2026年7月29日水曜日

5月・6月のBe館「幕末ヒポクラテスたち」「グランド・イリュージョン ダイヤモンド・ミッション」「サンキュー、チャック」

 5月と6月は、甲府のシアターセントラルBe館で三本の映画を見た。


幕末ヒポクラテスたち




 幕末、京都郊外の村。蘭方医の大倉太吉(佐々木蔵之介)、漢方医の荒川玄斎(内藤剛志)、太吉の弟子となり後に蘭方医となる相良新左(藤原季節)の物語。京都の医大生の群像劇「ヒポクラテスたち」の大森一樹監督が企画したが、2022年に逝去。その後、大森監督の助監督を務めたことのある緒方明監督が遺志を継ぎ制作したそうである。

 西岡琢也の脚本が素晴らしく、役者も充実している。人間のドラマとして楽しめると共に、幕末の医学の歴史や医療の厳しい現実もしっかりと伝えている。 


グランド・イリュージョン ダイヤモンド・ミッション




 「グランド・イリュージョン」(2013年)「グランド・イリュージョン 見破られたトリック」(2016年)に続く「グランド・イリュージョン」シリーズの第3作。ルーベン・フライシャー監督。マジシャン集団フォー・ホースメンが華麗なイリュージョンで巨大な敵に立ち向かう。

 今回、この第3作を見るために第1作と第2作を配信で見てからBe館に向かった。三つの作を通して見なければ理解できないところもあるが、単独作として鑑賞しても楽しめるだろう。映画館ならではの映像と音響の迫力を堪能した。


サンキュー、チャック




 スティーブン・キングの2020年発表の短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」をマイク・フラナガン監督が映画化した作品。次々と地球を襲う災害によって世界が終わりを迎えつつある時に、「素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告がテレビで大量に流れる。
 映画はチャックの人生を遡っていくが、ダンスのモチーフの展開やダンスシーンはとても美しい。チャックが亡くなると共に、チャックが見ている世界はもちろんのこと、チャック以外の人々(何らかの関わりのあった)が見ている世界も同時に崩壊していく、という哲学的テーマを探究している。私という存在と世界という存在との根源的な関係を考えさせる作品だった。


2026年7月15日水曜日

11月15日 谷崎潤一郎「母を恋うる記」講座・芝居の会

 11月15日(日)の午後2時から「こうふ亀屋座」で、〈甲府 文と芸の会〉の第2回公演〈谷崎潤一郎「母を恋うる記」講座・芝居の会〉を開催します。


 谷崎潤一郎の「母を恋うる記」は大正8年(1919年)発表の幻想的で美しく哀しい小説です。語り手・主人公の〈私〉が夢の中で子供に戻り、幻のように明るい夜に海辺近くの街道を歩いて母を探しにいきます。亡くなった実母への谷崎の深い思慕が綴られています。

 公演の第1部は「夢の文学」に関する私の講座、第2部は有馬眞胤(まさたね)とエイコが小説の言葉そのものを語る芝居によって谷崎潤一郎の夢の世界を上演します。




 期日 2026年11月15日(日)
     開場13:30 開演14:00 終演予定 15:30

  会場 こうふ亀屋座  甲府市丸の内1丁目11-5
  内容 第1部 講座「夢の文学-志賀直哉・谷崎潤一郎・芥川龍之介」
          小林一之(山梨英和大学特任教授)
     第2部 芝居「母を恋うる記」
          有馬眞胤・エイコ(有馬銅鑼魔)
  主催 甲府文と芸の会
  料金 無料(要申込 先着100名)
  申込   10月1日から〈偶景web〉内のフォームで受付開始
             〈偶景web〉https://guukei.blogspot.com


 有馬眞胤さんは、劇団四季出身。舞台を中心に活動。蜷川幸雄演出作品に20年間参加。2005年から「有馬銅鑼魔」と題する独り芝居・独り語りを始めました。本は持たずに一篇の小説を全て覚えて演じるものです。2020年からは両国シアターXカイに拠点を移し、精力的に活動を続け、新しい語りのジャンルを創造しています。
○主な出演作品
蜷川幸雄演出:『王女メディア』『ニナガワ・マクベス』『近松心中物語』『リア王』『仮名手本忠臣蔵』等。『王女メディア』『近松心中物語」『ニナガワ・マクベス』で世界ツアーに参加。
劇団四季:『異国の丘』『オンディーヌ』等。
幹の会(平幹二郎主宰):『冬物語』『王女メディア』『鹿鳴館』
有馬銅鑼魔:谷崎潤一郎『刺青』『母を恋うる記』、芥川龍之介『蜘蛛の糸』、太宰治『走れメロス』『貧の意地』『駆け込み訴え』、田宮虎彦『朝鮮ダリヤ』、杉本苑子『夜叉神堂の男』、伊集院静『少年譜』、浅田次郎『天切り松闇がたり』シリーズ『白縫華魁』『衣紋坂から』『銀次蔭盃』『闇の花道』『薔薇窓』『春のかたみに』等。

 エイコさんは、有馬の独り芝居・一人語りに津軽三味線で合いの手を入れる活動で初めて舞台に立ちました。2011年3月、文学座アトリエ公演『草鞋をはいた』(鵜澤秀行演出、坂部文昭主演)の下座として出演。近年は篠笛と語りに挑戦しています。最近の朗読・独り芝居は北條民雄『すみれ』、芥川龍之介『尾生の信』等。

 講座担当の私(小林一之)は山梨県立文学館、県立高校を経て、現在は山梨英和大学人間文化学部の特任教授。芥川龍之介・志賀直哉の夢をモチーフとする小説をフロイトやラカンの精神分析に依拠して分析し、飯田蛇笏や太宰治などの山梨出身やゆかりの作家も研究してきました。この〈偶景web〉では主に志村正彦の歌詞について考察しています。
○最近の論文・評論
芥川龍之介「夢」の分析(「山梨英和大学紀要」24号2026.3)、〈私〉と〈王〉の再生-太宰治「新樹の言葉」から「走れメロス」へ-(「イマジネーション」23号 山梨文芸協会 2026.3)、「蛇笏と龍之介」(1)~(4)(「山廬」34~37号 山廬文化振興会 2024~2025)、志賀直哉「イヅク川」の分析(「山梨英和大学紀要」22号2024.3)等。

 なお、ここに掲載した美しい色合いと綺麗な構図のフライヤーは、内藤理さん(画家・美術教育)にデザインしていただきました。


 昨年度の〈甲府 文と芸の会〉の第1回公演で上演された太宰治「走れメロス」の独り芝居は大好評でした。〈本物に出会った。そんな思いがしました〉〈有馬さんの迫力ある演技を見て、学生時代に読んだ走れメロスのストーリーが蘇りました〉〈三味線の音色に津軽の景色が広がりました〉〈有馬さんの声の抑揚、身振り、手振り などとても引き込まれました〉〈久しぶりにお芝居の楽しさを感じました〉という声が寄せられました。

 今年度の「母を恋うる記」では、語り手・主人公の〈私〉を有馬眞胤さん、〈私〉が出逢う女性をエイコさんが演じて、谷崎の夢の物語を「こうふ亀屋座」の趣ある舞台で上演します。


 谷崎潤一郎「母を恋うる記」の公演は、10月1日から、この〈偶景web〉内のフォームで申込の受付を開始します。

2026年7月12日日曜日

志村正彦と映画(2)『モテキ』『虹色デイズ』『ここは退屈迎えに来て』『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』[志村正彦LN386]

 志村正彦は生前に二つの映画のエンディング曲を作った。『スクラップ・ヘブン』(李相日監督)の「蜃気楼」と『悪夢探偵』(塚本晋也監督)の「蒼い鳥」である。

 志村が亡くなった後も、彼の作品は映画監督の心を捉え、主に劇中歌として使われてきた。2011年の映画『モテキ』(大根仁監督)のオープニング曲「夜明けのBEAT」、2018年の映画『虹色デイズ』(飯塚健監督)の劇中歌「虹」、2018年の映画『ここは退屈迎えに来て』(廣木隆一監督)の劇中歌「茜色の夕日」、2024年の映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』(三木孝浩監督)の劇中歌「若者のすべて」である。

 今回はそれぞれの予告編を紹介た上で、監督たちが志村の歌を起用した理由や経緯について振り返りたい。『モテキ』『虹色デイズ』『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』では志村正彦・フジファブリックのオリジナル音源が使われ、志村の声が聞こえてくる。『ここは退屈迎えに来て』は主題歌の『Water Lily Flower』(作詞・作曲:山内総一郎)である。


