2023年9月17日日曜日

ヴァンフォーレ甲府にチカラを! ACL「真っ向、アジア」

  ヴァンフォーレ甲府のACLでの闘いがいよいよ始まる。9月20日、オーストラリア・メルボルンでアウェイの試合、10月4日、東京の国立競技場でホームの試合が開催される。山梨という小さな県の経営的にも小規模のJ2チームが、海を越えて、アジアの大舞台に登場する。添付画像にあるように「真っ向、アジア」。畏れるものもなく、失うものもない。純粋にサッカーによって、オーストラリア・タイ・中国のチームや人びとと交流することができる。



 ACLは、アジアサッカー連盟(AFC)主催の「AFCチャンピオンズリーグ」の略称。2023年9月からグループリーグがスタートし、2024年5月に決勝が行われる。VF甲府の全日程は以下の通り。全試合がDAZNで放送される。


① 9.20(水)19:00 アウェイ:Melbourne Rectangular(オーストラリア) 
   メルボルン・シティVS 甲府 

② 10.4(水)19:00 ホーム:国立競技場 
   甲府VS ブリーラム・ユナイテッド  

③ 10.25(水)19:00 アウェイ:Huzhou Olympic Sports Center(中国) 
   浙江FC VS 甲府  

④ 11.8(水) 19:00 ホーム:国立競技場 
     甲府 VS 浙江FC   

⑤ 11.29(水)19:00 ホーム:国立競技場
     甲府 VS メルボルン・シティ  

⑥ 12.12(火)19:00 アウェイ:Buriram Stadium(タイ) 
       ブリーラム・ユナイテッドVS 甲府   



 AFCの公式ページには、VF甲府のレジェンド山本英臣の記事も掲載されている。WED, 13 SEPTEMBER, 2023 〈Ventforet legend Yamamoto ready to cherish AFC Champions League™ experience〉こういう記事を読むと、甲府がアジアで闘う実感がわいてくる。


 佐久間悟社長は「山梨日日新聞」2023年9月5日付の記事で、ACLに出る意味と目標を次のように述べている。


「存続の危機を乗り越え、サポーターや山梨県サッカー協会、行政ら多くの人に支えられてきた。Jリーグの中で地方クラブのモデルケースとなり、昨季に天皇杯を優勝して出場できる。県民や県ゆかりの皆さまとともに出るということはあるが、同時に今まで関わりのない東京や首都圏の人にクラブを知ってもらえる」

「試合の設営や戦い方などでVF甲府らしさを表現し、『面白いね』と思われればいい。ローカルなクラブから全国、世界へ一歩を踏み出すようなきっかけにしたい」

「国立競技場で行うホームゲームの観客動員数は平均1万人を超えたい。県民にとっては交通費もかかり、(チケット価格を抑えて)多くの人に娯楽としてフットボールを楽しんでもらいたいと考えた。みんながスタジアムに足を運び、一体感をつくる場にしたいし、それがクラブの目指す方向」


 本来は山梨県でホームゲームを行うのだが、小瀬スポーツ公園陸上競技場(JIT リサイクルインク スタジアム)がACLのスタジアム基準を満たしていないので、代替として国立競技場になった経緯がある。かなり前から新しい総合球技場(サッカー等の専用スタジアム)建設の構想があるのだが、まだ実現に至っていない。極めて残念なことだが、佐久間社長が言うように、東京や首都圏の人が観戦や応援をしてくれるというポジティブな価値もある。チケット価格は、プレミアムシートは別として、通常のシートのカテゴリー1~7までが5,000円~2,000円と国立競技場開催の国際試合としては破格の安さである。

 10.4(水)のチケットの先行販売(シーズンシート個人会員やヴァンクラブ会員向け)が昨日から始まったので、私も早速チケットを購入した。夕方仕事を終えてから国立に向かう予定だ。一般の発売は9月23日からで、Jリーグチケットなどで購入できる。


 佐久間社長は先ほどの記事の終わりでこう述べている。

「みんなでVF甲府を応援してもらいたい。国立競技場だからいってみようかなという、他クラブのサポーターもいると思う。そういう人も含め、サッカーを楽しんでもらえるイベントにしたいと考えているので、ぜひスタジアムに足を運んでいただければと思う」


 このブログでは何度か紹介したが、今回もやはり、志村正彦の言葉を紹介したい。2009年12月5日付の志村日記には〈甲府がJ1に上がった日は嬉しくて乾杯したな、そういやあ。〉と書かれている。志村も天皇杯優勝やACL出場を喜んでくれたことだろう。

 東京やその近郊の方で、サッカーファン、スポーツ観戦の好きな方、山梨に親しみを感じている方々にお願いを申し上げます。10.4(水)、10.25(水)、11.8(水)に国立競技場開催のACLホームゲームに足を運んでいただき、ヴァンフォーレ甲府を応援してください。

 よろしくお願いいたします。


2023年9月10日日曜日

夢の領野の〈ソレ〉 [志村正彦LN337]

 志村正彦・フジファブリック『唇のソレ』(詞・曲:志村正彦)の楽曲は夢のなかで「睡眠作曲」によって作られたが、歌詞も夢に影響によって作られたのではないだろうか。「催眠作詞」、夢工作による作詞の過程である。

 『唇のソレ』の結びの一節である。


  それでもやっぱそれでいてやっぱり唇のソレがいい!


