2019年6月2日日曜日

フジファブリックのネトネト言わせて #112 -『同じ月』1[志村正彦LN220]

 フジファブリック 志村正彦没後10年 2009年映像作品集 特設サイト内で、ネットラジオ「フジファブリックのネトネト言わせて」の2007年~2009年に配信した114本を一挙にアーカイブ配信という知らせがあった。「ネトネト言わせて」のアーカイブ化がついに実現したことになる。

 オフィシャル・ブートレグ映像のリリースや「ネトネト言わせて」配信など、志村正彦・フジファブリックの映像や音声資料が「アーカイブ」化されていくのは、志村正彦没後10年というタイミングがあってのことだろうが、そのこととは無関係に今後も、この不世出の詩人・音楽家の足跡を示すものを公開してほしい。権利関係が複雑なのだろうが、音楽フェスティバルの映像などもいつかアーカイブ化できるといい。

 早速少し聴いてみたが、たまままクリックした「#112」は「ネトネト言わせて」の公開収録の回だった。出演者は志村正彦と金澤ダイスケの二人。『CHRONICLE』リリースを記念したもので、ネットで調べると、2009年5月30日、大阪タワーレコードNU茶屋町店での録音のようだ。本人たちのいう「グダグダ」のおしゃべりの後、『同じ月』のライブ演奏が収録されている。29分頃からそのシーンとなる。




 ネトネト音源を聴きながら言葉を追えるように、歌詞を引用したい。


 同じ月(詞・曲:志村正彦)

この星空の下で僕は 君と同じ月を眺めているのだろうか Uh〜

月曜日から始まって 火曜はいつも通りです
水曜はなんか気抜けして 慌てて転びそうになって

イチニサンとニーニッサンで動いてくこんな日々なのです
何万回と繰り返される めくるめくストーリー

君の言葉が今も僕の胸をしめつけるのです
振り返っても仕方がないと 分かってはいるけれど

にっちもさっちも どうにもこうにも変われずにいるよ Uh〜

木曜日にはやる事が 多すぎて手につかずなのです
金曜日にはもうすぐな 週末に期待をするのです

家にいたって どこにいたって ホントにつきない欲望だ
映画を見て感激をしても すぐに忘れるから

君の涙が今も僕の胸をしめつけるのです
壊れそうに滲んで見える月を眺めているのです

にっちもさっちも どうにもこうにも変われずにいるよ Uh〜

君の言葉が今も僕の胸をしめつけるのです
攘り返っても仕方がないと分かってはいるけれど

君の涙が今も僕の胸をしめつけるのです
壊れそうに滲んで見える月を眺めているのです

僕は結局ちっとも何にも変われずにいるよ Uh〜


 「イチニサンとニーニッサンで動いてくこんな日々なのです」「にっちもさっちも どうにもこうにも変われずにいるよ」。ゆるい雰囲気の言葉が独特の味わいを醸し出す。
 一、二、三。月、火、水、木、金。ルーティーンのように、数字や曜日が進んでいく「こんな日々」の「変われずにいる」「僕」。志村はその「僕」を率直に歌っていく。でも幾分か距離を置くように歌っている感じもある。歌い方そのものは、高いキーの音が不安定でやや声もかすれている。一種の愛嬌のようにも聞こえてくる。加工されていないので、志村の声と節回しが生々しい。どのように形容したらよいのか適切な言葉が見つからない。これは「志村節」としか言いようがない。

 『同じ月』はあまり注目されることがない曲だが、『東京、音楽、ロックンロール 完全版』の「インタビュー」(p202)で、志村はこう語っている。


  この頃はまだポリープ中で、人の提供曲ばっかり書いていたけど、自分のためだけに作った曲を7月30日に書いて。これは4枚目のアルバム『CHRONICLE』に入っている”同じ月”って曲です。そのへんから徐々に回復していきました。


 「この頃」というのは富士吉田ライブを終えた2008年の6,7月頃を指している。『同じ月』は、自分のためだけに作った曲であり、この曲を作ったあたりからスランプ状態から徐々に回復してきたという重要な証言である。

      (この項続く)


2019年5月20日月曜日

2009年5月20日、『CHRONICLE』リリース。[志村正彦LN219]

 十年前の今日、2009年5月20日、フジファブリック4thアルバム『CHRONICLE』が発売された。
 初の海外レコーディング音源(スウェーデン・ストックホルム)を中心に全15曲で構成され、「ストックホルム“喜怒哀楽”映像日記」という80分強の映像(『ルーティーン』レコーディングセッションなどを含む)を収録したSpecial DVDが付いた意欲作だった。

 雑誌『音楽と人』2019年2月号に「フジファブリック クロニクル ~アルバム・セルフライナーノーツ~ これまで発表したアルバム/ミニアルバムをバンドの歴史とともに振り返る」という記事(文=樋口靖幸)が掲載されている。
 『CHRONICLE』について、山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一の三人が次のように語っている。(雑誌発売から数ヶ月経ったので、この箇所を全て引用させていただく) 


実は僕……この時期に「このアルバムを作り終わったらバンドを辞めようかと思ってて」という相談を加藤さんにしたことがあって……というのも前の反動なのか、志村君がたくさん曲を作ってきたんですけど、これからのフジファブリックは志村君が作った曲にプレイヤーとして関わっていくだけのスタンスになりそうな感じがしたんですよ。(山内) そうそう。志村のギアがものすごく高回転になってる時期でしたね。アクセルがベタ踏み状態というか。誰も止められない、みたいな。(金澤) バンドとしてはけっこう険悪な空気もあった時期で。でもそこからみんなで話し合って、これからも一緒に頑張っていこうっていう気持ち作ったアルバムですね。(山内) そんなひと悶着があってからのストックホルムでのレコーディングだったんですよ。あそこからまたバンドの空気がいい感じになっていったんで、あの海外レコーディングは必然だったんだなって思います。(加藤)


 『CHRONICLE』の制作時期に(発言内容からするとレコーディングというよりその前の準備段階だろうが)、フジファブリックはある「危機」を迎えていた。これまでのいくつかの記事や発言から推測されていた状況が、現メンバーの三人によって証言されている。山内の「バンドを辞めようか」と思っていた発言とその理由にも驚かされる。
 かなり正直にある意味では赤裸々に語られているのは、「デビュー十五年」関連記事という性格の所産かもしれない。そうであるからこそ、僕たちファンはこの発言をそのままに受けとめるべきなのだろう。だが、フジファブリックの創始者、この発言で言及されている志村正彦本人はここにはいない。そのような振り返りである以上、限定的な証言にすぎないということは確認しておきたい。

 「けっこう険悪な空気もあった時期」はストックホルムでのレコーディングで解消されていったようだが、それでも「険悪」という言葉には強い意味合いがある。平穏なものからはほど遠い。バンドは仲良しクラブではないので、様々な葛藤や軋轢もあるだろう。それがどういうものだったか、具体的には想像できないが、『CHRONICLE』の音源、志村の歌の言葉の中に、その痕跡のようなものがある程度まで刻み込まれているかもしれない。

