一昨日、3月18日、テレビ朝日〈『EIGHT-JAM』3時間SP 名だたる“音楽のプロ”が集合した『最強のサビ歌唱BEST100』〉が放送された。有名アーティストやプロデューサーなど音楽のプロ51人が、2000年以前と以後の2ブロックに分けて「サビ」の歌唱が凄い名曲を選んで、各ブロックの「総合ランキング・ベスト50」を発表するもの。
SUPER EIGHTとスタジオゲストのLISA、秦基博、北村匠海(DISH//)、HANAのCHIKA・NAOKO・JISOO、川田裕美、高橋茂雄(サバンナ)が出演し、選者はMANATO(BE:FIRST)、OMI(三代目 J SOUL BROTHERS)、片寄涼太&数原龍友(GENERATIONS)、小渕健太郎(コブクロ)、藤井怜央(Omoinotake)、HIDE(GRe4N BOYZ)、石崎ひゅーい、矢井田瞳、新妻聖子などだった。
志村正彦・フジファブリックの作品が選ばれるのかどうか。そのことが気になって番組を見た。結果は2000年以後のブロックで「若者のすべて」が46位に選ばれた。
テロップには〈夏の終わりの空気感をそのまま歌にしたような声〉(Michael Kaneko)、〈押さえた歌唱からサビで一気に情景を聴かせる名曲〉(生活の設計 大塚真太朗)と説明され、〈伝説的ロックバンドの名曲〉と紹介されて、〈「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて/最後の花火に今年もなったな/何年経っても思い出してしまうな/ないかな ないよな きっとね いないよな〉の部分がミュージックビデオで志村正彦が歌う映像が放送された。左上にインサートされた映像にはスタジオで何人もがこの歌を口ずさんでいた。46位というランキングには大いに不満が残るが、それでもこの曲が地上波で流されたことを喜びたい。新たなファンを獲得する可能性があるからだ。
「若者のすべて」のサビは、〈最後の花火〉の空間と眼差し、〈今年〉〈何年〉という時の流れ、〈思い出してしまう〉回想と内省、〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉の〈な〉音の反復、再会への期待や躊躇、〈まぶた〉の開閉と想起という一連の言葉の連鎖が、おだやかで美しい旋律と和声を伴って、志村正彦のやわらかでやさしい声によって歌われる。
このような記述をしてもこの歌の魅力を語ることは難しい。この歌は聴く者をどこか遠くの彼方に、忘れてしまったような光景に、連れ去っていく。そして聴く者は分からないままに無意識のままに、何時の間にかその遠くの彼方の忘れてしまった光景にたどりつくのかもしれない。
これは筆者の年齢や世代によるところが大きいのだろうが、2000年以前の方がサビを含めて名曲が多い気がしてしまう。少なくとも音楽の勢いや影響力、CD等の売り上げが2000年あたりを境に下降してきたのは間違いないだろう。
このような区分けをもとに2000年以降の日本語ロックの中で、志村正彦・フジファブリックは特にその歌詞において最も高度な達成をしたと言える。そして、歌を重視する後続の歌い手やバンドに大きな影響を与えている(このような証言はいくつもある)。
実は、「若者のすべて」は〈最終段階までサビから始まる形になっていた構成を志村の意向で変更したもの〉と書籍『FAB BOOK』(角川マガジンズ2010年)に記されている。
志村はその理由を「この曲には”物語”が必要だと思った」として、こう語っている。
ちゃんと筋道を立てないと感動しないなって気づいたんですよね。いきなりサビにいってしまうことにセンチメンタルはないんです。僕はセンチメンタルになりたくて、この曲を作ったんですから。 (『FAB BOOK』)
志村は雑誌「Talking Rock!」では次のように語っている。
最初は曲の構成が、サビ始まりだったんです。サビから始まってA→B→サビみたいな感じで、それがなんか、不自然だなあと思って。例えば、どんな物語にしてもそう、男女がいきなり“好きだー!”と言って始まるわけではなく、何かきっかけがあるから、物語が始まるわけで、〔…〕いきなりサビでドラマチックに始まるのが、リアルじゃなくてピンと来なかったんですよ。だからボツにしていたんだけど、しばらくして曲を見直したときに、サビをきちんとサビの位置に置いてA→B→サビで組んでみると、実はこれが非常にいいと。 (「Talking Rock!」2008年2月号、文・吉川尚宏氏)
志村は曲の構成を当初の〈サビ→Aメロ→Bメロ→サビ〉から〈Aメロ→Bメロ→サビ〉に変えた。〈筋道〉を立て〈感動〉に至る〈センチメンタル〉を追求するために、歌詞と楽曲を練り上げて、この歌の叙情の純度を高めていった。
この原稿を書こうとした時に気づいたのだが、今回がこのブログの「志村正彦ライナーノーツ」で「若者のすべて」に関する100回目のエッセイになる。
第1回目は2013年3月7日の〈冬の季節の『若者のすべて』〉。前年12月の富士吉田の「夕方5時のチャイム」の数日前に、〈『若者のすべて』が冬の歌のように感じられた。詩の中の「最後の花火」は「冬の花火」かもしれないという、ありえない想像にとらわれた。冬の花火には、たとえようのない寂しさや儚さもあるのだが、夏の花火にはない、清澄であるがゆえの静けさと透明感、外気の冷たさゆえの光の和やかさや温かさがある〉と感じたことを書き、この歌の語りの枠組についても触れていった。このエッセイがすべての出発点だった。
それから13年が過ぎたが、「若者のすべて」の歌詞の構造やモチーフを中心軸に、たくさん生まれたカバー曲やライブでの演奏、映像作品やCM、富士吉田のイベント、高校教科書への掲載など、様々な観点を織り交ぜて書き続けてきた。「若者のすべて」のすべてに関して可能な限りこれからも書いていきたい。
振り返ると、「若者のすべて」の知名度や評価は、13年前には想像できなかったほどに高まった。
何よりも、この歌が人々に愛されて、人々の心の歌になったことに感慨を覚える。
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