2020年6月21日日曜日

「ロックの詩人」志村正彦は季節をどう歌ったか-『若者のすべて』を読む-2020《人間文化学》[志村正彦LN257]

 山梨英和大学には《人間文化学》という1年次必修科目がある。シラバスの概要には「この科目の名称であるだけでなく、学部・学科の名称でもある「人間文化学」とは何なのだろうか。これを学ぶことで、われわれは、どういう地平を切り開くことができるのだろうか」と学生へ問いかけている。
 入学生がこれから4年間「人間文化学」を学んでいく出発点となるように、12人の教員が専門分野について講義するオムニバス形式の授業であり、私も日本語日本文学について担当することになった。具体的な事例に触れながら語るという要請なので、下記のテーマを設定した。

   日本語日本文学と人間文化学:季節の言語文化論

 「ロックの詩人」志村正彦は季節をどう歌ったか -『若者のすべて』を読む-

 『若者のすべて』は季節というモチーフだけに限定される作品ではないが、日本文学との接点のために「季節」という観点をイントロダクションに用いた。この作品には多層的な語りの構造やモチーフの展開があり、現在の学生、若者にとっての「文学作品」として享受できる。むしろこのような歌が現代の文学ではないかという問題意識の提起でもある。だから「ロックの詩人」という形容を志村正彦に冠した。また、学生が文学作品を読む方法についても学ぶことができるように配慮した。

 受講生は180人程度。当初は大教室で行う予定だったが、コロナ危機の影響によってオンライン遠隔授業で行った。本学は学生全員にモバイルノートPC(MacBook Air)を貸与している。またこの危機に対応するために、自宅でのネット接続環境の整備を目的として「自修環境整備補助」として1人あたり5万円を支給した。昨年度末、学内の無線LAN(Wi-Fi)のネットワーク機器も最新のものにリプレースされた。Googleの「Gsuite for education」をオンライン授業のプラットフォームにしたが、以前から通常の対面授業で資料の配信や課題の提出・回収に使っていた。地方の小規模大学にしては、コンピュータ・ネットワークの整備やICT教育に力を入れてきたので、比較的スムーズにオンライン遠隔授業に移行できた。

 先週、その授業を行った。STAY HOMEで、自宅のPCとネットワークを使って講義に臨んだ。Googleの授業支援ツール「Classroom」を基盤にして、ビデオ会議ツールMeet をリアルタイムの映像・音声の送信に活用した。
 Meetの画面にGoogleのスライド資料を映し出し、それに私の声による講義を重ね合わせる方法をとった。そのために、56ページのスライドを作成した。授業時間全体は95分、講義分は60分。スライドのすべてを伝えるはできないので、要点を絞って説明していった。関心のある学生には授業後に読んでもらうことを前提にした。

 スライド資料はこの偶景webの記事から再編集して作った。現時点で『若者のすべて』は52回書いてきた。この8年間の記事を読み直していったのだが、ほとんど忘れてしまったこと、上手く書けていないところ、もっと掘り下げた方がいいところなど、色々な発見があった。何となく、懐かしさのようなものも味わった。この歌は、テレビドラマや映像のBGMとして使われたり、少なくない歌い手からカバーされたりと、すでに色々な歴史が刻まれている。昨年はドキュメンタリー番組のテーマともなった。

 結局、最初の頃に集中して連載した『若者のすべて』1~12(2013年6月23日~10月26日)を基軸にまとめることにした。この全12回の論を書いてからかなりの年月が経つが、基本的な考え方は変わっていないことも確認できた。その基軸にいくつかの重要なモチーフをつなげると10章の構成になった。受講生にとって文学の読解や研究のための参考になる観点については《 》内に記した。各章のテーマは次の通りである。       


1)歌の世界をたどりきれない想い 《想いから問いかける》
2)二つの異なる曲、二つの歌の複合 《証言からの推論》
3)《歩行》と《僕》の系列 《語りの構造とモチーフの分析 1》
4)《花火》と《僕ら》の系列 《語りの構造とモチーフの分析 2》
5)「二人」と「僕ら」 《横断的に読む》
6)「自然詩人」 季節の風物詩「花火」《文芸批評・文学研究の観点》
7)消えてゆく言葉、解釈への問い《他の作品との関連、モチーフ批評》
8)僕らの世代《想いから問う》
9)「時代」を超える歌 《歌の運命》
10)なぜ志村正彦は歌を作り、歌うのか。《創造すること》


 事前課題として、『若者のすべて』歌詞とyoutube公式サイトの『若者のすべて』ミュージックビデオのURLを記載した資料を送信した。学生には繰り返し(できれば2,3回)聴いておくことを伝えた。
 授業の最初に、学生に『若者のすべて』を聴いて感じたこと、心に浮かんできたことを150字程度で書くことを指示。学生からの返信。60分の講義の展開。終了後、授業についての感想、振り返りを書くことを指示。学生からの返信。さらに、翌日までに『若者のすべて』論(600~800字程度)を書いて返信することを提出課題にした。

 学生が書いて提出した論の総数は167。優れた内容の論が多かった。歌詞と自分の想いを重ね合わせるようにして述べたもの。歌詞の語りや構造を踏まえた上で考察したもの。大学生とは言っても入学したばかりだが、それでも感想のレベルから考察や分析のレベルへと論を進めていく姿勢がうかがわれた。「世界の約束」という表現に注目したり、コロナ危機の状況下での視点を打ち出したりと、若者らしい思考が展開されていた。167の論について的確に書けているところを指摘したコメントを記して、学生一人ひとりに返信した。三日間かかったが、充実した時間だった。彼らの論から学ぶことは少なくない。
 学生が提出した『若者のすべて』論はその学生の「著作物」なのでここで紹介することは控えるが、授業の感想として寄せられたものを二つ引用させていただく。


今回の講義を受講して、今までは歌詞は付属のような感覚でしたが、曲同様、またそれ以上の意味があるものだと気づかされた。また、"語りの枠組み"ということを知り、その歌詞で何が語られ、何をモチーフにしているのかと分析していくにつれ、深層にある想いなどを読み取ることができるのではないかと思った。

