2026年5月6日水曜日

「馬の脚」[芥川龍之介の偶景]

   芥川龍之介「馬の脚」は1925年(大正14年)1月・2月の「新潮」に掲載された。中国の北京を舞台とする奇妙で幻想的な小説である。芥川が1921年に大阪毎日新聞の特派員として中国へ旅行した経験をもとに執筆された「中国物」の一つだが、読まれることが少なく、あまり批評や研究の対象にもならない。しかし、晩年の芥川の心象を浮かび上がらせる点において重要な作品だと思われる。


 物語の概要を示そう。

 北京に駐在する商社員の忍野半三郎(おしの はんざぶろう)は、ある日突然、脳溢血で死んでしまう。しかし、これは天界の役人が同姓同名の別人と取り違えたものだった。役人は慌てて彼を現世に戻そうとするが、すでに彼の脚は腐り始めていた。そこで、今しがた死んだ馬の脚を代わりにくっつけて、彼を生き返らせた。

 半三郎はえたいの知れない幻の中を彷徨した後のちやっと正気を恢復して、現世へ帰還した。半三郎は異形の脚を隠そうと苦心するが、次第に脚が勝手に暴れ出したり、嘶きたくなる衝動に駆られたりして、制御不能になっていく。

 半三郎は妻の常子に事実を告白するが、信じてもらえない。しかし、ついに彼の身体は馬としての性質に飲み込まれ、最後は妻の呼びかけも届かぬまま、馬の嘶きに似た気味の悪い声を残しなが砂塵の中に消えていってしまう。

 この半三郎の失踪は新聞の記事となり、その理由が詮索された。半年後、ある出来事が起きた。半三郎が常子のもとに帰ってきたのである。

 少し長くなるがその箇所を引用したい。小説の中の偶景と捉えられる場面である。


 落ち葉の散らばった玄関には帽子をかぶらぬ男が一人、薄明りの中に佇んでいる。帽子を、――いや、帽子をかぶらぬばかりではない。男は確かに砂埃りにまみれたぼろぼろの上衣を着用している。常子はこの男の姿にほとんど恐怖に近いものを感じた。
「何か御用でございますか?」
 男は何とも返事をせずに髪の長い頭を垂れている。常子はその姿を透かして見ながら、もう一度恐る恐る繰り返した。
「何か、……何か御用でございますか?」
 男はやっと頭を擡げた。
「常子、……」
 それはたった一ことだった。しかしちょうど月光のようにこの男を、――この男の正体を見る見る明らかにする一ことだった。常子は息を呑んだまま、しばらくは声を失ったように男の顔を見つめつづけた。男は髭を伸ばした上、別人のように窶れている。が、彼女を見ている瞳は確かに待ちに待った瞳だった。
「あなた!」
 常子はこう叫びながら、夫の胸へ縋ろうとした。けれども一足出すが早いか、熱鉄か何かを踏んだようにたちまちまた後ろへ飛びすさった。夫は破れたズボンの下に毛だらけの馬の脚を露している。薄明りの中にも毛色の見える栗毛の馬の脚を露している。
「あなた!」
 常子はこの馬の脚に名状の出来ぬ嫌悪を感じた。しかし今を逸したが最後、二度と夫に会われぬことを感じた。夫はやはり悲しそうに彼女の顔を眺めている。常子はもう一度夫の胸へ彼女の体を投げかけようとした。が、嫌悪はもう一度彼女の勇気を圧倒した。
「あなた!」
 彼女が三度目にこう言った時、夫はくるりと背を向けたと思うと、静かに玄関をおりて行った。常子は最後の勇気を振い、必死に夫へ追い縋ろうとした。が、まだ一足も出さぬうちに彼女の耳にはいったのは戞々と蹄の鳴る音である。常子は青い顔をしたまま、呼びとめる勇気も失ったようにじっと夫の後ろ姿を見つめた。それから、――玄関の落ち葉の中に昏々と正気を失ってしまった。……


 〈月光〉の〈薄明り〉の中で〈半三郎〉と〈常子〉は再会する。

 二人の眼差しが交錯する。〈常子〉の眼差しを追ってみよう。〈常子〉はまず〈薄明り〉の中に佇む〈男〉を見る。〈月光〉が〈この男〉の正体を明らかにする。〈常子〉は声を失ったように〈男〉の顔を見つめ続ける。〈男〉が〈常子〉を見ている〈瞳〉は待ちに待ったものだった。〈男〉は〈夫〉であり、〈薄明り〉の中に栗毛の〈馬の脚〉を露している。ここで〈夫〉の眼差しに転換される。〈夫〉は悲しそうに〈常子〉の顔を眺めている。〈常子〉はもう一度〈夫〉の胸へ体を投げかけようとしたが、〈嫌悪〉に圧倒される。〈夫〉は去って行く。〈常子〉はじっと〈夫〉の後ろ姿を見つめ、正気を失ってしまう。

 さらに、この場面では〈半三郎〉は「常子、……」と呼びかけ、〈常子〉は「あなた!」と三度呼びかける。この三度の「あなた!」には、〈半三郎〉自身への愛おしさとそれに相反する〈馬の脚〉に対する驚きや嫌悪が交錯する。

 この作品の題名「馬の脚」と物語の骨子は、「馬脚を現す」、つまり、隠していた本性や本当の姿があらわになること、という表現から構想されたことは間違いない。もともとこの表現は、中国の古典演劇で馬を演じる際に中に入っている役者がうっかり人間の脚を見せてしまったという失敗談に由来するようだ。

 芥川龍之介は「馬脚を現す」過程を物語化して、この〈半三郎〉と〈常子〉の再会の場面において「夫は破れたズボンの下に毛だらけの馬の脚を露している」という一節に集約化した。視覚的、聴覚的な描写を複合させてこの光景、馬の脚が露わになる偶景を見事に表現している。

 この再会の後で常子は夫の馬の脚を信ずるようになった。しかし、他の登場人物は依然として信じない。そして物語は、本来死ぬはずだったヘンリイ・バレット氏の頓死を伝えて幕を閉じる。


 芥川龍之介は「馬の脚」発表と同年の1925年(大正14年)9月、「死後」という3000字ほどの短い小悦を発表している。「死後」は、話者兼作中人物の〈僕〉が自分が死んでしまっている夢を見るという設定である。〈僕〉はその夢の世界での出来事を語った後で夢から現実へと目覚めるが再び眠りに落ちていく。

 「馬の脚」の〈半三郎〉もいったん死んでしまった後で生の世界へ蘇る。この点については〈半三郎〉は仮死状態で死んでしまった夢を見ていたという現実的な解釈も可能であろう。

 この時期の芥川は現実世界を死あるいは夢における死という観点から探究していった。もっとも、芥川は雑誌初出本文の冒頭では〈「馬の脚」は小説ではない。「大人に読ませるお伽噺」である〉と断っている。「大人に読ませるお伽噺」、夢のような話というスタイルで生と死の世界を表現したとも言えるだろう。


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