2024年2月29日木曜日

妄想的なあまりに妄想的な……「花屋の娘」[志村正彦LN343]

 フジファブリック『花屋の娘』は、志村正彦的なあまりに志村正彦的な歌である。フジファブリック Official Channelにある楽曲をまず聴いて、歌詞も読んでみよう。



    花屋の娘(作詞・作曲:志村正彦)


  夕暮れの路面電車 人気は無いのに
  座らないで外見てた
  暇つぶしに駅前の花屋さんの娘にちょっと恋をした


  どこに行きましょうか?と僕を見る
  その瞳が眩しくて
  そのうち消えてしまった そのあの娘は
  野に咲く花の様

  その娘の名前を菫(すみれ)と名付けました

  妄想が更に膨らんで 二人でちょっと
  公園に行ってみたんです
  かくれんぼ 通せんぼ ブランコに乗ったり
  追いかけっこしたりして

  どこにいきましょうか?と僕を見る
  その瞳が眩しくて
  そのうち消えてしまった そのあの娘は
  野に咲く花の様

  夕暮れの路面電車 人気は無いのに
  座らないで外見てた
  暇つぶしに駅前の花屋さんの娘にちょっと恋をした


 歌の主体は路面電車の中から外へと眼差しを向けている。その視界に〈駅前の花屋さんの娘〉が現れる。実際に見ているというより、心の中のスクリーンで見ているのだろう。電車の窓がスクリーンの枠となる。ここまでなら、主体が外の風景を見て何らかの想像をするという歌で終わっていただろう。これはよくあるパターンでもある。しかし、志村はそのようなパターンを超えていく。

 歌の主体は〈暇つぶし〉に花屋の娘に〈ちょっと恋をした〉。恋をしたというように〈た〉という完了形が使われているので、すでに刹那の瞬間に、恋は成立したのだ。だからこそ、花屋の娘が〈どこに行きましょうか?〉と声をかける。

 花屋の娘の〈瞳〉は眩しく、その眼差しは幾分か誘惑的だ。僕の欲望は昂じるのだが、娘はそのうち消えてしまう。〈そのあの娘は〉というフレーズが秀逸だ。志村は、所謂「こそあど言葉」の使い方が巧みだ。〈その娘〉から〈あの娘〉へと眼差しの対象が変化し、娘の像は消えていく。歌の主体と娘の眼差しは、結局、すれちがいに終わったようだ。恋は消滅した。

 その結果、想像というよりも妄想的な世界が広がっていく。〈娘〉は〈野に咲く花〉のようであり、さらに、〈菫(すみれ)〉と名付けられる。妄想はさらに膨らみ、二人は〈公園〉に行く。〈かくれんぼ 通せんぼ〉する二人。〈ブランコに乗ったり/追いかけっこしたり〉する二人。妄想の世界では二人の眼差しが互いを見つめあう。


  ロフトプロジェクトの「現時点で最高の音が詰まった2ndミニ・アルバム『アラモード』、遂にリリース!」というインタビューで、志村は〈今回の歌詞で特に思い入れがあるのは?〉という問いにこう答えている。

志村 1曲目の「花屋の娘」ですね。これはなんか勝手に、とある女子を見て、その人が気になって妄想して…今まで割と格好つける感じの「悲しくったってさ」とか強がるのがあったんですけど、それとは別に「はかない」って言ってるのも別の軸でありつつ、あんまり考えずに、気持ち悪いとか、人間の誰しもある、人には見せられない恥ずかしい部分というか、そういうのもやってしまおうと。もっと気持ち悪いのもたくさんあります(笑)。


 妄想とは確かに〈人には見せられない恥ずかしい部分〉でもある。だからこそ、妄想はその人が隠し持つ享楽に触れる。「花屋の娘」は志村の享楽も解放しているのだろう。


 ここで『FAB LIST I  2004~2009』のファン投票の1位から10位までの作品を振り返ってみよう。

   1 .赤黄色の金木犀
   2. 星降る夜になったら
   3. 若者のすべて
   4. 茜色の夕日
   5. バウムクーヘン
   6. 虹
   7. 陽炎
   8. サボテンレコード
   9. 銀河 (Album ver.)
  10. 花屋の娘


 一般的な知名度は低いのだろうが、「花屋の娘」は10位に輝いている。妄想的なあまりに妄想的なこの歌を愛する人が多いのだろう。人はみな妄想する、とジャック・ラカンも語っている。

 楽曲、アレンジ、演奏もすばらしい。最後の「恋をした」でピシッと終わるのも良い。妄想を断ち切るようにして、歌が閉じられていく。


2024年1月28日日曜日

ケモ/ノノ/オレ/トド/ロケ/モウ/モノ/ノケ/ノケ/ノケ[志村正彦LN342]

 フジファブリック「モノノケハカランダ」は、2005年11月9日、メジャー2ndアルバム 『FAB FOX』の冒頭曲としてリリースされた。作詞・作曲は志村正彦である。

  掛川康典監督による素晴らしいミュージックビデオがある。まずこの映像を見て、聞いて、言葉と戯れてほしい。

  フジファブリック (Fujifabric) - モノノケハカランダ(Mononoke Jacaranda)



 収録時のメンバーは、Gt. / Vo.志村正彦、Key.金澤ダイスケ、Ba.加藤慎一、Dr.足立房文、Gt. 山内総一郎。日本語ロックのなかでは最高水準の演奏力だ。歌詞にはギター演奏によるデッドヒートを思わせるフレーズがあるが、志村と山内によるギターのバトルもある。

 歌詞をすべて引用する。


  遠くなってくサイレンと見えなくなった赤色灯
  カーブになってるアスファルトが夜になって待ってる

  横並んで始まった ダンスにだって見えた
  思いのほかデッドヒート 止まるなって言ってる

  獣の俺 轟け! もうモノノケ ノケノケ!

  コードEのマイナー調で陽気になってマイナーチェンジ
  リズムの束 デッドヒート 止まれなくなってる

  獣の俺 轟け! もうモノノケ ノケノケ!

  焦げてしまったハカランダのギターが唸っている
  思いのほかデッドヒート 止まれなくなってる

  獣の俺 轟け! もうモノノケ ノケノケ!


