2017年4月17日月曜日

Felix Pappalardiの手紙

 今夜は激しい雨が降っている。
 桜の季節の終わりには冷たい大粒の雨が降る。毎年そうとは限らない。でも、いつもそんな気がする。

 ブログを書き始めるとき、一年前に何を書いたのか振り返ることがたまにある。昨年の今日、4月17日は「Felix Pappalardiの悲劇」という題だった。この日は彼の命日。それから1年後の今日も再び彼に関するある出来事に触れてみたい。『桜の季節』の「愛をこめて手紙をしたためよう」に触発されてなのか、ある手紙のことを思い出している。

 僕はFelix Pappalardi(フェリックス・パッパラルディ)に手紙を書いたことがある。1973年夏の武道館ライブの後のことなので、その年の秋だったように思う。もう四十数年の時が流れているので記憶はおぼろげだ。

 当時の僕は中学三年生。そのレベルの拙い英語で何を書きたかったのか、どうしてファンレターを書く気になったのかもはっきりしないが、Mountain(マウンテン)の武道館ライブを直に聴いた感動を言葉にして伝えたい欲望があったとしか言いようがない。(それはこのようなブログを書いている今とどこかでつながっているのかもしれない)
 後にも先にもこれ以外にファンレターを書いたことはない。もちろん初めてのAir Mailだった。ほとんど自己満足のようなものだから、書けばそれで終わりでもよかったのだろうが、結局、僕は投函した。宛先は所属先のアメリカのレコード会社だった。

 冬が近づく頃、Air Mailの手紙を生まれて初めて受け取った。どうして海外から手紙が届くのか、よく分からないままに封筒を見ると、Felix Pappalardiという文字があった。信じられないまま開封すると、すべて自筆で書かれた便箋三枚があった。末尾にFelix PappalardiとGail Collins の連名の署名があった。便箋はロサンゼルスのホテルのもので、とても薄くて独特の手触りの紙だったことをよく覚えている。滞在先のホテルで二人が書いたのだろう。

  ファンレターに対する形式的な内容の返信かもしれないとも思ったが文面を読むと、僕の手紙に対する本人の言葉としか思えない感触が確かにあった。武道館ライブの感想に対する感謝の言葉、制作中のアルバム(名前はなかったが、翌年の1974年にリリースの『Avalanche(雪崩)』というアルバムを指していたのだろう)についての言及、日本に対する印象や関心が綴られていたと記憶している。記憶しているとしか書けないのは、その後、東京での学生生活を含め三度ほどの転居でその手紙が行方不明になってしまったからだ。(まだどこかにあるのではないかという望みは捨てていない。僕にとっての宝物であるこの手紙を失うことは残念というよりも、申し訳ないというか罪のようなものを感じてしまう)

 制作中のアルバムのコピーを送ってもよいとも書かれてあったが、畏れ多いような気持ちになって、どう返事を書こうかなどと考えているうち に時間が経ち、返信の機会を失くしてしまった。そのことにもどこか罪の気持ちが残っている。
 極東の国の素性も分からない一少年からのたどたどしいファンレターに、Felix PappalardiとGail Collins は誠実にあたたかい文面の手紙を返してくれた。今日はそのことをこの場に記しておきたかった。

 70年代前半の時代にはまだどこかに、ロック音楽を通じた音楽家と聴き手との間のつながり、音楽を通じた共同体という理想が共有されていたのかもしれない。それはある種の美しい幻想だったのだろうが、Felix Pappalardiからの手紙は現実の出来事だった。

 Felix Pappalardiが歌う映像をネットで探した。Mountain の『Theme For An Imaginary Western (想像されたウェスタンのテーマ)』。Pappalardi/Collinsのオリジナル作品ではなく、作曲JACK BRUCE /作詞 PETE BROWNだ。JACK BRUCEのソロアルバムで発表され、後にMountainがレコーディングした。
 映像は1970年夏の「the Cincinnati Pop Festival」を収録した番組「Midsummer Rock Festival」のもの。タイムコードが入っているので編集段階のようだ。画質が粗いが、あの時代のロックフェスティバルの雰囲気が濃厚だ。四人のオリジナルメンバー、ギターLeslie West(レスリー・ウェスト)、ドラムスCorky Laingコーキー・レイング、キーボードSteve Knight(スティーヴ・ナイト)と共に演奏しているのも貴重だ。

 彼の声は憂愁をおびているが、のびやかで力強く広がっていく。




  手紙を受け取った十年後、1983年にFelix Pappalardiは亡くなった。彼の手紙が行方不明のままだということがずっと心の痛みとなっている。

2017年4月10日月曜日

「愛をこめて手紙を」[志村正彦LN156]

 金曜日、たまたまNHKのニュースチェック11を見ていると、最後の「きょうの一曲」でフジファブリック『桜の季節』がかかった。「この季節に聴きたくなる大好きな曲」というコメントでリクエストされていた。地上波で思いがけなくあのメロディが流れると、心がどことなく燥ぐ。

 土曜日、勤務先の高校で入学式があった。ここ数年、桜の開花がはやく、入学式の日にはすでに散りかけていた。今年はどこもそうであるように開花が遅く、桜はその盛りを迎えようとしていた。新入生とその保護者が正門近くの桜の樹の下で記念写真を撮影していた。桜の花びらが樹と人を、そして人と人を結びつけていた。桜のそばに人がいるとぬくもりのようなものが漂う。

 日曜日、甲府盆地の桜が満開だという報道があった。

 『桜の季節』の中にも、桜が人と人とを結びつけるモチーフがある。手紙のモチーフだ。


    ならば愛をこめて
  手紙をしたためよう
  作り話に花を咲かせ
  僕は読み返しては 感動している!


