11月15日谷崎潤一郎「母を恋うる記」(甲府文と芸の会第2回公演)

右下の《申込フォーム》から一回につき一名お申し込みできます。名前欄に〈氏名〉、メール欄に〈電子メールアドレス〉、メッセージ欄に〈11月15日公演〉とそれぞれ記入して、送信ボタンをクリックしてください。(三つの欄のすべてに記入しないと送信できません)申し込み後3日以内に受付に関するメールを返信します。《申込フォーム》での申し込みができない場合やメールアドレスをお持ちでない場合は、チラシ画像に記載の番号へ電話でお申し込みください。  *申込者の皆様のメールアドレスは、本公演に関する連絡および今後の当会の公演案内のみに利用することをご了承ください。それ以外の利用は一切いたしません。

2026年8月29日土曜日

レアの感覚と想起-五十嵐哲也『環の国にて』1

  黒板当番・五十嵐哲也氏の『環の国にて』(Life in the Rings of Saturn)は、2025年10月18日、ハタオリマチフェスティバルの初日に刊行された。

 僕もこの日に「黒板当番」ブースで五十嵐氏から直接購入した。黒を基本とした色調とマットな手触りの紙質が洒落ていた。A5判のコンパクトな判型の全96頁に、見開きの右側の半分ほどに落ち着いた色調の黒板画の画像、左側に細やかなフォントで濃密な文章が配置されている。この書物自体が「作品」としての質感を有していた。

 発行所はMOKUHON PRESS。山梨県韮崎市の本屋YOMUの出版レーベルで、BEEK DESIGNの土屋誠氏が主宰している。印刷所は個性的な本作りで知られる長野県松本市の藤原印刷。MOKUHON PRESSのサイトなどから購入できる。おそらく今年のハタフェスでも販売されることだろう。



 『環の国にて』は、第1部「レア」20章、第2部「トコロボ」25章の全45章のストーリーから構成されている。それぞれのシーンが、五十嵐氏が描いて富士山駅のヤマナシハタオリトラベル mill shop で展示した黒板画に基づいている。どのようにしてこの作品を創造していったのか。彼自身による説明をここで紹介したい。


ひとつのSCENEの中では、まず黒板画を描き、完成させ、保存用に一眼レフで撮影し、照明の影響などによる明るさのムラを Photoshopでなくす画像修正作業を行います。それが完成するまでは、一文字も書くことはありません。画像の一連の作業が終わってから、はじめて文章を一気呵成に書き上げます。黒板画を描き、画像処理まで終わらせるあいだに書くべき言葉が頭の中で熟成されるのか、言葉を紡ぐ作業にそれほど多くの時間はかかりませんでした。絵を描くことに没頭することで脳のモードが変わるような感覚もあり、絵が完成してからでなければこれは書けなかっただろう、と何度も思った記憶があります。


 〈絵を描くことに没頭することで脳のモードが変わる〉〈絵が完成してからでなければこれは書けなかった〉という文言が興味深い。これが創作の秘訣なのだろう。黒板画のイメージが物語のテクストを生み出していく。このプロセスによって、五十嵐氏は黒板画と文章、イメージとテクストを複合して相互に関係づける独創的なスタイルを編み出した。


 2018年の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』は、山梨の織物工場で使われていた〈シャットル〉が、宇宙を旅する〈スペースシャットル〉となり、土星の衛星エンケラドスの氷の下の海に住む小さな生き物たち〈トコトコ〉に出会う物語だった。この物語には人は存在しなかった。2025年の『環の国にて』は、〈レア〉という若い女性を登場させ、〈トコロボ〉という不思議なロボットを発見することによって、エンケラドスの〈トコトコ〉と遭遇させる物語である。

 地球・山梨と土星・エンケドラスという空間、ハタオリの技術という現実の要素。スペースシャットルの旅とトコトコとの遭遇、人間のレアとロボットのトコロボの交流という空想の要素。現実と空想の二つの要素を織り込んで創られたのが、五十嵐氏のこの二つの物語、「シャットル・サーガ」とでも呼べるシリーズ物語である。