 歌の主体〈俺〉は、車によるデッドヒート、ギターによるデッドヒートを止めることができない。〈俺〉は〈獣〉になって疾走し、車の轟音もギターの爆音も世界に轟けと叫ぶ。

 三度繰り返される〈獣の俺 轟け! もうモノノケ ノケノケ!〉は、2音による音節に分けると、〈ケ/ノ/オ/ト/ロ/モ/モ/ノ/ノ/ノ〉となり、2音のうちの後ろの音が跳ね上がるように轟く。歌う者、演奏する者、そして聴く者を急き立てていく。言葉が意味になるものと意味にならないものとに二重化されていく。


 この独創的な作品はどのようにして作られたのだろうか。志村は「フジファブリック 『FAB FOX』インタビュー」でこう語っている。

この曲は一番初めにメロディが出来た曲なんですけど、ドカーン!とか、ドバー!とか、ウリャー!とか(笑)、そういうような気持ちを曲にしたかったというか。Aメロとかもあんまり意味ないんですよ。ただ勢いのある言葉を並べてドリャー!っていうのが伝わったらいいなって。ハカランダーで作ったギターがケモノなのかモノノケなのか、それに化けてロックンロールを鳴らしているイメージ。このアルバムを象徴する曲としてPVも熱い物を撮りたいなと思いますね。

 歌詞については、ギターの木材である〈ハカランダー〉から〈ケモノ〉〈モノノケ〉という言葉を連想して作ったようだ。自由な連想と言葉の音による遊びを駆使している。〈モノノケハカランダ〉はMVの題名の表には〈Mononoke Jacaranda〉とあり、〈モノノケ〉〈ハカランダ〉を複合した言葉である。

 〈モノノケ〉は〈物の怪〉〈物の気〉であろう。試みとして、この言葉の分節の仕方を変えてみよう。〈モノ〉を〈ノケ(ル)〉に分ければ、〈物退け(除け)〉と記すことができ、物を離れさせる・物との間を隔てるという意味を作り出せる。また、〈モノノケ〉をアナグラム的に綴り直すと、〈ケモノノ〉という音が作られ、〈獣の〉という意味が取り出せる。

 〈ハカランダ〉は(Jacaranda〉、ギターの木材の名。正式にはブラジリアンローズウッドというそうだ。立ち上がりが早くて抜けの良い音とうねって絡みあうような木目が特徴だが、現在では希少な材料となり、輸出入が禁止されているそうだ。この歌詞では楽器や楽曲の象徴として位置づけられるだろう。

 音の遊びのようなものだが、〈モノノケハカランダ〉というフレーズの分節の仕方をあれこれと変えて、言葉を思い浮かべてみた。〈/〉スラッシュが区切りを示す。

  • モノノケ/ハカランダ → 物の怪ハカランダ
  • モノノケ/ハ/カランダ → 物の怪は絡んだ
  • モノノケ/ハ/カラ/ン/ダ → 物の怪は空(ん)だ
  • モノノケ/ハカランダ → 物の怪謀らんだ
  • モノノケ/ハ(→ワ)カランダ → 物の怪分からんだ

 こう並べていくと、いろいろな意味が生成されてくる。〈モノノケ〉を〈物の怪〉ではなく別の言葉に綴ってみれば、もっと多様な言葉が出現するだろう。〈ハカル〉にはさらに他の字をあてることもできる。精神分析家ジャック・ラカンは言葉の音そのものをシニフィアンと呼び、シニフィアンが集まり、多重に折り重なることによって無意識が作られると考えた。つまり、無意識はシニフィアンのファブリック、織物として形成される。シニフィアンは次々と生成されて、それらが連鎖していく。


 志村正彦も意識的、無意識的に、〈ドカーン!ドバー!ウリャー!〉という情動を〈勢いのある言葉を並べてドリャー!〉というように多様な言葉の音に変換させて、歌詞を創作していった。

  /ノ/オ/ト/ロ/モ/モ/ノ/ノ/ノ

 志村は叫ぶ。音の反復や連鎖を駆使し、シニフィアンと戯れて、意味を超えたものを歌っている。 

 

2023年12月31日日曜日

百年後の時代、芥川龍之介「後世」[志村正彦LN341]

 12月24日、朝日新聞デジタルに「今も故郷に流れるフジファブリック 志村君が残した音楽は生き続ける」(菅沼遼)という記事が掲載された。「うたと私のStory」という連載の第1回である。

 この記事は、2008年5月の富士吉田「凱旋ライブ」から始まり、2011年12月の同級生による「志村正彦展 路地裏の僕たち」、誕生日7月10日前後の「若者のすべて」と12月24日の命日前後の「茜色の夕日」と流れる防災無線のチャイム、地元FMラジオ局の番組、富士急行下吉田駅の電車接近音楽となったことなど、この十数年の地元での様々な活動やその浸透や拡大を伝えている。記事はこう結ばれる。

志村さんが亡くなってからの14年間に、富士山は世界文化遺産に登録され、街は海外からの観光客であふれるようになった。街が少しずつ変わっても、志村さんの曲は変わらず、富士吉田の日常に溶け込み、生き続けている。

 ここ数年、ハタオリマチフェスティバルに出かけてこの街を歩いているが、確かに、少しずつ街が新しくなっているような気がする。


 今日は2023年最後の日ということもあり、芥川龍之介の「後世」(1919)というほぼ百年前に書かれたエッセイを紹介したい。芥川は百年後の時代を想像して次のように述べている。

時々私は廿年の後、或は五十年の後、或は更に百年の後、私の存在さへ知らない時代が来ると云ふ事を想像する。その時私の作品集は、堆い埃に埋もれて、神田あたりの古本屋の棚の隅に、空しく読者を待つてゐる事であらう。いや、事によつたらどこかの図書館に、たつた一冊残つた儘、無残な紙魚の餌となつて、文字さへ読めないやうに破れ果てゝゐるかも知れない。

 しかし、芥川はこう思う。

しかし誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出して、その中の短い一篇を、或は其一篇の中の何行かを読むと云ふ事がないであらうか。更に虫の好い望みを云へば、その一篇なり何行かなりが、私の知らない未来の読者に、多少にもせよ美しい夢を見せるといふ事がないであらうか。私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。だから私はかう云ふ私の想像が、如何に私の信ずる所と矛盾してゐるかも承知してゐる。けれども私は猶想像する。落莫たる百代の後に当つて、私の作品集を手にすべき一人の読者のある事を。さうしてその読者の心の前へ、朧げなりとも浮び上る私の蜃気楼のある事を。


 誰かが〈偶然〉作品を見つけ出して〈短い一篇〉その中の〈何行か〉を読み、多少にせよ〈美しい夢〉を見ること。そして、読者の心に朧気であっても〈私の蜃気楼〉が浮かび上がること。 作品との偶然の遭遇による〈美しい夢〉と〈蜃気楼〉の発見。

 蜃気楼は、空気の温度差によって光が屈折し、遠方の風景が逆さまになったり伸びたりする虚像を指す。芥川はこの文章を書いた六年後に書いた短編小説「蜃気楼」を発表する。最後の場面では、芥川夫妻を思わせる〈僕等〉が鵠沼海岸を歩いて家に帰っていく。作品は〈そのうちに僕等は門の前へ――半開きになった門の前へ来ていた〉という文で終わる。〈半開きになった門〉とは、心の門が半ば開き、半ば閉じられていることを象徴する。無意識の開閉と言ってもよい。芥川の心には自らの〈蜃気楼〉が浮かんできたのかもしれない。

 最後に芥川は〈私は私の愚を笑ひながら、しかもその愚に恋々たる私自身の意気地なさを憐れまずにはゐられない〉と書いている。百年後の読者の心に浮び上る〈私の蜃気楼〉という想像を、〈愚〉、愚かな想いと捉えて自ら笑いながらも、その想いが捨てきれずにいつまでも追いもとめようとする自身の〈意気地なさ〉を憐れんでいる。〈愚〉を捨てきれるような〈意気地〉はない、心の強さはない、そのことを自ら慈しむような心情が芥川らしい。