 以前書いたこととかなり重複するが、この「手紙」について再び触れてみたい。志村正彦は『音楽と人』2004年5月号でこの歌について語っている。インタビューした上野三樹氏はこう問いかける。


 -今作の「桜の季節」は手紙がモチーフですが。手紙って、よく書かれますか。

「ほとんどないです。今って、メールがあるから、みんな手紙って書かないですよね。だから誰かが時折、手紙をくれたりすると驚くじゃないですか。家の母親とかよく送ってくるんですけど。そういうハッとする感じを出したかったんです。」

 -お母さんに返事書かなきゃ。

「書かないです!恥ずかしい。(後略)


 -しかも結局書いたけど出してないでしょ、この曲。

「そうです。手紙を書いて、そこで終了している曲です。」

 -そこでまたひとりになると。

「そうですね。」


 作者自身が「手紙を書いて、そこで終了している曲」だと述べている。「手紙」は宛先人に届くことなく、差出人のもとに留まる。歌の主体は「ひとり」になる。きわめて志村らしい展開ではある。
 手紙を書く機会が減ったとはいえ、誰もが手紙を書いたがそれを相手に送らなかった経験はあるだろう。葉書やメールの場合でもよい。書き終わっただけで心が整理できたり、目的のようなものが達成できたりする。そんなこともあろう。手紙はその宛先人という他者に向けて書くと同時に自分に向けて書くものでもあるからだ。書かれただけで投函されなかった手紙。でも、それは宛先人にほんとうに届いていないのだろうか。そんなことをふと考えた。

 手紙はつねに宛先に届く、と精神分析家ジャック・ラカンは著書『エクリ』の冒頭「『盗まれた手紙』についてのゼミナール」で書いている。この言葉を詳述することは控えるが、確かに、一度書かれたものは書かれた時点で少なくともどこかに他の場所に届いているような気もする。そもそも手紙は誰が誰に向けて書いているのだろうか。手紙は不可思議なものでもある。

 「愛」をこめてしたためた「手紙」は、志村正彦の作品そのものの喩えである。歌詞の中の一つの言葉がその歌詞全体を指し示す言葉にもなる。そのように捉えてみる。
 ならばこう考えよう。この作品の聴き手である私たちは、この作品の宛先人でないにしろ、受取人の一人となることができる。「僕」が読み返して「感動している!」もの、「花を咲かせ」た「作り話」は、作品という手紙を通じて私たち受取人に届く。しかも、そこには「愛」がこめられている。『桜の季節』そのものが春という季節の手紙となる。

 毎年この季節に、この手紙は私たちに届けられる。その手紙にこめられた「愛」もくりかえしくりかえし届けられるのであろう。

2017年3月29日水曜日

FM-FUJI『桜の季節』[志村正彦LN155]

 ここ二三年、定点観測している桜の樹。蕾が膨らんでその先端が濃い桜色に染まっているのだが、まだ開花はしていない。予想より遅れているのはここ数日の寒さのせいだろう。一昨日は富士北麓地域にはかなりの雪が降った。甲府から見える富士山も雪山にすっかり戻ってしまった。

 昨年の秋、この桜の樹の葉はその前の年よりはやく枯れだした。何となく勢いがないので少し心配していたのだが、冬を無事に越えて、花開く準備をしている。
 「桜は常にそこにある」とある生徒が書いたことは以前紹介した。確かに、桜は常にそこにあり、そして時の循環を歩み続けている。

 昼、たまたま車に乗っていた。地元の局なのでエフエム富士にチューニングを合わせることが多い。十二時半頃、突然、あのメロディが聞こえてきた。フジファブリック『桜の季節』だ。ラジオで聞くのは格別の味わいがある。なぜだろう。同じ時間に様々な場所で聞いているリスナーと楽曲を共有しているからだろうか。

 今日は、志村正彦の声がFM波に乗って山梨の地に降り注いているような気がした。『桜の季節』が桜の季節の到来を告げていた。甲府盆地では明日か明後日にはおそらく開花するだろう。彼の故郷富士吉田は冬の寒さが厳しいところなので、四月の中下旬が桜の季節となる。

 『桜の季節』 from 「Live at 富士五湖文化センター」という映像がUNIVERSAL MUSIC JAPAN のyoutubeにある。LIVE DVD BOX   『FAB BOX II』、単品の『Live at 富士五湖文化センター』に収められたものの短縮版である。2008年5月31日の収録、山梨で歌われた最初で最後の『桜の季節』となった。言葉を一つ一つ確かめるようにして伝えようとする志村の姿がある。
 



 この歌に出会って以来、桜を見ることと『桜の季節』を聴くこと、その経験が分かちがたく結びつくようになった。今年はどのような経験をするのだろうか。

2017年3月26日日曜日

『セレナーデ』の「眠りの森」[志村正彦LN154]

 前回、『セレナーデ』の歌詞の構成を1a-《[2a-3b-4c]-[5a-6b-7c]》-8cと仮定してみた。今回は、1aと8cとの間に挿まれた《[2a-3b-4c]と[5a-6b-7c]》のブロックを考察したい。この中でも対になっているのは[3b-4c]と[6b-7c]の部分である。
 始めに[3b-4c]を読もう。


3b 木の葉揺らす風 その音を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込むまで

4c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛を吹くよ


 この歌の主体「僕」は、「眠りの森」へと「迷い込む」まで、「木の葉揺らす風」の「音」を聞いている。1aに「眠くなんかないのに 今日という日がまた/終わろうとしている さようなら」とあるので、「僕」は今日という日に別れを告げて眠りにつこうとしている。だが、すぐには眠れない。耳を澄まして外界の音を聞いている。「木の葉」が揺れて「風」が吹いている。自然の音が旋律と律動を作る。その音はまるで催眠効果をもつかのようだ。だからその外界は「眠りの森」という比喩で表現されている。

 「耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ」はどこか遠くの世界から、おそらく「眠りの森」場から聞こえてくる。あるいは、「眠りの森」そのものがセレナーデを奏でていると捉えられるかもしれない。「僕」はそのセレナーデに耳を澄ます聞き手の位置にいる。「僕」は「口笛を吹くよ」とそのセレナーデに答える。口笛で合奏する。
 次に[6b-7c]を読んでみたい。