2011年 映画『モテキ』(大根仁監督)
オープニング曲 「夜明けのBEAT」
(詞・曲:志村正彦)



  映画『モテキ』のオープニング。藤本幸世(森山未來)が、松尾みゆき(長澤まさみ)桝元るみ子(麻生久美子}愛(仲里依紗)唐木素子(真木よう子)たちがが担ぐ神輿に乗り音頭を取るシーンで、志村正彦の歌う「夜明けのBEAT」が勢いよく流れる。

 大根仁監督が「アールオーロック」の《対談!「マンガ『モテキ』」久保ミツロウVS「ドラマ『モテキ』」大根仁》という記事で、〈"夜明けのBEAT"って曲の歌詞と、曲と、『モテキ』の内容とのシンクロ具合っていうのに、もう、「うわあ……」って。鳥肌立ちましたよ、最初に聴いた時。で、「もうこれしかないな」っていうか〉と述べている。 確かに、ドラマ・映画『モテキ』の世界と「夜明けのBEAT」の歌詞の間にシンクロが感じられる。『モテキ』の主人公「藤本幸世」と「夜明けのBEAT」の主体「僕」(作者志村正彦の分身だろう)には似た感性がある。


2018年 映画『虹色デイズ』(飯塚健監督)
劇中歌 フジファブリック 「虹」
(詞・曲:志村正彦)



 映画『虹色デイズ』では冒頭シーンで「虹」が流れる。二分半ほどの間、志村の声が聞こえてくる。四人の男子高校生がプールに飛び込む場面に続いて、なっちゃん(佐野玲於)が杏奈(吉川愛)と偶然を装って出会うために自転車のペダルを全力で漕ぐ。駅で二人が視線を交わす場面で「虹」は終わるが、歌詞と曲調がドローンによる映像の動きと融合している。

 飯塚健監督が「ナタリー」で「虹」を使用した理由について〈撮っている中でフジファブリックの「虹」は合いそうだというのが直感的にあって、現場でずっと聴いてたんです〉と述べている。監督には最初から強い「直感」があったようだ。現場でずっと聴き続けていたせいか、結果として、この「虹」のリズムが映画全編を通して響き続けているように思える。また、球技大会の場面で「バウムクーヘン」が使われている。


2018年 映画『ここは退屈迎えに来て』(廣木隆一監督)
劇中歌 「茜色の夕日」(詞・曲:志村正彦)
主題歌 『Water Lily Flower』(詞・曲:山内総一郎)



 映画『ここは退屈迎えに来て』で「茜色の夕日」が劇中歌として最初に登場するシーンは、早朝、あたし(門脇麦)が歩きながら「誰か 誰でもいいんだけど」と叫ぶところである。(このシーンが予告編に入っている)この後で門脇麦が唐突に歌い出すのが「茜色の夕日」。さらに最後に近いシーンで、新保(渡辺大知)サツキ(柳ゆり菜)椎名(成田凌)私(橋本愛)の順番でリレーのようにして歌っていく。この映画では志村正彦の音源は使われていない。主題歌のフジファブリック『Water Lily Flower』(作詞・作曲:山内総一郎)の方は主にエンディングテーマで流れる。この曲は綺麗なメロディラインを持っている。

 廣木隆一監督は「茜色の夕日」を使った理由を映画公式webの「Director's interview」で、〈何より名曲ですし、あの時代を生きた彼らが共有している記憶でもあり、歌詞が彼らの気持ちを代弁しているような使い方をさせてもらいました〉と語っている。登場人物の各々が人生や恋愛の行き詰まりを感じている。その想いを「茜色の夕日」に重ね合わせているのだろう。



2024年 映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』(三木孝浩監督)
劇中歌 フジファブリック 「若者のすべて」
(詞・曲:志村正彦)

             ティーザー予告編 - Netflix



 Netflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』では冒頭の病院屋上シーンから、『若者のすべて』のアレンジされたメロディが流れる。この美しく繊細なメロディは劇中で時々流れる。通奏低音のように全篇を貫いている。 秋人(永瀬廉)が春奈(出口夏希)が入院している病院に「毎日来るよ 毎日来るから」と約束し、春奈が「うん 待ってる 毎日待ってる」と応える場面の直後から、志村正彦の歌による「若者のすべて」が聞こえてくる。エンディングではヨルシカのsuis による『若者のすべて』のカバーが流れる。

 三木孝浩監督はSTARDUSTのインタビューで〈プロデューサーからフジファブリックの「若者のすべて」を提案してもらいました〉〈志村さんが亡くなられた後もみんなが歌い繋げてきたという部分と、秋人と春奈の2人の思いをその先に生きていく人が引き継いでいく部分と同じだなと思う側面があって「これだ!」と思いました〉、WEBザテレビジョンでは〈志村さんは29歳の若さで亡くなっています。それでも、彼の音楽はいろんな人がカバーしていますし、引き継がれている。それがこの作品の“残す者、残される者”という部分にリンクしている〉と述べている。つまり、志村正彦は亡くなったが作品は引き継がれている、という現実を強く意識し、その現実をこの映画の“残す者、残される者”という重要なモチーフと結びけたことを率直に述べている。そのような意図があったからこそ、志村の声によるオリジナル音源を劇中歌としたのだろう。


 映画以外のドラマやアニメでは、2013年のドラマ『SUMMER NUDE』の劇中歌に「若者のすべて」、2016年のアニメ『バッテリー』のエンディング曲に「若者のすべて」(anderlustによるカバー)、2016年のドラマ『プリンセスメゾン』に「茜色の夕日」、そして最近放送された2026年のアニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』第10話の劇中歌に「茜色の夕日」が使われている。やはり、「茜色の夕日」と「若者のすべて」に集中している。


 志村が存命の頃は映画監督とコラボレーションして素晴らしいエンディング曲を作った。志村亡き後はそれは不可能となったが、志村の歌の言葉は映像を喚起させ、物語を想像させる。その抜群の喚起力と想像力が映画監督を魅了するのだろう。

 また、『ここは退屈迎えに来て』では「茜色の夕日」を、『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』では「若者のすべて」を、虚構の人物ではあるが登場人物たちが歌やメロディを口ずさむ設定となっている。このことは、「茜色の夕日」や「若者のすべて」がこの二十年ほどの時代を代表する名曲として認知されていることを示している。


 今回の文のために、李相日監督、塚本晋也監督、大根仁監督、飯塚健監督、廣木隆一監督、三木孝浩監督の言葉を振り返ったが、あらためて、志村正彦の人と作品が映画監督たちにとても愛されていることが伝わってきた。


2026年7月10日金曜日

志村正彦と映画(1)『スクラップ・ヘブン』『悪夢探偵』[志村正彦LN385]

 今日7月10日は志村正彦の誕生日である。存命であれば四十六歳。中高年に達し、五十歳も視界に入ってくる年齢だ。永遠の二十九歳のままに人生の円環が閉じられてしまった志村の四十六歳の姿は、やはりうまく想像できない。彼の姿はそのままでただひたすら時が経っていく。

 今年も7月7日から13日まで富士吉田市の防災無線チャイムが「若者のすべて」に変更される。もう恒例の行事となり、この機会に志村の故郷を訪れるファンも少なくない。またこのところ、YBS山梨放送の『YBSワイドニュース』のエンディングテーマとして、JIJIMという山梨出身者が多いインディーズバンドの「若者のすべて」カバー版が使われている。

 すでにこのブログで書いたように、TVアニメ「上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花」第10話で「茜色の夕日」が劇中のエピソードとして取りあげられ、エンディングではインディーズ版の「茜色の夕日」が流れた。公式Xには〈フジファブリック志村正彦さんが作詞・作曲を手掛けられた楽曲をお借りした、特別なストーリーとなっております。〉とあった。

 このように現在でも、志村正彦の歌は映像作品の重要なモチーフとなっている。


 今回は、志村正彦・フジファブリックの作品がオープニング曲、エンディング曲、劇中のモチーフ曲として使われた映画をまとめてみたい。


 志村正彦は、2005年の『スクラップ・ヘブン』(李相日監督)と2007年の『悪夢探偵』(塚本晋也監督)の二つの映画のエンディング曲を創った。李相日監督は映画「国宝」が大ヒットして高く評価されたことで知られている。塚本晋也監督は日本の独立系映画界を代表する映画監督・俳優である。

