2017年6月11日日曜日

HINTO『花をかう』LIVE映像 -言葉の響き合い

 梅雨に入り、初夏の花の季節を迎えようとしている。雨上がりの花壇の色彩は強い日差しをあびて、ひときわ濃くなる。

 四月末にHINTO『花をかう』のLIVE映像がHINTOofficialで公開されてから、数日に一度は視聴してきた。この歌の尽きない魅力を味わっている。




  2016年10月30、渋谷WWWでの収録。『HINTO release ONE-MAN TOUR 2016』最終日の演奏で、運よく、この日はその場にいることができた。映像を見ると記憶も再生される。この歌のイントロが始まると場内が静寂に包まれたこと。安部コウセイがラップ風のジェスチャーをしながら歌い出したことに目を奪われたこと。語りの要素と歌の要素がおおらかに溶け合っていたこと。LIVEならではのいくつかの発見があった。

  特筆すべきなのは、LIVE映像に歌詞のテロップが付加されていること。これは極めて珍しい。歌の言葉を伝えたいという意志の現れだろうが、このような方法は素直に歓迎したい。
 映像を追いながら、安部コウセイの歌と歌詞を追いかけていくと、『花をかう』の声と言葉は絶妙に響き合っているのが分かる。ギター、ベース、ドラムスの音色と律動はその響き合いにさらに複雑な効果を与えている。

 最近、「SPICE」というネットメディアで「ホリエアツシのロックン談義 第3回:SPARTA LOCALS / HINTO・安部コウセイ」という記事が掲載されていた。こんな発言がある。


安部:メロディから作っていって、詞が乗ってガッカリすることってある? 俺は時々、これめっちゃいい曲じゃんっていう曲に詞が乗ったらガッカリすることがあるんだけどさ(笑)。

ホリエ:自分で?

安部:そう。嘘英語みたいな仮の歌詞で作っているときが一番カッコよくて、詞が乗ると「はぁ、なんだこれ」って。俺の場合は声も変わっちゃうというか。日本語にスポイルされて日本語の声になっちゃう。

ホリエ:ああ、それは俺もそうだよ。俺がentでほとんど英語で書いてるのはそういう理由。英語っぽい節回して歌いながら曲を作ってるから、それを無理に日本語にすると歌い方も変わっちゃって、語気が変わってきたり。

安部:やっぱり日本語と英語ってかなりギャップがあるんだなぁって。


 安部は、嘘英語みたいな仮の詞から日本語の詞に作りかえていく際に「日本語にスポイルされて日本語の声になっちゃう」という興味深い発言をしている。このニュアンスはよくつかめないが、「ロックの声」の乗りからほど遠くなる感じだろうか。そして、日本語と英語の「ギャップ」への言及。日本のロックの歌詞にはその成立の時代から、日本語か英語(カタカナ語)かという問題があった。ことは複雑であり、安易に語ることはできない。一つだけ逆説を言うなら、この「ギャップ」があったからこそ、この「ギャップ」と闘ったからこそ、日本語ロックは独自の優れた果実を得たのだろう。
 
 例えば、『花をかう』の「花をかう トゥユー」、あるいは『シーズナル』の「めぐってめぐってくシーズン」。どちらにも素晴らしい日本語と英語(カタカナ語)のミクスチャーがある。私たち聴き手はなにげなく無意識に聞いてしまうが、この言葉の複合のありかた、意味と韻律の作用に、私たちのロック、その響き合いの現在がある。

2017年5月29日月曜日

花の季節

 このブログを書いているテーブルからは窓越しに小さな花壇が見える。小さい花たちが惜しみなく彩りを風景に放っている。赤のチェリーセージ、薄紫のジャーマンアイリス、ピンクのバレリーナという名のバラ。冬からなんとか持ちこたえているパンジーとビオラ。少し気温が上がり過ぎ、その強い日差しに耐えているが、そろそろ終わりそうな気配も漂う。
 この花の季節が過ぎたら初夏を迎えるのだろう。

 『セレナーデ』の一節、「明日は君にとって 幸せでありますように/そしてそれを僕に 分けてくれ」に込められた《祈り》について考えあぐねている。そんな時は書くのを止めてほんとうに好きな作家を読むようにしている。例えば須賀敦子の散文。《祈り》という主題であれば須賀の言葉ほどふさわしいものはない。

 『須賀敦子全集』を読み返すのは三度目か。ゆっくりと読み進めていく。第8巻の書簡に次の手紙が収められていた。1960年2月21日、ローマにいる須賀敦子がミラノの住むペッピーノにあてたものだ。現代作家の書簡を読むのは私生活をのぞきこむようで後ろめたい気持ちにもなるが、もともとイタリア語で書かれたものを翻訳者が訳したものなので、《作品》として受けとめることもできる。

 ミラノではまだ雪が降っているのでしょうか。こちらでは、私の窓の下のスイス人学校の庭のアーモンドの花はもう終わりました。ヨーロッパの大部分の花と同じように「ビジネスライク」に咲くのです!こうした、ただたんに果実を得るためだけに花を咲かせるということを、こうもあからさまに示す樹木を見ていると、なんだか悲しい気持ちにさせられるものがあります。私には、日本の花の独特の美しさは、少なくとも部分的には、その花の、まるで花開きながら遊ぼうとでもしているような、そんな咲き方にあるように思えるのです……こんな説明の仕方でわかっていただけるでしょうか。
 いずれにしても、なにもかもありがとうございます、そして私のためにたくさん祈ってください。私のために、遊びのように、祈ってください……。

