2026年6月14日日曜日

アニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』と『茜色の夕日』[志村正彦LN384]

 一昨日6月12日の深夜24時から、TVアニメ「上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花」第10話がBS11やTOKYO MXで放送された。

 公式Xの〈第10話は原作者の塀先生が描き下ろした、遊佐あかねと北杜やえかが中心となる、アニメオリジナルエピソードを含む話数となります。本エピソードは、フジファブリック志村正彦さんが作詞・作曲を手掛けられた楽曲『茜色の夕日』をお借りした、特別なストーリーとなっております。〉という呟きが志村ファンの間で話題となっていた。



 ネットの情報からこの作品の概要を記したい。「塀」の漫画作品が秋田書店のウェブコミック配信サイト『マンガクロス』後に『チャンピオンクロス』で2019年3月から始まり現在まで連載中、テレビアニメ版(佐久間貴史監督)が2026年4月より放送中。20歳の女子大生・上伊那ぼたんを主人公に大学の女子寮を舞台とする物語。題名にあるとおり、お酒とガールズラブがモチーフとなっている。

 六人の主要人物は、上伊那ぼたん(長野県出身・浪人して大学1年生・主人公)、砺波いぶき(富山県出身・3年生・寮長)、郡上かなで(岐阜県出身・大学院生)、遊佐あかね(山形県出身・2年生)、北杜やえか(山梨県出身・2年生)、張景嵐(チャン・ジンラン・台湾出身・留学生)。メインイメージには〈酔って、絡まり、ほどけてく。〉というコピーがある。この六人が酒に酔うことを契機に、互いの関係が絡まりあり、互いの関係が解けてゆく。そのように物語が展開していく。


 第10話の後半の舞台は「ヤマハ サウンドクロッシング 渋谷」。そのカフェで「上伊那ぼたん」と「北杜やえか」が話をしている。「あかね」は楽器を試奏する。「ぼたん」は「やえか」に好きな曲を尋ねると、「やえか」はスマホの画面を見せる。「ぼたん」もこの曲を好きだと言う。「やえか」は一年の時に「あかね」が教えてくれたこの曲が大好きと答える。回想場面にはフジファブリック『アラカルト』のジャケットが映る。

  「あかね」がギターを奏でながら『茜色の夕日』を歌い始める。「やえか」は驚いて振り向く。「あかね」の方に歩き出し、『茜色の夕日』を一緒に口ずさむ。このシーンでは〈君のその小さな目から/大粒の涙が溢れてきたんだ/忘れることはできないな/そんなことを思っていたんだ〉〈東京の空の星は/見えないと聞かされていたけど/見えないこともないんだな/そんなことを思っていたんだ〉の箇所が歌われた。

 最後のシーンが重要だった。「ぼたん」のスマホ画面には、〈弾けます?〉〈フジファブリック 茜色の夕日〉という「あかね」宛のメッセージが表示されていた。「やえか」と「あかね」の仲がギクシャクしているのを見て、「ぼたん」が「あかね」に『茜色の夕日』を弾くようにリクエストしたことが分かる。二人の女の子「やえか」と「あかね」の関係をもう一人の女の子「ぼたん」がさりげなく近づけようとする。その演出が冴えていた。


 エンディングになり、志村正彦の声が聞こえてくる。『アラカルト』ヴァージョンだ。2002年10月21日CDミニアルバム『アラカルト』リリース。志村正彦:ボーカル・ギター、田所幸子:キーボード、萩原彰人:ギター、加藤雄一:ベース、渡辺隆之:ドラムスの編成。YouTubeにある当時のミュージックビデオを紹介したい。




 録音当時の志村は22歳だった。このアニメの登場人物に近い年齢だ。志村の若々しい声がのびやかに響く。志村自身の音源が流れるかもしれないと思ってはいたが、初期の音源だったこともあり、不意打ちのようになった。それだけ感が極まってしまった。このアニメとこの歌との取り合わせが不思議な感覚をもたらした。


 エンディング画面には次のクレジットが表示された。

 劇中曲 第10話エンディング楽曲 『茜色の夕日』 
 フジファブリック 作詞 志村正彦 作曲 志村正彦
  Speciai Thanks 
 樋口恵子(ロフトプロジェクト)杉山オサム
 志村正彦様のご家族一同


 このアニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』は、原作漫画の作者「塀」氏やアニメの制作スタッフたちの志村正彦、フジファブリック、『茜色の夕日』への純粋なリスペクトとオマージュを捧げる作品だった。『アラカルト』の制作を担当した樋口恵子さんや志村正彦のご家族一同への感謝も記されていた。制作者の誠実さが伝わってきた。