 『スクラップ・ヘブン』は警察官(加瀬亮)・公衆便所掃除人(オダギリジョー)・薬剤師(栗山千明)の三人が「復讐代行」業を行って社会に対する反抗していくサスペンス映画。『悪夢探偵』は他人の夢の中に入り込める能力を持つ青年(松田龍平)と女刑事(hitomi)が、夢の中で人々が切り刻まれる事件の真相を追うサイコ・サスペンス映画。

 まず、それぞれの予告編を見てほしい。映像の半ばあたりから、志村正彦の声が聞こえてくる。


2005年 映画『スクラップ・ヘブン』(李相日監督)

エンディング曲:フジファブリック 「蜃気楼」




2007年 映画『悪夢探偵』(塚本晋也監督)

エンディング曲::フジファブリック「蒼い鳥」




 李相日監督が志村に『スクラップ・ヘブン』のエンディング曲を依頼して、志村が制作していった過程については、映画のパンフレット(オフィス・シロウズ、2005/10/8)掲載の「DIALOGUE  李相日×志村正彦(フジファブリック)」という対談に重要なコメントがある。志村は李監督とメールでやりとりしてエンディング曲を作り上げていったようだ。

李  具体的に何を書いたのか覚えていないけど、「この映画って、見終わってはてなマークが出る人が大勢いるだろうから、そこを曲でカバーしてください」みたいなお願いのしかたでしたよね、確か。エンディングの画が終わったら、そこから先は別ものっていう考え方の監督もいるけど、僕はエンディングテーマもひっくるめて一本の映画というふうにしたくて。エンドロールって、映画の余韻を味わったり振り返ったりするコーヒータイムみたいなものだと思うんです。

志村 読後感っていうんですか、そういう「映画を見終わった感」が出せればいいなと思って、同時に曲単体でもいいものを作りたかった。結果的にはその両方ができてよかったなと。


 志村は、映画鑑賞後の感覚にふさわしい作品であるとともに曲単体でも優れた作品を作りたかったようだ。志村はこの映画と自身の生活や夢での出来事との共通点についてもこう語っている。

志村 僕自身、「こうなったらいいな」とか「こうならなくてよかったな」とか思うことが、実際の生活の中でも夢の中でもよくあるんですけど、そのふたつって紙一重だと思うんですよね。どっちに踏み出すかによって結果が変わってくるんだけど、『スクラップ・ヘブン』にはその両方が描かれているというか。ヒーローになりたい気持ちがありながら、逆の方向に転んでしまったり。そういう紙一重なところが、普段僕が考えていることと通じる気がしました。

 李監督が「見終わってはてなマークが出る人が大勢いるだろうから」と述べたのは、志村正彦の捉え方に倣えば、絶望と希望あるいはそのどちらともいえない「紙一重」の状況があるからだろう。そのような映画であるゆえに李監督は志村にエンディング曲を依頼した。重大な使命が志村に課せられたわけだが、このプロジェクトは成功した。


 塚本晋也監督が志村に『悪夢探偵』のエンディング曲を依頼した経緯は、「赤富士通信」第壱拾壱号のインタビュー記事に書かれている。志村は「塚本監督とも色々話して?」という問いに対してこう答えている。

志村「そうですね。監督からオファーが来た経緯っていうのは、フジファブリックが前に担当した、映画『スクラップ・ヘブン』のエンディングテーマ『蜃気楼』を塚本監督が聞いて"このバンドにお願いしたい”ってことで、むしろ 『蜃気楼』をこの映画に使いたかったぐらい、その曲が好きだったみたいで、 それでフジファブリックにオファーが来たんです。…」 

 つまり、『スクラップ・ヘブン』のエンディング曲「蜃気楼」がきっかけとなって、『悪夢探偵』のエンディング曲「蒼い鳥」が生まれたわけである。

 塚本監督は志村の類い希な才能を見抜いた。そして、自らの感性に近いものを志村に見出したのだろう。


 確かに結果として、「蜃気楼」と「蒼い鳥」、この二つの曲は歌詞の面でも楽曲の面でも共通点が感じられる。楽曲については70年代前半の英国プログレッシブロックの色合いが濃い。歌詞についてはまずその一部を引用したい。


  「蜃気楼」


この素晴らしき世界に降り注ぐ雨が止み
新たな息吹上げるものたちが顔を出している

おぼろげに見える彼方まで
鮮やかな花を咲かせよう

蜃気楼… 蜃気楼…


  「蒼い鳥」


今、果てしなく吹き荒れる
風の中 立ってる 時が来るのを待つ

ゆらめいて 消えそうな光
たぐり寄せて ここにいるよ

羽ばたいて見える世界を
思い描いているよ
幾重にも 幾重にも


 「蜃気楼」の〈この素晴らしき世界〉と「蒼い鳥」の〈羽ばたいて見える世界〉。「蜃気楼」の〈降り注ぐ雨〉と「蒼い鳥」の〈吹き荒れる風〉。「蜃気楼」の〈おぼろげに見える彼方〉の〈花〉と「蒼い鳥」の〈ゆらめいて 消えそうな光〉。
 「蜃気楼」の主体も「蒼い鳥」の主体も、ある幻想的な世界を想い描いている。そして、その世界が『スクラップ・ヘブン』と『悪夢探偵』の世界へと連鎖していく。

  (この項続く)



2026年7月8日水曜日

「小川洋子『バックストローク』を読む 2」 小林一之(教育出版「高校メルマガ」2010年6月号)

 Ⅳ 

 本論に入る前に、前編で言及することのできなかった生徒の読みを取り上げたい。高校生は、自らの置かれている位置に近い「弟」に焦点を絞り、自分をある程度まで「弟」に同一化するようにして、『バックストローク』を読んでいる。小説読解の根本には読者の作中人物への同一化がある。同一化に基づいて、作中人物が織りなす世界に入り込むことは、特に若い世代の読者にとっては必然性を伴う。本校三年生の感想文から、弟、そして弟・姉・父・母の四人からなる家族について様々な考えを述べたものを紹介する。

 

「頑張らなければ」「期待に添わなければ」という感情はとても辛いものだと思う。甘えたくても甘えられない環境が出来上がってしまっている場合が多い。弟の小さい体では収まりきれない想いがあったのだろう。

  複数の生徒が抱いた感想である。親の「期待に添わなければ」という状況は、高校三年生にとってはとても切実に感じられるものである。そして、「小さい体」に「収まりきれない想い」という捉え方は生徒の持つ身体感覚に基づく表現である。「収まりきれない想い」がそのまま凝固して硬直する左腕になったと、生徒は解釈しているのであろう。

 

 プールの中で泳ぐ弟と隅の方で縮まる弟どちらが自由かと比較してみる。自由とはそもそも何か。弟にとって、圧迫感のもとは「家族」であり、それに対して、自分を見つめられる場所は「隅」だけだった。自分の水泳の試合の時のみ、「家族」が成立する。これほどの圧迫感は他にないだろう。

 確かに、この小説では「弟」が泳ぐ時にのみ成立する「家族」の姿が描かれている。この圧迫感のもとになる「家族」を、この生徒は告発したいかのようである。弟と同年齢の生徒らしい素直な実感である。子供を中心として子供を絆として成立している家族は数多く存在するだろうが、その中心としての機能が何らかの理由で失われた場合、家族は崩壊していくのであろう。この小説の結末部もそれを告げている。

 

 空を指し続ける彼の左腕は、頑張らない勇気の表れではないか。彼はそれ以上頑張る必要がないのだと、彼自身も、姉も、父親も、どこかで解ったのではないだろうか。泳げること、それで充分ではないのか。新しい自由を手にするためには、頑張らない勇気の必要性が見えてくる。

 「弟」の左腕の異変を「頑張らない勇気」の表れとして解釈するのは、誤読とも取られかねないが、非常に独創的な読みである。作中の現実としては、弟は病院に入院し無為とも言えるような生活を送り続ける。「頑張らない」ことが弟の勇気であるならば、そのような帰結は彼の欲望の実現とも捉えることができる。この生徒の読みは、現在の社会で増加している「ひきこもり」の問題とも関連するような問いかけを持つ。