 「ビジネスライク」なヨーロッパの大部分の花に対して、「花開きながら遊ぼうとでもしているような」日本の花。対比の感受が独特だ。そのような花の捉え方が、「私のために、遊びのように、祈ってください」という《祈り》に重ねられていく。
 このとき須賀敦子は三十一歳。後に夫となるペッピーノ(ジュゼッペ・リッカ)と毎日のように手紙を交換していた。年譜を読むと「ミラノでペッピーノと祈りについて語り合う」という記述もある。イタリアのカトリック左派の拠点であったコルシア書店という場で二人は出会った。

 小さな花壇を見ているときに、この手紙の言葉が風景に重なってきた。花のような存在に向けた《祈り》があるとしたらそれはどのようなものか。ぼんやりと想いが巡るだけで、言葉はつながらない。そうこうしているうちに、志村正彦の歌詞が浮かんできた。


  蜃気楼… 蜃気楼…

  この素晴らしき世界に僕は踊らされている
  消えてくものも 生まれてくるものもみな踊ってる

  おぼろげに見える彼方まで
  鮮やかな花を咲かせよう        (『蜃気楼』)


 「蜃気楼」がゆらめく世界の彼方まで「鮮やかな花を咲かせよう」とは、いうまでもなく《祈り》の言葉である。聴き手はそれを意識しないが、意識しないがゆえに、それはそのものとしてたどりつく。

2017年5月5日金曜日

『セレナーデ』と『夜汽車』 [志村正彦LN158]

 志村正彦・フジファブリック『セレナーデ』について調べようとしたが、雑誌でもインターネットでも関連記事が見つからない。一つだけ、ドラムを担当した城戸紘志が自身のwebで、「フジファブリックの10thシングルは珠玉のバラードです。セレナーデでは、いつかしてみたかった一人オーケストラに挑戦しました。」と述べていた。この「一人オーケストラ」が具体的に何を指すか分からないのが残念だがが、彼のドラムが『セレナーデ』の重要なアクセントになっていることは間違いない。
 歌詞の[3b-4c][6b-7c]のブロック、「セレナーデ」が「僕」を「眠りの森」へと誘い込む場面で、城戸の敲くリズムは催眠のような効果を果たしている。bcメロディの展開と反復を彼のドラムが支えていると言ってもよいだろう。


 あらためて『セレナーデ』を聴くと、最初から最後まで通奏音のように流れる虫の音や小川のせせらぎがいつどこで録音されたのか、という問いが生まれる。
 志村正彦は、高校の教室の音や高速道路の音を録音していたというエピソードがあるように、相当な録音マニアだったようだ。『セレナーデ』の自然の原音についての事実は知らないが、何となく、彼の故郷の地で録音されたものではないかなどと想像してしまう。僕の住む甲府でも、虫の音で季節の変化を感じ取ったり、時には虫の音の大きさに眠りが邪魔されたりすることがある。眠りにつこうとする意識が外の世界、自然の世界へと少しずつ連れ出されそうになる。そのうち虫の音にも慣れていき、眠りの世界に落ちていくのだが。

 虫の音や小川のせせらぎ、自然の奏でる通奏音。言葉のない世界の「鈴みたいに鳴いてる その歌」に誘われるように、「僕」は「口笛」を吹き、自らの声で歌い始める。その言葉は、[1a-2a-5a]そして[8c]に結実している。それは「僕」が「君」に伝えようとする「本当の事」なのだろう。ここで「本当の事」という言い回しをしたのは『夜汽車』という作品が念頭にあるからだ。
 『夜汽車』の歌詞の一部を引用する。志村作品の中で「眠りの森」という表現が出てくるのは、『夜汽車』と『セレナーデ』の二つだけである。


  話し疲れたあなたは 眠りの森へ行く

  夜汽車が峠を越える頃 そっと
  静かにあなたに本当の事を言おう   (『夜汽車』) 


 夜汽車の車中で、「あなた」は「眠りの森」へ入り込む。歌の主体はその「あなた」に向かって、「そっと静かに」「本当の事」を言おうとする。でもおそらく、「眠りの森」の中にいる「あなた」に「本当の事」が伝わることはない。そもそも「本当の事」を「言おう」としても、それが声として語られることはないようにも思われる。「本当の事」とは何か。『夜汽車』の聴き手であれば、その問いを抱え続けるだろう。
 今回書き続けていくうちに、それに近い言葉があるとするのなら、『セレナーデ』のこの一節ではないだろうか、という想いが浮かんできた。それも「眠りの森」の夢の舞台で、そっと静かに語られたような気がする。「本当の事」は本当の想いであればあるほど、面と向かって相手には伝えられない。『セレナーデ』は夢の世界を設け、現実を隔てることで、「本当の事」を歌った。夢の中の言葉であるから、「君」に届くことはなく、消えてしまうのかもしれないが。「僕」と「君」の夢の記憶としていつまでも残り続ける。そう祈りたい。


  明日は君にとって 幸せでありますように
  そしてそれを僕に 分けてくれ      (『セレナーデ』)


2017年4月30日日曜日

『セレナーデ』ー言葉のない世界 [志村正彦LN157]

