーズナル」「なつかしい人」。〈君と話したい〉の〈君〉に向けた歌とも思われる歌がいくつか浮かんでくる。「ニジイロウィークエンド」は、コロナ禍の苦悩や内省が入り混じる歌だ。いつかまた詳しく書いてみたい。

 この歌には複雑な陰影があるが、次のリフレインで終わる。


  雨上がりのウィークエンド 虹がかかったウィークエンド

  雨上がりのウィークエンド 始まりそうなウィークエンド


  この〈虹がかかったウィークエンド〉〈始まりそうなウィークエンド〉を、2022年への希望の言葉として受けとめてみたい。


2021年12月26日日曜日

「セレナーデ」と「若者のすべて」[志村正彦LN301]

  前回、「若者のすべて」の〈「僕ら」、「僕」という一人称単数ともう一人の一人称単数の存在は、別々の場にいるのだが、それでも、何か一つのものを分かち合っている。かけがえのないものを分有している〉と書いた。

 「僕」にとっての〈もう一人の一人称単数の存在〉は、「僕」の視点から見ると、《君》や《あなた》という二人称の存在になるが、「若者のすべて」の歌詞の中には二人称で呼びかけられる人間そのものは登場しない。あくまでも一人称の存在が二人いて、その二人が「僕ら」という一人称複数の代名詞で呼ばれている。「僕」と《君》ではなく、「僕」ともう一人の《私》が、「僕ら」を構成している。この「僕ら」が「僕ら」というあり方で、かけがえのない何かを分有している。今回はその〈分有〉について書いてみたい。そのために、「セレナーデ」という歌をこの場に召喚したい。

 「セレナーデ」は、2007年11月7日リリースの10枚目シングル『若者のすべて』のカップリング曲として発表された。今年6月、 RECORD STORE DAY 2021に合わせて、『若者のすべて』が7インチのアナログレコードとして発売された。B面には「セレナーデ」が収録された。赤色のレーベルに曲名がプリントされた黒色の円盤。赤と黒のコントラストが鮮やかだ。「若者のすべて」の〈花火〉の赤色。「セレナーデ」の黒色の〈眠りの森〉。そんな色の感触がある。レコード化されて、「若者のすべて」と「セレナーデ」の結びつきが強まった気がした。

 「セレナーデ」 (作詞・作曲:志村正彦)の歌詞を全文引用したい。


眠くなんかないのに 今日という日がまた
終わろうとしている さようなら

よそいきの服着て それもいつか捨てるよ
いたずらになんだか 過ぎてゆく

木の葉揺らす風 その音を聞いてる
眠りの森へと 迷い込むまで

耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
僕もそれに答えて 口笛を吹くよ

明日は君にとって 幸せでありますように
そしてそれを僕に 分けてくれ

鈴みたいに鳴いてる その歌を聞いてる
眠りの森へと 迷い込みそう

耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
僕もそれに答えて 口笛吹く

そろそろ 行かなきゃな お別れのセレナーデ
消えても 元通りになるだけなんだよ


  「若者のすべて」の「僕ら」は、眼差しの一瞬の交わし合いの中で再会したと考えているが、「セレナーデ」は、その「僕ら」が夢の中で再会する歌ではないだろうか。

 「僕」は〈眠りの森〉から聞こえてくる〈セレナーデ〉に誘われて眠りにつく。しかし本当は、その〈セレナーデ〉は「僕」が口笛で吹いている。すべては夢の中で混沌としている。「僕」の声もどこからか来る音も、混じり合っている。

 その〈セレナーデ〉が〈君〉に届く。〈君〉もまた〈眠りの森〉の世界へ入っていく。「僕」と「君」は〈眠りの森〉の中で再会する。深い眠りの中で〈セレナーデ〉が響いている。

 「僕」は〈明日は君にとって 幸せでありますように/そしてそれを僕に 分けてくれ〉と、夢の中で「君」に語りかける。「君にとって 幸せでありますように」という祈りが先にあり、「それを僕に 分けてくれ」という願いがその後に続く。「僕」の祈りと願いの言葉は、言葉として「君」に届くことはない。

 「君」はこの言葉の残響のようなものを微かに聞きとる。夢からの覚醒時に儚くも消えてしまうが、夢の中の言葉として記憶のどこかに、意識されない言葉として刻まれるかもしれない。最後の〈そろそろ 行かなきゃな お別れのセレナーデ/消えても 元通りになるだけなんだよ〉はその推移を描いている。

 すべては〈眠りの森〉の中の出来事。起きたことも、起こりつつあることも、これから起きることも、夢から覚めた後に消えてしまうが、この祈りだけは、無意識のどこかに、微かな痕跡のようなものとして残存する。「僕」と「君」は、この祈りを分かち合う。〈明日は君にとって 幸せでありますように/そしてそれを僕に 分けてくれ〉というかたちの〈幸せ〉が、「僕」と「君」に分有される。

 「若者のすべて」の「僕ら」は〈最後の最後の花火〉を見て、「同じ空」を見上げる。「セレナーデ」の夜になると、「僕ら」は〈眠りの森〉に入る。夢の世界で〈幸せ〉を分有する。すべては「僕」の〈途切れた夢の続き〉かもしれないが、「僕」の夢想は、A面の「若者のすべて」からB面の「セレナーデ」へと引き継がれていく。これ自体が筆者の夢想のような解釈だが、そのような夢想をこの二つの歌と分かち合いたい。



2021年12月19日日曜日

「僕」は「僕ら」でもある-「若者のすべて」24[志村正彦LN300]

 前回述べたように、ドラマ『SUMMER NUDE』の世界では、「若者のすべて」をめぐって、〈別れた彼女と偶然の再会を期待して、思い出の花火大会に来たけど会えない〉とする三厨朝日と、〈その彼女と花火大会の日に偶然再会する〉〈まったく会えることを期待しなかった彼女に最後の最後に会って、一緒に花火を見てる〉とする一倉香澄との間に、物語の解釈の違いがある。

 再会をめぐる解釈の差異は、「若者のすべて」の語りの構造に起因している。これまで繰り返し述べてきたが、「若者のすべて」の歌詞は、《僕の歩行》の系列と《僕らの花火》の系列の二つが複合されて作られた。この系列の構造を図示してみよう。



