2019年9月22日日曜日

2019年夏の番組 [志村正彦LN234]

 今年、2019年の夏、フジファブリックが出演した主要な番組を振り返りたい。


・8/9(金)20:00~20:55、テレビ朝日「ミュージックステーション」
  演奏:『若者のすべて』

・8/25(日)24:30~25:25、フジテレビ「Love music」
  演奏:『若者のすべて』

・8/31(土)24:58~26:08、TBS「COUNT DOWN TV」
  演奏:『手紙』

・9/2(月)26:20~26:50、テレビ東京「プレミアMelodiX!」
  演奏:『カンヌの休日』

・9/6(金)25:29~26:29、日本テレビ「バズリズム02」
  演奏:『手紙』

・9/7(土)25:00~25:55、BSフジ「LIFE of FUJIFABRIC」
  演奏:『陽炎』(フジファブリック×三原健司【フレデリック】)、『手紙』、『LIFE』


 以上だが、地上波民放局のすべてに出演したことになる。志村正彦没後10年、フジファブリック結成15年という年であり、ますます名声が高まる『若者のすべて』が夏の歌であることから、2019年の夏は集中的な番組出演となった。志村正彦そしてフジファブリックの歴史を振り返ると共に、記念アルバム『FAB BOX III』、『FAB LIST 1』、『FAB LIST 1』のリリース、10/20(日)フジファブリック 15th anniversary SPECIAL LIVE at 大阪城ホール2019「IN MY TOWN」の宣伝も意図したものだろう。

 演奏曲は、テレビ朝日「ミュージックステーション」とフジテレビ「Love music」が『若者のすべて』。その後は、『手紙』を中心に『カンヌの休日』『LIFE』、三原健司【フレデリック】をボーカルに入れた『陽炎』という流れだった。山内の故郷である大阪城ホールでのコンサートのテーマが「IN MY TOWN」であり、『手紙』はそのテーマ曲のような扱いでもある。

 テレビ朝日「ミュージックステーション」についてはすでに志村正彦LN228に記した。今回はそのほかの番組から印象に残った言葉や事柄について書いてみたい。
 フジテレビ「Love music」では、「志村正彦没後10年愛され続ける名曲」として『若者のすべて』が紹介されて、この曲についてのメンバー3人のコメントがあった。


山内:リリースされてから十年以上経っていますし、今年志村君が亡くなって10年なんですけど、志村君と頑張って作ったというとあれですけど本当にいい曲が出来たっていう手応えがあったんですね

加藤:この曲は歌詞が体験したことがなくても情景がやっぱり浮かぶ曲だと思いますねえ。

金澤:日本で生まれた育った皆さんのですねえ、その潜在的に持つ心情だったり風景だったりと……


 この番組では『若者のすべて』をフルヴァージョンで演奏した。メンバーの視線の向こう側に花火の映像を展開する演出が効果的だった。

 TBS系「COUNT DOWN TV」では、「ALBUM RECOMMEND」の2枚目として『FAB LIST』が取り上げられた。山内はこう述べていた。


すべての曲に思い入れはあるんですけど中でも「STAR」という曲が「FAB LIST 2」収録されているんですけども、この曲はですね、フジファブリックは2009年にボーカル・ギターの志村正彦という人間が他界しまして、バンドが本当に続けられるかどうか,続けることも出来ないだろうって思ってたところ、このメンバーでやっていこうと決めて最初に録った作った作品が「STAR」なので、その「STAR」ていう曲が思い出になるというかいろいろ自分たちにとっても大切な曲になっています。


 このコメントがあったので、演奏されるのは『STAR』かと思ったが、実際は『手紙』だった。どちらかというと、テレビスタジオで演奏される『STAR』を聴いてみたかったのだが。

 BSフジ「LIFE of FUJIFABRIC」は、フジファブリックを単独のテーマとした番組だった。 出演者は、山内総一郎、金澤ダイスケ、加藤慎一。コメントゲストは、綾小路 翔【氣志團】、奥田民生、岸田 繁【くるり】、刄田綴色(ドラマー)、原田公一(FREE,INC. 代表取締役)、薮下晃正(ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ)、今村圭介(EMI Records)。歌唱ゲストは三原健司(Vo./Gt.)【フレデリック】という面々。特に、原田公一、今村圭介の二氏が出演したのは特筆すべきことだった。志村正彦を見出し、そして育てた重要な二人だからだ。

 志村正彦・フジファブリックは若い世代のアーティストから高い支持を受けている。三原健司(フレデリック)もその一人であり、彼の唱法は『陽炎』の新しい魅力を伝えていた。『手紙』は現在のフジファブリックにとっての代表曲として、『LIFE』はおそらく番組タイトルとの関連で選ばれたのだろう。

 番組制作者の志村正彦・フジファブリックへのリスペクトがうかがわれる内容であり、ゲストのコメントはどれも興味深いものだった。そのなかで最も印象に残ったのは、次の問いかけに対する山内総一郎の回答だった。


 3人にとって志村正彦とは ――

稀有という言葉がありますけど、僕は唯一の人だと思いますし、だからこそ、フジファブリックというバンドにこんなに真剣になれているというか、人生をかけて、フジファブリックとして生きていこうって思うのは、やっぱり彼の存在があって、彼がない人生はない、なかったので、感謝していますし、ずっと仲間のミュージシャンという感じですね、はい。
生み出しつつ、新しいものをやっぱり生み出さないと、いけないですね、はい。


 山内は志村に対する想いを「彼がない人生はない、なかったので、感謝しています」と正直に吐露している。誤解を恐れずにあえて書くが、彼の現在のポジションは志村正彦という存在がなければ獲得できなかったものである。「感謝」という表現は、一人の人間としての山内が志村に対してどのような関係の意識を持っているのかを示している。しかし、表現者は言葉で表明するだけでなく、作品の創造を通じて「感謝」を表現していかなければならない。表現を仕事とする者の孤独で時に過酷な現実がある。

 前回まで四回にわたって、「闘い」というキーワードで志村正彦の軌跡を振り返ってきた。2010年以降のフジファブリックには、志村が自らとフジファブリックというバンドに求めたような「闘い」の軌跡はあまり見られない。山内、金澤、加藤の三氏はこの十年間、「闘った」というよりも「守った」のだろう。バンドの継続そしてバンドマンとしての生活を守ってきた。日々の生活を守ることは生きることの根本である。『FAB BOX III』も『FAB LIST 1』も守ったことの成果かもしれない。守ることも闘うことではある。そう考えることは可能だ。しかし、守るだけでは新しいものを創り出すことはできない。
 コメント最後の「生み出しつつ、新しいものをやっぱり生み出さないと、いけないですね」には、志村正彦のフジファブリックとは異なる「新しいもの」をまだ創造していないという自己認識が現れているのではないか。新しいものを生み出すためには「闘い」が必要である。番組最後で山内自身も「闘っていかないといけない」と述べていた。
 フジファブリックがフジファブリックであるためには、創造のための闘いが必要である。守ることと闘うことの間に、現在のフジファブリックのアポリアがある。


 今年の夏は志村正彦そしてフジファブリックに対して様々な言葉が語られてきた。BSフジ「LIFE of FUJIFABRIC」冒頭の岸田繁【くるり】の発言を引用してこの回を閉じたい。