  〈それでも〉〈それでいて〉〈ソレがいい〉の〈それ〉音の反復と連鎖。〈やっぱ〉〈やっぱり〉の音の反復。それらの音がもつれ合いながら複雑に絡み合って、〈唇のソレがいい!〉と歌われる。音の連鎖と反復によって〈ソレ〉は発話されたのだが、イメージとしても夢の領野に登場したのではないだろうか。


 ジャック・ラカンは『精神分析の四基本概念』の「Ⅵ 目と眼差しの分裂」で、〈夢の領野ではさまざまなイメージの特徴とは、「それが現れる」ということです〉と指摘し、次のように述べている。(改訳文庫版「上」p.166-167)


  夢テクストを座標の中に位置づけ直してみてください。そうすれば「それが現れる」が前面に出ているのが解るでしょう。それは、それを位置づけるさまざまな特徴とともにあまりに前面に出ているので――それらの特徴は、覚醒状態において熟視されているものなら持つはずの地平という性質を持たず、閉じているということや、また夢のイメージの方から出現してきたり、陰影をなしたり、シミになったりするという性質、さらにはそれらのイメージの色が強調されたりすることなどですが――夢における我われの位置は、結局のところ本質的には見ている人の位置とは言えないほどです。


 夢の中で〈それ〉が現れる。〈それ〉はあまりにも前面に出ている。〈それ〉は陰翳をなしたり、シミになったり、色が強調されている。夢の中の〈それ〉とは〈それ〉としか名付けられないものである。私たちは夢の中で〈それ〉に出会う。〈それ〉は人であったり物であったり風景であったりするが、現実の〈それ〉とは異なっている。また、説明しようもなく、〈それ〉としか伝えられない感触がある。〈それ〉は覚醒後に消えていく。覚醒直後は記憶が残っていたとしても、時間の経過と共に、実質が失われ、〈それ〉としか言いようのないものに変質する。


 志村正彦が『唇のソレ』で歌いたかった〈ソレ〉は、具体的には〈唇の脇の素敵なホクロ〉だった。唇の〈ホクロ〉は、〈僕〉の欲望の対象である。フロイトもラカンも、夢は主体の欲望を成就すると述べている。

 唇の〈ホクロ〉が〈僕〉の夢のスクリーンに登場する。〈ホクロ〉は夢の前面に現れて、陰翳をなし、シミのように浮かんでくる。〈ホクロ〉は次第にその具象性を剥ぎ取られ、〈ソレ〉としか名付けられない、曖昧なとらえがたいものに変換されてゆく。夢のなかで欲望の対象は次第に享楽の対象となっていく。〈ソレ〉は〈僕〉の享楽の対象と化す。


2023年8月27日日曜日

享楽の〈ソレ〉 [志村正彦LN336]

 志村正彦・フジファブリック『唇のソレ』(詞・曲:志村正彦)に戻りたい。全歌詞を再び引用する。


手も目も鼻、耳も 背も髪、足、胸も
どれほど綺麗でも意味ない

とにもかくにもそう
唇の脇の素敵なホクロ 僕はそれだけでもう…

Oh 世界の景色はバラ色
この真っ赤な花束あげよう

いつかはきっと二人 歳とってしまうものかもしれない
それでもやっぱそれでいてやっぱり唇のソレがいい!

さあ 終わらないレースの幕開け
もう 世界の景色はバラ色
この真っ赤な花束あげよう

いつかはきっと二人 歳とってしまうものかもしれない
それでもやっぱそれでいてやっぱり唇のソレがいい!


 この作品は「睡眠作曲」で作られたが、楽曲だけでなく、歌詞にも何らかの影響を与えたのではないだろうか。言うならば、「催眠作詞」のような過程である。睡眠中の活動である夢が歌詞に大きく関わっていると考えてみたい。

 この歌詞の〈バラ色〉の〈景色〉を持つ〈世界〉を夢の中の世界としてみる。そうすると、この歌詞全体を〈僕〉が夢の世界に入っていく過程を歌っていることになる。歌詞は大きく二つに分けられる。区切れ目は〈僕はそれだけでもう…〉の〈…〉。〈…〉の前は睡眠前の場面、〈…〉の後は夢の場面と覚醒時の場面として捉えてみよう。


 〈僕〉の眼差しは、〈手〉〈目〉〈鼻〉〈耳〉〈背〉〈髪〉〈足〉〈胸〉という身体の部位に注がれる。この身体は〈僕〉が愛する女性のものだろう。しかし、それらの部位は〈どれほど綺麗でも〉〈意味〉が〈ない〉。

 それらの代わりに〈素敵〉だと讃えられるのが〈唇の脇〉の〈ホクロ〉。口唇の脇にあるという位置が要だ。その場所の〈ホクロ〉に対して、〈僕〉は〈それだけでもう…〉と語る。〈…〉で省略されているところには、愉悦を意味するような言葉が入るだろう。〈唇の脇〉の〈ホクロ〉は無意識の次元で、〈僕〉の享楽の対象となる。


 〈…〉の空白を経て〈唇の脇〉の〈ホクロ〉に対する享楽が無意識の次元で開かれていくと、〈僕〉は夢の世界に入り込む。夢の中の〈世界の景色〉は〈バラ色〉である。〈僕〉は〈唇の脇〉に〈ホクロ〉がある女性に〈真っ赤な花束〉をあげようとする。〈バラ色〉の夢の世界は〈真っ赤な花束〉でさらに染め上げられる。色合いが濃くなり、香りも濃厚になる。視覚と嗅覚が夢の中で混ざり合う。この場面では、男女の間に交わされるエロスが夢の世界に現れると解釈してみたい。その混沌とした映像や感覚が〈唇のソレ〉へと収斂していく。


 この〈二人〉は〈歳とってしまうものかもしれない〉という一節は、夢からの覚醒を告げているかもしれない。覚醒後、〈僕〉は〈それでもやっぱそれでいてやっぱり〉と夢を振り返り、〈唇のソレがいい!〉と宣言する。〈唇〉の脇にある〈ソレ〉は、〈僕〉の享楽の対象の〈ソレ〉であるのだから。享楽ではあるが、ここにはユーモアの感覚もある。ある種の明るさや大らかさにつながっている。


    (この項続く)


2023年8月20日日曜日

虹が空で曲がっていた [志村正彦LN335]


 虹が空で曲がっていた。




 七月下旬、石和の鵜飼橋近くの笛吹川通りを車で走行していた。急に雨が強く降ってきたがすぐにやんだ。その直後の時だった。助手席の妻が「虹!」と声を上げた。車を道沿いの店に止めて、スマホで撮影したのがこの画像だ。

 虹は、笛吹川を挟んで、青い空の地上近くの空間で、美しい曲線を描いていた。(画像では微かに見えるだけだが、上の方にもう一つの虹がかかっている。)虹の真中の下で、左側の大菩薩山系の稜線と右側の御坂山系の稜線が重なり合う。(その御坂山系の向こう側に富士吉田はある。)青い空と白い雲の群れが真夏のピークを示すように限りなく広がっていく。