 三厨朝日は、「僕」の観点を重視し、《僕の歩行》系列の最後の〈すりむいたまま 僕はそっと歩き出して〉に、再会しないまま一人で歩き出すという物語を読みとる。それに対して、一倉香澄は、「僕ら」の観点を重視し、《僕らの花火》系列の〈同じ空を見上げているよ〉に再会の実現という物語を読みとる。

 この再会の有無についてさらに踏み込んでいきたい。

 「僕」と「僕」が思い続けていた人(『SUMMER NUDE』でいう「彼女」)が実際に再会して同じ場にいるのなら、当然、「僕ら」はこの二人を指すことになるだろう。この二人が〈最後の最後の花火〉の場面で〈同じ空を見上げている〉ことになる。

 しかし、この二人が再会していないとしたら、〈最後の最後の花火が終わったら/僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ〉をどう捉えたらよいのか。この「僕ら」という一人称複数の代名詞は、やはり、「僕」と「僕」が思い続けていた人の二人を指すだろう。再会していない二人が「僕ら」となるのはどのような状況を想像したらよいだろうか。一つ可能性を示したい。

 「僕ら」は同じ場所にいるのではなく、別々の場所で空を見上げている。つまり、「僕」はあくまでも一人で、空の花火を見上げている。「僕」が思い続けていた人、もうひとりの人物も別の場所にいる。「僕」とその人は別々の場にいるが、「最後の最後の花火」の時間に花火大会の会場という場を共有している。だから、僕とその人は「僕ら」と呼ばれ〈同じ空〉を見上げていると、「僕」は考える。〈同じ空〉という表現には、別々の場所にいるにもかかわらず同じものを見ているという含意も感じられる。

 また、〈同じ空を見上げている〉ということを〈よ〉という助詞を使って呼びかけていることにも注意したい。助詞〈よ〉は、話し手の判断・主張・感情などを強めて聞き手に呼びかけたり、訴えたりするときに付加する言葉だが、〈よ〉は話し手と聞き手の情報の不一致を前提として、話し手が聞き手の知らない情報や不充分である認識を伝えるという意味合いが込められることもある。「僕」の相手となる人は、「僕」と同じ場所にいるわけではないので、〈同じ空を見上げている〉という認識がないかもしれない。だからこそ、「僕」は〈よ〉を付けてその相手に呼びかける。この場合、この言葉は実際の発話ではなく、心の中の発話であるだろう。


 一つのストーリー、《僕らの花火》系列の2,3,4の間の空白をつなげる場面を想像してみたい。


最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな
ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ


最後の花火に今年もなったな 
何年経っても思い出してしまうな
ないかな ないよな なんてね 思ってた
まいったな まいったな 話すことに迷うな


最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


 「僕」は、〈会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉と想い続けていた人を、偶然、見かける。その偶景によって、〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉というフレーズが、〈ないかな ないよな なんてね 思ってた〉に転換される。しかし、「僕」は〈まいったな まいったな 話すことに迷うな〉と躊躇い、そのままその場を通り過ぎようとする。その一瞬に、「僕」の視線はその想い続けていた人に向けられる。「僕」とその人との間で、眼差しが交わされる。眼差しによる再会。

 「僕」はその場を通り過ぎた後、一人で「最後の最後の花火」を見ている。その人も別のところで〈同じ空〉の花火を見ている。「僕」とその人は離れてはいるが、花火大会の時と場を共有する「僕ら」となる。「僕ら」は何らかの想いを共有していると、「僕」は考える。そして、〈僕らは変わるかな〉と問いかける。

 「僕」にとって、〈僕ら〉も〈同じ空〉も二人が何かを共有していることを伝える表現である。共有というよりも《分有》という言葉を使う方が適切かもしれない。「僕ら」、「僕」という一人称単数ともう一人の一人称単数の存在は、別々の場にいるのだが、それでも、何か一つのものを分かち合っている。かけがえのないものを分有している。


 「僕」は一人であるかもしれないが、同時に、「僕ら」でもある。その意味において、「僕」は孤独ではない。「僕」は「僕ら」でもあるのだから。


 しかし、異なるストーリーも可能だろう。「僕」と僕が思い続けていた人が再会し、文字通りの「僕ら」となり、同じ空を見上げている。そのような展開も想像できる。その他の解釈もあるだろう。

 おそらく、志村正彦にとっても、「僕」と「僕ら」をめぐる物語は固定的なものとして捉えられていなかった。彼は試行錯誤して二つの曲を融合させてこの作品を作ったと述べている。2007年12月の両国国技館ライブのMCでは次のように発言している。

歌詞ってもんは不思議なもんで。作った当初とは、作っている詩を書いている時と、曲を作って発売して、今またこう曲を聴くんですけども、自分の曲を。解釈が違うんですよ。同じ歌詞なのに。解釈は違うんだけど、共感できたりするという。


 志村は同じ歌詞であるのに解釈が異なってくることを強調している。彼が言うように、「若者のすべて」は、一人ひとりの解釈を生成していく。ここで論じたように、「僕」と「僕ら」のどちらの観点をより重視していくかによっても解釈が分かれていく。そして、「僕」と「僕ら」の二つの観点をどう融合してかによって、「若者のすべて」の解釈がさらに多様になっていく。

 この歌を聴くすべての人にそれぞれの「若者のすべて」がある。その一つ一つが「若者のすべて」の〈すべて〉を形成している。


【付記】今回、「志村正彦ライナーノーツ(LN)」は300回を迎えた。2013年3月に第1回を書いた。当初は漠然とだが、300回を一つの目安にした。9年近くを要してその回数に到ったことになる。このエッセイの言葉で言えば、この偶景webが、「僕」のブログであり、同時に、「僕ら」のブログであることを目指して、今後も書き続けていきたい。

2021年12月12日日曜日

解釈の分岐点-「若者のすべて」23[志村正彦LN299]

 「若者のすべて」の歌詞自体の分析を再開したい。前回の《22》から2か月ぶりになる。

 「僕」と、「僕」が〈会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉と想い続けている人とが再会したのかどうかを前回で論じた。「若者のすべて」を物語として読むときに、二人の再会の有無が大きなテーマとなる。

