シリーズ名は「Songs to Remember」の略記[S/R]にした。この名は、Scritti Politti スクリッティ・ポリッティの1982年のアルバム『Songs to Remember』から取った。学生の頃愛聴していたアルバムだ。 "Jacques Derrida" という歌もあって、愉快でラディカルな作品だった。
これを見た瞬間、何かが足りないと思った。何だろうかと考えたらすぐにあることに気づいた。槇原敬之の名がないことだ。言わずもがなであるが、彼が違法薬物所持の疑いで逮捕されたことの影響であろう。
数多くある『若者のすべて』カバーの中で、槇原versionの評価が高いことは衆目の一致するところであろう。『Listen To The Music The Live ~うたのお☆も☆て☆な☆し 2014』DVDにライブ映像を収録。昨年10月リリースのカバーベストアルバム「The Best of Listen To The Music」に音源収録。昨年11月放送のNHK「SONGS」で『若者のすべて』を歌い、コード進行に言及しながらこの歌を絶賛した。槇原敬之は『若者のすべて』ルネサンスの中心にいるアーティストである。
最初の方からは、「1回目のテレビ出演は民生さんの「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」(10/26オンエア)ではないかと思います」と教えていただいた。「滅多にない地上波、特別思い入れのある楽曲、しかも憧れの民生さんの番組ということで、気合が入りまくったのでしょうね。すっかり声かれちゃってて」とその様子と感想が書かれていた。
二人目の方からは、「『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』はYouTubeにアップされてますのでよかったら是非チェックされてみてください!」という情報をいただいた。早速検索してみると、「2007年 音楽戦士 MUSIC FIGHTER奥田民生とフジファブリック」という動画が見つかった。志村さんと民生さんのコメントが興味深かった。残念ながら『若者のすべて』の演奏シーンはなかったが、この番組の雰囲気は伝わってきた。
そして次の言葉が心の中に刻まれた。一人目の方と二人目の方の順でここに引用させていただく。
【追伸 2020.3.23】
前回の記事への新たなコメントで、YouTubeのチャンネル名maimimainに、『若者のすべて』演奏シーンを含む「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」の映像があることを教えていただいた。早速見たが、「練習しすぎて声嗄れてて、本番で声が出なくて。で、うちひしがれて」という志村さんの発言がよく理解できた。特に「まぶた閉じて浮かべているよ」「同じ空を見上げているよ」のところが苦しそうだ。でも確かに、コメントを寄せられた方の「一生懸命歌ってる志村くんに心打たれます」という言葉のように、声の不調に抗うようにして、歌の真実をなんとか伝えようとしている。その志と姿に志村正彦を感じる。
1980年、ジョン・レノンの生は閉じられてしまった。40歳という早逝の人生だった。ロック音楽家には夭折や早逝が少なくない。彼らのパラレルワールドを「Imagine」することは、夢の中の夢のような行為かもしれないが、僕もある音楽家のパラレルワールドを想像した。 You may say I'm a dreamer But I'm not the only one I hope someday you'll join us And the world will be as one
4月号の復刻に続いて、『創刊50周年記念復刻 Part 1 ニューミュージック・マガジン1969年5月号~8月号』『創刊50周年記念復刻 Part 2 ニューミュージック・マガジン1969年9月号~12月号』の復刻版も出された。
5年ほど前、古書市場で1970年から2012年までの500冊ほどのセットを運良く購入できた。その後も空白の号を買い集め、現在は定期購読している。創刊年の1969年は数冊だけ持っていなかったが、今回の復刻版を含めると50年間のすべての号が揃ったことになる。この雑誌は比較的部数も多かったので古書の価格もそんなに高くないのが幸いだった。この雑誌は日本におけるロックの受容の歴史を語る上で必読の資料である。(日本文学の教員として、雑誌全号のコレクションの大切さを痛感している。インターネット以前の時代の資料は雑誌などの「物」としてあり、「物」として収集保管していかなければならないが、これがけっこう大変である。)