 実際は、没後二年の昭和4年には『芥川龍之介全集』が刊行された。その後も何度も全集が発行されている。「羅生門」は高校国語の定番教材となった。批評や研究は膨大な数に上る。芥川が残した資料の大半は山梨県立文学館に収められ、その一部が常設展示されている。その他の資料も日本近代文学館、藤沢市文書館に収蔵され、芥川の田端の家の跡地には「芥川龍之介記念館」の建設が予定されている。

 芥川には自分の作品がある程度は残るという自信はあっただろうが、これほどまでの状況は想像していなかったと思われる。四年後の2027年に芥川没後百年を迎える。この百年近くを振り返ると、日本近代文学の傑出した作品として読み継がれてきたことは間違いない。

 学校教育で芥川の作品に出会うことは多いが、「羅生門」などの代表作に限られる。しかし、あまり読まれていない、ほとんど言及されることのない作品に魅力のあるものが少なくない。この「後世」で言われているように、〈誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出して〉読むことが文学との本質的な出会いとなる。芥川の著作権は切れているので、青空文庫にもたくさん収録されている。さらに、岩波書店の『芥川龍之介全集』、筑摩文庫版の全集なども通して、作品に出あってほしい。


 このブログの中心テーマである志村正彦の場合はどうであろうか。

 彼の生が閉じられて十四年になるが、聴き手は着実に増えてきた。音源や映像を収めた『FAB BOX』などのボックスセットもⅠ・Ⅱ・Ⅲと三回リリースされた。歌詞の評価も高く、『志村正彦全詩集』もオリジナル版、新装版と版を変えて二回も刊行された。2022年から高校の音楽教科書『MOUSA1』にも掲載され、教材となった。一つだけ不満があるとすれば、音楽ジャーナリズム、日本語ロックの批評や研究のなかでいまだに正当な評価が与えられていないことだ。業界的な評価、旧来の価値観や基準などにしばられている。フジファブリックが成しとげた音楽にもっと向き合ってほしい。


 志村正彦の作品は、地元富士吉田の様々な活動、音源・映像のリリース、詩集の刊行、高校音楽の教材化などによって広まったことは確かだが、おそらく、聴き手がたまたまインターネットやラジオで耳にしてその素晴らしさを発見したことも少なくないだろう。芥川の言う〈誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出し〉た形である。


 芥川がそうであったように、百年後の時代でも、志村正彦・フジファブリックは、21世紀初頭の日本語ロックを代表する音楽として聴かれ続けていると僕は考えている。ある程度は歴史的なアプローチになるかもしれない。それでも、未来の聴き手も自らの心に響く歌として志村に出会うだろう。

 来年2024年はメジャデビュー20周年になる。志村正彦の歌との偶然の出会いがもっともっと増えていくことを願う。


2023年12月30日土曜日

帰って来たAnalogfish&moools(2023.12.9 桜座)/「Is It Too Late?」Analogfish

 もう三週間前になるが、12月9日、甲府の桜座に出かけた。「帰って来たAnalogfish&moools 冬の信州甲府皆神山気脈巡りツアー2023 ~カラオケ天下一トーナメント決勝戦~」のライブを見るためだ。四年ぶりの桜座だった。コロナのパンデミックの間、ライブに行くことはなかった。

 記憶を整理するために、Analogfish&mooolsの桜座ツアーをネットで調べた。 

・analogfish&mooolsと行く、冬の信州 甲府 皆神山気脈巡りツアー2013~追分けて、リンゴ~
・Analogfish&mooolsと行く、水中碁石取りツアー2014 ~足でたしかめて、秋~
・Analogfish mooolsと行く、巨大丸太転がしツアー2015 甲府 ~MARUTA FES!~ 巨大丸太がやって来た。ゴロ!ゴロ!ゴロ!
・Analogfish & mooolsと捲く、芋ケンピ空中散布ツアー2016 〜空中サンプ〜、ドローンに詰めるだけ詰め込んで、、秋。
・エビ?カニ?アナログモールスの甲殻類ドラフト会議~茹でる、想い~ 2018

 前回は2018年。つまり、五年ぶりの開催となった。

 桜座には県外から来る方が多いので、帰りの時刻を配慮するためだろう、午後4時からの開始だった。久しぶりということで客の入りが気になったが、ほぼ満員となった。意外なことに、若い女性も少なくない。これは歓迎だ。


 このツアーでは毎回のテーマがあり、関連したミニイベントが行われる。今回は「カラオケ天下一トーナメント決勝戦」。ファイナリストの二人、mooolsの内野正登が少年隊「仮面舞踏会」、Analogfishの佐々木が「宙船」を歌った(この時の オールを漕ぐ謎の振り付けが「かわいい」と受けた)。観客の採点によって僅差で佐々木優勝。

 mooolsの編成は下記の通り

  • 酒井泰明   vocal 
  • 有泉充浩   bass
  • 内野正登   drums
  • カフカ      keyboard
  • コバルト   guitar 
  • 須藤俊明   guitar mandolin
  • 藤原大輔   t.sax・flute

 藤原大輔のサックスの音色がとても美しい。ジャズの響きが加わり、mooolsの音がより厚みを増した。途中で「イエローの中村純作」という紹介の声。の登場が告げられた。あのイエロー?70年代半ばのロック・バンド。当時はかなり知られた存在だった。ブルース風味のギターが奏でられる。ついに八人編成のサウンドになる。楽曲はロック、ブルース、ジャズの融合。歌詞は現代詩との融合。これが本物のフュージョン音楽だ。重厚でしかも柔軟な感触の音群に酔いしれた。


 休憩を挟んで、Analogfishの登場。演奏は四人編成だ。

  • 佐々木健太郎   vocal・bass
  • 下岡晃      vocal・guitar
  • 斉藤州一郎        drums
  • Ryo Hamamoto   guitar

  Ryo Hamamoto(浜本亮)はサポートメンバーだが、もはや第四のメンバーと言ってもよい位置づけだと思う。2017年10月からサポートギタリストとなり、ほとんどのライブに参加。アルバム『SNS』では、一曲を除いた他の全曲でギターを弾いている。以前はmooolsのメンバーでもあった。

 三人編成のAnalogfishには、エッジの効いたクールなドライブ感があった。余分なものをそぎ落としたスリーピースバンドのサウンド。それに比べて、現在の四人編成の演奏は重厚感が増し、彩りが鮮やかなドライブ感が特徴となった。桜座という場とも見事に融合して、その音の波動を堪能した。 


 この日演奏された曲から「Is It Too Late? 」(『SNS』2021収録)を紹介したい。Official Lyric Videoと京都磔磔 でのライブ映像(2022)の二つを添付し、歌詞も引用する。

  Analogfish - Is It Too Late? (Official Lyric Video)



  Analogfish - Is It Too Late? @京都 磔磔 2022/2/26




   Is It Too Late? (作詞:下岡晃 作曲:Analogfish) 

行き慣れた駅に向かう
道に複雑な影が落ちて
いつか見た有名な絵画のよう
携帯を取り出して
何度かシャッターを切ってみるけど
見返すこともないとわかってる
代わり映えのしない毎日が
僕にとって最良の日だったって
今さらおもうとは

街路樹の石垣の
ところどころが崩れ落ちて
過ぎ去った年月が溢れてる
昨日までの常識が
あっという間に剥がれ落ちて
新しく合う鍵はどこにある
代わり映えのしない毎日が
僕にとって最良の日だったって
今さらおもうとは
不思議な力に守られて
思い出だけはいつでもキレイなんて
今さらおもうとは