6b 鈴みたいに鳴いてる その歌を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込みそう

7c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛吹く


 「眠りの森」のセレナーデは次第に、「鈴みたいに鳴いてる」歌に変化していく。楽曲から声が分離し、歌となり、聞こえない言葉が聞こえてくる。セレナーデを聞いているうちに、「僕」は「眠りの森」へと「迷い込みそう」になる。3bには「眠りの森へと 迷い込むまで」とあり、まだ眠りに入る前の時間を描いている。それに対して、6bの「眠りの森へと 迷い込みそう」は、もうすぐにでも「僕」が眠りに入っていくことを伝える。[3b-4c]と[6b-7c]との間には、眠りへと入っていく時間の推移がある。

 また、4cの「口笛を吹くよ」に対して、7cでは「口笛吹く」というように、「を」「よ」という助詞が消えている。「口笛を吹くよ」にはまだ主体の「僕」の意識のようなものがある。「を」という格助詞によって、(僕が)「口笛」「を」吹くということ、主体「僕」の動作「吹く」とその対象「口笛」との関係が明示されている。「よ」という終助詞にも「僕」の意志や判断が添えられている。

 それに対して、7c「口笛吹く」では「を」や「よ」という助詞が失われることで、主体「僕」の意識が希薄になっている。「眠りの森」のセレナーデの声に誘われて、「僕」は眠りの世界に入り込もうとしている。声の催眠にかかったかのように自動的に「口笛を吹く」。意識の水位が下がり、「迷い込む」かのように「眠りの森」へと入っていく。

 志村正彦は、「迷い込むまで」から「迷い込みそう」へ、「口笛を吹くよ」から「口笛吹く」へ、というように表現を微妙に変化させて、歌の主体「僕」が眠りへと入り込むまでの時間の推移や意識の変化を描いた。

  (この項続く)
  

2017年3月19日日曜日

『セレナーデ』の構成[志村正彦LN153]

 アルバム『シングルB面集 2004-2009』の12曲目に収録されている『セレナーデ』について以前一度書いたことがある。この作品は2007年11月7日リリースの10thシングル『若者のすべて』のB面曲、カップリング曲として発表された。今年で誕生して十年になる。

 志村正彦・フジファブリックの曲としてあまり知名度が高くないが、志村作品のベスト5を選ぶとするなら僕としては必ず入れたい曲である。欧米でも日本でも「セレナーデ」というテーマの歌は数多いが、その中でも時を超えて残り続ける作品だと思う。

 『セレナーデ』の歌詞をすべて引用したい。二行八連の構成であり、その二行ごとに連番を付す。楽曲の構成からすると、a-b-cの三つの旋律があるのでそれも加えることにする。


1a 眠くなんかないのに 今日という日がまた
  終わろうとしている さようなら

2a よそいきの服着て それもいつか捨てるよ
  いたずらになんだか 過ぎてゆく

3b 木の葉揺らす風 その音を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込むまで

4c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛を吹くよ

5a 明日は君にとって 幸せでありますように
  そしてそれを僕に 分けてくれ

6b 鈴みたいに鳴いてる その歌を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込みそう

7c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛吹く

8c そろそろ 行かなきゃな お別れのセレナーデ
  消えても 元通りになるだけなんだよ


 1a-2a-3b-4c-5a-6b-7c-8cという展開は、歌詞と楽曲からすると 1a-[2a-3b-4c]-[5a-6b-7c]-8cという構成になる。[a-b-c]の枠組を持つ[2a-3b-4c]と[5a-6b-7c]という二つのブロックを、1aと8cという大きな枠組が包み込んでいる。そう考えると、 1a-《[2a-3b-4c]-[5a-6b-7c]》-8cという構成を仮定できる。非常に繊細で微妙な意味を持つ歌詞であるので、そのような仮定のもとに歌詞の分析を試みたい。

 二つの[a-b-c]のブロック。[2a-3b-4c]と[5a-6b-7c]の歌詞は繰り返す部分と微妙に変化する部分を持つ。その差異と反復が『セレナーデ』の時間の推移を表している。そして物語の舞台を形作っている。1aの「今日という日がまた 終わろうとしている」は真夜中の時を、8cの「そろそろ 行かなきゃな」は夜が明ける時をそれぞれ指し示す。
 真夜中から夜明けへという時の流れの中で、『セレナーデ』の独特な夜の世界が現れる。

 (この項続く)

2017年3月12日日曜日

『シングルB面集 2004-2009』[志村正彦LN152]

 『ルーティーン』収録のアルバム、『シングルB面集 2004-2009』は、『FAB BOX』という完全生産限定BOXセット [DVD2枚+CD3枚]の中の一枚としてリリースされた。この『FAB BOX』はオリジナルの2010年版(2010/06/30)もその復刻版の2014年版(2014/10/15)も現在では入手できない。ネットでは新品の在庫品にしろ中古品にしろかなりの高額で取引されている。ペアとなるA面シングル集の『SINGLES 2004-2009』の方は現在でも入手可能のようだが、こちらの方も初回生産限定盤(2014年にその復刻版も出た)、期間限定盤(スペシャル・プライス)などのエディションがあった。

 完全限定版はプレミアム感もあり、既存のファン向けの商品の性格が強い。完売してしまえばそれまでで、新しくファンになった者にとっては理不尽なリリースの形だ。『シングルB面集 2004-2009』は配信のデジタル音源では入手可能だが、「もの」としてのアルバムを欲しい人は少なくないだろう。志村ファンであれば永久保存の音盤を手に入れたいはずだ。このB面集が通常版でリリースされることを強く望む。あるいは、A面シングル集とB面シングル集を合わせたコンプリートシングル集のCD2枚組アルバムを新たに企画するのはどうだろうか。ミニ詩集のような装丁の歌詞カードが付けば素晴らしい。スペシャル・プライスの廉価版であればさらに良いのだが。