 一月ぶりに、志村正彦・フジファブリックの『セレナーデ』に戻りたい。
 はじめに、[3b-4c]と[6b-7c]の部分をもう一度引用する。


3b 木の葉揺らす風 その音を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込むまで

4c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛を吹くよ

6b 鈴みたいに鳴いてる その歌を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込みそう

7c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛吹く


 3b「迷い込むまで」から6b「迷い込みそう」へ、4c「口笛を吹くよ」から7c「口笛吹く」へと表現を変化させて、作者の志村正彦は、歌の主体「僕」が「眠りの森」へと迷い込むまでの時間や意識の変化を描いた。

 つぎに、[3b-4c]と[6b-7c]以外の部分、1a・2a・5aを[1a-2a-5a]という括りにして引いてみよう。


1a 眠くなんかないのに 今日という日がまた
  終わろうとしている さようなら

2a よそいきの服着て それもいつか捨てるよ
  いたずらになんだか 過ぎてゆく

5a 明日は君にとって 幸せでありますように
  そしてそれを僕に 分けてくれ


 [1a-2a-5a]には、1a「今日という日」の終わり、2a「いたずらになんだか過ぎていく」時、5a「明日」への祈り、というように、今日から明日へと流れていく時の層に、歌の主体「僕」の日々の想いが重ねられていく。
 二つに分けた[1a-2a-5a]と[3b-4c][6b-7c]とは、言葉もメロディも別の系列に属している。

 [3b-4c][6b-7c]の部分は、「眠りの森」「セレナーデ」「口笛」のモチーフから成る。歌の主体「僕」は「流れ出すセレナーデ」に答えて「口笛吹く」。ここからは想像だが、セレナーデに誘われるようにして、「僕」は眠りについたのではないだろうか。「僕」は夢の中でそのまま「セレナーデ」を聞いている。木の葉の音、風の音は夢の中の音へと変わっていく。この曲は冒頭から、虫の音、小川のせせらぎ、自然の音がずっと鳴り続けている。自然の奏でる音と楽曲の音とが混然一体となっていく。それらの音のすべてが眠りに誘い込むように。

 言葉では語られていない部分をさらに想像で補ってみる。
 「僕」の夢の中で、「僕」は「君」に会いに行く。「僕」と「君」との逢瀬がどのようなものであったか。すべては夢の中の出来事。起きたことも起こりつつあることもこれから起きることも夢から覚めた後には消えてしまう。

 夜明けが近づく。「僕」の夢が終わろうとしている。「セレナーデ」も終わろうとしている。夢からの覚醒の直前か、あるいは覚醒の瞬間か、「僕」は「君」に最後の言葉を告げようとする。


8c そろそろ 行かなきゃな お別れのセレナーデ
  消えても 元通りになるだけなんだよ

 
 「お別れのセレナーデ」が響く。「僕」はどこに行くのだろう。夢の中の出来事であれば「消えても 元通りになる」。「僕」は「君」にそう言い聞かせる。夢の中の世界は消えても、元の世界はそのまま在り続ける。そのようなあたりまえの事実が残るのか。
 そのように解釈しても、理屈で捉えてみても、あたりまえすぎるこの最後のフレーズが作用する、あたりまえではない力を受け止めることはできない。「そろそろ 行かなきゃな お別れのセレナーデ/消えても 元通りになるだけなんだよ」は、このフレーズを聞き終わった後も、どこかでこだまし続ける。まるで現実と夢との狭間にこびりついて、意識と無意識との合間のような場所に固着して。

 そうこうしているうちに、「お別れのセレナーデ」は虫の音の高低や小川のせせらぎの重なる自然の音の群れに溶け込んでいく。聴き手もまた「眠りの森」へと迷い込んでいく。『セレナーデ』が言葉のある世界から言葉のない世界へと連れていく、かのように。

   (この項続く)

2017年4月26日水曜日

Jack Bruce『Theme For An Imaginary Western』

 前回、Felix Pappalardiが歌う『Theme For An Imaginary Western』の映像を紹介した。ネットで関連映像を探すと、Jack Bruceがピアノ弾き語りで歌うものが見つかった。しかも、「Felix Pappalardi、我が友に捧げる」と告げて歌い出している。





 1990年10月17日、ドイツのテレビ音楽番組『Rockpalast』のために、ケルンのLive Music Hallで収録されたようだ。もともとこの歌は1969年リリースのJack Bruceのソロ1stアルバム 『Songs for a Tailor 』で発表された。プロデューサーはFelix Pappalardi。そのような関係から、後にMountainの1stアルバム『Climbing!』にも収録されたのだろう。
 作曲はJack Bruce。作詞のPete Brownは1940年生まれの朗読詩人、作詞家、歌手。Bruce/BrownのコンビでCreamの代表作を作った。
 歌詞を引いてみたい。

  When the wagons leave the city
  For the forest, and further on
  Painted wagons of the morning
  Dusty roads where they have gone
  Sometimes traveling through the darkness
  Met the summer coming home
  Fallen faces by the wayside
  Looked as if they might have known
  Oh the sun was in their eyes
  And the desert that dries
  In the country towns
  Where the laughter sounds

  Oh the dancing and the singing
  Oh the music when they played
  Oh the fires that they started
  Oh the girls with no regret
  Sometimes they found it
  Sometimes they kept it
  Often lost it on the way
  Fought each other to possess it
  Sometimes died in sight of day

