毎朝、onedaywalk氏のblog『毎日黄昏』を読むことが日課となっている。「黄昏」の語源は「誰そ彼」だそうだが、人や街や音楽についての深い問いかけがあり、様々なことを教えられる。
ここでは、onedaywalk氏とは音楽批評家浜野サトル氏のことだと書いてもいいだろうか。
今年の7月まで、氏自身の運営していたHP内の日録『毎日黄昏』では筆名が「浜野智」氏であったが、サーバーを整理して、新たに開設されたlivedoor上のblog『毎日黄昏』では「onedaywalk」氏になっていた。筆名が変更されたのはある意図があってのことだろうが、内容から容易に筆者が浜野サトル氏であることは分かり(例えば「エリス」「エリス2」の回)、ここではすでに「浜野サトル」として氏の初期の仕事について書いているので、拙論の連続性の観点からしても、やはり、浜野サトル氏あるいはonedaywalk(浜野サトル)氏のblogとして、『毎日黄昏』を紹介させていただく。
以前書いたように、私にとって浜野サトル氏は、音楽の経験を語ることを学んだ「師」のような存在である。もちろん、雑誌やネットの文章を読むことを通じて、勝手に「私淑」しているにすぎないが、氏が「偶景web」に出会った経緯を知ったときはとても嬉しく、励みにもなった。その浜野氏が最近志村正彦について書かれたので、その文を紹介させていただきたい。(「週酒」、「響き合い」)
「響き合い」というエッセイは「今現在と言っていい時期に作られたものの中に過去を発見することがある」と始まり、アルバム『フジファブリック』からレッド・ツェッペリンを感じたとされる。そして、「それにしても、志村正彦はどんな人物だったのだろう?」と問われる。一年以上前にたまたま『茜色の夕日』を聴く機会があり、その後何も調べないできたが、志村正彦のことが「いま気になる」と記される。
『陽炎』や『追ってけ 追ってけ』の歌詞が引用され、詩人岡田隆彦に通じる「都会の少年の詩」であるとされ、『花』の「七五調に近い」韻律や「かばん」という言葉に触発されて、歌人笹井宏之を連想したと書かれている。
志村正彦と笹井宏之に関して、「ロックと短歌とは遠いが、二人の歌には響き合うものがあると感じる」という非常に興味深いことが指摘されている。最後は次の一文で閉じられる。
彼らが遺した作品は、何事かを追いかけ追いかけしているうちに道に迷い、ふともらした吐息のように感じられてならない。
この言葉は私たち志村正彦の聴き手にとって、切なく哀しく響く。
その後、『夜汽車』に触れたエッセイも掲載された(「夜汽車」)。
確かに、不思議なほどに、志村正彦の歌は私たちの過去の記憶を想起させる。そしてまた、過去から現在までの優れた表現者たちの言葉と、浜野氏の言葉を使わせていただくなら、「響き合う」何かを感じさせる。
公演名称
〈太宰治「新樹の言葉」と「走れメロス」 講座・朗読・芝居の会〉の申込
公演概要
日時:2025年11月3日(月、文化の日)開場13:30 開演14:00 終演予定 15:30/会場:こうふ亀屋座 (甲府市丸の内1丁目11-5)/主催:甲府 文と芸の会/料金 無料/要 事前申込・先着90名/内容:第Ⅰ部 講座・朗読 「新樹の言葉」と「走れメロス」講師 小林一之(山梨英和大学特任教授)朗読 エイコ、第Ⅱ部 独り芝居 「走れメロス」俳優 有馬眞胤(劇団四季出身、蜷川幸雄演出作品に20年間参加、一篇の小説を全て覚えて演じます)・下座(三味線)エイコ
申込方法
右下の〈申込フォーム〉から一回につき一名お申し込みできます。記入欄の三つの枠に、 ①名前欄に〈氏名〉②メール欄に〈電子メールアドレス〉③メッセージ欄に〈11月3日公演〉とそれぞれ記入して、送信ボタンをクリックしてください。三つの枠のすべてに記入しないと送信できません(その他、ご要望やご質問がある場合はメッセージ欄にご記入ください)。申し込み後3日以内に受付完了のメールを送信します(3日経ってもこちらからの返信がない場合は、再度、申込フォームの「メッセージ欄」にその旨を書いて送ってください)。
*〈申込フォーム〉での申し込みができない場合やメールアドレスをお持ちでない場合は、チラシ画像に記載の番号へ電話でお申し込みください。
*申込者の皆様のメールアドレスは、本公演に関する事務連絡およびご案内目的のみに利用いたします。本目的以外の用途での利用は一切いたしません。
0 件のコメント:
コメントを投稿