11月15日谷崎潤一郎「母を恋うる記」(甲府文と芸の会第2回公演)

右下の《申込フォーム》から一回につき一名お申し込みできます。名前欄に〈氏名〉、メール欄に〈電子メールアドレス〉、メッセージ欄に〈11月15日公演〉とそれぞれ記入して、送信ボタンをクリックしてください。(三つの欄のすべてに記入しないと送信できません)申し込み後3日以内に受付に関するメールを返信します。《申込フォーム》での申し込みができない場合やメールアドレスをお持ちでない場合は、チラシ画像に記載の番号へ電話でお申し込みください。  *申込者の皆様のメールアドレスは、本公演に関する連絡および今後の当会の公演案内のみに利用することをご了承ください。それ以外の利用は一切いたしません。
ラベル 小川洋子 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 小川洋子 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年7月8日水曜日

「小川洋子『バックストローク』を読む 2」 小林一之(教育出版「高校メルマガ」2010年6月号)

 Ⅳ 

 本論に入る前に、前編で言及することのできなかった生徒の読みを取り上げたい。高校生は、自らの置かれている位置に近い「弟」に焦点を絞り、自分をある程度まで「弟」に同一化するようにして、『バックストローク』を読んでいる。小説読解の根本には読者の作中人物への同一化がある。同一化に基づいて、作中人物が織りなす世界に入り込むことは、特に若い世代の読者にとっては必然性を伴う。本校三年生の感想文から、弟、そして弟・姉・父・母の四人からなる家族について様々な考えを述べたものを紹介する。

 

「頑張らなければ」「期待に添わなければ」という感情はとても辛いものだと思う。甘えたくても甘えられない環境が出来上がってしまっている場合が多い。弟の小さい体では収まりきれない想いがあったのだろう。

  複数の生徒が抱いた感想である。親の「期待に添わなければ」という状況は、高校三年生にとってはとても切実に感じられるものである。そして、「小さい体」に「収まりきれない想い」という捉え方は生徒の持つ身体感覚に基づく表現である。「収まりきれない想い」がそのまま凝固して硬直する左腕になったと、生徒は解釈しているのであろう。

 

 プールの中で泳ぐ弟と隅の方で縮まる弟どちらが自由かと比較してみる。自由とはそもそも何か。弟にとって、圧迫感のもとは「家族」であり、それに対して、自分を見つめられる場所は「隅」だけだった。自分の水泳の試合の時のみ、「家族」が成立する。これほどの圧迫感は他にないだろう。

 確かに、この小説では「弟」が泳ぐ時にのみ成立する「家族」の姿が描かれている。この圧迫感のもとになる「家族」を、この生徒は告発したいかのようである。弟と同年齢の生徒らしい素直な実感である。子供を中心として子供を絆として成立している家族は数多く存在するだろうが、その中心としての機能が何らかの理由で失われた場合、家族は崩壊していくのであろう。この小説の結末部もそれを告げている。

 

 空を指し続ける彼の左腕は、頑張らない勇気の表れではないか。彼はそれ以上頑張る必要がないのだと、彼自身も、姉も、父親も、どこかで解ったのではないだろうか。泳げること、それで充分ではないのか。新しい自由を手にするためには、頑張らない勇気の必要性が見えてくる。

 「弟」の左腕の異変を「頑張らない勇気」の表れとして解釈するのは、誤読とも取られかねないが、非常に独創的な読みである。作中の現実としては、弟は病院に入院し無為とも言えるような生活を送り続ける。「頑張らない」ことが弟の勇気であるならば、そのような帰結は彼の欲望の実現とも捉えることができる。この生徒の読みは、現在の社会で増加している「ひきこもり」の問題とも関連するような問いかけを持つ。


 父はあまり弟について感心がないように感じられるが、実は一番心配をしていたのではないだろうか。父はほんとうは弟を水泳から解放してあげたかったのだと思う。

 この生徒は、他の生徒がほとんど言及していない「父」に対して、注目すべき見解を示している。「父」はこの家族の中で唯一「弟」と同じ性に属している。「母」や「姉」が相対的に強いこの家庭の中では、「父」と「弟」は影の薄い存在として共通項を持っていたとも言える。この家族では、「父」が「父」として機能していなかったことは確かであり、そのことが「弟」、父にとっての息子の病理と深く関係しているとも推測できる。


 高校生にとって、『バックストローク』のような現代的な家族の軋みを背景とする教材の場合、作品への親近感が高まる。弟の人生は幼少から描かれ、左腕の異変は十五歳で起きる。作中人物の年齢設定と出来事の時点の設定が通常の作品よりも若くて早い。この設定によって家族の問題も浮上しやすくなり、高校現代文の教材としての魅力も増している。


 話者による重層的な語りによって、作品内の時間が多層的に構成されている小説がある。『バックストローク』もそのような構造を持つ。この場合、小説の最後の場面まで辿りつくことで、作中世界の時間軸が確定される。その時間軸の見取り図を得た上で、もう一度最初に戻り、小説を読み直していく。そのような行為によって、話者の仕掛けた語りの枠組みが見えてくる。この章では『バックストローク』の語りの枠組み、語られる世界とその時間をまず整理しておきたい。また、語られている四人の家族の物語を、作品名『バックストローク』と区別するために、《バックストローク》物語と呼ぶことにする。

  『バックストローク』では、A.話者の現在時の世界→B.一年半前の世界→C.二十数年間展開する世界→B.一年半前の世界、という進行で作中世界の時間と空間が展開する。


A.この小説を語る話者「わたし」の現在時の世界

  「プール」への偏愛、幾ばくかの強迫観念的偏執が語られる。

B.現在時から一年半前の出来事

  職業作家となった姉が東欧の強制収容所に訪問した際に繰り広げられる姉と案内人の男性との交流が語られる。

C.姉の回想として弟の物語の時間    

  《バックストローク》物語が作中挿話のような形式で二十年ほどの時間を元にして語られる。

B.再び、現在時から一年半前の世界

  東欧の強制収容所という場に戻り、《バックストローク》物語の後日談、その後の家族の物語が語られる。

 

 このような語りの枠組みによって浮かび上がる《バックストローク》物語、父・母・姉・弟の四人の家族の物語はどのようなものであったのか。


 小説の末尾で、話者・姉は休息後少し回復する。小説の語りの枠組からすると、この余白のような休息時間内で、弟の左腕の異変を巡る物語が語られる。そして休息後、その後の弟・姉・父・母の物語の帰結が語られる。

 父は肝硬変で亡くなった。母は弟の左腕異変の後に、「ヒステリー」となり、結局、背泳ぎに関わるすべての物、思い出の品をプールで焼く。弟を一流の選手に育てるという夢が壊れた時に、母の人生も半ば壊れてしまったようだ。

 弟はどうなったのか。話者の姉によれば、一月に一度ほど、弟から手紙が来る。弟は、病院の中庭にある「貝殻の形」をした狭いプールで、「背泳ぎ専門」で「得意になって泳いでいます」と書いている。これに対して姉は、「毎回、どの手紙にもプールのことが書いてある。彼が入院して、はや十年になる。」と述べている。「十年」という入院の年月は、弟の病気が身体的なものでなく精神的なものであることをそれとなく示している。精神的な病の方が治療は難しく、長期入院となることもあるからだ。後にⅥ章で詳しく触れるが、この『バックストローク』との関係がきわめて強い小川洋子の短編小説『盗作』では、この弟に相当する人物が「精神科病棟」に入院している設定となっていることも、『バックストローク』の弟が精神の病で入院したという解釈を支えるものとなる。また、弟の手紙にはいつもプールのことが書かれてあるというのは、逆に、泳ぐこと以外に対する無為を示しているとも想像できる。弟の状況は安らかで穏やかなものだが、他者や外界との生き生きとした交流が欠落しているという意味では、非常に閉じられたものである。

 姉は何者となったのか。姉は大学を卒業した後で「印鑑を作る会社」に就職し、会社が休みの日に「趣味で小説を書いた」と述べている。その時点から十年程経ち、姉は「雑誌に連載する長編小説の取材」のために東欧を訪問した。つまり、姉は連載小説を持つ職業作家になっていたのだ。弟の長期入院という時の流れと並行する形で、姉は小説家へと変貌していったのだ。弟の存在が姉に小説を書かせる欲望を与えたことは充分に推測できる。『バックストローク』を姉の物語として構築するのならば、小説家としての誕生の物語を見いだすことができるだろう。精神の病へと自らの生を閉じていった弟と小説の言葉の世界へ自らを開いていった姉という二人の存在の対比は、『バックストローク』の主要なモチーフだと考えられる。

 姉が小説家として誕生する物語を構築するためには、『バックストローク』の世界の余白とも言える場所で進行している欲望の物語を正確に再構成する必要がある。

 小説の冒頭部で、「わたし」はプールを「眺め」、そしてあらゆる点について「観察する」。プールがあるだけでそれは「特別な風景」になり、「わたし」はひとつの眼差しとして存在している。

