外から夕方5時のチャイムが聞こえてくるとまもなく、下岡晃の登場。椅子に座り、アコースティックギターを奏でる。
カバー曲だろうか、知らない歌から始まった。続いて『GOLD RUSH』。「シャッターばかりが異様に目立つ駅前通りをゆっくり流す」と歌い出される。彼の故郷近くの飯田市と富士吉田市の街並みが似ているというMC。今はシャッター通りという共通性もあるのだろう。
数曲を経て、「胸骨と胸骨のすき間に 真ん丸い大きな穴が あいたので」という無気味な言葉が抑揚のない語りのように歌わる。『夕暮れ』だ。
「夕暮れです 夕暮れです 夕暮れ」って サイレンが サイレンが鳴る
夕暮れ 死者数名。
夕暮れのオレンジの粒子が 蒸発して
反射して 光ってる様が好きなんだ。
「夕暮れ」は、視覚というよりも聴覚を刺激する音として表されている。サイレンが鳴り、「死者数名」と告げる。サイレンの音とオレンジの光が乱反射して、生と死の境界が踏み越えられる。生きる場が「グラグラ」と揺らいでいる都市生活者の静かな悲鳴のように「夕暮れ」が連呼される。つかの間、すぐに次の歌が始まった。
茜色の夕日眺めてたら 少し思い出すことがありました
『茜色の夕日』だった。突然、「志村正彦」という名も『茜色の夕日』という名も触れずに歌い出された。予想外の展開に、どこか緊張感のようなものが生まれた。この歌が、他ならぬ富士吉田でそして下岡によって歌われたという驚き、喜び、そして哀しみを伴う複雑な感情と共に。
引用でそのまま記したように、下岡は意識的にか無意識的にかあるいは単なる錯誤か分からぬが、「思い出すこと」と歌った。志村は「思い出すもの」と書いた。「もの」か「こと」か、その差異が気になり、歌を追うことが少し遅れてしまう。(このことは機会を改めて書いてみたい)僕の位置からは彼の表情はうかがえない。なんとなく直視できないような気持ちもあり、耳を澄まして聴くことに集中した。
次第に、声に力が込められていく。
僕じゃきっとできないな できないな
本音を言うこともできないな
無責任でいいな ラララ
そんなことを思ってしまった
記憶の中の聴き取りを言葉にしてみた。「無責任でいいな ラララ」はひときわ大きく、高く、強く歌い上げられた。『茜色の夕日』が下岡晃の声と息によって命を吹き込まれたように感じた。歌い終わると、ぼそっと「いい歌だね」と呟いた。そこで終わった。
結局、志村の名も曲名も何も言われなかった。沈黙のままに、沈黙のままだからこそ、伝わるものがある。そのことが歌い手と聴き手の間に共有されていた。
歌だけが存在していた。だからこそ、不在の志村正彦が存在していた。
下岡のライブは、現在の状況と対峙する『抱きしめて』でひとまず閉じられた。淡々とした歌い方が続いたが、クールな熱情とでもいうべきものが強く感じられた。
下岡晃・アナログフィッシュの『夕暮れ』と志村正彦・フジファブリックの『茜色の夕日』。オレンジ色の風景と茜色の風景。
人工的な「オレンジ色」は、都市生活者の憂鬱や悲哀が熱をおびて発光しているかのようだ。それに対して「茜色」は、「子供の頃のさびしさが無い」「短い夏」、「見えないこともない」「東京の空の星」という季節や風景、迂回された形で描かれる自然を想起させる。下岡と志村の資質や世界は異なるが、きわめて優れた「都市の歌」の作り手、歌い手としての同時代性がある。
2015年12月、富士吉田のリトルロボット。
下岡晃は『夕暮れ』から『茜色の夕日』へと、大切なものをリレーして走り続ける走者のようだった。
(この項続く)
公演名称
〈太宰治「新樹の言葉」と「走れメロス」 講座・朗読・芝居の会〉の申込
公演概要
日時:2025年11月3日(月、文化の日)開場13:30 開演14:00 終演予定 15:30/会場:こうふ亀屋座 (甲府市丸の内1丁目11-5)/主催:甲府 文と芸の会/料金 無料/要 事前申込・先着90名/内容:第Ⅰ部 講座・朗読 「新樹の言葉」と「走れメロス」講師 小林一之(山梨英和大学特任教授)朗読 エイコ、第Ⅱ部 独り芝居 「走れメロス」俳優 有馬眞胤(劇団四季出身、蜷川幸雄演出作品に20年間参加、一篇の小説を全て覚えて演じます)・下座(三味線)エイコ
申込方法
右下の〈申込フォーム〉から一回につき一名お申し込みできます。記入欄の三つの枠に、 ①名前欄に〈氏名〉②メール欄に〈電子メールアドレス〉③メッセージ欄に〈11月3日公演〉とそれぞれ記入して、送信ボタンをクリックしてください。三つの枠のすべてに記入しないと送信できません(その他、ご要望やご質問がある場合はメッセージ欄にご記入ください)。申し込み後3日以内に受付完了のメールを送信します(3日経ってもこちらからの返信がない場合は、再度、申込フォームの「メッセージ欄」にその旨を書いて送ってください)。
*〈申込フォーム〉での申し込みができない場合やメールアドレスをお持ちでない場合は、チラシ画像に記載の番号へ電話でお申し込みください。
*申込者の皆様のメールアドレスは、本公演に関する事務連絡およびご案内目的のみに利用いたします。本目的以外の用途での利用は一切いたしません。
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