表現者としてあるいは詩人としてすごいポテンシャルが高くてエネルギーの強いシンガーソングライターがいたバンドで


 「表現者としてあるいは詩人として」という捉え方、「すごいポテンシャルが高くてエネルギーの強い」という評価の基軸には、同時代の優れた音楽家である岸田繁の明確な意志がうかがえる。そして「シンガーソングライターがいたバンド」という過去形の表現から、岸田の喪失感が伝わってくる。
 2019年夏の時点で志村正彦・フジファブリックはどう評価されているのか。その貴重な証言として記憶される言葉だろう。

2019年9月15日日曜日

「闘い」の記録 [志村正彦LN233]

 「闘いの場」「音楽との闘い」「仕事としてのフジファブリック」と三回続けて、《闘い》をキーワードにして、志村正彦の軌跡について書いてきた。

 志村の人生の軌跡は、「志村日記」(『東京、音楽、ロックンロール 完全版』)に記された彼自身の言葉によってたどることができる。また、『FAB BOOK―フジファブリック』や様々な雑誌にインタビュー記事が載せられ、ドキュメンタリー映像もDVD「FAB MOVIES DOCUMENT映像集」(『FAB BOX』)、そして今回のDVD「ディレクターズカット版 “CHRONICLE” スウェーデンレコーディング」(『FAB BOX III』)に記録されている。二十九歳で人生が閉じられた音楽家の「表現」と「仕事」の軌跡を、僕たちは幸いなことに(そう言うべきなのだろう)知ることができる。

 でもあらためて考えてみると、このようなことが可能になったのは取材者の情熱や努力によることも大きい。彼に関する記事を書籍、雑誌、ネットの記事で読むと、他の音楽家と比べても取材者や編集者に恵まれていたと言えるだろう。それは志村正彦という希有な表現者が彼らを魅了していたからにちがいない。
10月刊行予定の『別冊 音楽と人×フジファブリック 音楽と人増刊』にも、志村の良き理解者であった樋口靖幸氏による記事が再録されるのだろう。

 『FAB BOX III』、『Official Bootleg Live & Documentary Movies of "CHRONICLE TOUR"』の「ディレクターズカット版 “CHRONICLE” スウェーデンレコーディング」については、「Official Bootleg Live & Documentary Movies of "CHRONICLE TOUR"」氏(中也さん)の功績が大きい。彼が撮影した映像がなければこのDVDは不可能だった。

 ネットを検索して、「須藤中也ブログ 日々のあぶく」があることを知った。2004年から2016年までの記事を読むことができる。その中に「フジファブリックスペシャル」という2010年4月2日の記事がある。長文になるので部分に切り取って引用させていただく。


僕は2005年からずっとフジファブリックのドキュメントやオフショットを撮ってきました
そして撮影したものはMusic on TV!のフジファブリック スペシャルで形にしてきました
だからこのプログラムは僕のクロニクルでもあります
僕はこのバンドと出会わなかったらディレクターとしての人生は大きく変わっていたと思うし
多分曽我部さんやアナログフィッシュとの繋がりもなかった事でしょう
フジとの仕事は仕事であるけど、大事なライフワークでもあります
だから仕事を超えた何かがいつも作品を作ると残っていきました
僕を一回りも二回りも成長させてくれたバンドです

その頃(*2004年)、テレビで桜の季節のPVのスポットが流れてて
そのメロディーと歌詞の雰囲気にすぐさま心奪われ
いいPVだなと思い、こういう感じのバンドのPV作れたらいいだろうなーと傍で思いながら
久々にいいバンドが出て来たなと部屋の掃除をしながら思っていた記憶があります
だから完全に僕は1ファンでしかなかったのですが
まさかあの時はこんなに人生に深く関わるバンドになるとは思いもしませんでした

僕が初めてフジを撮ったのは2005年のロックインジャパン
初対面で緊張したし、自分の思うように撮れなくて
なんとなく撮影終わってへこんだりしました
そもそも僕も人見知りだし、メンバーも人見知りだったなと
今思えば、それはそれでその時にしか撮れないものが撮れていたと思えます
「フジファブリック SPECIAL 2005」は僕の初めてのフジ作品になります
僕のメイキング奮闘記でもあります
最後の茜色の夕陽がだんだん白黒になっていくのが印象的です
あとテレビ画面を8mmで撮ったオープニングも今見ると良い味だしてます

「フジファブリック ライブスペシャル 2006 完全版」は
今思えばクリスマスの日のスペシャルライブで
僕はバックステージで撮っていたけど
この時志村君が帽子のセレクトに悩んでて
たまたま僕の帽子を被ったら
それでステージに出てくれて
なんかすごい嬉しかった記憶があります

フジファブリック SPECIAL 「CHRONICLE」までのクロニクル
これは去年作った番組です。スウェーデンでのレコーディング風景とアルバム完成後のインタビューです
僕の位置づけとしてはアルバム「クロニクル」のDVDと対になった番組です
だから両方見てもらえるとクロニクルというアルバムが深くわかるのではと思いますし
二つ流れで見てもらうのが監督の気持ちとしては本望だったりします
インタビューの画の質感が気に入ってます
あとフジの歴史をビジュアル化させたオープニングが印象に残ってます


 この記事は、MUSIC ON! TVの「フジファブリック志村正彦 追悼特別編成企画」の「フジファブリックスペシャル2004~2009」2010年4月3日(土)18:00-23:00を紹介するためのものだが、「フジとの仕事は仕事であるけど、大事なライフワークでもあります」という言葉は2019年に『FAB BOX III』として具現化した。

   フジファブリック SPECIAL 「CHRONICLE」までのクロニクルの内容から、この番組が「ディレクターズカット版 “CHRONICLE” スウェーデンレコーディング」の原型ではないかと推測される。「クロニクル」の付属DVDと併せると「クロニクルというアルバムが深くわかる」というのが中也さんは述べているが、今回リリースされた『FAB BOX III』によって、アルバム『クロニクル』をそしてスウェーデンでの日々をさらに深く理解することができる。
 中也さんが志村の「闘い」を記録することによって、志村の闘いの軌跡をたどり、その意味を考えることが可能となった。

 音楽は完成された作品を聴くことだけで完結する。しかし、完成までの過程を知ることができるのも僕たちファンにとっては幸せなことである。特に映像の場合、たくさんの情報から様々なことを読みとることができる。作品と対話する経験を深める。

2019年9月8日日曜日

仕事としてのフジファブリック [志村正彦LN232]

 志村正彦は、ディレクターズカット版 “CHRONICLE” スウェーデンレコーディング(『FAB BOX III』「Official Bootleg Live & Documentary Movies of "CHRONICLE TOUR"」DISC1)の冒頭、チャプター1「2009/2/9 Stockholm」で次のように語っている。2/9という日は、スウェーデンでの仕事がほぼ終わった頃である。


『Teenager』が去年の1月に出て、今2月になってスウェーデンでレコーディングをしてますけど、まあ一年ちょっと経ってますけど、その間にですね、まず感じたのは、自分のスキルというか曲作りの精度、言いたいことの方向性っていうものをもうちょっと明確にしていかないと先に進まないなあというのが根本的にあって。

フジファブリックは、正直言うと僕はメンバーにすごい助けられている部分がとてもあってですね、いつもダイちゃん、カトーさん、総くん、サポートドラマーの方にいつも、なんて言うんでかねえ、支えられてほんとうにやってきたんですけど。