 この観察者としての作家の位置について、小川洋子は『物語の役割』で「過去を見つめるという態度は、作家が観察者になることです。小説の中でも語り手は常に観察者です。」と述べている。観察者としての「わたし」の眼差しの対象がプールという日常的な空間とは区切られた場、裂け目のような空間であることは、きわめて小川洋子的な語り口の世界でもある。

 プールを語りの糸口、記憶の契機として、「わたし」は「一年半ほど前、雑誌に連載する長編小説の取材で、東欧の小さな町を訪れた時のこと」を回想する。それは「ナチス・ドイツ時代の強制収容所」のプールであった。「通訳兼ガイドの青年」が指さした「トンネル」の向こうに「処刑の行われた広場」、その入り口の脇にプールは存在した。処刑へと導くトンネルの向こう側とこちら側の世界。プールは処刑場への入り口で処刑される人々を迎え入れるかのように佇んでいる。そのプールは囚人たちが作り、収容所の看守とその家族が楽しんだものである。そのプールは「今まで目にしたなかで最も痛まし」いものであり、同時に「昔わたしの家にあったの」と最もよく似たものだった。プールは「巨大な石の棺」であり、「中は途方もなく深い空洞に満たされていた。」と語る。この「途方もなく深い空洞」は、小説『バックストローク』を内側から包み込みような空間の比喩でもある。

 このとき突然「わたし」は気分が悪くなり、その場にうずくまる。通訳の青年が介抱してくれるが、彼の手がふと「弟の手」のような気がする。そのような導入を経て、弟・姉・父・母の四人家族の物語が始まる。

 姉の語る《バックストローク》物語の中では、弟が小学校二年か三年のころ「自分の前世」について述べる場面で、弟にとっての「空洞」のイメージが現れる。弟は「洞窟に迷い込んで、人食いコウモリに体じゅうを食いちぎられて、それで死んじゃったの。」という記憶を述べる。他者によって「体じゅうを食いちぎられ」た上での「死」。精神分析家ジャック・ラカンの言う「寸断された身体」を想起させるイメージである。ラカンは、幼児が一歳半になるまでの時期には、自分の身体を一つのまとまりあるものとして意識することはできないと説いた。身体の各部分がバラバラの形で、言うならば「寸断された身体」のイメージの中で生きていることになる。この段階ではまだ「自分が自分である」という同一性を持つことはできない。ラカンによれば、鏡に映る自己の像によって、「寸断された身体」が一つのまとまりのある身体像に統合される「鏡像段階」に移行することではじめて、主体は「自分が自分である」という同一性を獲得することができる。鏡像という他者に自己を見いだすことが、主体の起源に存在するのだ。

 夢の中には、私たちの身体がバラバラになるような類型もあるが、これは人間の意識が無意識へと逆行する過程で、主体が自己の同一性を奪われ、「寸断された身体」のイメージが出現すると解釈できる。弟の「体じゅうを食いちぎられ」るイメージは自己の同一性が失われる段階への退行として解釈できる。また、「食いちぎられ」るというのは、「その時左腕が、なんの前ぶれもなくつけ根から抜けた」という、欠損した左腕のモチーフとも照合する。

 弟は続けて「で、今度はママのおなかに入らなくちゃならないから、洞窟の中を一生懸命走ったんだ。もうまにあわないかと思ってひやひやしたよ。でもようやく、ぎりぎりまにあった。」と述べる。ここにも「空洞」のモチーフがある。弟は「洞窟」の中を一生懸命走り、ママの「おなか」というもうひとつの「空洞」へと入り込む。寸断された身体は「空洞」で一つのまとまる身体として再生する。弟は子供の頃から「隅」を好むが、「隅」もまた物理的には遮られていないが、ひとつの「空洞」と考えてもよい。弟は、「空洞」から世界に登場しても「空洞」を愛しているかのようである。弟の「ママのおなか」に入ったという言葉に対して「わたし」は「本当にママのおなかでまちがいなかったんだろうか」「弟はまちがえてしまったんじゃないだろうか」と考える。弟は続けてもし今度死んだら、「土になんか埋めてほしくないんだ。」と言う。「わたし」の「どうして?」という問いかけに弟はこう答える。

 

「だって、ナメクジがいるから。僕、ナメクジが嫌いなんだ。骨にして、お姉ちゃんのおなかに入れておいてよ。それがいい。」

 弟は自分がどこから来たか、これからどこへ行くか、ちゃんと知っていた。

 

 「骨にして、お姉ちゃんのおなかに入れておいてよ。」という言葉は、弟の未来の生に対する欲望を表している。弟は「お姉ちゃんのおなか」で生き続けようとする。ただし、「骨にして」という言葉があるので、存在の実質は奪われた形で、比喩として言うならば、精神の「骨」として、姉の胎内で再生する欲望と解釈できる。弟は母の胎内の「空洞」から出てきて、姉の胎内というもうひとつの「空洞」へと辿りつきたいかのようである。

 この弟の言葉を受けて姉は、弟が「自分がどこから来たか、これからどこへ行くか」を知っていたと述べる。この言葉は、弟の「自分の前世」を巡る対話の場面の最後に置かれているが、作中世界の中での「わたし」の言葉ではなく、話者「わたし」の語りの現在時点での言葉として考えるべきである。要するに、小説家としての「わたし」の発話として存在している。

 弟は、左腕の異変とその欠損の後、精神病者として静かな閉じられた生を送る。病院の小さなプールは、かって彼の愛した「隅」の空間に似ている。それは水の満ちている小さな「空洞」でもある。彼は「隅」に回帰したのだとも考えられるが、その「隅」は「無」そのものと考えてよい。弟の人生は閉じられた「隅」での永遠の反復のようなものである。弟は姉に一月に一度ほど手紙を送り続ける。その手紙の文面は病院のプールでの背泳ぎの話題の繰り返し、永遠の反復であろう。しかし、そのような反復は弟の欲望の現れとも捉えられる。弟の手紙の宛先は常に姉である。弟は自らの物語を姉に送り、姉に書かせようとしたのではないだろうか。弟は無意識の次元で、姉の空洞の中でひとつの言葉として生み出されることを望んだのではないだろうか。姉も弟の欲望を自分のものとし、物語を語る欲望に転化していく。

しかし、その欲望は次第に、姉と弟という家族としての関係性を越えて、主体としての話者「わたし」と客体としての「弟」という語りの枠組みを強固なものにしていく。姉は弟を「隅」に閉じこめ、自身の「空洞」に囲い込み、端的に言うならば、自らの小説の対象、素材にしたとも考えられる。『バックストローク』から、どこか悔恨のような、贖罪を願うような、姉の無声の響きが聞こえてくるのは、このことに起因するように私には感じられる。

 姉は小説の最終場面で、ホテルへ戻りゆっくりと休むことをすすめる青年の申し出を断り、強制収容所内の処刑場へ行くという強固な意志を告げる。姉が立ち上がり、「青年」が肩を抱いてくれたところで、小説『バックストローク』の円環が閉じられる。ジャック・ラカンが精神病者を「無意識の殉教者」と定義したことに倣えば、弟も「無意識の殉教者」の一人として記憶されることになるだろう。


 最後に、『バックストローク』に関連する物語に触れたい。『バックストローク』は、前章で述べたように、姉の小説家誕生の物語としても読むことできる。姉にとって、《バックストローク》物語がかけがえのない存在であったと同様に、小川洋子にとっても、作家としての欲望の対象となる特別な物語であったようだ。

 小川洋子の『盗作』(『偶然の祝福』所収)は、「初めて文芸誌に採用された小説、初めて原稿料をもらった小説、あてどないこの世界で、自分だけのためのささやかな居場所を、生まれて初めて与えてくれた私の小説は、盗作だった。」と語りだされる。職業作家である「私」のデビュー作が「盗作」だったというのは、重大な秘密の告白のようであるが、冒頭文に続く節を読むと、事態は奇妙な複雑さを醸し出している。

 

 その事実に気づいた時、私は不思議なくらい動揺しなかった。プライドを傷つけられもしなかったし、罪の意識にさいなまれることもなかった。ましてや本物の作者が名乗り出てきて、厄介な騒動を巻き起こしはしないかと、びくびく怯えたりもしなかった。

 

 デビュー作が「盗作」であると述べられたにもかかわらず、「その事実に気づいた時」とあるのはどういうことなのか、と読者は考えてしまう。盗作はふつう作者が意図的に先行作品を盗用することで成立するからだ。しかし、「その事実に気づいた時」という表現が告げているのは、その作品を書き発表した後で、盗作であることに気づいたという、時間軸がねじれているような事態である。そうであれば、話者は無自覚的に盗作を書いたことになるが、そのようなことが起こりうるのだろうか。「盗む」という行為は自覚的な行為としか考えられない。それとも、事後的に盗作であるという発見をするような状況がありうるのだろうか。続く部分にこうある。

 