 『想像されたウェスタンのテーマ』という直訳の邦題が付けられているように、架空のの西部劇の物語のための主題歌なのだろう。風景の描写が巧みでまさしく想像力が喚起される。しかし、歌の中心軸はつかみにくい。最後の部分で繰り返される「it」が何を指すのか判然としないからだ。歌詞の中のモチーフというよりも、「Theme For An Imaginary Western」という「Theme」自体を指し示しているのだろうか。私たちが探し続けている「it」としか名付けようのない何かなのか。聴き手にゆだねられていると考えてよいのか。

 それでも最後の「Sometimes died in sight of day」に引きずられて勝手に想像してみると、歌詞の全体が死者の視線からの光景を描き出しているようにも感じられる。これはFelix Pappalardiの死という事実から逆に投影された解釈であるのだろうが、この歌詞の描く風景の底にはある種の儚さ、朧げな感じが横たわり、生き生きとした実感がないことからも来ている。もう見ることのできない夢の中の光景のようでもある。

 このライブでJack Bruceは、人生の旅の途中で倒れたロック音楽の開拓者Felix Pappalardiに捧げてこの『Theme For An Imaginary Western』を歌ったのは間違いない。
 Jack Bruceも2014年10月25日に71歳で亡くなった。肝臓の病気が原因のようだ。
 ブルース・ロックを基調にしながら、その定型を超えて、サウンド面でも歌詞の面でも新しい世界を創造した貢献者が、Jack Bruce、Pete Brown、そしてFelix Pappalardiだった。「ロックンロール」とは異なる「ロック」音楽の源を彼らは造った。

2017年4月17日月曜日

Felix Pappalardiの手紙

 今夜は激しい雨が降っている。
 桜の季節の終わりには冷たい大粒の雨が降る。毎年そうとは限らない。でも、いつもそんな気がする。

 ブログを書き始めるとき、一年前に何を書いたのか振り返ることがたまにある。昨年の今日、4月17日は「Felix Pappalardiの悲劇」という題だった。この日は彼の命日。それから1年後の今日も再び彼に関するある出来事に触れてみたい。『桜の季節』の「愛をこめて手紙をしたためよう」に触発されてなのか、ある手紙のことを思い出している。

 僕はFelix Pappalardi(フェリックス・パッパラルディ)に手紙を書いたことがある。1973年夏の武道館ライブの後のことなので、その年の秋だったように思う。もう四十数年の時が流れているので記憶はおぼろげだ。

 当時の僕は中学三年生。そのレベルの拙い英語で何を書きたかったのか、どうしてファンレターを書く気になったのかもはっきりしないが、Mountain(マウンテン)の武道館ライブを直に聴いた感動を言葉にして伝えたい欲望があったとしか言いようがない。(それはこのようなブログを書いている今とどこかでつながっているのかもしれない)
 後にも先にもこれ以外にファンレターを書いたことはない。もちろん初めてのAir Mailだった。ほとんど自己満足のようなものだから、書けばそれで終わりでもよかったのだろうが、結局、僕は投函した。宛先は所属先のアメリカのレコード会社だった。

 冬が近づく頃、Air Mailの手紙を生まれて初めて受け取った。どうして海外から手紙が届くのか、よく分からないままに封筒を見ると、Felix Pappalardiという文字があった。信じられないまま開封すると、すべて自筆で書かれた便箋三枚があった。末尾にFelix PappalardiとGail Collins の連名の署名があった。便箋はロサンゼルスのホテルのもので、とても薄くて独特の手触りの紙だったことをよく覚えている。滞在先のホテルで二人が書いたのだろう。

  ファンレターに対する形式的な内容の返信かもしれないとも思ったが文面を読むと、僕の手紙に対する本人の言葉としか思えない感触が確かにあった。武道館ライブの感想に対する感謝の言葉、制作中のアルバム(名前はなかったが、翌年の1974年にリリースの『Avalanche(雪崩)』というアルバムを指していたのだろう)についての言及、日本に対する印象や関心が綴られていたと記憶している。記憶しているとしか書けないのは、その後、東京での学生生活を含め三度ほどの転居でその手紙が行方不明になってしまったからだ。(まだどこかにあるのではないかという望みは捨てていない。僕にとっての宝物であるこの手紙を失うことは残念というよりも、申し訳ないというか罪のようなものを感じてしまう)

 制作中のアルバムのコピーを送ってもよいとも書かれてあったが、畏れ多いような気持ちになって、どう返事を書こうかなどと考えているうち に時間が経ち、返信の機会を失くしてしまった。そのことにもどこか罪の気持ちが残っている。
 極東の国の素性も分からない一少年からのたどたどしいファンレターに、Felix PappalardiとGail Collins は誠実にあたたかい文面の手紙を返してくれた。今日はそのことをこの場に記しておきたかった。

 70年代前半の時代にはまだどこかに、ロック音楽を通じた音楽家と聴き手との間のつながり、音楽を通じた共同体という理想が共有されていたのかもしれない。それはある種の美しい幻想だったのだろうが、Felix Pappalardiからの手紙は現実の出来事だった。

 Felix Pappalardiが歌う映像をネットで探した。Mountain の『Theme For An Imaginary Western (想像されたウェスタンのテーマ)』。Pappalardi/Collinsのオリジナル作品ではなく、作曲JACK BRUCE /作詞 PETE BROWNだ。JACK BRUCEのソロアルバムで発表され、後にMountainがレコーディングした。
 映像は1970年夏の「the Cincinnati Pop Festival」を収録した番組「Midsummer Rock Festival」のもの。タイムコードが入っているので編集段階のようだ。画質が粗いが、あの時代のロックフェスティバルの雰囲気が濃厚だ。四人のオリジナルメンバー、ギターLeslie West(レスリー・ウェスト)、ドラムスCorky Laingコーキー・レイング、キーボードSteve Knight(スティーヴ・ナイト)と共に演奏しているのも貴重だ。

