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2023年1月8日日曜日

故郷と東京、〈十代〉と〈二十代〉-『茜色の夕日』10[志村正彦LN325]

 新年が明けた。今年もよろしくお願いします。

 このブログでは毎年十二月の最後にその年の出来事を振り返ってきたが、昨年末はそれができなかった。2023年の最初の回で少し、昨年のことを書きたい。富士吉田を何度か訪れたことについてである。

 一月、下吉田駅の志村正彦パネルを見て、列車近接音の『茜色の夕日』と『若者のすべて』を聞いた。その後も、本町通りの商店街で買い物をしたり、吉田のうどんの店を新しく開拓したりと、街を歩いた。十月「ハタオリマチフェスティバル2022」、十二月「FUJI TEXTILE WEEK 2022」とイベントにも出かけた。

 フジテキスタイルウィークでは、落合陽一の《The Silk in Motion》が想像以上に美しかった。小室浅間神社の神楽殿に設置した大型LEDで上映された映像は、ファブリックの色彩と形態が時間と共に変容していく姿をどこまでも追いかけていく。映像に複雑なリズムがあった。産地展「WARP& WEFT」では、ファブリックのサンプル生地やマテリアルブックを見た。富士吉田の織物産業とその歴史を、文字通り、手に取るようにして知ることができた。

 展示会場の一階にはオープンしてまもなくの「FabCafe Fuji」があった。ハンドドリップコーヒーを飲んで一休みする。窓の外を見ると、スマホを構えた観光客がたくさんいる。富士山写真のスポットのようだ。本町通りには洒落たカフェが集まってきた。新しい街へと歩み出しているようだ。

 富士山駅の「ヤマナシハタオリトラベル mill shop」にも三度ほど立ち寄った。黒板当番さんの黒板画を拝見するためである。最も印象に残ったのは『Strowberry Shortcakes』の絵。〈フォークを握る君〉〈左利き?〉〈残しておいたイチゴ食べて〉〈クスリと笑う〉〈片目をつぶる君〉〈まつげのカールが奇麗ね〉と歌詞が展開していく女性を一つの像で見事に描ききっている。これは傑作ではないか。その女性を〈上目使い〉で見ている〈僕〉の少々デレンとした表情にも味わいがある。


 富士吉田の街を歩くとやはり、志村正彦の故郷を身近に感じることができる。

 昨年秋から『茜色の夕日』について書いてきた。この歌の回想場面には故郷での出来事が強く反映されているように思う。特に、〈十代〉の出来事が色濃く刻まれている。志村は、『茜色の夕日』に関連して、〈フジファブリック『FAB FOX』インタビュー〉(billboard-japan)で次のように語っている。  


ミュージシャンになりたくて決意の上京をした訳ですけど、言い方が堅いですけど孤独だったりしたんですよね、東京は。ホームシックになったりしましたし。でも今は東京の中での自分の場所、それはバンドの中での自分でもありますけど、ずっと住んでる今の家があって、色んな所に行ったりしても帰る場所がある、落ち着ける場所がある。それだけでも違いますよね。


 メジャー1stアルバム『フジファブリック』、2ndアルバム『FAB FOX』の二作によって、フジファブリックの作風は確立した。志村が正直に語っているように、〈孤独〉や〈ホームシック〉を乗り越えて、〈東京の中での自分の場所〉を得たことが彼の創作を支えたのだろう。彼にとって、故郷が〈十代〉までの経験の場であり、東京が〈二十代〉の場であった。

 3rdアルバム『TEENAGER』になると、〈十代〉をめぐる一種のコンセプト・アルバムを試みた。『若者のすべて』もこのアルバムの一作品であり、〈十代〉を回想するモチーフが込められている。それはどのような経過をたどったのだろうか。

   [この項続く] 


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