歌詞の言葉の一つ一つから、言葉を選ぶ慎重さや言葉に対する拘りを感じました。「二人」と「僕ら」の使われ方の違いについて面白いと感じ、さらに詳しく知りたいと思いました。詩のような歌詞と言われているように、曖昧な部分からも様々な考えを読み取ることが出来て面白いと思いました。


 担当教員の拙い講義にもかかわらず、授業の目標はほぼ達成されたと考えている。これは『若者のすべて』という歌が、若者に作用する根源的な力を持つからである。学生はその力を若者らしく受けとめて、自らの感性と知性を行使して自由に表現した。




2020年6月12日金曜日

Peter Gabriel 『Biko』/Black Lives Matter[S/R009]

 前回、ジョージ・フロイド氏の事件に講義する運動の広がりと弟のテレンス・フロイド氏の「Educate yourself」という訴えについて書いた。数日前、「フロイドさん殺害、ピーター・ガブリエルが人種差別に改めて抗議」という記事がYahoo Japanに載っていた(6/8(月) 13:30配信Rolling Stone Japan)。同記事から引用する。


アメリカ全土でジョージ・フロイド氏の殺害への抗議活動が続く中、ピーター・ガブリエルは米現地時間6月1日、Twitterにて人種差別的な殺人にショックを受けたと投稿した。彼は「こうした残虐行為には直接立ち向かい、それがいつ、どこで起きようと正しく裁かれるべきだ」と、#BlackLivesMatterのハッシュタグを用いて述べた。ピーター・ガブリエルは1992年、人権侵害を監視する非営利組織「WITNESS」を立ち上げた。彼は「WITNESSは警官の暴力行為を監視する団体を援助してきた。私は、今回の抗議活動が、その根本としているものが問題として扱われるように導くだけでなく、世界がどのように人種差別や宗教的迫害に立ち向かうかのように目を向ける勇気を与えるきっかけになることを祈っている」と付け加えた。


 ピーター・ガブリエルの公式web「petergabriel.com」には、次の画像とこの記事の基になった「Black Lives Matter 2nd June, 2020」というコメントが掲載されている。




Along with the civilised world I was horrified by the racist murder of George Floyd.

This type of brutality needs to be confronted directly, with justice clearly seen to be done whenever and wherever it occurs.

 ………

At the same time politicians are trying to win support by fuelling nationalism and racism for their own gain. If we don’t like the way things are going we have to speak out and act. The world can only be what we choose to make it.

 ピーター・ガブリエルは、ジョージフロイド氏に対するような残虐行為については直接立ち向かう必要があり、同時に、政治家がナショナリズムと人種差別を助長することによって支持を得ようとしていることも批判している。


 すでに、この偶景webでは、2016年12月18日に「『Biko』Peter Gabriel-ビコ生誕70周年」という記事でPeter Gabriel 『Biko』を取り上げている。その時はライブ映像を使ったが、[S/R009]としてこの曲のミュージックビデオを紹介したい。

 このMVには『遠い夜明け』(Cry Freedom)[1987年製作・公開、イギリス映画、監督リチャード・アッテンボロー]の映像が使われている。この映画は、アパルトヘイト政権下の南アフリカ共和国で殺害された黒人解放活動家スティーヴ・ビコと南アフリカ共和国の有力紙デイリー・ディスパッチ紙の白人記者ドナルド・ウッズとの交友に基づいている。『Biko』のリリースは1980年、その際にはMVは制作されなかったと記憶している。1987年の『遠い夜明け』公開と共に、このMVはロル・クレームによって作られた。

 「the eyes of the world are watching now/Watching now」という状況が、今、世界に広まっている。 




September ’77
Port Elizabeth weather fine
It was business as usual
In Police Room 619
Oh Biko, Biko, because Biko
Oh Biko, Biko, because Biko
Yihla Moja, Yihla Moja
– The man is dead
The man is dead

When I try to sleep at night
I can only dream in red
The outside world is black and white
With only one colour dead
Oh Biko, Biko, because Biko
Oh Biko, Biko, because Biko
Yihla Moja, Yihla Moja,
– The man is dead
The man is dead

You can blow out a candle
But you can’t blow out a fire
Once the flame begins to catch
The wind will blow it higher
Oh Biko, Biko, because Biko
Oh Biko, Biko, because Biko
Yihla Moja, Yihla Moja
– The man is dead
– The man is dead

And the eyes of the world are watching now
Watching now


 もう一つの映像も紹介したい。
 
 Peter Gabriel - Biko Live @Johannesburg 46664 against AIDS




 2007年12月1日、南アフリカのヨハネスブルクで、ネルソン・マンデラ財団がエイズ(HIV/AIDS)撲滅を訴えるチャリティーコンサート「46664」を開催した。その時のピーター・ガブリエル『Biko』ライブ映像である。コンサート名の「46664」は、18年間ロベン島(Robben Island)に投獄されていたマンデラ元大統領に付けられていた番号。ヨハネスブルクで歌われた『Biko』にはピーター・ガブリエルの特別な想いが込められていただろう。


2020年6月5日金曜日

「Educate yourself」

 Sly & The Family Stone『Family Affair』が作られた1970年代の前半は、日本でもアメリカでも60年代後半の雰囲気を濃厚に残す時代だった。荒々しいものがまだうごめく動きと共に次第にその動きが収束していく。その二つの動きが交錯する時代だった。

 60年代後半から70年代後半の時代から50年、半世紀が経った。
 今、アメリカのミネソタ州ミネアポリスで警官に拘束されて死亡したアフリカ系アメリカ人ジョージ・フロイド氏の事件に抗議するデモが世界中に広がっている。「正義なければ平和ない」と、フロイドさんに連帯を示すデモは欧州各地で連日繰り広げられている。

 アメリカでは暴動や略奪も起きてしまった。そのことに対して、弟のテレンス・フロイド氏が「Educate yourself」と訴えていた。「自分自身を教育して、誰に投票するか決めるんだ」「別のやり方でやろう」という文脈の表現だった。この映像がネットに上がっているのでぜひ見てほしい。