 彼の声は憂愁をおびているが、のびやかで力強く広がっていく。




  手紙を受け取った十年後、1983年にFelix Pappalardiは亡くなった。彼の手紙が行方不明のままだということがずっと心の痛みとなっている。

2017年4月10日月曜日

「愛をこめて手紙を」[志村正彦LN156]

 金曜日、たまたまNHKのニュースチェック11を見ていると、最後の「きょうの一曲」でフジファブリック『桜の季節』がかかった。「この季節に聴きたくなる大好きな曲」というコメントでリクエストされていた。地上波で思いがけなくあのメロディが流れると、心がどことなく燥ぐ。

 土曜日、勤務先の高校で入学式があった。ここ数年、桜の開花がはやく、入学式の日にはすでに散りかけていた。今年はどこもそうであるように開花が遅く、桜はその盛りを迎えようとしていた。新入生とその保護者が正門近くの桜の樹の下で記念写真を撮影していた。桜の花びらが樹と人を、そして人と人を結びつけていた。桜のそばに人がいるとぬくもりのようなものが漂う。

 日曜日、甲府盆地の桜が満開だという報道があった。

 『桜の季節』の中にも、桜が人と人とを結びつけるモチーフがある。手紙のモチーフだ。


    ならば愛をこめて
  手紙をしたためよう
  作り話に花を咲かせ
  僕は読み返しては 感動している!


 以前書いたこととかなり重複するが、この「手紙」について再び触れてみたい。志村正彦は『音楽と人』2004年5月号でこの歌について語っている。インタビューした上野三樹氏はこう問いかける。


 -今作の「桜の季節」は手紙がモチーフですが。手紙って、よく書かれますか。

「ほとんどないです。今って、メールがあるから、みんな手紙って書かないですよね。だから誰かが時折、手紙をくれたりすると驚くじゃないですか。家の母親とかよく送ってくるんですけど。そういうハッとする感じを出したかったんです。」

 -お母さんに返事書かなきゃ。

「書かないです!恥ずかしい。(後略)


 -しかも結局書いたけど出してないでしょ、この曲。

「そうです。手紙を書いて、そこで終了している曲です。」

 -そこでまたひとりになると。

「そうですね。」


 作者自身が「手紙を書いて、そこで終了している曲」だと述べている。「手紙」は宛先人に届くことなく、差出人のもとに留まる。歌の主体は「ひとり」になる。きわめて志村らしい展開ではある。
 手紙を書く機会が減ったとはいえ、誰もが手紙を書いたがそれを相手に送らなかった経験はあるだろう。葉書やメールの場合でもよい。書き終わっただけで心が整理できたり、目的のようなものが達成できたりする。そんなこともあろう。手紙はその宛先人という他者に向けて書くと同時に自分に向けて書くものでもあるからだ。書かれただけで投函されなかった手紙。でも、それは宛先人にほんとうに届いていないのだろうか。そんなことをふと考えた。

 手紙はつねに宛先に届く、と精神分析家ジャック・ラカンは著書『エクリ』の冒頭「『盗まれた手紙』についてのゼミナール」で書いている。この言葉を詳述することは控えるが、確かに、一度書かれたものは書かれた時点で少なくともどこかに他の場所に届いているような気もする。そもそも手紙は誰が誰に向けて書いているのだろうか。手紙は不可思議なものでもある。

 「愛」をこめてしたためた「手紙」は、志村正彦の作品そのものの喩えである。歌詞の中の一つの言葉がその歌詞全体を指し示す言葉にもなる。そのように捉えてみる。
 ならばこう考えよう。この作品の聴き手である私たちは、この作品の宛先人でないにしろ、受取人の一人となることができる。「僕」が読み返して「感動している!」もの、「花を咲かせ」た「作り話」は、作品という手紙を通じて私たち受取人に届く。しかも、そこには「愛」がこめられている。『桜の季節』そのものが春という季節の手紙となる。

 毎年この季節に、この手紙は私たちに届けられる。その手紙にこめられた「愛」もくりかえしくりかえし届けられるのであろう。

2017年3月29日水曜日

FM-FUJI『桜の季節』[志村正彦LN155]

 ここ二三年、定点観測している桜の樹。蕾が膨らんでその先端が濃い桜色に染まっているのだが、まだ開花はしていない。予想より遅れているのはここ数日の寒さのせいだろう。一昨日は富士北麓地域にはかなりの雪が降った。甲府から見える富士山も雪山にすっかり戻ってしまった。

 昨年の秋、この桜の樹の葉はその前の年よりはやく枯れだした。何となく勢いがないので少し心配していたのだが、冬を無事に越えて、花開く準備をしている。
 「桜は常にそこにある」とある生徒が書いたことは以前紹介した。確かに、桜は常にそこにあり、そして時の循環を歩み続けている。

 昼、たまたま車に乗っていた。地元の局なのでエフエム富士にチューニングを合わせることが多い。十二時半頃、突然、あのメロディが聞こえてきた。フジファブリック『桜の季節』だ。ラジオで聞くのは格別の味わいがある。なぜだろう。同じ時間に様々な場所で聞いているリスナーと楽曲を共有しているからだろうか。

