前回は芥川龍之介の小説『蜃気楼』と富山湾の蜃気楼を取りあげたが、今回は志村正彦・フジファブリックの作品『蜃気楼』とこの曲をエンディングテーマにした李相日(リ サンイル)監督の映画『スクラップ・ヘブン』について書いてみたい。以前に10回ほど連載した記事と重複するところもあるが、あらためて取りくみたい。蜃気楼の連鎖のようなものである。
李相日監督の映画『国宝』の興行収入が邦画実写映画の歴代最高となり、歴史的な大ヒット作となった。そのこともあってだろう、李相日督督の2005年の映画『スクラップ・ヘブン』が21年ぶりにテアトル新宿などでリバイバル上映されている。
YouTubeに「【予告編】『スクラップ・ヘブン』4.24(金)リバイバル上映!」があるので、まずこの映像を紹介したい。
この映像の35秒あたりから、『蜃気楼』の音源が流れる。〈この素晴らしき世界に僕は踊らされている/消えてくものも 生まれてくるものもみな踊ってる/おぼろげに見える彼方まで/鮮やかな花〉と歌う志村正彦の声が聞こえてくる。この曲は本編終了後のエンディングテーマだが、この予告編では本編の背景として使われている。
映画のエンディング使用音源(以下「映画版」と記す)はCDの『蜃気楼』オリジナル音源(以下「CD版」と記す)の一部を切り取ったものである。CD版にはあるが映画版にはない部分を赤字で示す。
果てなく続く摩天楼
喉はカラカラ ほんとは
月を眺めていると
この素晴らしき世界に降り注ぐ雨が止み
新たな息吹上げるものたちが顔を出している
おぼろげに見える彼方まで
鮮やかな花を咲かせよう
蜃気楼… 蜃気楼…
この素晴らしき世界に僕は踊らされている
消えてくものも 生まれてくるものもみな踊ってる
おぼろげに見える彼方まで
鮮やかな花を咲かせよう
蜃気楼… 蜃気楼…
CD版と映画版の差異は、第2連から5連までの赤字の部分の有無である。映画版にはない部分は〈この素晴らしき世界〉に降り注ぐ〈雨〉が止むという情景である。雨が降りやむと新しい風景が現れる。ここでは〈新たな息吹上げるものたち〉が顔を出す。この新たな命あるものは〈鮮やかな花〉であろう。〈おぼろげに見える彼方〉には、この楽曲のイメージの核となる〈蜃気楼〉の現象が投影されている。その彼方に登場する〈鮮やかな花〉は、色彩感のあまりない蜃気楼の中でひときわ鮮やかに輝く。志村正彦は、花の鮮やかな彩りが蜃気楼の世界に新たな命を吹き込むかのように歌っている。
映画『スクラップ・ヘブン』には《世界の消滅》への想像力というテーマがある。登場人物の三人、偶然出会ったテツ、シンゴ、サキはおのおの〈世界を一瞬で消す〉欲望のために想像力を使って行動する。しかし、世界の消滅への欲望は反転すると、自己自身に回帰してくる。
映画のラストシーン。シンゴは意を決したかのように、サキが製造した〈世界を一瞬で消す〉小瓶を空に放り投げる。その小瓶はたまたま通った廃品回収のトラックに落下し、ゴミがクッションになって破裂しなかった。〈世界の消滅〉とその欲望はそのようにして、呆気なく、まるで憑き物が落ちたかのように終わってしまう。このラストシーンをどう解釈するか。そのことがこの映画の観客に問われている。
志村正彦は『スクラップ・ヘブン』パンフレット(オフィス・シロウズ、2005/10/8)掲載の「DIALOGUE 李相日×志村正彦(フジファブリック)」という対談で、〈読後感っていうんですか、そういう「映画を見終わった感」が出せればいいなと思って、同時に曲単体でもいいものを作りたかった。結果的にはその両方ができてよかったなと〉と述べている。確かに、『蜃気楼』はエンディング曲と単体曲という二つの目的が高い次元で達成されている。
また、志村はこの対談で〈絶望だけで終わりたくない、かといって希望が満ちあふれた感じでもないなと思って〉、その〈揺れている感じ〉を〈蜃気楼〉というモチーフに象徴させたと語っている。蜃気楼の実像と虚像が交錯するような現象に、絶望と希望とが分離したり結合したりしする流れを見いだした。これが志村の想像力だった。その絶望と希望の流れを楽曲と言葉に変換して『蜃気楼』という作品を創り出していった。このような過程をたどることができるだろう。
映画『スクラップ・ヘブン』の《世界の消滅》への欲望はまさしく蜃気楼のように現れようとしたが呆気なく儚く消失してしまったが、志村正彦はエンディング曲の『蜃気楼』で〈おぼろげに見える彼方まで/鮮やかな花を咲かせよう〉と歌った。
この〈素晴らしき世界〉では 〈消えてくもの〉も〈生まれてくるもの〉も皆踊っている。私たちも皆この世界で踊らされているのだが、志村は自らの想像力によって、この世界に現れる〈蜃気楼〉の彼方に〈花〉を出現させようとした。《世界の消滅》への欲望を反転させて、《世界の再生》への欲望を表現したのではないだろうか。
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