 この「educate yourself」について考えてみた。「educate」の語源については幾つかの説があるが、「人を外へ(ex-)引っ張り(duco)伸ばしていくこと」が基本的な意味らしい。このことから、人の力と能力を育成し、開発していくことと捉えることもできる。この言葉の定訳である「教育」には、誰かが誰かに教え込むという意味合いがある。もともとはそうではなく、自らが自らを育てていくという方に近い。「educate yourself」となると、自分自身が自分の力を育て伸ばしていくことになる。自分が主体であり自分が対象である。誰かから、学校や教師から教えられるのではない。自分が自分自身を育てていく。自らの能力や知性を伸ばしていく。
 以前、ジョセフ・ジャコトとジャック・ランシエールの『無知な教師 知性の解放について』について書いたことがある。人間は本質的に平等であり、人間は自分で知性を育成し、自身を解放することができる。「educate yourself」はその教えにも重なっていく。

 テレンス・フロイド氏の「自分自身を教育して、誰に投票するか決めるんだ」という言葉は、私たちの国も激しく揺さぶる。
 私たち一人ひとりが「educate yourself」を実践することによって、この日本も変化していくだろう。いや、変化させなければならない。
 私たちも問われているのだ。

2020年6月4日木曜日

Sly & The Family Stone『Family Affair』[S/R008]

 [S/R008]は、Sly & The Family Stoneスライ&ザ・ファミリー・ストーンの『Family Affair』ファミリー・アフェア。

 1971年発表。当時、この曲はラジオでかなり放送されていた。すでにロック音楽に馴染んでいた中学生の僕は、この曲でロックとは異なる音楽の世界があることを知った。この曲を聞くといつも、なぜか冬の夜の情景を思いだす。エレクトリックなファンクのビートに乗って、スライの低くて力強い声がクールに響き出すと、どこか別の世界に持って行かれるような不思議な気分になった。押さえられた高揚感とでも言うのだろうか。この曲は特別な存在となった。

 歌詞の世界はいまだによく分からない。「Family Affair」という表現に重層的に織り込まれているアフリカ系アメリカ人の生活や歴史が掴みきれないからだ。「Family Affair」の声、響き、叫びのようなものが、その意味を超えて何かを聴く者に伝えてくる。


 "Family Affair" by Sly & The Family Stone




It's a family affair, it's a family affair
It's a family affair, it's a family affair
One child grows up to be
Somebody that just loves to learn
And another child grows up to be
Somebody you'd just love to burn
Mom loves the both of them
You see it's in the blood
Both kids are good to Mom
"Blood's thicker than mud"
It's a family affair, it's a family affair

Newlywed a year ago
But you're still checking each other out
Nobody wants to blow
Nobody wants to be left out
You can't leave, 'cause your heart is there
But you can't stay, 'cause you been somewhere else!
You can't cry, 'cause you'll look broke down
But you're cryin' anyway 'cause you're all broke down!
It's a family affair
It's a family affair


 この曲を含むアルバムは、スライ&ザ・ファミリー・ストーン5枚目のアルバム『暴動』 (There's a Riot Goin' On)である。上の画像は『暴動』のオリジナル・ジャケットである。wikipediaによれば、星のかわりに太陽を配した赤・白・黒からなる星条旗を用いている。スライはこのジャケットは「すべての人種の人々」を意味し、黒は色の欠如、白はすべての色の混合、赤はあらゆる人に等しく流れる血の色を表していると説明しているそうだ。アルバムA面の最後にはタイトル・トラックがあるが、これは0分0秒と記されている。つまり、無音であり、聴き取ることはできない。このタイトルはある暴動のことを示しているとも言われてきたが、後年、スライは「自分はいかなる暴動も起こってほしくない」がゆえに表題曲 "There's a Riot Goin' On" には演奏時間がないのだと説明したようである。

 youtubeに当時の映像があった。スライの隣にいるのは妹のローズ・ストーン。あの印象深いコーラスを担当している。


 Family Affair - Sly & The Family Stone  1972



 Sly & The Family Stoneが2008年の「Tokyo Jazz Festival」に出演した時の貴重な映像もあった。5分30秒すぎに、スライが登場し、大喝采を浴びながら、『Family Affair』を歌い始める。

    Sly & The Family Stone - Live at Tokyo Jazz Festival 2008



 この日本で、東京で、スライ・ストーンが『Family Affair』を歌っているということ自体が不思議だ。奇蹟のようでもある。
 オランダ人ドキュメンタリストによるスライ・ストーンのドキュメンタリー映画があるが、まだ見ることができていない。

 




2020年5月31日日曜日

Step by step『茜色の夕日』 [志村正彦LN256]

 五日ほど前、正午の直前だった。

 UTYテレビ山梨をなんとなく見ていると、綺麗な夕焼け雲を背景に富士山とその裾野の街が映し出された。ドラムの音と共に「茜色の夕日眺めてたら」の歌声。志村正彦の声。フジファブリックの『茜色の夕日』だ。反射的に録画ボタンを押した。すぐに画面に「富士吉田市 ♪茜色の夕日♪フジファブリック」の表示。 UTYなので、あの「STAY HOME」のシリーズなのかと思ったが、「STAY HOME」の広告はすでに終わったはずだ。60秒ほどの映像だったが、次の言葉が流された。


 Step by step
 今できることを
 一歩一歩新しい日常へ…

 いつかみんなで眺めよう
 その日のために今できること


 画面の右上には「50TH Uバク UTY」のクレジット。あの「STAY HOME」に継ぐ「Step by step」というテーマのUTY開局50周年と連動した公共的な広告のようだ。「STAY HOME」の『若者のすべて』に続いて『茜色の夕日』が使われたのである。「STAY HOME」から「Step by step」へ。一歩一歩、「新しい日常」へ歩んでいくというメッセージである。
 この映像は山梨県内でしか視聴できないのが残念だが、こればかりは仕方がない。UTYのホームページでもこの動画を見ることはできない。
 『茜色の夕日』の中で使われた部分は下記の通りである。 