それも素晴らしいんですけど、一人で根本的にスタートする、ものは、きっかけは、僕が作らないとそろそろいけないなと思ってですね、そういう自覚というか、それはフロントマンとしてあたりまえのことなんですけど、プロミュージシャンとして曲を一人でまずしっかり作れるような、一人でメロディをしっかり作れるような人間にプロミュージシャンになろうかなっていうのがとりあえず一番大きかったので。デモテープ作りとかすごい籠もってやっていましたよ、部屋で。


 自分のスキル、曲作りの精度、言いたいことの方向性を明確にすること。『CHRONICLE』はその実践でもあった。そして「一人で根本的にスタートする」ことへの決意が語られている。志村のフロントマンとしての自覚、プロミュージシャンとしての自立。プロフェッショナルとしての覚悟や意気込みが強くうかがえる発言である。

 志村にとってフジファブリックは、彼の言葉と楽曲を「表現」として具現化する媒体であると同時に、「仕事」としてのプロジェクト名であった。「仕事としてのフジファブリック」のリーダーとしてプロジェクトを率いてきた。頭角を現してきたロックバンドのフロントマンとしてレコード会社や所属事務所の期待にも応える。アルバムでその成果を出す。2009年はそのプロジェクトが大きく開花する時期でもあった。
 彼自身はもとよりメンバーやスタッフの生活の糧を得ることは仕事としての必然である。表に出すことはないにしても、志村家の長男として将来は家を支えていくという意識もおそらくあっただろう。(僕もそうだが、山梨のような田舎で生まれた長男にはそのような意識がまだ残っている)
 志村は職業として音楽家を選択した。そのための努力を惜しむことはなかった。計画作りも綿密に行っていた。彼の発言の記録からその姿がうかがえる。

 彼はDVDチャプター13でこう述べている。


闘っていましたねえ。ホテルのロビーでみんながご飯食べに行っているなか、一人でこうピアノを鍵盤を弾きながら曲を作って、ギター弾いてベース弾いてマイク持ってきてマイクで歌ってレコーダーたてて、曲作って『Stockholm』ていう曲ができて。一刻もこう予断を許さないというか、そんな毎日でしたね、はい。


 志村正彦はフジファブリックという仕事と闘っていた。音楽の創造という純粋な闘いであると同時に、仕事という現実的な闘いでもあった。ルーティーンとしての日々の厳しい仕事に耐えること。スウェーデンレコーディングの記録映像はその闘いの軌跡も描いている。

2019年9月1日日曜日

音楽との闘い [志村正彦LN231]

 志村正彦にとってスウェーデンは闘いの場であった。これまでもこれからも「ずっと闘っている」という意志と予感が確かな確信として彼にはあった。前回そのように書いた。
 ここで以前紹介した 『bounce』 310号(2009/5/25)のインタビュー(文:宮本英夫)をもう一度引用したい。宮本氏の問いかけに対して志村はこう述べている。


最後にひとつ、確かめたいことがあった。前作のインタヴューの際に彼は、これまでの作品のすべてに〈vs.精神〉があると言い、ファースト・フル・アルバムは〈自分vs.東京〉、2作目は〈自分vs.日本のロック・シーン〉、そして3作目は〈いまの自分vs.ティーンエイジャーの自分〉と語ってくれた。では、このアルバムはどうなんだろう?

「今回は〈音楽家の自分vs.自分〉という感じです。自分はちゃんと立派なミュージシャンになれたのか?ということとの闘いです。その答えはまだ出ていないですね。これから出たらいいなと思います」。


 ここにも、「自分はちゃんと立派なミュージシャンになれたのか?ということとの闘い」という発言がある。〈自分〉が〈音楽家の自分〉になるための闘いを志村自身が証言している。
 この宮本英夫氏による記事とも関連するもう一つの記事がある。同じく『CHRONICLE』発表時に『musicshelf』というwebで次のように語っている(文:久保田泰平氏)


ファースト・アルバムは東京vs.自分、セカンド・アルバムは当時の音楽シーンvs.フジファブリックっていうテーマがあって。で、前作の『TEENAGER』は東京vs.東京が好きになった自分、なんでもない日常だけど前向きに生きていればいいことあるさっていうテーマがあったんですけど、そこで思い描いていた自分のイメージにその後の自分が届いてないように思えたんですね。だから、今回は音楽vs.自分みたいな、そのぐらいまで根詰めてやってましたね。


 『bounce』 の記事(宮本英夫)と『musicshelf』の記事(久保田泰平氏)のアルバムごとの説明を併記してまとめてみよう。

 1st  2004年11月10日 『フジファブリック』
     〈自分vs.東京〉 〈東京vs.自分〉

 2nd 2005年11月 9日  『FAB FOX』
        〈自分vs.日本のロック・シーン〉 〈当時の音楽シーンvs.フジファブリック〉

 3rd 2008年1月23日   『TEENAGER』
    〈いまの自分vs.ティーンエイジャーの自分〉 〈東京vs.東京が好きになった自分〉 

 4th 2009年5月20日   『CHRONICLE』
          〈音楽家の自分vs.自分〉 〈音楽vs.自分〉

 説明の違いがあるのは 3rdアルバム『TEENAGER』である。しかしこれも、志村正彦の「いま」は「東京が好きになった自分」にあり、「ティーンエイジャー」の時代は富士吉田にいて「東京」との距離があったことを考えると、説明に矛盾はない。他のアルバムはほぼ同じである。

 二つのインタビューとも最初読んだ時には「vs.」は、対比や対立を表すための記号と捉えていた。しかし、『FAB BOX III』収録インタビューの「ずっと闘っている」という志村の肉声を聞くと、「vs.」は単なる対比・対立の記号ではなく、「闘い」そのものの記号であることにようやく気づいた。

 ディレクターズカット版 “CHRONICLE” スウェーデンレコーディング(『FAB BOX III』「Official Bootleg Live & Documentary Movies of "CHRONICLE TOUR"」DVD2枚中のDISC1)の「チャプター17」をあらためて再生してみた。志村の「ずっと闘っている」という発言のシーンである。
 このシーンには『ルーティーン』の最後の一節が流されている。


日が沈み 朝が来て
昨日もね 明日も 明後日も 明々後日も ずっとね


 志村の「日が沈み」の歌声が聞こえると、それに重なるようにインタビューの声が始まる。前回引用した部分でもある。


僕はたぶん音楽という仕事を続けていくかぎり、ずっと闘っていかなければいけないと思うんですよね。
だから気が休む時なんてほとんどないと思うんですけど、まあそういう日が来たらうれしいと思うんですけど、ないと思うぐらいほんとうに今もたぶん将来も音楽に夢中でしょうし、ずっと闘っている、と思いますよね。すごいミラクルが起きた場所だったと思います。


 発言中の「ずっと闘っている」という言葉の直後に『ルーティーン』の「ずっとね」という言葉が流れる。まるでインタビューの声と『ルーティーン』の声とが対話をしているかのように聞こえてくる。志村の二つの声によるデュエットのようなコーラスのような不思議な余韻があった。
 このシーンを編集した須藤中也氏や今村圭介氏の想いが込められた演出なのだろうが、このシーンに僕は心を揺さぶられた。ある種の啓示を得たような気もした。
 「折れちゃいそうな心だけど/君からもらった心がある」の「君」は「音楽」のことかもしれない。解釈はいろいろとあってよい。聴き手の自由である。『FAB BOX III』のこのシーンから、「音楽からもらった心」という意味合いが新たに伝わってきた。「今もたぶん将来も音楽に夢中でしょうし、ずっと闘っている、と思いますよね」という発言にも新たな意味が加えられた。