 『CHRONICLE』発売後の6月から7月にかけて「CHRONICLE TOUR」が行われた。今年7月、その映像が『FAB BOX III』、「Official Bootleg Live & Documentary Movies of “CHRONICLE TOUR"」DVDとしてリリースされる。
 この記録映像も、フジファブリックにとって、というよりも、志村正彦にとって『CHRONICLE』がどのような作品であったのかという「問い」に対する「答え」の一つになるのだろうか。

2019年5月5日日曜日

『FAB LIST』の三曲 [志村正彦LN218]

 7月6日(土)11:00からと16:00からの二回ふじさんホールで開催されるフジファブリック志村正彦没後10年『FAB BOX III 上映會』。僕たちも何とか赤富士通信先行予約でチケットを入手できた。あと二ヶ月ほどだが楽しみにしている。

 上映時間は2時間ということで、『FAB BOX III』の『Official Bootleg Live & Documentary Movies of "CHRONICLE TOUR"』『Official Bootleg Movies of "デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!!"』の二つの映像作品からダイジェスト編集した特別先行上映となるようだ。僕個人としては『ルーティーン』を聴いてみたいがどうなるだろうか。2014年の上映會でもこみ上げるものがあったので冷静に鑑賞していられるかこころもとないが、どのような感情が去来してもそれをそのまま受けとめたい。志村正彦・フジファブリックの2009年の「ライブ」を観客のみんなと共有できるのは希有な経験になるであろう。

 フジファブリックの公式サイトから、ファンが選ぶPLAYLIST ALBUM『FAB LIST』リリース決定というアナウンスもあった。『FAB LIST』2004~2009はかつて在籍していたEMI Records / ユニバーサルミュージックから、『FAB LIST II』2010~2019は現在在籍しているSony Musicからリリースされる。収録曲は今までリリースした作品を対象として5/19(日)までの期間内に「FAB LIST」特設サイトで三曲を投票して決定される。『FAB LIST』の発売日等は後日発表となるそうだ。

 僕自身は以前書いたように、すでにリリースされているCD『SINGLES 2004-2009』と、『FAB BOX』【完全生産限定BOX】中の1枚としてリリースされたCD『シングルB面集 2004-2009』を合体させた『コンプリート・シングル集』を発売してほしいと思っている。志村正彦・フジファブリックの事実上のベスト盤となるからだ。できるだけ安価のパッケージ盤にして若者たちに届けてほしいのだ。

 だから今回の『FAB LIST』の企画には複雑な想いもあるが、肯定的に捉えれば、シングルには収録されていない曲が入る可能性があること、ファンの投票による選曲にも新鮮さがあることになる。また、『FAB LIST I』(2004~2009)は全曲リマスタリングで収録ということで音源の質に期待できる。だから2019年という年の試みの一つとしては理解もできる。2004~2009と2010~2019という年代別に二枚に分けたことは英断である。この二つの時代には明らかな断絶があるからだ。

 『FAB LIST I』(2004~2009)にはプレデビュー盤『アラモルト』からシングルまでこの時代の全曲から選ぶことができるのがいい。三曲までの投票ということでファンはみんな考え込んでしまうだろう。
 僕ならどの曲を選ぶか。三曲に絞ることなど到底できないという前提がある。だからある観点を設けて選ぶことになる。別の観点を設定すれば異なる選曲になる。選択する時期や季節、時代や年齢も関係するだろう。今回の投票に加わる全ての人に各々の観点がある。現時点で選択された観点が集積すると『FAB LIST』が構成できるのだろう。

 2019年5月、僕の選曲の観点は、「君」に対する想いを叙述しその想いが限りなく祈りに近づいていく歌であること、志村正彦でなければ創作しえない曲であることの二つである。
 その観点から選ぶと、『花』、『セレナーデ』、『ルーティーン』の三つになる。


『花』
花のように儚くて色褪せてゆく
君を初めて見た日のことも

『セレナーデ』
明日は君にとって 幸せでありますように
そしてそれを僕に 分けてくれ

『ルーティーン』
折れちゃいそうな心だけど
君からもらった心がある


 この三つの歌をつなぎ合わせると、志村正彦の「君」への想い、少なくとも「君」への想いというモチーフの変化を感じる。変化というよりも成熟として捉えられる。『花』は高校時代にその原型が考えられていたようだ。『茜色の夕日』とは少し異なる感受性が刻まれている。この二曲と『浮雲』を合わせた3曲が志村の原点と言える。(この三曲を投票するという観点もあるあろう)

 『セレナーデ』と『ルーティーン』については何度も書いてきたので新たに書けることもないのだが、一つ付言するのなら、「明日」(『セレナーデ』)、「昨日もね 明日も 明後日も 明々後日も」(『ルーティーン』)とあるように、過ぎ去った時よりもこれから到来するであろう時の中に「君」への想いを歌ったことである。 

 「君」への想いを述べた素晴らしい歌は数多くある。『FAB LIST《君への想い》』というアルバムを夢想するのもいいかもしれない。


2019年4月30日火曜日

不穏なものとその分離-『ともしび』(アンドレア・パラオロ監督)

 昨日、シアターセントラルBe館で、シャーロット・ランプリング主演の『ともしび』(Hannah、アンドレア・パラオロ監督、2017)を見た。
 甲府での上映は5月2日(木)まで。1日(水)は映画サービスデー。他の地域でも上映中やこれから上映の館があるようだ。(東京では6月上旬に下高井戸シネマで予定されている)
 この映画は何の予備知識もないまま席に座ることが絶対の条件のような気がする。(これから鑑賞予定の方は以下のテキストも飛ばしてほしい)何も知らないまま、何も分からないまま、この世界に入り込むことによって、何かを経験する映画である。




 いきなりの異様な声が館内に響きわたる。分節された音のようにも単なる奇声にも聞こえる。誰の声か、どのような状況なのかも分からない。不穏なものが立ち上がる。おそらく視聴する時間ずっとこの不穏なものを追いかけていくのだなという予感に折り合いを付ける。覚悟のようなものと共に。

 画面が切りかわると、ダンスか演劇か体操か分からないが身体的なレッスンの場面だということ分かる。
 焦点人物は、シャーロット・ランプリング(アンナ)。73歳の彼女の全身が70年を超える生の時間を表象している。続いて、アンナの家の室内。夫と思われる同年齢の男性。その夫の年齢を感じさせる色合いの肌、衰えてはいるがそれなりの滑らかさもあるかのような背中をマッサージするアンナ。老齢期の夫の肌。やわらかく揉む妻の指。肌と指の接触。これがイメージ上のモチーフになるのかなという予感がしたのだが、その予感が裏切られることはなく、その後の展開の中でシャーロット・ランプリングの老齢期の肌を繰り返し描いていく。観客は自らの眼差しでアンナの肌を揉みほぐしていく。『愛の嵐』(Il Portiere di notte, 英題: The Night Porter,リリアーナ・カヴァーニ 1974年)の裸体を想起させるショットもある。美しさからは遠く離れていくのだが、それでも肌の「肌理」は不思議な存在感を持つ。
 