 『環の国にて』は、『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』にレアとトコロボという魅力的な人物・キャラクターを加えることによって、SF的な小説へと発展させていった。ストーリー自体はシンプルなのだが、ところどころに多様なモチーフを包み込むことによって、彩りのある豊かな作品になっている。詳細を語ることはネタバレになってしまうので、このブログでは印象深い二つのシーンに限定して二回に分けて述べてみたい。


 今回は第1部レアのSCENE 2「千億の宝石の河」の場面である。

 主人公のレアは若い女性。地球から遠く離れた土星の環の氷で作られた小さな街の世界〈環の国〉で生まれ育った。学校卒業後は環のフィールド調査チームに参加する予定だが、その前に氷塊を乗りこなす〈スライディング〉の技を使って旅に出る。レアは土星の輪をいろいろな角度から眺めているときに、ある不思議な感覚にとらわれる。この箇所の本文を引用したい。


 そこでレアはふと、何かを感じて顔を上げた。誰かが、この環のどこかにいるような気がした。ほんの一瞬だったけれど、気配の残像のような感触が耳元にまとわりついていた。誰もいるはずがないのに、と冴しむよりも、懐かしい、という気持ちが湧き上がってきた。そう、この感覚は久しぶりだ。


 レアは何かを感じとる。土星の環のどこかに誰かがいる。その気配だ。その残像の感触はある懐かしさを感じさせる。レアはあることを想起する。


 小さなころに好きだった絵本の、環のなかに住む妖精の話。
 旅人をびっくりさせたり、助けたりする気まぐれな氷の妖精が、環の氷のなかに身を潜め、誰かが来るのを待っている。そこへそっと気付かれないように通りかかり、こっちが先に妖精を見つけてあげる。そうすると妖精にかけられた魔法が解けて、二人はともだちになるのだ。


 レアは小さい頃に環のなかに住む妖精の話の絵本が好きだった。氷の妖精と出会い、二人は友達になる。この絵本のモチーフが『環の国にて』全体の伏線ともなっている。入れ子型の構造でもある。

 レアの土星の環の探索は、レアの記憶のなかの世界、無意識の世界への探究でもある。レアは自らの無意識を探るようにして、土星の環、エンケドラスの氷の世界の秘密を明らかにしていく。この冒険の物語が黒板画の繊細な画像と緻密なテクストによって綴られていく。

                          (この項続く)


2026年8月17日月曜日

黒板当番・五十嵐哲也氏の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』

 黒板当番・五十嵐哲也氏の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』は、2018年12月、富士吉田織物協同組合から刊行されたZine風の本である。

 五十嵐氏が2016年6月から2017年3月まで、富士急行線富士山駅のヤマナシハタオリトラベル mill shop で展示した黒板画とそのストーリーを記した日本語と英語のテクストが見開き頁尾の左右に配置されている。001頁の「はじめに」と002-003頁から042-043頁までの21のシーンがある。

 刊行の経緯については、ハタオリマチのハタ印プロジェクトの「ヤマナシハタオリトラベル mill shopの「黒板当番」のグッズを制作しました!」に詳しい。(今でもこの本は常時ヤマナシハタオリトラベルmill shopで、ハタフェスの歳には黒板当番ブースで購入可能ですので、関心のある方はぜひご覧になることをおすすめします。)


 当初から、黒板画とストーリーが一緒に展示されていたのかなど、この作品の成立過程について知りたかったので、五十嵐氏に伺ってみたところ、いくつかの点についてご教示いただいた。

 この物語の全体について語るのはネタバレになってしまうので、五十嵐氏のご教示に言及しながら、「はじめに」と最初の三つのシーンに限定して紹介していきたい。


 001頁の「はじめに」をまず引用したい。

これはヤマナシの織物工場で使われていたシャットルが、宇宙を旅するお話です。スペースシャットルが、なぜ宇宙を旅するようになったのかは分かりません。あるとき、スペースシャットルは土星の衛星エンケラドスの氷の下の海にすむ小さな生き物たち、トコトコ族に出会いました。そして、スペースシャットルとトコトコたちのお話が始まります。

 「シャットル」(shuttle)は織物を織るときに、経糸の間に緯糸を通すのに使われる道具。現在では「シャトル」というカタカナ表記が一般的だが、織物産業などでは「シャットル」が今も使われているようだ。