 今日は、志村正彦の声がFM波に乗って山梨の地に降り注いているような気がした。『桜の季節』が桜の季節の到来を告げていた。甲府盆地では明日か明後日にはおそらく開花するだろう。彼の故郷富士吉田は冬の寒さが厳しいところなので、四月の中下旬が桜の季節となる。

 『桜の季節』 from 「Live at 富士五湖文化センター」という映像がUNIVERSAL MUSIC JAPAN のyoutubeにある。LIVE DVD BOX   『FAB BOX II』、単品の『Live at 富士五湖文化センター』に収められたものの短縮版である。2008年5月31日の収録、山梨で歌われた最初で最後の『桜の季節』となった。言葉を一つ一つ確かめるようにして伝えようとする志村の姿がある。
 



 この歌に出会って以来、桜を見ることと『桜の季節』を聴くこと、その経験が分かちがたく結びつくようになった。今年はどのような経験をするのだろうか。

2017年3月26日日曜日

『セレナーデ』の「眠りの森」[志村正彦LN154]

 前回、『セレナーデ』の歌詞の構成を1a-《[2a-3b-4c]-[5a-6b-7c]》-8cと仮定してみた。今回は、1aと8cとの間に挿まれた《[2a-3b-4c]と[5a-6b-7c]》のブロックを考察したい。この中でも対になっているのは[3b-4c]と[6b-7c]の部分である。
 始めに[3b-4c]を読もう。


3b 木の葉揺らす風 その音を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込むまで

4c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛を吹くよ


 この歌の主体「僕」は、「眠りの森」へと「迷い込む」まで、「木の葉揺らす風」の「音」を聞いている。1aに「眠くなんかないのに 今日という日がまた/終わろうとしている さようなら」とあるので、「僕」は今日という日に別れを告げて眠りにつこうとしている。だが、すぐには眠れない。耳を澄まして外界の音を聞いている。「木の葉」が揺れて「風」が吹いている。自然の音が旋律と律動を作る。その音はまるで催眠効果をもつかのようだ。だからその外界は「眠りの森」という比喩で表現されている。

 「耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ」はどこか遠くの世界から、おそらく「眠りの森」場から聞こえてくる。あるいは、「眠りの森」そのものがセレナーデを奏でていると捉えられるかもしれない。「僕」はそのセレナーデに耳を澄ます聞き手の位置にいる。「僕」は「口笛を吹くよ」とそのセレナーデに答える。口笛で合奏する。
 次に[6b-7c]を読んでみたい。


6b 鈴みたいに鳴いてる その歌を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込みそう

7c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛吹く


 「眠りの森」のセレナーデは次第に、「鈴みたいに鳴いてる」歌に変化していく。楽曲から声が分離し、歌となり、聞こえない言葉が聞こえてくる。セレナーデを聞いているうちに、「僕」は「眠りの森」へと「迷い込みそう」になる。3bには「眠りの森へと 迷い込むまで」とあり、まだ眠りに入る前の時間を描いている。それに対して、6bの「眠りの森へと 迷い込みそう」は、もうすぐにでも「僕」が眠りに入っていくことを伝える。[3b-4c]と[6b-7c]との間には、眠りへと入っていく時間の推移がある。

 また、4cの「口笛を吹くよ」に対して、7cでは「口笛吹く」というように、「を」「よ」という助詞が消えている。「口笛を吹くよ」にはまだ主体の「僕」の意識のようなものがある。「を」という格助詞によって、(僕が)「口笛」「を」吹くということ、主体「僕」の動作「吹く」とその対象「口笛」との関係が明示されている。「よ」という終助詞にも「僕」の意志や判断が添えられている。

 それに対して、7c「口笛吹く」では「を」や「よ」という助詞が失われることで、主体「僕」の意識が希薄になっている。「眠りの森」のセレナーデの声に誘われて、「僕」は眠りの世界に入り込もうとしている。声の催眠にかかったかのように自動的に「口笛を吹く」。意識の水位が下がり、「迷い込む」かのように「眠りの森」へと入っていく。

 志村正彦は、「迷い込むまで」から「迷い込みそう」へ、「口笛を吹くよ」から「口笛吹く」へ、というように表現を微妙に変化させて、歌の主体「僕」が眠りへと入り込むまでの時間の推移や意識の変化を描いた。

  (この項続く)
  

2017年3月19日日曜日

『セレナーデ』の構成[志村正彦LN153]

 アルバム『シングルB面集 2004-2009』の12曲目に収録されている『セレナーデ』について以前一度書いたことがある。この作品は2007年11月7日リリースの10thシングル『若者のすべて』のB面曲、カップリング曲として発表された。今年で誕生して十年になる。

 志村正彦・フジファブリックの曲としてあまり知名度が高くないが、志村作品のベスト5を選ぶとするなら僕としては必ず入れたい曲である。欧米でも日本でも「セレナーデ」というテーマの歌は数多いが、その中でも時を超えて残り続ける作品だと思う。

 『セレナーデ』の歌詞をすべて引用したい。二行八連の構成であり、その二行ごとに連番を付す。楽曲の構成からすると、a-b-cの三つの旋律があるのでそれも加えることにする。