 物語は、夫が収監されるところから始まる。おそらく小児に対する性愛・虐待の罪だと推測されるのだが確かなことは結局明かされない。このことを契機に、アンナ夫妻と息子家族との断絶が起こり、アンナの人生は行き詰まる。観客の眼差しは、至近距離から、それこそアンナの肌を感じるような距離から、彼女を見つめていく。不穏なものが加速していく。

 映画全体に不明なところが多い。いくつかの小さな出来事が起きるのだが、それが回収されることはない。「謎」を解くことが目的とされていない。「話」を語ることも目的とされていない。むしろ物語はこの映画の欄外、枠外にあるという気もする。この映画は物語に依存していない。「話」らしい話のない映画、「話」を本質的には必要としてない映画というものがあるとしたらこの作品が第一に挙げられるだろう。

 それではこの映画の枠内、その中心にあるのは何だろうか。
 シャーロット・ランプリングという「存在」そのものとしか言いようがない。監督はもともと彼女を宛て書きにして構想を練った。虚構作品である以上「アンナ」を描いているというのが穏当だろうが、シャーロット・ランプリングを主題とする「虚構のドキュメンタリー映画」を見ているような境地に陥る。「アンナ」を演じる「シャーロット・ランプリング」を演じる「シャーロット・ランプリング」というように、メタ的な視線が仮想される。映画そのものがジャンルを破る不穏さに溢れている。

 最後の地下鉄駅の場面まで、不穏ものはそのまま持続する。不穏なものを追いかける種類の映画であっても、どこか途中でそれがやわらいだりすることが少なくないが、この作品は最後まで不穏なものがほどけることはない。カメラの眼差しはほぼ「アンナ」と一体化する。眼差しは不穏なものをまとう。いや、眼差しが不穏なものを作り出している。観客はその眼差しから逃れることができない。「アンナ」の歩行と共に観客も歩行しなければならない。歩みのその先には何があるのだろうか。映画はその先を避けることなく描く。それでも解釈も分析も拒んでいるようでさえある。観客個々の自由であろうが。

 僕自身には、不穏なものからほんのわずかな距離かもしれないが離れていった、のかもしれないと感じとれた。
 取りあえず、取りいそぎ、分離すること。通過すること。乗り換えること。
 不穏なものからの分離。この時代の勇気がそこにあるのかもしれない。

2019年4月28日日曜日

『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』(デビッド・バッティ監督)

  今月の始めに、『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』(デビッド・バッティ監督、原題 MY GENERATION)をいつものシアターセントラルBe館で見た。観客は僕と妻の二人。さすがに貸し切り状態の映画館は初めてだ。地元の映画ファン、音楽ファンよ、この素晴らしい映画館に愛の手を。

 予告編がyoutubeにあるので添付したい。





 イギリス1960年代のカルチャー「スウィンギング・ロンドン」を描いたドキュメンタリー映画。名優マイケル・ケインがプロデュースとプレゼンターを務め、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、モデルのツイッギー、ファッションデザイナーのマリー・クワントなどに6年がかりで50以上のインタビュー取材を行ったそうだ。ピーター・バラカンが日本語字幕監修を担当している。

 60年代のブリティッシュロックの成立期と共に、同時期のファッション、写真、映画、デザインの動向も伝えている。ポール・マッカートニーやジョン・レノンのアーカイブ映像では、「優等生」的ではないビートルズの側面が感じられるのがいい。あのマリアンヌ・フェイスフルがけっこう登場するのも楽しめた。(付言すれば61歳になった彼女の主演映画『やわらかい手』は愉快で厚みのある作品だ)

 60年代という10年間の出来事が90分にまとめられているが、「ひとつの事柄に90秒以上かけない」という編集方針があったそうで、非常に沢山の出来事が凝縮されている。転換に続く転換でそれが一種のリズムとなって、観客に作用していく。時代を解き明かすドキュメンタリーというよりも、時代の出来事を擬似的に経験させることを狙っているようだ。それでも、時代の背景にある問題は繰り返し突きつけている。一言でいうと、イギリスの階級問題のことだ。知識としては知っていても、具体的な出来事として登場人物から語られるとある種の実感として迫ってくる。60年代は、上流や中流の文化の壁を壊して、ワーキングクラス、労働者階級の文化がロンドンを制覇した。

 その点についてマイケル・ケインはこう語っている。

「すべてのベースになっていると思うし、人々はいまだに当時のカルチャーに惹かれていると思う。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、スウィンギング・ロンドン、みんなあの時代に生まれたものだ。ワーキングクラスを描いた本や映画なども。わたしたちが、いまの世界のベースを作ったとも言える。今日のコミュニケーション手段である、コンピューターや携帯はなかったけれど、そのかわりに対話があった。さまざまな人々がいろいろなところから集まってきて、そこからアイディアが生まれ、多くのことが起こった。とくにあの時代の大きな遺産の1つは、ポピュラーカルチャーを生み出したことだ。それ以前はカルチャーというものは、上流階級のものだった。でも60年代を境に、それはみんなのものになったんだ」

 「鮮やかな色が街に溢れた」というナレーションがあるように、人々の対話や交流を通じて、「みんなのもの」としてのカルチャーが街に溢れていった。その鮮やかな開花の過程をこの映画はリズミカルに追いかけていく。そしてその文化の花が「ドラッグ」問題を契機に急激に色あせていく経緯にも触れている。映画はここで終焉を迎える。
 だが僕たちは知っている。続く70年代に別の花々が開花していったことを。60年代とは異なる色合いで70年代も鮮やかに咲いていったことを。
 「MY GENERATION」の花は枯れることがなかった。70年代のイギリスの音楽を僕はリアルタイムで経験している。

 残念ながらこの映画の上演館はほんの少しになってしまったようだ。それにしても「ロンドンをぶっとばせ!」という副題は酷い。この副題をぶっとばしたいところだ。この作品には「ぶっとばせ!」などという分かりやすい物語があるわけではない。ブリティッシュビートに乗せて小さな出来事を描いていく「ドキュメンタリー」映画であるが、見終わると60年代という時代の感触が身に刻まれる。DVDや衛星放送などで見る機会があったら勧めたい。



2019年4月21日日曜日

『FAB BOX III』の時と場 [志村正彦LN217]