行き慣れた駅に向かう
道に複雑な影が落ちて
いつか見た有名な絵画のよう
改札の人波に
君の姿を探してしまうけど
ここにいるはずがないとわかってる
代わり映えのしない毎日が
僕にとって最良の日だったって
今さらおもうとは
不思議な力に守られて
思い出だけはいつでもキレイなんて
今さらおもうとは


 〈昨日までの常識が/あっという間に剥がれ落ちて/新しく合う鍵はどこにある〉、〈代わり映えのしない毎日が/僕にとって最良の日だったって/今さらおもうとは〉は、おそらく、コロナの時代の想いを歌ったフレーズだろう。

 2020年初頭から2023年の春まで続いたコロナの時代は、ただひたすら苦しい時代だった。今はもう過ぎ去ったと言ってよいだろうが、振り返ると、渦中の時に感じた苦しさもなんだか幻のような気もする。その3年あまりの時間の記憶がかなり欠落している。意識して忘れたいというよりも、無意識的に忘却しようとしてるのかもしれない。


 とにかく、2023年、Analogfishとmooolsが甲府の桜座に帰ってきた。そのことをほんとうに喜びたい。


2023年12月29日金曜日

村上春樹ライブラリー/「TOKYO MIDNIGHT」[志村正彦LN340]

 毎年、秋の始まりから年末にかけて論文を書く。大学では主に表現や地域学の教育を担当しているが、非常に狭いテーマではあるが文学の研究もしている。芥川龍之介、志賀直哉を中心とした大正期の作家の夢を表現した作品、夢テクストの分析である。夢を対象とするのでどうしても考えあぐねる。あたかも夢のなかのように、思考が行き詰まり、途切れがちになる。何かが浮かび上がることを待つ。必然的に書いている時間よりも何かを待つ時間の方が長くなる。そういうわけで今回も、完成、というよりもとりあえずの完了まで数ヶ月を要した。数日前に提出したが、この間、なかなかブログの更新ができなかった。ヴァンフォーレ甲府については速報性が必要なので何とか書いたが。今年も残り三日となる。2023年のうちに書いておきたいことをおそらく三日連続で書くことになるだろう。


 十一月上旬、僕と妻の二人はACL第4節ヴァンフォーレ甲府を応援するために国立競技場に出かけた(その試合のことはすでにここで書いた)。その夜は東京に泊まることにした。国立競技場から近いところを探したが、タイミングよく、早稲田大学に隣接したホテルを割安料金で予約できた。母校の早稲田界隈に宿泊するなんて、学生時代に友人の下宿に泊まって以来のこと。翌日、昨年開館した国際文学館(村上春樹ライブラリー)、さらに演劇博物館、少し足を伸ばせば早稲田南町の新宿区立漱石山房記念館に行くこともできる。

 当日、浙江FC(中国)との試合は4対1で終了。勝利の心地よい余韻に浸りながら、高田馬場駅駅で降りて、芳林堂書店のあるビルでホテル行のバスを待った。近くにBIGBOXのビルもある。実際はいろいろな変化はあるのだろうが、夜ということもあり、このあたりの風景は学生の頃とあまり変わっていない。僕は「センチメンタルジャーニー」の気分に包まれていった。

 バスは昔よく歩いた道を通ってホテルに到着。部屋の窓から新宿方向の高層ビルの夜景が綺麗に見える。下の方には照明で少しだけ浮かび上がる大隈庭園がある。その場の夜の感触というものは、その場を訪れることでしか味わうことができない。早稲田での夜の思い出が、もうほとんどが消え去っているのだが、少しだけ戻ってくる。友人、先生、教室、学生ラウンジ、図書館。夜遅くまで読書会で仲間と語り合ったこと。夜のキャンパスや近くの街を歩いたこと。すべてが懐かしい。


 翌朝、目を覚ますと東京は快晴だった。窓からは大隈講堂がよく見えた。しばらくすると、大隈庭園にたくさんの保育園児が遊びに来た。庭を飛び回っている。平和な光景だった。

 国際文学館(村上春樹ライブラリー)に出かけた。本部の4号館の建物が改装されて出来上がった。村上春樹からの寄贈・寄託資料、初版本を含めた書籍、関連書が3000冊以上収蔵されている。館内で本を自由に読めるスペースやカフェがある。ビデオディスプレーのコーナーでは、村上春樹と小川洋子の対談と朗読の会が上映されていた。小川洋子は「バックストローク」を読み上げていた。録音はネットで聞けるのだが、映像はここでしか見られないようだ。幸運だった。



 演劇博物館と漱石山房記念館の展示も見ることができた。村上春樹から夏目漱石へという行路は一つのメタファーになる。僕と妻の小さな旅は、個人記念館、文学館や博物館を見ることをいつも楽しみにしている。


 僕にとっては、1985年刊行の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が最も印象に残る作品である。学生時代の終わりの頃だ。初期三部作はすでに読んでいたが、この作品によって新しい文学の世界が開かれたという感を強くした。この小説では「ハードボイルド・ワンダーランド」と「世界の終り」の二つの物語が交互に進行していく。「世界の終り」の方は1980年発表の中編小説「街と、その不確かな壁」が原型になっている。そして、今年2023年4月刊行の長編小説『街とその不確かな壁』は、1980年の『街と、その不確かな壁』を書き直した上で新たな部分を加えた作品である(題名は〈街と、〉〈街と〉という読点〈、〉の有無で区別される)。つまり、村上春樹は1980年の『街と、その不確かな壁』が、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』内の「世界の終り」と2023年の『街とその不確かな壁』の二つの物語へと発展していった。

 「世界の終り」の方の最初の章は次のようなシーンで終わる。

 秋の獣たちはそれぞれの場所にひっそりとしゃがみこんだまま、長い金色の毛を夕陽に輝かせている。彼らは大地に固定された彫像のように身じろぎひとつせず、首を上にあげたまま一日の最後の光がりんご林の樹海の中に没し去っていくのをじっと待っている。やがて日が落ち、夜の青い闇が彼らの体を覆うとき、獣たちは頭を垂れて、白い一本の角を地面に下ろし、そして目を閉じるのである。
 このようにして街の一日は終る。

 この〈夜の青い闇〉が「世界の終わり」全篇を包んでいる。「世界の終わり」の語り手の〈僕〉は夢読みの作業をしている。

 僕は自分の心をはっきりと見定めることのできないまま、古い夢を読みとる作業に戻った。冬は深まる一方だったし、いつまでも作業の開始をのばしのばしにしているわけにはいかなかった。それに少くとも集中して夢を読んでいるあいだは僕は僕の中の喪失感を一時的であるにせよ忘れ去ることができたのだ。
 しかしその一方で、古い夢を読めば読むほどべつのかたちの無力感が僕の中で募っていつた。その無力感の原因はどれだけ読んでも僕が古い夢の語りかけてくるメッセージを理解することができないという点にあった。僕にはそれを読むことはできる――しかしその意味を解することはできない。それは意味のとおらない文章を来る日も来る日も読みあげているのと同じことだつた。

 かなり久しぶりにこの箇所を読んでみて、この〈意味のとおらない文章を来る日も来る日も読みあげている〉という一節に深く共感した。目的は全く異なるが、文学作品の夢テクスト分析も同じような試みである。


 志村正彦には東京の深夜を歌った作品がある。フジファブリック「TOKYO MIDNIGHT」。2004年のアルバム『フジファブリック』に収録されている。その歌詞を引用したい。



  何処からともなく 夜更けの街は

  いやらし男と かしまし娘

  パジャマで パヤパヤ

  朝までお邪魔?  朝までお邪魔??


