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2019年4月21日日曜日

『FAB BOX III』の時と場 [志村正彦LN217]

 新年度の授業が始まって二週間。担当授業や参加会議が増えて、忙しい毎日を送っている。今年は若い先生が六人ほど新任として赴任された。授業のことなどで話し合う機会もあり、学ぶことが多い。色々と刺激も受け、その時間を愉しんでもいる。甲府という地方都市にある小さな人文系大学として、その存続と発展のための議論も続けている。

 山梨の高校生がみんな東京を始めとする県外に出て学ぶことができるわけではない。それを希望したとしても経済的なことやその他の理由で県内に留まることも少なくない。山梨に質の高い高等教育があること。それを一人の教師として一人の山梨県人として切に願っている。僕の場合は願うというよりも、当事者でもあるので非力ではあるが実践していかねばならない。職業人としてはおそらく最後の仕事になるわけだが、「山梨の文化」には徹底的にこだわりたい。
 今ここにいる「時」と「場」、季節と風景、知性と感性、それらを深く掘り下げていくことが世界への通路も開いていく。言葉で描くのは簡単だが教育の実践としてはなかなか困難な課題だ。

 フィールドは全く異なるが、ある意味では志村正彦・フジファブリックの作品もそのような志向性を持っていた。
 確か、2008年の富士吉田市民会館でのコンサートの際に「富士吉田から世界へ フジファブリック」という標語が富士急行線の駅に掲げられていたようだ。幾分か大げさで気恥ずかしくもある表現かもしれないが、この標語はまっすぐにそのまま受けとめればいい。フジファブリックは傑出した日本語ロックバンドだが、世界という場で評価されるべきバンドである。とりあえず僕という聴き手の経験を根拠とするしかないが、70年代の英米の優れたバンドと同一の位相に存在し、ある面ではそれ以上の水準に達している。

 70年代前半、イギリス起源のプログレッシヴロックは、ドイツ、フランス、イタリアに波及していった。その波は日本語ロックにも影響を与えた。70年代の四人囃子、00年代のフジファブリックはその最良の達成である(この二つのバンドの活動開始にはおよそ三十年の隔たりがあるが、2008年に共演していることは必然であった)。
 フジファブリックには言葉の壁を超えて、あるいは言葉の壁をある種の方法にして、世界への扉を開けていく可能性があった。

 このところ、フジファブリックの公式サイトから色々な発表が続いている。
 予告されていた2009年の映像作品は、オフィシャル・ブートレグ映像シリーズDVD BOX<完全生産限定盤(オリジナルグッズ付予定)>『FAB BOX III』とて下記の内容で7月10日、志村正彦の誕生日にリリースされる。

「Official Bootleg Live & Documentary Movies of “CHRONICLE TOUR”」DVD
「Official Bootleg Movies of “デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!!”」DVD
“CHRONICLE TOUR ver. ” 発売記念復刻オリジナル・グッズ付(予定)
“デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!! ver.” 発売記念復刻オリジナル・グッズ付(予定)
“CHRONICLE TOUR” SPECIAL PHOTOBOOK付
“デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!!” SPECIAL PHOTOBOOK付.

  2019年という15周年を記念する特別BOXとして、2010年の『FAB BOX Ⅰ』、2014年の『FAB BOX Ⅱ』に続くシリーズⅢという位置づけである。2枚のDVDと各々のグッズとフォトブックという豪華な構成。その2枚のDVDは「オフィシャル・ブートレグ映像シリーズDVD」と呼ばれている。単品でも販売されるのはありがたい。
 SONYMUSICのフジファブリック「インフォメーション」では次のように経緯が述べられている。やや長文になるが引用したい。


