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2016年3月29日火曜日

祈ること-メレンゲ『火の鳥』4

 メレンゲ『火の鳥』にはミュージックビデオがある。ぜひ映像をご覧になっていただきたい。




 歌詞の全文も引用したい。

      まっすぐに空を鳥が飛ぶ
      急いでいるのでしょうか どちらまで?
     
    急いでいるように見えましたか?
      実は私にもわからないのです

  
      意味もなく 意味もなく ただ羽があるから飛んでたのです
     
      泣きそうな声 悲しい事言うなよな
      ならその空の旅を 僕と行かないかい?
      道はなく壁もなく ただ空は青く その青さがゆえに 青い海

  
      争ったり 仲直りしたり 勝った方が正義か 遊びじゃないんだぜ
    
      いろんな人と いろんな命と 微妙なバランスで青い地球
 
      他人事みたいに 世界中を見に行こう ツンドラのもっと向こう
      君にだって会える 言えなかった事言おう 言えなかった事を言うよ

  
      世界には愛があふれてる 夜になれば灯りはともる
      それでも僕ら欲張りで まだまだ足りない

   
      他人事みたいに 世界中を見に行こう ツンドラのもっと向こう
      優しくなれるかい 人は変われるって言うよ?
      同じように僕も 他人事じゃなくて 他人事じゃなくて
      ツンドラのもっと向こう

     ( 『火の鳥』   作詞作曲:クボケンジ )


 海辺の光景。荒れた白い波。波打ち際に寄せられた無惨な花。赤い花、青い花、橙色の花。上空で旋回する一羽の鳥。黒い影。
 鳥が落ちてきて、花と化したのか。それとも、これから、花が鳥と化して、飛び立っていくのか。

 褪せた色合い、外れたフォーカス、フィルムの粒子のような質感の映像によって、歪んだ曖昧な世界が広がる。クボケンジのまなざしがうつろにゆらいでいる。感情が奪われてしまったような表情がくりかえし映し出される。そのような自分をあえてさらけだす逆説的演出かもしれない。一瞬だが、オフィーリアの絵のように見えるシーンもある。

 曲が終わりに近づくにつれて、フォーカスが合い、メンバーの姿、クボ、ベースのタケシタツヨシ、ドラムのヤマザキタケシの姿が見えてくる。海辺の光景、その輪郭が徐々に現れてくる。現実感を少しだけ取り戻す。

 このMVの撮影は2011年10月。3月の震災のために延期されたという。監督は江森丈晃氏。彼は『言葉と魔法 クボケンジ詩集』、『音楽とことば あの人はどうやって歌詞を書いているのか』(志村正彦のインタビューも掲載)を企画編集している。

 この演出が震災より前の時点で考えられたかどうかは知らない。2009年5月発表の『うつし絵』のミュージックビデオとモチーフの共通性があるので、以前から原型があったのかもしれない。そうだとしても、この映像の光景、寒々しい海辺、荒れた波、波打ち際の無惨な花々は、東日本大震災を想起させる。安易な連想かもしれない。このように書くこと自体、犠牲になられた方々に申し訳ない気持ちもある。だが、それでもやはり、この映像には震災の記憶が強く刻み込まれていると考える。
 
 『火の鳥』は2011年1月から2月にかけて録音されたようだ。2月の京都でのライブ、その映像記録。3月の東日本大震災。4月のアルバム『アポリア』リリース。10月撮影・発表のMV映像。2011年という「時」の中で、この歌は震災という現実と遭遇した。

 『アポリア』特設サイトで、ヤマザキタケシは「この作品が出来た時、僕は全てを出し切れた満足感で一杯でした。その直後にあの大きな出来事があり、自分の無力さを痛感し音楽に向かう気持ちが揺らいでしまう時期がありました。。そんな中、ひとりのリスナーとして聴いたこの作品から僕自身が力をもらい、もう一度音楽に対する気持ちを取り戻す事が出来ました。」と、タケシタツヨシは「ライブで育ってきた楽曲、つまり今の自分たちの精一杯の音楽を詰め込んだアルバムが出来上がりました。聴いてくれるみなさんの心にとって、少しでも光明や希望になってくれる曲たちだと信じています。」と語っている。

 花も鳥も、意味もなく、意味もなく、そこにある。
 そうであるとしても、それに対して、言葉を紡ぎだすこと。
 歌うこと。
 聴くこと。
 祈ること。
 
                              (この項続く)

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