 父はあまり弟について感心がないように感じられるが、実は一番心配をしていたのではないだろうか。父はほんとうは弟を水泳から解放してあげたかったのだと思う。

 この生徒は、他の生徒がほとんど言及していない「父」に対して、注目すべき見解を示している。「父」はこの家族の中で唯一「弟」と同じ性に属している。「母」や「姉」が相対的に強いこの家庭の中では、「父」と「弟」は影の薄い存在として共通項を持っていたとも言える。この家族では、「父」が「父」として機能していなかったことは確かであり、そのことが「弟」、父にとっての息子の病理と深く関係しているとも推測できる。


 高校生にとって、『バックストローク』のような現代的な家族の軋みを背景とする教材の場合、作品への親近感が高まる。弟の人生は幼少から描かれ、左腕の異変は十五歳で起きる。作中人物の年齢設定と出来事の時点の設定が通常の作品よりも若くて早い。この設定によって家族の問題も浮上しやすくなり、高校現代文の教材としての魅力も増している。


 話者による重層的な語りによって、作品内の時間が多層的に構成されている小説がある。『バックストローク』もそのような構造を持つ。この場合、小説の最後の場面まで辿りつくことで、作中世界の時間軸が確定される。その時間軸の見取り図を得た上で、もう一度最初に戻り、小説を読み直していく。そのような行為によって、話者の仕掛けた語りの枠組みが見えてくる。この章では『バックストローク』の語りの枠組み、語られる世界とその時間をまず整理しておきたい。また、語られている四人の家族の物語を、作品名『バックストローク』と区別するために、《バックストローク》物語と呼ぶことにする。

  『バックストローク』では、A.話者の現在時の世界→B.一年半前の世界→C.二十数年間展開する世界→B.一年半前の世界、という進行で作中世界の時間と空間が展開する。


A.この小説を語る話者「わたし」の現在時の世界

  「プール」への偏愛、幾ばくかの強迫観念的偏執が語られる。

B.現在時から一年半前の出来事

  職業作家となった姉が東欧の強制収容所に訪問した際に繰り広げられる姉と案内人の男性との交流が語られる。

C.姉の回想として弟の物語の時間    

  《バックストローク》物語が作中挿話のような形式で二十年ほどの時間を元にして語られる。

B.再び、現在時から一年半前の世界

  東欧の強制収容所という場に戻り、《バックストローク》物語の後日談、その後の家族の物語が語られる。

 

 このような語りの枠組みによって浮かび上がる《バックストローク》物語、父・母・姉・弟の四人の家族の物語はどのようなものであったのか。


 小説の末尾で、話者・姉は休息後少し回復する。小説の語りの枠組からすると、この余白のような休息時間内で、弟の左腕の異変を巡る物語が語られる。そして休息後、その後の弟・姉・父・母の物語の帰結が語られる。

 父は肝硬変で亡くなった。母は弟の左腕異変の後に、「ヒステリー」となり、結局、背泳ぎに関わるすべての物、思い出の品をプールで焼く。弟を一流の選手に育てるという夢が壊れた時に、母の人生も半ば壊れてしまったようだ。

 弟はどうなったのか。話者の姉によれば、一月に一度ほど、弟から手紙が来る。弟は、病院の中庭にある「貝殻の形」をした狭いプールで、「背泳ぎ専門」で「得意になって泳いでいます」と書いている。これに対して姉は、「毎回、どの手紙にもプールのことが書いてある。彼が入院して、はや十年になる。」と述べている。「十年」という入院の年月は、弟の病気が身体的なものでなく精神的なものであることをそれとなく示している。精神的な病の方が治療は難しく、長期入院となることもあるからだ。後にⅥ章で詳しく触れるが、この『バックストローク』との関係がきわめて強い小川洋子の短編小説『盗作』では、この弟に相当する人物が「精神科病棟」に入院している設定となっていることも、『バックストローク』の弟が精神の病で入院したという解釈を支えるものとなる。また、弟の手紙にはいつもプールのことが書かれてあるというのは、逆に、泳ぐこと以外に対する無為を示しているとも想像できる。弟の状況は安らかで穏やかなものだが、他者や外界との生き生きとした交流が欠落しているという意味では、非常に閉じられたものである。

 姉は何者となったのか。姉は大学を卒業した後で「印鑑を作る会社」に就職し、会社が休みの日に「趣味で小説を書いた」と述べている。その時点から十年程経ち、姉は「雑誌に連載する長編小説の取材」のために東欧を訪問した。つまり、姉は連載小説を持つ職業作家になっていたのだ。弟の長期入院という時の流れと並行する形で、姉は小説家へと変貌していったのだ。弟の存在が姉に小説を書かせる欲望を与えたことは充分に推測できる。『バックストローク』を姉の物語として構築するのならば、小説家としての誕生の物語を見いだすことができるだろう。精神の病へと自らの生を閉じていった弟と小説の言葉の世界へ自らを開いていった姉という二人の存在の対比は、『バックストローク』の主要なモチーフだと考えられる。

 姉が小説家として誕生する物語を構築するためには、『バックストローク』の世界の余白とも言える場所で進行している欲望の物語を正確に再構成する必要がある。

 小説の冒頭部で、「わたし」はプールを「眺め」、そしてあらゆる点について「観察する」。プールがあるだけでそれは「特別な風景」になり、「わたし」はひとつの眼差しとして存在している。

 この観察者としての作家の位置について、小川洋子は『物語の役割』で「過去を見つめるという態度は、作家が観察者になることです。小説の中でも語り手は常に観察者です。」と述べている。観察者としての「わたし」の眼差しの対象がプールという日常的な空間とは区切られた場、裂け目のような空間であることは、きわめて小川洋子的な語り口の世界でもある。

 プールを語りの糸口、記憶の契機として、「わたし」は「一年半ほど前、雑誌に連載する長編小説の取材で、東欧の小さな町を訪れた時のこと」を回想する。それは「ナチス・ドイツ時代の強制収容所」のプールであった。「通訳兼ガイドの青年」が指さした「トンネル」の向こうに「処刑の行われた広場」、その入り口の脇にプールは存在した。処刑へと導くトンネルの向こう側とこちら側の世界。プールは処刑場への入り口で処刑される人々を迎え入れるかのように佇んでいる。そのプールは囚人たちが作り、収容所の看守とその家族が楽しんだものである。そのプールは「今まで目にしたなかで最も痛まし」いものであり、同時に「昔わたしの家にあったの」と最もよく似たものだった。プールは「巨大な石の棺」であり、「中は途方もなく深い空洞に満たされていた。」と語る。この「途方もなく深い空洞」は、小説『バックストローク』を内側から包み込みような空間の比喩でもある。

 このとき突然「わたし」は気分が悪くなり、その場にうずくまる。通訳の青年が介抱してくれるが、彼の手がふと「弟の手」のような気がする。そのような導入を経て、弟・姉・父・母の四人家族の物語が始まる。

 姉の語る《バックストローク》物語の中では、弟が小学校二年か三年のころ「自分の前世」について述べる場面で、弟にとっての「空洞」のイメージが現れる。弟は「洞窟に迷い込んで、人食いコウモリに体じゅうを食いちぎられて、それで死んじゃったの。」という記憶を述べる。他者によって「体じゅうを食いちぎられ」た上での「死」。精神分析家ジャック・ラカンの言う「寸断された身体」を想起させるイメージである。ラカンは、幼児が一歳半になるまでの時期には、自分の身体を一つのまとまりあるものとして意識することはできないと説いた。身体の各部分がバラバラの形で、言うならば「寸断された身体」のイメージの中で生きていることになる。この段階ではまだ「自分が自分である」という同一性を持つことはできない。ラカンによれば、鏡に映る自己の像によって、「寸断された身体」が一つのまとまりのある身体像に統合される「鏡像段階」に移行することではじめて、主体は「自分が自分である」という同一性を獲得することができる。鏡像という他者に自己を見いだすことが、主体の起源に存在するのだ。

 夢の中には、私たちの身体がバラバラになるような類型もあるが、これは人間の意識が無意識へと逆行する過程で、主体が自己の同一性を奪われ、「寸断された身体」のイメージが出現すると解釈できる。弟の「体じゅうを食いちぎられ」るイメージは自己の同一性が失われる段階への退行として解釈できる。また、「食いちぎられ」るというのは、「その時左腕が、なんの前ぶれもなくつけ根から抜けた」という、欠損した左腕のモチーフとも照合する。