 あらためて『シングルB面集 2004-2009』の収録曲を列挙してみよう。

1. 桜並木、二つの傘
2. NAGISA にて
3. 虫の祭り
4. 黒服の人
5. ダンス2000
6. 蜃気楼
7. ムーンライト
8. 東京炎上
9. Day Dripper
10. スパイダーとバレリーナ (作詞:志村正彦・作曲:山内総一郎)
11. Cheese Burger (作詞:志村正彦・作曲:山内総一郎)
12. セレナーデ
13. 熊の惑星 (作詞:志村正彦・作曲:加藤慎一)
14. ルーティーン

*(  )内の付記がないものはすべて、作詞・作曲:志村正彦。


 『桜並木、二つの傘』『NAGISAにて』『虫の祭り』『黒服の人』は春夏秋冬の歌、もうひとつの「四季盤」でもある。『桜の季節』『陽炎』『赤黄色の金木犀』『銀河』というオリジナルの四季盤とは異なる季節感が流れている。B面集の四季盤の方がリアルな生活や時間の感覚にあふれている。
 さらに、『ダンス2000』『蜃気楼』をはじめ、A面からは零れ落ちてしまうような不思議な世界が描かれている。『Cheese Burger』『熊の惑星』もユニークだ。終わりに近い『セレナーデ』と終わりの曲『ルーティーン』の二つは別格の存在感を持つ。B面集の中のさらなるB面のような深い味わいがある。誰にも作ることのできない歌という意味合いでは、B面集の方が志村正彦・フジファブリックらしいアルバムだと言えるかもしれない。

 最後にジャケット写真を見てみよう。




 ご覧の通り、「fujifabric」や「SINGLES2004-2009」のフォントが逆さまになっている。『SINGLES 2004-2009』のジャケットが裏返ったようなデザインが施されていて、なかなか洒落ている。シングルのA面集とB面集とが鏡像のような関係になり、互いが互いを照らし合わしている。
 もともとアナログレコード盤の時代、レコードを裏返すことが聴くことのアクセントになっていた。A面からB面に裏返す行為そのものが、音楽を聴くことの重要な何かと結び付いていた。それが何かと問われても答えるのは難しいが、表から裏へと返す、その束の間の時、その狭間の時が何か大切な一時だった。いったん音楽が終わり、静寂が訪れることが必要だったような気もする。

 シングルカットされるからにはA面曲はヒットを志向しなければならない。B面曲はそのような制約から自由であり、ある種の冒険や実験を行うこともできた。不可思議な存在感があった。CDの時代になると、B面曲ではなくカップリング曲と呼ばれるようになったが、「B」と「カップリング」という言葉の隔たりは意外に大きいのではないだろうか。BにはBにしかない存在価値がある。
 『シングルB面集 2004-2009』の作品にはそこはかとなく、アナログレコード盤の時代のB面曲の面影がある。

 

2017年3月5日日曜日

『ルーティーン』の声 [志村正彦LN151]

 三月の甲斐の山々。稜線が霞のようなもので覆われてくる。日差しがやわらかくなり、気温が上昇してくる。冬の寒さに慣れた身体が少しずつほぐれていく。それはそれで心地よいのだが、反面、気怠いような物憂いような気持にも染め上げられる。

 三月は年度の終わり。生活や仕事の流れの中では、三月が区切りという感じが強い。学校では卒業式や離退任式があり、人が巣立つ。冬が遠ざかり、春が近づく。人と季節それぞれが移り変わる。
 年度のしめくくりの仕事に追われ、新しい年度への準備もいそがしい。体には案外よくない季節かもしれない。毎年この時期、体調が少し悪くなることもある。一年の疲れが体そして心の芯にたまっているのかもしれない。一年のくりかえし。そのための一日のくりかえし。くりかえしのくりかえしの日々。そのような季節にふと聴いてみたくなるのが、志村正彦・フジファブリックの『ルーティーン』だ。
 
 2009年4月8日、シングル『Sugar!!』のカップリング曲としてリリースされた。同時期のアルバム『CHRONICLE』と同様に、スウェーデンのストックホルムで録音された。現在でもデジタル音源では入手可能だが、シングルは完全生産限定盤、アルバムにも限定盤『FAB BOX』中のDisc 3『シングルB面集 2004-2009』に収録ということで、CD盤としては入手困難だ。そのこともあってか、あまり知られていないのが残念である。『シングルB面集 2004-2009』が単独でリリースされるのが望ましいのだが、それはまだ実現していない。このB面集には『蜃気楼』『ルーティーン』『セレナーデ』など美しく儚い作品が多い。『SINGLES 2004-2009』というA面集よりも、志村らしい作品、志村でしか作りえない作品が収められているとも言える。

 『CHRONICLE』のDVDには、「ストックホルム”喜怒哀楽”映像日記::ルーティーン (レコーディングセッション at Monogram Recordings)」が収められている。志村と山内総一郎のギター、金澤ダイスケのアコーディオンの演奏と志村のボーカルが録画された貴重な映像だ。冒頭で志村は「わびさび日本系で」という指示を出している。海外での収録ゆえに「日本系」を意識したのだろうか。むしろというかそれゆえにと言うべきか、この歌には国や文化の違いを超えた普遍性がある。

 この年の12月、志村は急逝する。翌年、彼の残した制作途上の楽曲を中心に収録した『MUSIC』が「遺作」のような意味づけで発表されたが、このアルバムはあくまで参考作品として捉えるべきだと思う。志村の意志と構想で完成させたものではないからだ。彼の生前最後の作品を一つだけ選ぶとするならこの『ルーティーン』ではないかと私は考えている。
 歌詞のすべてを引用したい。二行七連の歌詞だ。