 新年度の授業が始まって二週間。担当授業や参加会議が増えて、忙しい毎日を送っている。今年は若い先生が六人ほど新任として赴任された。授業のことなどで話し合う機会もあり、学ぶことが多い。色々と刺激も受け、その時間を愉しんでもいる。甲府という地方都市にある小さな人文系大学として、その存続と発展のための議論も続けている。

 山梨の高校生がみんな東京を始めとする県外に出て学ぶことができるわけではない。それを希望したとしても経済的なことやその他の理由で県内に留まることも少なくない。山梨に質の高い高等教育があること。それを一人の教師として一人の山梨県人として切に願っている。僕の場合は願うというよりも、当事者でもあるので非力ではあるが実践していかねばならない。職業人としてはおそらく最後の仕事になるわけだが、「山梨の文化」には徹底的にこだわりたい。
 今ここにいる「時」と「場」、季節と風景、知性と感性、それらを深く掘り下げていくことが世界への通路も開いていく。言葉で描くのは簡単だが教育の実践としてはなかなか困難な課題だ。

 フィールドは全く異なるが、ある意味では志村正彦・フジファブリックの作品もそのような志向性を持っていた。
 確か、2008年の富士吉田市民会館でのコンサートの際に「富士吉田から世界へ フジファブリック」という標語が富士急行線の駅に掲げられていたようだ。幾分か大げさで気恥ずかしくもある表現かもしれないが、この標語はまっすぐにそのまま受けとめればいい。フジファブリックは傑出した日本語ロックバンドだが、世界という場で評価されるべきバンドである。とりあえず僕という聴き手の経験を根拠とするしかないが、70年代の英米の優れたバンドと同一の位相に存在し、ある面ではそれ以上の水準に達している。

 70年代前半、イギリス起源のプログレッシヴロックは、ドイツ、フランス、イタリアに波及していった。その波は日本語ロックにも影響を与えた。70年代の四人囃子、00年代のフジファブリックはその最良の達成である(この二つのバンドの活動開始にはおよそ三十年の隔たりがあるが、2008年に共演していることは必然であった)。
 フジファブリックには言葉の壁を超えて、あるいは言葉の壁をある種の方法にして、世界への扉を開けていく可能性があった。

 このところ、フジファブリックの公式サイトから色々な発表が続いている。
 予告されていた2009年の映像作品は、オフィシャル・ブートレグ映像シリーズDVD BOX<完全生産限定盤(オリジナルグッズ付予定)>『FAB BOX III』とて下記の内容で7月10日、志村正彦の誕生日にリリースされる。

「Official Bootleg Live & Documentary Movies of “CHRONICLE TOUR”」DVD
「Official Bootleg Movies of “デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!!”」DVD
“CHRONICLE TOUR ver. ” 発売記念復刻オリジナル・グッズ付(予定)
“デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!! ver.” 発売記念復刻オリジナル・グッズ付(予定)
“CHRONICLE TOUR” SPECIAL PHOTOBOOK付
“デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!!” SPECIAL PHOTOBOOK付.

  2019年という15周年を記念する特別BOXとして、2010年の『FAB BOX Ⅰ』、2014年の『FAB BOX Ⅱ』に続くシリーズⅢという位置づけである。2枚のDVDと各々のグッズとフォトブックという豪華な構成。その2枚のDVDは「オフィシャル・ブートレグ映像シリーズDVD」と呼ばれている。単品でも販売されるのはありがたい。
 SONYMUSICのフジファブリック「インフォメーション」では次のように経緯が述べられている。やや長文になるが引用したい。


2009年12月24日、ボーカル/ギターの志村正彦が、享年29歳にて急逝。
自らのリアルな感情のすべてを搾り出した渾身の4thアルバム『CHRONICLE』を同年5月にリリース後、アルバムを携えた全国ツアー「CHRONICLE TOUR」、秋からスタートした「デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!!」とひたすら走り続けた2009年、まだまだ勢いを増し続ける真っ只中の急逝でした。
以降、2009年までのフジファブリックの映像として『FAB BOX』『FAB BOXⅡ』をリリースして来ましたが、この最後の2009年の2つのツアーだけはどうしても作品化することが出来ませんでした。
そして2019年の今年、志村正彦の没後10年を迎えます。
志村が身を削るようにして生み出した楽曲の数々、フジファブリックの姿を次の10年に伝えるため、ご遺族、メンバー、スタッフで何度も話し合い、この生前最後の年を映像作品化することにしました。
今作は、これまでのフジファブリックの映像作品とは少し異なり、オフィシャル・ブートレグ映像作品となります。
激動の2009年、この年に限ってツアーにカメラを入れていなかったため、そのほとんどは記録用の固定カメラ1台で収録されたものとなります。
そんなまるでブートレグのような映像ですが、それでも志村正彦を、あの当時のフジファブリックの姿を見ることが出来る唯一の貴重な映像素材のため、ここに"オフィシャル・ブートレグ映像シリーズ"として記録します。


 このインフォメーション欄は時々接してきたが、今回の言葉にはいつもより想いが込められているように読んだ。「志村が身を削るようにして生み出した楽曲の数々、フジファブリックの姿」を伝えるために「ご遺族、メンバー、スタッフで何度も話し合い」というところに、このBOXの成立の全てが語られている。特に志村さんのご家族にとっては長い間にわたり望まれていた作品の実現であろう。そして僕たち志村正彦・フジファブリックのファンもまた待ち望んでいたものである。

 それにしても「オフィシャル・ブートレグ」というシリーズ名には驚かされた。記録用の固定カメラ1台で収録されたために、映像の質は「ブートレグ」風であるが「オフィシャル」公式のDVD作品として発売されるということのようだ。「ブートレグ」という言葉で想いだすのは、学生時代に通った西新宿のレコード店だ。輸入盤コーナーには必ず「ブートレグ」(当時は「海賊版」という呼び方をしていたが)があった。いかにも質の悪そうなジャケットがそれ風の雰囲気を醸し出していた。そのあやしさがロック的だったが。

 「オフィシャル」作品であるから現在の高度な技術で完成度を高めているだろう。ファンにとっては記録用の固定映像であっても何でも、入手して鑑賞できればうれしい。見方を変えれば、会場にいる臨場感があるかもしれない。観客目線がかえって新鮮であり、発見があるかもしれない。などという肯定的な言葉をここでは連ねよう。(でも正直言うと映像の質が少し気になる。リリース後に自分の目で確かめるしかないのだが)

 僕個人としては、「“CHRONICLE TOUR”」DVD収録曲の中に『ルーティーン』があったことに、とても心が動かされた。『ルーティーン』のライブ映像を見ることができる。聴くことができる。この一点だけでもこのDVDは価値がある、そんな気持ちさえする。

 ネットを探して、“CHRONICLE TOUR”に行かれた方々のブログを読むと、『ルーティーン』はアコースティック・コーナーの曲として歌われたそうだ(コーナーといってもこの曲だけだった)。志村・山内・加藤はアコギ(?)、サポートドラム刄田綴色はカホン(?)を椅子に座って演奏し、金澤ダイスケだけが立ってメロディオンを奏でたようだ。