 志村の「音楽からもらった心」は、音楽を深く愛した。そして音楽から深く愛された。彼は音楽家を志した。しかし、音楽家となるのは闘いであり、闘い続けることであった。昨日も今日も、そして明日も明後日も明々後日も、ずっと闘っている。そのような闘いであった。
 
 音楽は愛である。音楽を創造することは音楽を愛することであるが、音楽と闘うことでもあった。 


2019年8月25日日曜日

闘いの場 [志村正彦LN230]

 「ディレクターズカット版 “CHRONICLE” スウェーデンレコーディング」(『FAB BOX III』「Official Bootleg Live & Documentary Movies of "CHRONICLE TOUR"」DVD2枚中のDISC1)には、ストックホルムでの記録映像が1時間17分ほど収録されている。特に、新たに公開された志村正彦やメンバーのインタビューが貴重である。撮影を担当したのは須藤中也氏(中也さん)。彼が撮った映像がなければ『FAB BOX III』は今の形では成立しなかっただろう。

 フジファブリックは『Sugar!!』『同じ月』の日本での録音を終えて、スウェーデンへと旅立つ。成田空港でパスポートを忘れた中也さんがなんとか出発に間に合うシーンも収められている。一行はSAS(スカンジナビア航空)に乗り、コペンハーゲンでトランジットしてストックホルム空港へ到着。空港ロビーで楽しそうに話したり、楽器や機材が壊れていないか確認したりと、海外ならではのシーンが続く。
 
 冬のストックホルムは雪や氷で覆われている。宿泊したホテルの近くにはスルッセンがあり、そこから眺めるガムラ・スタン(旧市街)のシーン。僕と妻も2年前の夏にこのあたりに泊まり、夜と昼に数時間かけて街を歩いた。ヨーロッパの旧市街は歩いてみることによって、その歴史や現在を身近に感じることができる。DVDには記憶の中の風景と重なる映像もあった。

 1月19日から2月12日まで三週間を超えるレコーディングがMonogramスタジオで始まる。志村正彦はこのスウェーデンレコーディングについてある決意を述べている。


スウェーデン、そうですね、僕は闘いに行きましたからねえ。
だから闘いの国でしたよ、やっぱり。


 その「闘い」の記録が様々なシーンによって構成されている。スタジオとホテルの往復生活。志村はホテルに帰ってからも一人で部屋にこもって制作を続ける。思い描いたように録音できた時の充実した表情。メンバーとのやりとりの中での笑顔。次第に疲労が蓄積されていく様子。「自分」と闘う志村の姿が映像に刻み込まれている。

 2月8日、『ルーティーン』を録音してレコーディング完了(翌々日が本当の最終日だったが)。2月9日、メンバー四人で船に乗ってユールゴーデン地区の動物園に遊びに行く。スケートをする子どもたち、戯れるメンバー。この日は天気も晴れていて、のどかなおだやかな雰囲気に心が安らぐ。過酷なスタジオ録音の終了後にこうした時間を持てたことは喜びだったろう。


 以前、『FAB BOX III 上映會』の記事で、上映のラストに映像に被さる形で志村正彦の「闘っている」という言葉が最も印象に残ったと書いた。その際に、『FAB BOX III』で正確な発言を確認したいと記した。このDVDにそのシーンがあったので文字に起こして引用したい。


僕はたぶん音楽という仕事を続けていくかぎり、ずっと闘っていかなければいけないと思うんですよね。
だから気が休む時なんてほとんどないと思うんですけど、まあそういう日が来たらうれしいと思うんですけど、ないと思うぐらいほんとうに今もたぶん将来も音楽に夢中でしょうし、ずっと闘っている、と思いますよね。
すごいミラクルが起きた場所だったと思います。


  「すごいミラクルが起きた場所」というのは文脈上、スウェーデンを指すのだろう。志村正彦はスウェーデンに闘いに行き、その意志の通りにすごいミラクルを起こした。スウェーデンは闘いの場でありミラクルの場であった。そして、これまでもこれからも「ずっと闘っている」という意志と予感が、確かな確信として彼にはあったのだろう。


[付記]数日前、このblogのページビュー数が25万を超えました。記事を読んでいただいている方々、tweetして紹介していただいている方々に感謝を申し上げます。

2019年8月18日日曜日

2019年夏の『若者のすべて』[志村正彦LN229]

 8月9日のミュージックステーション。志村正彦・フジファブリック『若者のすべて』の演奏は大きな反響を呼んだ。番組の録画を見直してみた。
 スタジオ収録用カメラはありのままの姿を映し出してしまうところがある。番組での加藤慎一、金澤ダイスケ、山内総一郎の三人の姿はいつもより年齢を感じさせた。加藤・金澤が39歳、山内が37歳、若者の季節をすでに過ぎた彼らが『若者のすべて』を歌い奏でる。もちろん、あらゆる歌は年に関係なく歌うことができる。しかし、歌のリアリティは歌い手という存在に支えられていることも確かだ。挿入された映像の志村正彦は二十代後半の声と身体のままである。2019年という時の区切りはそんなことも感じさせた。

 時間は前後するが、8月5日の河口湖湖上祭で、「路地裏の僕たち」による「河口湖湖上祭 若者のすべて花火プロジェクト」による花火が打ち上げられた。『FAB BOX III 上映會』と展示会の際に集まった協力金は71万を超えたそうだ。一人500円だったのでざっと計算すると1400人もの人が協力したことになる。僕は現地には行けなかったが、動画サイトでその映像を見ることができた。初めに志村正彦のことを伝えるアナウンスがあった。志村の歌声が会場に流れ、美しい花火の数々が夜空を飾っていた。いったん終わりかけ、少しの沈黙の後、ひときわ大きな花火が打ち上げられた。「最後の最後の花火」を意図した演出だろうか。余韻が残る終わり方だった。三分ほどの時間、その間の火花の一点一点の光の粒が一人一人のファンによって支えられていた。
 「同じ空を見上げているよ」、歌詞の最後の一節のように、志村を想う人々が現地であるいは動画を通じて、河口湖湖上祭の同じ空、同じ花火を見上げていた。

 8月8日、 槇原敬之が初のカバーベストアルバム『The Best of Listen To The Music』に『若者のすべて』を収録するというニュースがあった。槇原は10月にデビュー30年目を迎える。30周年イヤー第1弾作品として、 これまで3作あるカバーアルバム『Listen To The Music』シリーズの中から厳選された13曲にフジファブリック『若者のすべて』とYUKI『聞き間違い』が新たに録音されて全15曲が収録され、10月23日に発売されるそうだ。この収録曲が凄い。