  茜色の夕日眺めてたら
  少し思い出すものがありました
  君が只 横で笑っていたことや
  どうしようもない悲しいこと

  君のその小さな目から
  大粒の涙が溢れてきたんだ
  忘れることはできないな
  そんなことを思っていたんだ


 映像は富士吉田市の上空からのドローン撮影だろう。富士山に向かって北東の方向からドローンは飛んでいく。下には富士吉田の市街が広がる。街や車の灯り、川や大きな通りも見える。
 富士山の南西の方向に、茜色に照らされた雲の群れが水平にたなびいている。富士山の頂上あたりのラインで、地平線に近いところに茜色のグラデーションの雲、その上方は青いグレー色の雲に分かれているが、その色彩の差異がコントラストをなしている。しばらくすると夕闇に包まれていくのだろう。その前の「茜色の夕日」の時間。見た瞬間に引き込まれていく富士山と吉田の街の空間、「茜色の夕日」の空間。時間と空間の美しい光景に『茜色の夕日』の歌が流れていく。

 フジファブリック『茜色の夕日』と富士山の「茜色の夕日」の風景。あからさまと言えばあまりにあからさまな組合せだが、これが意外なほどに合っていた。この風景と志村の言葉が見事に融合していたのだ。志村の記憶の中にこの自然の光景が刻まれていたとも言えるほどに。

 文芸批評家の吉本隆明は、『吉本隆明歳時記』(1978年、日本エディタースクール出版部)で、「自然詩人」について次のように述べている。

 わたしの好きだった、そしていまでもかなり好きな自然詩人に中原中也がいる。この詩人の生涯の詩百篇ほどをとれば約九十篇は自然の季節にかかわっている。しかもかなり深刻な度合でかかわっている。こういう詩人は詩をこしらえる姿勢にはいったとき、どうしても空気の網目とか日光の色とか屋根や街路のきめや肌触りが手がかりのように到来してしまうのである。景物が渇えた心を充たそうとする素因として働いてしまう。 (「春の章 中原中也」)


 「自然詩人」は、「空気の網目とか日光の色とか屋根や街路のきめや肌触り」を手がかりにして詩的世界を創る。この論を参考にして考えてみた。
 志村正彦も「茜色の夕日眺めてたら/少し思い出すものがありました」、「真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた」と歌い始める。「茜色の夕日」、「真夏のピーク」。風景と場所の感覚、季節と時間の感触。志村の数多くの歌は、自然から受け取った感覚を一つのイントロダクションのようにして、自分自身の世界を語り始める。

 そういう捉え方をすれば、志村正彦も中原中也と同じような「自然詩人」と言えるだろう。しかし、実際の語り方、言葉の展開の仕方は異なる。書かれる詩と歌われる歌詞という違いもある。それ以上に、生の根本的感覚がこの二人は異なっている。しかし、そのような差異を超えて、志村正彦と中原中也の間にはどこか響き合うところがある。


【追伸】
 このブログのページビューが30万を超えました。どうもありがとうございます。



2020年5月16日土曜日

Analogfish / 下岡晃 『 I say 』【S/R007】

【S/R007】はAnalogfish 『 I say 』。

 S/R(Songs to Remember)は、洋楽と邦楽を交互に取り上げている。邦楽は、フジファブリック、HINTO、メレンゲ、そしてAnalogfishと続いてきた。HINTO、メレンゲ、Analogfishは、志村正彦とのつながりの流れだと受けとめられるかもしれない。自然にそう思われることはその通りなのだろうが、そうではないという気持ちの方がはるかに強い。この三つのバンドは日本語ロックの最高水準にある。安部コウセイ、クボケンジ、下岡晃の歌詞、そして楽曲、バンド演奏も、洋楽・邦楽を超えてロック音楽の「Songs to Remember記憶すべき歌」に入る。

 Analogfish 『 I say 』は2013年リリースのアルバム『NEWCLEAR』収録曲。アルバムではバンドサウンドだが、映像『Analogfish - I say / TOKYO ACOUSTIC SESSION』では、下岡晃、佐々木健太郎、斉藤州一郎の3人によるコーラスとアコースティックギターがとても美しい音楽を響かせている。クレジットには「Sunday 25th of August 2013 経堂 しゅとカフェ」とある。8月の日曜日のカフェ。やわらかい光と樹の緑に囲まれている。
 これと対照的なのがもう一つの映像『 “I say”【下岡晃バージョン】』。クレジットは「@代官山ノエル 2018/12/22-23」、クリスマスの前夜に本多記念教会で収録されたものだ。

 『Suono Dolce「Music Go Round」』(GUEST : 下岡晃、聞き手 : 小野島大)で、下岡は次のように語っている。

 「I Say」は、街を歩いてる時にずらずらっと出てきましたね。

 「I Say」みたいな歌詞は、もう完璧にそぎ落として、何度聴いても耐えうるように磨きこんでいく。

 この歌街を歩いてる時に出てきてから完璧にそぎ落として磨きこんでいくまで、どれくらいの時間が流れたのだろうか。「夕日が道行く彼女の頬を染めれば/もう済んだ事をなんだか思い出して/テールランプの灯りが夜に滲めば/無い物ばかりがやけに気になって」のところが染み込んでくる。
 下岡は日常の光景、見える世界を掴みながら、それを見えない世界、不可視のものへとつなげていく。
 「I say / 愛せ」という音の戯れ。音の戯れを通じてあえて語ろうとする愛であろう。愛とは持っていないものを与えることである、というジャック・ラカンの言葉を想い出す。
 
 2013年、TOKYO ACOUSTIC SESSION」versionの夏の昼の光、自然の陽光。Analogfish3人のおだやかな「I say」が漂う。2018年、「代官山ノエル」versionの冬の夜の光、クリスマスのキャンドルの灯り。下岡晃の「祈り」のような「I say」が教会に広がる。



 『Analogfish - I say / TOKYO ACOUSTIC SESSION』
     Sunday 25th of August 2013 経堂 しゅとカフェ
 Editor:Yuko Morita  Camera:Tetsuya Yamakawa,
 Takaaki Komazaki  Director and Producer:Rie Niwa




 “I say”【下岡晃バージョン】@代官山ノエル 2018/12/22-23
 撮影:澤崎昌文  (VANESSA+embrasse)  制作補助:有吉達宏
 ディレクター:西川啓




    アナログフィッシュ 『 I say 』

              作詞:下岡晃
              作曲:アナログフィッシュ


              悲しいときは泣いたら見つけてくれた
              パパはいないよママもいないよ
              なんにも言わずにただ抱きしめてくれた
              人はいないよ君に会いたいよ