 もう八年も前のことだが、2013年の夏、フジテレビの月9ドラマ『SUMMER NUDE』(脚本:金子茂樹)で、「若者のすべて」をモチーフとする場面が登場したことが話題になった。この第2話の回想シーンで、三厨朝日(山下智久)と一倉香澄(長澤まさみ)が海辺のカフェーにいる。「若者のすべて」がBGMで流れ、香澄はこの歌を口ずさみ、二人の話が始まる。鍵となる部分を色分けして引用しよう。


朝日:この歌好きなの?
香澄:うん、大好き、歌詞がちょー良くない?
朝日:うん、これってさあ、別れた男女の切ない歌だよね。
香澄:えっ、違うよ。
朝日:そうだって、別れた彼女と偶然の再会を期待して、思い出の花火大会に来たけど会えないっていう歌だよ。
香澄:その彼女と花火大会の日に偶然再会する歌だって。
朝日:いや違う、絶対間違ってるって。
香澄:ちゃんと聴いてないでしょ。
朝日:聴いてるよ、俺もこの歌ちょー好きだし。
香澄:最後までよく聴きなよ。まったく会えることを期待しなかった彼女に最後の最後に会って、一緒に花火を見てるから。
朝日:いや、再会なんかしてないでしょ
香澄:してるの、彼女は戻ってくるの


 「若者のすべて」の物語を〈別れた彼女と偶然の再会を期待して、思い出の花火大会に来たけど会えない〉とする三厨朝日と、〈その彼女と花火大会の日に偶然再会する〉〈まったく会えることを期待しなかった彼女に最後の最後に会って、一緒に花火を見てる〉とする一倉香澄との間で、解釈が対立している。二人は各々、「若者のすべて」の歌詞から自分の想像する物語を読みとる。当然だが、どちらも成り立つ。むしろ、二人の各々の解釈が二人のその後にどう影響するのかということの方が『SUMMER NUDE』の重要な鍵となる。

  二人の解釈の分岐点は、《僕らの花火》系列の3と4のあいだの空白に何を読みとるのかということに帰着する。


  3
 最後の花火に今年もなったな 
 何年経っても思い出してしまうな
 ないかな ないよな なんてね 思ってた
 まいったな まいったな 話すことに迷うな


  4
 最後の最後の花火が終わったら
 僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


 香澄の解釈は、彼女と〈花火大会の日に偶然再会する〉ことから〈一緒に花火を見てる〉ことへと接続していく。二段階でこの物語を捉えている。そして、〈彼女は戻ってくる〉ということを強調している。それに対して、朝日の方は二人が〈一緒に花火を見てる〉に相当する場面への言及がない。〈思い出の花火大会に来たけど会えない〉ということだけを語っている。香澄の解釈に比べると、一段階の物語となる。この段階の違いが解釈の分かれ道になっている。香澄と朝日各々の恋愛についての考え方にも起因しているだろう。

 この解釈の差異は結局、〈僕〉と〈僕ら〉、〈僕の歩行〉と〈僕らの花火〉の系列の間の空白部をどうつなげるかに帰着する。

   (この項続く)


2021年12月5日日曜日

「若者のすべて」の共演-「MUSIC BLOOD」[志村正彦LN298]

  12月3日放送の日本テレビ「MUSIC BLOOD」(MC:田中圭・千葉雄大)を見た。

 毎週1組のアーティストを迎え、衝撃的な音楽との出会いから始まった音楽人生や今も血液として自分に流れる原体験を〈MUSIC BLOOD〉として語り、自らの〈BLOOD SONG〉となった曲を演奏する番組である。

 冒頭で、志村の「一番の目標はその名盤を創るじゃないですけど、揺るがない作品を創りたいってのが」という発言が紹介された。志村についての簡潔な説明の後で、フジファブリック現メンバーの山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一が登場し、彼らの〈MUSIC BLOOD〉は志村正彦だと語った。

 志村について語るのは勇気が要るのではというMCの問いかけ対して、山内は「(あの)メンバーが志村君のことを話すというのは、その言葉によっては(やっぱ)誤解を産んでしまうという、(こう)おそれもやっぱりあるのはあるんですけど、やはり彼のことを伝えたいという、まだまだ知ってもらいたいと思ったので今日は話したいなと思いました」と答えた。山内、金澤、加藤の三人が志村が亡くなった時のことについても話した。彼らの志村への想いは伝わってきた。沈んだ声と瞳が印象的だった。三人の言葉をここに引用するのは控えたい。この番組はTVerやhuluでまだ視聴できる。

 この日は、「若者のすべて」(作詞:志村正彦 作曲:志村正彦)が〈BLOOD SONG〉になり、志村の声、現メンバー、志村の母校山梨県立吉田高等学校の音楽部による共演で演奏されると予告されたので、そのことに一番関心があった。番組の中頃で「志村の歌声とメンバーの演奏そして母校の若者たちの歌声」というナレーションと共に共演が始まった。メンバーと吉田高校生の背後に、「若者のすべて」MVが流れ、志村正彦が映し出された。記録のために、共演の箇所を下記に示したい。


若者のすべて (作詞:志村正彦 作曲:志村正彦)



〈志村の声〉

夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている

夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて


〈志村の声+金澤・山口のコーラス〉

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

〈志村の声+金澤・山口のコーラス+吉田高校音楽部のコーラス〉

すりむいたまま 僕はそっと歩き出して

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


 吉田高校のコーラスは女子8人男子2人で編成されていた。「僕はそっと歩き出して」と「僕らは変わるかな」の一人称の単数と複数の代名詞、〈僕〉と〈僕ら〉に、志村正彦のやわらかい優しい声と高校生の若々しく綺麗な声が美しく重なりあう。「若者のすべて」の〈全て〉が多層的に響きあっていた。

 しかし、上記の記載で分かるように、2番目のすべてと、3番目の一部が省略されていた。特に、3番目のパートの〈ないかな ないよな きっとね いないよな/会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉はこの展開からすると吉田高校の生徒のコーラスが入る部分だろうが、それを聴くことができなかったのがきわめて残念だった。