 東京のある街。深夜から夜更けへそして朝と移りゆく時間。〈いやらし男とかしまし娘〉の二人。〈イヤラシ〉〈カシマシ〉〈パジャマ〉〈パヤパヤ〉〈オジャマ〉という音の遊びが、男女の戯れのように響いてくる。

 〈お邪魔〉という言葉は通常の文脈では、〈いやらし男〉か〈かしまし娘〉のどちらかがどちらかの家を訪れることを指すのだろうが、そもそも〈邪魔〉とは仏教語であり、よこしまなもの、邪気、邪心などの魔物のことを意味する。〈お邪魔〉には〈?〉〈??〉という疑問符が付けられている。歌の主体は、東京の深夜にはよこしまな邪気、邪心が渦巻いていることを表現したかったのかもしれない。

 1970年代前半のプログレッシブロック、特にピンクフロイドを想わせる楽曲。〈パジャマでパヤパヤ〉が四回繰り返されてからは、アグレッシブな演奏が続いて、〈朝までお邪魔? 朝まで お邪魔??〉で収束する。志村の歌詞のなかでも最も字数が少ない作品であるが、言葉を限りなく少なくすることによって、むしろ、言葉と楽曲とが抗争するような効果がある。夜の世界では、言葉が沈黙し、言葉では語りえないものが出現するかのように。


  志村正彦が村上春樹について少し言及した記事を読んだことがあるが、その記事が見つからない。村上作品は1980年代以降の文学・映画・音楽の世界に広範な影響を与えた。志村にも何らかの影響を与えているかもしれない。村上が探求した世界の鍵となるのは、夜と夢である。


2023年12月12日火曜日

VF甲府 ACL決勝トーナメント進出!

 今夜、ヴァンフォーレ甲府VSブリーラム(タイ)との試合が行われた。タイでのアウェイゲーム、午後6時30分キックオフだった。僕はDAZNでの観戦と応援だったが、心はタイに飛んでいった。

 前半は長谷川元希の美しいシュートとピーター・ウタカの技ありの2点で3-0。後半は、判断ミスとPKで2失点というリーグ戦でよく見られた悪い流れで最後までヒヤヒヤしたが、なんとか3-2で勝利した。同時刻開催のメルボルン・シティー(オーストラリア)vs浙江FC(中国)は1-1の引き分けだったので、H組首位となり、ACL(アジア・チャンピオンズリーグ)の決勝トーナメント進出を決めた。J2チームとしてJリーグ史上初の快挙だ。

 終了後、クラブ公式Xで「グループステージ突破!!!!『2月にまた国立で』甲府のACLは終わらない」というコメントが発表された。添付された画像が秀逸。(それにしても仕事が早いです。勝利を確信していたのでしょう)

 「We did it!」。確かに甲府は成し遂げたのだ。




 クラブ公式Xには、現地での画像もあった。この画像から分かるように、数百人のサポーターがタイに駆けつけた。サポーター、選手、スタッフ、みんな微笑んでいる。みんな素晴らしい。(二列目のいちばん右に篠田善之監督、いちばん左に佐久間悟社長。本当にご苦労様でした。VF甲府はまさに新しいステージに進むことができます。)



 すでにDAZNのyoutube チャンネルに、〈【ブリーラム×ヴァンフォーレ甲府|ハイライト】甲府が首位でグループステージ通過!|AFCチャンピオンズリーグ グループH第6節〉がアップされている。





 決勝トーナメント(ラウンド16)は第1戦が来年2月13、14日に、第2戦が2月20、21日にホーム&アウェーで行われる。すでに国立競技場が予約されているようだ。

 甲府のACLは終わらない。僕らの夢はまだまだ続く。


2023年11月10日金曜日

甲府H組首位! ACL第4節、ヴァンフォーレ甲府VS浙江FC(中国)

  11月8日、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)グループリーグ第4節、ヴァンフォーレ甲府(日本)VS浙江FC。

 第2節と同様、仕事を終えてから甲府駅で特急に乗り、国立競技場へ。開始30分前になんとか到着。いつもギリギリ感がある。

 入場ゲートに向かう途中で、おもいがけなく佐久間悟社長と出会い、固く握手して、VF甲府の大健闘を讃えた。五月、佐久間社長を山梨英和大学の「山梨学」の招聘講師として招いて、「スポーツによる地域活性化-ヴァンフォーレ甲府のチャレンジ」というテーマで講義をしていただいた。今年で5年目になるが、毎回、講義内容はヴァージョンアップされている。2023年のテーマは、持続的で堅実な地域活動と共に、天皇杯優勝によるACL参加、山梨からアジア・世界へとVF甲府を発展させていくものだった。これまで大変な苦労があったと思われるが、今のところ、ACLは試合内容も観客動員も大成功だ。これは佐久間社長の手腕によるところが大きい。


 10月4日の第2節は雨だったが、この日は快晴。昼間は暑かったが夜になると涼しくなり、サッカー観戦にふさわしい気候だ。入場前に照明が落とされると、たくさんのサポーターが持ってきたペンライトの青の光が点灯される。美しい青の光がゆれながら輝いている。一緒に来た妻も童心に帰ったようにライトを振っていた。みんな楽しそうだ。フルハイビジョンの大型モニターに映像が映し出され、キックオフが近づく。国立競技場が光きらめく祝祭の舞台へと変わる。



 甲府は浙江FCとの第3節アウェイゲームで0:2で敗れた。この日も最初は少し守勢だったが、次第に攻勢をかけ、18分、ピーター・ウタカが綺麗にパスするようにしてゴール!大喜びしたのだが、オフサイドの判定。しかしVAR(ビデオ判定)でゴールが認められ、再び大喜び!!。結果として二度の歓喜を味わうことができた。J2リーグにはVARは導入されていないので、感謝、感謝。前半終了間際にも、ジェトゥリオが跳び蹴りのようにシュート、2点目をあげた。2点共に鹿島アントラーズから復帰した中村亮太朗のスルーパスによるもの。彼は攻守の切り換えの要となっている。飯島陸も大活躍。前線での追い回しが強力だった。宮崎純真も右サイドからの起点となった。攻撃全体のリズムが素晴らしかった。

 後半はさらに勢いを増した。後半5分PKで一点を失ったが、13分にキャプテン関口正大の豪快なゴラッソゴール、終了間際にも交代で入った鳥海芳樹が落ち着いて4点目を決めた。4:1で試合終了。センターバックの井上詩音、エドゥアルド・マンシャがほぼ完璧と言える仕事をした。山梨県出身のサイドバック小林岩魚の献身的な動き、林田滉也の堅実な守備、GKマイケル・ウッドの安定したセーブ(PKを与えたのはアンラッキーだったが)。この日の先発組は井上と中村以外は基本としてターンオーバーメンバーだが、素晴らしいパフォーマンスだった。