■槇原敬之『The Best of Listen To The Music』収録曲
01. 君に、胸キュン。(YMO)
02. 月の舟(池田聡)
03. traveling(宇多田ヒカル)
04. Your Song(エルトン・ジョン)
05. 言葉にできない(小田和正)
06. ごはんができたよ(矢野顕子)
07. WHAT A WONDERFUL WORLD (ルイ・アームストロング)
08. ヨイトマケの唄(美輪明宏)
09. MAGIC TOUCH(山下達郎)
10. Hello,my friend(松任谷由実)
11. 時代(中島みゆき)
12. Rain(大江千里)
13. Missing(久保田利伸)
14. 若者のすべて(フジファブリック)※新録
15. 聞き間違い(YUKI)※新録
※カッコ内はオリジナル歌唱アーティスト


 『若者のすべて』が、『Your Song』(エルトン・ジョン)、『WHAT A WONDERFUL WORLD』(ルイ・アームストロング)という世界の名曲、『ヨイトマケの唄』(美輪明宏)、『Hello,my friend』(松任谷由実)、『時代』(中島みゆき)という日本の名曲、『君に、胸キュン。』(YMO)、『ごはんができたよ(矢野顕子)』という日本語ロックの秀作と並んでいる。これを知った時の驚き、喜び。月並みな言葉しか浮かばないが、嬉しさがこみ上げてきた。槇原敬之という傑出した歌い手による選曲の中で、『若者のすべて』は歌い継がれるべき名曲として認められた。『若者のすべて』はついにこのような並びの中で記憶されていくのだ。
(いつも書いていることだが、カバーソングの場合はオリジナル歌唱アーティストを記すのが通例だが、作詞作曲者名も記してほしい。15曲中、バンドによる作品は他に『君に、胸キュン。』(YMO)があるが、これは作詞:松本隆、作曲:細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏である。YMOというアーティスト名とともに、作詞作曲者名が重要であることが分かる)

 一昨日、県立図書館2階の郷土資料コーナーで調べ物をしていた。2階から1階を見下ろした時に、5年前の2014年7月、この場所で『ロックの詩人 志村正彦展』を開催した時のことを思い出した。あの時は志村正彦の没後五年、今年は十年である。年月は過ぎ去り、年齢は重ねられていく。
 図書館を後にして車に乗り込むと、『若者のすべて』が流れ始めた。午後3時過ぎ、FM FUJIだった。偶然の遭遇は幸せな気分をもたらす。家への帰路の途中。猛暑の甲府盆地。車の外では夏の光が溢れている。車の中では志村の声が響きわたっている。彼の声が夏の光を縫いあわせるようにして歩き出していった。
 この歌を愛する一人ひとりに、夏の『若者のすべて』がある。FM FUJIの ONAIR SONGSが僕にとって、2019年夏の『若者のすべて』となった。

2019年8月9日金曜日

『若者のすべて』の声と像(ミュージックステーション)[志村正彦LN228]

 今日8月9日、テレビ朝日「ミュージックステーション」にフジファブリックが初出演し、志村正彦作詞・作曲の『若者のすべて』を歌った。

 演奏の前に、『若者のすべて』、志村正彦、フジファブリックを紹介する時間があった。テロップとナレーションで構成されていたが、テロップだけを以下に記す。


フジファブリックが夏の名曲ライブ!
「若者のすべて」(07) 作詞・作曲:志村正彦

多くのアーテイストに愛される名曲
櫻井和寿 藤井フミヤ 槇原敬之 錚々たるアーティストがカバー

2009年12月24日
ボーカル&ギター志村正彦、急逝。

残された三人でバンドを存続
亡くなった志村正彦に代わりギターの山内総一郎がボーカルも担当
ロック界に確固たる地位を確立

デビュー15周年 志村正彦没後10年 Mステ初登場!
志村正彦の歌声とともにパフォーマンス!


 あくまで現在のフジファブリックからの視点ではあるが、簡潔に振り返っていた。伝えるべきことは伝えていた。この後、タモリと山内によるトークなどがあった。
 CM後に演奏が始まった。山内総一郎(Vo/G)、加藤慎一(B)、金澤ダイスケ(Key)、ゲストドラマー(ニコという方らしい)の四人編成。「志村正彦の歌声とともにパフォーマンス!」と予告されたからどのような演出になるのか、期待と不安が入り混じった気分で『若者のすべて』を聴くことになった。

 三人のメンバーともに緊張した表情。山内の声が幾分かこわばっている。Mステという番組でこの作品を歌う意味合いが迫ってくる。
 第1ブロックとその間奏の後で、「作詞作曲した志村正彦の過去映像と共演」というテロップが出て、おそらく『FAB BOX Ⅲ』収録の映像が流れる。志村が楽しそうに笑っているシーンだった。
 その後、いきなり、「すりむいたまま 僕はそっと歩き出して」という志村の声が始まる。映像が鮮明にになり、両国国技館ライブ時だと思われる志村の歌う姿が画面全体に現れた。この瞬間、心がかなり動かされた。どういう展開になっていくのだろうと想像するのもつかの間で、「歩き出して」のところでスタジオで歌う山内の映像と声がミックスされた。スタジオのスクリーンに志村の映像が投影されていることが分かった。
 「志村正彦の歌声とともにパフォーマンス!」と告げられたので、最先端の技術を作って加工された映像にでもなるのかなとも思っていたが、シンプルな手法による編集だった。奇を衒っていないという点ではこの手法は妥当であろう。

 しかし、違和感が残った。第1ブロックからいきなり最終パート近くの歌詞へと跳んでいったからである。ゴールデンタイムの放送という制約だろうか、5分ほどの曲を3分弱に縮められていた。
 歌詞を確認してみた。記録と記憶のために、歌われた部分を太字で歌われなかった部分をアンダーラインを引いて普通の字で示す。


  真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
  それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている

  夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
  「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて

  最後の花火に今年もなったな
  何年経っても思い出してしまうな

  ないかな ないよな きっとね いないよな
  会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

  世界の約束を知って それなりになって また戻って

  街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ
  途切れた夢の続きをとり戻したくなって

  最後の花火に今年もなったな
  何年経っても思い出してしまうな

  ないかな ないよな きっとね いないよな
  会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

  すりむいたまま 僕はそっと歩き出して

  最後の花火に今年もなったな
  何年経っても思い出してしまうな

  ないかな ないよな なんてね 思ってた
  まいったな まいったな 話すことに迷うな

  最後の最後の花火が終わったら
  僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


 要するに第2ブロックのすべてと第3ブロックの重要な部分が欠落していた。Mステという番組がいつもこのように尺を短くするのかどうかは知らないが、民放の音楽番組ではよくあることなのだろう。仕方がないことかもしれない、しかしそう言ってしまえば、この歌が損なわれる。だから仕方がないとは言いたくない。非常に残念であったと記しておく。

 『若者のすべて』は歌の主体の「語り」によって成立している作品である。その語りの枠組や構造はこのブログで何度も書いてきた。聴き手は、志村正彦の語りの声と言葉を一つ一つたどることによって、心の中のスクリーンに自由に物語を描いていく。「夏の名曲」として愛されているゆえんである。
 特に「ないかな ないよな なんてね 思ってた/まいったな まいったな 話すことに迷うな」という転換がなければ、「最後の最後の花火」と「僕らは変わるかな」が登場する必然性が失われる。語りの本質が損なわれる。

 このような疑問が残ったのだが、ミュージックステーションという長い伝統のある番組で取り上げられたのは、ファンの一人として率直にうれしかった。そして演奏終了時の山内、加藤、金澤の眼差しには志村正彦への想いが込められていた。三人にとっても特別な場所と時間だったのだろう。