 純粋な言葉の音の響きからすると、〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉のコーラスが最も魅力的な部分となる。放送の時間の都合なのだろうが、この部分の吉田高校生のコーラスが省かれたのは疑問である。せっかく母校の高校生が共演するという貴重な機会を尊重するのなら、フルヴァージョンで収録し放送すべきだろう。「若者のすべて」の〈すべて〉が損なわれてしまうとも言える。

 最後に、書かざるをえないことを正直に記したい。

 志村正彦・フジファブリックの聴き手の一人としては、このような番組は基本として嬉しいものがある。しかし、この番組は〈衝撃的な音楽との出会い〉〈今も血液として自分に流れる原体験〉という観点から構成されているので、どうしてもある種の物語が必要とされる。そのことがかなり気になった。

 〈名曲を残し、若くして亡くなった天才〉という〈天才志村正彦の物語〉。そして、〈志村没後、もがき苦しみながら活動を続けた〉という〈苦悩と葛藤のバンドの物語〉。そのような捉え方や過程が実際にあったとしても、それが物語として語られることに、そして共有されることに、疑問がある。そうではない、という違和感を持つ。

 志村正彦の人生は物語ではない。

 揺るがない作品を創ることが一番の目標だと志村は語っていた。「若者のすべて」の〈僕〉は、そっと歩き出す。〈僕〉はなんでもない一人の若者である。その歩みは物語ではない。物語ではないからこそ、歌が生まれる。歌という作品が創造される。


2021年11月21日日曜日

志村正彦の母校での講義 [志村正彦LN297]

 先週、志村正彦の母校の山梨県立吉田高等学校で、志村正彦の歌詞についての出張講義を行ってきた。担当の先生から山梨英和大学に直接の依頼があった(ロックの歌詞に関する私の講義を聴いた吉田高校出身の学生が、その内容を母校の先生に話してくれたことがきっかけになったそうである)。志村の母校からの依頼はとても嬉しかった。光栄でもある。そもそもフジファブリックは高校時代のバンドが元になっている。この高校での出会いや様々な経験は、志村正彦という人間の形成にとって重要なものとなった。

 この講義は、1学年の総合的な探究の時間「富士山学Ⅰ」、スポーツ・観光・国際・芸術文化・街づくり・防災の6分野の講座のうちの一つだった。今年度のテーマは「地域を知ろう!」。担当の先生の教科が音楽であり、芸術文化の分野だったことことから、富士吉田出身、吉田高校の卒業生である志村正彦がテーマとして選ばれた。

 担当の先生とメールや電話で打ち合わせをした。「若者のすべて」教科書採用の話題で盛り上がった。合唱部も指導していて、「若者のすべて」の四部合唱もすでに試みたそうである。来年度からの吉田高校の音楽の授業では、「若者のすべて」が重要な教材になることは間違いない。吉田高校でも志村正彦の知名度が上がり、関心が高くなっている。放送部でも志村に関する番組を制作したそうである。音楽の授業で「若者のすべて」を歌い奏でる。部活動で志村正彦を探究していく。吉田高校の今後の活動がとても楽しみである。

 当初はオンライン遠隔授業の予定だったが、山梨県ではコロナ感染者も激減していたので(最近は感染者ゼロが続いている)、高校での対面授業に変更することができた。せっかくの機会なので、私も担当の先生も対面の方が良いと判断した。

 生徒の事前アンケートが送られてきて、志村正彦の存在は知ってるが、その作品はあまり聴いたことがないということが分かった。昨年、山梨県内では、「若者のすべて」が「STAY HOME」のCMで繰り返し流されていたので、この曲は知っているようだった。この高校は進学校であり、富士吉田市以外の市町村からも入学してくる。そのような事情も影響しているかもしれない。

 今回の講義では、音楽の教材となる「若者のすべて」と共に、「富士山学」の「地域を知ろう!」というテーマから、富士北麓地域の風景や季節感とのつながりが深い四季盤の作品、「桜の季節」「陽炎」「赤黄色の金木犀」「銀河」も取り上げることにした。「志村正彦・フジファブリック-四季盤と「若者のすべて」の歌詞を読む-」というテーマを設定して、特に四季盤については新たにSLIDE資料32枚を作成した。授業時間は45分と短いので、その全てを講義することはできない。講義では要点を話し、SLIDEは印刷資料やpdfにして配付するように計画した。そのSLIDEの一枚を紹介したい。(ABCという記号は三項から成る構造の各要素を示している)



 四季盤の春夏秋冬は、〈桜→陽炎→金木犀→銀河〉と変化していく。その季節の舞台となっている場は、〈坂の下→路地裏→帰り道→丘〉と移動していく。志村は具体的な地名や場所を記してはいないが、富士吉田がその場としてあるいは原風景としてイメージされていることは確かであろう。今回、四季盤の曲を繰り返し聴いていくうちに、富士吉田という場の中で四季の変化と具体的な場所の移動が循環しているように感じた。そのような時と場の循環のなかで、歌の主体(僕)は、言葉では伝えることのできない想いを抱えている。そのような観点に基づいてSLIDE資料を構成した。「桜の季節」「陽炎」「赤黄色の金木犀」「銀河」の四つの作品の構造を個別に分析する資料を作成した。

 当日は甲府から車で吉田に向かった。あいにく富士山は雲に隠れていた。吉田高校は二十年ほど前に校舎が新築された。この校舎に入るのは初めてだった。その前の旧校舎で志村は学んでいた。三十年ほど前、僕の友人が吉田高校に勤めていたときに、旧校舎に一度だけ行ったことがある。そんなことも思い出した。

 受付を済ませ待機していると生徒が迎えに来てくれた。1年生の教室は四階にあった。廊下の窓から周辺の山々が見えた。ところどころ紅葉していて美しい。教室に入ると生徒でいっぱいだった。コロナ禍での外部講師による出張講義ということもあり、生徒はやや緊張している様子だ。教室の後に数名の先生もいらしたのでこちらも少し緊張する。