 弟は続けて「で、今度はママのおなかに入らなくちゃならないから、洞窟の中を一生懸命走ったんだ。もうまにあわないかと思ってひやひやしたよ。でもようやく、ぎりぎりまにあった。」と述べる。ここにも「空洞」のモチーフがある。弟は「洞窟」の中を一生懸命走り、ママの「おなか」というもうひとつの「空洞」へと入り込む。寸断された身体は「空洞」で一つのまとまる身体として再生する。弟は子供の頃から「隅」を好むが、「隅」もまた物理的には遮られていないが、ひとつの「空洞」と考えてもよい。弟は、「空洞」から世界に登場しても「空洞」を愛しているかのようである。弟の「ママのおなか」に入ったという言葉に対して「わたし」は「本当にママのおなかでまちがいなかったんだろうか」「弟はまちがえてしまったんじゃないだろうか」と考える。弟は続けてもし今度死んだら、「土になんか埋めてほしくないんだ。」と言う。「わたし」の「どうして?」という問いかけに弟はこう答える。

 

「だって、ナメクジがいるから。僕、ナメクジが嫌いなんだ。骨にして、お姉ちゃんのおなかに入れておいてよ。それがいい。」

 弟は自分がどこから来たか、これからどこへ行くか、ちゃんと知っていた。

 

 「骨にして、お姉ちゃんのおなかに入れておいてよ。」という言葉は、弟の未来の生に対する欲望を表している。弟は「お姉ちゃんのおなか」で生き続けようとする。ただし、「骨にして」という言葉があるので、存在の実質は奪われた形で、比喩として言うならば、精神の「骨」として、姉の胎内で再生する欲望と解釈できる。弟は母の胎内の「空洞」から出てきて、姉の胎内というもうひとつの「空洞」へと辿りつきたいかのようである。

 この弟の言葉を受けて姉は、弟が「自分がどこから来たか、これからどこへ行くか」を知っていたと述べる。この言葉は、弟の「自分の前世」を巡る対話の場面の最後に置かれているが、作中世界の中での「わたし」の言葉ではなく、話者「わたし」の語りの現在時点での言葉として考えるべきである。要するに、小説家としての「わたし」の発話として存在している。

 弟は、左腕の異変とその欠損の後、精神病者として静かな閉じられた生を送る。病院の小さなプールは、かって彼の愛した「隅」の空間に似ている。それは水の満ちている小さな「空洞」でもある。彼は「隅」に回帰したのだとも考えられるが、その「隅」は「無」そのものと考えてよい。弟の人生は閉じられた「隅」での永遠の反復のようなものである。弟は姉に一月に一度ほど手紙を送り続ける。その手紙の文面は病院のプールでの背泳ぎの話題の繰り返し、永遠の反復であろう。しかし、そのような反復は弟の欲望の現れとも捉えられる。弟の手紙の宛先は常に姉である。弟は自らの物語を姉に送り、姉に書かせようとしたのではないだろうか。弟は無意識の次元で、姉の空洞の中でひとつの言葉として生み出されることを望んだのではないだろうか。姉も弟の欲望を自分のものとし、物語を語る欲望に転化していく。

しかし、その欲望は次第に、姉と弟という家族としての関係性を越えて、主体としての話者「わたし」と客体としての「弟」という語りの枠組みを強固なものにしていく。姉は弟を「隅」に閉じこめ、自身の「空洞」に囲い込み、端的に言うならば、自らの小説の対象、素材にしたとも考えられる。『バックストローク』から、どこか悔恨のような、贖罪を願うような、姉の無声の響きが聞こえてくるのは、このことに起因するように私には感じられる。

 姉は小説の最終場面で、ホテルへ戻りゆっくりと休むことをすすめる青年の申し出を断り、強制収容所内の処刑場へ行くという強固な意志を告げる。姉が立ち上がり、「青年」が肩を抱いてくれたところで、小説『バックストローク』の円環が閉じられる。ジャック・ラカンが精神病者を「無意識の殉教者」と定義したことに倣えば、弟も「無意識の殉教者」の一人として記憶されることになるだろう。


 最後に、『バックストローク』に関連する物語に触れたい。『バックストローク』は、前章で述べたように、姉の小説家誕生の物語としても読むことできる。姉にとって、《バックストローク》物語がかけがえのない存在であったと同様に、小川洋子にとっても、作家としての欲望の対象となる特別な物語であったようだ。

 小川洋子の『盗作』(『偶然の祝福』所収)は、「初めて文芸誌に採用された小説、初めて原稿料をもらった小説、あてどないこの世界で、自分だけのためのささやかな居場所を、生まれて初めて与えてくれた私の小説は、盗作だった。」と語りだされる。職業作家である「私」のデビュー作が「盗作」だったというのは、重大な秘密の告白のようであるが、冒頭文に続く節を読むと、事態は奇妙な複雑さを醸し出している。

 

 その事実に気づいた時、私は不思議なくらい動揺しなかった。プライドを傷つけられもしなかったし、罪の意識にさいなまれることもなかった。ましてや本物の作者が名乗り出てきて、厄介な騒動を巻き起こしはしないかと、びくびく怯えたりもしなかった。

 

 デビュー作が「盗作」であると述べられたにもかかわらず、「その事実に気づいた時」とあるのはどういうことなのか、と読者は考えてしまう。盗作はふつう作者が意図的に先行作品を盗用することで成立するからだ。しかし、「その事実に気づいた時」という表現が告げているのは、その作品を書き発表した後で、盗作であることに気づいたという、時間軸がねじれているような事態である。そうであれば、話者は無自覚的に盗作を書いたことになるが、そのようなことが起こりうるのだろうか。「盗む」という行為は自覚的な行為としか考えられない。それとも、事後的に盗作であるという発見をするような状況がありうるのだろうか。続く部分にこうある。

 

 むしろ逆に、私を救い出すためにあの小説がどうしても必要だったのだ、どんな慈悲深い人間も高価な宝石もそれに取って代わることはできなかったのだと、確信した。盗作が道義的に(もしかしたら法律的にも)許されない行為だとしたって、自分の確信の力強さが、そんな罪は一蹴してくれる気がした。もしあそこで、降り掛かってきた偶然の神秘に身を任せていなかったら……そう考える方がずっと怖かった。

 

 この箇所には「私を救い出すためにあの小説がどうしても必要だった」とあるが、「あの小説」とは、盗作だとされたデビューとも、盗作の元となった小説とも、その両方とも捉えることができる。話者はその作品を書かねばならなかった「自分の確信」と、盗作した作品との出会いを指すものと思われる「偶然の神秘」に身を任せたと語っている。そうであれば、多少なりとも、話者には盗作だという自覚があったのだと考えるのが自然であろう。そうだとするならば、前述の「その事実に気づいた時」という事後性の事態と矛盾することになる。それとも、ある程度自覚されていたと自覚されないままであったという二つの事態が共存するのだろうか。その解答のようなものは後ほど明らかになるのだが、盗作という出来事そのものが小川洋子的な小説の仕掛けの複雑さを読者に伝えている。

 冒頭部に続いて、「当時私はかなりひどい状況にあった」と物語が語りだされる。「ひどい状況」とは、「弟」が不良少年に殴り殺され、恋人が横領罪で逮捕され、そのせいで「私」も失業することになるという「底無し沼」に陥る状況であった。

 もともと「私」と弟とのつながりは、「私」の書く小説を媒介とするものだった。優れた読者であり物語作者でもあった弟の死後、「私」はすっかり書けなくなり、衰弱し、部屋に閉じこもるようになった。珍しく外出した際に交通事故にあい、全治三ヶ月の重傷で入院する。

 退院後リハビリに通う車中で、盗作する物語をもたらした「彼女」に出会うことになる。しばらくして「私」は、入院中の弟の見舞いに来ている「彼女」に、「弟さんのことを、聞かせてくれませんか」とお願いをする。「彼女」は「ええ、そろそろ始めようかと、思っていたところです」と言って、弟の物語を語り始める。この「そろそろ始めようかと」という言葉には、期待されていた物語をついに語り始めるような陰影がある。

 「彼女」の語る弟の物語は、小説『バックストローク』とほぼ同一のものであるが、弟の左腕が欠損する契機となるプールでの背泳ぎの印象深い場面がないことが物語の構成上の違いとして指摘できる。内容の違いとしては、弟が特別な泣き方をして死を予知できる奇妙な能力を持っている点と、左腕が上がったままになる際に弟が死を予知する特別な泣き方をしていた点があげられる。弟が自分自身の左腕の「死」を予知していたという設定は、作品の解釈上、重要な差異となっている。また、話者が「彼女は精神科病棟へ」と述べていることから、「彼女」の弟は精神科に入院していることが明らかになる。『バックストローク』では弟が入院している病棟は明示されていないので、この点も違いとなっている。『盗作』との類似性を考えると、『バックストローク』の弟も精神科に入院していると推測できるので、純然たる差異と捉えない方がよいかもしれないが。