 2019年の夏、志村正彦は、出演を希望していたというミュージックステーションで、「すりむいたまま 僕はそっと歩き出して」と歌った。そのように記憶したい。声と像は、歌い続けることができる。

2019年8月4日日曜日

〈音楽家の自分vs.自分〉-『同じ月』5 [志村正彦LN227]

 今日、『FAB BOX III』の「Official Bootleg Live & Documentary Movies of "CHRONICLE TOUR"」のDVD2枚、計3時間40分に及ぶ映像を初めて通しで見た。

 DISC1(約1時間17分)は、ディレクターズカット版 “CHRONICLE” スウェーデンレコーディング。『CHRONICLE』付属DVDなどに収録されなかった映像が収められている。新たに公開された志村正彦のインタビューが貴重である。また、『同じ月』の日本のスタジオでの録音の様子も記録されていた。プロデューサーの亀田誠治と志村が話し合う場面や最終テイクの完了場面もあった。『Sugar!!』と同様に、『同じ月』もほぼ日本で完成されたと考えてよいだろう。

 DISC2(約2時間23分)の「ライブ映像」中の7曲目が『同じ月』だった。7月6日の『FAB BOX III 上映會』で見た映像と同一のものだろうが、印象は異なっていた。繰り返し見たせいだろうか、志村正彦の痩せた姿や伏し目がちに歌う表情が気になる。言葉のニュアンスを伝える力が弱く、サビで声を振り上げるところが痛々しい。MCや舞台裏で笑うシーンを見るとなんだかホッとするのだが。
 このツアーをなんとか成功させようとする意志は充分にうかがえる。逆に言うとその意志だけでステージに立っていたのだろうか。

 『同じ月』の歌詞に戻ろう。今回は最後の第3ブロックを読んでいきたい。


  君の言葉が今も僕の胸をしめつけるのです
  振り返っても仕方がないと 分かってはいるけれど

  にっちもさっちも どうにもこうにも変われずにいるよ Uh〜


  君の涙が今も僕の胸をしめつけるのです
  壊れそうに滲んで見える月を眺めているのです

  にっちもさっちも どうにもこうにも変われずにいるよ Uh〜


  僕は結局ちっとも何にも変われずにいるよ Uh〜


 「にっちもさっちも」という表現がユーモラスで、音の響きも面白い。この言葉は算盤用語に由来し、漢字では「二進も三進も」と書くそうだ。「二進」「三進」ともに2と3で割り切れることを意味し、反対に2や3でも割り切れないことを「二進も三進も行かない」と言うようになった。「にっちもさっちも」は、割り切れないこと、うまくいかないこと、どうにもできないことを表す。
 歌詞の文脈では、「君の言葉」「君の涙」を振り返っても仕方がない、分かってはいるけれど、割り切れない想いが残る、ということになるだろうか。行き詰ってどうにもできない。結局、「僕」は「何にも変われずにいる」。
 "CHRONICLE TOUR"のDVDを見て気づいたのだが、最後の「Uh〜」の節回しは独特で「志村節」と名付けていいかもしれない。反復される「Uh〜」に志村の想いが込められている。

 この歌を通して聴くと、冒頭の「この星空の下で僕は 君と同じ月を眺めているのだろうか」に対する応答は、「僕」は「壊れそうに滲んで見える月を眺めている」である。「僕」は「君と同じ月」ではなく、おそらく一人で「壊れそうに滲んで見える月」を眺めているのだ。あるいはかつて二人で見た「同じ月」は今「壊れそうに滲んで見える月」に変わってしまったということかもしれない。いつものようにと言うべきだろうか、「僕」の「月」に対する眼差しは孤独である。

 志村は『同じ月』を「自分用に作りました。人にあげる曲も最高だったけれども、今回は僕が歌うためだけに生まれてくれた曲」だと述べた。詩は自己に対する慰藉でもある。「僕は結局ちっとも何にも変われずにいるよ Uh〜」と歌うのは、自分を慰め、自分をいたわる行為でもある。それでも『同じ月』からは、どこか作者の志村が「変われずにいる」「僕」に対してある種の距離を取って歌っているようにも聞こえてくる。それは、作者、音楽家、表現者としての志村と、現実に生きる志村との距離の設定であり、分離でもある。

 志村正彦はあるインタビュー(『bounce』 310号2009/5/25、文・宮本英夫)で『CHRONICLE』について、「今回は〈音楽家の自分vs.自分〉という感じです。自分はちゃんと立派なミュージシャンになれたのか?ということとの闘いです。その答えはまだ出ていないですね。これから出たらいいなと思います」と語っていた。ここで「闘い」という言葉が使われたことに留意したい。『同じ月』も、月火水木金そして週末の「闘い」の軌跡でもあり、それゆえの慰藉を求める日々でもある。

 また彼は「今回はまったく意識せずに思ったことを完全ノンフィクションで歌ったというそれだけです」とも言っているが、それを額面通りに受け取ってはならないだろう。確かに内容は「完全ノンフィクション」なのかもしれない。しかし、音楽家としての志村正彦は、「完全ノンフィクション」を音楽として完成させている類い希な表現者でもあることを忘れてはならない。

2019年7月28日日曜日

「めくるめくストーリー」-『同じ月』4 [志村正彦LN226]

 一月ぶりに志村正彦・フジファブリックの『同じ月』に戻りたい。
 前回は第一ブロックを論じたので今回は第二ブロックとなる。このブロックは次の二つからなる。


  月曜日から始まって 火曜はいつも通りです
  水曜はなんか気抜けして 慌てて転びそうになって

  イチニサンとニーニッサンで動いてくこんな日々なのです
  何万回と繰り返される めくるめくストーリー


  木曜日にはやる事が 多すぎて手につかずなのです
  金曜日にはもうすぐな 週末に期待をするのです

  家にいたって どこにいたって ホントにつきない欲望だ
  映画を見て感激をしても すぐに忘れるから


 月曜日、火曜日は「いつも通り」だが、水曜日は「気抜け」し、木曜日は「やる事」が多すぎて、金曜日になると「週末」に期待する。
具体的な描写があるわけではないが、歌の主体の一週間のリズムが伝わってくる。「慌てて転びそうになって」「多すぎて手につかずなのです」「イチニサンとニーニッサンで動いてく」などというユーモラスな語り口から、作者志村正彦の素顔が現れている。飾り気のない実直さとでも言うべきか。そうして冷静に自分を観察している。

 志村正彦は、「イチニサンとニーニッサンで動いてくこんな日々」の中に「何万回と繰り返される めくるめくストーリー」を物語っていく。彼は繰り返される日々の出来事から、あまり気づかれることはない微細なものであるが、何かを契機に輝きはじめるものを見つけ出す。例えばそれは「四季盤」の作品に傑出した形で表現されている。一年という単位の繰り返しは、春・夏・秋・冬という季節の循環となる。その反復の中で、「桜」「陽炎」「金木犀」「銀河」の物語を紡ぎ出す。定型的な表現ではなく志村の眼差しが捉えた独特の景物の「めくるめくストーリー」でもある。