 180度の視界の中でこのように曲がる虹を見たことは初めてだった。いつも、虹は途中でうすくなったり途切れていたりした。つまり、ある部分だった。地平線の上に現れる虹は円弧を描いていた。全体としての虹。虹の全景と考えてよいだろう。虹の全景は確かに空で曲がっている。


 志村正彦・フジファブリック『虹』の一節「虹が空で曲がってる」とは、こういう風景を表現したのではないか。

  以前このブログで、志村はなぜ「虹が空で曲がってる」と描いたのか、という問いを発したことがある。その際は次のように考えた(「虹が空で曲がってる」ー『虹』1 [志村正彦LN136])。


 現実にそのような景色を見たからだというのが、当たり前ではあるが、最も根拠のある答えだろう。しかし、虹が曲がる風景を見たとしても、それをそのまま言葉にするかどうかは、まさしくその表現者による。私たちは慣習化した言い回しを使いがちだ。何かを見出したとしても、その次の瞬間には、そのありのままの風景を忘れ、慣れきった言葉の世界に安住してしまう。
 志村はおそらく実際に見たことを描いている。実際に感じたことを述べている。「虹が空で曲がってる」は「実」の風景なのだ。「実」はありのままの世界であり、ありのままの感覚を生きることだ。優れた詩人は「実」を描く。言葉に変換する。その表現がありきたりな表現を越えていく。


 「虹が空で曲がってる」は「実」の風景だと書いたのだが、僕自身はそのような風景を実際に見たことはなかった。いつかその機会が訪れるかもしれない、とずっと思っていたのだが、この日の虹はまさしく空で曲がっていた。歌詞の言葉と現実の光景が融合した。


 志村の歌詞は自然の風景や景物に触発されて動き始めることが多い。山梨で暮らし、志村の歌詞に親しんできた僕はときどき、この地の風景や景物から志村の歌詞の一節を想起することがある。


 吉本隆明は、中原中也を「自然詩人」と位置づけ、「こういう詩人は詩をこしらえる姿勢にはいったとき、どうしても空気の網目とか日光の色とか屋根や街路のきめや肌触りが手がかりのように到来してしまうのである。景物が渇えた心を充たそうとする素因として働いてしまう」と述べている。(『吉本隆明歳時記』1978)


 志村正彦も吉本の言う意味での「自然詩人」であろう。「週末 雨上がって 虹が空で曲がってる」という光景の到来と共に、「グライダー乗って 飛んでみたいと考えている」「不安になった僕は君の事を考えている」「言わなくてもいいことを言いたい」というように、「僕」の思考や感覚、欲望や想像が心の中で回転していく。


 「虹」が空で曲がり、「僕」の言葉が巡りだし、「世界」が回りはじめる。


2023年7月30日日曜日

「睡眠作曲」[志村正彦LN334]

 志村正彦は〈フジファブリック 『FAB FOX』インタビュー〉で、『唇のソレ』は〈夢の中で作ったんですよ〉と述べている。『志村日記』(『東京、音楽、ロックンロール』)の2004年10月20日分は「睡眠作曲」と題して、次のことが書かれている。

      

 ライブ、ラジオ、取材、リハ、ライブ、ラジオ、取材、リハ。つて感じの毎日で忙しいです。はい。
 それもあって、遂に!
 やりました…やりましたよ!
 夢の中で曲を作りました! これ、ずつとやりたかったことです。この日が来ることを待ってました。
 夢の中でですね、バンドで新曲作りのセッションをしていたのです。そしてある程度まとまつてきたところで俺は気付いたのです。
「これ、夢だ…まずい! 起きたら忘れてしまう!」と。そしてメンバーに、「多分、今、夢の中だから起きたら忘れてしまいそうだから、もう何回か確認のために通してもらっていい?」と言って、各パートを覚えました。そして、「もう大丈夫だ。起きるぞ!」と言って目を覚まし、すぐレコーダーに吹き込んだのでした。
 あのポール・マッカートニーも名曲“イエスタデイ”を寝てる時に作ったらしいです。でもまあ、そこまでちゃんとしたものでは全然なかったのですが。
 しかしこれ。毎夜できたなら最高です。何故なら今、曲作りに費やしている時間を、映画観に行ったり本読んだり、バッティングセンター行ったり、漫画喫茶に行ったりできますし。で、寝て、朝起きたら曲がポン!ですよ。そこを目指したいと思います。
 それに朝ちょっと体が重いとき、「曲作りをする為に寝ますわ」と言えますしね。


 この2004年10月20日の「睡眠作曲」という日記には具体的な曲名は記されていないが、先ほど引用したインタビューでは『唇のソレ』と明記されている。また、『FAB BOOK』にも『唇のソレ』について次のコメントが載っている。


「睡眠作曲って言ってるんですけど、これは夢の中でつくった曲で、その夢の中で加藤さんがこういうふうに弾いてたんで、そのとおりに弾いてくれっていう話をしたんです」(志村)


 『志村日記』2004年10月20日の〈夢の中で曲を作りました! これ、ずつとやりたかったことです。この日が来ることを待ってました〉というのは『唇のソレ』であると考えて間違いはないだろう。つまり、「睡眠作曲」による初めての完成作がこの曲だった。


 「睡眠作曲」とはどのようなものか。「睡眠作曲」とは厳密にいえば「睡眠作曲の夢」によって作られる曲であるので、夢の形成という観点から考えてみたい。

 まず自分自身の夢を振り返ると、音楽が聞こえてくる夢を見たことはほどんどない。ほとんどない、と書いたのは、ロックバンドのライブ演奏の夢を見たことは何度かあるからだ。(その中の一つはフジファブリックだったような気もする。実際の演奏を聞いたことはないのだが)それでも、そういう夢はライブ演奏の場にいるという出来事が中心である。覚醒直後はその場面の映像の記憶はある程度残る。しかし、音は補助的なものにすぎないためか、その記憶は残らない。