 むしろ逆に、私を救い出すためにあの小説がどうしても必要だったのだ、どんな慈悲深い人間も高価な宝石もそれに取って代わることはできなかったのだと、確信した。盗作が道義的に(もしかしたら法律的にも)許されない行為だとしたって、自分の確信の力強さが、そんな罪は一蹴してくれる気がした。もしあそこで、降り掛かってきた偶然の神秘に身を任せていなかったら……そう考える方がずっと怖かった。

 

 この箇所には「私を救い出すためにあの小説がどうしても必要だった」とあるが、「あの小説」とは、盗作だとされたデビューとも、盗作の元となった小説とも、その両方とも捉えることができる。話者はその作品を書かねばならなかった「自分の確信」と、盗作した作品との出会いを指すものと思われる「偶然の神秘」に身を任せたと語っている。そうであれば、多少なりとも、話者には盗作だという自覚があったのだと考えるのが自然であろう。そうだとするならば、前述の「その事実に気づいた時」という事後性の事態と矛盾することになる。それとも、ある程度自覚されていたと自覚されないままであったという二つの事態が共存するのだろうか。その解答のようなものは後ほど明らかになるのだが、盗作という出来事そのものが小川洋子的な小説の仕掛けの複雑さを読者に伝えている。

 冒頭部に続いて、「当時私はかなりひどい状況にあった」と物語が語りだされる。「ひどい状況」とは、「弟」が不良少年に殴り殺され、恋人が横領罪で逮捕され、そのせいで「私」も失業することになるという「底無し沼」に陥る状況であった。

 もともと「私」と弟とのつながりは、「私」の書く小説を媒介とするものだった。優れた読者であり物語作者でもあった弟の死後、「私」はすっかり書けなくなり、衰弱し、部屋に閉じこもるようになった。珍しく外出した際に交通事故にあい、全治三ヶ月の重傷で入院する。

 退院後リハビリに通う車中で、盗作する物語をもたらした「彼女」に出会うことになる。しばらくして「私」は、入院中の弟の見舞いに来ている「彼女」に、「弟さんのことを、聞かせてくれませんか」とお願いをする。「彼女」は「ええ、そろそろ始めようかと、思っていたところです」と言って、弟の物語を語り始める。この「そろそろ始めようかと」という言葉には、期待されていた物語をついに語り始めるような陰影がある。

 「彼女」の語る弟の物語は、小説『バックストローク』とほぼ同一のものであるが、弟の左腕が欠損する契機となるプールでの背泳ぎの印象深い場面がないことが物語の構成上の違いとして指摘できる。内容の違いとしては、弟が特別な泣き方をして死を予知できる奇妙な能力を持っている点と、左腕が上がったままになる際に弟が死を予知する特別な泣き方をしていた点があげられる。弟が自分自身の左腕の「死」を予知していたという設定は、作品の解釈上、重要な差異となっている。また、話者が「彼女は精神科病棟へ」と述べていることから、「彼女」の弟は精神科に入院していることが明らかになる。『バックストローク』では弟が入院している病棟は明示されていないので、この点も違いとなっている。『盗作』との類似性を考えると、『バックストローク』の弟も精神科に入院していると推測できるので、純然たる差異と捉えない方がよいかもしれないが。

 「彼女」の物語を聞いた夜、「私」は小説を書きだす。「彼女が語った物語を、そのまま書き付け」ていき、「彼女の声を胸に響かせる」だけで言葉は紡ぎ出されていった。「私」は「彼女」の物語の口述伝承者のような存在かもしれない。そうであれば、「私」に盗作という意識はなかったことも考えられる。口述の物語が「私」を捉え、文字言語としての小説を「私」に書かせていったという事態が推定される。そのようにして完成した小説が『バックストローク』と名付けられ、デビュー作となった。ただし、小説『盗作』はここで終わらない。後日談が語られるのだ。

 『バックストローク』執筆後七年振りに「私」は最終的なリハビリのために病院を訪れ、談話室のサイドテーブルに置かれた『BACKSTROKE』という英語版のペーパーバックを見つける。

 

 古い本らしく、表紙は擦り切れ変色していた。作者は一九〇一年生まれの聞き覚えのない女性だったが、それ以外のプロフィールは分からなかった。とても発音できそうにない、複雑なつづりの名前だった。私はソファーに腰掛け、一ページめから読みはじめた。背泳ぎの選手だった弟が、左腕から徐々に死に近づいてゆく話だった。私が書いたのと、彼女が語ったのと同じ物語が、そこにあった。

 どんなにボロボロの本の中でも、物語のいとしさは少しも損なわれていなかった。

 

 英文の小説『BACKSTROKE』が、「彼女が語ったのと同じ物語」であるということは、「彼女」の語った物語は彼女自身の経験ではなく、この『BACKSTROKE』に書かれてあった物語であったと考えられる。しかし、「彼女」の弟が、この『BACKSTROKE』の物語そのものではなくても、類似の経験をしていたことは考えられる。経験の類似性が物語への愛着を高めることはよくある。どちらにしろ、「彼女」もこの『BACKSTROKE』を愛おしく読んだのであろう。また、「彼女」以外にもこの談話室で『BACKSTROKE』を読み、その物語を愛した者がいた可能性もある。『BACKSTROKE』は少なくとも二人の女性に感銘を与え、一人はその物語を記憶し語り、一人はその物語を書きとめ小説にした。『BACKSTROKE』は英文の物語であるから、日本語への翻訳という言葉から言葉へのもう一つの過程もある。

 小説『バックストローク』では、話者「わたし」の回想という形で《バックストローク》物語が挿話として語られている。そして、小説『盗作』では、話者「私」が書いた《バックストローク》物語、「彼女」が述べた《バックストローク》物語、ペーパーバック『BACKSTROKE』に記されている《バックストローク》物語がある。

 小川洋子は、「非常に受け入れがたい困難な現実にぶつかったとき、人間はほとんど無意識のうちに自分の心の形に合うようにその現実をいろいろ変形させ、どうにかしてその現実を受け入れようとする。もうそこで一つの物語を作っているわけです。」と『物語の役割』で述べている。《バックストローク》物語に関わるすべての話者もまた「困難な現実」に向き合う中で、物語を作り出し語っていったのだろう。

 《バックストローク》物語を語ることによって、小説『盗作』と『バックストローク』の二人の話者は各々職業作家として誕生する。二人の話者の背後にある作者小川洋子にとっても、小説家として深い関わりのある物語だと思われる。《バックストローク》は作家小川洋子の起源、小説を語る欲望の起源に関わる何かと関係する物語であろう。「姉」と「弟」の物語を、小川洋子は繰り返し書いてきた。《バックストローク》物語はこれからもヴァリエーションが創られ、反復されていくのであろうか。

 小川洋子という小説家の欲望の物語、反復の物語としての《バックストローク》という地平に辿りついたところで、この稿を閉じることにする。



*この論考「小川洋子『バックストローク』を読む 2」 は、教育出版の「高校メルマガ」2010年6月号で配信されました。同社のHPで掲載されていましたが、HPのリニューアルによって現在は公開されていませんので、このブログに新たに掲載することにしました。

2026年7月7日火曜日

「小川洋子『バックストローク』を読む 1」 小林一之(教育出版「高校メルマガ」2009年6月号)

 小説を「読む」とはどのような行為なのか。そして、「小説」を学ぶ、教えるという行為はどの方向に向かうべきなのか。

 この問いを抱えながら、授業の準備を行い、教室に向かう。小説教材の最初の授業のとき、小説を読む充分な時間を生徒に与えるように心がけている。小説を読むのには固有の時間があり、読書の主体としての生徒には一人ひとり別の時間が流れている。教科書に印刷されている小説作品は文字の記号としてそこにあるが、読書主体としての生徒の読む行為を通じて、その存在を獲得し始める。

 教室ではまず始めに、時間は充分にあるので各自のペースで読んでいくことを指示する。

 その際「教材」ではなく、「作品」という意識で読むことを重視している。生徒がページをめくり始める。直ぐに小説世界に入っていく者。煩わしそうに読む者。各々の読む時間が進行する。時に愉悦を感じ、時に困惑を感じる時間。静かな時間が流れ、時々、ページをめくる音が聞こえてくる。

 もう一つの指示は、読んで考えたことを自由に書くこと、所謂「初読の感想文」を書くことだ。勤務校では一〇〇分授業(五〇分二コマ連続)を行っているので、前半の五〇分間を読む時間に、後半の五〇分間を書く時間に、だいたい設定している。

 生徒の観点からすると、教室という場でいきなり新しい教材、文学作品に出会うことになる。通常の読書とは異なり、選択することなく、それは与えられる。受け身の行為なのだが、そのような作品との出会いが幸福な遭遇をもたらすことも多い。教室では、生徒は「贈り物」としての作品に出会う。日々、至るところの教室で、文学作品という贈り物が贈与されている。生徒の書いた文を読むと、小川洋子の『バックストローク』は今まで遭遇したことのないような、贈り物のような作品であることが伝わる。