 『ルーティーン』一曲が「アコースティック・コーナー」であり、特別な「時」と「場」が用意された。志村正彦がどのような表情をして歌ったのか、どのような声で『ルーティーン』の言葉を伝えようとしたのか。リリースへの期待が高まる。このDVDには、スウェーデンレコーディングの未収録オフショット映像が入るのも楽しみでもある。

 『ルーティーン』は日々繰り返される「時」と「場」のつながりを歌っている。2009年生演奏の「時」と「場」が、十年を経て、2019年に再生される。

2019年4月8日月曜日

「作り話に花を咲かせ」-『桜の季節』[志村正彦LN216]

 甲府盆地の桜はまだ舞い散ることなく咲き続けている。
 勤め先の大学にはキャンパスを囲むように桜の並木がある。今朝、スマホで写真を撮った。さすがに満開は過ぎているのだが、朝の光を浴びて、桜の樹々が光の花束のように見えた。




 新年度が始まった。昨年より担当コマ数が増えて、7コマ近くになった。国語科指導法、教師論、文学講読、ライティング(コミュニケーションスキル)に加えて、山梨学と専門ゼミナールも担当する。学内業務の係も二つある。社会人や高校生対象の短期講座も持つ。授業構想やシラバス作成に続き、教材の作成や準備に追われる毎日である。
 年度末、研究室の移動があった。新しい部屋の窓からは富士山が綺麗に見える。そのことがとてもうれしかった。仕事に疲れた時に眺めると、朝から昼そして夕方へと、富士の雰囲気や色合いが少し変わっていく。その微妙な変化が美しく、愛おしい。

 今日、「山梨学」という授業を行った。山梨の文化、社会、歴史、地域、観光などを総合的に学び、「山梨」の可能性を探究していく科目である。講義の半分は外部から専門家を講師として招聘する。残り半分は僕が担当し、「山梨と文学」というテーマのもとに「芥川龍之介と甲斐の国」「山梨のロックの詩人-宮沢和史(ザ・ブーム)、藤巻亮太(レミオロメン)、志村正彦(フジファブリック)」などの講義を準備した。映画作品に描かれた戦後山梨の風景と社会というテーマにも取り組む予定だ。
 2年次の必修科目で受講者が120名にのぼるので、授業の運営には一苦労がある。本学の学生は全員MacBookを携帯している。wifi環境も充実し、授業支援のソフトやツールもある。ICTを活用して授業をデザインした。

 第1回目は授業のガイダンスや実施計画を説明した後で、山梨学のオープニングとして、志村正彦・フジファブリックの『桜の季節』を取り上げることにした。この季節にこの歌を聴くことには格別な味わいがある。
 歌詞を表示して、『桜の季節』ミュージックビデオと発売前日の新宿ロフトでのライブ映像をプロジェクタで見せた。そしてこの歌を聴いて何を感じたか何を思ったかという問いを投げかけた。学生はMacBookを使って書いたテキストを教員へ送付する。授業中にリアルタイムで学生のテキストを読むこともできる。
 最近、小学校から大学までICTの教育や利用が推進されているが、確かにPC、ネットワーク、学習支援ツールを活用すると、「授業の生産性」が上がる。講義形式であれば一人の教員が120名の学生を相手にすることは可能かもしれない。でもこの山梨学では必ず学生の言葉をフィードバックしていきたい。一方向的ではなく、少しでも相互的交流的な授業を構築したいと考えている。

 このようにして、今年度から「山梨学」の一つとして、志村正彦・フジファブリックの作品を聴いて表現する授業を開始した(高校で実践してきたことはこのブログで何度か触れた)。授業後、120人の書いた文章を読んでいった。全体の3分の2は初めて聴いたようだが、それにもかかわらずというよりそれゆえにというべきか、志村正彦・フジファブリックの作品は彼らに確実に作用していった。受け止め方はそれぞれだが、何かが確実に伝わっていることが文面からうかがえる。志村の歌は、意味や解釈を超えて、言葉そのものが聴き手に働きかける。

 ここでその内容を紹介するわけにはいかないが、二つの興味深い特徴があったことを記しておきたい。
 一つは「桜の季節過ぎたら 遠くの町に行くのかい?/桜のように舞い散って しまうのならばやるせない」の「やるせない」という感情に言及したものが多かったことだ。高校生はあまりこの言葉に触れなかった記憶がある。
 大学2年生ということは20歳前後の年。この歌を作った時の志村の年齢とも近い。この「やるせない」という感情はどこにも持っていきようのない想い、それゆえに自らの内部に深く降りていく想いであろう。この想いは十代という年齢を通り過ぎる頃に自らを振り返る、そのような年齢の折り返しにも関わるのではないだろうか。「やるせない」という感情にはその発露までの時の流れがあるのだ。

 もう一つは「ならば愛をこめて 手紙をしたためよう/作り話に花を咲かせ 僕は読み返しては 感動している!」の「手紙」や「作り話」について考えたものが少なくなかったことである。志村特有の屈折感、迂回するような感覚が20歳に達する年代の若者に響くのかもしれない。
 あたりまえのことではあろうが、年齢と共に経験と共に歌の受容は変化する。感受性のあり方も変容していく。大学生は高校生と異なる感性や知性を持つ。そのことを知ることができた授業でもあった。

 それにしても、「作り話に花を咲かせ」とは何という表現だろう。
 「作り話」とは志村にとっての「歌」そのものだ。話を作ることによって、ありのままの自分自身を迂回しながら、逆説的に、志村は自らの「歌」を作り、「花」を咲かせようとした。

 メジャーデビューシングル『桜の季節』は、志村正彦・フジファブリックの「歌」の「開花」宣言でもある。


2019年3月27日水曜日

映画『私は、マリア・カラス』(甲府シアターセントラルBe館)

 甲府の中心街にただ一つ残っている映画館が「シアターセントラルBe館」だ。去年、映画『ここは退屈迎えに来て』を上映した館であり、そのことは以前ここに書いた。
 この映画館はこのところ音楽ものを次々と公開している。昨日は、オペラ歌手マリア・カラスの人生を綴った『私は、マリア・カラス』を見ることができた。




 全く予備知識がなかったが、予想外の大収穫だった。オペラファンでもない筆者はマリア・カラスも歌そのものもごくわずかしか知らない。そんな情けない観客にも、この映画は音楽のジャンルを超えて、「歌」の美しさと輝き、その底知れない魅惑する力を余すところなく伝えていた。

