今年の甲府の桜の開花と満開はとても早かった。
3月24日、甲府地方気象台は甲府のソメイヨシノが全国トップで満開になったと発表した。3月に入り気温が高く、4月上旬から中旬並みの暖かさが続いた。ここ数年、季節の推移が一月ほど早くなった気がする。そして、桜の季節はすぐに過ぎ去ってしまう。
桜の季節は新年度を迎え、旅立ちのエール、旅立ちソングが歌われる時期でもある。そういう時でもあるせいか、一昨日4月3日(金)、NHK甲府放送局が山梨県内で放送した「金曜やまなし」というローカル番組のテーマは「響け!山梨へのエール~」だった。NHK甲府のサイトの説明を引用したい。
この春、新たな挑戦をするあなたへ。山梨で生まれ歌い継がれてきた名曲を県内出身の若手アーティストたちがカバーし、エールソングとしてお届けします!レミオロメンの「粉雪」を去年デビューを果たした高校生のガトが。THE BOOMの「中央線」は県内で精力的に活動する見代遥叶が。フジファブリックの「若者のすべて」を新星6ピースバンド、JIJIMがそれぞれの解釈で熱唱!
藤巻亮太と宮沢和史のインタビュー映像もあった。
藤巻は、〈みんなに知ってもらうような曲を作らなければいけない〉〈周りが空気として求めている〉〈みんな祈るような思いで「合宿に行ってくれ」みたい〉な感じで作品作りに苦しんでいたときに、山梨の山中湖に行って生まれたのが「粉雪」だと語っていた。
宮沢は〈山梨の出身者はたぶん中央線沿線に最初東京へ出た時に住む人が多いと思う〉〈怖くなったりつらくなったりしたら「あずさ」や「かいじ」に乗れば一本で帰れる〉、僕も最初は中央線沿線に住んでいて〈いつでも帰れる安心感〉があり、そう思うだけで頑張れると述べていた。この感覚はよく分かる。上京後、僕は西武新宿線の上石神井に住んでいたが、中央線の吉祥寺に出ることもできた。吉祥寺駅から中央線に乗って甲府に帰省していた。
志村正彦については、「若者のすべて」のチャイムとそれを聴きに集ったファンの声が紹介されていた。
この機会にこの三つの作品の歌詞をリリース順に引用して、その視点の特徴を分析したい。
「中央線」 作詞・作曲:宮沢和史 1996年6月21日リリース
君の家のほうに 流れ星が落ちた
僕はハミガキやめて 電車に飛び乗る
今頃君は 流れ星くだいて
湯舟に浮かべて 僕を待ってる
走りだせ 中央線
夜を越え 僕を乗せて
逃げ出した猫を 探しに出たまま
もう二度と君は 帰ってこなかった
今頃君は どこか居心地のいい
町を見つけて 猫と暮らしてるんだね
走り出せ 中央線
夜を越え 僕を乗せて
「粉雪」 作詞・作曲:藤巻亮太 2005年11月16日リリース
粉雪舞う季節はいつもすれ違い
人混みに紛れても同じ空見てるのに
風に吹かれて似たように凍えるのに
僕は君の全てなど知ってはいないだろう
それでも一億人から君を見つけたよ
根拠はないけど本気で思ってるんだ
些細な言い合いもなくて
同じ時間を生きてなどいけない
素直になれないなら
喜びも悲しみも虚しいだけ
粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら
二人の孤独を分け合う事が出来たのかい
僕は君の心に耳を押し当てて
その声のする方へすっと深くまで
下りてゆきたいそこでもう一度会おう
分かり合いたいなんて
上辺を撫でていたのは僕の方
君のかじかんだ手も
握りしめることだけで繋がってたのに
粉雪 ねえ 永遠を前にあまりに脆く
ざらつくアスファルトの上シミになってゆくよ
粉雪 ねえ 時に頼りなく心は揺れる
それでも僕は君のこと守り続けたい
粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら
二人の孤独を包んで空にかえすから
「若者のすべて」 作詞・作曲:志村正彦 2007年11月7日リリース
真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている
夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて
最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな
ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ
世界の約束を知って それなりになって また戻って
街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ
途切れた夢の続きをとり戻したくなって
最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな
ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ
すりむいたまま 僕はそっと歩き出して
最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな
ないかな ないよな なんてね 思ってた
まいったな まいったな 話すことに迷うな
最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ
「粉雪」「中央線」「若者のすべて」の歌詞の特徴を考えてみたい。
「中央線」は〈僕〉と〈君〉の出会いと別れが短い物語で簡潔に歌われている。〈君の家のほうに 流れ星が落ちた〉とあるので、おそらく〈僕〉は流れ星が消えるまでに願い事を唱えたのだろう。〈僕〉は〈中央線〉に飛び乗り、〈君〉に会いに行く。〈君〉は〈僕〉を待っている。願い事はかなったようだが時が流れると、〈君〉は〈猫〉を探しに行って帰ってこない。〈君〉はどこか別の町で〈猫〉と暮らしている。〈中央線〉が〈僕〉と〈君〉を結んだのだが、こうなると〈中央線〉は二人の間の距離を象徴している。
「粉雪」は〈粉雪〉が舞う季節の〈僕〉と〈君〉の物語。〈僕〉の〈君〉に対する聴覚や視覚のあり方が独特だ。〈人混みに紛れても同じ空見てるのに〉では〈僕〉は〈空〉を見つめ、〈僕は君の心に耳を押し当てて/その声のする方へすっと深くまで/下りてゆきたい〉では〈僕〉の聴覚は〈君〉の〈声〉の方へ深くまで下りてゆき、〈粉雪 ねえ 永遠を前にあまりに脆く/ざらつくアスファルトの上シミになってゆくよ〉では〈君〉の視線はアスファルトの上に落ちてシミになる〈粉雪〉に注がれる。最後の〈粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら/二人の孤独を包んで空にかえすから〉になると〈僕〉は〈二人の孤独〉を包んで上空の〈空〉に返そうとする。〈僕〉の〈君〉に対する視覚や聴覚は繊細に揺れて、〈僕〉の〈君〉への想いが深まっていく。
「若者のすべて」には〈僕〉と〈僕ら〉が登場する。二人称の存在が潜在するのだが〈君〉とは呼ばれていない。〈まぶた閉じて浮かべている〉とあるように、〈僕〉の夢想の物語と考えられる。〈最後の花火に今年もなったな/何年経っても思い出してしまうな〉の〈花火〉に関わる回想と〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉という二人称の存在との再会に対する期待や不安を、〈な〉や〈ない〉音の反復によって歌い上げている。
さらに、この三つの作品の共通項を探りたい。
「中央線」は東京と山梨を結ぶ路線がモチーフとなり、「粉雪」は山中湖のスタジオで作られ、「若者のすべて」の「最後の花火」は河口湖が舞台だとも言われている。三つの作品は山梨という場やその記憶に関わっている。
三つの作品共に〈僕〉と〈君〉あるいはそれに相当する存在との関係を巡る物語だが、その関係を見つめる視点に類似性がある。
「中央線」では〈走り出せ 中央線/夜を越え 僕を乗せて〉とあるように、〈僕〉は〈僕〉と〈君〉の架け橋としてあたかも上空から〈中央線〉を見下ろしているかのようだ。「粉雪」では〈僕〉と〈君〉は〈同じ空〉を眺め、二人の〈孤独〉を〈空〉に返していく眼差しがある。その眼差しが反転して〈僕〉と〈君〉との関係を見つめている。「若者のすべて」になると〈最後の最後の花火が終わったら/僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ〉というように、〈僕〉から〈僕ら〉へと視座が転換して〈同じ空〉を見上げている。
もともと、この三者には独特な空間や風景の把握とそれに起因するモチーフがある。山梨という場の空間と風景がその根底にあるだろう。
甲府盆地で生まれた宮沢和史には盆地の内側と外側という視点がある。陸の島としての甲府と海の島としての沖縄というモチーフはこの延長線上にある。御坂山系のなだらかな傾斜地で育った藤巻亮太には高台から大空や宇宙を眺めることに親しんでいた。彼の歌にはそのようなモチーフがあふれている。志村正彦が生まれ育った富士北麓地域は北側の御坂山系と南側の富士山に挟まれているが、富士山の周囲に空間が広がる地形である。そのようなパースペクティブが彼の歌に空や月、夕陽や雲を見つめるモチーフを与えている。
「粉雪」「中央線」「若者のすべて」の三曲共に〈僕〉と〈君〉との恋愛をモチーフとする叙情歌であるが、〈僕〉の眼差しのあり方に独自性がある。叙情が〈僕〉の内部にとどまるのではなく、〈空〉のような外部へと広がっていく。広がりと共に奥行きや深さをもたらしている。山梨の風土も影響しているのだろう。三人の感受性のあり方が日本語ロックの世界に新しい叙情を創り出している。