1a 眠くなんかないのに 今日という日がまた
  終わろうとしている さようなら

2a よそいきの服着て それもいつか捨てるよ
  いたずらになんだか 過ぎてゆく

3b 木の葉揺らす風 その音を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込むまで

4c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛を吹くよ

5a 明日は君にとって 幸せでありますように
  そしてそれを僕に 分けてくれ

6b 鈴みたいに鳴いてる その歌を聞いてる
  眠りの森へと 迷い込みそう

7c 耳を澄ましてみれば 流れ出すセレナーデ
  僕もそれに答えて 口笛吹く

8c そろそろ 行かなきゃな お別れのセレナーデ
  消えても 元通りになるだけなんだよ


 1a-2a-3b-4c-5a-6b-7c-8cという展開は、歌詞と楽曲からすると 1a-[2a-3b-4c]-[5a-6b-7c]-8cという構成になる。[a-b-c]の枠組を持つ[2a-3b-4c]と[5a-6b-7c]という二つのブロックを、1aと8cという大きな枠組が包み込んでいる。そう考えると、 1a-《[2a-3b-4c]-[5a-6b-7c]》-8cという構成を仮定できる。非常に繊細で微妙な意味を持つ歌詞であるので、そのような仮定のもとに歌詞の分析を試みたい。

 二つの[a-b-c]のブロック。[2a-3b-4c]と[5a-6b-7c]の歌詞は繰り返す部分と微妙に変化する部分を持つ。その差異と反復が『セレナーデ』の時間の推移を表している。そして物語の舞台を形作っている。1aの「今日という日がまた 終わろうとしている」は真夜中の時を、8cの「そろそろ 行かなきゃな」は夜が明ける時をそれぞれ指し示す。
 真夜中から夜明けへという時の流れの中で、『セレナーデ』の独特な夜の世界が現れる。

 (この項続く)

2017年3月12日日曜日

『シングルB面集 2004-2009』[志村正彦LN152]

 『ルーティーン』収録のアルバム、『シングルB面集 2004-2009』は、『FAB BOX』という完全生産限定BOXセット [DVD2枚+CD3枚]の中の一枚としてリリースされた。この『FAB BOX』はオリジナルの2010年版(2010/06/30)もその復刻版の2014年版(2014/10/15)も現在では入手できない。ネットでは新品の在庫品にしろ中古品にしろかなりの高額で取引されている。ペアとなるA面シングル集の『SINGLES 2004-2009』の方は現在でも入手可能のようだが、こちらの方も初回生産限定盤(2014年にその復刻版も出た)、期間限定盤(スペシャル・プライス)などのエディションがあった。

 完全限定版はプレミアム感もあり、既存のファン向けの商品の性格が強い。完売してしまえばそれまでで、新しくファンになった者にとっては理不尽なリリースの形だ。『シングルB面集 2004-2009』は配信のデジタル音源では入手可能だが、「もの」としてのアルバムを欲しい人は少なくないだろう。志村ファンであれば永久保存の音盤を手に入れたいはずだ。このB面集が通常版でリリースされることを強く望む。あるいは、A面シングル集とB面シングル集を合わせたコンプリートシングル集のCD2枚組アルバムを新たに企画するのはどうだろうか。ミニ詩集のような装丁の歌詞カードが付けば素晴らしい。スペシャル・プライスの廉価版であればさらに良いのだが。

 あらためて『シングルB面集 2004-2009』の収録曲を列挙してみよう。

1. 桜並木、二つの傘
2. NAGISA にて
3. 虫の祭り
4. 黒服の人
5. ダンス2000
6. 蜃気楼
7. ムーンライト
8. 東京炎上
9. Day Dripper
10. スパイダーとバレリーナ (作詞:志村正彦・作曲:山内総一郎)
11. Cheese Burger (作詞:志村正彦・作曲:山内総一郎)
12. セレナーデ
13. 熊の惑星 (作詞:志村正彦・作曲:加藤慎一)
14. ルーティーン

*(  )内の付記がないものはすべて、作詞・作曲:志村正彦。


 『桜並木、二つの傘』『NAGISAにて』『虫の祭り』『黒服の人』は春夏秋冬の歌、もうひとつの「四季盤」でもある。『桜の季節』『陽炎』『赤黄色の金木犀』『銀河』というオリジナルの四季盤とは異なる季節感が流れている。B面集の四季盤の方がリアルな生活や時間の感覚にあふれている。
 さらに、『ダンス2000』『蜃気楼』をはじめ、A面からは零れ落ちてしまうような不思議な世界が描かれている。『Cheese Burger』『熊の惑星』もユニークだ。終わりに近い『セレナーデ』と終わりの曲『ルーティーン』の二つは別格の存在感を持つ。B面集の中のさらなるB面のような深い味わいがある。誰にも作ることのできない歌という意味合いでは、B面集の方が志村正彦・フジファブリックらしいアルバムだと言えるかもしれない。

 最後にジャケット写真を見てみよう。




 ご覧の通り、「fujifabric」や「SINGLES2004-2009」のフォントが逆さまになっている。『SINGLES 2004-2009』のジャケットが裏返ったようなデザインが施されていて、なかなか洒落ている。シングルのA面集とB面集とが鏡像のような関係になり、互いが互いを照らし合わしている。
 もともとアナログレコード盤の時代、レコードを裏返すことが聴くことのアクセントになっていた。A面からB面に裏返す行為そのものが、音楽を聴くことの重要な何かと結び付いていた。それが何かと問われても答えるのは難しいが、表から裏へと返す、その束の間の時、その狭間の時が何か大切な一時だった。いったん音楽が終わり、静寂が訪れることが必要だったような気もする。