 このアニメは、主人公「上伊那ぼたん」を中心軸にして、六人の女の子のあいだの繊細な恋心と複雑な想いの交錯を描いている。この点が『茜色の夕日』との接点になったのだろう。ただし、エンディングが終わった後でも三番目のシーンが続いたのは謎だった。『茜色の夕日』でそのまま終わった方が余韻があったと思われる。(あえてそのことを回避したのかもしれないが)


 志村正彦は『茜色の夕日』について何度か語ったことがある。『音楽とことば ~あの人はどうやって歌詞を書いているのか~』( SPACE SHOWER BOOks 2013/6/24 )の該当箇所を引用したい。


・歌詞というのは、とんなものでも、何を書いてもいいものではあるんだけど、実は、なんでもよくはない。そこにリアルなもの、本当の気持ちが込められていなければ、誰の気持ちにも響いてくれないと思うんです。
・最初の最初は、あの娘になんとなく気づいてほしいからという情熱から歌詞を書き始めたわけです。〔……〕高校生の終わりぐらいですね。初恋の娘です。〔……〕その失恋から産まれた曲は『茜色の夕日』って曲で、フジファブリックとして発表しているんですけど、自分の衝動をそのまま歌詞に刻めたということにおいては、この曲に勝るものはないです。僕の人生において、この曲の中に込められたものに勝る想いというのはないですね。


 志村は、高校生の終わり頃の初恋と失恋という〈リアルなもの〉とその娘に対する〈本当の気持ち〉を込めて『茜色の夕日』を作った。

 〈君〉については、〈君が只 横で笑っていたことや/どうしようもない悲しいこと〉〈君のその小さな目から/大粒の涙が溢れてきたんだ〉と歌う。〈君〉が笑っていたこともあるが、どうしようもない悲しいことがやがて大粒の涙につながる。

 〈僕〉は自分自身について、〈君に伝えた情熱は/呆れる程情けないもので/笑うのをこらえているよ/後で少し虚しくなった〉〈僕じゃきっとできないな できないな/本音を言うこともできないな できないな/無責任でいいな ラララ〉と歌う。〈僕〉は自分自身に対して情けなさや虚しさを感じる。本音を言うこともできないことを無責任に思う。そして、〈できないな〉を四回も繰り返している。

 〈僕〉は、〈僕〉自身や〈君〉に向かう眼差しを転換し、〈東京の空の星は/見えないと聞かされていたけど/見えないこともないんだな/そんなことを思っていたんだ〉と歌う。この表現は、〈東京の空の星〉を〈見えるんだな〉ではなく〈見えないこともないんだな〉と語っている。〈ない〉ことも〈ない〉という二重否定による肯定である。

 志村は〈できないな〉を四回も反復し、〈ないこともないんだな〉という言い回しも使った。志村の歌には〈ない〉という声がこだましている。そもそものはじめに〈ない〉があったのではないだろうか。これは端的に言って、彼の喪失の深さを表している。誰かが、時や場そのものが失われていく。志村はおそらく物心がつく頃から、失われていくものに鋭敏だったのではないだろうか。


 『茜色の夕日』がドラマや映画に使われた例を振り返りたい。

 2016年11月15日、NHKBSプレミアムのドラマ『プリンセスメゾン』の第4回「憧れのライフスタイル」で『茜色の夕日』が挿入歌として流れた。「沼越幸」(森川葵)がマンションを購入するために、不動産会社の営業マン「伊達政一」(高橋一生)に出会う。ラスト近く、沼越幸が務めている居酒屋のシーンで『茜色の夕日』が静かに流れ出す。伊達政一が沼越の働く姿を垣間見るとそのまま小路を歩きだす。その瞬間から音量が高くなり、志村正彦の歌う『茜色の夕日』が画面を覆うように聞こえてきた。

 2018年10月公開の映画『ここは退屈迎えに来て』(監督・廣木隆一、原作・山内マリコ)でも『茜色の夕日』が劇中歌となっている。主なキャストは、「私」橋本愛、「あたし」門脇麦、「サツキ」柳ゆり菜、「椎名くん」成田凌、「新保くん」渡辺大知-、「遠藤」亀田侑樹。「あたし」が「遠藤」と一夜を過ごした翌朝、「あたし」は一人でホテルを出て歩き出す。その時に唐突に口ずさむのが『茜色の夕日』だ。BGMとして流れるのではなく「あたし」門脇麦が劇中で歌った。


 TVドラマ『プリンセスメゾン』、映画『ここは退屈迎えに来て』、TVアニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』。三度、虚構の映像作品のなかで『茜色の夕日』が使われたことになる。そのことは嬉しい。

 ただし、志村が〈僕の人生において、この曲の中に込められたものに勝る想いというのはない〉と語っているように、『茜色の夕日』に込められた志村の想い、本当の気持ちはとても深い。志村のリアルなものはドラマ・映画・アニメにも強く作用する。物語の展開を超えてしまうような独自の響きを持っている。今回のアニメを見て、その感を強くした。


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