 VF甲府は勝ち点7(2勝1分け1敗)となり、総得点によってH組首位に浮上した。二十数年の応援歴の中でも、この試合は楽しさ、華やかさという点でベスト1と言ってもよい。YoutubeのDAZN Japan映像【ヴァンフォーレ甲府×浙江FC|ハイライト】を添付させていただく。



 入場者も12,256人と増えた。経営的にも素晴らしい数字である。今回も前回と同様、Jリーグの他チームサポーターが応援に駆けつけてくれた。しかも、磐田、千葉などJ2で昇格を争っているチームのサポを見かけた。ACLは別のカテゴリーとして応援してくれる。これはとてもありがたく、うれしい。

 Jリーグチームを愛する者の間でこのような〈連帯〉が生まれたのは、閉塞感のあるこの時代において、とても開放的、解放的な試みである。この貴重な〈絆〉をこれからも大切にしていきたい。
 

2023年11月5日日曜日

『虫の祭り』の音と声 [志村正彦LN339]

 十月末、「山梨学」の授業の一環として学生三〇人と一緒に、富士吉田のハタオリマチフェスティヴァルに行ってきた。例年より人も増えて、かなりの賑わいを見せていた。 

 公式サイトを見て、このフェスが秋祭りだということを初めて知った。秋祭りは収穫を祝う祭り。秋と祭りという組合せが、志村正彦・フジファブリックの「虫の祭り」を想い出させた。


 フジファブリック『虫の祭り』(作詞・作曲:志村正彦)は、2004年9月29日、3枚目シングル『赤黄色の金木犀』のB面曲・カップリング曲としてリリースされた。四季盤〈秋〉のB面曲として位置づけられる。歌詞の全文を引用しよう。

  

どうしてなのか なんだか今日は
部屋の外にいる虫の音が
祭りの様に賑やかで皮肉のようだ

その場凌ぎの言葉のせいで
身動き出来なくなってしまった
祭りの様に過ぎ去った 記憶の中で

「あなたは一人で出来るから」と残されたこの部屋の
揺れるカーテンの隙間からは入り込む虫達の声

どうしてなのか なんだか今日は
部屋の外にいる虫の音が
花火の様に鮮やかに聞こえてくるよ

にじんで 揺れて 跳ねて 結んで 開いて
閉じて 消えて

「あなたは一人で居られるから」と残されたこの部屋の
揺れるカーテンの隙間からは入り込む虫達の声

 

 歌の主体は〈どうしてなのか なんだか今日は〉と問いかける。志村正彦の歌詞によく見られる問いの形だ。〈虫の音〉が部屋の外から聞こえてくる。部屋の中にいる歌の主体はその音を〈祭り〉のように賑やかに感じ、〈皮肉〉のように受けとめる。〈皮肉〉は、遠まわしの非難のようなものか、思いどおりにならないことの喩えなのか。どちらにしろ、この〈虫の音〉に、いくぶんか引き裂かれるような想いを抱いている。

 季節は秋。〈虫の音〉が聞こえてくる時期。秋祭りとの関連で〈祭り〉のようだと感じたのかもしれない。

 〈その場凌ぎの言葉のせいで/身動き出来なくなってしまった〉と、言葉をめぐる想いが語られる。〈祭りの様に過ぎ去った 記憶の中で〉とあるので、記憶の中にある言葉なのだろう。

 誰かが〈「あなたは一人で出来るから」〉と歌の主体に話しかけた言葉は、遠く、遠くから、過ぎ去った過去から聞こえてくる。続く〈と残されたこの部屋の〉という表現は、その誰かの言葉が記憶に残されたこと、歌の主体が一人でその部屋に取り残されたこと、その二つの意味が重ね合わされている。〈揺れるカーテンの隙間〉とあり、部屋の窓は開け放されている。そこから入り込む〈虫達の声〉と〈あなた〉と語りかける記憶の中の声が混ざり合う。

 歌詞の二番では、〈虫の音〉は〈花火〉のように鮮やかに聞こえる。この〈花火〉もまた歌の主体にとっての大切な記憶に関わるものだろう。そして、誰かの語りかけは〈「あなたは一人で居られるから」〉となる。〈一人で居られる〉の方が〈一人で出来る〉よりも強い意味を持つ。この〈一人で居られる〉は〈二人で居る〉と対比される表現だ。おそらく、〈あなた〉と語りかける人と語りかけられる人との別離という意味が込められている。

 A面曲『赤黄色の金木犀』でも、〈もしも 過ぎ去りしあなたに/全て 伝えられるのならば/それは 叶えられないとしても/心の中 準備をしていた〉〈期待外れな程/感傷的にはなりきれず/目を閉じるたびに/あの日の言葉が消えてゆく〉という言葉をめぐるモチーフが歌われている。歌の主体は〈あなた〉という二人称を使っている。B面曲 『虫の祭り』では、歌の主体は〈あなた〉と呼びかけられている。この関係性が興味深い。


 〈「あなたは一人で出来るから」〉と〈「あなたは一人で居られるから」〉という二つの言葉は、鉤括弧の引用符で囲まれている。志村正彦の全歌詞の中でも、誰かの具体的な発話が引用されているのはこの歌だけである。

 おそらく、この二つの言葉は、作者の志村正彦が実際に聞いて、受けとめたリアルな言葉ではないだろうか。非常に現実感のある言葉だ。根拠はないのだが、その言葉が記憶に残されたことも、一人でその部屋に取り残されたことも、志村の実体験のような気がする。

 

 歌詞の言葉を形式的に分析しても、この歌の抒情の魅力を伝えることができない。

 志村の言葉が〈にじんで 揺れて 跳ねて 結んで 開いて/閉じて 消えて〉いく。その後で一分ほど続くアウトロのコーラスが、限りなく切なく、限りなく儚い。

 志村正彦の歌の世界では、言葉になるものと言葉にならないものとが限りなく滲んでいく。 


2023年10月15日日曜日

植物、享楽、無限の痛み―「赤黄色の金木犀」[志村正彦LN338]

 数日前から、金木犀が香りだした。今年は遅い。この地では例年、九月の二十六日頃に香りはじめる。春、夏、秋、冬の四季というよりも、暑い、寒いという二つの季節に変わってきたというのが大方の実感であろう。その影響で、秋という季節が失われてきた。金木犀の花もどこか寄る辺がない。香りも微かに漂うだけだ。

 現実の季節の変容にもかかわらず、志村正彦・フジファブリックの「赤黄色の金木犀」は確かな初秋の季節感を伝えている。


 赤黄色の金木犀の香りがして
 たまらなくなって
 何故か無駄に胸が
 騒いでしまう帰り道

 

 歌の主体〈僕〉は、〈金木犀の香り〉を身体で受けとめ、たまらなくなる。抑えがたい何かにとらわれる。〈何故か無駄に〉記憶の中の何かが回帰してきて〈胸が騒いでしまう〉。〈帰り道〉とあるのは、〈僕〉が実際に歩く〈帰り道〉であると同時に、過去の記憶への〈帰り道〉でもある。〈過ぎ去りしあなた〉と〈金木犀〉の記憶。〈香り〉の〈記憶〉への〈帰り道〉を〈僕〉は歩むことになる。