 映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットしたように音楽ものの映画が盛況である。『ボヘミアン・ラプソディ』は優れたエンターテインメント映画だ。だが、フレディ・マーキュリーを演じている役者が好演すればするほど、現実のフレディ・マーキュリーとの違いが逆に印象づけられてしまう。この映画を見ている間中ずっとそのことが気になって、僕は映画の中にあまり入り込めなかった。
 音楽家をテーマとする映画の場合、やはり、ドキュメンタリー映画であることが絶対的条件ではないだろうか。音楽家をドラマにしてしまうと何かが決定的に欠落してしまう。なぜかはよく分からない。理屈はいろいろと考えられるが、リアルな実感としてそう思ってしまう。

 『私は、マリア・カラス』はどのような映画なのか。ネットの資料から、トム・ヴォルフ監督の言葉を引用したい。

3年間かけて世界を回り、マリア・カラスの友人たちを探し出しました。彼らは誰も見たことのない数多くの資料を保管していて、それらはマリア・カラスのとても個人的な記録でした。自叙伝と400通を超える手紙を読み終えた時に、やっと見えてきた〈マリア・カラスの姿〉が映画の最も重要な部分になることを確信しました。またその過程で、楽曲に関しても、観客によって撮影されたコンサートやオペラの映像をはじめ、幸運にも、これまで聴いたことのない数々の録音にアクセスできました。今回、彼女と親しかった数え切れないほどの人々に会いましたが、彼女自身の言葉ほど強く、印象的な証言はなかったので、映画の中に他の人の証言はほぼ入れず、彼女の言葉だけでつなぐことを決めました。
彼女が書き残した言葉が世に出るのも、多くの真実が明かされるのも初めてなので、本作では、彼女の熱狂的なファンさえも知りようのなかった〈マリア・カラス〉が見られます。ライトを浴び、特別な運命を辿ったレジェンドの影に隠れていた〈一人の女性〉について、きっと深く理解していただける映画になったとおもいます。

 監督のいう「レジェンドの影に隠れていた〈一人の女性〉」というテーマが確かに映画の中心にある。
 「2人の私がいるの。マリアとして生きるには、カラスの名が重すぎる」という本人の言葉が冒頭で紹介される。この映画の原題は『Maria by Callas』。世紀の歌姫「カラス」によって語られるひとりの女性としての「マリア」。もちろん、「マリア」によって語られる「カラス」もいる。「カラス」によって語られる「カラス」、「マリア」によって語られる「マリア」を見出すこともできるだろう。
 発掘された資料、手紙、写真、映像、証言によって、マリア・カラスの53年間の人生が多層的に構成されたドキュメンタリー映画となっている。

 しかしそれ以上に素晴らしいのは実際の歌唱の映像である。特に『ノルマ』「清らかな女神よ」(ベッリーニ)と『カルメン』「恋は野の鳥(ハバネラ)」(ビゼー)の映像を見ると、このディーヴァに対するあらゆる絶賛をさらに凌駕するような言葉を投げかけたくなるだろう。ほとんど映像であることを忘れるくらいに魅入ってしまった。タイトルバックで『ジャンニ・スキッキ』「私のお父さん」(プッチーニ)を歌う映像はモノクロのせいもあって静かな余韻を残した。

 「シアターセントラルBe館」は音楽ものをよく上映している。先々週は、アストル・ピアソラの生涯を息子のダニエルが回想するドキュメンタリー映画『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』を見た。来週は、イギリスの1960年代カルチャー「スウィンギング・ロンドン」を描いた『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』を見にいく予定だ。
 甲府の小さな映画館が大健闘しているのだが、観客がとても少ないのが残念だ。地元の音楽と映画の愛好家としてはせっせと足を運ぶしかない。ここでの上映は明日、28日(木)までである。近くに住んでいる方にはぜひおすすめしたい。
 公式webを見るとまだこれから上映する映画館も各地にあるようだ。音楽のジャンルに関係なく、「歌」を愛する人にとって必見の映画である。

2019年3月24日日曜日

『Sugar!!』のPanorama Ball Vision【志村正彦LN215】

 フジファブリック「Sugar!!」は、あのスミス監督(初期の『桜の季節』『陽炎』『赤黄色の金木犀』『銀河』などの素晴らしいMVを制作した)による実験的なミュージックビデオが制作されている。橋本典久氏の研究している「Panorama Ball Vision」という4台のカメラを使って360度の方向から撮れる手法を使って、葛西臨海公園などで撮影された。「fuji-emistaff」のブログでそのときの様子が記されている。


「Sugar!!」のPVの監督は、デビュー時から数多くのフジのPVを撮ってくださっているスミスさんです。何か新しい撮り方とかありませんか?」という志村くんのリクエストに応えてスミス監督が提案してくれたのが、橋本さんが研究している360度ぐるり一周撮って、天地が入れ替わったりする、というあの撮影方法でした。
4台の一眼レフタイプのカメラを4方向に向くように設置して、その周囲にメンバーが立って撮影したのですが、360度全部映ってしまうので、監督含めスタッフは全員、カメラが回っている間は壁の後ろなどに隠れていました。「それじゃ(カメラ)回しまーす」と言われると、スタッフがみんなどわーっと散って隠れて、きっと他の人が見たらいい大人たちが何をやっているかと思われただろうな。。


 愉快で大変な撮影現場だったようだが、このMVを見てみよう。




 「全力で走れ 全力で走れ」を視覚化するように、映像が走り回っている。この2次元映像でも充分に新鮮なのだが、「Panorama Ball Vision」の球体ビジョンという設備で上映すると、この映像が球体になって映し出されるそうだ。さぞかし不思議な映像体験になったのだろう。

 この映像はぐるぐる回転し、全力で走り回っている。その動きのホットな熱量に比べて、映し出される志村正彦の表情はクールである。無表情というのではないが、どこか虚ろで掴み所がない。的確に形容できないのだが、「外」に現れる表情と「内」に隠される心情とが分離しているような感じとでもいえるだろうか。

 この歌詞には「36度5分の体温」という表現があるが、志村はこれについて興味深いことを「OKMusic」のインタビューで述べている。


“平熱じゃん!”って一瞬思ったんですけど、すごい体が温まってるってわけでも、逆に冷めきってるわけでもなく、そのどっちでもいける準備万端な状態で、あとは自分が動くだけっていう、そういう状況を言い表したかった一節なのかもしれません。


 すごく温まっているのでもなく冷め切っているのでもない体温の状態といわれているが、どんな体温なのか想像するのは難しい。どちらにもいける準備万端な状態ともあるので、一種の「スタンバイ」の状態なのだろう。静止から運動へと切りかわるためにはその狭間の状態が必要である。ミュージックビデオの志村の表情はそんな狭間の状態、一種の中間の状態にも見えるが、これは考えすぎかもしれない。


2019年3月17日日曜日

『Sugar!!』のメタ・メッセージ [志村正彦LN214]

 フジファブリック『Sugar!!』(詞・曲:志村正彦)は、ユニバーサルミュージックの公式サイトで「紆余曲折を乗り越え、フジファブリックがフジファブリックとして改めてスタートラインに立つきっかけともなった初のメッセージソング」と紹介されている。
 「初のメッセージソング」だとされる『Sugar!!』の歌詞を読んでみよう。第一ブロックを引用する。