 日が沈み 朝が来て
 毎日が過ぎてゆく

 それはあっという間に
 一日がまた終わるよ

 折れちゃいそうな心だけど
 君からもらった心がある

 さみしいよ そんな事
 誰にでも 言えないよ

 見えない何かに
 押しつぶされそうになる

 折れちゃいそうな心だけど
 君からもらった心がある

 日が沈み 朝が来て
 昨日もね 明日も 明後日も 明々後日も ずっとね
   
      ( 『ルーティーン』作詞作曲:志村正彦 )


 声は限りなく優しい。耳に甘く溶け込むようでもある。
 歌詞自体が、日常的な語彙、いわばルーティーンの言葉で綴られているが、深い想い、語りえない想いを伝えている。曲が終了し、束の間の沈黙がある。第六連と七連との間だ。微かにギターをたたく音と共に、七連目の二行が歌われる。
 最後の二行は、言葉の意味としてではなく、言葉の行為として、「祈る」ことを成し遂げている。歌うことそのものが祈りになっている。何を祈るのか、祈りを向ける対象はわからない。歌詞の文脈からすると、昨日も、明日も、明後日も、明々後日も、ずっと「日」が続いていく、そのことへの祈りなのかもしれない。ルーティーンへの祈りと言い換えることもできる。ただそのように言葉を捉えたとしても、この歌の祈りには届かないような気がする。

 聴き手にとってこの歌の祈りは、日々のくりかえしの中で「折れちゃいそうな心」、「さみしい」こと、「押しつぶされそうになる」ことへの深い慰藉、なぐさめといたわりになる。
 この歌が録音されて一年も経たないうちに、この歌い手のルーティーン、日々のくりかえしは永遠に失われた。時々、不思議に思うことがある。音盤に刻まれた歌をくりかえし聴くことができることを。歌は生き続けるということを。自明になってしまってあえて振り返ることもないのだろうが、録音と記録という技術は本来、人の声に関する「奇跡」のような出来事だったのかもしれない。
 『ルーティーン』の声は今も日々のくりかえしを祈り続けている。

2017年2月28日火曜日

ジャック・ランシエール『無知な教師 知性の解放について』

 教育については語りたくないという気持ちがある。後ろめたいような、気恥ずかしいような何かがつきまとう。この国の教育には大きな問題があり、それゆえに様々な議論がある。誰もが教育という経験を持つのだから、すべての人が一人ひとり各自の教育観や教育論を持っている。そのすべてが尊重されるべきだというのが議論の前提だが、それゆえにこの議論の進む方向はなかなか定まらない。深めていくのが難しい。

 それでも数回にわたって、一人の教師としての実践を中心に教育や国語教育について書いてきたのは、このblogの中心テーマである志村正彦・フジファブリックの歌を教材とする授業についてこの場に書き残すべきだと思ったからだ。私自身の実践ではあるが、そのことを離れて、志村正彦に関する様々な事柄、同時代の動き、出来事をできるだけ記載していくという「偶景web」の指針からそのように判断した。それに関連して、その授業の背景、授業の組み立てについての根本的な考え方にも触れた。昨年のこの時期、『銀河』について報告したことがあるように、志村正彦に関する授業には、歌詞を物語化するなど多様な試みがある。これからもその可能性を探っていきたい。繰り返しになるが、生徒の生き生きとした自由な言葉を触発するという点で、彼の歌にはきわめて大きな力がある。

 私はそもそも教育学や国語教育学の書物をほとんど読まない怠惰な教師だが、率直に述べると、特に「専門家」による著作は敬して遠ざけている。理屈を超えて何となく拒否反応があるのだ。だが六年ほど前、ジャック・ランシエールの『無知な教師 知性の解放について』(法政大学出版局、2011/7/28)を読んでからは、この書物を実践の拠り所とするようになった。教育学ではなく教育学批判の本であり、狭義の教育を超えて、人々の「知的な解放」を探究する本である。この本に出会った頃にちょうど志村正彦の歌について語り合う授業も始めた。テーマやモチーフとしての志村、理論や方法としてのランシエール。あたりまえであるが、この二つは別の流れ、異なる系譜のものではあるが、今振り返ると、この二人の表現と思考に負うものが非常に大きいことに気づく。

  ジャック・ランシエール(Jacques Rancière, 1940 - )はフランスの哲学者。ルイ・アルチュセールの弟子だったが、師を批判する書物を出すことで頭角を現した。その後、歴史資料を丹念に読み解き、19世紀の労働者の書いたによる哲学的、詩的作品を発掘し、その意義を考察した『La Nuit des prolétaires』(1981、『プロレタリアートの夜』未訳)、19世紀の教師ジョセフ・ジャコトの「知性の解放」のため教育を紹介し分析した『Le Maître ignorant 』(1987、『無知な教師 知性の解放について』2011)を著した。
 『無知な教師』の核心にあるのは次の出来事である。

  19世紀初頭、フランス人のジョセフ・ジャコト(Joseph Jacotot, 1770 –1840)は、ルーヴェン大学(現在のベルギーにある。当時はオランダ語圏だった)でオランダ語を母語とする学生にフランス語を教える職を得た。ジャコトはオランダ語が分からない。学生はフランス語が分からない。通常の「教える」ことが不可能な状況だった。ジャコトはどうしたか。私たちがこのような状況に置かれたらどうするだろうか。

 ジャコトは学生に「説明する」言葉を持たない。彼は『テレマック』というフランス語・オランダ語の対訳本を与え、そこに書かれた一つひとつの言葉に注意深く取り組むことだけを指示した。その結果、驚くべきことに、学生は高い水準のフランス語を習得した。
 この偶然の出来事、発見がジャコトの教育を根本から変えていった。教師は自分の知らないことを教えることができる。教えられないことを教える。むしろ、教えられないからこそ教えることができる。この驚くべき出来事、教育学の常識に反する事実が、ジャコトの受けた「啓示」である。ランシエールはこの「啓示」を次のように分析している。