 志村正彦の場合、流石と言うべきか、夢の中で音楽を演奏し作曲している。精神分析の創始者ジグムント・フロイトは、『夢解釈』(1900年)で、夢は欲望の成就であると説いた。フロイトの夢理論に依拠すれば、志村の作曲への欲望が「睡眠作曲」の夢をもたらしたと考えられる。夢は無意識によって形成される。志村が無意識の中で作曲を進めていた楽曲が、自らの欲望成就のプロセスによって、顕在的な夢として生み出されたのだろう。

 そう考えているうちに、文章を書いている夢を見たことが何度もあることを思い出した。言葉が文字として見えてくる。その文字つなげていくと何らかの意味が作られていく。夢の中ではある種の手応えを感じることもあるのだが、夢からの覚醒後は何も覚えていない。文字はすぐに消えていった。僕の場合は、言葉、文字に対する無意識の欲望を成就する夢だったのであろう。


 『志村日記』2005年1月10日「再び山梨に。」では、曲作りについて〈今年は地道につくっていきたいですね。あ、睡眠作曲はやっていきますけど。〉とある。『唇のソレ』以降、「睡眠作曲」によって作られた完成曲があるかどうかは分からないが、夢や無意識の形成物が志村正彦の作品に深く影響を与えていた、と考えることはできるかもしれない。


   [この項続く]


2023年7月16日日曜日

『唇のソレ』の〈ソレ〉[志村正彦LN333]

 『唇のソレ』(詞・曲:志村正彦)は、2005年11月リリースの2ndアルバム『FAB FOX』の収録曲として発表された。ライブ映像が『Live at 両国国技館』と『Live at 富士五湖文化センター』に収められている。

 この愛すべき曲の歌詞を引用しよう。


手も目も鼻、耳も 背も髪、足、胸も
どれほど綺麗でも意味ない

とにもかくにもそう
唇の脇の素敵なホクロ 僕はそれだけでもう…

Oh 世界の景色はバラ色
この真っ赤な花束あげよう

いつかはきっと二人 歳とってしまうものかもしれない
それでもやっぱそれでいてやっぱり唇のソレがいい!

さあ 終わらないレースの幕開け
もう 世界の景色はバラ色
この真っ赤な花束あげよう

いつかはきっと二人 歳とってしまうものかもしれない
それでもやっぱそれでいてやっぱり唇のソレがいい!


 〈手〉〈目〉〈鼻〉〈耳〉〈背〉〈髪〉〈足〉〈胸〉というように、身体の部位が〈も〉という助詞によって連鎖され、〈どれほど綺麗でも〉、〈意味〉が〈ない〉と歌われる。

 綺麗な身体の部位に変わって、歌の主体〈僕〉が賞賛するのは〈唇の脇の素敵なホクロ〉。〈とにもかくにもそう〉〈それだけでもう…〉と、〈も〉に続いて〈そ〉の音が登場する。この〈そ〉の音が導くようにして、〈唇のソレ〉が召喚される。〈それでも〉〈やっぱ〉〈それでいて〉〈やっぱり〉という反復が組み合わされることによって、次第に、〈唇の脇の素敵なホクロ〉は、〈唇のソレ〉としか言いようのない〈ソレ〉に変換されていく。

 〈世界の景色〉は〈バラ色〉であり、〈僕〉は〈唇の脇の素敵なホクロ〉を持つ相手に〈真っ赤な花束〉をあげようとする。この〈二人〉は〈歳とってしまうものかもしれない〉のだが、〈僕〉は〈唇のソレがいい!〉と宣言する。


 志村正彦は〈フジファブリック 『FAB FOX』インタビュー〉で、この曲について次のように述べている。


この曲は夢の中で作ったんですよ。夢の中でバンド練習をしてて、その時にみんなが弾いていた楽曲を憶えていて、でも夢から覚めたら演奏を忘れてしまうと思ったんで、夢の中のメンバーに「今夢の中にいるから、起きても忘れないように各パートを繰り返してくれ」って伝えて(笑)、それを全て憶えたら起きてテープレコーダーに入れて。その後、スタジオで練習している時にみんなに伝えて作っていきましたね。


 インタビュアーの〈普段、現実的な夢を見る方ですか?突拍子もない夢を見る方ですか?〉という問いについてはこう語っている。


僕は両方見ますね。あの・・・、富士山噴火とか(笑)。あとは練習とか、バンド系の夢が多いですね。


 夢の中でつくった曲。実に愉快だ。『唇のソレ』はバンド系の夢の作曲篇になるだろうか。富士山噴火のように、〈ソレ〉が噴火しているようでもある。

  『唇のソレ』には確かに夢の中の祝祭歌の雰囲気がある。

 この曲は独特のリズム感が失踪する。最後に近づくと、志村の声とサウンドの音がもつれ合うような感じになる。夢の中に出てくる〈ソレ〉が絡み合うかのように。

 

   [この項続く]

2023年6月25日日曜日

〈間違いだらけの正義〉と〈正しく消える〉-マカロニえんぴつ

 マカロニえんぴつの存在を知ったのは四年前のことだった。「山梨学」という授業で、志村正彦・フジファブリックを取り上げた時に、学生が書いた振り返り文のなかで「山梨県出身のボーカルがいるマカロニえんぴつも聴いてみてください」とあった。youtubeにあった音源からは、サウンドの完成度と歌詞の独自性がうかがわれた。いつかこのブログでも書きたいと思っていたのだがなかなかその機会がなかった。

 この四月、山梨学院高校が優勝した春の選抜高校野球大会のMBS毎日放送の公式テーマソングが「マカロニえんぴつ」の新曲「PRAY.」であることを知った。この歌に触発されて、ここ数回書き続けてきた。NHKの「おかえり音楽室 マカロニえんぴつ はっとり」での発言や母校での演奏も参考になった。


 「PRAY.」の歌詞にはこうある。

 トンボは夜を越えて 飛べないキミのためと
 哀しく唄う
 優しく回る
 正しく消える


 〈トンボ〉は〈僕〉と〈祈り〉と〈君〉のために飛翔し、〈哀しく唄う〉〈優しく回る〉と旋回して、最後は〈正しく消える〉。この〈正しく消える〉がずっと気になっていた。

 そのうちに「青春と一瞬」に次の一節があることに気づいた。

 青春と一瞬はセットなんだぜ
 間違いだらけの正義なんだぜ
 風と友に贈る歌だぜ


 はっとりはここで、〈青春〉を〈間違いだらけの正義〉と捉えている。「青春と一瞬」は、「二十歳過ぎてから作って、当時を思い浮かべながら、高校生とかの時の自分を書いた曲」だとされている。たとえ間違いだらけであったとしても、いや、間違いだらけであるかもしれないからこそ、〈青春〉は〈一瞬〉の輝きを放つ。そのようなメッセージを受けとることができる。