 プロジェクターでSLIDEを投映しながら、〈志村正彦は富士吉田の坂の下や路地裏や丘を繰り返し歩いたのだろう。帰り道は高校から自宅までの道のりかもしれない。そして、春に桜を見て、夏は陽炎が揺れ、秋の金木犀の香りに包まれ、冬は銀河のきらめく星を眺める。季節の移ろう中で歌の主体(僕)は、誰か大切な人に想いを伝えようとするのだが、言葉で伝えることは難しい。そのような高校時代の経験が四季盤の歌詞に反映されているのではないだろうか〉というように、生徒に直に語りかけた。

 いつも心がけていることだが、こういう講義の場合、私自身の歌の解釈を示すことは最小限にとどめている。歌詞を聴き、読む上で参考となる語り方の構造やモチーフの関係の分析と、作品についての志村の証言に限定している。歌の解釈は聴き手のものである。歌の意味は、歌い手と対話しながら、究極的には、一人ひとりの聴き手が作りだすものである。この講義は一つの参考資料にすぎない。生徒自身が志村正彦・フジファブリックの言葉と楽曲を経験して、その世界を味わって読みとってほしい。吉田高校の生徒にそのことを伝えたかった。

 吉田高校のHPの新着情報に、吉高フォトダイアリー(1学年総合的な探究の時間「富士山学Ⅰ」)という記事がUPされていた。当日のいろいろな分野の講義の写真が十数枚掲載されている。そのなかに、黒板に「ロックの詩人 志村正彦展」のポスターが小さくだがかすかに見えるものがある(SLIDEは文字と図が中心なので、このポスターを掲示していただいた)。ポスターの横で私が立っている。当日の雰囲気が伝わる大切な記念写真となった。

 2011年、当時勤めていた高校で志村正彦の歌詞の授業を始めた。ちょうど十年後に彼の母校で授業を行った。この間、勤務先の高校や大学でこのテーマの授業を続けてきた。今年はすでに三つの高校で出張講義をした。拙い講義を受講してくれた生徒・学生、そして高校・大学という場に感謝したい。あらためて十年という時の重みを想う。

 


2021年11月7日日曜日

〈消えないでよ 消えないでよ〉-「ペダル」と「自転車泥棒」[志村正彦LN296]

 2007年11月7日、「若者のすべて」「セレナーデ」「熊の惑星」の3曲を収録したフジファブリック10枚目のシングルCDがリリースされた。今日は14回目の誕生日。人間の成長に見立てれば「若者のすべて」も14歳になる。TEENAGERの真ん中の季節にたどりついた。

 「ペダル」を冒頭に置いたアルバム『TEENAGER』について、志村はこう述べている。(【フジファブリック】時間はかかってしまったけど 無駄なことはひとつもなかった OKMusic編集部    取材:岡本 明、2008年01月20日


中学生~?高校生のはちきれんばかりのパワーってあるじゃないですか。あの集中力に負けてはいけないと思ったんです。いろんなことを経験して、あの時とまったく同じことはできないけれど、これからも追い続けていくっていうことを象徴した曲が「TEENAGER」。アルバムもそうしたいと思ったんです。ロックをやる限り、永遠にロック少年でいたいという決意がありますから。26?27歳で少年というのもどうかと思いますけど(笑)、潔く言っちゃう。ジャケット写真は女の子がぶら下っていて、顔も引きつってる。それがロック。ロックの定義は重力に逆らうことなんです。丸くならないで尖っていたい、逆らい続けることがロックですから!


 同様のことが、『東京、音楽、ロックンロール』(志村日記)の「ジャケ深読み」(2008.01.25)にも書かれている。『TEENAGER』は、中学生から高校生そして大学生くらいまでの十代の若者、そして〈逆らい続けるロック〉をテーマとするコンセプトアルバムだと捉えられる。「ペダル」から最後の「TEENAGER」まで、歌詞の言葉にもゆるやかなつながりがある。志村は確固たるコンセプトを持ってこのアルバムを制作したのだろう。

 「ペダル」は、ユニコーンの「自転車泥棒」(作詞・作曲:手島いさむ)からの影響があると言われてきた。今回はその点について少し考察したい。まず「自転車泥棒」の歌詞を引用したい。


遠い昔 ふた月前の夏の日に
坂道を 滑り降りてく二人乗り
ずっとふざけたままで

手を離しても 一人で上手に乗れてた
いつのまにか 一人で上手に乗れてた

髪を切りすぎた君は 僕に八つ当たり
今は思い出の中で しかめつらしてるよ
膝をすりむいて泣いた 振りをして逃げた
とても暑過ぎた夏の 君は自転車泥棒

白い帽子 陽炎の中で揺れてる
いつのまにか 彼女は大人になってた

本気で追いかけたけど 僕は置いてけぼりさ
お気に入りの自転車は そのまま君のもの

髪を切りすぎた君は 僕に八つ当たり
今は思い出の中で しかめつらしてる しかめつらしてるよ
膝をすりむいて泣いた 振りをして逃げた
とても暑過ぎた夏の 君は自転車泥棒


 冒頭で〈遠い昔〉〈ふた月前の夏の日〉という二つの時が設定されている。この二つの時間の関係が読みとりにくいが、〈遠い昔〉という大きな枠組の中で、その昔のある現在時から〈ふた月前の夏の日〉という時、小さな枠組が設定されていると、とりあえず考えてみたい。その〈ふた月前の夏の日〉に、〈坂道を 滑り降りてく二人乗り〉の自転車に、〈僕〉と〈君〉が乗っていたのだろう。二人はおそらく十代の若者。しかし、その〈君〉は自転車泥棒のように〈僕〉から去って行く。〈いつのまにか 彼女は大人になってた〉とあり、まだ大人になりきれない〈僕〉とすでに大人になっていった〈彼女〉との擦れちがいを読みとれる。ここで〈君〉という二人称ではなく〈彼女〉という三人称になっていることに注目したい。その出来事を客観的に見つめる視線がある。この言葉は、作者がこの歌を作った現在の時点から語られているのだろう。十代の男女には、大人になるための時の進み方の差がある。〈本気で追いかけたけど 僕は置いてけぼりさ〉とあるように、たいていは男の方が置き去りにされる。作者はその時の光景を〈白い帽子 陽炎の中で揺れてる〉と描写し、回想している。〈自転車泥棒〉とは、投げやりで激しくもある言葉だが、やるせない切ない言葉でもある。突然、泥棒に奪われてしまうかのように、〈坂道を 滑り降りてく二人乗り〉の〈僕〉の大切な出来事が消えていく。二人の〈お気に入りの自転車は そのまま君のもの〉になってしまう。


 次に、「ペダル」(作詞・作曲:志村正彦)の歌詞を引用する。


だいだい色 そしてピンク 咲いている花が
まぶしいと感じるなんて しょうがないのかい?