              愛されたいより愛せ
              I say ただI say
              ただ愛せ

              夕日が道行く彼女の頬を染めれば
              もう済んだ事をなんだか思い出して
              テールランプの灯りが夜に滲めば
              無い物ばかりがやけに気になって

              愛されたいより愛せ
              I say ただI say
              ただ愛せ

              悲しいときは泣いたら見つけてくれた
              パパはいないよもうママもいないよ
              なんにも言わずにただ抱きしめてくれた
              人はいないよ君に会いたいよ

              愛されたいより愛せ
              I say ただI say
              ただ愛せ

              世界じゃなくても
              時代でもなくても
              卵が先でも
              鶏が先でも

              I say ただI say
              ただ愛せ

2020年5月10日日曜日

Lou Reed 『Perfect Day』 [S/R006]

  Lou Reed ルー・リードの『Perfect Day』パーフェクト・デイをS/R(Songs to Remember)第6回にとりあげたい。
 1972年、ソロ2枚目のアルバム『Transformer』(トランスフォーマー)の一曲。彼の数多くの作品の中でも最も親しまれているものだろう。

 この歌は、ルー・リードが当時の婚約者(後の最初の妻)とニューヨークのセントラルパークで過ごした一日をモチーフにして書いたそうだ。「この男にとっての完璧な一日のビジョンは、女の子、公園のサングリア、そのように過ごして家に帰ることだった。完璧な一日、すごくシンプルなものだ。この言葉は私が言ったことだけを意味している」とインタビューで述べている。

 ルー・リードが言うように、シンプルな言葉でショートストーリーが綴られる。何でもない日であるがそれゆえに完璧な一日の物語。しかし、歌詞の後半に彼らしい屈折が現れてくる。
  「Just a perfect day/You make me forget myself/I thought I was/someone else, Someone good」のところが気に入っている。誰だって自分のことを忘れたい。何か別のものになりたい。そうしてくれる存在がほしい。

 そしてラストの「You’re going to reap/Just what you sow」は、『ガラテヤの信徒への手紙』(パウロ書簡)第6章 第7節にある「A man reaps what he sows.」(この英訳は新国際版聖書による)から着想を得たようだ。この「人は自分のまいたものを、刈り取ることになる」の次の第8節は「すなわち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう」とある。Lou ReedにしろPeter Gabiriel にしろ、欧米のロックの歌詞の中には聖書や文学作品の言葉が織り込まれている。キリスト教文化圏の人々にとっては自明のことでも僕たちには分からないことがある。
 あなたが蒔いたものは何だろうか。そしてあなたはそれを刈り取っていく。詩的な想像が膨らむ。

 2000年10月の"ECSTASY" TOUR で来日したときに、この『Perfect Day』が最後に歌われた。この曲らしい余韻を残す終わり方だった。この時はLou Reed、Mike Rathke(ギター)、Fernando Saunders(ベース)、Tony Smith (ドラム)の4人編成だった。ロックバンドらしいユニットによるグルーブ感とPAの音が素晴らしくクリアだったことが印象に残っている。

 紹介する映像は、「Lou Reed - Perfect Day (Live) | Montreux Jazz Festival 2000」。"ECSTASY" TOUR と同じユニットである。





  Lou Reed  『Perfect Day』

 Just a perfect day
 Drink sangria in the park
 And then later
 when it gets dark we go home

 Just a perfect day
 Feed animals in the zoo
 then later
 A movie, too, and then home

 Oh, it’s such a perfect day
 I’m glad I spent it with you
 Oh, such a perfect day
 You just keep me hanging on
 You just keep me hanging on

 Just a perfect day
 Problems all left alone
 Weekenders on our own
 It’s such fun

 Just a perfect day
 You make me forget myself
 I thought I was
 someone else, Someone good

 Oh, it’s such a perfect day
 I’m glad I spent it with you
 Oh, such a perfect day
 You just keep me hanging on
 You just keep me hanging on

 You’re going to reap
 Just what you sow
 You’re going to reap Just what you sow
 You’re going to reap Just what you sow
 You’re going to reap Just what you sow
 You’re going to reap Just what you sow




2020年5月6日水曜日

メレンゲ『火の鳥』 [S/R005]

 S/R(Songs to Remember)第5回は、メレンゲの『火の鳥』。
 このブログでもう何度も取り上げたのだが、前回の記事「空を飛ぶ鳥の視線[志村正彦LN255]」を書き終わったときに、次の[S/R]はこの曲しかないと思った。
 レクエイムとしてこの作品は記憶されるべき歌である。

 フジファブリック『若者のすべて』音源のUTY「STAY HOME」60秒version。「いつもの丘」の上空を飛ぶ4Kドローンの速度と高度から、空を飛ぶ鳥を想像した。空をゆるやかに旋回する鳥の視線から眺めている風景の映像に、フジファブリック『若者のすべて』が重なることによって、空を飛ぶ「鳥」になった志村正彦が「いつもの丘」を眺めながら歌っている、そのような想像が浮かんできた。その直後に、メレンゲ『火の鳥』を想起した。この曲は「まっすぐに空を鳥が飛ぶ」光景を歌っている。クボケンジが志村正彦を追悼した作品だと言われている。

 メレンゲ『火の鳥』にはミュージックビデオがある。以前、この歌について次のように書いた。

 海辺の光景。荒れた白い波。波打ち際に寄せられた無惨な花。赤い花、青い花、橙色の花。上空で旋回する一羽の鳥。黒い影。鳥が落ちてきて、花と化したのか。それとも、これから、花が鳥と化して、飛び立っていくのか。

 この映像の冒頭部分は、海、波、花、鳥、空で構成されている。空を飛ぶ鳥と波打ち際の花は、その対比が際立つがゆえにある象徴性をもつ。「STAY HOME」映像は、僕の想像の中で、鳥があたかも桜を愛でるようにして空を飛んでいく。「いつもの丘」を慈しむようにして旋回していく。
  メレンゲ『火の鳥』の映像、UTY「STAY HOME」映像。偶々の取り合わせであるが、この二つの映像が「偶景」のように現れてきた。志村正彦が愛した花の光景が互いを照らし合う。

 クボケンジは「世界には愛があふれてる 夜になれば灯りはともる」「世界中を見に行こう ツンドラのもっと向こう」と語っている。ツンドラは地下に永久凍土が広がる凍原。凍りつく世界の向こうへと鳥が飛び立っていく。そのような光景を思い浮かべることができる。そしてツンドラの凍原にも花が咲く季節はあるだろう。


   メレンゲ『火の鳥』MV 2011.10
(監督 / 編集: 江森丈晃、撮影監督 / 編集: 北山大介、カメラマン: 林洋輔、制作: 前田久美子)


   


 メレンゲ『火の鳥』 (作詞作曲:クボケンジ)

      まっすぐに空を鳥が飛ぶ
      急いでいるのでしょうか どちらまで?
   
