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2016年2月6日土曜日

『銀河』の鼓動、二月の歌。[志村正彦LN119]

 2005年2月2日、フジファブリック『銀河』が発表された。

 十一年前のこの時期に、「四季盤」と呼ばれるシングル連作、春『桜の季節』、夏『陽炎』、秋『赤黄色の金木犀』に続く、冬の歌としてリリースされた。四季盤の最後の作品であり、そのモチーフからして冬の期間に出されたのだろうが、発売日が2月2日なのは偶然ではなく、ある選択が働いたのだと推測する。『銀河』の物語の「時」を想定してみるならば、真冬の「二月」上旬が浮かんでくるからだ。また、歌詞に「真夜中二時過ぎ」「二人」とあるように、「二」は鍵となる数字かもしれない。

 二月は山梨も極寒の時。

 白雪を被る富士山のイメージが強く、降雪地帯という印象を持たれる方も多いが、太平洋側の内陸部に位置するので、雪はあまり降らない。(一昨年二月の大雪は例外中の例外だったが)しかし、僕の住む甲府市西部の標高は300m弱で、盆地という地形ゆえに朝晩の冷え込みは厳しい。志村正彦の故郷、富士吉田市は標高が800mに届くほどで、冬の寒さはさらに厳しい。(甲府は333mの東京タワーに近く、富士吉田は634mのスカイツリーをかなり超えている)いわば、山梨、甲斐の国全体が「高原」であり、関東の「平野」に比べれば、「真冬」という感じが強い。
 冬の風が冷たく、空気がしんしんと冷え込む。それでも、晴天が多く乾燥した気候ゆえ、冬の夜空は美しい。星が、文字通り、きらめいている。

 志村正彦の『銀河』には山梨の冬の記憶が刻印されている。

 ともかく、MVを通じて、曲を聴いてみよう。official 映像を添付する。




 この奇想天外なミュージックビデオについては次回触れることにして、まずは志村正彦作詞の全文を引用したい。


  真夜中二時過ぎ二人は街を逃げ出した

  「タッタッタッ タラッタラッタッタッ」
  「タッタッタッ タラッタラッタッタッ」と
  「タッタッタッ タラッタラッタッタッ」
  「タッタッタッ タラッタラッタッタッ」と飛び出した

  丘から見下ろす二人は白い息を吐いた

  「パッパッパッ パラッパラッパッパッ」
  「パッパッパッ パラッパラッパッパッ」と
  「パッパッパッ パラッパラッパッパッ」
  「パッパッパッ パラッパラッパッパッ」と飛び出した

  U.F.Oの軌道に乗ってあなたと逃避行
  夜空の果てまで向かおう
  U.F.Oの軌道に沿って流れるメロディーと
  夜空の果てまで向かおう

  きらきらの空がぐらぐら動き出している!
  確かな鼓動が膨らむ 動き出している!

  このまま
  U.F.Oの軌道に乗ってあなたと逃避行
  夜空の果てまで向かおう
  U.F.Oの軌道に沿って流れるメロディーと
  夜空の果てまで向かおう

     ( 『銀河』 志村正彦作詞・作曲 )

 この歌の物語を映画のように鑑賞してみる。MVとは関係なく、歌詞そのものを映像の展開としてと捉えてみると、作者志村正彦の言葉によるカメラワークとその切り替えが冴えていることに気づく。

 始まり、Aメロでは「真夜中二時過ぎ二人は街を逃げ出した」と、「二人」を遠景で描く。「タッタッタッ タラッタラッタッタッ」のBメロでは、カメラは移動撮影で「二人」の動きを追っていく。「二人」は「街」を逃げだし、「丘」へと登り、どこか向こう側へと飛び出していく。
 サビ「U.F.Oの軌道に乗ってあなたと逃避行」のパートでは、一人称の歌の主体(歌詞の言葉としては表れないが)の目線でカメラを構え、「あなた」という二人称へとレンズを合わせる。フレームの中で歌の主体は「あなた」を見つめ、「夜空の果てまで向かおう」と呼びかけている。
 エンディング直前のCメロでは、カメラの目線は冬の夜空へ、銀河の果てへと切り替えられる。ズームアウトしながら、歌詞は「このまま」とつなげられ、大サビへと広がっていく。

 文学では、私的な経験を素材とする作品に虚構性がかなり混じり、逆に、虚構性の高い物語風の作品に私的な経験が反映されていることはしばしばある。

 あくまで想像にすぎないが、『銀河』の物語には志村正彦の高校3年冬の恋の物語が投影されている気がする。バイトを終えて夜中に「二人」は逢ったと、志村はあるインタビューで述べている。結局、この恋は数ヶ月で終わり、その年の春、「二人」は各々上京し、それぞれの道を歩んでいったようだが。彼の作品を素朴なリアリズムで捉えるのは間違っているかもしれないが、この歌についはそのように語ってみたい。
 そうなると、「街」は下吉田の街になり、「丘」はあの「いつもの丘」新倉山浅間神社のある丘になる。「いつもの丘」から見下ろす風景と見上げる夜空。かすかに感じる富士山の稜線の向こう側に銀河が広がる。星々が「U.F.Oの軌道」を描く。極寒の冬、「白い息」はますます白くなる。「逃避行」ではあるが、ネガティブな感じはしない。むしろ、何かに向かうための歩みであろう。

 どこにでもある高校生の恋の物語。その物語をどこにもないような歌詞と楽曲、『銀河』へと志村正彦は変換した。

 それでも『銀河』の物語はあくまで枠組であり、歌の中心は「きらきらの空がぐらぐら動き出している!/確かな鼓動が膨らむ 動き出している!」という一節にあると考えられる。
 歌の主体は、「きらきら」という星座の律動、「ぐらぐら」という夜空の回転を眺めている。天体の運動を感じている。次第に、視線は宇宙の彼方に溶け出していくが、身体の「鼓動」は「確か」なものとして、今ここに有る。そして、その「鼓動」は大きく膨らみ、強く動き出す。その瞬間を、志村正彦は歌いたかった。メロディもリズムも「鼓動」に促されるように疾走していく。

 『銀河』は二月の歌。寒さの厳しい月だが、短く、時の歩みが速い。三月になると春が来る。別れがあり出会いがある。新しい物語が始まる。そして何よりも花の季節を迎える。冬の終わり、春に向けて何かが動き出している。

 『銀河』は二月の歌、冬の季節の「確かな鼓動」を捉えた歌だ。

                          (この項続く)

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