平凡な日々にもちょっと好感を持って
毎回の景色にだって 愛着が湧いた

あの角を曲がっても 消えないでよ 消えないでよ

上空に線を描いた飛行機雲が
僕が向かう方向と垂直になった
だんだんと線がかすんで曲線になった

何軒か隣の犬が僕を見つけて
すり寄ってくるのはちょっと面倒だったり

あの角を曲がっても 消えないでよ 消えないでよ
駆け出した自転車は いつまでも 追いつけないよ

そういえばいつか語ってくれた話の
続きはこの間 人から聞いてしまったよ


 作品の全体としては、手島いさむの「自転車泥棒」と志村正彦の「ペダル」はそれぞれ固有の世界を表現している。明確な影響の関係はない。ただし、〈自転車〉とそれに関わる〈坂道〉〈滑り降りてく〉〈追いかけた〉という一連のモチーフが、潜在的な次元として何らかの影響を与えているかもしれない。むしろ、〈白い帽子 陽炎の中で揺れてる〉の表現が、別の曲ではあるが、あの「陽炎」(シングルおよび1stアルバム『フジファブリック』収録曲)の〈陽炎は揺れてる〉につながる。志村正彦は奥田民生から決定的な影響を受けたことを何度も語っているが、ユニコーンの他のメンバーによる作品からも影響を受けていると考えてもよいだろう。

 歌詞には、トポス(topos)としての言葉、定型的表現が多く含まれる。トポスは《場所》を意味するギリシア語由来の言葉。主題や論題のことだが、月並みな表現という意味もある。和歌の歌枕もある意味ではトポスである。季語にもトポスの性格がある。

 〈陽炎〉を一つのトポスとして捉えてみよう。日本語のロックやポップスの枠内で探しても、はっぴいえんど「花いちもんめ」(作詞:松本隆・作曲:鈴木茂)の〈おしゃれな風は花びらひらひら/陽炎の街/まるで花ばたけ〉、荒井由実「ひこうき雲」(作詞・作曲:荒井由実)の〈白い坂道が 空まで続いていた/ゆらゆらかげろうが あの子を包む〉などたくさん挙げることができる。〈陽炎〉は曖昧で不安な心象のトポスである。「自転車泥棒」の他の言葉では、〈坂道〉〈髪〉〈自転車〉〈帽子〉もトポスの言葉であり、数限りない用例がある。そのようなトポスとしての言葉をどのように表現するか。表現者が最も苦心するところだ。

 「自転車泥棒」は、〈坂道〉〈髪〉〈自転車〉〈帽子〉というようなトポスを歌詞の基盤に置いているが、〈遠い昔〉〈ふた月前の夏の日〉の二つの時間の設定、〈君〉〈彼女〉という人称の工夫や視点の転換によって、ロックの歌が陥りがちな定型性を免れている。優れた歌だと言えよう。〈自転車泥棒〉は苦いユーモアも含まれる巧みな比喩だが、結局、その比喩に〈僕〉の想いは回収される。〈僕〉と〈君〉の世界はそこにそのまま閉じられていく。

 「ペダル」も、〈僕〉と《君》(歌詞で明示されていないので《》を付す)の世界が根底にある。〈毎回の景色〉、〈花〉〈飛行機雲〉〈自転車〉などの《見えるもの》のなかで、《君》は歌詞の中の言葉としては登場しない。しかし、《君》という二人称は《見えないもの》として「ペダル」の世界に存在している。志村は《見えないもの》として描き出すことを意図したのではないだろうか。《見えるもの》のなかで《姿》としては描かれないものがほんとうに見たいものであり、《見えるもの》を通して《見えないもの》が浮かび上がってくる、というように。その《見えないもの》は《消えてしまうかもしれないもの》あるいは《消えてしまったもの》でもある。そして、それが〈消えないでよ 消えないでよ〉の対象となる。「自転車泥棒」とは異なり、〈僕〉と《君》の世界が過去の世界に閉じられることはない。〈駆け出した自転車は いつまでも 追いつけないよ〉というように、〈僕〉の想像力はいつまでもどこまでも追いつこうとしている。 〈消えないでよ〉と追い求めている。この想像力、繊細なものの見方、対象の多層的な現れ方が、作者志村正彦の個性である。トポスとしての言葉を独創的な表現へと変換している。

 最後の間奏の後の部分、手紙の「追伸」にあたるところの〈そういえばいつか語ってくれた話の/続きはこの間 人から聞いてしまったよ〉では、歌の主体である一人称の〈僕〉、〈いつか語ってくれた話〉を〈僕〉に話した二人称の存在(この人が《君》なのだろう)、〈僕〉がその話の〈続き〉を〈この間〉〈聞いてしまった〉当人である三人称の〈人〉、という三人の人間が関係している。ここにも複雑な人間の関係と場面の設定がある。志村正彦ならではの追伸だ。〈いつか語ってくれた話の/続き〉は〈消えないでよ〉と思わずにはいられない話だったのかもしれない。


 今回「ペダル」を聴き直す中で、〈消えないでよ〉は、アルバム『TEENAGER』全体を通したキーワードだと考えるようになった。冒頭に紹介した志村のコメントを受けとめるならば、まず第一に〈TEENAGER〉の世界そのものが〈消えないでよ〉の対象だが、〈逆らい続ける〉ロックもまた〈消えないでよ〉の対象だろう。アルバム全体という枠組ではなく、個々の作品、たとえば「若者のすべて」にも〈消えないでよ〉というキーワードが共鳴している。「最後の最後の花火」は消えてしまうものではあるが、〈消えないでよ〉と思い続ける光、その残像でもある。