    急いでいるように見えましたか?
      実は私にもわからないのです

      意味もなく 意味もなく ただ羽があるから飛んでたのです
   
      泣きそうな声 悲しい事言うなよな
      ならその空の旅を 僕と行かないかい?
      道はなく壁もなく ただ空は青く その青さがゆえに 青い海

      争ったり 仲直りしたり 勝った方が正義か 遊びじゃないんだぜ
 
      いろんな人と いろんな命と 微妙なバランスで青い地球

      他人事みたいに 世界中を見に行こう ツンドラのもっと向こう
      君にだって会える 言えなかった事言おう 言えなかった事を言うよ

      世界には愛があふれてる 夜になれば灯りはともる
      それでも僕ら欲張りで まだまだ足りない
 
      他人事みたいに 世界中を見に行こう ツンドラのもっと向こう
      優しくなれるかい 人は変われるって言うよ?
      同じように僕も 他人事じゃなくて 他人事じゃなくて
      ツンドラのもっと向こう
   


2020年5月2日土曜日

空を飛ぶ鳥の視線[志村正彦LN255]

 前回の記事はたくさんのアクセスをいただき、300を超えた日もあった。
 フジファブリック『若者のすべて』を音源にしたテレビ山梨の「STAY HOME」60秒versionが反響を呼んだのだろう。この映像は毎日UTYで流されている。この一週間で2回ほど、リアルタイムで放送版を見ることができた。もう何度も見たのだが、それでも感動してしまう。なぜだろうか。そのことを考えたい。

 今日は、あの記事に対する「yuko」さんのコメントを最初に引用させていただく。


ファンとしては、上空から眺めた「いつもの丘」が、まるで志村君の目線のようにも感じました。そして、STAY HOME のテロップとともに写し出された忠霊塔の画面は、志村君が「ここにいるよ」とでも言っているかのようでした。


 このコメントへの返信に書いたことだが、この《上空から眺めた「いつもの丘」が、まるで志村君の目線のようにも感じました》という捉え方に非常に考えさせられた。

 あの映像はUTYによると、高精細の4Kドローンのカメラを使って撮影したようだ。「いつもの丘」、新倉山浅間公園の界隈は僕も何度か訪れたことがある。桜の季節に、新倉富士浅間神社から忠霊塔へと続く400段ほどの階段を上っていくと、右側奥の斜面の方にも美しい桜の光景が広がっていた。その時、周辺を含めて「いつもの丘」の桜の全体の姿を見てみたい気持ちになった。でもそのためには、丘のかなり上の方に上らなければならないだろう。とりあえず無理なのでその気持ちはしまいこんだ。

 そういう経緯があるので、4Kドローンによる「いつもの丘」の映像を見て、上空からはこのように見えるのだという感動があった。桜と忠霊塔と富士山、丘、階段、下の駐車場、周辺の家並、中央道、富士吉田の街並、そして富士山が再度登場、最後に「いつもの丘」の斜面、全景。
 通常では得られることのない「視線」によって、志村正彦が生まれて育った地の風景をたどることができたのだ。志村さんは友だちと「いつもの丘」よりさらに高い場所へと歩いて登っていき、特に何をするわけでもなく、そこから見える風景を眺めて時を過ごしたという話を伺ったことがある。少年にとっては冒険の丘、秘密の場だったのかもしれない。もしかすると、あの映像に近い風景を見ていたのかもしれない。

 「STAY HOME」60秒versionは、どういう視点から撮影されたのだろうか。あのドローンは地上十数メートルから百メートルほどの上空を飛んでいたのだろう。また、ゆるやかな速度で進んでいる。ヘリコプターからの映像とくらべて、高度も速度も異なる。この高度と速度は、空を飛ぶ鳥の視線に近いのではないだろうか。
 鳥が空を旋回して「いつもの丘」を眺めている、そんな視線を思い描くことができる。そうすると、あの映像は、空を飛ぶ「鳥」になった志村正彦が「いつもの丘」を眺めている、そのように想像することもできる。《上空から眺めた「いつもの丘」が、まるで志村君の目線のようにも感じました》というコメントは、そのことを直観したのかもしれない。

 そしてこの映像は、『若者のすべて』歌詞の「僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ」とも結果的にもシンクロしてくる。その流れの中で、最後の最後に「STAY HOME」が出てくる。この映像の制作者は志村正彦と『若者のすべて』のことを深く理解している。
 「僕らは変わるかな」と志村は歌っている。この歌詞の文脈からかなり離れてしまうが、「僕らは変わるかな」は若者の、いやすべての人間の問いかけの言葉だ。

 「STAY HOME」といっても、私たちの「生」を維持するための仕事に就いている人々は、「HOME」ではなく各々の場所で働いている。「HOME」ではなく「AWAY」にいる。この危機の中で、私たちの命、生活、社会を守るために、忍耐強く過酷で困難な仕事を続けている。「STAY HOME」が可能となるのはこのような働きによって支えられていることを忘れてはならない。深い感謝を持つ。

 私たちは変わるだろうか。私たちの「生」が真に守られる社会に変わることを祈る。

2020年4月25日土曜日

STAY HOME(テレビ山梨)『若者のすべて』[志村正彦LN254]

 今日2回目の記事となる。

 前の記事「Virtualな四季」をUPした後、メールチェックの仕事に戻り、夜6時頃からUTYテレビ山梨(TBS系列)の「報道特集」を見ていた。当然だが「コロナ危機」の特集である。