 ある女子生徒の文章を紹介したい。

  この小説を読んで、わたしはとても不思議な感覚を覚えた。読んでいるときは、どこかへ沈んでいくように思えたし、読み終わってからは、自分が水の底にいるようだった。胸が締め付けられる息苦しさを感じたのに、同じくらい、穏やかさも感じられた。水中で息ができないのと同様に、わたしにはこの小説を読んで感じたことを言葉にすることができない。

 どこかへ沈み、水の底にいるような「不思議な感覚」。そこでは「息苦しさ」と「穏やかさ」の相反するものが感じられる。この女子生徒は、『バックストローク』の読みの経験そのものを伝えようとしている。意味や主題ではなく、感覚の軌跡のようなものに向き合おうとしている。ある作品に対して「言葉にすることができない」想いを抱いたのなら、無理に言葉にする必要はない。無理に解釈したり、了解したりすることは、作品の読みを損ない、極端な場合は作品に対する暴力にもなる。

 一つの小説を読み進めていくうちに、私たちは小説の言葉の群れから放たれた波動のようなものを受け取る。意味に分節されたり、主題に結晶化されたりすることなく、波のような運動が私たちに作用する。話者の声や作中人物の声は波動となり、場面や場面の転換もリズムとしての波の動きに通じる。読む者は自身に生起している波動の微かな響きに耳を傾けている。波動が私たちに作用し、言葉にならないなにものかを伝える。

 『バックストローク』は作用する小説としての力を持つ。作品は読者の記憶の中のある層の呼吸し続ける。時に水面下に潜り、時に浮上し、読者に作用する。そして、時間の流れの中で、時の経過と共に、作用は変化する。初読、再読、数年後経た後の読書、その時々で読書そのものが変化する。作中人物のあの言葉、あの場面、あの風景の語りかける意味が、時間の中で変化して、読者に作用する。作品から贈り物のようにして与えられる波動は、幸福な場合、一生の間持続するのだろう。

 もう一人、男子生徒の言葉を引用したい。

  私は小説を読むのは好きではないし、読んだとしても途中で読むのを止めてしまうが、でもこの小説だけは違った。小説の世界へと入ったような気分になった。小説の中は、色々なことが自分の目の前で起こっているのか、または、動画を見ているようであった。小説の力は無限のように感じた。

  この生徒にとって、「小説の世界」へと入るという経験は稀なものであったらしい。「動画」を見ているようであるという言葉は、携帯電話やPCなどを通じて画面上の動画を見る機会の多いこの時代の若者らしい感想だ。読む行為の中で「動画」を再現するのは、ネット上の動画を受動的に見る経験とは大きく異なる。また、「映画」でなく「動画」という言葉を使ったのも興味深い。「動画」にはより短いもの、それらの映像の集積のような感じがある。確かに『バックストローク』には様々な場面の集積のような作品であり、多層的な時間が入れ子型に組合わされている。一つひとつが短い動画のような趣もある。

 小川洋子は前掲の『物語の役割』で、「私の場合は、映像が頭の中に浮かぶ時には、すでにそれが小説になるというサインなのです。」と述べている。続けて「言葉になる以前の段階のものが、まず浮かんでこなくてはならないのです。言葉は常に後から遅れてやってくるという感触です。」と語っている。

 引用した二人の生徒の言葉は、短いものであり、充分に考えが練られているものではないかもしれないが、小川洋子の小説の本質に触れる鋭さがある。出来合の言葉で解釈するよりも、テクストそのものに向かい合う純粋な読書がこのような言葉をもたらしたのだ。


 Ⅱ

 小川洋子は講演録『物語の役割』の中で、『バックストローク』と同じように短編集『めまい』に収録されている『リンデンバウム通りの双子』を素材に、「小説の第一歩を踏み出す」ためには「重層的な映像が必要不可欠なのです」と述べている。また「テーマなどというものは最初から存在していない」「主題が何か、について私は一切考えていないのです」と断言している。『リンデンバウム通りの双子』を例に取り、「家族の悲しみ」「人間の孤独」「家族の絆」というような「非常にわかりやすい一行で書けてしまう主題を最初に意識してしまったら、それは小説にならないのです」として、「言葉で一行で表現できてしまうならば、別に小説にする必要はない」「言葉にできないものを書いているのが小説ではないか」と語っている。そして、「テーマは後から読んだ人が勝手にそれぞれ感じたり、文芸評論家の方が論じてくださるもの」だと、若干の皮肉を込めて書いている。

 小説を書く作者の観点からすると、小川洋子の言葉は肯定されるだろう。作者が紡ぎ出すのは言葉そのものであり、意味や主題は事後的に生まれるというのは、虚構作品を書く者が経験する真実の一つだからだ。しかし、作者も事後的に読者となる。作者自身、小説を書き終えた時点から、というよりも本質的には、一つひとつの言葉を書いた瞬間から、読者として自分の言葉に向き合う。作者が主題を考えずに小説を書いたとしても、小説の完成後、一人の読者として自身の小説の主題に向き合うことになる。話者として言葉を語り終わった瞬間から、読者としてその言葉を読むというのが、言語をめぐる普遍的な真理だと思われる。

 読者に作用する言葉の群れ、その波動を、生のある一点で受け止め、その意味を考え、作品の主題を考えることもまた、私たち読者が自然に行う行為だ。連続して続く波動の形を形として定めること。とりあえずの形であっても、そのことが解釈の立脚点になり、授業の成立の根底を築く。

 『バックストローク』を読み進めていく中で、私たちが立ち止まってしまう箇所は、やはり、弟の左腕が突然挙がったままになってしまった出来事であろう。読者はこの出来事を受け止め、その意味や原因を考えてしまう。読者がこの出来事について問いかける欲望を持つのは自然であろう。小説作品は波動のように読者にある作用をもたらす。その作用の中の何かが私たちにある種の問いをもたらす。問いは読者の欲望を生起させる。特に、了解不可能な不可思議な出来事ほど、読者の欲望を刺激する。この左腕の出来事については、何人かの生徒が感想を寄せた。生徒の書いた文の一部を四つほど引用したい。

 

 主人公の弟は母親の過剰な圧力や期待により、言いしれぬ不安や苦しみを胸に抱えていたのだろうと感じた。腕に異変が起きたのもそれが原因なのだろうと感じた。「水泳をやっていない自分」を見てほしくて、彼は無理に腕を壊してしまおうと考えたのだと思う。

  この生徒は「無理に腕を壊してしまおう」とする意志によるものだと解釈する。「母親の過剰な圧力や期待」に対する「言いしれぬ不安や苦しみ」が原因となって、ある行動を起こす。このような解釈は、この「左腕の出来事」に対する標準的なものだとも言える。

 

 弟はなぜ急に左腕をおろすことができなくなったのだろうか。それはやはり弟の強い気持ちが作り出した結果の現象だったのであろう。

  この生徒も弟の「強い気持ち」を読みとろうとしている。ただし、「意志」によるというよりも、「強い気持ち」の作り出す「結果の現象」という読みは、微妙な意味を含んでいる。「現象」として起こったということには意志から少し離れた考えもあるからだ。

 

 「なぜかいろいろな物が壊れた一日だった。」この表現から、何か大きな変化が訪れるのだという予感を感じた。そして、ついに彼は壊れてしまったのだ。

  この読みは、弟が「壊れた」という枠組みでの解釈である。この場面では色々なものが壊れる。その結果、機械が壊れるように、弟の左腕が壊れる。「壊れた」という表現は、弟の意志による行為ではなく、突然の出来事としての異変の意味合いが強い。

 

 ストレスのはけ口がなくなったことにより、体が限界を通り越して拒否反応を起こし、その結果左腕が動かなくなってしまったのだ。

   「ストレス」による心身の「拒否反応」としての腕の異変。この解釈はより心理学的な解釈だと言えよう。現在の高校生の中には心理学的な知識を持つ者も多い。この生徒も「ストレス」という流布された言葉ではあるが、臨床心理学的な知識で出来事を読みとろうとしている。


 生徒の感想は大きく、この出来事が弟の意志による故意の行為だと捉えるものと、意志によらない病変だと捉えるもの二つに分けられる。また、『バックストローク』に言及した評言の幾つかを読んでみても、意志によるものと病理によるものの二つに分かれている。

 異変から五年経ったあるとき、弟は姉に「変に思う?」と聞き、「みんなを、がっかりさせてしまった。」とも述べる。この箇所によって、弟は左腕の出来事について自覚的であったという読みがなされることがある。しかし、意志によらない病理としての異変であっても、結果的に「がっかりさせてしまった」と思うことはあり、その異変について「変に思う」と問いかけることもあるので、このことだけで、弟の意志による行為だと解釈することは無理である。左腕の出来事については、厳密で精密な読解が必要とされるだろう。

 この場面は、「事の始まりは、弟の十五歳の誕生日だった。」と語り出される。その日は「なぜかいろいろな物が壊れた一日」で、弟の左腕に異変が起きる。その出来事を語る一節を引用する。