 アルバム『TEENAGER』2曲目の「記念写真」には、〈記念の写真 撮って 僕らは さよなら/忘れられたなら その時はまた会える〉というユニコーンの「すばらしい日々」(作詞・作曲:奥田民生)を想わせるフレーズがあり、〈消えてしまう前に 心に詰め込んだ〉という一節がある。〈消えないでよ〉を反転させる〈消えてしまう〉というモチーフが歌われている。「若者のすべて」のカップリング、B面曲「セレナーデ」はアルバム『TEENAGER』には収録されなかったが、この時期のきわめて優れた作品である。歌詞の最後はこう結ばれる。


そろそろ 行かなきゃな お別れのセレナーデ
消えても 元通りになるだけなんだよ


 「セレナーデ」では、〈僕〉が〈君〉に〈消えても 元通りになるだけなんだよ〉と呼びかけるのだが、それはそのまま〈消えないでよ〉という言葉をこだまのように反響させる。そして、聴き手は〈消えないでよ〉を召喚するだろう。


2021年10月31日日曜日

富士吉田を歩く、2021ハタフェス・黒板当番さんの絵・「ペダル」[志村正彦LN295]

 昨日10月30日、大学の担当授業「山梨学Ⅱ」で地域活性化の先進的な試みを実際に見て学ぶために、受講学生20名とバスに乗って、富士吉田の「ハタオリマチフェスティバル」に行ってきた。一昨年は台風、昨年はコロナ禍で中止となったので、2018年以来の三年ぶりの開催だった。ハタオリマチフェスティバル、通称「ハタフェス」は、山梨県富士吉田市の街の中で開催する秋祭り。二日間、小室浅間神社と本町通り沿いの各会場で、山梨のハタオリの生地や製品を販売したり関連のイベントをしたりするマチフェスである。

 10時頃、駐車場の富士吉田市役所に到着。2020年12月にリニューアルされた庁舎の壁画を初めて見る。ハタフェスのデザイン画も描いているテキスタイルデザイナーの鈴木マサルさんの作品。配色が素晴らしい。ポップでロックだ。この絵がハタフェスの招待状(招待画?)になっていた。



 僕、アシスタント学生2名、受講学生20名の一行二十数名がぞろぞろと街を歩き始めた。担任に率いられた遠足のような集団で少し気恥ずかしくもあったが、この日は快晴で、ところどころ紅葉も進み、富士山も美しく、歩くのは清々しかった。コロナ禍でこのような外出の機会も少ない学生にとっては貴重な時間となった。

 全員で歩き、入り口の会場で検温検査をしてシールや資料をもらい、本町通り沿いの各会場を確認しながら、メイン会場の小室浅間神社に到着。すでにたくさんの人が集い、活気がある。〈おかえりハタフェス〉といった感じだ。この授業では昨年も一昨年も見学する計画だったのだが、中止となってしまった。ようやく実現できてほんとうに良かった。(主催者や協力者の方々に感謝を申し上げます)

 三つにグループを分けて記念写真を撮った。グループ別に見学し、その後三時間ほど各自のテーマによる自由見学という流れにした。僕もこの自由見学の時間に久しぶりに富士吉田の街を歩くことにした。小室浅間神社近くの志村正彦ゆかりの場所へと向かう。何年ぶりのことだろうか。小さなコートで子供たちがサッカーの指導を受けていた。「記念写真」の一節がメロディーと共に浮かんでくる。〈ちっちゃな野球少年〉ではなく〈ちっちゃなサッカー少年〉がボールを追いかけていた。

 それから会場の一つ「FUJIHIMURO」に行った。その後、本町通り沿いに各会場を回った。ところどころで路地に入り、回り道をしてひたすら歩く。この際、ハタフェスと富士吉田の街を歩くことを堪能しようとした。途中で学生たちと何度か出会った。最近開店したカフェの店主にインタビューしている学生もいた。スライド作成のための取材だ。頼もしい。この後、各自が作ったスライドの発表会が予定されている。この授業「山梨学Ⅱ」の最終課題は、自分が自分の街のフェスティバルや活性化のための具体策を計画して提案するというものだ。ハタフェスの先進事例として学んだ上で、自分自身が主体的に考えていくことを重視している。

 僕は会場の一つ富国生命ガレージで黒板当番さんのミニギャラリーを見た。以前から黒板当番さんのTwitterで作品を拝見していたのだが、二週間ほど前、仕事の関係でお会いした人が黒板当番さんご本人だということをたまたま知った。黒板当番さんも偶景webを読んでいただいているようで、話をしている内に、僕が偶景webの主宰者だと分かったようだ。結局、お互いに「あなたでしたか」ということになった。山梨は、いや世界は(とあえて言おう)、狭いのである。

 ハタフェスで彼の作品が展示されることを知ってから、この日を愉しみにしていた。ミニギャラリーにはインクジェットプリンターで印刷した60枚のミニ黒板が並べられていた。志村正彦をテーマとする12枚の絵もあった。小さなものには小さなものゆえの存在感がある。

 この後、ネットで見た『ペダル』が展示されている富士山駅の「ヤマナシハタオリトラベル MILL SHOP」に向かった。本町通りは車では何度も通ったことがあるか、長い距離を歩くのは初めてだ。上り道がずっと続く。この日は快晴ゆえに日差しも強かったので、思っていたよりも暑い。寒さを予想して厚着だったので余計にこたえた。

 富士山駅に到着。駅ビル1階のMILL SHOPへ。ハタオリ紹介番組を流すモニターの横に『ペダル』の黒板。椅子に腰かけてしばらくの間眺める。チョークアートの技法はまったく分からないが、チョークのチョークたる所以である、何というのだろう、あの筆触が活かされている。チョークが黒板に接触する際に、チョークの粉がかすれ、消えていく感触が残っている。黒板当番さんの絵が素敵なのは、この擦れて消えていくものが幾重にも重ねられていくところにあるのだろう。擦れて消えていくものは、志村正彦が繰り返し歌ったモチーフでもある。

 『ペダル』の絵は主に、上側に志村正彦、下側に犬の二つのオブジェで構成されている。(黒板当番さんに快諾していただいたので、画像を添付したい)