 シングルカットされるからにはA面曲はヒットを志向しなければならない。B面曲はそのような制約から自由であり、ある種の冒険や実験を行うこともできた。不可思議な存在感があった。CDの時代になると、B面曲ではなくカップリング曲と呼ばれるようになったが、「B」と「カップリング」という言葉の隔たりは意外に大きいのではないだろうか。BにはBにしかない存在価値がある。
 『シングルB面集 2004-2009』の作品にはそこはかとなく、アナログレコード盤の時代のB面曲の面影がある。

 

2017年3月5日日曜日

『ルーティーン』の声 [志村正彦LN151]

 三月の甲斐の山々。稜線が霞のようなもので覆われてくる。日差しがやわらかくなり、気温が上昇してくる。冬の寒さに慣れた身体が少しずつほぐれていく。それはそれで心地よいのだが、反面、気怠いような物憂いような気持にも染め上げられる。

 三月は年度の終わり。生活や仕事の流れの中では、三月が区切りという感じが強い。学校では卒業式や離退任式があり、人が巣立つ。冬が遠ざかり、春が近づく。人と季節それぞれが移り変わる。
 年度のしめくくりの仕事に追われ、新しい年度への準備もいそがしい。体には案外よくない季節かもしれない。毎年この時期、体調が少し悪くなることもある。一年の疲れが体そして心の芯にたまっているのかもしれない。一年のくりかえし。そのための一日のくりかえし。くりかえしのくりかえしの日々。そのような季節にふと聴いてみたくなるのが、志村正彦・フジファブリックの『ルーティーン』だ。
 
 2009年4月8日、シングル『Sugar!!』のカップリング曲としてリリースされた。同時期のアルバム『CHRONICLE』と同様に、スウェーデンのストックホルムで録音された。現在でもデジタル音源では入手可能だが、シングルは完全生産限定盤、アルバムにも限定盤『FAB BOX』中のDisc 3『シングルB面集 2004-2009』に収録ということで、CD盤としては入手困難だ。そのこともあってか、あまり知られていないのが残念である。『シングルB面集 2004-2009』が単独でリリースされるのが望ましいのだが、それはまだ実現していない。このB面集には『蜃気楼』『ルーティーン』『セレナーデ』など美しく儚い作品が多い。『SINGLES 2004-2009』というA面集よりも、志村らしい作品、志村でしか作りえない作品が収められているとも言える。

 『CHRONICLE』のDVDには、「ストックホルム”喜怒哀楽”映像日記::ルーティーン (レコーディングセッション at Monogram Recordings)」が収められている。志村と山内総一郎のギター、金澤ダイスケのアコーディオンの演奏と志村のボーカルが録画された貴重な映像だ。冒頭で志村は「わびさび日本系で」という指示を出している。海外での収録ゆえに「日本系」を意識したのだろうか。むしろというかそれゆえにと言うべきか、この歌には国や文化の違いを超えた普遍性がある。

 この年の12月、志村は急逝する。翌年、彼の残した制作途上の楽曲を中心に収録した『MUSIC』が「遺作」のような意味づけで発表されたが、このアルバムはあくまで参考作品として捉えるべきだと思う。志村の意志と構想で完成させたものではないからだ。彼の生前最後の作品を一つだけ選ぶとするならこの『ルーティーン』ではないかと私は考えている。
 歌詞のすべてを引用したい。二行七連の歌詞だ。


 日が沈み 朝が来て
 毎日が過ぎてゆく

 それはあっという間に
 一日がまた終わるよ

 折れちゃいそうな心だけど
 君からもらった心がある

 さみしいよ そんな事
 誰にでも 言えないよ

 見えない何かに
 押しつぶされそうになる

 折れちゃいそうな心だけど
 君からもらった心がある

 日が沈み 朝が来て
 昨日もね 明日も 明後日も 明々後日も ずっとね
   
      ( 『ルーティーン』作詞作曲:志村正彦 )


 声は限りなく優しい。耳に甘く溶け込むようでもある。
 歌詞自体が、日常的な語彙、いわばルーティーンの言葉で綴られているが、深い想い、語りえない想いを伝えている。曲が終了し、束の間の沈黙がある。第六連と七連との間だ。微かにギターをたたく音と共に、七連目の二行が歌われる。
 最後の二行は、言葉の意味としてではなく、言葉の行為として、「祈る」ことを成し遂げている。歌うことそのものが祈りになっている。何を祈るのか、祈りを向ける対象はわからない。歌詞の文脈からすると、昨日も、明日も、明後日も、明々後日も、ずっと「日」が続いていく、そのことへの祈りなのかもしれない。ルーティーンへの祈りと言い換えることもできる。ただそのように言葉を捉えたとしても、この歌の祈りには届かないような気がする。

 聴き手にとってこの歌の祈りは、日々のくりかえしの中で「折れちゃいそうな心」、「さみしい」こと、「押しつぶされそうになる」ことへの深い慰藉、なぐさめといたわりになる。
 この歌が録音されて一年も経たないうちに、この歌い手のルーティーン、日々のくりかえしは永遠に失われた。時々、不思議に思うことがある。音盤に刻まれた歌をくりかえし聴くことができることを。歌は生き続けるということを。自明になってしまってあえて振り返ることもないのだろうが、録音と記録という技術は本来、人の声に関する「奇跡」のような出来事だったのかもしれない。
 『ルーティーン』の声は今も日々のくりかえしを祈り続けている。