2025年12月31日水曜日

2025年


  大晦日の今日、2025年を振り返りたい。


 志村正彦・フジファブリックについてまず述べたい。

 2月にフジファブリックが活動を休止した。「フジファブリック LIVE at NHKホール」という休止前最後のライブがあったが、2010年以降の楽曲だけが演奏された。山内総一郎・金澤ダイスケ・加藤慎一の所謂「三人体制フジファブリック」の集大成となっていた。2024年8月の「フジファブリック 20th anniversary SPECIAL LIVE at TOKYO GARDEN THEATER 2024「THE BEST MOMENT」」は志村曲を映像と共に演奏するという特別な演出によって、志村への感謝とリスペクトを表現した。このライブは「志村正彦・フジファブリック」の集大成という意味合いが濃かった。2024年8月と2025年2月の二つのライブによって、フジファブリックの活動の円環はひとまず(とやはり書くべきなのだろう)閉じられた。

 今年もまた「若者のすべて」は夏の名曲としてよく聴かれていた。7月、マクドナルド・ハンバーガーのCM『大人への通り道』篇では志村の歌による「若者のすべて」が使われていた。夏のベストソング的な歌番組でも取り上げられ、いつも上位の位置にいた。

 志村正彦の命日12月24日の夜、片寄明人氏がX(@akitokatayose)の呟きで〈21年前、一緒にレコーディングした時の紙〉、『陽炎』の草稿ノートの画像を添付したことが、筆者にとって志村に関わる今年最大の出来事であった。この草稿については前回まで連続四回で書いてきた。草稿の〈出来事が 僕をしめつける〉から完成版の〈残像が 胸を締めつける〉への修正。〈僕〉と〈胸〉という漢字一文字の変化だが、その変化が意味するものを考察した。


 筆者個人の仕事についても触れたい。今年は原稿を書いたり、そのための調査や準備をしたりする日々が続いた。各々の仕事をなんとか仕上げることができて安堵している。

 筆者が探究しているテーマは大別すると次の三つである。

1.芥川龍之介(特に、晩年の夢をモチーフとする小説のテクスト分析。関連して、志賀直哉・谷崎潤一郎・内田百閒の夢小説)

2.志村正彦・日本語ロックの歌詞(歌詞のテクスト分析、歌詞の系譜や文化・社会的背景)

3.山梨出身やゆかりの作家とその作品(飯田蛇笏・太宰治、その他の作家たち)

1.については今年も「山梨英和大学紀要」に〈芥川龍之介「海のほとり」の分析〉を発表した。4年間連続で芥川や志賀の夢小説のテクスト分析を試みている。来年3月に新しい論文が掲載予定である。なお、これらの論文はすべて山梨英和大学のHPや電子ジャーナルプラットフォームのJ-STAGEで公開されている。

2.は〈この偶景web〉の批評的エッセイとして書いているが、今年はその回数が少なかった。この点は課題として筆者は受けとめている。

3.に関しては「山廬文化振興会会報」の第35・36・37号に、「蛇笏と龍之介」というシリーズで、各々、昭和二年の交流とその後の軌跡、「生存の実」と「第三の写生」、飯田蛇笏と小説というテーマで執筆した。昨年の第34号掲載の「甲斐の山」と併せて、全四回で完結することができた。この連載の概要を10月3日の「飯田蛇笏・飯田龍太文学碑碑前祭」で講演した。

 太宰治については、甲府での生活に基づいた甲府物語「新樹の言葉」と代表作「走れメロス」との関係についての批評を書いた(来年3月に発表予定)。これに関連して、11月3日、こうふ亀屋座で〈甲府 文と芸の会〉の第1回公演〈太宰治「新樹の言葉」「走れメロス」の講座・朗読・芝居の会〉を開催した。有馬眞胤さんの独り芝居とエイコさんの津軽三味線による「走れメロス」は、小説の全文を暗記して声と語りによってその世界を再現するという独自なものであり、観客を魅了した。来年もこのスタイルの公演を開催する計画である。


 この〈偶景web〉に関しては8月にリニューアルした。上記の筆者の研究や活動に対応するために、当初はこのブログを分割することを検討したが、結論としては、この〈偶景web〉にすべてをまとめることを選択した。現状では、分離するよりも統合する方が円滑に進むと考えたからである。ただし、〈偶景web〉の主要コンテンツが〈志村正彦ライナーノーツ〉であるのはこれまで通りである。このリニューアルによって、志村正彦とその作品をより広い文脈のなかで位置づけたいと思っている。


 この一年間、どうもありがとうございました。


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