 「彼女」の物語を聞いた夜、「私」は小説を書きだす。「彼女が語った物語を、そのまま書き付け」ていき、「彼女の声を胸に響かせる」だけで言葉は紡ぎ出されていった。「私」は「彼女」の物語の口述伝承者のような存在かもしれない。そうであれば、「私」に盗作という意識はなかったことも考えられる。口述の物語が「私」を捉え、文字言語としての小説を「私」に書かせていったという事態が推定される。そのようにして完成した小説が『バックストローク』と名付けられ、デビュー作となった。ただし、小説『盗作』はここで終わらない。後日談が語られるのだ。

 『バックストローク』執筆後七年振りに「私」は最終的なリハビリのために病院を訪れ、談話室のサイドテーブルに置かれた『BACKSTROKE』という英語版のペーパーバックを見つける。

 

 古い本らしく、表紙は擦り切れ変色していた。作者は一九〇一年生まれの聞き覚えのない女性だったが、それ以外のプロフィールは分からなかった。とても発音できそうにない、複雑なつづりの名前だった。私はソファーに腰掛け、一ページめから読みはじめた。背泳ぎの選手だった弟が、左腕から徐々に死に近づいてゆく話だった。私が書いたのと、彼女が語ったのと同じ物語が、そこにあった。

 どんなにボロボロの本の中でも、物語のいとしさは少しも損なわれていなかった。

 

 英文の小説『BACKSTROKE』が、「彼女が語ったのと同じ物語」であるということは、「彼女」の語った物語は彼女自身の経験ではなく、この『BACKSTROKE』に書かれてあった物語であったと考えられる。しかし、「彼女」の弟が、この『BACKSTROKE』の物語そのものではなくても、類似の経験をしていたことは考えられる。経験の類似性が物語への愛着を高めることはよくある。どちらにしろ、「彼女」もこの『BACKSTROKE』を愛おしく読んだのであろう。また、「彼女」以外にもこの談話室で『BACKSTROKE』を読み、その物語を愛した者がいた可能性もある。『BACKSTROKE』は少なくとも二人の女性に感銘を与え、一人はその物語を記憶し語り、一人はその物語を書きとめ小説にした。『BACKSTROKE』は英文の物語であるから、日本語への翻訳という言葉から言葉へのもう一つの過程もある。

 小説『バックストローク』では、話者「わたし」の回想という形で《バックストローク》物語が挿話として語られている。そして、小説『盗作』では、話者「私」が書いた《バックストローク》物語、「彼女」が述べた《バックストローク》物語、ペーパーバック『BACKSTROKE』に記されている《バックストローク》物語がある。

 小川洋子は、「非常に受け入れがたい困難な現実にぶつかったとき、人間はほとんど無意識のうちに自分の心の形に合うようにその現実をいろいろ変形させ、どうにかしてその現実を受け入れようとする。もうそこで一つの物語を作っているわけです。」と『物語の役割』で述べている。《バックストローク》物語に関わるすべての話者もまた「困難な現実」に向き合う中で、物語を作り出し語っていったのだろう。

 《バックストローク》物語を語ることによって、小説『盗作』と『バックストローク』の二人の話者は各々職業作家として誕生する。二人の話者の背後にある作者小川洋子にとっても、小説家として深い関わりのある物語だと思われる。《バックストローク》は作家小川洋子の起源、小説を語る欲望の起源に関わる何かと関係する物語であろう。「姉」と「弟」の物語を、小川洋子は繰り返し書いてきた。《バックストローク》物語はこれからもヴァリエーションが創られ、反復されていくのであろうか。

 小川洋子という小説家の欲望の物語、反復の物語としての《バックストローク》という地平に辿りついたところで、この稿を閉じることにする。



*この論考「小川洋子『バックストローク』を読む 2」 は、教育出版の「高校メルマガ」2010年6月号で配信されました。同社のHPで掲載されていましたが、HPのリニューアルによって現在は公開されていませんので、このブログに新たに掲載することにしました。

2026年7月7日火曜日

「小川洋子『バックストローク』を読む 1」 小林一之(教育出版「高校メルマガ」2009年6月号)

 小説を「読む」とはどのような行為なのか。そして、「小説」を学ぶ、教えるという行為はどの方向に向かうべきなのか。

 この問いを抱えながら、授業の準備を行い、教室に向かう。小説教材の最初の授業のとき、小説を読む充分な時間を生徒に与えるように心がけている。小説を読むのには固有の時間があり、読書の主体としての生徒には一人ひとり別の時間が流れている。教科書に印刷されている小説作品は文字の記号としてそこにあるが、読書主体としての生徒の読む行為を通じて、その存在を獲得し始める。

 教室ではまず始めに、時間は充分にあるので各自のペースで読んでいくことを指示する。

 その際「教材」ではなく、「作品」という意識で読むことを重視している。生徒がページをめくり始める。直ぐに小説世界に入っていく者。煩わしそうに読む者。各々の読む時間が進行する。時に愉悦を感じ、時に困惑を感じる時間。静かな時間が流れ、時々、ページをめくる音が聞こえてくる。

 もう一つの指示は、読んで考えたことを自由に書くこと、所謂「初読の感想文」を書くことだ。勤務校では一〇〇分授業(五〇分二コマ連続)を行っているので、前半の五〇分間を読む時間に、後半の五〇分間を書く時間に、だいたい設定している。

 生徒の観点からすると、教室という場でいきなり新しい教材、文学作品に出会うことになる。通常の読書とは異なり、選択することなく、それは与えられる。受け身の行為なのだが、そのような作品との出会いが幸福な遭遇をもたらすことも多い。教室では、生徒は「贈り物」としての作品に出会う。日々、至るところの教室で、文学作品という贈り物が贈与されている。生徒の書いた文を読むと、小川洋子の『バックストローク』は今まで遭遇したことのないような、贈り物のような作品であることが伝わる。

 ある女子生徒の文章を紹介したい。

  この小説を読んで、わたしはとても不思議な感覚を覚えた。読んでいるときは、どこかへ沈んでいくように思えたし、読み終わってからは、自分が水の底にいるようだった。胸が締め付けられる息苦しさを感じたのに、同じくらい、穏やかさも感じられた。水中で息ができないのと同様に、わたしにはこの小説を読んで感じたことを言葉にすることができない。

 どこかへ沈み、水の底にいるような「不思議な感覚」。そこでは「息苦しさ」と「穏やかさ」の相反するものが感じられる。この女子生徒は、『バックストローク』の読みの経験そのものを伝えようとしている。意味や主題ではなく、感覚の軌跡のようなものに向き合おうとしている。ある作品に対して「言葉にすることができない」想いを抱いたのなら、無理に言葉にする必要はない。無理に解釈したり、了解したりすることは、作品の読みを損ない、極端な場合は作品に対する暴力にもなる。

 一つの小説を読み進めていくうちに、私たちは小説の言葉の群れから放たれた波動のようなものを受け取る。意味に分節されたり、主題に結晶化されたりすることなく、波のような運動が私たちに作用する。話者の声や作中人物の声は波動となり、場面や場面の転換もリズムとしての波の動きに通じる。読む者は自身に生起している波動の微かな響きに耳を傾けている。波動が私たちに作用し、言葉にならないなにものかを伝える。

 『バックストローク』は作用する小説としての力を持つ。作品は読者の記憶の中のある層の呼吸し続ける。時に水面下に潜り、時に浮上し、読者に作用する。そして、時間の流れの中で、時の経過と共に、作用は変化する。初読、再読、数年後経た後の読書、その時々で読書そのものが変化する。作中人物のあの言葉、あの場面、あの風景の語りかける意味が、時間の中で変化して、読者に作用する。作品から贈り物のようにして与えられる波動は、幸福な場合、一生の間持続するのだろう。

 もう一人、男子生徒の言葉を引用したい。

  私は小説を読むのは好きではないし、読んだとしても途中で読むのを止めてしまうが、でもこの小説だけは違った。小説の世界へと入ったような気分になった。小説の中は、色々なことが自分の目の前で起こっているのか、または、動画を見ているようであった。小説の力は無限のように感じた。