 この言葉が語源となって往復を繰り返すものをシャトルと呼ぶことがある。アメリカ航空宇宙局(NASA)が1981年から2011年にかけて打ち上げた有人宇宙船の名前は「スペースシャトル」(Space Shuttle)だった。地球と宇宙空間を往復して再利用することからこのような名が付けられた。五十嵐氏もこれに倣って宇宙を旅するシャットルを「スペースシャットル」と命名したのだろう。

 山梨の織物工場のスペースシャットルが、NASAのスペースシャトルのように宇宙へ旅発つという愉快で可愛らしい設定の話である。


 002-003頁から物語が始まる。左側の黒板画と右側の日本語テクストを掲載する。




宇宙を旅するスペースシャットルが、何かに誘われて土星の近くまでやってきました。土星をとりまいているリングの近くでは、太陽の光を受けて輝く氷のつぶやかたまりが、はるか彼方までびっしりと浮かび、とても美しい光景が広がっていました。けれども、スペースシャットルの目的地は、ここではないようです。

 左側の黒板画は、五十嵐氏によると、2016年6月に描いた最初の絵であり、トコトコの物語として描いたものではなく、あとから舞台の説明に使えると思って序章に挿入したそうである。確かに、この画では左上に「スペースシャットル」、中央に土星とそのリングの氷の粒や塊が描かれている。モノトーンの黒と白の対比が宇宙空間をくっきりと描いている。ここにはまだ生物の感触はない。


 004-005頁で「トコトコ」が登場する。左側の黒板画と右側の日本語テクストを引用する。




ここは土星の衛星のひとつ、エンケラドス。表面を覆う厚い氷の下には、広大な海が広がっています。その深い海の底、熱水が湧き上がる海底火山のまわりには、トコトコたちが住んでいました。トコトコは、その名のとおリトコトコと歩き回る生き物で、珍しいものを探して旅をするのが大好きでした。

 物語の舞台になるのは、土星の衛星のエンケラドスの氷の下の広大な海の底。登場する生物はトコトコ。右側の画の一番下に、深海の底で不安げに周りを見つめているトコトコが描かれている。この黒板画は『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』の表紙絵にもなっている。


 006-007頁ではトコトコが不思議なもの(スペースシャットル)と出逢う。この黒板画は五十嵐氏によると2016年8月に描かれた。ちょうど今から十年前になる。

 富士山駅のmill shopで展示した当時の写真を五十嵐氏から送っていただいた。直接チョークで板に解説文の文字を書いていたそうである。その画像を添付したい。




 当時の画の解説文にはこうある。

土星まで旅をしたスペースシャットルは衛星のエンケラドスの地底海でトコトコ族に発見されるのだった。

 完成版の本の日本語テクストにはこうある。

ある日、1人のトコトコが歩いていると、不思議なものを見つけました。「これはいったい何だろう?」


 この二つのテクストを比較すると、「スペースシャットル」が「トコトコ族」に発見された、から、「トコトコ」が「不思議なもの」を見つけた、に修正されている。「トコトコ」に焦点を当てた表現に変化した。さらにこの場面ではまだ「不思議なもの」の発見であり、「スペースシャットル」という名も示されていない。次頁以降で宇宙人のマルベリーとグリッパーが地球でハタオリに使う道具であることを教えてくれる。


 トコトコとスペースシャットルという未知との遭遇によって物語は進んでいく。
 五十嵐氏はこの作品の成立についてこう述べている。

最初に描いたときには、物語を描くつもりはなく、独立した一つのシーンの絵として描きました。描き終わってから、これの続きを描いてみよう、と思い立ってストーリーを考えました。
   
 002-003頁のスペースシャットル、004-005頁のエンケラドスとトコトコ、006-007頁のトコトコとスペースシャットル、というように最初の三つのシーンで主要な物、舞台、生物が登場して物語が展開していく。

 五十嵐哲也氏は、まず黒板画のシーンを描いてから想像力を膨らませて次第に物語を紡いでいった。彼自身の手がシャットルのように動いて、黒板画のシーンという経糸の間に物語テクストの緯糸を通すことによって、『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』という織物の作品を創造していった。織物の研究や開発という本職と黒板チョークアートという活動のファブリックでもある。