ジョゼフ・ジャコトを捉えた啓示は、説明体制の論理を逆転させなければならぬ、ということに帰着する。

教育学の神話は、劣った知性と優れた知性があると主張する。劣った知性は、習慣と必要との狭い範囲の中で、行き当たりばったりに感知したものを記録し、記憶に留め、経験に基づいて解釈したり繰り返してみたりする。これは幼い子供や庶民階級の人の知性だ。優れた知性は物事を理性によって認識し、単純なものから複雑なものへ、部分から全体へと、筋道を立てて進める。この知性のおかげで、教師は自分の知識を生徒の知的能力に合わせて伝授し、学んだことを生徒がきちんと理解したかどうか確かめることができる。以上が説明の原理である。これは啓示以降、ジャコトにとっては愚鈍化の原理となる。

 ジャコトそしてランシエールが批判する「説明体制の論理」「愚鈍化の原理」は、現在の学校教育の中心にもある。教師は生徒に説明する。説明して教えこむ。だが、教えることの自明性が疑われることはない。教師は生徒を「劣った知性」と「優れた知性」を持つ者とに二分化する。だが決して、二分化の評価の自明性も疑われることはない。
 しかし、現場の一教師としての私の実感は、少なくとも「言葉を語る」という能力において、「劣った」「優れた」という二分化は無効である。生徒には「言葉を語る」能力がすべて平等に与えられている。彼らは思考し表現する。そのテーマ、モチーフにより、表現に差異が生じるのは確かだが、その差異を超えて、彼らは豊かに言葉を生みだしていく。それを引き出せないのは、その教育自体に原因がある。教えすぎたり固定的な評価をしたりすることで、生徒の自発的な力を阻害してしまう。これは実感というより確信に近いが、主観的な判断でなく、客観的な資料を提示することもできる。私の拙い実践報告や論文はそのことを示すものでもある。
 でも、どうすればよいのだろうか。その問いかけに対して、ジャコト=ランシエールはこう語っている。

生徒を解放すれば、つまり生徒自身の知性を用いるように強いれば、自分の知らないことを教えられるのだ。教師とは、知性が己自身にとって欠くことのできないものとならなければ出られないような任意の円環に、知性を閉じ込める者なのである。無知な者を解放するには、自分自身が解放されていること、すなわち人間精神の本当の力を自覚していることが必要であり、またそれで十分なのだ。無知な者は、教師が彼にはそれができると信じ、彼が自分の能力を発揮するように強いれば、教師が知らないことを独りで習得できる。

 つまり、教師にとって必要なことは「自分自身が解放されていること、すなわち人間精神の本当の力を自覚していること」である。解放されていない教師は自らを教える立場に固定し、教える行為に固執する。結果として、生徒が自ら学ぶ力、自ら考える力を抑圧してしまう。時には権威や侮蔑と共に、時にはある種の善意や誠意を伴って。だからこの問題の根は深い。

 人は誰でも独りで学び、知性を育み、自らを解放していく。
 このことの深い意味を理解するためには、ジャコトのような出来事を現実に経験するしかないが、それに近い事柄は、教える者あるいは学ぶ者は誰でも経験しているはずだ。でも、それはなぜか忘却されてしまう。現代の教育の場面でも、意識的無意識的に、否認され否定される。
 それでも、ジャコト=ランシエールの思想、「知性の解放」のための教育はこれからも実践されていくだろう。

2017年2月19日日曜日

授業実践 小川洋子『バックストローク』

 前々回の最後で「教師が一方的に教えるのではなく、生徒が考え表現することを尊重するのがこの授業の根本にある。生徒の言葉が彼ら自身の思考と表現の言葉となることを目指している」と書いた。大修館書店の本に書いたり、山梨英和大学で報告したりした一連の授業はこの考え方に基づいている。

 生徒・学習者を中心とする授業のデザインは十数年前から試みている。小説の授業の実践では、教育出版のHPの「高校メルマガ配信記事」の「教材研究・実践報告」に、「現代文B小川洋子『バックストローク』を読む1・2」という拙稿が掲載されている。(これは2008年秋に行った高校3年生対象の授業を考察したもので、「1」が2009年6月、「2」が2010年6月の「教育出版高校メルマガ」で配信された。) 

*注記(2026.7.7) 現在は教育出版のHPに掲載されていないので、「小川洋子『バックストローク』を読む 1」「小川洋子『バックストローク』を読む 2」 として新たに掲載した。

 その冒頭に書いた文を引用したい。

 小説を「読む」とはどのような行為なのか。そして、「小説」を学ぶ、教えるという行為はどの方向に向かうべきなのか。この問いを抱えながら、授業の準備を行い、教室に向かう。小説教材の最初の授業のとき、小説を読む充分な時間を生徒に与えるように心がけている。小説を読むのには固有の時間があり、読書の主体としての生徒には一人ひとり別の時間が流れている。教科書に印刷されている小説作品は文字の記号としてそこにあるが、読書主体としての生徒の読む行為を通じて、その存在を獲得し始める。

 教室ではまず始めに、時間は充分にあるので各自のペースで読んでいくことを指示する。その際「教材」ではなく、「作品」という意識で読むことを重視している。生徒がページをめくり始める。すぐに小説世界に入っていく者。煩わしそうに読む者。各々の読む時間が進行する。時に愉悦を感じ、時に困惑を感じる時間。静かな時間が流れ、時々、ページをめくる音が聞こえてくる。

 この後、生徒は小説を読んで感じたこと考えたことを自由に書く。私が作品についてあらかじめ説明することはない。教師が余計なことをいうとそれに引きずられてしまうからだ。それは生徒の自由な思考と表現を奪う。何も言わずに生徒が書くのを「待つ」姿勢を貫く。生徒が文を提出することで最初の授業が終わる。その後、生徒がどのように読んでいるのかを分析し、それに基づいて授業を構想していく。あくまで「読書主体としての生徒」の読みを中心に授業をデザインする。(付言すれば、2011年から始めた志村正彦・フジファブリックの歌を聞き歌詞を読む授業もこの方法で行っている。)