 「PRAY.」は、三十歳近くになった作者はっとりが高校生の頃の自分を振り返った歌だろう。この歌の〈正しく〉は、「青春と一瞬」の〈正義〉につながる言葉だと捉えてみたい。

 〈青春〉の〈間違いだらけの正義〉は、時を経て、〈哀しく唄う〉〈優しく回る〉〈正しく消える〉という軌跡を描いた、あるいは描いている、もしくは描こうとしている、ことになるだろうか。

 〈間違いだらけの正義〉が〈正しく消える〉のが青年の軌跡だとしたら、それはいくぶんか苦いものでもある。ただし、正義が消えたあとに、ふたたび、もう一つの正義が飛翔すると考えてみてはどうだろうか。


 はっとりにとって〈正義〉や〈正しく〉というのが大切な言葉であることは間違いない。この想いはどのようなものか。まだ充分にマカロニえんぴつの作品を聴きこんでいないので、これ以上論じることはできないが、いつかその機会を設けたい。


2023年6月18日日曜日

「青春と一瞬」マカロニえんぴつ

 NHK番組「おかえり音楽室 マカロニえんぴつ はっとり」では、「青春と一瞬」が駿台甲府高校の音楽室で演奏された。はっとりは歌う前に次のように語っていた。


二十歳過ぎてから作って、当時を思い浮かべながら、高校生とかの時の自分を書いた曲ですけど、不思議といつ歌っても今の自分にささる。あの時の情熱をもしかしたら今でも追いかけているのかもしれない、変な話だけど、あの頃の自分にもう一度追いつきたいなっていう思いはあります。

 

 「青春と一瞬」(作詞作曲:はっとり)は2019年3月配信限定シングルとしてリリースされた。ミュージックビデオもYouTubeで公開されたが、オール山梨ロケの映像である。舞鶴城から見た甲府駅北側の街並、中心街の銀座通り、中央線の車窓からの風景、甲府市内を流れる荒川とその橋。見慣れた光景が次々と映し出される。その映像と歌詞を紹介したい。




書いて 消して 悩んで出した定理は
居眠りの午後三時半に見失った
全部ぜんぶ 学んでド忘れしたい
無限の宇宙を自転車で駆け抜ける

語り合ったりたまに泣いたりできるくらいの
すばらしい日々をくれ

つまらない、くだらない退屈だけを愛し抜け
手放すなよ若者、我が物顔で
いつでも僕らに時間が少し足りないのは
青春と一瞬がセットだから

覚えておいて、未来は転がるもの
この場所にずっと前からあるもの
全部ぜんぶ 眩しいね
友よ 声よ 昨日よ 僕自身よ

つまらない、埋まらない退屈だけを愛し抜け
夢が増えればハラが減る、若者であれ
いつでも僕らに時間は少し足りないのだ
青春と一瞬はセットなんだぜ

染まりたいね
使い切っていたい 黄金の色に咲く春
よだれまみれ 出来心の恋も剥き出しで

誰にも僕らのすばらしい日々は奪えない

つまらない、くだらない退屈だけを愛し抜け
手放すなよ若者、我が者顔で
ずっと埋まらないくらいでいい
時間は少し足りないのがいい

青春と一瞬はセットなんだぜ
間違いだらけの正義なんだぜ
風と友に贈る歌だぜ


〈書いて 消して 悩んで出した定理は〉の〈…て〉〈…て〉〈…で〉〈…た〉〈ていり〉という〈て〉音中心の反復。〈手放すなよ若者、我が物顔で〉の〈わかもの〉〈わがもの〉の類似音の反復。〈青春と一瞬はセットなんだぜ〉の〈…しゅん〉〈…しゅん〉の反復。そして〈セット〉は、〈せいしゅんといっしゅん〉の音から〈せ〉〈っ〉〈と〉の音が縮合されたものだろう。このような音の遊びを縦糸にして、〈つまらない、くだらない退屈だけを愛し抜け〉というメッセージが横糸として織り込まれる。

 この歌は「マクドナルド"500円バリューセット"CMソング」として作られた依頼曲である。依頼された曲でも独自の歌詞の世界を作るところは、はっとりの職人芸だ。器用でおそらく生真面目な人なのだろう。


 はっとりは、〈僕が高校生に戻って歌詞を書くというより、25,6という年になって高校時代を俯瞰で見たらどうなるだろう?という、ちょっと達観したような感じで書けた〉とあるインタビューで述べている。

 確かに、〈青春と一瞬はセットなんだぜ〉という言葉は、青春の只中ではなく、ある程度過ぎ去った時間の後で、俯瞰したメタ視点によって見出される時間の認識だ。「おかえり音楽室」での発言によれば、この認識はまだ現在進行形のようだが、ある種の苦さや儚さも込められている。はっとりにとって、〈青春〉は多様な視点と時間から反復される主題なのだろう。


2023年6月4日日曜日

[おかえり音楽室] マカロニえんぴつ はっとり

 もう一月半ほど前だが、4月21日、NHK甲府の「金曜やまなし」で「おかえり音楽室 マカロニえんぴつ はっとり」が放送された。すでに、3月18日に全国放送でオンエアされたそうだが、それは見逃してしまったので、地元局で見ることができたのは幸運だった。

  この番組は、レギュラー番組化を目指す「レギュラー番組への道」の枠で制作された。人気アーティストが過去の自分を振り返りながら凱旋ライブをする音楽ドキュメンタリーである。

 はっとりは、甲府市にある母校の駿台甲府高校を訪れた。同級生や恩師で出会うサプライズがあり、音楽室で「青春と一瞬」「あこがれ」の二曲を歌った。


〈[おかえり音楽室] マカロニえんぴつ はっとり「あこがれ」| レギュラー番組への道〉という映像がyoutubeにある。甲府のライブハウス KAZOO HALL訪問時のものなど、放送版にはない映像がある。   