 二つのものが美しく織り込まれるときに新たなものが生まれてくる。

 織物、ファブリックの魔法である。


 なお、五十嵐氏が本職の関連で運営している「シケンジョテキ」というサイトの「2021年8月16日テキスタイルの生態系/織物工場を植物に例えてみる」などに、この物語を理解する上で参考になることが書かれていることを付言したい。

2026年8月12日水曜日

黒板当番・五十嵐哲也氏の黒板チョークアート

  黒板当番さんが志村正彦を描いた黒板画は志村ファンの間で有名である。このブログでも何度か言及したことがある。

 志村の黒板画は、毎年7月、富士吉田市の防災無線のチャイムが「若者のすべて」に、12月に「茜色の夕日」に替わるときに下吉田駅の広場で披露されたり、ときどき富士急ターミナルビル「Q-STA」内のショップで展示されたりしてきた。また、10月のハタオリマチフェスティバルでも黒板画のミニギャラリーやワークショップが開かれてきた。

 この黒板当番さんの活動が、7月29日に地元局のテレビ山梨UTYの「スゴろくニュース」で「地場産業活性化にも貢献 繊細な技!黒板チョークアート」と題して特集として放送された。取材やインタビューはUTYの西垣友香アナウンサー。黒板当番さんは本名の五十嵐哲也として登場。この番組でも紹介されたが、五十嵐氏は山梨県産業技術センターの富士技術支援センターに勤めていて、山梨の織物の研究や技術開発や支援を行っている。

 僕が山梨英和大学で担当している山梨学Ⅱでは、毎年、富士吉田のハタオリマチフェスティバルを見学しているが、2019年から毎年、その事前学習の講義を五十嵐氏に依頼してきた。「山梨ハタオリ産地の歴史とブランディング活動」と題する講義は、富士吉田市や西桂町の伝統的産業である機織産業の歴史と最近のブランディング活動についての理解を深め、山梨県の地場産業の現状と課題、その可能性について考えるものだった。百枚に及ぶ美しいデザインのSLIDEと手製の機織器具も使った講義は学生から非常に好評であった。

 そもそもこの講義で会った際には、僕は五十嵐氏が黒板当番であり、五十嵐氏も僕が偶景webの主催者であることを知らなかった。(当時はまだ黒板当番というペンネームで発表されていた)。それまで互いに志村正彦の黒板画と志村正彦ライナーノーツの存在を知っていたが、二人とも講義が終わった後でたまたま互いが誰であるかに気づいた。「あなたがあの……」と驚くことになった。その出来事を今は懐かしく想い出す。


 UTYの「スゴろくニュース」の映像は一昨日からYouTubeのUTYテレビ山梨公式チャンネルに〈「仕事帰りにプライベートで描き続けていたら、だんだん面白く」黒板チョークアート作家の男性 地元の織物産業の活性化にも一役 山梨〉というタイトルでアップされているので、ぜひご覧いただきたい。また、ニュース記事の方はTBS NEWS DIGで掲載されている。




 YouTube映像から、大切な箇所を文字化して記録しておきたい。

(ナレーション)今月7日、富士吉田市内に流れる夕方6時のチャイムの音が、地元出身のミュージシャン故志村正彦さんが作曲した「若者のすべて」に切り替わりました。「黒板当番」の名前で活動する五十嵐哲也さんは、毎年行われるこのイベントに合わせ、志村さんの黒板チョークアートを描いています。五十嵐さんの作品は一部のファンにすっかりお馴染みで、記念写真を撮っていく人もいます。〔……〕富士急ターミナルビル「Q-STA」内にあるショップは、五十嵐さんの黒板チョークアートが生まれた場所でもあります。実は五十嵐さんは県技術センターの職員で、1999年から富士北麓地域の織物業の支援に携わり、今も継続する様々なプロジェクトの立ち上げに関わってきました。

(西垣友香アナウンサー)そもそもなぜここに黒板チョークアートがあるんでしょうか?
(五十嵐哲也氏)織物工場の方々がここでグループでお店を作るというオープニングの時にお手伝いをしていまして、その時に「こういう黒板でチョークで看板があれば人のぬくもりが感じられてとてもいいんじゃないか」と提案をさせていただいて。ま、私が仕事帰りにプライベートで書き続けようとやっていたんですが、だんだん書く方が面白くなっていったので、むしろ自分の趣味をここでさせていただいているような感じになってきました。