 通常の高校国語の授業は、教師用指導書等にある授業展開を参考に展開していく。その方法の根本には、教える者(教師、教科書著作者・編集者)が小説の読みを決定し、授業も構想するという考え方がある。教師中心の教材解釈であり、指導方法となる。(その背景には、作者が小説の主題や意味を支配しているという考えがある)この考え方は、すでに半世紀近く前、1960年代以降に欧米の文学理論、読書行為論や記号論で批判されているが(この系譜の理論を代表するのがロラン・バルトだ)、日本の国語教育ではこの指導方法や教育観が支配的だった。この教師中心の指導に対して批判的な実践をするのが、現場の教師としての私の一貫したモチーフであった。教育出版HPの2008年の授業研究はそれを最初にまとめたものであり、去年の大修館書店の授業報告はその発展形である。

 実際に生徒がどのように小川洋子の『バックストローク』を読んだのかは、拙稿を参照していただきたい。十八歳の思考や感性には素晴らしいものがある。生徒の読みから学ぶことは多い。

2017年2月12日日曜日

桜は常にそこにある。[志村正彦LN150]

 桜という主題を探究する一連の授業では、俵万智の随筆『さくらさくらさくら』[『風の組曲』河出書房新社 (2000/01)所収]、志村正彦の歌詞『桜の季節』[フジファブリック『桜の季節』 Single  CD、 EMIミュージック・ジャパン(2004/4/14)]、社会学者佐藤俊樹の評論『桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅』[岩波書店 (2005/2/18)]の三つを教材にした。各々のテクストの中で最も魅力のある部分を取り上げて授業を展開した。

 俵万智は桜についてこのように述べている。

桜というのは、花だけを取り出して観賞するものではないのかもしれない。桜の咲いている空間ごと、そして時間ごと、日本の春という舞台の全てを含めて桜なのだという気がする。

 「花」だけではなく、桜の咲いている「空間」や「時間」、「舞台」の全てが「桜」なのだという指摘は鋭い。桜を見つめる視線が、「花」だけにズームインしていくのではなく、「花」を離れてその周辺へとズームアウトしていく動きがある。

 志村正彦は桜の季節をこう歌っている。

 桜の季節過ぎたら遠くの町に行くのかい?
 桜のように舞い散ってしまうのならばやるせない

 その町にくりだしてみるのもいい
 桜が枯れた頃 桜が枯れた頃

 「桜の季節」。慣用的な表現でもあり、さっと読み飛ばしてしまうかもしれない。だが、「桜」と「季節」が「の」で結ばれているのは志村らしい言葉の接合の仕方ともいえる。
 この歌は一人称の主体が二人称の相手に対する「問いかけ」という枠組を持つ。「遠くの町」に行く相手に対して、歌の主体は「その町」と捉えなおした上で「くりだしてみるのもいい」と自らに語りかける。ただし、その時季は「桜が枯れた頃」の季節なのだが。

 佐藤俊樹はソメイヨシノの風景を次のように考察している。

ソメイヨシノの「一面の花色」は、桜の美しさを極端なかたちで現実化したものだ。その意味で、ソメイヨシノはやはり理想的な桜であった。けれども、「一面の花色」は桜の理想のあくまでも一つにすぎない。別の理想像をもつ人、いやそれ以上に、理想というものの多様さを直感できる人にとって、ソメイヨシノは美しさとともに、異様に歪曲された感じを抱かせる。

 佐藤俊樹は、ソメイヨシノの「起源」、江戸末期にエドヒガンとオオシマザクラが交雑した樹のクローンとして誕生した事実を述べるだけでなく、「桜」の「美」をめぐる「想像」と「現実」との複雑な関係性を指摘している。ソメイヨシノの出現以前から、「一面の花色」という「想像」が文学作品の中で描かれていた。その想像を「現実」のものとするかのうようにソメイヨシノは育成されていった。

 俵万智の随筆、志村正彦の歌詞、佐藤俊樹の評論、三つとも「桜」についての新しい捉え方を提起している。生徒はこの三つの教材を読んで、「桜」について捉えなおし、考察を深めて、最終段階で「桜という存在と私」という題で600字の文章を書いた。三人の筆者の考え方を受け止めた上で、それにとどまることなく、自己の「桜経験」を振り返り、「桜」という存在と「私」という主体とのつながりについて思考し表現した。『変わる! 高校国語の新しい理論と実践』に収録した生徒作品を一つ紹介したい。

桜は季節によって姿を変えていくが、人は花のない桜の木を桜として捉えていない。同じ場所に同じ樹木として立っているにもかかわらず、あの桜色の世界がないだけで違うものに見えてしまうほど、私たちに染みついた桜のイメージは固定されている。夏は若々しい緑の葉がつき、秋には葉が落ち、冬は寒さに耐え乗り越えて、春になるとあの特有の花を惜しげもなく開いて、人々を笑顔にする。努力を人知れず積み上げ、笑顔を生み出すのは、人と同じだ。桜は常に寄り添い見守ってくれる暖かい木だ。桜は常にそこにある。

 この生徒は、季節によって姿を変えていく桜に焦点を当てている。「桜のイメージ」の固定化への批判もあり、春になり「あの特有の花」で人々を「笑顔」にする桜への親愛の情もある。「努力」する桜、「常に寄り添い見守ってくれる」木としての桜という擬人化は高校生らしい感受性があふれる。最後の「桜は常にそこにある」という表現は深い。

 志村正彦の歌は問いかける。以前にも書いたが、その問いかけが生徒の思考と感性を触発する。生徒の言葉を生み出す。この生徒作品にも『桜の季節』の問いかけに対する応答がある。志村の描こうとした風景には「無」の感覚が漂うが、この生徒が見つめてきた風景には「有」や「生」の感触が濃厚である。感受性は異なるが、それゆえの対話がある。
 「桜は常にそこにある」のだが、人はそれを忘却してしまう。生徒の文からそのことを教えられた。

