2026年7月10日金曜日

志村正彦と映画(1)『スクラップ・ヘブン』『悪夢探偵』[志村正彦LN385]

 今日7月10日は志村正彦の誕生日である。存命であれば四十六歳。中高年に達し、五十歳も視界に入ってくる年齢だ。永遠の二十九歳のままに人生の円環が閉じられてしまった志村の四十六歳の姿は、やはりうまく想像できない。彼の姿はそのままでただひたすら時が経っていく。

 今年も7月7日から13日まで富士吉田市の防災無線チャイムが「若者のすべて」に変更される。もう恒例の行事となり、この機会に志村の故郷を訪れるファンも少なくない。またこのところ、YBS山梨放送の『YBSワイドニュース』のエンディングテーマとして、JIJIMという山梨出身者が多いインディーズバンドの「若者のすべて」カバー版が使われている。

 すでにこのブログで書いたように、TVアニメ「上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花」第10話で「茜色の夕日」が劇中のエピソードとして取りあげられ、エンディングではインディーズ版の「茜色の夕日」が流れた。公式Xには〈フジファブリック志村正彦さんが作詞・作曲を手掛けられた楽曲をお借りした、特別なストーリーとなっております。〉とあった。

 このように現在でも、志村正彦の歌は映像作品の重要なモチーフとなっている。


 今回は、志村正彦・フジファブリックの作品がオープニング曲、エンディング曲、劇中のモチーフ曲として使われた映画をまとめてみたい。


 志村正彦は、2005年の『スクラップ・ヘブン』(李相日監督)と2007年の『悪夢探偵』(塚本晋也監督)の二つの映画のエンディング曲を創った。李相日監督は映画「国宝」が大ヒットして高く評価されたことで知られている。塚本晋也監督は日本の独立系映画界を代表する映画監督・俳優である。

 『スクラップ・ヘブン』は警察官(加瀬亮)・公衆便所掃除人(オダギリジョー)・薬剤師(栗山千明)の三人が「復讐代行」業を行って社会に対する反抗していくサスペンス映画。『悪夢探偵』は他人の夢の中に入り込める能力を持つ青年(松田龍平)と女刑事(hitomi)が、夢の中で人々が切り刻まれる事件の真相を追うサイコ・サスペンス映画。

 まず、それぞれの予告編を見てほしい。映像の半ばあたりから、志村正彦の声が聞こえてくる。


2005年 映画『スクラップ・ヘブン』(李相日監督)

エンディング曲:フジファブリック 「蜃気楼」




2007年 映画『悪夢探偵』(塚本晋也監督)

エンディング曲::フジファブリック「蒼い鳥」




 李相日監督が志村に『スクラップ・ヘブン』のエンディング曲を依頼して、志村が制作していった過程については、映画のパンフレット(オフィス・シロウズ、2005/10/8)掲載の「DIALOGUE  李相日×志村正彦(フジファブリック)」という対談に重要なコメントがある。志村は李監督とメールでやりとりしてエンディング曲を作り上げていったようだ。

李  具体的に何を書いたのか覚えていないけど、「この映画って、見終わってはてなマークが出る人が大勢いるだろうから、そこを曲でカバーしてください」みたいなお願いのしかたでしたよね、確か。エンディングの画が終わったら、そこから先は別ものっていう考え方の監督もいるけど、僕はエンディングテーマもひっくるめて一本の映画というふうにしたくて。エンドロールって、映画の余韻を味わったり振り返ったりするコーヒータイムみたいなものだと思うんです。

志村 読後感っていうんですか、そういう「映画を見終わった感」が出せればいいなと思って、同時に曲単体でもいいものを作りたかった。結果的にはその両方ができてよかったなと。


 志村は、映画鑑賞後の感覚にふさわしい作品であるとともに曲単体でも優れた作品を作りたかったようだ。志村はこの映画と自身の生活や夢での出来事との共通点についてもこう語っている。

志村 僕自身、「こうなったらいいな」とか「こうならなくてよかったな」とか思うことが、実際の生活の中でも夢の中でもよくあるんですけど、そのふたつって紙一重だと思うんですよね。どっちに踏み出すかによって結果が変わってくるんだけど、『スクラップ・ヘブン』にはその両方が描かれているというか。ヒーローになりたい気持ちがありながら、逆の方向に転んでしまったり。そういう紙一重なところが、普段僕が考えていることと通じる気がしました。

 李監督が「見終わってはてなマークが出る人が大勢いるだろうから」と述べたのは、志村正彦の捉え方に倣えば、絶望と希望あるいはそのどちらともいえない「紙一重」の状況があるからだろう。そのような映画であるゆえに李監督は志村にエンディング曲を依頼した。重大な使命が志村に課せられたわけだが、このプロジェクトは成功した。


 塚本晋也監督が志村に『悪夢探偵』のエンディング曲を依頼した経緯は、「赤富士通信」第壱拾壱号のインタビュー記事に書かれている。志村は「塚本監督とも色々話して?」という問いに対してこう答えている。

志村「そうですね。監督からオファーが来た経緯っていうのは、フジファブリックが前に担当した、映画『スクラップ・ヘブン』のエンディングテーマ『蜃気楼』を塚本監督が聞いて"このバンドにお願いしたい”ってことで、むしろ 『蜃気楼』をこの映画に使いたかったぐらい、その曲が好きだったみたいで、 それでフジファブリックにオファーが来たんです。…」 

 つまり、『スクラップ・ヘブン』のエンディング曲「蜃気楼」がきっかけとなって、『悪夢探偵』のエンディング曲「蒼い鳥」が生まれたわけである。

 塚本監督は志村の類い希な才能を見抜いた。そして、自らの感性に近いものを志村に見出したのだろう。


 確かに結果として、「蜃気楼」と「蒼い鳥」、この二つの曲は歌詞の面でも楽曲の面でも共通点が感じられる。楽曲については70年代前半の英国プログレッシブロックの色合いが濃い。歌詞についてはまずその一部を引用したい。


  「蜃気楼」


この素晴らしき世界に降り注ぐ雨が止み
新たな息吹上げるものたちが顔を出している

おぼろげに見える彼方まで
鮮やかな花を咲かせよう

蜃気楼… 蜃気楼…


  「蒼い鳥」


今、果てしなく吹き荒れる
風の中 立ってる 時が来るのを待つ

ゆらめいて 消えそうな光
たぐり寄せて ここにいるよ

羽ばたいて見える世界を
思い描いているよ
幾重にも 幾重にも


 「蜃気楼」の〈この素晴らしき世界〉と「蒼い鳥」の〈羽ばたいて見える世界〉。「蜃気楼」の〈降り注ぐ雨〉と「蒼い鳥」の〈吹き荒れる風〉。「蜃気楼」の〈おぼろげに見える彼方〉の〈花〉と「蒼い鳥」の〈ゆらめいて 消えそうな光〉。
 「蜃気楼」の主体も「蒼い鳥」の主体も、ある幻想的な世界を想い描いている。そして、その世界が『スクラップ・ヘブン』と『悪夢探偵』の世界へと連鎖していく。

  (この項続く)



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