 

 次の朝目覚めた時から、弟は左腕を挙げたきり、下へ降ろさなくなってしまったのだ。

 最初弟が階段を降りてきた時は、肩の調子が悪いのか、フォームのイメージトレーニングでもしているのだろうと、さほど気にしなかった。しかし洗面所から出てきても、食卓についても、彼はそのままの姿勢を崩さなかった。

「どうかしたの。」

 いちばんに母が口を開いた。

「どうして手なんか挙げてるの?」

 わたしも尋ねた。尋ねないではいられなかった。彼は何も答えなかった。

 

   小川洋子の小説では、「言葉になる以前の段階」の「映像」が先行する。この「映像」は、物語になる以前、主題化される以前のある種の出来事であろう。映像としての出来事が起こり、その後に言葉が出来事を捕まえようとする。言葉は出来事に対して遅延して到達する。話者は出来事の解釈者の位置に立つ。小川洋子は、そのようにして浮上した出来事に対して、どのような話者を創りあげるのかに腐心していると語っている。

 話者や作中人物の感覚・思考より、出来事が先行しているのは、『バックストローク』の場合も当てはまるのではないか。まず始めに左腕の異変という映像が誕生し、その後で『バックストローク』の構想が具現化したというのが私の推測である。その場合、この出来事・映像について、話者や作中人物はどのように捉えるのかが問題となる。

 引用部分では、話者であり作中人物の姉である「わたし」の視点から、弟は「降ろさなくなってしまった」「そのままの姿勢を崩さなかった」と語られていることに注意したい。左腕の「出来事」に遭遇した現在時を考えてみると、この時点では出来事の了解は当然不可能だ。しかし、「わたし」の述べる「降ろさなくなってしまった」「崩さなかった」という言葉には、この出来事には弟の意志が介在していることが判断されている。

 例えば、「弟は左腕を挙げたきり、下へ降ろせなくなってしまった」であれば、病気の可能性が残る。 あるいは「弟の左腕は挙がったままだった。」では、より解釈を差し挟むことのない、判断保留の描写になる。

 さらに、母の「どうかしたの」、姉の「どうして手なんか挙げているの」という問いのの繰り返しは、弟を無言へと追いやる。母も姉も理由を問い続けたのだが、そのこと自体が、弟を「もっと隅へ、もっと隅へとひきこもる」ようにさせた可能性すらある。

 姉は「だれも見ていない時は降ろしているのだろう」と考え、弟の部屋をこっそり盗み見ることまでした。姉は弟の理解者の位置に立つのではなく、むしろ母の位置に、母の眼差しに近づいている。

 私たち読者が、母や姉の眼差しからの解釈から離れて、一人の観察者として弟の出来事に向き合えば、どのような解釈が可能なのだろうか。生徒の感想の中に、一つ注目すべき意見がある。

 

 なぜ腕が上がらなくなったのかは、よくわからないけど、それが弟の願いならいいと思う。自分の意志でそうなってしまったのではなくても、その後、弟は生き続けていけたのだから、それは少しでも弟が望んだことであったのだと思う。

  この生徒は左腕の異変について「自分の意志」でなくでも「願い」「望んだこと」であったと読む。この生徒の感想はあくまで感覚的なもので、論として確立されたものではない。しかし、微妙ではあるが、この生徒の読みは、意志によるものと病理によるものという二項対立の解釈とは異なる解釈の可能性を示す。この生徒は意志と病理の間に、より潜在的な弟の願望を読みとっている。


 私は、『バックストローク』の虚構世界を現実世界に転移させて考えてみたい。その場合の有効な解釈装置が、ジークムント・フロイトが創始した精神分析の理論である。唐突に精神分析を持ち出すことに違和を覚える方もいるだろうが、小川洋子の作品世界と精神分析理論との親和性は高いと思われる。

 小説の具体的のチーフとしても、短編集『めまい』所収の『飛行機で眠るのは難しい』では、作中人物の老女の布地屋がウィーンのフロイト博物館の裏にあり、話者「僕」がそこを訪ねるという設定があり、先に触れた『リンデンバウム通りの双子』の舞台もウィーンであることからも分かるように、少なくとも短編集『めまい』の場合、ウィーンという地名、フロイトという固有名詞のつながりがある。また、フロイト自身の姉妹四人が『バックストローク』の重要なモチーフであるユダヤ人強制収容所で殺されている事実もあり、ウィーンという都市自体がナチス・ドイツとの関わりが深い場所でもある。『めまい』所収の優れた三つの作品『バックストローク』『飛行機で眠るのは難しい』『リンデンバウム通りの双子』に共通しているのは、日本人の話者がウィーンやナチス・ドイツ収容所跡を訪れるという設定であり、小川洋子のこのモチーフへの偏愛ぶりが伺える。



 弟の左腕の異変の原因を精神分析の理論から考察すると、第一に転換ヒステリーの可能性を指摘することができる。転換ヒステリーは、精神分析の創始者ジークムント・フロイトが定義した神経症の一つであり、無意識的な衝動や願望の表象内容が抑圧され、その表象が転換される機構によって、様々な身体的症状(運動麻痺、身体硬直、感覚障害、腹痛・頭痛等の軽微な症状他)が現れてくるものである。

 転換ヒステリーでは、身体が不自然な形に硬直したまま動かなくなることがあるので、弟の左腕の硬直したかのような異変も転換ヒステリーの症状であると考察することができる。転換ヒステリーで症状化している部位は、抑圧された衝動の表象自体に関わる部位だとされている。つまり、不自然な形に硬直した左腕は、主体の抑圧したい場所そのものでもある。

 転換ヒステリーの原因には主体の無意識の欲望が存在している。先ほどの生徒の言葉を再び引用してみるならば、「それは少しでも弟が望んだことであったのだ」と言える。精神分析の文脈に置き換えていえば、「それ」は無意識の欲望である。

 哲学者スラヴォイ・ジジェクは、フロイトの真の後継者であるジャック・ラカンの影響のもとに、精神分析理論を使って現代文化について考察を重ねている。彼は著書『為すところを知らざればなり』で、ラカンを参照して「言語‐の‐存在としての人間の根本的な経験とは、彼の欲望が妨げられるということ、創設的に満たされないということである。人間は『自分が実際何を欲しているのか知らない』のである。」と述べている。そして、転換ヒステリーについて「ヒステリー患者の『転換』が成し遂げていることとは、紛れもなくこの妨害を転倒することなのだ。この転倒を介して妨げられた欲望は妨害への欲望に転換する。満たされぬ欲望は満たされぬことへの欲望に転換する。」と説いている。

 ジャック・ラカンによれば、人間の欲望は他者の欲望である。弟はもともと、他者である母の欲望を、続けて姉の欲望を生きてきたと言ってよい。欲望の起源には他者が存在するのだが、そのことは無意識に沈み、人間は「自分が実際何を欲しているのか知らない」のである。

 母と弟の様子については、視点人物である姉による次の描写がある。

 

 二人はぶかっこうなダンスを踊っているように見えた。弟は母に体を任せ、されるがままになっていた。照れ臭そうにも、迷惑そうにもしなかった。ただ、どこか遠くを見つめていた。背泳ぎなんかよりもっと深刻な問題について、思索を巡らせているかのような瞳だった。


 弟は母の欲望を「されるがままに」、文字通り生きている。弟の「どこか遠くを見つめ」「思索を巡らせている」かのような「瞳」は、「自分が実際何を欲しているのか知らない」欲望を見つめているかのようである。

 弟の二三歳の誕生日に、弟が姉の求めに応じて自宅プールで再びおよく場面で、話者姉は次のように語る。

 

 わずかに残った地面にしゃがみ、わたしはプールの中の弟を見つめた。端までくるとターンし、また泳いだ。何度も何度も繰り返しターンした。水音だけが二人の間を流れた。弟は背泳ぎするだけで、わたしの求めるものをなんでも差し出すことができた。

 

 この場面でも、弟は姉の欲望を生きている。弟は姉の「求めるものをなんでも指し出す」ことができるのだ。その後、姉の欲望に応じてプールで再び泳ぐ際に、作品内の現実か幻想か分からないが、弟の左腕は欠損する。その後、弟は入院し、病院の小さなプールで泳ぐことを愉しみ、十年もの間一月に一度ほど、そのことを必ず手紙に書いて姉に送る。

 弟は「自分が実際何を欲しているのか知らない」まま生きてきた。人間の欲望が他者の欲望である限り、人間の欲望は本源的に空虚なものである。主体が欲望を抱いていると感じていても、それは空虚な幻であり、その欲望が成就されることはない。これは、主体にとって欲望は絶えず妨げられているいうことのもう一つの姿である。また、弟の欲望が空虚なものであるからこそ、読者はそこに様々なものを読みとろうとしてきた。

 転換ヒステリーの主体は、欲望が妨げられることそのものを転倒し、自らの欲望を妨害するようになる。弟の欲望も様々な意味で妨害され、成し遂げられないものとなっていた。弟は自身の身体の自由な動きを妨害し、そのことが泳ぐことの制止、左腕の硬直化をもたらしたのだ。これが弟の「満たされぬことへの欲望」である。