(ナレーション)五十嵐さんは去年、自身の黒板チョークアートにオリジナルの物語を組み合わせた『環の国にて』を出版しました。未来の宇宙が舞台で、地球の女の子と他の星の生き物を富士北麓の産業である織物が結ぶ物語です。〔……〕そしてもう1つ、五十嵐さんの宇宙をテーマにした作品が、富士山の美術館として知られる「フジヤマミュージアム」に展示されています。

(西垣友香アナウンサー)今後どのような活動をしていきたいと思いますか?
(五十嵐哲也氏)私は本業で織物の産業の支援をさせていただいているんですが、黒板を通して織物のことを知ってくださったという人がいたり、黒板とチョークという非常にシンプルな画材の中には今後もまだまだ可能性があると思いますので、それを探っていきながら、地元の隠された魅力、まだ伝わっていない魅力を伝える一助になればなと思っています。


 五十嵐氏が黒板チョークアートを始めた経緯やその後の展開がよく分かるインタビューだ。プライベートな作品(work)が次第にパブリックな活動(action)に発展している。志村正彦を描く黒板画を愉しみにしているファンは多いだろう。僕はこのブログの文章を通じて志村の歌について語ってきたのだが、黒板アートと文章テクストという媒体の違いはあるが、志村正彦を描いたり語ったりするという表現行為とそれによる活動をしているという点において、僕は五十嵐氏を勝手に「同志」だと思っている。


 黒板画の志村正彦はその表情がとても魅力的だ。五十嵐哲也氏の想像力によって、チョークの繊細な点描の技法を通して、多彩で豊かな志村の姿が自在に表現されている。生き生きとしている。黒板画を飛び出して志村が歌い出すかのように感じる。

  7月10日に下吉田駅で展示された黒板画の志村正彦は少し微笑んでいて柔らかい眼差しをしている。二十歳前後の志村のイメージだろうか。私たちが知らない志村の表情がその場に現れてくる。

 五十嵐氏は、志村正彦の他にも自ら創造したキャラクターを黒板画で描いている。その作品は富士北麓のハタオリともコラボレーションしていく。この地域のハタオリという産業や文化を振り返り、その現在の姿を明らかにし、未来の可能性を探究していく試みでもある。


 番組でも触れられていたが、五十嵐氏は昨年2025年10月『環の国にて』という本を MOKUHON PRESSから出版した。土星の〈環の国〉で育った〈レア〉が小さなロボットの〈トコロボ〉を見つけたことを契機に世界の隠された秘密を探索していくSF小説。その物語に〈シャトル〉と富士山の麓の街やハタオリが織り込まれていく。普遍性と地域性の二つを融合した優れた作品である。見開きの二頁に文章テクストと黒板アートを配置したページデザインも秀逸だ。

 この『環の国にて』の姉妹作がある。2018年12月刊行の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』だ。こちらには〈トコトコ〉と〈スペースシャットル〉が登場する。

 次回以降、黒板当番・五十嵐哲也氏の『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』と『環の国にて』についてこのブログに書いていきたい。


2026年8月10日月曜日

「若者のすべて」のターニングポイント 4600枚から1億回を超えて[志村正彦LN388]

 8月6日放送のTBS『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第27回で注目したのは、「若者のすべて」の2007年発売当初の売り上げ枚数が約4600枚(オリコン調べ)という数字が示されたことだ。

 これは初めて知る数字だった。この点に関して生成AIのGoogle Geminiに質問した。その回答を示したい。


フジファブリック「若者のすべて」(2007年11月7日発売)のシングルCDは、発売当時はオリコン週間チャートで最高30位を記録しました。(ORICON NEWS)

当時の音楽市場やインディーズからメジャーにかけての推移、またオリコンの週間TOP200圏内への登場週数が3週であったことなどから、発売時の初動売上および当時の累計売上はおよそ数千枚〜1万枚程度(一般的に当時のオリコン30位前後の初動は数千枚規模)と推測されます。

発売当時は大ヒットチャートのトップを飾るような爆発的なセールスを記録したわけではありませんでしたが、その後、多くのアーティストによるカバーや音楽教科書への掲載、CMや映画での起用、そして近年ではストリーミング再生が1億回を突破するなど、時代を越えて日本の「夏の終わりを告げるアンセム」として広く深く愛され続けています。


