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2014年2月22日土曜日

メレンゲ渋公ライブ 「四泊五日の旅」

 2月14日、金曜日の朝、メレンゲの渋谷公会堂ライブ「初恋の集い 2014 in バレンタイン」に妻と二人で出かけた。ライブが終了、雪の降る中、心あたたまるライブで気分が高まりながら、渋谷の「ユキノミチ」を歩いて帰路に着いたところまではよかったのだが、最終的に114センチに達した甲府盆地の歴史的な大雪の影響で、中央線も中央道も完全に止まり、「帰宅難民」となってしまった。

 宿泊場所を求めて、新宿のホテルを転々とすることになった。帰宅難民「さまよえる甲州人」と化した私たちは、新宿駅や新宿高速バス停に行っても「運休」の文字だけに出会い、ニュースを見ても大した情報はなく、さすがに心細い日々を送った。新宿の街にはすでに雪の影響はなく、ビジネス街と歓楽街という日常そのものの風景であることも心身の疲れを増加させた。

 大雪の影響で仕事も休みになったことだけは幸いだった。何もすることがないので、映画館でひたすら時間をつぶした。全く予備知識はなかったが、好きな監督の作品ということで、フランソワ・オゾンの新作『17歳』(Jeune&Jolie)とテオ・アンゲロプロスの遺作『エレニの帰郷』(The Dust of Time)。話題作という理由でリー・ダニエルズの『大統領の執事の涙』(Lee Daniels' The Butler)。1日1本のペースで見たが、三つとも素晴らしい作品で、しかも音楽との深いつながりがある。

  『17歳』では、フランソワーズ・アルディの歌が4曲大切な場面で使われている。(『私のフランソワーズ』という歌があるように、ユーミンというより荒井由実はフランソワーズ・アルディから強い影響を受けている)
 『エレニの帰郷』では、要の人物、映画監督“A”のベルリンの住居の部屋には、ジム・モリソンやボブ・マーリーのポスターがある。彼がロックの世代の一人であることが強調されている。中でも、ルー・リードのポスターがラスト近くでワンショットだけ映るのだが、やはりあの『ベルリン』を想起させる。
 『大統領の執事の涙』では、50年代から70年代にかけてのブラック・ミュージックが流れ、TV番組「ソウルトレイン」の映像も使われていた。あのレニー・クラヴィッツも執事役の一人として出演していたのには驚く。
 この三つの映画を偶々見る機会を得たのは幸運だった。暇つぶしのようにして見た映画が意外にも収穫が多いという逆説があるのかもしれない。

 結局、甲府に帰ることができたのは18日、火曜日の夕方。今回の「メレンゲ渋公ライブ」の旅は、「四泊五日」の日程となった。色々な意味で記憶に残るライブとなるだろう。
 戻ってきて「やれやれ」だったが、それもつかの間、我が家と二人の実家の大量の雪かきが待っていたのである。「やれやれ」が続く日々をいまだ過ごしている。

 本題のメレンゲのライブに移ろう。
 渋谷公会堂に行くのは、確か1996年1月のムーンライダーズ20周年記念ライブ以来だから、18年ぶりだ。LN30で書いたように、昨年5月の新宿ロフト、GREAT3とのツーマンライブは見たが、今回はホールでのワンマンライブなので、絶対に行こうと考えた。

 会場に入ると予想通り、9割方が女性、私たちのような中年夫婦は見あたらない。場違い感はあるのだが、そのギャップを愉しむのも「ロック」だと自分に言い聞かせた。
 渋公ライブを前にして、インディーズのミニアルバム2枚、メジャーのミニアルバム3枚、フルアルバム3枚と最近のシングルを揃えて、初期から現在までの作品を通して繰り返し聴いた。どのアーティストにも当然あるのだが、メレンゲの場合、特に、「変わるもの」と「変わらないもの」の二つを強く意識させられた。

 ライブは『アオバ』から静かに始まり、アンコールの『ライカ』のギターサウンドで終わった。前半は落ち着いた感じの曲が多かったが、半ばの『ミュージックシーン』『Ladybird』を経て、後半の『バンドワゴン』から『ビスケット』にかけてすごく盛り上がった。『ビスケット』の際には、御菓子の「ビスコ」!が投げられた。「ポケットには 一人分/叩いて 二人分/粉々になる」演出を目指したのだろうか。

 照明も舞台もシンプルではあるがよく工夫されていた。ホールならではの音響効果があり、クボケンジの声の響きもよく広がっていった。『クレーター』のエッジが聴いたサウンド、本編最後の『ユキノミチ』の静かな余韻と共にしめくくられた。タケシタツヨシとヤマザキタケシの盟友二人は、クボの言葉のリズムを美しく響かせ、サポートメンバーの大村達身・皆川真人の熟練した演奏はバンドのアンサンブルを支えている。2時間近い間、メレンゲというバンドの充実感がよく伝わってきた。

 クボケンジはMCで、今回のライブのために作品を聴き直すと、やはり変化を感じた、『星の出来事』までは故郷の兵庫、それ以降は東京が舞台だという意味のことを述べていた。故郷から東京という場の移動と作風の変化という話題はとても印象深かった。この発言に触発されて、様々なことを考えさせられた。
 クボケンジの歌詞の世界には変化しているモチーフと不変のモチーフの双方がある。次回はこのことも考えてみたい。   (この項続く)

付記
  《詞論》にはそぐわないでしょうが、今回の大雪で色々と考えさせられたことを少し書かせていただきます。
 

 5日間、新宿のホテルでテレビのニュースを見ていましたが、地上波のニュースは「ショー」と化していて、「報道」になっていませんでした。山梨県「全域」がほぼ孤立状態という事実があまり伝えられません。放送には「公共性」があり、ニュースの使命は「事実」の報道にあると思いますが、そのことが軽んじられています。
  交通機関も回復に懸命だったことは分かりますが、新宿の駅でも発着場でも、5日間の間、途中経過の情報すら全くありませんでした。少しでもいいので、帰宅困難者へ情報を伝えてほしいです。
 ふだんは雪の少ない地域ということに慢心していたせいか、国、県、市町村等の行政の対応も遅かったようです。

 帰宅後、徒歩通勤を続けていますが、歩道や路肩には残雪が高く積まれていて道幅を狭め、路面も凍りついて、非常に危ない状態です。日陰の部分はかなりの間溶けないでしょう。特に店舗前の間口の除雪には差があります。駐車場はされていても、間口の歩道部分が全くされていない所があります。間口の除雪まで行政に頼ることは無理なので、間口部分はその店や店舗が除雪せざるをえないでしょう。通行困難な箇所について、御節介なことではありましたが、その店や施設の方に除雪の御願いをしました。ほとんどの店や施設に協力していただいて、有り難かったです。人手のせいか、除雪されていない場所もありましたが、時間を都合して、シャベル持参で自分たちで掻きました。
 人員とか安全の問題もあるでしょうが、「雪かきというのは自分のためではなく他人のためにする」という考え方が公共性のルールとして広まってほしいですね。

 それでも甲府はまだ良い方で、富士吉田のある富士北麓地域や八ヶ岳南麓地域の残雪はとても多く、復旧が遅れているのが心配です。こういう大雪が今年だけで終わらないような気がしますので、皆で取り組むべき課題になると考えます。

 これまであまり雪が降らない地域にお住まいの方々も、何か対策や準備をしておかれた方がよろしいかとほんとうに思いました。

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