  いつだって こんがらがってる 今だって こんがらがってる
  僕の頭の中

  それは恐らく 君と初めて会った時から

  本当はこの僕にだって 胸張って伝えたいことがね
  ここにあるんだ

  空をまたいで 君に届けに行くから待ってて

  全力で走れ 全力で走れ 36度5分の体温
  上空で光る 上空で光る 星めがけ


 「いつだって」「今だって」と韻が踏まれる。音の響きが面白い「こんがらがってる」が繰り返されて「僕の頭の中」という言葉で綴じられ、閉じられる。音で軽やかに遊びながら「僕の頭の中」に焦点化していく。このしなやかにつなげていく表現は作詞家としての志村正彦の力量を示している。

 「君と初めて会った時から」という出会いの時から、「僕の頭の中」は混沌としている。色々な想いが錯綜している。そうだからこそ、「僕」には「胸張って伝えたいことがね」がある。「空をまたいで 君に届けに行くから待ってて」と、「僕」の「伝えたいこと」を「君」に届ける物語が始まる。
 「待ってて」とあるのが志村らしい。「君」が待っている時の間に「僕」の想いを届けるために「全力で走れ」と、「僕」は僕自身を鼓舞する。僕自身に声援を送る。

 そして、「空をまたいで」「上空で光る 星めがけ」と、「空」と「星」という舞台が登場する。「U.F.Oの軌道に乗ってあなたと逃避行/夜空の果てまで向かおう」(『銀河』)、「星降る夜になったら/バスに飛び乗って迎えにいくとするよ」(『星降る夜になったら』)などの歌があるように、いつだって「空」と「星」は「僕」の走路の果てにある。

志村は「OKMusic」という音楽サイトのインタビューでこう答えている。


デモテープの段階から、サビの“全力で走れ”って言葉は浮かんだんですよ。そこから第三者に言っているんだろうなっていうのが漠然とあって…メッセージソングというか、誰かを応援している歌にしようと思ったんですよ。でも、それだとしっくりこなくて、全力で走れっていうのを“自分に言い聞かせているっていうのはどうだ?”って視点を変えてみたら、とてもしっくりいって。


 もともと「2009 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の「J SPORTS」中継テーマソングとして使われることが決まっていたのだろう。スポーツのメッセージソング、応援ソングという明確なテーマがあった。こういう歌はパターン的な歌詞に陥りやすい。でも、志村らしくどこか新しい色合いを付けたかった。「全力で走れっていうのを“自分に言い聞かせているっていうのはどうだ?”って視点を変えてみたら」と述べているが、この視点を変える、あるいは視点を複数化するというのは、志村の歌詞の特徴である。例えば『若者のすべて』でも、視点の転換や複数化が歌の物語を支えている。『Sugar!!』の場合、自分が自分に言い聞かせるというのは、自分を視点にして自分自身を対象にすることになる。そのような語りの方向が逆に功を奏して、この歌は自分を超えて他者へと第三者へとつながる力を得た。

 しかし、志村の歌詞はメッセージそのものを語ることはない。人生の応援ソングのようなものと最も遠いのが彼の歌である。『Sugar!!』の場合、「胸張って伝えたいこと」を「君に届けに行く」行為が、あえていうならばメッセージとなっている。その行為は「全力で走れ」に集約される。メッセージの内容ではなく、メッセージを伝えるという行為の方がテーマとされている。一種の「メタ・メッセージ」と呼べるかもしれない。

2019年3月10日日曜日

『コンプリート・シングルAB面集』の夢 [志村正彦LN213]

 僕は参加できなかったが、昨日、クボケンジ「夕方5時のチャイムからのクボの宵」が富士吉田市民会館小ホールで開催された。ネットの情報によると、曽根巧(ギター)・山本健太(キーボード)による3人編成、ライブ本編で志村正彦・フジファブリックの「タイムマシン」「若者のすべて」、本編最後がメレンゲ「ビスケット」。アンコール1曲目がメレンゲ「火の鳥」アンコール2曲目が「笑ってサヨナラ」だったそうだ。「ビスケット」「火の鳥」「笑ってサヨナラ」が終わりの三曲となった。「ビスケット」と「火の鳥」についてはこのブログで何度か書いてきた。クボケンジの志村への深い想いが込められた歌であると共にそれを普遍的なものへと昇華していったかけがえのない作品だ。そして志村の「笑ってサヨナラ」。この歌についてはいまだにここに書くことができないでいるが。この三曲は富士吉田という場で歌われるのにふさわしい。

 7月には2009年ツアー映像作品の上映会がある。志村正彦の生が閉じられて十年となる今年、みんなで彼を想う時を過ごせる機会が増えるだろう。

 今日の本題に入ろう。
 以前から何度か書いているが、志村正彦・フジファブリックの『コンプリート・シングルAB面集』がリリースされることが僕の夢である。
 事実上のベスト盤である『SINGLES 2004-2009』は現在も購入可能なので、購入不可能な『シングルB面集 2004-2009』の単独盤としての発売でもいいのだが、できることならA面とB面を合わせたアルバムが発売されないかとずっと願っている。

 CD『SINGLES 2004-2009』は、コンプリート・シングルA面集(全11曲)として2010年6月30日に初回生産限定盤(DVD2nd ビデオ・クリップ集「FAB CLIPS 2」付)、2010年9月1日に通常版が発売された。
 CD『シングルB面集 2004-2009』はコンプリート・カップリング集(全14曲)として2010年6月30日に『FAB BOX』【完全生産限定 BOX】中の1枚として発売された。シングルA面集とB面(カップリング)集は同じ日にリリースされたことになる。

 A面集とB面集の全曲を挙げてみよう。

『SINGLES 2004-2009』

1.  桜の季節 (5:11)
2.  陽炎 (4:56)
3.赤黄色の金木犀 (3:58)
4.銀河 (5:04)
5.虹 (4:45)
6.茜色の夕日 (5:41)
7.蒼い鳥 (6:43)
8.Surfer King (4:30)
9.パッション・フルーツ (4:17)
10.若者のすべて (4:56)
11.Sugar!! (4:11)

『シングルB面集 2004-2009』

1.桜並木、二つの傘 (4:57)
2.NAGISAにて (3:11)
3.虫の祭り (5:13)
4.黒服の人 (5:50)
5.ダンス2000 (4:41)
6.蜃気楼 (5:56)
7.ムーンライト (4:24)
8.東京炎上 (4:27)
9.Day Dripper (4:19)
10.スパイダーとバレリーナ (3:02)
11.Cheese Burger (1:07)
12.セレナーデ (4:25)
13.熊の惑星 (3:02)
14.ルーティーン (3:38)