 弟はそのようにして「満たされぬことへの欲望」そのものと化し、弟の物語が閉じられる。この弟の「左腕の出来事」は、虚構作品の枠組みを超えて、読者にそれに向き合うことを要請しているかのようだ。もちろんその解釈が固定されたものに収束する必要もないが、私自身は精神分析の枠組みで考察してきた。

 ヒステリーは家族の間で転移する。家族の成員が各々ヒステリー化することもある。左腕の異変の後、母自体が「ヒステリー」になったという記述がある。また、最後の場面で、強制収容所の「処刑場へ行きましょう」と述べる姉もまた幾分かヒステリー化しているとも言える。『バックストローク』は弟中心の物語として普通は読まれているが、私には姉を中心とする「姉の物語」として読む欲望もある。稿を改め、「姉の物語としての『バックストローク』」を書くことにしたい。


*この論考「『バックストローク』を読む 1」 は、教育出版の「高校メルマガ」2009年6月号で配信されました。同社のHPで掲載されていましたが、HPのリニューアルによって現在は公開されていませんので、このブログに新たに掲載することにしました。

2025年8月6日水曜日

「若者のすべて」の善きもの-小川洋子『サイレントシンガー』[志村正彦LN368]

 『サイレントシンガー』の「完全なる不完全」「不完全さがもたらす善きもの」という表現から志村正彦の歌が思い浮かんできたと前回書いた。今日は志村正彦の作品に即し書いてみたい。志村の歌の場合、この不完全さは表現の欠落や不在として現れている。


 例えば、「若者のすべて」の鍵となるフレーズ。

 ないかな ないよな きっとね いないよな
 会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ


 「ないかな」「ないよな」と「ない」が二つ反復される。しかし、いったい何が「ない」のか。それがわからないまま「きっとね」を挿んで、「いないよな」に続く。

 「会ったら言えるかな」とあるので、誰かと会うことが仮定されている。その誰かは、歌の主体〈僕〉にとって会ったら何を言えるか困惑するような相手、おそらくは恋愛対象のような存在のことだろう。この場面全体が「まぶた閉じて浮かべている」と閉じられていることもその印象を強くしている。

  繰り返される「ないかな」「ないよな」に焦点を当てれば、その「ない」の主語は誰かと再会するという出来事になるかもしれない。つまり、再会することが「ない」という意味になる。あるいは、「い」「ない」に焦点化すれば、その主語は人間になる。恋愛対象のような人間が「いない」ことになる。

 この二行のフレーズは、歌の主体「僕」、その背後にいる作者志村正彦の複雑で陰影に富んだ心象風景を表してるだろう。そしてその繊細な表現が聴き手の心にやわらかく作用していく。小川洋子『サイレントシンガー』の言葉に依拠してこの二行を捉えるなら、不在や否定という不完全な表現をすることが、この歌に「善きもの」をもたらしている。

 再会が「ない」、人が「い」「ない」。出来事の不在、人の不在。どちらにしても、「ない」「いない」という不在や否定の反復によって、不完全な関係を表現している。また、その不在や否定に、「…かな」「…よな」「…ね」「…よな」という〈僕〉の戸惑い示す助詞をつけることによって、曖昧さやある種の迂回が付加され、表現がある種の不完全さを帯びる。

 このような表現によって、「若者のすべて」は完全なる不完全な歌として存在している。「ないかな ないよな きっとね いないよな」という不在や欠落を帯びた不完全なフレーズが、この歌そのものとその聴き手に「善きもの」を与えている。歌詞だけでなく、メロディやリズムにも、抽象的にしか言えないのだが、どこか完全な不完全さを帯びているように聞こえる。儚いがかけがえのない楽曲という感触だ。志村正彦は完全なる不完全を無意識に追い求めたのかもしれない。


 今年の夏はマクドナルドのCM「大人への通り道」篇で「若者のすべて」が使われた。ときどき放送される映像には「♪若者のすべて/フジファブリック」という表示が小さく示されていた。CMの場合は曲名と歌手・バンド名のみが記されるのが基本だから、作者の「志村正彦」の名がなかったことに特に違和感を覚えなかった。志村の名を知ることがなくても、この歌を気に入り口ずさむ人が増えてくるだろう。そして、音源や映像に関心を持つ人もきっと出てくるだろう。ささやかなものかもしれないが、人々に善きものを与えるだろう。


 志村正彦という固有名について思いをめぐらすと、小川洋子『サイレントシンガー』のリリカのことが浮かんできた。

 仮歌の歌手リリカの名が記されることは絶対にない。名は最初から最後まで「ない」ものとして扱われる。リリカの存在もまた「ない」ものようである。しかし、毎日夕方の五時になると、少女が歌う『家路』が町役場から流れてきて、人々はその歌に耳を澄ませる。

 年に二度、7月に「若者のすべて」、12月に「茜色の夕日」が富士吉田市役所の防災無線のチャイムとして、これからもずっと流されてゆくだろうが(それを強く願うが)、遠い未来において、志村正彦という固有名を知る人が少なくなったとしても、あるいは忘れられてしまったとしても(そんなことはないと筆者は確信しているが)人々はこの歌に耳を澄ませるだろう。

 「若者のすべて」は善きものを与え続けるだろう。


2025年8月3日日曜日

「完全なる不完全」「不完全さがもたらす善きもの」-小川洋子『サイレントシンガー』[志村正彦LN367]

 小川洋子の『サイレントシンガー』が志村正彦の歌を喚起させた、と前回書いたが、今回はこの小説の重要なモチーフについて、ストーリーに触れることは最小限にしながら書いていきたい。


 「内気な人々」が「アカシアの野辺」と名付けられた土地に集まって暮らしていた。内気な人々は沈黙を愛していた。十本の指を駆使した指言葉でつつましく会話していた。

 リリカのおばあさんは長年のあいだ雑用係として「アカシアの野辺」で働き、行方不明となった男の子のために人形をいくつも作った。おばあさんはリリカに「人間は、完全を求めちゃいけない生きものなのさ」「余分、失敗、屑、半端、反故、不細工……。そういう、不完全なものと親しくしておかなくちゃ」と答える。人形の材料はすべて野辺で手に入れた不完全なものだった。

 おばあさんは、野辺で売っているお菓子にはわざと小さな「不完全」をしのばせてあるという内緒話もする。この「不完全」というのは、例えば、星形バタークッキーの詰め合わせの中に一つだけヒトデ形が混じっている、という程度のたわいないものだったが、おばあさんはその「不完全」が「ささやかな幸運の印」であり、「野辺の人たちは、完全なる不完全を目指している」と格言めいたことを言う。


 リリカはおばあさんに育てられ、歌うことを覚えていく。リリカの歌はどこからともなく評判となり、仮歌の仕事が入るようになった。ケーブルテレビ局のテーマ曲、コンペに出すアイドルソングなど地味な仕事ばかりだったが、リリカに不満はなかった。依頼者が望む声を差し出して、どんなふうにでも歌うことができた。歌に正解はないからだ。それでもときに、依頼側の理想に応えられないで責められることもあった。

 話者はリリカの内部の声を次のように語る。その箇所を引用する。


 そういう時は、歌は自在に姿を変えられる風なのだから、自分を空っぽにして、その風に身を任せていればいい、と言い聞かせ、一度深呼吸をした。胸を満たすのは野辺の沈黙だった。すると自然に、再び声があふれ出てきた。

 自分の歌はどこへ消えてゆくのだろう。スタジオからの帰り、車を運転しながら時折考えた。自分の歌はお手本などと高われるほど立派なものではない。鬱陶しがられないよう、本物の歌手の耳元に潜み、もし必要なら、行き先をほんのわずか照らして差し上げましょうか、とささやくだけだ。レコーディングが終われば、仮歌はもう必要ない。それ以前に、選ばれなかった無数のパターンの仮歌は既に捨てられている。ひととき存在したわずかな証拠も残さないまま、蒸発している。

 料金所の彼が忘れ去られた文字を蘇らせるように、仮歌の痕跡をたどる何ものかが、この世界にはいるのかもしれない。不完全さがもたらす善きものを、受け止めようとする誰かが。


 「自分の歌はどこへ消えてゆくのだろう」という問いかけは、仮歌の歌手リリカの固有のものである。仮歌が存続することはない。仮歌は常に既に捨てられ、消えていく。それでも、「不完全」な仮歌の痕跡をたどる聴き手がこの世界にいるかもしれない。その聴き手は「不完全さがもたらす善きもの」を受け止めようとするだろう。リリカは仮歌の歌手であり、本物の完全な歌手からすると不完全な存在である。それでもその不完全な歌手は痕跡として在り続けるだろう。