 香りは直接身体に作用する。香りの物質が鼻膣内の細胞を刺激したときに起こる感覚だ。身体にとって直接の享楽ともなる。

 

 精神分析家の新宮一成は、「夢と無意識の欲望」という論考で、聖書の「野の百合」の喩えについてのジャック・ラカンの言及を引用して、次のように述べている。(『無意識の組曲』岩波書店1997)

 

 ラカンはこの一節に触れてこう言っている。「野の百合、我々はそれを、すみずみまで享楽にゆだねられた、一つの体として想像してみることができる。……植物であるということは、おそらくは無限の痛みのようなものであろう。」(ラカン『セミネール第十七巻』)。ラカンにとって、植物が「享楽」を体現しているとすれば、動物は「快感」を体現している。精神分析では「享楽」と「快感」をはっきり区別しなければならないというのが彼の考えであった。動物というものは、「無限の痛み」のような享楽が最小限になるように、場所を移動する。それが動物特有の、快感原則に沿った暮らし方なのである。人間もその例外ではない。その中で、この暮らし方の外に出ようと意志する人のみが、自分をむち打って、苦行の中で植物のように暮らそうとするのである。

 

  〈植物であるということは、おそらくは無限の痛みのようなものであろう〉という文を理解することは難しいが、ラカンの言葉は読む者に作用する。「野の百合」が喩えであるように、喩えの表現として受けとめてみたい。喩えは連鎖させることができるだろう。


 志村正彦「赤黄色の金木犀」とラカンのこの言葉を意味や論理の関係として結びつけることはできないが、直感として連鎖するところがある。

 〈赤黄色の金木犀〉も〈無限の痛み〉のようなものとして咲いている。〈無限の痛み〉のように香っている。


 この曲を聴いていると、いつも、どこか、かすかに、痛みのような感覚におそわれる。


2023年10月8日日曜日

夢の空間、夢の時間。10月4日国立競技場、ACL 甲府VSブリーラム。


 夢の空間だった。


 10月4日、国立競技場でAFCチャンピオンズリーグ(ACL)グループリーグ第2節、ヴァンフォーレ甲府(日本)VSブリーラム・ユナイテッド(タイ)の試合が開催された。

 仕事を早く終えて、午後3時半頃、車で甲府駅に向かう。ところが駅前の駐車場は満車、満車、満車。こんなことはありえないのだが、国立競技場に行くサポーターが駐車したことに気づく。読みが甘かったと痛感。十数カ所回って、やっと一台空いているところを見つけた。駆け足で駅へ。新宿行きの「かいじ」に乗れたのは発車2分前、ぎりぎりセーフだった。

 国立競技場に到着したのは午後6時半頃、キックオフ30分前。すでに練習が始まり、サポーターの大音量の応援がこだましていた。雨が降っているので、空気に湿気があり、声が響く。新しい国立は屋根があるので、全体が反響板のようになって声が広がる。サポーターの声の音圧がすごい。

 照明が最新テクノロジーが使われているようで、ピッチがとてもクリアに見える。大型ビジョンの映像も綺麗だ。陸上競技用のトラックがあるので、客席からの距離はあるのだが、素晴らしい照明のおかげで、選手が近く見える。どのように表現したらよいのだろうか。視界のなかでピッチが浮き上がってくる、とでも言えるだろうか。雨が降る夜。その闇のなかでこの場だけはとてつもなく明るい。夢を見ているような感覚だった。


 試合開始。甲府は組織的に中盤でのプレスをかける。チャンスを作るものの精度を欠くために得点には至らない。ブリーラムは前線に強力な外国人フォーワードがいて、ときどき決定機を作ったが、何とか甲府が守り切る。そういう展開が終盤まで続いたが、後半のロスタイムに入る間際、クリスティアーノのクロスに長谷川元希が頭で合わせると、ボールがゴールに吸い込まれていった。だが、ゴールが入った瞬間の記憶は消えている。喜びが体を駆け回って、わけがわからなくなった。甲府側のスタジアム全体がゆれていた。ロスタイムを守り切って、1対0で試合勝利。

 ブリーラムは外国人選手や日本でも活躍したティーラトンを始めとして選手の質が高い。サポーターは百人ほどだったが、声も太鼓の音もけっこう聞こえてきた。試合後、甲府の選手が挨拶に向かったのは、国際試合らしい親善の感じがあった。サッカーでもノーサイドの精神が重要だ。


 YouTubeのDAZN Japanチャンネルに日本の動画がアップされているので紹介したい。

 〈【ヴァンフォーレ甲府×ブリーラム・ユナイテッド|ハイライト】〉は8分ほどのハイライト映像。



  〈【ピッチサイドVLOG】J2甲府がアジアの舞台で歴史的な勝利!『ACL GS第2節』甲府vsブリーラムの様子をピッチサイド視点で!〉には、試合前の両チームサポーターの様子も撮されている。




 甲府のフロントは、『Jサポに次ぐ、#甲府にチカラを』というメッセージで他のJリーグクラブのサポーターにも応援を呼びかけた。新宿と渋谷駅にはこのメッセージを載せた大きなポスターを掲示した。この呼びかけに応じてくれたたくさんの他チームサポーターが応援してくれた。ほんとうにありがたい。甲府は日本のJ2チームの代表としてACLを闘う意味あいもあったので、この試みは今後にもつながるだろう。

 観客数は1万1802人。動員としては大成功だった。しかし、甲府のホーム、小瀬スポーツ公園陸上競技場がACLのスタジアム条件を満たしていないために、東京の国立競技場での開催となった経緯を考えると、単純には喜べない状況もある。キャプテンの関口正大も甲府で小瀬で試合をしたかったと話していた。十数年前から甲府の新スタジアム、「山梨県総合球技場」の構想があるのだが、実現に至っていない。この日の国立競技場は夢の空間だったが、総合球技場の建設が順調に進めば、この新しい場が夢の空間になるはずだった。甲府のHPには「夢みる総合球技場」という特設サイトがある。今は一人のサポーターとしてこの夢を見続けるしかできない。これも現実である。


  帰りのタイムリミットがせまっていたので、勝利の余韻にひたることもできないまま国立競技場から帰路を急いだ。午後10時新宿発「かいじ」は甲府サポーターで満席となっていた。12時に帰宅。8時間ほどのACL甲府応援の旅が終わった。この二十数年を振り返ると、2023年10月4日のACL国際試合での初勝利は、2005年12月10日のJ1初昇格、2022年10月16日の天皇杯初優勝に続く記念すべき日となった。


 夢の時間だった。

 


2023年9月17日日曜日

ヴァンフォーレ甲府にチカラを! ACL「真っ向、アジア」

  ヴァンフォーレ甲府のACLでの闘いがいよいよ始まる。9月20日、オーストラリア・メルボルンでアウェイの試合、10月4日、東京の国立競技場でホームの試合が開催される。山梨という小さな県の経営的にも小規模のJ2チームが、海を越えて、アジアの大舞台に登場する。添付画像にあるように「真っ向、アジア」。畏れるものもなく、失うものもない。純粋にサッカーによって、オーストラリア・タイ・中国のチームや人びとと交流することができる。