 A面集が11曲とB面集が14曲、合わせて25曲になる。シングルは11枚あるが、6th、9th、10thシングルのカップリング曲が2曲あるのでこの曲数となる。事実上のベスト盤である『コンプリート・シングルAB面集』の25曲は、歌詞、楽曲、アレンジ、演奏、どの観点から言っても、日本語ロックの最高水準にある。個人的にはこの50年の日本語ロックのベスト盤中のベストだと断言する。

 この25曲にボーナストラックとしてあと5曲を追加して30曲のベスト盤を作成するとしたらどういう選曲になるだろうか。ファン一人ひとりで違ってくる。あれこれと考えてみるのもいいだろう。僕の好みからすると、「浮雲」「笑ってサヨナラ」(『アラモルト』収録)、「花」「夜汽車」(『フジファブリック』収録)、「タイムマシン」(『CHRONICLE』収録)になる。志村の人生を振り返るという視点で選んだ。叙情的でアコースティックな曲調が多い。この5曲を加えた全30曲が、僕の志村正彦・フジファブリックのベスト盤になる。
 そして前回の話につながるが、このアルバムは「桜の季節」で始まり「ルーティーン」で閉じられることになる。
 このブログを読んでいただいている方々はどんな選曲をするでしょうか。

 コンプリート・シングルAB面集やベスト盤のリリースを待ち望むのは自分にとってでもあるが、それ以上に、これを贈りたい人が何人もいるからだ。現在もそしておそらく未来にも。そのためにパッケージされたアルバムが存在してほしい。志村の歌詞をまとめた小詩集が付けばさらによい。志村正彦・フジファブリックから贈り物のように届けられた作品を誰かに贈り物として届けたいのである。
 2019年の夢である。


2019年3月3日日曜日

『桜の季節』から『ルーティーン』へ [志村正彦LN212]

 昨晩、「fujifabric.com」で次の情報が告知された。

2009年に行われたライブの映像作品のリリース&上映会の実施が決定!
志村正彦没後10年にあたる今年、7/10(水)に2009年に行われたライブの映像作品のリリースが決定しました。
また、発売直前の7/6(土)には、バンドとして所縁の深い、ふじさんホール(富士五湖文化センター)にて作品の上映會を行います。詳細は後日発表となりますので続報をお待ちください。

 2009年のライブ映像作品は僕たちファンが待ち望んでいたものだ。2009年のライブとあるので、『フジファブリック × FUJIFABRIC』『CHRONICLE TOUR』『デビュー5周年ツアー』のいずれかの映像なのだろうか。詳細は後日発表となる。志村正彦・フジファブリックのライブ映像には、日比谷野音(2006年5月3日)、渋谷公会堂(2006年12月25日)、両国国技館(2007年12月15日)、富士五湖文化センター(2008年5月31日)の各ライブDVD、『FAB MOVIES LIVE映像集』(『FAB BOX』)があるが、これまで空白だった2009年の歌と演奏が作品化されるのは、「志村正彦没後10年」の企画として最良のものだろう。


 前回、志村正彦の歌の軌跡は、1枚目のシングルA面『桜の季節』から11枚目のシングルB面『ルーティーン』へという流れの中にあると書いた。
  『桜の季節』は2004年4月14日、『ルーティーン』は2009年4月8日にリリースされた。たまたまだろうが、共に春の季節に聴き手に届けられた。どちらも桜の季節から少し過ぎた頃だが。

 一つの曲だけでなく、二つの曲を組合せてそこから見えるもの、複数の曲を横断するモチーフをたどること、そのような方法でこのblogのテキストを書いてきた。文学作品の批評や研究で使われている方法でもあるのだが、方法や理論を適用したというよりも、志村正彦・フジファブリックの作品を聴く過程で自然に浮かび上がったり偶然のようにして出会ったりしたモチーフから、そのような方法に近づいていった。九十数曲ある志村の作品から複数の作品を選び重ね合わせていけば、多様なテーマやモチーフが浮上してくる。私たち聴き手にはそのような自由が与えられている。

 『桜の季節』の歌詞はこう始まる。


  桜の季節過ぎたら
  遠くの町に行くのかい?
  桜のように舞い散って
  しまうのならばやるせない

  ならば愛をこめて
  手紙をしたためよう
  作り話に花を咲かせ
  僕は読み返しては 感動している!
 

 過去に二回ほど書いたが、志村正彦は『音楽と人』2004年5月号の記事でこの歌詞の「手紙」について「手紙を書いて、そこで終了している曲です」と語っている。「そこでまたひとりになると」というインタビュアー(上野三樹)の問いに対して「そうですね」と答えている。

 歌の主体「僕」は「愛をこめて」「手紙」を書く。しかし投函しない。宛先人に届くことはない。「手紙」を通じて差出人と宛先人が現実の関係を結ぶことはない。「手紙」は「僕」のもとに留まり、「僕」はふたたび「ひとり」になる。このようなあり方はまさしく志村正彦的だとしか言いようがない。
 そうだとしても、「作り話に花を咲かせ/僕は読み返しては 感動している!」とされた「作り話」がどこかに届けられることはないのだろうか。その「作り話」には「愛」がこめられているのだ。

 その「作り話」は作品として届けられたと、聴き手の立場から考えてみるのはどうだろうか。作品内の現実を超える聴き手の現実の中で。
 作者は「私信」ではなく「作品」として届けようとした。志村正彦が書いた九十数曲の「作品」を「愛をこめた」「手紙」だと捉えることから、どのような世界が開けるか。2019年の今、僕はそう考えている。

 「手紙」にこめられた「愛」は深く隠されている。作者の想いはつねにすでに作品の余白に隠されている。『茜色の夕日』でも『若者のすべて』でも、歌の主体が本当に伝えたいことは深い底の方に沈み込んでいる。しかし、その底の方から浮かび上がる想いがそのまま伝わってくる作品もある。『ルーティーン』はそういう歌ではないだろうか。


  さみしいよ そんな事
  誰にでも 言えないよ

  見えない何かに
  押しつぶされそうになる

  折れちゃいそうな心だけど
  君からもらった心がある


 『桜の季節』の「僕」が投函しなった「手紙」には、この『ルーティーン』の歌詞のような言葉が書き込まれていたのかもしれない。もちろん、その手紙は投函されなかったのだが。そしてまた、『ルーティーン』の歌詞を「手紙」の言葉になぞらえたとしても、結局、その『ルーティーン』という「手紙」は「君」に届けられたわけではないだろう。手紙の本文はそのままそこに留まる。

 『桜の季節』から『ルーティーン』へと続く軌跡を投函されない「手紙」というモチーフで描いてみた。『ルーティーン』は、本文の後に続く「追伸」のような言葉で終了する。
 「愛」がこめられた追伸である。


  日が沈み 朝が来て
  昨日もね 明日も 明後日も 明々後日も ずっとね