 この回答は〈数千枚〜1万枚程度〉という推測であり、〈約4600枚〉という数字が示されたわけではなかったが、おおむね同程度の数字である。この数字をどう評価するか、Geminiにさらに質問した。その回答。


当時のインディーズ~ミドル層バンドを取り巻く状況:フジファブリックは2004年にメジャーデビューを果たしていましたが、当時のインディーズおよびミドル層のロックバンドがシングルCDをリリースした際の実態は次のようなものでした。

・プロモーションと流通の限界: 現在のようにサブスクリプションによるバイラルヒット(SNSを起点とした拡散)が存在しない時代、楽曲が広く知られる主要なルートは「ラジオのパワープレイ」「音楽番組」「タイアップ」などに限定されていました。

・固定ファンと一般層のギャップ: ライブ動員力や音楽ファンの間での高い評価(批評的な評価)と、一般大衆によるCDの購買行動が必ずしも直結していませんでした。そのため、コアファン層が発売初週に購入した分が初動のメインとなり、数千枚規模の売上着地となるのが標準的なモデルでした。

このように、「30位前後で数千枚」という数字は、CDパッケージの需要がシュリンクしていた2007年当時の市場構造において、中堅・実力派ロックバンドのシングルが記録する現実的かつ典型的なスケールを示しています。


  2007年当時のフジファブリックは、Geminiが言うように〈ライブ動員力や音楽ファンの間での高い評価〉があったが、まだまだ〈コアファン層〉が支持するバンドだったのだろう。約4600枚という当時の数字は妥当なものかもしれない。


 さらに、〈近年ではストリーミング再生が1億回を突破する〉という点の根拠についてGeminiに質問したところ、次のデータが示された。


  達成データ概要

・発表日: 2024年11月20日(オリコン発表)  

・対象ランキング: オリコン週間ストリーミングランキング(2024年11月25日付、集計期間:2024年11月11日〜11月17日)  

・記録: 累積再生数 100,199,177回(約1億19.9万回)を記録し、自身初となるストリーミング1億回再生を達成。  

・週間の状況: 当該週の週間再生数は 764,123回 を記録。  

 2007年のシングル発売から長きにわたって愛され続け、配信開始以降も多くのリスナーに聴かれ続けたことで、発売から17年を経てストリーミング総再生数1億回の大台に到達しました。


 つまり、2007年11月「若者のすべて」リリース時のCD売上枚数の約4600枚だったが、2024年11月にはストリーミング再生回数1億回を超えたことになる。CD売上枚数とストリーミング再生回数は同列では比較できないが、数値として単純化すると4600から100,000,000を超える数に上昇した。現在もさらにその数を伸ばしていることだろう。 

  志村正彦は、「Talking Rock!」2008年2月号のインタビュー(文・吉川尚宏氏)で、『若者のすべて』について、歌詞のテーマ、制作の過程、リリース後の状況についてこう述べている。


“○○だぜ! オレはオレだぜ!”みたいなことを言うと、今の時代は、微妙だと思うんですよ。だけど、“ないかな/ないよな”という言葉から膨らませると、この曲は化けるかもしれない! そう思って制作を再スタートさせて、精魂込めて作った曲なんだけど………なんていうか……こう……自分の中で、達成感もあるし、ターニングポイントであることには間違いないんです。すべてに気持ちを込めたし、だから、よし!と思ってリリースしたんだけど、結果として、意外と伝わってないというか……正直、その現状に、悔しいものがあるというか…


 TBSの番組でも「グッとフレーズ」とされた“ないかな/ないよな”の部分が、この歌詞の中心にあることが分かる。志村はこのフレーズを含む歌詞に達成感を感じ、フジファブリックとしての「ターニングポイント」となる曲だと認識していたが、この作品が意外と伝わってない当時の状況に悔しさを抱いていたようである。


 2007年11月の「若者のすべて」リリースからすでに19年が経つ。

 この年月を振り返ると、当時の志村正彦・フジファブリックのコアファンに加えて、TBS番組の指摘したような大物アーティストたち、ロックやポップスのファン、一般の音楽ファンと多様な聴き手に広がっていった軌跡が見えてくる。要するに、聴き手を限定しない、普遍性のある歌として人々に聴かれ、そして愛されたきた。

