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2019年3月17日日曜日

『Sugar!!』のメタ・メッセージ [志村正彦LN214]

 フジファブリック『Sugar!!』(詞・曲:志村正彦)は、ユニバーサルミュージックの公式サイトで「紆余曲折を乗り越え、フジファブリックがフジファブリックとして改めてスタートラインに立つきっかけともなった初のメッセージソング」と紹介されている。
 「初のメッセージソング」だとされる『Sugar!!』の歌詞を読んでみよう。第一ブロックを引用する。


  いつだって こんがらがってる 今だって こんがらがってる
  僕の頭の中

  それは恐らく 君と初めて会った時から

  本当はこの僕にだって 胸張って伝えたいことがね
  ここにあるんだ

  空をまたいで 君に届けに行くから待ってて

  全力で走れ 全力で走れ 36度5分の体温
  上空で光る 上空で光る 星めがけ


 「いつだって」「今だって」と韻が踏まれる。音の響きが面白い「こんがらがってる」が繰り返されて「僕の頭の中」という言葉で綴じられ、閉じられる。音で軽やかに遊びながら「僕の頭の中」に焦点化していく。このしなやかにつなげていく表現は作詞家としての志村正彦の力量を示している。

 「君と初めて会った時から」という出会いの時から、「僕の頭の中」は混沌としている。色々な想いが錯綜している。そうだからこそ、「僕」には「胸張って伝えたいことがね」がある。「空をまたいで 君に届けに行くから待ってて」と、「僕」の「伝えたいこと」を「君」に届ける物語が始まる。
 「待ってて」とあるのが志村らしい。「君」が待っている時の間に「僕」の想いを届けるために「全力で走れ」と、「僕」は僕自身を鼓舞する。僕自身に声援を送る。

 そして、「空をまたいで」「上空で光る 星めがけ」と、「空」と「星」という舞台が登場する。「U.F.Oの軌道に乗ってあなたと逃避行/夜空の果てまで向かおう」(『銀河』)、「星降る夜になったら/バスに飛び乗って迎えにいくとするよ」(『星降る夜になったら』)などの歌があるように、いつだって「空」と「星」は「僕」の走路の果てにある。

志村は「OKMusic」という音楽サイトのインタビューでこう答えている。


デモテープの段階から、サビの“全力で走れ”って言葉は浮かんだんですよ。そこから第三者に言っているんだろうなっていうのが漠然とあって…メッセージソングというか、誰かを応援している歌にしようと思ったんですよ。でも、それだとしっくりこなくて、全力で走れっていうのを“自分に言い聞かせているっていうのはどうだ?”って視点を変えてみたら、とてもしっくりいって。


 もともと「2009 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の「J SPORTS」中継テーマソングとして使われることが決まっていたのだろう。スポーツのメッセージソング、応援ソングという明確なテーマがあった。こういう歌はパターン的な歌詞に陥りやすい。でも、志村らしくどこか新しい色合いを付けたかった。「全力で走れっていうのを“自分に言い聞かせているっていうのはどうだ?”って視点を変えてみたら」と述べているが、この視点を変える、あるいは視点を複数化するというのは、志村の歌詞の特徴である。例えば『若者のすべて』でも、視点の転換や複数化が歌の物語を支えている。『Sugar!!』の場合、自分が自分に言い聞かせるというのは、自分を視点にして自分自身を対象にすることになる。そのような語りの方向が逆に功を奏して、この歌は自分を超えて他者へと第三者へとつながる力を得た。

 しかし、志村の歌詞はメッセージそのものを語ることはない。人生の応援ソングのようなものと最も遠いのが彼の歌である。『Sugar!!』の場合、「胸張って伝えたいこと」を「君に届けに行く」行為が、あえていうならばメッセージとなっている。その行為は「全力で走れ」に集約される。メッセージの内容ではなく、メッセージを伝えるという行為の方がテーマとされている。一種の「メタ・メッセージ」と呼べるかもしれない。

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