 この授業は昨年の4月から5月にかけて試みた。生徒の振り返りの文で最も印象に残ったのは、「来年は桜の見方、見え方が変わるだろう」という言葉だった。
 あと一月半で今年の桜の季節を迎える。桜の風景がどのように現れるのだろうか。


2017年2月5日日曜日

生徒は『桜の季節』をどう評価したか [志村正彦LN149]

 「思考と表現のデザイン」教育フォーラムでは、生徒中心の「思考のデザイン」学習の新しい方法について報告した。しかし、思考力を育成するためには「方法」の開発だけでなく、生徒の思考を触発させるような「作品」「教材」も開拓されねばならない。

 『変わる!高校国語の新しい理論と実践』には字数の制約があって掲載できなかったが、一連の授業の中で、生徒が志村正彦・フジファブリック『桜の季節』について評価や分析を行った。
  生徒は『桜の季節』を高く評価した。(段階評価の結果を数値化すると、「とても優れた作品」71%、「優れた作品」23%、「普通の作品」6%となった。教材の評価を明確にするためにあえて数値化した。)生徒の評価理由を簡潔に紹介したい。

・歌詞に問いかけの形が入っているから、色々と考えられる。
・何度聞いても全てが解釈できるわけではない歌の世界観に引き込まれた。
・今までにない桜ソング。独創的でいい。
・聴く人が一人ひとり自分のストーリーを作ることができる。
・「桜が枯れた頃」というように歌自体の季節感が味わえないどこか不思議な世界を持つ。
・繰り返しには誰かへの強いメッセージ性が感じられた。
・自分にあてた手紙のようなものだと思った。

 生徒は『桜の季節』が優れている理由を自分の視点で述べている。この歌の「問いかけ」や謎、世界観や独自の季節感。「自分のストーリーを作ることができる」「自分にあてた手紙のようなもの」だという記述は志村の歌詞の世界の本質に迫っている。
 志村正彦・フジファブリックの作品の授業において、私自身の「解釈」や「分析」を講義のような形で生徒に伝えることはない。そんなことをすれば生徒の自由な思考を損ねてしまう。だから、志村正彦のプロフィールや作品に関する基本データを簡潔に知らせることと、歌を集中して聴き、言葉を丁寧に読みとることだけを指示している。
 つまり、教師が一方的に教えるのではなく、生徒が考え表現することを尊重するのがこの授業の根本にある。生徒の言葉が彼ら自身の思考と表現の言葉となることを目指している。

2017年1月29日日曜日

山梨英和大・教育フォーラムでの高校生の発言

 1月26日、「思考と表現のデザイン」教育-高大接続教育フォーラムが山梨英和大学で開催された。天気は快晴、英和大のキャンパスからは御坂山系の向こう側に美しい富士山の頂きが望める。東京からの参加者がその姿に感心していた。
 高校教員、教育系出版社を中心に50人程が参加した。第1回の試みということもあり、広報や周知の仕方に慣れていなかったり、題名がやや難しい印象があったりしたせいか、当初の想定数には至らなかった。地方の小さな高校と大学の個別と連携、それぞれの実践が話題の中心であったが、「面白かった」「興味深かった」という声がほとんどの参加者から寄せられたので、内容は目標とした水準には達していたと思われる。
 私は主催者の山梨英和大学との連携校の担当者ということから、実質的には「共催者」の立場だったので、いくつかあった課題についてしっかりと受けとめていきたい。

 フォーラムは、ギッシュ・ジョージ学長が聖書の「初めにロゴス(言葉)があった」を引いて「言葉」の存在の意義について簡潔に語った。その「言葉」をリレーするようにして、小菅健一氏、河手由美香氏、木下学氏、私の順で四人の講演者・報告者が、高校と大学とその接続において今課題となっていること、実践していることを語っていた。皆、個人的な経験をふりかえりながら自分の語り口で率直に述べていたことが印象的だった。当然だが、思考や表現の教育を試みる者は自らの言葉に対して自覚的で批評的であらねばならない。

 その内容についてこのblogで紹介することは控えるが、一言で言うなら、生徒・学生つまり学習者が中心となる授業についての模索の経過報告である。いわゆる「アクティブ・ラーニング(AL)」型の授業であるが、ALという用語が流行しだす以前から、私の勤務校ではその種の試みを重ねてきた。(その一端が『変わる!高校国語の新しい理論と実践―「資質・能力」の確実な育成をめざして』(大修館書店)収録の実践である)生徒が主体的に思考し表現すること。現在の高校の国語教育と大学の初年次教育の最大の課題である。
 議論の中で、私の授業におけるフィードバックの方法についての質問があった。まだ試行錯誤中であり、これから探究すべき課題だと答えるのが精いっぱいだったが、思わぬところでこの課題についての貴重な意見がもたらされた。

 学校帰りに立ち寄ってくれた生徒三人のうちの一人、K君の発言だった。(教員や大人だけでなく当時者である生徒が参加することも必要だと考え、声をかけていた)授業でのフィードバックという問題について、突然だったが生徒自身に発言を求めた。K君はフォーラムの議論の方向を彼なりに追いかけながら、高校生としての視点で的確な意見を出してくれた。自ら考えた言葉しかも対話性のある言葉で表現した。終了後、知り合いの参加者が異口同音に、生徒の言葉の質がこの授業の達成の度合いを示していると言った。確かに、彼の発言がこの実践のフィードバックになっていた。

 教育の実践は何をもって評価や達成とするのかが難しい。形式的、制度的な評価ができたとしてもそれが真正の評価であるかどうかは疑わしい。一年間を通してある授業を実践して、生徒がどのような思考力や表現力を獲得したのか。教師側の自己完結的な(時に自己満足的な)評価ではなく、「他者」としての生徒自身の思考や表現という「外化されたもの」で評価すること。教室という場を離れた社会の中での発言にその成果を見ること。私の拙い授業を超えて、高校生は思考と表現の力を育てていく。自立していく。その姿を見ることができたのがこのフォーラムの最大の成果だった。