 「野辺の人たち」が目指している「完全なる不完全」とはどういうものか。「完全」と「不完全」は対立する概念である。その二つを結びつけた「完全」「なる」「不完全」という表現は矛盾しているとも言えるが、「不完全」なものを「不完全」なものとして内包したまま、そのままに、「完全」なものとなっていく過程を示した表現だと考えてみたい。「完全なる不完全」なものが人に「善きもの」を与えることができる。


 この「不完全さがもたらす善きもの」という表現について考えているうちに、志村正彦・フジファブリックの作品が思い浮かんできた。完成された彼の歌は、声も言葉も歌い方も完全な水準に達している。しかし、その完全のなかにはある種の不完全が痕跡のようにして刻み込まれている。そして、その不完全さが聴き手に「善きもの」をもたらしている気がする。

                          (この項続く)


2025年7月20日日曜日

「若者のすべて」のチャイムと小川洋子『サイレントシンガー』の冒頭シーン[志村正彦LN366]

 今年も、志村正彦の誕生日をはさむ7月7日から13日まで、富士吉田の防災行政無線の夕方6時のチャイムが志村作詞・作曲のフジファブリック「若者のすべて」に変更され、その音が市内に響いた。

 その映像がYouTubeで流されたり、SNSで語られたりした。夏7月の「若者のすべて」と冬12月の「茜色の夕日」は富士吉田の風物詩とも言えるチャイムとなっている。7月と12月をあわせて、今回で28回目を迎えるという。


 6月30日、小川洋子の『サイレントシンガー』(文藝春秋)が刊行された。六年ぶりの原稿用紙400枚の長篇小説。早速手に入れて、一日かけてゆっくりと読んでいった。




 冒頭のシーンを読んでいくうちに、志村正彦のチャイムのことが浮かんできた。長くなるが引用したい。(ちなみに、この箇所を含む部分が発行元の「試し読み」に掲載されている)   


 毎日、夕方の五時になると、町役場から流れる『家路』が、山の中腹に広がるE-5地区にまで聞こえてくる。

響きわたる  鐘の音に
小屋に帰る  羊たち

 歌声は、麓を伝い、稜線を越え、森を抜けてくる間に、遠のいたり渦を巻いたり途切れ途切れになったりする。それでも、歌っているのは小さな女の子だ、というのは分かる。

夕日落ちた  ふるさとの
道に立てば  なつかしく

 一音一音、何の迷いもなく、のびやかに空中に広がってゆく。目を見開き、両手を脇にぴたりとつけ、爪の先まで真っすぐにのばして歌っている姿が、目に浮かんでくる。

ひとつひとつ 思い出の
草よ花よ 過ぎし日よ
過ぎし日よ

 まだ十分な厚みを持っていない舌のせいで、言葉の端々にあどけなさが漂っている。きっと、過ぎし日、などという言葉の意味も知らないに違いない。


 「若者のすべて」の歌詞を知るものなら誰でも、冒頭の一行から「夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて」という一節を想い出すのではないだろうか。

 ある町に夕方五時に流れる「家路」は、ドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」第2楽章のメロディに弟子の音楽家ウィリアム・フィッシャーが歌詞を付けた「Goin' Home」を、文学者・作詞家の野上彰が翻訳したものである。この曲の歌詞では、堀内敬三「遠き山に日は落ちて」の方が親しまれているが、他のヴァージョンもたくさんあり、宮沢賢治の歌曲「種山ヶ原」はその最も初期のもののようだ。

 この小説では「家路」は町役場が録音したテープで流されている。富士吉田の「若者のすべて」も、期間は限定されているが、市役所の無線のチャイムとして放送されている。「家路」も「若者のすべて」も、その町その市の人々に親しまれている。


 繰り返し再生されて録音が古びてしまったせいなのか、あるいは元々そうなのか、『家路』は町の役場よりももっと遠いどこかから、長い時間を経てはるばる届いているかのような錯覚を呼び起こす。皆をここではないどこかへ帰りたい気持ちにさせる。そこが心休まる場所であろうと、なかろうと、そもそも帰るべき場所がどこなのか分からなくとも、とにかく家路につく時が訪れたのだ。
 歌声は、帰る、というそこはかとなく心細い歩みに寄り添う。先頭を羊たちが導き、最後尾を歌声が見守る。それなのに、この歌をうたっているのが誰なのか、知っている者はいない。知ろうとする者さえいない。


  「家路」の録音テープは、町の「皆をここではないどこかへ帰りたい気持ちにさせる」が、「この歌をうたっているのが誰なのか」を知っている者も知ろうとする者さえもいない。やがて、この『家路』を歌っている小さな女の子が「リリカ」であることが明かされる。小川洋子はリリカの一生を静謐な声で語ってゆく。題名の「サイレントシンガー」、沈黙の歌い手という矛盾する言葉の組み合わせが、この小説の本質をかたちづくる。


 「家路」の歌詞には「響きわたる  鐘の音に」「小屋に帰る  羊たち」「夕日落ちた  ふるさとの」「道に立てば  なつかしく」「ひとつひとつ 思い出の」「草よ花よ 過ぎし日よ」という言葉がある。夕方、ふるさとの家に帰る道沿いで草や花を見て、なつかしさにつつまれて過ぎし日を想い出す。

 この歌のモチーフから志村正彦のいくつかの歌を想起した。

 例えば、「若者のすべて」の「街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ/途切れた夢の続きをとり戻したくなって」、「茜色の夕日」の「茜色の夕日眺めてたら/少し思い出すものがありました/晴れた心の日曜日の朝/誰もいない道 歩いたこと」、「陽炎」の「あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ/英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ/また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ/残像が 胸を締めつける」、そして「赤黄色の金木犀」の「赤黄色の金木犀の香りがして/たまらなくなって/何故か無駄に胸が/騒いでしまう帰り道」。


 〈帰りを急ぐ〉〈途切れた夢の続き〉〈茜色の夕日〉〈少し思い出すもの〉〈あの街並〉〈残像〉〈金木犀〉〈帰り道〉、一連の風景やモチーフが志村の世界を貫いている。

 彼の歌の中心に、〈故郷に帰る〉、そして矛盾するようではあるがその逆の〈故郷に帰ることができない〉という心のあり方を感じる。

 小川洋子の『サイレントシンガー』、「家路」の歌詞、リリカの歌声は、このような志村正彦の歌を喚起させた。

                      (この項続く)


2023年12月29日金曜日

村上春樹ライブラリー/「TOKYO MIDNIGHT」[志村正彦LN340]

 毎年、秋の始まりから年末にかけて論文を書く。大学では主に表現や地域学の教育を担当しているが、非常に狭いテーマではあるが文学の研究もしている。芥川龍之介、志賀直哉を中心とした大正期の作家の夢を表現した作品、夢テクストの分析である。夢を対象とするのでどうしても考えあぐねる。あたかも夢のなかのように、思考が行き詰まり、途切れがちになる。何かが浮かび上がることを待つ。必然的に書いている時間よりも何かを待つ時間の方が長くなる。そういうわけで今回も、完成、というよりもとりあえずの完了まで数ヶ月を要した。数日前に提出したが、この間、なかなかブログの更新ができなかった。ヴァンフォーレ甲府については速報性が必要なので何とか書いたが。今年も残り三日となる。2023年のうちに書いておきたいことをおそらく三日連続で書くことになるだろう。


 十一月上旬、僕と妻の二人はACL第4節ヴァンフォーレ甲府を応援するために国立競技場に出かけた(その試合のことはすでにここで書いた)。その夜は東京に泊まることにした。国立競技場から近いところを探したが、タイミングよく、早稲田大学に隣接したホテルを割安料金で予約できた。母校の早稲田界隈に宿泊するなんて、学生時代に友人の下宿に泊まって以来のこと。翌日、昨年開館した国際文学館(村上春樹ライブラリー)、さらに演劇博物館、少し足を伸ばせば早稲田南町の新宿区立漱石山房記念館に行くこともできる。

 当日、浙江FC(中国)との試合は4対1で終了。勝利の心地よい余韻に浸りながら、高田馬場駅駅で降りて、芳林堂書店のあるビルでホテル行のバスを待った。近くにBIGBOXのビルもある。実際はいろいろな変化はあるのだろうが、夜ということもあり、このあたりの風景は学生の頃とあまり変わっていない。僕は「センチメンタルジャーニー」の気分に包まれていった。

 バスは昔よく歩いた道を通ってホテルに到着。部屋の窓から新宿方向の高層ビルの夜景が綺麗に見える。下の方には照明で少しだけ浮かび上がる大隈庭園がある。その場の夜の感触というものは、その場を訪れることでしか味わうことができない。早稲田での夜の思い出が、もうほとんどが消え去っているのだが、少しだけ戻ってくる。友人、先生、教室、学生ラウンジ、図書館。夜遅くまで読書会で仲間と語り合ったこと。夜のキャンパスや近くの街を歩いたこと。すべてが懐かしい。


 翌朝、目を覚ますと東京は快晴だった。窓からは大隈講堂がよく見えた。しばらくすると、大隈庭園にたくさんの保育園児が遊びに来た。庭を飛び回っている。平和な光景だった。