2009年12月24日、ボーカル/ギターの志村正彦が、享年29歳にて急逝。
自らのリアルな感情のすべてを搾り出した渾身の4thアルバム『CHRONICLE』を同年5月にリリース後、アルバムを携えた全国ツアー「CHRONICLE TOUR」、秋からスタートした「デビュー5周年ツアーGoGoGoGoGoooood!!!!!」とひたすら走り続けた2009年、まだまだ勢いを増し続ける真っ只中の急逝でした。
以降、2009年までのフジファブリックの映像として『FAB BOX』『FAB BOXⅡ』をリリースして来ましたが、この最後の2009年の2つのツアーだけはどうしても作品化することが出来ませんでした。
そして2019年の今年、志村正彦の没後10年を迎えます。
志村が身を削るようにして生み出した楽曲の数々、フジファブリックの姿を次の10年に伝えるため、ご遺族、メンバー、スタッフで何度も話し合い、この生前最後の年を映像作品化することにしました。
今作は、これまでのフジファブリックの映像作品とは少し異なり、オフィシャル・ブートレグ映像作品となります。
激動の2009年、この年に限ってツアーにカメラを入れていなかったため、そのほとんどは記録用の固定カメラ1台で収録されたものとなります。
そんなまるでブートレグのような映像ですが、それでも志村正彦を、あの当時のフジファブリックの姿を見ることが出来る唯一の貴重な映像素材のため、ここに"オフィシャル・ブートレグ映像シリーズ"として記録します。


 このインフォメーション欄は時々接してきたが、今回の言葉にはいつもより想いが込められているように読んだ。「志村が身を削るようにして生み出した楽曲の数々、フジファブリックの姿」を伝えるために「ご遺族、メンバー、スタッフで何度も話し合い」というところに、このBOXの成立の全てが語られている。特に志村さんのご家族にとっては長い間にわたり望まれていた作品の実現であろう。そして僕たち志村正彦・フジファブリックのファンもまた待ち望んでいたものである。

 それにしても「オフィシャル・ブートレグ」というシリーズ名には驚かされた。記録用の固定カメラ1台で収録されたために、映像の質は「ブートレグ」風であるが「オフィシャル」公式のDVD作品として発売されるということのようだ。「ブートレグ」という言葉で想いだすのは、学生時代に通った西新宿のレコード店だ。輸入盤コーナーには必ず「ブートレグ」(当時は「海賊版」という呼び方をしていたが)があった。いかにも質の悪そうなジャケットがそれ風の雰囲気を醸し出していた。そのあやしさがロック的だったが。

 「オフィシャル」作品であるから現在の高度な技術で完成度を高めているだろう。ファンにとっては記録用の固定映像であっても何でも、入手して鑑賞できればうれしい。見方を変えれば、会場にいる臨場感があるかもしれない。観客目線がかえって新鮮であり、発見があるかもしれない。などという肯定的な言葉をここでは連ねよう。(でも正直言うと映像の質が少し気になる。リリース後に自分の目で確かめるしかないのだが)

 僕個人としては、「“CHRONICLE TOUR”」DVD収録曲の中に『ルーティーン』があったことに、とても心が動かされた。『ルーティーン』のライブ映像を見ることができる。聴くことができる。この一点だけでもこのDVDは価値がある、そんな気持ちさえする。

 ネットを探して、“CHRONICLE TOUR”に行かれた方々のブログを読むと、『ルーティーン』はアコースティック・コーナーの曲として歌われたそうだ(コーナーといってもこの曲だけだった)。志村・山内・加藤はアコギ(?)、サポートドラム刄田綴色はカホン(?)を椅子に座って演奏し、金澤ダイスケだけが立ってメロディオンを奏でたようだ。

 『ルーティーン』一曲が「アコースティック・コーナー」であり、特別な「時」と「場」が用意された。志村正彦がどのような表情をして歌ったのか、どのような声で『ルーティーン』の言葉を伝えようとしたのか。リリースへの期待が高まる。このDVDには、スウェーデンレコーディングの未収録オフショット映像が入るのも楽しみでもある。

 『ルーティーン』は日々繰り返される「時」と「場」のつながりを歌っている。2009年生演奏の「時」と「場」が、十年を経て、2019年に再生される。

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