  関連記事として〈マカロニえんぴつ・はっとり インタビュー!「高校時代の自分が、すぐとなりで歌っているようだった」〉がNHKのwebに掲載されている。印象に残る発言を引用したい。


 ──サプライズを経て音楽室でのライブを行った感想は?
すごく新鮮な気持ちで演奏できました。音楽室に差し込む西日がとてもきれいで、その中で歌っていると当時のことをいろいろと思い出しましたね。最後にこの場所で歌いたい2曲を演奏したのですが、今までにない気持ちでした。まるで、当時の自分がすぐとなりで一緒に歌っているような感覚でした。地元って大事なんだな、あのころの魂はちゃんとここにあるんだなと実感しました。
常に「初心忘れるべからず」と自分に言い聞かせていますが、とはいえ、仕事をこなしてしまっているなと気づくことがたまにあるんです。今日、余計なことを考えずまっすぐに音楽をやっていた学生時代を思い出して、あのころの情熱が引き戻されたように感じました。当時の自分に鼓舞されたように思います。


  〈まっすぐに音楽をやっていた学生時代を思い出して、あのころの情熱が引き戻された〉ように感じ、〈当時の自分に鼓舞された〉ように思うというのは、とても幸せな経験である。

 はっとりの歌詞にはかなり深い屈折があるのだが、その反面、このインタビューでの発言のように素直で真っ直ぐなところもあることが、マカロニえんぴつの音楽をこの時代にふさわしい魅力あるものとしているのだろう。


2023年5月14日日曜日

NHK 『SONGS』菅田将暉、『鶴瓶の家族に乾杯』富士吉田市[志村正彦LN332]

 今回は、最近のNHKの放送のなかで、志村正彦が取り上げられたり、音楽が流されたりした二つの番組について書きたい。


 4月20日、菅田将暉がNHK総合の『SONGS』に初出演した。2月の日本武道館公演の映像や『まちがいさがし』『ゆらゆら』の二曲が披露された。そのなかで、志村正彦・フジファブリックの『茜色の夕日』の影響で音楽を始めたことが紹介された。

 五分ほどのその箇所を記録のために記しておきたい。ナレーションは黒色、須田の発言は青字(そのうちテロップとしても表示されたものは青の太字)、映像についての説明は赤色で示す。


【ナレーション】
菅田将暉さんは幼い頃からピアノを習い、歌うことが大好きでした。
しかし、十二歳で声変わりを経験し、人前で歌うことを避けるように。
音楽から遠ざかっていきました。

その後、十六歳で俳優デビュー。十代のほとんどを音楽を聴くことなく過ごしました。

映画『共喰い』(2013監督:青山真治、脚本:荒井晴彦、原作:田中慎弥)の映像
 
転機が訪れたのは十九歳の時。映画「共食い」の主演をつかみ、それまで経験したことのない難しい役を演じました。
 
必死で撮影に挑む日々。この頃出会ったある歌が菅田さんの心を動かしました。フジファブリックの「茜色の夕日」。

                                           
音楽活動原点の一曲 茜色の夕日(2005) フジファブリック

「茜色の夕日」MVの映像
「茜色の夕日眺めてたら 少し思い出すものがありました 晴れた心の日曜日の朝 誰もいない道 歩いたこと」
 
菅田将暉〈20歳のバースデイイベント〉の映像
 
20歳になった菅田さん。思い出深いこの歌との出会いを語りました。
 
【菅田】

北九州にずっと一か月泊まって撮影という感じで
その中ですごい毎日すげえ好きな景色がありまして
門司港っていう港から見ると海が紫で
何とも言えない組が オレンジだったり
空がちょっとこう何とも言えない色で
それを僕が
「わぁ茜色の夕日ってやつじゃないですか」って言ったら
先輩の女優さんが「茜色の夕日って曲あるよ」って
そのタイトルだけでマッチしたっていうこともそうですし
歌詞に出てくる言葉とか
音楽聴いて初めて泣いて
プライベートの自分も含め 仕事上の自分 
そして「共食い」の遠馬っていう役の心情というか
人間のこう 素直な弱さというか

  
菅田さんの心を揺さぶった「茜色の夕日」。この日初めて人前で歌いました。
 
菅田将暉 アーティストブック 『20+1 』ワニブックスの映像         
 
(大泉洋の「当時、何がそこまで響いたのか」という問いかけに対して)

映画という現場の熱量みたいなものをたぶん初めて体感した十九歳とかで
。それが「茜色の夕日」って言う曲のなかの
「東京の空の星は見えないと聞かされていたけど  見えないこともないんだな そんなことを思っていたんだ」
ていう部分があるんですけど。ちょうど上京して3年くらいだったのでなんかこうグッときたんですねえ
一見華やかでキラキラしているけど
でもなんか孤独な感じがあった
んでしょうね
まあ、そんなこともないんだっていうこの歌詞がたぶん響いたんだと思います。


 番組の記録は以上である。

 すでに、菅田将暉と『茜色の夕日』のことは、偶景web 2018年5月7日の〈菅田将暉『5年後の茜色の夕日』(志村正彦LN177)〉に書いたので、このテーマについてはここでは触れない。 その際に、菅田のデビュー・アルバム『PLAY』の初回生産限定盤付属の特典DVD『5年後の茜色の夕日~北九州小旅行ドキュメント映像~』について、〈映像中に、『茜色の夕日』の作詞作曲者である志村正彦の名、そしてフジファブリックの名もまったく記されていないのだ。何故なのか。疑問が湧き上がってきた〉〈本編映像の中でインポーズする必要はない。この歌の説明をする必要もない。しかし、タイトルバックの記載事項として、作詞作曲者の志村正彦という固有名(フジファブリックという名も)を明示することは、絶対的に必要な事柄である〉と指摘した。


 今回のNHK『SONGS』の映像にも、どういうわけか、作詞作曲者志村正彦のクレジットがなかった。番組内で歌詞に対する重要な言及があった。番組内で作者志村正彦の名を記すべきである。放送番組の制作・著作者は、音楽作品の著作者人格権を尊重しなければならない。