 この『同じ月』では繰り返しの単位が一週間となっている。月・火・水・木・金そして週末という、より日常的な単位での反復である。題名に「月」が入っていることも示唆的である。一週間が何度か繰り返されると「月」の単位となる。また、「昨日、明日、明後日、明明後日」と歌われる『ルーティーン』は、一日単位の繰り返しを描いている。
そして、アルバムタイトルの『CHRONICLE』は年代記・編年史のことだから、一年単位の繰り返しによって築かれていく人生の年代記を指している。

 「家にいたって どこにいたって ホントにつきない欲望だ」という表現がある。志村のすべての歌詞の中で「欲望」という言葉が使われているのはこの箇所だけである。尽きることのない欲望とは何か。具体的な文脈が語られていないのであくまでも想像になるが、歌うことの欲望、作品を創ることの欲望だと僕は捉える。
 時間の反復の感覚は、一年、一月、一週間、一日という単位で繰り返し表現されてきた。そのような時間の中の「めくるめくストーリー」を歌うのが志村正彦の欲望である。志村はその欲望について何も譲ることがなかった。欲望に忠実であった。優れた表現者の欲望とはそのようなものである。

2019年7月21日日曜日

NHK『沁(し)みる夜汽車』

 昨夜、7月20日、BS1スペシャル『沁(し)みる夜汽車 2019夏』が放送された。NHKのwebで次のように紹介されている番組だ。

寝入りばなの一時、旅情ある夜行列車がゆく。鉄道にまつわる素敵なお話、心に染み入るエピソードを一日のおわりにお届け。出会い、別れ、日々の営み。鉄道はそれぞれの人生にとって大切な役割を担っている。その中でも、人々の心に“沁みる”物語を取り上げご紹介していく。番組は駅や路線にまつわる心温まるストーリー、本当にあった「沁みる話」を現場取材のドキュメンタリー部分と再現イメージで構成していく。

 制作者側から“沁みる”物語を強調されると、少し引いてしまう人が多いかもしれないが、この『沁(し)みる夜汽車』は僕のようなすれっからしの心にも沁みてきた。

 「沁」は常用外漢字なので「(し)みる」と読み仮名が当てられている。そのような表記を避けるために他の字で代用することをしないで、この「沁」の字をあくまで使ったことには意味がある。漢字の形はまさしく文字通りである。「氵」と「心」が織り込まれている。「氵」はそのまま「涙」と捉えてもいい。あるいは何か心の中で流れていくもの、静かに流動するものとも考えられる。なにかが心の中を流れていく。それが「沁みる」なにかなのだろう。

 昨夜の五つの物語はどれも素晴らしかったのだが、「親子をつなぐ鉄道画~西武鉄道~」「50歳からの再出発~紀州鉄道~」がとりわけ沁みてきた。ネタバレになってしまうので内容には触れないが、親と子のすれ違いの行方を追う物語であった。

 今回の番組は、4月に放送された『沁(し)みる夜汽車』の続編である。4月放送版の第1話は「49歳差の友情~JR中央線~」だった。5年前のJR中央線が舞台。山梨から東京に単身赴任してきた56歳の男性が、電車の中で具合が悪くなった小学1年生の男子を助けたことから交流が始まる。49歳の差を超えた不思議な友情の物語。あたたかくてやわらかなものが沁みてくる。

 題名に「夜汽車」とあるが、「夜汽車」が舞台となっているわけではない。タイトルバックなどの映像として流されていて、物語全体の象徴として使われている。その夜汽車のシーンを見ると、志村正彦・フジファブリックの『夜汽車』が僕の心の中で再生されてくる。


  長いトンネルを抜ける 見知らぬ街を進む
  夜は更けていく 明かりは徐々に少なくなる

  話し疲れたあなたは 眠りの森へ行く

  夜汽車が峠を越える頃 そっと
  静かにあなたに本当の事を言おう

 
 この歌についてはもう何度か書いてきた。新たに付加できることもないのだが、「FAB LIST I - 2004~2009」投票に関連して、歌の完璧な叙情性という観点からすると、『夜汽車』はベスト3に入る作品であろう。
 志村の歌う「夜汽車」の物語は、具体的な出来事としては語られることがない。「長いトンネル」「見知らぬ街」「夜」「明かり」「峠」と、通り過ぎる場と時が描かれるだけである。
 「眠りの森へ行く」「あなた」に「本当の事を言おう」とする歌の主体。主体の想いそのものが叙情に純化されて、聴く者に静かに届けられる。聴く者の心に沁みてくる。
 なにかが心の中を静かに深く流れていく。それが志村正彦の叙情である。


 BS1スペシャル『沁(し)みる夜汽車』はもともと一話10分の作品。昨夜は五本分まとめての総集編だった。明日7月22日午後10時40分から一話ずつNHKBS1で放送される。

2019年7月10日水曜日

上映會のあるシーン[志村正彦LN225]

 今日7月10日は志村正彦の誕生日。そして『FAB BOX III』の発売日。予想より大きな箱が我が家にも昨日届けられた。まだ開封していない。なんだかもったいない気がする。週末までそのままにして落ち着いた気分の時に聴くことにしよう。

 上映會について書き切れなかったこと、とても大切なことを記したい。

 新装版『志村正彦全詩集』は会場入口のすぐ横で先行販売されていた。大きな看板があって目を引いた。
 初版は箱入りで重厚感があったが、新装版は全体として軽やかな印象だ。装丁家は初版と同様に名久井直子さん。スカイブルー系の薄い青色にかすかに緑系の色が入りこんでいる色合い。手触りがよくてめくりやすい紙質。あまり重くないので手に携えるのにも適している。新装版は手元に置いていつでも開いて読める。そんな親しみやすさがある。(まるで近代詩人の詩集のようだった質感を持った初版は本自体の価値が高い。愛蔵版や保存版としてこれからも愛されるだろう)


 購入してすぐに本を開けると、扉の志村正彦の写真が変更されていた。それを見て僕は心が動かされた。まだ一般発売されていないのでその写真について記すことは控えたいが、詩人としての志村を表象する素晴らしい写真である。この日の記念品として志村の描いたヤクザネコのステッカーが付いていた。しおりのようにして挟み込んだ。
  ホールで僕等の近くに座っていた二十代前半の男子二人もこの詩集を熱心に読んでいた。頁をめくり詩を追いかける眼差し。購入できた喜び。微笑ましく頼もしい。初版は法外な値段で取引されていて入手困難だった。だがこの新装版の発売によって、志村正彦の詩が新しい読者を獲得していくことだろう。最近聞き始めた若者たちが志村の詩の全貌に触れることができるのはとても喜ばしい。



 上映會について付言すれば、設置された装置の限界なのか、スクリーンに投影された映像、特に音質や音量にやや問題があったことは否めない。耳への刺激が少し強かったが次第に慣れてきた。個人が室内でDVD鑑賞する場合には映像も音声も調整可能ではあろうが。
 『FAB BOX III』のDVDは「Official Bootleg Live & Documentary Movies」と記されていたが、上映會の映像を見る限り、「Live」作品というよりも「Documentary」作品の色合いが強い。観客席の後ろから撮影された映像には客の後ろ姿や腕や指の動きが映り込んでいる。ノイズのように思われるかもしれないが、まるでその場にいるような臨場感を感じることもできる。やはり「Documentary」なのだ。2009年のファンの熱い想いが伝わってきた。
 