  この生徒にとって、「小説の世界」へと入るという経験は稀なものであったらしい。「動画」を見ているようであるという言葉は、携帯電話やPCなどを通じて画面上の動画を見る機会の多いこの時代の若者らしい感想だ。読む行為の中で「動画」を再現するのは、ネット上の動画を受動的に見る経験とは大きく異なる。また、「映画」でなく「動画」という言葉を使ったのも興味深い。「動画」にはより短いもの、それらの映像の集積のような感じがある。確かに『バックストローク』には様々な場面の集積のような作品であり、多層的な時間が入れ子型に組合わされている。一つひとつが短い動画のような趣もある。

 小川洋子は前掲の『物語の役割』で、「私の場合は、映像が頭の中に浮かぶ時には、すでにそれが小説になるというサインなのです。」と述べている。続けて「言葉になる以前の段階のものが、まず浮かんでこなくてはならないのです。言葉は常に後から遅れてやってくるという感触です。」と語っている。

 引用した二人の生徒の言葉は、短いものであり、充分に考えが練られているものではないかもしれないが、小川洋子の小説の本質に触れる鋭さがある。出来合の言葉で解釈するよりも、テクストそのものに向かい合う純粋な読書がこのような言葉をもたらしたのだ。


 Ⅱ

 小川洋子は講演録『物語の役割』の中で、『バックストローク』と同じように短編集『めまい』に収録されている『リンデンバウム通りの双子』を素材に、「小説の第一歩を踏み出す」ためには「重層的な映像が必要不可欠なのです」と述べている。また「テーマなどというものは最初から存在していない」「主題が何か、について私は一切考えていないのです」と断言している。『リンデンバウム通りの双子』を例に取り、「家族の悲しみ」「人間の孤独」「家族の絆」というような「非常にわかりやすい一行で書けてしまう主題を最初に意識してしまったら、それは小説にならないのです」として、「言葉で一行で表現できてしまうならば、別に小説にする必要はない」「言葉にできないものを書いているのが小説ではないか」と語っている。そして、「テーマは後から読んだ人が勝手にそれぞれ感じたり、文芸評論家の方が論じてくださるもの」だと、若干の皮肉を込めて書いている。

 小説を書く作者の観点からすると、小川洋子の言葉は肯定されるだろう。作者が紡ぎ出すのは言葉そのものであり、意味や主題は事後的に生まれるというのは、虚構作品を書く者が経験する真実の一つだからだ。しかし、作者も事後的に読者となる。作者自身、小説を書き終えた時点から、というよりも本質的には、一つひとつの言葉を書いた瞬間から、読者として自分の言葉に向き合う。作者が主題を考えずに小説を書いたとしても、小説の完成後、一人の読者として自身の小説の主題に向き合うことになる。話者として言葉を語り終わった瞬間から、読者としてその言葉を読むというのが、言語をめぐる普遍的な真理だと思われる。

 読者に作用する言葉の群れ、その波動を、生のある一点で受け止め、その意味を考え、作品の主題を考えることもまた、私たち読者が自然に行う行為だ。連続して続く波動の形を形として定めること。とりあえずの形であっても、そのことが解釈の立脚点になり、授業の成立の根底を築く。

 『バックストローク』を読み進めていく中で、私たちが立ち止まってしまう箇所は、やはり、弟の左腕が突然挙がったままになってしまった出来事であろう。読者はこの出来事を受け止め、その意味や原因を考えてしまう。読者がこの出来事について問いかける欲望を持つのは自然であろう。小説作品は波動のように読者にある作用をもたらす。その作用の中の何かが私たちにある種の問いをもたらす。問いは読者の欲望を生起させる。特に、了解不可能な不可思議な出来事ほど、読者の欲望を刺激する。この左腕の出来事については、何人かの生徒が感想を寄せた。生徒の書いた文の一部を四つほど引用したい。

 

 主人公の弟は母親の過剰な圧力や期待により、言いしれぬ不安や苦しみを胸に抱えていたのだろうと感じた。腕に異変が起きたのもそれが原因なのだろうと感じた。「水泳をやっていない自分」を見てほしくて、彼は無理に腕を壊してしまおうと考えたのだと思う。

  この生徒は「無理に腕を壊してしまおう」とする意志によるものだと解釈する。「母親の過剰な圧力や期待」に対する「言いしれぬ不安や苦しみ」が原因となって、ある行動を起こす。このような解釈は、この「左腕の出来事」に対する標準的なものだとも言える。

 

 弟はなぜ急に左腕をおろすことができなくなったのだろうか。それはやはり弟の強い気持ちが作り出した結果の現象だったのであろう。

  この生徒も弟の「強い気持ち」を読みとろうとしている。ただし、「意志」によるというよりも、「強い気持ち」の作り出す「結果の現象」という読みは、微妙な意味を含んでいる。「現象」として起こったということには意志から少し離れた考えもあるからだ。

 

 「なぜかいろいろな物が壊れた一日だった。」この表現から、何か大きな変化が訪れるのだという予感を感じた。そして、ついに彼は壊れてしまったのだ。

  この読みは、弟が「壊れた」という枠組みでの解釈である。この場面では色々なものが壊れる。その結果、機械が壊れるように、弟の左腕が壊れる。「壊れた」という表現は、弟の意志による行為ではなく、突然の出来事としての異変の意味合いが強い。

 

 ストレスのはけ口がなくなったことにより、体が限界を通り越して拒否反応を起こし、その結果左腕が動かなくなってしまったのだ。

   「ストレス」による心身の「拒否反応」としての腕の異変。この解釈はより心理学的な解釈だと言えよう。現在の高校生の中には心理学的な知識を持つ者も多い。この生徒も「ストレス」という流布された言葉ではあるが、臨床心理学的な知識で出来事を読みとろうとしている。


 生徒の感想は大きく、この出来事が弟の意志による故意の行為だと捉えるものと、意志によらない病変だと捉えるもの二つに分けられる。また、『バックストローク』に言及した評言の幾つかを読んでみても、意志によるものと病理によるものの二つに分かれている。

 異変から五年経ったあるとき、弟は姉に「変に思う?」と聞き、「みんなを、がっかりさせてしまった。」とも述べる。この箇所によって、弟は左腕の出来事について自覚的であったという読みがなされることがある。しかし、意志によらない病理としての異変であっても、結果的に「がっかりさせてしまった」と思うことはあり、その異変について「変に思う」と問いかけることもあるので、このことだけで、弟の意志による行為だと解釈することは無理である。左腕の出来事については、厳密で精密な読解が必要とされるだろう。

 この場面は、「事の始まりは、弟の十五歳の誕生日だった。」と語り出される。その日は「なぜかいろいろな物が壊れた一日」で、弟の左腕に異変が起きる。その出来事を語る一節を引用する。

 

 次の朝目覚めた時から、弟は左腕を挙げたきり、下へ降ろさなくなってしまったのだ。

 最初弟が階段を降りてきた時は、肩の調子が悪いのか、フォームのイメージトレーニングでもしているのだろうと、さほど気にしなかった。しかし洗面所から出てきても、食卓についても、彼はそのままの姿勢を崩さなかった。

「どうかしたの。」

 いちばんに母が口を開いた。

「どうして手なんか挙げてるの?」

 わたしも尋ねた。尋ねないではいられなかった。彼は何も答えなかった。

 

   小川洋子の小説では、「言葉になる以前の段階」の「映像」が先行する。この「映像」は、物語になる以前、主題化される以前のある種の出来事であろう。映像としての出来事が起こり、その後に言葉が出来事を捕まえようとする。言葉は出来事に対して遅延して到達する。話者は出来事の解釈者の位置に立つ。小川洋子は、そのようにして浮上した出来事に対して、どのような話者を創りあげるのかに腐心していると語っている。

 話者や作中人物の感覚・思考より、出来事が先行しているのは、『バックストローク』の場合も当てはまるのではないか。まず始めに左腕の異変という映像が誕生し、その後で『バックストローク』の構想が具現化したというのが私の推測である。その場合、この出来事・映像について、話者や作中人物はどのように捉えるのかが問題となる。

 引用部分では、話者であり作中人物の姉である「わたし」の視点から、弟は「降ろさなくなってしまった」「そのままの姿勢を崩さなかった」と語られていることに注意したい。左腕の「出来事」に遭遇した現在時を考えてみると、この時点では出来事の了解は当然不可能だ。しかし、「わたし」の述べる「降ろさなくなってしまった」「崩さなかった」という言葉には、この出来事には弟の意志が介在していることが判断されている。