 途中でいきなり、志村正彦の声が聞こえてきた。フジファブリック『若者のすべて』が流されていた。画面を見ると、新倉山浅間公園の桜の風景が広がっていた。忠霊塔(五重塔)、富士山、富士吉田の街並が見える。
 頭が混乱した。これが番組の一部でないことだけは確かだ。すぐに録画ボタンを押した。後で再生して確認した。

  『若者のすべて』の最後のブロックがBGMとして流される。右下には「♪若者のすべて♪ フジファブリック」のテロップ。ドローンで空撮したのだろう。風景の様子や周囲の状況からして最近の撮影だと思われる。富士山の美しい姿、そして「いつもの丘」の風景、最後に「STAY HOME」の文字が現れた。右下に「50TH UバクUTY」のクレジット。ここでやっと了解した。この映像はテレビ山梨が制作した「STAY HOME」の公共的な広告だということを。UTYは今年が開局50周年ということで、一連のキャンペーンを行っているが、その一つでもあるのだろう。

 番組終了後、UTYテレビ山梨のサイトを見ると、「STAY HOME 新型コロナに警戒しよう!」という特設ページ に、STAY HOME(30秒)とSTAY HOME(60秒)の二つのversionが置かれていた。ありがたい。STAY HOME(60秒)が『若者のすべて』versionである。ぜひご覧になってください。

 STAY HOME(30秒)の方は、サンボマスターの『できっこないをやらなくちゃ』をBGMにして、甲府盆地の釜無川あたりの風景が映されていた。つまり、UTYテレビ山梨の制作部は、「STAY HOME」30秒version サンボマスター、60秒version フジファブリックの音源を使ったことになる。甲府盆地と富士北麓の二つの地域別のversionとも言える。
 
 『若者のすべて』の歌詞は次の最後のブロックである。


  最後の花火に今年もなったな
  何年経っても思い出してしまうな

  ないかな ないよな なんてね 思ってた
  まいったな まいったな 話すことに迷うな

  最後の最後の花火が終わったら
  僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


  STAY HOME(60秒)のセンスが素晴らしい。映像と音源が相乗効果を上げている。志村正彦の優しい声が美しい風景に溶け込んでいる。
 志村正彦・フジファブリックが誕生したのはこの山梨である。しかし、この曲がいわゆる「山梨枠」として使われたのではないだろう。若者のすべてを表現する類い稀な詩として選ばれたのだと僕は考える。

 「僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ」のところで、富士山と「いつもの丘」の桜が映し出される。 あの美しい桜を「今年は見られなかったけど…」「来年はきっと見られる」。
 
 そのための「STAY HOME」である。
 

Virtualな四季 [志村正彦LN253]

  「S/R(Songs to Remember)」を4回続けたが、今回は久しぶりに志村正彦ライナーノーツに戻りたい。

 コロナ危機の状況下、大学の新学期は延期され休校状態になっている。僕も在宅勤務が基本となった。「Stay Home」である。
 5月中旬から予定されている遠隔授業、Online授業の環境整備の担当として、教職員、学生、ネットワーク会社と、毎日二十を超えるメールのやりとりをしている。校務の仕事がものすごく増えて、正直、とても疲れている。オンとオフの切り替えができない。実務文書やメールばかり書いているので、ブログのテキストを書くことは一種の解放となる。

 我が家のCDプレーヤーのトレイには通常、フジファブリック『SINGLES 2004-2009』か『シングルB面集 2004-2009』が載せてある。フジファブリックは、PCやネットワークでなく、CD音源ともう20年も愛用している小型のブックシェルフスピーカーを通した音で聴きたいのだ。
 この前、『SINGLES 2004-2009』を久しぶりにかけた。このところ、音楽を聴く気持ちにも慣れないほど仕事に追われていた。そんな状態で、スピーカーが、1. 桜の季節、2. 陽炎、3. 赤黄色の金木犀、4. 銀河と、四季盤の曲を次々に鳴らしていった。目をつぶって志村正彦・フジファブリックの春夏秋冬の歌に耳を傾けた。

 三月末から家にいる時間が多くなり、外の世界と隔てられている。季節から遠ざかっているという感覚だ。そんな自分の身体に、「桜の季節」、「陽炎」の季節、「赤黄色の金木犀」の季節、「きらきらの空」の季節が順々に訪れてくる、そんな気分に浸ることができた。
 僕のまわりに志村正彦が描く季節が動き出していく。「Virtualな四季」を擬似的に経験した。


桜の季節過ぎたら 遠くの町に行くのかい? 桜のように舞い散って しまうのならばやるせない    『桜の季節』


窓からそっと手を出して やんでた雨に気付いて 慌てて家を飛び出して そのうち陽が照りつけて 遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる    『陽炎』


赤黄色の金木犀の香りがして たまらなくなって 何故か無駄に胸が 騒いでしまう帰り道      『赤黄色の金木犀』


きらきらの空がぐらぐら動き出している! 確かな鼓動が膨らむ 動き出している!    『銀河』


 四季の移り変わりと共に、「遠くの町」「家」「帰り道」「丘」と、場所も動いていく。春夏秋冬の映像が頭の中に浮かんでくる。四季の時間と場所、この二つが連動して、志村正彦の季節の感覚とシンクロナイズしていくような感覚になった。


 時を少し遡りたい。
 3月26日(木) 午後3時08分から、NHK総合テレビで『にっぽん ぐるり「若者のすべて~フジファブリック・志村正彦がのこしたもの~」』(NHK甲府制作)が再放送された。そのことに触れたLN251で、槇原敬之『若者のすべて』の歌とコメントの映像がどうなるのかが気になると書いた。
 結果は、柴崎コウの写真を背景に彼女が歌う『若者のすべて』が流された。当然ではあろうが、やはり変更されていた。柴崎コウの『若者のすべて』の純度の高い声は素晴らしい。

 一昨日、4月23日の夜、日本テレビ「今夜くらべてみました」は、『菅田将暉が熱弁!大切な事は全てJ-POPから学んだ男と女』というタイトルだった。このタイトルに惹かれて、番組を見てみた。菅田将暉は『茜色の夕日』を聴いて音楽を始めようとしたほど志村正彦の作品を敬愛している。もしかするとという予感があった。番組は、ゲストの菅田将暉(20代)、平川美香(30代)、平野ノラ(40代)の3世代が、大切な事を学んだ曲を選んでいくという内容だった。