 上映中は冷静に観賞することにつとめたが、悲しみがこみ上げてきたシーンがあった。志村が富士急ハイランドで来年コンサートを行うと告知したシーンである。そのことを誇らしく思い、そして自らを鼓舞するかのようなポーズもあった。
 2010年7月の富士急ハイランドでどのようなコンサートが開かれたかを僕たちは知っている。そのことを知っている僕たちが、今、スクリーンの中で、故郷での大規模コンサートを告げる2009年の志村を目撃している。時間は確かに流れた。映像は時間をさかのぼろうとした。真逆の時間の流れの中で時が交錯し、スクリーンの志村が幻のように見えてきた。

 2010年は志村正彦・フジファブリックにとって飛躍となる年だった。富士急ハイランドはかつて奥田民生の音楽と出会った場所、志村の音楽家としての原点である場所だった。上映會会場の富士吉田市民会館とともに富士急ハイランドが彼にとってどれだけ意味のある場だったか。音楽家としての彼の軌跡の一つの到着点となり、そして新たな出発点となる地だった。

 残酷な現実が残された。
 そのように書いてはいけないのかもしれないが、上映會のあのシーンを見てその言葉が浮かんできた。上映會の最後までその想いを引きずっていた。でも、最後の最後の「闘っている」という志村の言葉を聴いて、引きずる想いから少しずつ離れていくことができた。
 残酷な現実が残されたなどと書くのはある種の感傷なのだろう。彼は残酷な現実とも闘っていたのだ。そして時間とも闘っていた。

 志村正彦は闘っていた。

 


2019年7月7日日曜日

7月6日『FAB BOX III 上映會』[志村正彦LN224]

 昨日7月6日、フジファブリック志村正彦没後10年『FAB BOX III 上映會』を見てきた。午後3時近くに僕と妻の二人は会場に到着。富士吉田市民会館に来るのも2014年4月の『live at 富士五湖文化センター上映會』以来だ。

 ほんの少しだけ雨が煙っている。富士山は残念だが姿を現さない。
 会場「ふじさんホール」の収容数は800人、午前と午後の二回上映ということは今日ここに1600人の志村正彦・フジファブリックを愛する人々が集う。これはやはり特筆すべきことだ。列に並んでいる人々を眺める。志村の同世代のファンが多いが、20代前後の若者たちもいる。そして意外というべきか、男性も少なくはない。

 会場の入り口には大きなポスターがスタンドにかけられていた。




 さっそく同時開催の「路地裏の僕たち」企画の『志村正彦展』に並ぶ長い列に加わったのだが、開始時間に間に合いそうもない。列から離れ、先行発売されていた新装版『志村正彦全詩集』を購入。薄青色の装丁になり手に取った感触もいい。新しい読者を獲得していくことだろう。

 会場に入った。前方に新倉山浅間講演から見た富士山の緞帳が広がる。ほぼ定刻通り、今村圭介ディレクター(EMI Records / UNIVERSAL MUSIC)の前説から上映會が始まった。DVDの総収録時間は430分、つまり7時間10分で偶然志村正彦の誕生日と同じ数字になったという話に感心した。今村氏の仕事のおかげで『FAB BOX Ⅲ 』そしてこれまでの『Ⅰ』も『Ⅱ』も存在している。

 あの大地讃頌のコーラスがしばらく流れてから幕が上がり映像がスタート。まず2004年のデビューから2009年までの歴史が振り返られる。中では『CHRONICLE』録音地ストックホルムのインタビュー映像が興味深かった。「スウェーデンレコーディングの未収録オフショット映像」から編集したものだろう。これまで公開されていない発言もあり、『FAB BOX III 』を入手してから丁寧に追っていきたい。

 演奏シーンではいくつか興味深いことがあった。
 「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2005 in EZO」のリハーサルシーンと本番での『茜色の夕日』が素晴らしかった。2005年の志村の声はとても伸びやかで透明感もあり力強い。
 5周年ツアー時の『桜の季節』は歌詞の一部(坂の下 手を振り 別れを告げる/車は消えて行く そして追いかけていく/諦め立ち尽くす 心に決めたよ)が歌われなかった。なぜだろうか。歌詞の流れからするとこの箇所は必要がないかもしれない。かねてからそう考えていたのでこの改変には納得できたのだが、どういう意図からそうしたのかという関心を持った。

 最近このブログで書いている『同じ月』の演奏全篇が上映された。志村が「僕が歌うためだけに生まれてくれた曲」「自分で言ってしまうけど、最高だ。」と述べた曲だ。CD音源よりこのライブ映像の方がこの曲の魅力は増す。やや自分を突き放しているようなユーモアがあり、独特のゆるやかさで歌われていた。
 全体として志村の笑顔のシーンが多く含まれ、明るい激しい曲調の作品中心の構成だった。彼の足跡をたどり、2009年の映像に向き合うことが悲しくならないようにという配慮があったのだろう。

 一番心に刻まれたのは『雨のマーチ』。梅雨の季節、曇り時々小雨模様の日ということもあってか、昨日は特にこの曲が心に染み込んだ。


  ぽつりぽつりぽつりと ほろりほろりほろりと

  雨が降ったよ しとしと降ってたよ
  僕を通り過ぎて遠くにいった人
  時が経ったよ 戻れなくなっちゃったよ
  おあいこにしたり戻したり


 書き写していると、歌詞と楽曲の基調ともなる雨の風景が浮かび上がる。「時が経ったよ 戻れなくなっちゃったよ」という時間の感触が哀切に響く。「おあいこにしたり戻したり」といういくぶん無邪気でそして謎めいた表現が志村らしい。

 まだ半日しか経っていない上映會の印象を断片的に綴ってみた。『FAB BOX III』を視聴してから、気がついたり感じたりしたことをふたたび書いてみたい。

 終了後、「路地裏の僕たち」による『志村正彦展』を見ることができた。時間がなかったので駆け足だった。僕が関わった2014年『ロックの詩人志村正彦展』や2011年志村展で掲示した説明文も展示されていた。ありがたかった。
 今回おそらく初めて展示されたもの、これまで見たことのない写真のパネルもあり、とても充実した展示会だった。楽器類、服装や帽子も綺麗に並べられていた。準備や展示自体にかなりの時間がかかっただろう。僕たちファン一人ひとりにとってほんとうに貴重な機会となった。
 出口で、8月5日河口湖湖上祭「路地裏の僕たち」による花火打ち上げのための協力金を入れた。湖上祭ではどんな花火が打ち上げられるのだろか。『若者のすべて』が会場に響くのだろうか。楽しみである。
 そして久しぶりにお会いできた方々の元気な姿がうれしかった。

 最後に最も印象に残った志村正彦の言葉について記したい。
 2時間ほどの上映のラスト、映像の背後にかぶさる形で志村の言葉が場内に広がっていた。

  闘っている。

 という意味の言葉だった(と聞こえた。あるいは闘っていくだったかもしれないが。『FAB BOX III』で確認したい)

 志村正彦は何に対して闘っているのか。闘ってきたのか。闘おうとしているのか。
 音楽か、自分自身か、それとも世界か。
 ありふれた言葉をそこに入れてもしかたない。何と闘っているのか分からないこともある。分からないのだが、何かと闘っているという確信がある。そういうことかもしれない。あるいは闘っているという実感が自らの活動を支えることもある。自らの動力になることもある。

 そんなことを考えて甲府への帰路についた。