 ACLは、アジアサッカー連盟(AFC)主催の「AFCチャンピオンズリーグ」の略称。2023年9月からグループリーグがスタートし、2024年5月に決勝が行われる。VF甲府の全日程は以下の通り。全試合がDAZNで放送される。


① 9.20(水)19:00 アウェイ:Melbourne Rectangular(オーストラリア) 
   メルボルン・シティVS 甲府 

② 10.4(水)19:00 ホーム:国立競技場 
   甲府VS ブリーラム・ユナイテッド  

③ 10.25(水)19:00 アウェイ:Huzhou Olympic Sports Center(中国) 
   浙江FC VS 甲府  

④ 11.8(水) 19:00 ホーム:国立競技場 
     甲府 VS 浙江FC   

⑤ 11.29(水)19:00 ホーム:国立競技場
     甲府 VS メルボルン・シティ  

⑥ 12.12(火)19:00 アウェイ:Buriram Stadium(タイ) 
       ブリーラム・ユナイテッドVS 甲府   



 AFCの公式ページには、VF甲府のレジェンド山本英臣の記事も掲載されている。WED, 13 SEPTEMBER, 2023 〈Ventforet legend Yamamoto ready to cherish AFC Champions League™ experience〉こういう記事を読むと、甲府がアジアで闘う実感がわいてくる。


 佐久間悟社長は「山梨日日新聞」2023年9月5日付の記事で、ACLに出る意味と目標を次のように述べている。


「存続の危機を乗り越え、サポーターや山梨県サッカー協会、行政ら多くの人に支えられてきた。Jリーグの中で地方クラブのモデルケースとなり、昨季に天皇杯を優勝して出場できる。県民や県ゆかりの皆さまとともに出るということはあるが、同時に今まで関わりのない東京や首都圏の人にクラブを知ってもらえる」

「試合の設営や戦い方などでVF甲府らしさを表現し、『面白いね』と思われればいい。ローカルなクラブから全国、世界へ一歩を踏み出すようなきっかけにしたい」

「国立競技場で行うホームゲームの観客動員数は平均1万人を超えたい。県民にとっては交通費もかかり、(チケット価格を抑えて)多くの人に娯楽としてフットボールを楽しんでもらいたいと考えた。みんながスタジアムに足を運び、一体感をつくる場にしたいし、それがクラブの目指す方向」


 本来は山梨県でホームゲームを行うのだが、小瀬スポーツ公園陸上競技場(JIT リサイクルインク スタジアム)がACLのスタジアム基準を満たしていないので、代替として国立競技場になった経緯がある。かなり前から新しい総合球技場(サッカー等の専用スタジアム)建設の構想があるのだが、まだ実現に至っていない。極めて残念なことだが、佐久間社長が言うように、東京や首都圏の人が観戦や応援をしてくれるというポジティブな価値もある。チケット価格は、プレミアムシートは別として、通常のシートのカテゴリー1~7までが5,000円~2,000円と国立競技場開催の国際試合としては破格の安さである。

 10.4(水)のチケットの先行販売(シーズンシート個人会員やヴァンクラブ会員向け)が昨日から始まったので、私も早速チケットを購入した。夕方仕事を終えてから国立に向かう予定だ。一般の発売は9月23日からで、Jリーグチケットなどで購入できる。


 佐久間社長は先ほどの記事の終わりでこう述べている。

「みんなでVF甲府を応援してもらいたい。国立競技場だからいってみようかなという、他クラブのサポーターもいると思う。そういう人も含め、サッカーを楽しんでもらえるイベントにしたいと考えているので、ぜひスタジアムに足を運んでいただければと思う」


 このブログでは何度か紹介したが、今回もやはり、志村正彦の言葉を紹介したい。2009年12月5日付の志村日記には〈甲府がJ1に上がった日は嬉しくて乾杯したな、そういやあ。〉と書かれている。志村も天皇杯優勝やACL出場を喜んでくれたことだろう。

 東京やその近郊の方で、サッカーファン、スポーツ観戦の好きな方、山梨に親しみを感じている方々にお願いを申し上げます。10.4(水)、10.25(水)、11.8(水)に国立競技場開催のACLホームゲームに足を運んでいただき、ヴァンフォーレ甲府を応援してください。

 よろしくお願いいたします。


2023年9月10日日曜日

夢の領野の〈ソレ〉 [志村正彦LN337]

 志村正彦・フジファブリック『唇のソレ』(詞・曲:志村正彦)の楽曲は夢のなかで「睡眠作曲」によって作られたが、歌詞も夢に影響によって作られたのではないだろうか。「催眠作詞」、夢工作による作詞の過程である。

 『唇のソレ』の結びの一節である。


  それでもやっぱそれでいてやっぱり唇のソレがいい!


  〈それでも〉〈それでいて〉〈ソレがいい〉の〈それ〉音の反復と連鎖。〈やっぱ〉〈やっぱり〉の音の反復。それらの音がもつれ合いながら複雑に絡み合って、〈唇のソレがいい!〉と歌われる。音の連鎖と反復によって〈ソレ〉は発話されたのだが、イメージとしても夢の領野に登場したのではないだろうか。


 ジャック・ラカンは『精神分析の四基本概念』の「Ⅵ 目と眼差しの分裂」で、〈夢の領野ではさまざまなイメージの特徴とは、「それが現れる」ということです〉と指摘し、次のように述べている。(改訳文庫版「上」p.166-167)


  夢テクストを座標の中に位置づけ直してみてください。そうすれば「それが現れる」が前面に出ているのが解るでしょう。それは、それを位置づけるさまざまな特徴とともにあまりに前面に出ているので――それらの特徴は、覚醒状態において熟視されているものなら持つはずの地平という性質を持たず、閉じているということや、また夢のイメージの方から出現してきたり、陰影をなしたり、シミになったりするという性質、さらにはそれらのイメージの色が強調されたりすることなどですが――夢における我われの位置は、結局のところ本質的には見ている人の位置とは言えないほどです。


 夢の中で〈それ〉が現れる。〈それ〉はあまりにも前面に出ている。〈それ〉は陰翳をなしたり、シミになったり、色が強調されている。夢の中の〈それ〉とは〈それ〉としか名付けられないものである。私たちは夢の中で〈それ〉に出会う。〈それ〉は人であったり物であったり風景であったりするが、現実の〈それ〉とは異なっている。また、説明しようもなく、〈それ〉としか伝えられない感触がある。〈それ〉は覚醒後に消えていく。覚醒直後は記憶が残っていたとしても、時間の経過と共に、実質が失われ、〈それ〉としか言いようのないものに変質する。


 志村正彦が『唇のソレ』で歌いたかった〈ソレ〉は、具体的には〈唇の脇の素敵なホクロ〉だった。唇の〈ホクロ〉は、〈僕〉の欲望の対象である。フロイトもラカンも、夢は主体の欲望を成就すると述べている。

 唇の〈ホクロ〉が〈僕〉の夢のスクリーンに登場する。〈ホクロ〉は夢の前面に現れて、陰翳をなし、シミのように浮かんでくる。〈ホクロ〉は次第にその具象性を剥ぎ取られ、〈ソレ〉としか名付けられない、曖昧なとらえがたいものに変換されてゆく。夢のなかで欲望の対象は次第に享楽の対象となっていく。〈ソレ〉は〈僕〉の享楽の対象と化す。