 「落ち込んでいる時に聴く曲」でくらべてみましたというテーマで、菅田将暉はフジファブリック『夜明けのBEAT』を選んだ。菅田は、「モテキ」の曲です、歌詞も「バクバク鳴ってる」みたいなわりと上げ目の曲で、と紹介していた。『夜明けのBEAT』が志村の声で流されて、画面にはフジファブリックの写真と共に次のような表示が出た。

  フジファブリック「夜明けのBEAT」2010
  ドラマ&映画「モテキ」の主題歌
  心踊る気持ちを疾走感あふれるビートで表現

 もっとコメントがほしかったのだが、こういう構成の番組にそれを求めても仕方がない。菅田将暉のフジファブリック愛が充分に伝わってきた。この後で『若者のすべて』がBGM的に流されるシーンもあった。

 翌日の24日、NHKBS1で「ひとモノガタリ」の『若者のすべて ~“失われた世代”のあなたへ~』が再々放送された。放送局は制作が困難なために、このところ再放送が多くなっている。
 そういう状況下ではあるが、 志村正彦の番組がこれだけ繰り返しオンエアされるのは、彼の人と音楽に対する高い評価があるからだろう。

2020年4月18日土曜日

Peter Gabriel and Kate Bush『Don't Give Up 』[S/R004]

 S/R(Songs to Remember)第4回は、Peter Gabriel and Kate Bush(ピーター・ガブリエルとケイト・ブッシュ)の『Don't Give Up 』。

 Peter Gabrielは、洋楽の中で最も愛する音楽家だ。ロックの歴史上、才能という観点で彼は最も優れた存在であろう。

 出逢いは、Genesisの1973年の『GENESIS LIVE』だった。僕が初めて買った輸入盤だった。「ミュージックマガジン」の輸入レコード店(どの店かは覚えていない)の広告でアルバムの奇妙な写真に惹かれて通信販売で購入した。つまり「ジャケ買い」だった。
 Genesisの存在は雑誌を通じて少しだけ知っていたが、音楽は聴いたことがなかった。ラジオで流されることもなかったと思う。70年代前半の日本では、英国プログレッシブロックでの知名度は最も低かった。GENESISやPeter Gabrielが日本でもブレイクするのは70年代後半から80年代初頭にかけての頃である。

 『GENESIS LIVE』を聴いて、その不可思議な世界に魅了された。Peter Gabriel(ボーカル、フルート、パーカッション)、Tony Banks(キーボード)、Mike Rutherford(ベース)、Steve Hackett(ギター)、Phil Collins(ドラムス)の5人編成。Peter Gabrielの声と歌。変幻自在なメロディとリズムを奏でる演奏。シアトリカルな演出。聖書や神話、物語や小説から題材を取った奇想天外な歌詞はほとんど理解不能だったが、断片的に聞こえてくるフレーズが耳にこびりついてきた。Peter Gabrielはロックの詩人として高く評価されていた。

 1974年リリースの『The Lamb Lies Down on Broadway』(眩惑のブロードウェイ)は、GENESIS の最高傑作だった。インナースリーブに記された物語や歌詞を読み込んだ。英米の文学へ関心を持つようにもなった。しかし、1975年、Peter GabrielはGENESISを脱退。悲嘆に暮れたのだが、1977年に彼はソロアーティストとして復活した。その後の活躍はここで記すまでもないだろう。

 このPeter Gabriel &Kate Bushの 『Don't Give Up 』は、1986年の5枚目ソロアルム『So』に収録。Kate Bushも好きだったが、二人のデュエットと知って初めはとまどっていたが、レコードをかけるとその出来映えに驚いた。Godley & Creme(ゴドレイ&クレーム)制作のミュージックビデオも秀逸だった。背景の太陽が日食になり、コロナらしきものが見える。特に象徴性はないのだろうが、コロナ危機の状況下の偶然に目を引きつけられた。最後になると、日食が終わり太陽の光が戻ってくる。二人のシルエットが光の中に消えていく。

 この歌は、大恐慌時代の貧困に苦しむアメリカ人を撮影した写真から着想を得て、サッチャー時代のイギリスで失業に苦しむ人々を重ね合わせているようだ。
 「I am a man whose dreams have all deserted 僕はすべての夢をなくした男だ」と語る男に、「Don't give up 'cause you have friends あきらめないで あなたには友だちがいる / Don't give up You're not the only one あきらめないで あなたは一人じゃない」と語りかける女。
 女は「'cause I believe there's the a place/There's a place where we belong 信じている 私たちの居場所があることを」と歌っている。

 誰もが「居場所」に帰り、安らぎが得られることを祈りたい。
   Don't give up.



  The official Don't Give Up video.  Directed by Godley and Creme.




Don't Give Up    [ Peter Gabriel ] 

In this proud land we grew up strong
We were wanted all along
I was taught to fight, taught to win
I never thought I could fail
No fight left or so it seems
I am a man whose dreams have all deserted
I've changed my face, I've changed my name
But no-one wants you when you lose

Don't give up 'cause you have friends
Don't give up you're not beaten yet
Don't give up I know you can make it good

Though I saw it all around
Never thought that I could be affected
Thought that we'd be last to go
It is so strange the way things turn
Drove the night toward my home
The place that I was born,  on the lakeside
As daylight broke, I saw the earth
The trees had burned down to the ground

Don't give up you still have us
Don't give up we don't need much of anything
Don't give up  'cause somewhere there's a place where we belong

Rest your head
You worry too much
It's going to be alright
When times get rough
You can fall back on us
Don't give up
Please don't give up

Got to walk out of here
I can't take anymore
Going to stand on that bridge
Keep my eyes down below
Whatever may come
and whatever may go
That river's flowing
That river's flowing

Moved on to another town
Tried hard to settle down
For every job, so many men
So many men no-one needs

Don't give up 'cause you have friends
Don't give up you're not the only one
Don't give up no reason to be ashamed
Don't give up you still have us
Don't give up now we're proud of who you are
Don't give up you know it's never been easy
Don't give up 'cause I believe there's a place
There's a place
Where we belong

Don't give up
Don't give up
Don't give up