2026年5月22日金曜日

〈怖くはない〉吉井和哉「みらいのうた」-映画『みらいのうた』2

  映画『みらいのうた』は、吉井和哉とERO(高林英彦)の少年時代から現在へと至る五十年を超える日々の人生と音楽の軌跡を描いている。

 同名の歌「みらいのうた」がある。2021年8月6日、吉井は自ら作った新レーベル〈UTANOVA MUSiC〉からこの歌をデジタルリリースした。映画『みらいのうた』の撮影は 2022年4月に始まったのでその前になる。当初からこの歌が映画の主題歌として想定されていたのではなく、制作の最終段階に決まったそうである。

 この歌を作った時の吉井の年齢は55歳。中年を過ぎてもうすぐ老年が見えてくる年齢だ。そういう年齢が積み上げた経験が〈いつか全てが変わるなら今日もただ耐えよう〉〈いつかここから消えるなら今日もただ歌おう〉という歌詞のリアリティを支えている。やはり、結果としてかもしれないが、この「みらいのうた」という歌が『みらいのうた』という映画を導いたと感じられる。

 この歌は映画の冒頭そしてエンディングでは歌詞も表示されて流れる。ミュージックビデオを紹介し、歌詞をすべて引用したい。


 吉井和哉 - みらいのうた




みらいのうた
作詞・作曲:吉井和哉

何もかも嫌になった こんな時何をしよう
信じてたあの人も しょうもない嘘ついた

小さな部屋の隅でギターを弾きながら
心の形に溜まっていく吸い殻よ

いつか全てが変わるなら今日もただ歌おう
いろいろいろんなこと知ってしまう前に
僕の過去は僕のメロディになるから
怖くはない 未来の歌

行き先が変わる時 訪れる
強い痛み

幼い記憶だから寂しく思うけど
貝殻に耳を当てながら見た海よ

君が笑顔になるのなら今日もただ歌おう
怒りもあるならば素直に出せばいい
この場所のここからたまらなく好きだよ
狭いベッドがステージになる

柔らかい風が頬を撫でる
果てしなく続いてく若草よ

いつか全てが変わるなら今日もただ耐えよう
何度も何度でも立ち上がってみせるよ
いつかここから消えるなら今日もただ歌おう
いろいろいろんなこと知ってしまう後も
君と僕を繋ぐメロディになるなら
怖くはない 未来の歌
いつか叶え
未来の歌


 この歌には、Lyric Videoヴァージョンもある。

 吉井和哉 - みらいのうた (Lyric Video)



 歌詞を追ってみよう。 〈何もかも嫌になった こんな時何をしよう〉という冒頭のフレーズがすっと心に入ってくる。僕も時に感じることがある。日々の実感がある。〈信じてたあの人も しょうもない嘘ついた〉とあるが、信頼していたり仲間だと思っていた人から、嘘をつかれたり思いがけない反応をされたりということもある。日々の嘆きや憂いがある。どの年齢でもこのような実感はあるのだろうが、僕のような年齢の者にとってはひときわ身にこたえる。さらに、〈心の形に溜まっていく吸い殻〉〈貝殻に耳を当てながら見た海〉〈果てしなく続いてく若草〉という断片的な描写によって、物や風景が心に浮かび上がってくる。〈怒りもあるならば素直に出せばいい〉もその通りだろう。自らの感情に素直になりたい。

 吉井和哉は、自らの心のあり方に忠実に率直な言葉を用いて日常と風景を歌っている。そして、過去から現在そして未来へと向かう自分を歌っている。

 〈いろいろいろんなこと知ってしまう前に〉〈幼い記憶〉というフレーズは、前回引用した映画『みらいのうた』で吉井が話した〈静岡の少年の時のまま 変わらずに すべてを成し遂げたいなと思っていることが夢かもしれない〉に呼応しているだろう。無垢な少年時代には、喜びも楽しさも、痛みも寂しさもある。そのような経験を経て〈僕の過去は僕のメロディになる〉。時は過ぎ去る。〈いろいろいろんなこと知ってしまう後も〉、その経験は〈君と僕を繋ぐメロディになる〉。

 そのようにして生きてくことが、〈僕〉や〈君と僕〉を繋ぐメロディになるのならば、生きていくことは〈怖くはない〉と歌うことができる。そしてそのメロディは〈未来の歌〉となる。


 生きていくことは怖いこととの遭遇の連続でもある。大きな怖いこと。小さな怖いこと。子供の頃の怖いこと。若者の頃の怖いこと。

 恐ろしいこと。不安なこと。心配なこと。その現前や回帰。

 触れたくないこと。触れられたくないこと。消し去りたいこと。逃げ出したいこと。


 年を重ねても怖いことがなくなるわけではない。むしろある意味では増えてくるといえるかもしれない。それでも年を取ってくると、怖いことのなかにすこし隙間のようなものができてくる。その隙間や空白に身を置くことによって、怖いことから少し離れることができる。自分に対して〈怖くはない〉と囁くこともできる。そして、過ぎ去った自分かつての自分に対しても、〈怖くはない〉と感じるこのあり方を伝えてあげたくなる。


 歌詞や広く詩のなかで〈怖くはない〉という意味の表現に出会うことは少ない。そんなことを考えているうちに、宮澤賢治〔雨ニモマケズ〕の一節が思い起こされた。

 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

 〈コハガラナクテモイヽ〉は、宮澤賢治が「南ニ死ニサウナ人」他者に語りかける言葉である。そして、その言葉は賢治自身にも返ってくる。〈怖くはない〉は、吉井和哉が自分自身に語りかける言葉である。そして、その言葉は他者へと向かっていく。他者から自己へ、自己から他者へ、と言葉の方向性は異なるが、同じように自己も他者もつつんで広がっていく。


 吉井和哉の〈怖くはない〉という言葉はこの時代に最も必要とされる詩句ではないだろうか。


 YouTubeの公式コメントにEnglish versionが掲載されていたので最後に引用したい。〈怖くはない〉は〈It won't frighten me〉と訳されている。この英語版はこの歌の普遍性を表しているだろう。

 

When nothing matters anymore
what can be done at that time?
Another person I trusted
told a pointless lie

While I play my guitar in the corner of a small room
The cigarette ash piles up
in the shape of a heart

Change is on its way but in the meantime 
I'll sing today as I always do
Before I learn the many things I'd avoided

That past of mine
is in this melody of mine
It doesn't frighten me
This is a song for the future

When it's time for your destination to change
It will arrive with fierce pain

Childhood memories come
with a longing
With a seashell pressed to my ear, I saw the ocean

If it brings a smile to your face,
I'll sing today as I always do
If you're angry
there's no need to hide your feelings

I yell from right where I am
I love you more than anything
My small bed becomes my stage

I feel a gentle breeze on my cheek
The meadows of lush green are endless

Change is on its way but in the meantime
I'll endure today as I always do
No matter how many times I fall
I'll show how I rise

If I am to disappear from here one day,
I'll sing today as I always do
After I have learned the many things I avoided
It could be the melody that connects you and I
It won't frighten me
This is a song for the future

An answer to my prayer
This song for the future


 

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