 例えば、「弟は左腕を挙げたきり、下へ降ろせなくなってしまった」であれば、病気の可能性が残る。 あるいは「弟の左腕は挙がったままだった。」では、より解釈を差し挟むことのない、判断保留の描写になる。

 さらに、母の「どうかしたの」、姉の「どうして手なんか挙げているの」という問いのの繰り返しは、弟を無言へと追いやる。母も姉も理由を問い続けたのだが、そのこと自体が、弟を「もっと隅へ、もっと隅へとひきこもる」ようにさせた可能性すらある。

 姉は「だれも見ていない時は降ろしているのだろう」と考え、弟の部屋をこっそり盗み見ることまでした。姉は弟の理解者の位置に立つのではなく、むしろ母の位置に、母の眼差しに近づいている。

 私たち読者が、母や姉の眼差しからの解釈から離れて、一人の観察者として弟の出来事に向き合えば、どのような解釈が可能なのだろうか。生徒の感想の中に、一つ注目すべき意見がある。

 

 なぜ腕が上がらなくなったのかは、よくわからないけど、それが弟の願いならいいと思う。自分の意志でそうなってしまったのではなくても、その後、弟は生き続けていけたのだから、それは少しでも弟が望んだことであったのだと思う。

  この生徒は左腕の異変について「自分の意志」でなくでも「願い」「望んだこと」であったと読む。この生徒の感想はあくまで感覚的なもので、論として確立されたものではない。しかし、微妙ではあるが、この生徒の読みは、意志によるものと病理によるものという二項対立の解釈とは異なる解釈の可能性を示す。この生徒は意志と病理の間に、より潜在的な弟の願望を読みとっている。


 私は、『バックストローク』の虚構世界を現実世界に転移させて考えてみたい。その場合の有効な解釈装置が、ジークムント・フロイトが創始した精神分析の理論である。唐突に精神分析を持ち出すことに違和を覚える方もいるだろうが、小川洋子の作品世界と精神分析理論との親和性は高いと思われる。

 小説の具体的のチーフとしても、短編集『めまい』所収の『飛行機で眠るのは難しい』では、作中人物の老女の布地屋がウィーンのフロイト博物館の裏にあり、話者「僕」がそこを訪ねるという設定があり、先に触れた『リンデンバウム通りの双子』の舞台もウィーンであることからも分かるように、少なくとも短編集『めまい』の場合、ウィーンという地名、フロイトという固有名詞のつながりがある。また、フロイト自身の姉妹四人が『バックストローク』の重要なモチーフであるユダヤ人強制収容所で殺されている事実もあり、ウィーンという都市自体がナチス・ドイツとの関わりが深い場所でもある。『めまい』所収の優れた三つの作品『バックストローク』『飛行機で眠るのは難しい』『リンデンバウム通りの双子』に共通しているのは、日本人の話者がウィーンやナチス・ドイツ収容所跡を訪れるという設定であり、小川洋子のこのモチーフへの偏愛ぶりが伺える。



 弟の左腕の異変の原因を精神分析の理論から考察すると、第一に転換ヒステリーの可能性を指摘することができる。転換ヒステリーは、精神分析の創始者ジークムント・フロイトが定義した神経症の一つであり、無意識的な衝動や願望の表象内容が抑圧され、その表象が転換される機構によって、様々な身体的症状(運動麻痺、身体硬直、感覚障害、腹痛・頭痛等の軽微な症状他)が現れてくるものである。

 転換ヒステリーでは、身体が不自然な形に硬直したまま動かなくなることがあるので、弟の左腕の硬直したかのような異変も転換ヒステリーの症状であると考察することができる。転換ヒステリーで症状化している部位は、抑圧された衝動の表象自体に関わる部位だとされている。つまり、不自然な形に硬直した左腕は、主体の抑圧したい場所そのものでもある。

 転換ヒステリーの原因には主体の無意識の欲望が存在している。先ほどの生徒の言葉を再び引用してみるならば、「それは少しでも弟が望んだことであったのだ」と言える。精神分析の文脈に置き換えていえば、「それ」は無意識の欲望である。

 哲学者スラヴォイ・ジジェクは、フロイトの真の後継者であるジャック・ラカンの影響のもとに、精神分析理論を使って現代文化について考察を重ねている。彼は著書『為すところを知らざればなり』で、ラカンを参照して「言語‐の‐存在としての人間の根本的な経験とは、彼の欲望が妨げられるということ、創設的に満たされないということである。人間は『自分が実際何を欲しているのか知らない』のである。」と述べている。そして、転換ヒステリーについて「ヒステリー患者の『転換』が成し遂げていることとは、紛れもなくこの妨害を転倒することなのだ。この転倒を介して妨げられた欲望は妨害への欲望に転換する。満たされぬ欲望は満たされぬことへの欲望に転換する。」と説いている。

 ジャック・ラカンによれば、人間の欲望は他者の欲望である。弟はもともと、他者である母の欲望を、続けて姉の欲望を生きてきたと言ってよい。欲望の起源には他者が存在するのだが、そのことは無意識に沈み、人間は「自分が実際何を欲しているのか知らない」のである。

 母と弟の様子については、視点人物である姉による次の描写がある。

 

 二人はぶかっこうなダンスを踊っているように見えた。弟は母に体を任せ、されるがままになっていた。照れ臭そうにも、迷惑そうにもしなかった。ただ、どこか遠くを見つめていた。背泳ぎなんかよりもっと深刻な問題について、思索を巡らせているかのような瞳だった。


 弟は母の欲望を「されるがままに」、文字通り生きている。弟の「どこか遠くを見つめ」「思索を巡らせている」かのような「瞳」は、「自分が実際何を欲しているのか知らない」欲望を見つめているかのようである。

 弟の二三歳の誕生日に、弟が姉の求めに応じて自宅プールで再びおよく場面で、話者姉は次のように語る。

 

 わずかに残った地面にしゃがみ、わたしはプールの中の弟を見つめた。端までくるとターンし、また泳いだ。何度も何度も繰り返しターンした。水音だけが二人の間を流れた。弟は背泳ぎするだけで、わたしの求めるものをなんでも差し出すことができた。

 

 この場面でも、弟は姉の欲望を生きている。弟は姉の「求めるものをなんでも指し出す」ことができるのだ。その後、姉の欲望に応じてプールで再び泳ぐ際に、作品内の現実か幻想か分からないが、弟の左腕は欠損する。その後、弟は入院し、病院の小さなプールで泳ぐことを愉しみ、十年もの間一月に一度ほど、そのことを必ず手紙に書いて姉に送る。

 弟は「自分が実際何を欲しているのか知らない」まま生きてきた。人間の欲望が他者の欲望である限り、人間の欲望は本源的に空虚なものである。主体が欲望を抱いていると感じていても、それは空虚な幻であり、その欲望が成就されることはない。これは、主体にとって欲望は絶えず妨げられているいうことのもう一つの姿である。また、弟の欲望が空虚なものであるからこそ、読者はそこに様々なものを読みとろうとしてきた。

 転換ヒステリーの主体は、欲望が妨げられることそのものを転倒し、自らの欲望を妨害するようになる。弟の欲望も様々な意味で妨害され、成し遂げられないものとなっていた。弟は自身の身体の自由な動きを妨害し、そのことが泳ぐことの制止、左腕の硬直化をもたらしたのだ。これが弟の「満たされぬことへの欲望」である。

 弟はそのようにして「満たされぬことへの欲望」そのものと化し、弟の物語が閉じられる。この弟の「左腕の出来事」は、虚構作品の枠組みを超えて、読者にそれに向き合うことを要請しているかのようだ。もちろんその解釈が固定されたものに収束する必要もないが、私自身は精神分析の枠組みで考察してきた。

 ヒステリーは家族の間で転移する。家族の成員が各々ヒステリー化することもある。左腕の異変の後、母自体が「ヒステリー」になったという記述がある。また、最後の場面で、強制収容所の「処刑場へ行きましょう」と述べる姉もまた幾分かヒステリー化しているとも言える。『バックストローク』は弟中心の物語として普通は読まれているが、私には姉を中心とする「姉の物語」として読む欲望もある。稿を改め、「姉の物語としての『バックストローク』」を書くことにしたい。


*この論考「『バックストローク』を読む 1」 は、教育出版の「高校メルマガ」2009年6月号で配信されました。同社のHPで掲載されていましたが、HPのリニューアルによって現在は公開されていませんので、このブログに新たに掲載することにしました。