 そのような意味で時のゆるやかな流れと共にではあるが、志村自身が確信していたように、「若者のすべて」は、作品のきわめて高い完成度と共に、志村正彦・フジファブリックの知名度を格段に上げ、日本語ロックの歴史に残る傑作という点において、まさしく「ターニングポイント」となった作品である。


2026年8月9日日曜日

「若者のすべて」第9位 『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第27弾[志村正彦LN387]

  8月6日、TBSの歌詞特化型音楽番組第27回『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』3時間スペシャルが放送された。今回は「夏に心をアツくさせてくれるグッとフレーズ」!というテーマで1万人が選ぶ珠玉のグッとフレーズTOP30が選ばれた。

 この番組の夏歌の特集ではここ数年、志村正彦・フジファブリックの「若者のすべて」がランクインしているので、今回はどうなるのかという関心があった。

 結果は9位だった。10位までは次の通りである。

第1位:真夏の果実 サザンオールスターズ
第2位:青と夏 Mrs. GREEN APPLE
第3位:夏色 ゆず
第4位:真夏の夜の夢 松任谷由実
第5位:シーズン・イン・ザ・サン TUBE
第6位:波乗りジョニー 桑田佳祐
第7位:青い車 スピッツ
第8位:夏の日の1993 class
第9位:若者のすべて フジファブリック
第10位:飛行艇 King Gnu

 「真夏の果実」サザンオールスターズ、「夏色」ゆず、「真夏の夜の夢」松任谷由実、「シーズン・イン・ザ・サン」TUBEは間違いなくベスト5に入るだろうが、「若者のすべて」も5位までに入るのではないだろうか。このリストを見てそういう思いにとらわれた。


 この番組で「若者のすべて」が紹介された部分を再現したい。


ナレーター:9位は夏の終わりの花火大会を描いた名曲

街頭インタビュー:30代女性 学生の頃の甘酸っぱい初恋の気持ち 胸がキュッとなって めちゃめちゃいい! 青春を思い出す

 この後、「若者のすべて フジファブリック ユニバーサル ミュージック」というテロップが表示され、志村正彦が登場するミュージックビデオの映像が流れた。

ナレーター:夏の最後の花火大会で好きな人と偶然出会えるかも、そんな淡い期待を抱く主人公の心情を綴った「グッとフレーズ」

テロップ:――グッとフレーズ――
ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ
                                作詞 志村正彦

街頭インタビュー:40代女性 好きだった男の子を花火大会に誘えなかったけど もしかしたら来ているかと探していた記憶を思い出すのでとても懐かしい。 

ナレーター:そして曲が進むと、主人公に嬉しい展開が

テロップ:――グッとフレーズ――
ないかな ないよな なんてね 思ってた
まいったな まいったな 話すことに迷うな
                                作詞 志村正彦

ナレーター:どうせいないと思っていた好きな人とまさかの遭遇

街頭インタビュー:40代男性 自分の経験とまさにリンクしていて 花火大会で好きな女の子と会うことができたけど実際会ってみたら何も喋れない 「キレイだね」の単純なラリーで終わった

ナレーター:2007年にリリースされた「若者のすべて」実は発売当初、売り上げ枚数は約4600枚ほどで(オリコン調べ)ヒットには至りませんでした。しかし、恋する若者の心のざわめきを見事に表現した歌詞に、大物アーティストたちが大絶賛!槇原敬之さんをはじめ、桜井和寿(Mr.Children)さん、藤井フミヤさんなど多くの一流アーティストたちがカバーしたことで再注目。さらに2024年にはヨルシカのボーカルsuisによるカバーが映画の主題歌になったことで、多くの若者たちにも刺さったんです。

 この後、suis from ヨルシカ「若者のすべて」のMV(2024年Netflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』主題歌)が流れ、「若者のすべて」パートが終わった。4分30秒ほどの時間だった。


 今回の番組で注目したのは、「若者のすべて」の2007年発売当初の売り上げ枚数が約4600枚(オリコン調べ)という数字が示されたことだ。これは初めて知る数字だった。次回、この点について考えてみたい。