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2021年12月5日日曜日

「若者のすべて」の共演-「MUSIC BLOOD」[志村正彦LN298]

  12月3日放送の日本テレビ「MUSIC BLOOD」(MC:田中圭・千葉雄大)を見た。

 毎週1組のアーティストを迎え、衝撃的な音楽との出会いから始まった音楽人生や今も血液として自分に流れる原体験を〈MUSIC BLOOD〉として語り、自らの〈BLOOD SONG〉となった曲を演奏する番組である。

 冒頭で、志村の「一番の目標はその名盤を創るじゃないですけど、揺るがない作品を創りたいってのが」という発言が紹介された。志村についての簡潔な説明の後で、フジファブリック現メンバーの山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一が登場し、彼らの〈MUSIC BLOOD〉は志村正彦だと語った。

 志村について語るのは勇気が要るのではというMCの問いかけ対して、山内は「(あの)メンバーが志村君のことを話すというのは、その言葉によっては(やっぱ)誤解を産んでしまうという、(こう)おそれもやっぱりあるのはあるんですけど、やはり彼のことを伝えたいという、まだまだ知ってもらいたいと思ったので今日は話したいなと思いました」と答えた。山内、金澤、加藤の三人が志村が亡くなった時のことについても話した。彼らの志村への想いは伝わってきた。沈んだ声と瞳が印象的だった。三人の言葉をここに引用するのは控えたい。この番組はTVerやhuluでまだ視聴できる。

 この日は、「若者のすべて」(作詞:志村正彦 作曲:志村正彦)が〈BLOOD SONG〉になり、志村の声、現メンバー、志村の母校山梨県立吉田高等学校の音楽部による共演で演奏されると予告されたので、そのことに一番関心があった。番組の中頃で「志村の歌声とメンバーの演奏そして母校の若者たちの歌声」というナレーションと共に共演が始まった。メンバーと吉田高校生の背後に、「若者のすべて」MVが流れ、志村正彦が映し出された。記録のために、共演の箇所を下記に示したい。


若者のすべて (作詞:志村正彦 作曲:志村正彦)



〈志村の声〉

夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている

夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて


〈志村の声+金澤・山口のコーラス〉

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

〈志村の声+金澤・山口のコーラス+吉田高校音楽部のコーラス〉

すりむいたまま 僕はそっと歩き出して

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


 吉田高校のコーラスは女子8人男子2人で編成されていた。「僕はそっと歩き出して」と「僕らは変わるかな」の一人称の単数と複数の代名詞、〈僕〉と〈僕ら〉に、志村正彦のやわらかい優しい声と高校生の若々しく綺麗な声が美しく重なりあう。「若者のすべて」の〈全て〉が多層的に響きあっていた。

 しかし、上記の記載で分かるように、2番目のすべてと、3番目の一部が省略されていた。特に、3番目のパートの〈ないかな ないよな きっとね いないよな/会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉はこの展開からすると吉田高校の生徒のコーラスが入る部分だろうが、それを聴くことができなかったのがきわめて残念だった。

 純粋な言葉の音の響きからすると、〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉のコーラスが最も魅力的な部分となる。放送の時間の都合なのだろうが、この部分の吉田高校生のコーラスが省かれたのは疑問である。せっかく母校の高校生が共演するという貴重な機会を尊重するのなら、フルヴァージョンで収録し放送すべきだろう。「若者のすべて」の〈すべて〉が損なわれてしまうとも言える。

 最後に、書かざるをえないことを正直に記したい。

 志村正彦・フジファブリックの聴き手の一人としては、このような番組は基本として嬉しいものがある。しかし、この番組は〈衝撃的な音楽との出会い〉〈今も血液として自分に流れる原体験〉という観点から構成されているので、どうしてもある種の物語が必要とされる。そのことがかなり気になった。

 〈名曲を残し、若くして亡くなった天才〉という〈天才志村正彦の物語〉。そして、〈志村没後、もがき苦しみながら活動を続けた〉という〈苦悩と葛藤のバンドの物語〉。そのような捉え方や過程が実際にあったとしても、それが物語として語られることに、そして共有されることに、疑問がある。そうではない、という違和感を持つ。

 志村正彦の人生は物語ではない。

 揺るがない作品を創ることが一番の目標だと志村は語っていた。「若者のすべて」の〈僕〉は、そっと歩き出す。〈僕〉はなんでもない一人の若者である。その歩みは物語ではない。物語ではないからこそ、歌が生まれる。歌という作品が創造される。


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