2026年6月3日水曜日

(5)志村正彦と吉井和哉-「Anthem」[志村正彦LN383]

 2010年7月17日、志村正彦の追悼の意味合いが濃いコンサート『フジフジ富士Q』が富士急ハイランド・コニファーフォレストで開催された。志村と交友があった吉井和哉はフジファブリックの「マリアとアマゾネス」と「Anthem」を歌った。

 筆者はDVDで見ただけだが、吉井は〈志村の代わりにはならないですけど代わりに歌いたいと思います。大好きな曲です〉と語った後に「Anthem」を歌い始めた。イントロの後、吉井は〈三日月〉と叫んだ。歌詞に〈三日月さんが 逆さになってしまった〉とあるからだ。確かに空には三日月が浮かんでいた。


 「Anthem」は、2009年5月20日、フジファブリック4枚目のアルバム『CHRONICLE』に収録され発表された。アンセムは祈りの歌、祝いの歌である。

 フジファブリック Official Channelにある音源と歌詞を引用したい。


  フジファブリック   Anthem 


  Anthem 作詞:志村正彦 作曲:志村正彦

三日月さんが 逆さになってしまった
季節変わって 街の香りが変わった
気もしない ない ない ない ない ない ない ないか
まだ ない ない ない ない ない ない ない ないか

闇の夜は 君を想う
それら ありったけを 描くんだ

鳴り響け 君の街まで
闇を裂く このアンセムが

何年間で遠く離れてしまった
いつでも君は 僕の味方でいたんだ
でも いない いない いない いない
いない いない いない いないや
もう いない いない いない いない
いない いない いない いないや

行かないで もう遅いかい?
鳴り止まぬ何かが 僕を襲う

轟いた 雷の音
気がつけば 僕は一人だ

このメロディーを君に捧ぐ
このメロディーを君に捧ぐ

鳴り響け 君の街まで
闇を裂く このアンセムが

轟いた 雷の音
気がつけば 僕は一人だ


 「Anthem」の歌詞を読むと、〈季節変わって 街の香りが変わった/気もしない ない ない ない ない ない ない ないか/まだ ない ない ない ない ない ない ない ないか〉の〈ない〉のリフレインが、前回取りあげた吉井和哉「Four Seasons」の〈勇気が足りない 力が足りない 時間が足りない/お金が足りない 空気が足りない 命が足りない…全部足りない〉の〈ない〉の繰り返しを想起させる。〈ない〉の反復が痛切に響くところが共通している。

 〈闇の夜〉という深夜に〈僕〉は〈君を想う〉。その想いを託した〈アンセム〉が深夜の〈闇を裂く〉ようにして〈君の街〉まで〈鳴り響け〉と〈僕〉は叫ぶ。

 しかし、〈僕〉は〈でも いない いない いない いない いない いない いない いないや〉〈もう いない いない いない いない いない いない いない いないや〉とあるように、〈君〉を失ってしまったようだ。ここでは〈いない〉が反復されている。

 〈僕〉は〈このメロディーを君に捧ぐ〉ように〈アンセム〉を鳴り響かせて〈君〉の〈街〉へたどりつきたいのだが、雷鳴が轟くと〈僕は一人だ〉と気がつく。


  志村正彦の「Anthem」は、〈ない〉〈いない〉ことのアンセム、〈一人〉でいることのアンセムのように聞こえてくる。彼は自らが抱えた孤独の深さをアンセムにして歌って、誰かに伝えようとしたのかもしれない。


 「Anthem」は2009年1活から2月にかけてストックホルムで録音された。その時のレコーディング風景を織りまぜた「Anthem」のミュージックビデオが『SINGLES 2004-2009 【初回生産限定盤】』の付録ディスクに収められている。YouTubeにあるこの映像を紹介したい。



 志村正彦やフジファブリックのメンバーたちがストックホルム旧市街のガムラスタンやスカンセン野外博物館を歩いている。志村にとってはレコーディングから解放された唯一の休日だったようだ。彼が明るく微笑む姿も映っている。しかし、この年の12月には志村の29歳の生涯が閉じられてしまう。


 志村の死から半年後に、吉井はこの「Anthem」を『フジフジ富士Q』コンサートで歌った。富士山や茜色に彩られた夕景が美しかった。吉井の瞳には涙が浮かんでいるようだった。このエッセイを書くにあたって映像をあらためて見ているうちに、「Four Seasons」や「みらいのうた」の言葉が「Anthem」の言葉と重なり合ってきた。吉井和哉の志村正彦への純粋な想い、その純粋な音調が僕には強く伝わってきた。


 映画『みらいのうた』に感銘を受けて、この映画と吉井和哉「みらいのうた」、ERO「Getting The Fame」、吉井和哉「Four Seasons」、志村正彦「Anthem」という四つの歌について五回にわたって連載してきた。


 この連載の最後に、2021年に吉井和哉が「みらいのうた」を歌ったライブ映像を紹介したい。

【LIVE】吉井和哉 - みらいのうた (from SILENT VISION TOUR 2021)



 歌というものは、究極的には、人の生と死を歌うものである。

 そういう想いを強くした。

 だからこそ、人は歌と共に生きていくのだろう。


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