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2020年9月6日日曜日

夏の終わり-『線香花火』3[志村正彦LN263]

 9月になった。残暑が厳しいが、暦の上では夏が終わった感がある。

 今日の午前中にも再放送があったが、9月3日、NHKサラメシ シーズン10の「まるごと富士山スペシャル」が放送された。これまでの富士山サラメシをまとめた番組ということなので、もしかしたらと思って録画しておいた。やはり、最後にフジファブリック『若者のすべて』が使われていた。(確か、2013年、サラメシの富士山取材の回で『茜色の夕日』が使われた。その記述が見つからないのでここで正確に書けないのだが)

 番組で1分40秒ほど流れた『若者のすべて』の歌詞は次の部分である。


  真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
  それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている

  夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
  「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて


  最後の最後の花火が終わったら
  僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


 付言すると、この番組のBGMが凄い選曲だった。歌ものは、Bruce Springsteen『Born to Run』、Bob Dylan『Like a Rolling Stone』と『若者のすべて』の三曲だった。オープニングが Springsteen、中ほどにDylan、エンディングが志村正彦だった。この三つの選曲に特別な意味はないのだろうが、「Springsteen、Dylan、志村」というロックの詩人の並び。ここに書くだけでも、「僕は読み返しては 感動している!」という気分だ。

 今年はコロナ禍のために富士山の登山道が閉鎖された。山開きはなく、吉田の火祭りもなかった。富士の夏はそのまま閉じられることになった。
サラメシの番組では『若者のすべて』とともに富士の映像が閉じられた。富士北麓の短い夏の季節も終わった。

 志村正彦・フジファブリック『線香花火』に戻ろう。


『アラカルト』ジャケット(『線香花火』収録)


 前回、『線香花火』には、《悲しさ》の表出があり、《悲しさ》が凝縮されているが、《悲しさ》の終わり、《悲しさ》からの分離があるようにも思われると書いた。青春特有の《悲しさ》の季節があるが、この《悲しさ》と対比されるのが、次の『茜色の夕日』の一節である。


  短い夏が終わったのに
  今 子供の頃のさびしさが無い    



 「短い夏が終わったのに/今 子供の頃のさびしさが無い」の一節が、僕にとって『茜色の夕日』の中でもっと染み込んでくる言葉である。子供の頃は夏の終わりに、なんだかとてもさびしくなった記憶がある。子供心に、夏が終わってしまう、もう夏の時が戻ることはない、そんな想いが浮かんできた。それでも少し経つと、そのさびしさは忘れてしまうのだが。

 青年になると、その「さびしさ」を感じることはなくなる。


  悲しくったってさ 悲しくったってさ
  夏は簡単には終わらないのさ


 むしろ、この『線香花火』の《悲しさ》のようなものを感じるようになる。青春時代の劇は必然的に《悲しさ》をもたらす。
 少年時代のさびしさと青年時代の悲しさ、この二つには、生の歩みにともなう普遍的な感情がある。『茜色の夕日』の主体「僕」は、少年時代のさびしさが失われたことに気づく。『線香花火』の主体は、青年時代の悲しさの只中にはいるがそこから少しずつ離れてゆく感覚を掴む。

 志村は、『茜色の夕日』の「短い夏が終わったのに」に対して、『線香花火』では「夏は簡単には終わらないのさ」と歌う。終わらない夏はむしろ夏の終わりという季節の感覚を描き出す。そもそも「夏は簡単には終わらないのさ」という表現は、夏の終わりの方にアクセントがある。終わらない夏もいつか終わるのだ。そうなると、「線香花火」そのものが、その変化と消滅の姿が、終わらない夏が終わることの象徴とも考えられる。

 『茜色の夕日』と『線香花火』をそのような観点から捉えると、『若者のすべて』の「真夏のピークが去った」という季節の時間が響き合ってくる。この三つの曲の夏は「終わった」「簡単には終わらない」「去った」と歌われる。終わる季節、去りゆく季節とともに、終わるもの、去りゆくものが現れてくる。

 志村にとって『茜色の夕日』と『線香花火』は、詩的世界の資質が開花した作品である。サウンド面でも、『茜色の夕日』はスローテンポのバラード、『線香花火』はアップテンポのロックのそれぞれ原型と位置付けられる作品である。夏の終わりの季節とともに、夏の感情と感覚の極まるところから離れてゆく。このモチーフを『若者のすべて』は引き継いでいる。この曲はミディアムテンポの傑作でもある。

 各々の作品の夏の終わり、その流れ方が、歌詞の時間、楽曲のテンポを形作っているのかもしれない。

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