 もう一つの番組は、NHK総合の『鶴瓶の家族に乾杯』。先週の月曜日、5月8日舞台は富士吉田市だった。鶴瓶さんとゲストの木村佳乃さんは、NHKのプロジェクト「君の声が聴きたい」とコラボということで、地元の中学生と「白須うどん」に行った。(もう三十数年前になるが、僕もこの「白須うどん」で初めて吉田うどんを食べた。素うどんの値段は300円ほどで、うどんの固さ、キャベツが入っていること、民家の中で食べること、何もかもが驚きだったが、白須のうどんはとにかく美味しかった。数年前に新しい店になったようだが、また行ってみたい)その他、アートギャラリーの〈FUJIHIMURO〉や上吉田の四代にわたる大家族が紹介された。

  

 もしかしたらという予感というか予想があったのだが、中高生とのインタビューの際にフジファブリック『TEENAGER』が流された。『若者のすべて』のイントロやエンディングのメロデイも二回ほど使われた。特にクレジットはないので、純粋なBGMとしての扱いだったが、やはり、富士吉田には志村正彦・フジファブリックの音楽がよく似合う。

  

 明日、5月15日は富士吉田篇の第2回が放送される。織物工場や地域活動する高校生のもとに向かうそうだ。富士吉田を愛する人にとっては必見の番組である。


【付記】5月15日の『鶴瓶の家族に乾杯』では冒頭で、志村正彦・フジファブリックの『若者のすべて』が流れた。〈最後の花火に今年もなったな/何年経っても思い出してしまうな/ないかな ないよな きっとね いないよな/会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉と歌う志村の声。富士吉田の高校生や若者に取材した回でもあるので、最もふさわしい曲であることは間違いない。



2023年4月30日日曜日

「PRAY.」の〈きみ〉と〈キミ〉

  マカロニえんぴつ「PRAY.」は複雑な作品であり、前回は主にモチーフの構造をたどった。歌詞全体が、〈ステップイン〉〈ステップオン〉〈スキップ〉、〈哀しく唄う〉〈優しく回る〉〈正しく消える〉というように三つの要素による変化によって構造化され、そのことによって、メッセージが直接的ではなく、間接的にそして断続的に浮かび上がり、歌詞の余白がめぐりはじめる。 

 「PRAY.」は、歌の送り手と受け手、歌い手と聴き手の関係も複雑である。具体的には、歌詞の中の主体とその相手、人称の関係に特徴がある。今回はそのことを書いてみたい。まず、人称代名詞が記された五つの箇所を引用する。


 ボクら引きずってるのはきっと青春の後味だ

 きみなら まだ間に合うよ

 トンボは夜を越えて 飛べないボクのためと哀しく唄う

 ボクらが担っているのはきっと青春のあとがきサ

 トンボは夜を越えて 飛べないキミのためと
 哀しく唄う
 優しく回る
 正しく消える

  

 ひとつの歌の中に、人称代名詞が一人称複数〈ボクら〉、二人称単数〈きみ〉、一人称単数〈ボク〉、二人称単数〈キミ〉の四種類がある。特に、二人称単数が平仮名の〈きみ〉と片仮名の〈キミ〉の二つに書き分けられていることに注意したい。片仮名系と平仮名系の二つの系列がある。〈ボクら〉は片仮名の〈ボク〉と平仮名の〈ら〉が連結されているので、片仮名と平仮名の複合でもある。ただし、この〈ら〉は複数形を示す通常の表現として捉えてよいだろう。

 片仮名の系列をふまえれば、片仮名の〈キミ〉と結びつくのは、同じ片仮名表記の〈ボク〉である。歌の意味の流れからは、〈キミ〉は二人称の相手を指すというよりも、歌の主体が自分自身を二人称として対象化して、〈キミ〉に変換して呼びかけていると考えられる。そうなると、歌の文脈の中では〈ボクら〉は〈ボク〉と〈キミ〉から構成されているのだろう。その〈ボクら〉は〈青春〉の〈後味〉を引きずり、〈あとがき〉を担い、〈飛べないボク〉〈飛べないキミ〉とあるとおり、〈ボクら〉は飛ぶことができない。その代わりに、〈ボクら〉のために〈トンボ〉が飛んでいく。

 

 それでは、あえて平仮名で記された〈きみ〉はどのような存在なのだろうか。〈ボクら〉〈ボク〉〈キミ〉の片仮名表記の人称代名詞群とは異なる意味を帯びていることは間違いない。歌い方からしても、この〈きみ〉は歌の受け手や聴き手に直接呼びかけている感じがする。歌詞の展開上も、(プレイボール)という試合開始の合図に続くフレーズだ。

 〈きみ〉は歌詞の内部ではなく、歌詞の外部に開かれている。「PRAY.」のモチーフである高校球児や若者たち、もっと広くいえば聴き手一般を指していると考えるのはどうだろうか。歌詞の中の〈キミ〉は〈ボク〉の内部にある僕自身だが、〈きみ〉は僕の外部にある他者である。平仮名と片仮名に書き分けられた二人称にはそのような差異を作り出している。

 「PRAY.」は選抜高校野球大会のテーマソングであり、〈きみ〉への応援ソングである。しかし作者はっとりは、ナタリーの「憧れる側から憧れられる側へ、生き様を刻んだ新作EP」というインタビュー(取材・文:柴那典)で、〈いろいろ経験を重ねてたくさんのものを身に付けたようでいて、実はいろんなものを途中で落としていってるような気もする〉〈自分に向けて歌ってるような気もします〉と語っている。

 はっとり・マカロニえんぴつは、他にもアニメやドラマの優れたテーマソングを作っている。依頼曲が自然に自分自身の曲にもなるところが、はっとりの資質であり才能であるのだろう。「PRAY.」であれば、〈きみ〉のための歌が〈キミ〉のための歌になり、〈ボク〉の歌になる。そしてさらに〈ボクら〉の歌にもなるのだ。


2023年4月9日日曜日

マカロニえんぴつ「PRAY.」

 春の選抜高校野球大会で山梨学院高校が優勝した。春夏を通じて山梨県勢が初めて優勝した。山梨学院の野球部には地元の生徒が少ないのだが、甲府にあるこの高校の健闘と殊勲は素直に喜びたい。