 国際文学館(村上春樹ライブラリー)に出かけた。本部の4号館の建物が改装されて出来上がった。村上春樹からの寄贈・寄託資料、初版本を含めた書籍、関連書が3000冊以上収蔵されている。館内で本を自由に読めるスペースやカフェがある。ビデオディスプレーのコーナーでは、村上春樹と小川洋子の対談と朗読の会が上映されていた。小川洋子は「バックストローク」を読み上げていた。録音はネットで聞けるのだが、映像はここでしか見られないようだ。幸運だった。



 演劇博物館と漱石山房記念館の展示も見ることができた。村上春樹から夏目漱石へという行路は一つのメタファーになる。僕と妻の小さな旅は、個人記念館、文学館や博物館を見ることをいつも楽しみにしている。


 僕にとっては、1985年刊行の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が最も印象に残る作品である。学生時代の終わりの頃だ。初期三部作はすでに読んでいたが、この作品によって新しい文学の世界が開かれたという感を強くした。この小説では「ハードボイルド・ワンダーランド」と「世界の終り」の二つの物語が交互に進行していく。「世界の終り」の方は1980年発表の中編小説「街と、その不確かな壁」が原型になっている。そして、今年2023年4月刊行の長編小説『街とその不確かな壁』は、1980年の『街と、その不確かな壁』を書き直した上で新たな部分を加えた作品である(題名は〈街と、〉〈街と〉という読点〈、〉の有無で区別される)。つまり、村上春樹は1980年の『街と、その不確かな壁』が、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』内の「世界の終り」と2023年の『街とその不確かな壁』の二つの物語へと発展していった。

 「世界の終り」の方の最初の章は次のようなシーンで終わる。

 秋の獣たちはそれぞれの場所にひっそりとしゃがみこんだまま、長い金色の毛を夕陽に輝かせている。彼らは大地に固定された彫像のように身じろぎひとつせず、首を上にあげたまま一日の最後の光がりんご林の樹海の中に没し去っていくのをじっと待っている。やがて日が落ち、夜の青い闇が彼らの体を覆うとき、獣たちは頭を垂れて、白い一本の角を地面に下ろし、そして目を閉じるのである。
 このようにして街の一日は終る。

 この〈夜の青い闇〉が「世界の終わり」全篇を包んでいる。「世界の終わり」の語り手の〈僕〉は夢読みの作業をしている。

 僕は自分の心をはっきりと見定めることのできないまま、古い夢を読みとる作業に戻った。冬は深まる一方だったし、いつまでも作業の開始をのばしのばしにしているわけにはいかなかった。それに少くとも集中して夢を読んでいるあいだは僕は僕の中の喪失感を一時的であるにせよ忘れ去ることができたのだ。
 しかしその一方で、古い夢を読めば読むほどべつのかたちの無力感が僕の中で募っていつた。その無力感の原因はどれだけ読んでも僕が古い夢の語りかけてくるメッセージを理解することができないという点にあった。僕にはそれを読むことはできる――しかしその意味を解することはできない。それは意味のとおらない文章を来る日も来る日も読みあげているのと同じことだつた。

 かなり久しぶりにこの箇所を読んでみて、この〈意味のとおらない文章を来る日も来る日も読みあげている〉という一節に深く共感した。目的は全く異なるが、文学作品の夢テクスト分析も同じような試みである。


 志村正彦には東京の深夜を歌った作品がある。フジファブリック「TOKYO MIDNIGHT」。2004年のアルバム『フジファブリック』に収録されている。その歌詞を引用したい。



  何処からともなく 夜更けの街は

  いやらし男と かしまし娘

  パジャマで パヤパヤ

  朝までお邪魔?  朝までお邪魔??


 東京のある街。深夜から夜更けへそして朝と移りゆく時間。〈いやらし男とかしまし娘〉の二人。〈イヤラシ〉〈カシマシ〉〈パジャマ〉〈パヤパヤ〉〈オジャマ〉という音の遊びが、男女の戯れのように響いてくる。

 〈お邪魔〉という言葉は通常の文脈では、〈いやらし男〉か〈かしまし娘〉のどちらかがどちらかの家を訪れることを指すのだろうが、そもそも〈邪魔〉とは仏教語であり、よこしまなもの、邪気、邪心などの魔物のことを意味する。〈お邪魔〉には〈?〉〈??〉という疑問符が付けられている。歌の主体は、東京の深夜にはよこしまな邪気、邪心が渦巻いていることを表現したかったのかもしれない。

 1970年代前半のプログレッシブロック、特にピンクフロイドを想わせる楽曲。〈パジャマでパヤパヤ〉が四回繰り返されてからは、アグレッシブな演奏が続いて、〈朝までお邪魔? 朝まで お邪魔??〉で収束する。志村の歌詞のなかでも最も字数が少ない作品であるが、言葉を限りなく少なくすることによって、むしろ、言葉と楽曲とが抗争するような効果がある。夜の世界では、言葉が沈黙し、言葉では語りえないものが出現するかのように。


  志村正彦が村上春樹について少し言及した記事を読んだことがあるが、その記事が見つからない。村上作品は1980年代以降の文学・映画・音楽の世界に広範な影響を与えた。志村にも何らかの影響を与えているかもしれない。村上が探求した世界の鍵となるのは、夜と夢である。


2017年2月19日日曜日

授業実践 小川洋子『バックストローク』

 前々回の最後で「教師が一方的に教えるのではなく、生徒が考え表現することを尊重するのがこの授業の根本にある。生徒の言葉が彼ら自身の思考と表現の言葉となることを目指している」と書いた。大修館書店の本に書いたり、山梨英和大学で報告したりした一連の授業はこの考え方に基づいている。

 生徒・学習者を中心とする授業のデザインは十数年前から試みている。小説の授業の実践では、教育出版のHPの「高校メルマガ配信記事」の「教材研究・実践報告」に、「現代文B小川洋子『バックストローク』を読む1・2」という拙稿が掲載されている。(これは2008年秋に行った高校3年生対象の授業を考察したもので、「1」が2009年6月、「2」が2010年6月の「教育出版高校メルマガ」で配信された。) 

*注記(2026.7.7) 現在は教育出版のHPに掲載されていないので、「小川洋子『バックストローク』を読む 1」「小川洋子『バックストローク』を読む 2」 として新たに掲載した。

 その冒頭に書いた文を引用したい。

 小説を「読む」とはどのような行為なのか。そして、「小説」を学ぶ、教えるという行為はどの方向に向かうべきなのか。この問いを抱えながら、授業の準備を行い、教室に向かう。小説教材の最初の授業のとき、小説を読む充分な時間を生徒に与えるように心がけている。小説を読むのには固有の時間があり、読書の主体としての生徒には一人ひとり別の時間が流れている。教科書に印刷されている小説作品は文字の記号としてそこにあるが、読書主体としての生徒の読む行為を通じて、その存在を獲得し始める。

 教室ではまず始めに、時間は充分にあるので各自のペースで読んでいくことを指示する。その際「教材」ではなく、「作品」という意識で読むことを重視している。生徒がページをめくり始める。すぐに小説世界に入っていく者。煩わしそうに読む者。各々の読む時間が進行する。時に愉悦を感じ、時に困惑を感じる時間。静かな時間が流れ、時々、ページをめくる音が聞こえてくる。

 この後、生徒は小説を読んで感じたこと考えたことを自由に書く。私が作品についてあらかじめ説明することはない。教師が余計なことをいうとそれに引きずられてしまうからだ。それは生徒の自由な思考と表現を奪う。何も言わずに生徒が書くのを「待つ」姿勢を貫く。生徒が文を提出することで最初の授業が終わる。その後、生徒がどのように読んでいるのかを分析し、それに基づいて授業を構想していく。あくまで「読書主体としての生徒」の読みを中心に授業をデザインする。(付言すれば、2011年から始めた志村正彦・フジファブリックの歌を聞き歌詞を読む授業もこの方法で行っている。)

 通常の高校国語の授業は、教師用指導書等にある授業展開を参考に展開していく。その方法の根本には、教える者(教師、教科書著作者・編集者)が小説の読みを決定し、授業も構想するという考え方がある。教師中心の教材解釈であり、指導方法となる。(その背景には、作者が小説の主題や意味を支配しているという考えがある)この考え方は、すでに半世紀近く前、1960年代以降に欧米の文学理論、読書行為論や記号論で批判されているが(この系譜の理論を代表するのがロラン・バルトだ)、日本の国語教育ではこの指導方法や教育観が支配的だった。この教師中心の指導に対して批判的な実践をするのが、現場の教師としての私の一貫したモチーフであった。教育出版HPの2008年の授業研究はそれを最初にまとめたものであり、去年の大修館書店の授業報告はその発展形である。

 実際に生徒がどのように小川洋子の『バックストローク』を読んだのかは、拙稿を参照していただきたい。十八歳の思考や感性には素晴らしいものがある。生徒の読みから学ぶことは多い。