 歌詞では〈何軒か隣の犬が僕を見つけて/すり寄ってくるのはちょっと面倒だったり〉というように犬が登場する。絵の中の犬は微笑むようにして、〈僕〉を見ている。とても可愛い。その上に描かれている志村は〈ちょっと面倒〉そうに横を向いているが、内心はどうなのだろうか。この絵には他に、富士吉田の街並、空、飛行機雲の線、だいだい色とピンクの花、角を示すミラー、昭和風の喫茶店、スニーカーを履いて歩く〈僕〉の足下と、『ペダル』の世界が忠実に反映されているのだが、女子高校生らしい人物が自転車を漕ぐ後ろ姿が目を引く。歌詞の中ではこのような像としてはっきりと描かれてはいないが、黒板当番さんはおそらく、〈あの角を曲がっても 消えないでよ 消えないでよ〉と歌われる〈消えないで〉の対象を自転車に乗る女子高校生だと解釈したのだろう。これは卓見である。絵を描く人の想像力がなせる技でもある。黒板画のマチエールそのものもこの題材に適している。(この部分を拡大した画像も添付させていただく)

 白色の花と白色のブラウスが溶け合っていく。自転車を漕ぐ彼女はどこに向かっているのだろうか。彼女の眼差しの向こうには何があるのだろうか。




 もう八年ほど前になるが、〈『ペダル』1「消えないでよ」(志村正彦LN12)〉で次のように書いた。    

 「消えないでよ」という謎めいた表現がいきなり登場する。いったい何が「消えないで」なのか、分からない。「あの角」も具体的な像が浮かばない。通常の流れを考えると、「まぶしいと感じる」「だいだい色 そしてピンク 咲いている花」が「消えないで」ほしい対象と考えられるが、「花」に限定しまっていいのか、心もとない。あるいは隠喩と考えるのなら、「虹」のようなものか、あるいは「平凡な日々」や「毎回の景色」という出来事や風景、そこにうつりゆくものなのか、あるいはそれらの対象をすべて包み込むような何かなのか。

 聴き手がそれを絞りきれないまま、「消えないで」ほしい対象への「僕」の強い想い、その対象に対する呼びかけとそのリフレインが、聴き手の心にこだましてくる。分からないままに、「消えないでよ」という言葉そのものが「リアルなもの」として響いてくる。「消えないで」と願う対象をあえて明示しないことが、歌詞の中の空白部をつくり、聴き手の想像を広げるような作用をしている、とひとまずは言えるだろうか。

 続く〈『ペダル』2「僕が向かう方向」(志村正彦LN13)〉ではこのように展開した。

  「僕」が歩いているとすると、「駆け出した自転車」に「追いつけない」のは「僕」だという解釈も成り立つ。誰かが漕いで「駆け出した自転車」を僕は歩いて追うが、「いつまでも追いつけない」という状況だ。そうなると、「僕」が「消えないでよ」と願う対象はこの「自転車」だとも考えられる。しかしあくまでも、「僕」が「自転車」に乗っていると考える場合は、「僕」が「いつまでも追いつけない」対象は、「消えないでよ」と願う対象と文脈上同一のものになるだろう。

 この第二ブロックの場合、最初に現れた「飛行機雲」が「消えないで」の対象とすることもできる。現実的にも、「飛行機雲」はごく短い時間の移動では消えないが、やがて消えてしまう自然の現象である。第一ブロックの「花」も、より長い時間の間隔ではあるが、その色の輝きがやがて失せてしまうものである。そう考えると、歌詞の展開通り、「花」や「飛行機雲」が「消えないでよ」と願う対象にあげられてよいのだろうが、それだけに限定するのはこの歌の世界の広がりや漂う感覚にそぐわない気がする。やはり「消えないでよ」の対象はより抽象的に把握したほうがよいのではないだろうか。


 以前の考察でも〈消えないでよ〉の対象として〈自転車〉を挙げてはいるのだが、そこで終わってしまっている。誰が自転車に乗っているのかという想像することはできなかった。このときは、〈やはり「消えないでよ」の対象はより抽象的に把握したほうがよいのではないだろうか〉と考えて、具体的なものを追究することを避けたのだろう。

 それに対して、黒板当番さんは〈自転車を漕ぐ女子高校生の後ろ姿〉という具体的なイメージを描いている。この『ペダル』そしてアルバム『TEENAGER』全体、もっと広く言うのなら、志村正彦・フジファブリックの全作品を通じて、〈消えないでよ〉と歌われる存在がある。その具体像の一つとして、女子高校生もあげられる。実際にフジファブリックの「桜の季節」「赤黄色の金木犀」「銀河」などのミュージックビデオには、制服を着た女子高校生らしき女性が登場している。いくぶんかは不可思議で奇妙な雰囲気を伴って、ではあるが。黒板当番さんのこの図像からは、ティーンエイジャーらしい凜とした後ろ姿が漂ってくる。

 そもそも以前の考察では、〈花〉〈虹〉〈平凡な日々〉〈毎回の景色〉〈飛行機雲〉〈自転車〉、歌詞で歌われたすべての情景を〈消えないでよ〉の対象にしている。この対象を〈歌詞の中の空白部〉として捉えているからだろう。言葉で表現する場合、このように概念化したり抽象化したりすることがある。この種の概念化や抽象化はある種の逃げになることもある。(筆者もそのように逃げることがある、とここに書いておかねばならない)しかし、絵を描く場合は、具体像として(抽象的な像もあるだろうが)描出しなければならない。「ペダル」の黒板画を見て、文章と絵画の違いということも考えることになった。


 志村正彦は「ペダル」を歩行のリズムで作ったと述べたことがある。昨日、「ハタフェス」開催中の富士吉田の街を三時間ほど歩いた。若者を中心に沢山の人がハタフェスに集っていた。学生がメモを取りながら見学していた。機織の生地や製品がいたるところに並べられていた。秋の季節。快晴の青空。紅葉。綺麗な雪景色の富士山。富士山駅で黒板当番さんの「ペダル」の絵を見て、記憶の中の「ペダル」を再生した。帰りはなだらかな下り坂。下吉田の街とその向こう側の山々が見えた。歩きながら歌詞の一節を口ずさんだ。

 歩くことによって見えてくるものがある。
 その光景のすべてが〈消えないでよ〉、そう思わずにはいられなかった。