 この第95回大会のMBS毎日放送の公式テーマソングが「マカロニえんぴつ」の新曲「PRAY.」であることを知った。このバンドのボーカル・ギター、ほとんどの歌を作詞作曲している「はっとり」は鹿児島県の生まれだが、保育園から高校まで山梨県中央市で過ごしたので、自らが山梨県出身としている。宮沢和史(ザ・ブーム)、藤巻亮太(レミオロメン)、志村正彦(フジファブリック)に続く、山梨の優れた「ロックの詩人」だと言ってよいだろう。


 この「PRAY.」のMV(youtube)と歌詞を紹介したい。

 



 マカロニえんぴつ PRAY.
 (作詞・作曲:はっとり)

やがて春のトンボは毛羽立つ未来へ。
ボクら引きずってるのはきっと青春の後味だ
スリップ・イン・ザ 少年
忘れちゃいないか?価値は勝ちだけじゃないぜ
振れ!振れ!フレ!

(プレイボール)

きみなら まだ間に合うよ

届かなかった夢の、先を走る。走る
いま!会いに来てよヒーロー
トンボは夜を越えて 飛べないボクのためと哀しく唄う

山手からの望みは武庫川、夕暮れ。
ボクらが担っているのはきっと青春のあとがきサ
ステップ・オン・ザ・サーティ 諦めないで!
「いつからか負けることに慣れてしまいました」

今なら まだ間に合うぜ?

敵わなかった夢の、先を走れ。走れ
いま!そばに居てよヒーロー
祈りは空を越えて 白い光の中で優しく回る

スキップ・とん挫 正義
忘れちゃいないか?ただ立って待ってないか?

届かなかった夢の終わりを観に行こうぜ
いま会いに来ちゃ遅ぇよ
トンボは夜を越えて 飛べないキミのためと
哀しく唄う
優しく回る
正しく消える


 〈春のトンボ〉が歌のモチーフであり、景物ともなっている。〈春〉はもちろん初の選抜野球大会から選択された季節だろう。〈トンボ〉は昆虫の蜻蛉。〈蜻蛉〉という字から〈蜻蛉カゲロウ〉が想起され、この〈カゲロウ〉から〈陽炎〉も連想される。命が短く儚いもの、という意味合いを帯びてくる。もう一つは、野球グランドの整備道具の〈トンボ〉。こちらの方は裏方仕事の労力、そのけなげさのようなものが伝わってくる。

 最初のフレーズに〈やがて〉〈未来へ〉とあるように、すべては〈未来〉から遡行する視点で歌われている。歌の主体、一称複数代名詞の〈ボクら〉が〈引きずってるのはきっと青春の後味だ〉とされる。未来へ飛翔した〈トンボ〉に引きずられるように、〈ボクら〉は青春の〈後味〉を噛みしめる。あくまでも〈後味〉であることに留意しよう。すべてはすでに過ぎ去っているのだ。この時間の間隔が、作者はっとりの持ち味だろう。

 冒頭の二行で歌の枠組が示される。はっとりは、この枠組の中で言葉を巧みにめぐらせる。

 〈スリップ・イン・ザ 少年〉〈ステップ・オン・ザ・サーティ〉〈スキップ・とん挫〉と、〈ステップイン〉〈ステップオン〉〈スキップ〉という三つの段階を定めて、少年時代、三十代、〈とん挫〉の時代という時が流れる。その時代ごとに〈忘れちゃいないか?価値は勝ちだけじゃないぜ〉〈諦めないで!〉〈正義〉という直接的なメッセージが歌われる。そしてその後に、〈振れ!振れ!フレ!〉という声援と〈(プレイボール)〉の宣言、〈「いつからか負けることに慣れてしまいました」〉という内言、〈忘れちゃいないか?ただ立って待ってないか?〉という問いかけがコーラスのように続く。このメッセージ群は、最終的に〈きみなら まだ間に合うよ〉〈今なら まだ間に合うぜ?〉に収束していく。

 〈間に合う〉というのは何よりも時間との闘いである。高校野球も闘いではあるが、そのモチーフを自分と時間との闘いに昇華している。そして、〈届かなかった夢の、先を走る。走る/いま!会いに来てよヒーロー〉〈敵わなかった夢の、先を走れ。走れ/いま!そばに居てよヒーロー〉というように、自らの〈夢〉の〈先〉が〈ヒーロー〉に仮託される。

 〈山手からの望みは武庫川、夕暮れ〉という風景描写がある。〈武庫川〉は甲子園球場の近くを流れている。〈ボクら〉が担うのは〈青春のあとがき〉。あくまでも〈あとがき〉、本文を終えた後書だ。

 〈トンボは夜を越えて 飛べないボクのためと哀しく唄う〉〈祈りは空を越えて 白い光の中で優しく回る〉〈トンボは夜を越えて 飛べないキミのためと〉というように、〈トンボ〉は〈僕〉と〈祈り〉と〈君〉のために飛翔する。〈哀しく唄う〉〈優しく回る〉と唄って旋回するのだが、最後は〈正しく消える〉。この〈正しく消える〉にはこの時代に対する無意識のメッセージがあるような気がする。〈正義〉に関わるなにものかに対する作者の想いがある。〈正義〉が、哀しく唄い、優しく回り、正しく消える、ということだろうか。その意味は聴き手に委ねられている。


 歌詞全体が、〈ステップイン〉〈ステップオン〉〈スキップ〉、〈哀しく唄う〉〈優しく回る〉〈正しく消える〉というように三つの要素による変化によって構造化されている。そのことによって、メッセージが直接的ではなく、ある旋回する流れの中で間接的に、そして断続的に浮かび上がる。歌詞の余白がめぐりはじめる。はっとりには洗練された巧みな表現の技術があるが、その技術を聴き手にあまり意識させることなく、数分間のロックに落とし込んでいる。マカロニえんぴつの音楽が現在の若者に支持される所以だろう。

 「PRAY.」というように「PRAY」祈りに「.」ピリオド、終止符が打たれている。この終止符がまた、哀しく唄い、優しく回り、正しく消えるように聞こえてくる。