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2019年6月16日日曜日

歌の作者と歌の主体-『同じ月』2[志村正彦LN221]

 前々回の記事で、志村正彦が『東京、音楽、ロックンロール 完全版』の「インタビュー」(p202)で、2008年の6,7月頃を指して、「この頃はまだポリープ中で、人の提供曲ばっかり書いていたけど、自分のためだけに作った曲を7月30日に書いて。これは4枚目のアルバム『CHRONICLE』に入っている”同じ月”って曲です。そのへんから徐々に回復していきました。」と述べていることを紹介した。
  この頃の状況について別の記事(『bounce』 310号2009/5/25、文・宮本英夫)ではこう語っている。


『TEENAGER』というアルバムを昨年1月にリリースして、5月31日に僕の中学時代からの夢だった(故郷の)山梨県富士吉田市富士五湖文化センターでライヴをやることができて、そこで夢を叶えてしまったんです。今後どうしたらいいんだ?ということを6~7月にずっと悩んでいて、その後、8月中旬に喉のポリープの手術をしました。僕は人から〈曲を作れ〉と言われると作らないタイプなんですけど、手術に失敗したら声が出なくなるかもしれないという話を聞いて、自発的に2~3週間でアルバム収録曲のほとんどを書いたんです。明日はどうなるかわからないと思った末に、後悔したくないし人のせいにしたくないというのがあったので、全作詞作曲とアレンジを僕が考えてやりました。28歳になったという意識も強くありましたし、28歳のミュージシャンがいろいろ考えている、切迫感が出ているアルバムになったと思います。


  「全作詞作曲とアレンジを僕が考えてやりました」という『CHRONICLE』収録曲の中で『同じ月』は特別な存在であった。志村は、「志村日記2008.07.30」(『東京、音楽、ロックンロール 完全版』所収)で、7月30日に書いた曲について次のように説明している。この作品が『同じ月』である。


   2008.07.30 スランプ脱出か?

 提供曲ばっかで、最近自分のために曲作ってなかったんで。自分用に作りました。人にあげる曲も最高だったけれども、今回は僕が歌うためだけに生まれてくれた曲。
 最高だ。自分で言ってしまうけど、最高だ。曲作ったりして2,3日もすると結構その曲になんとなく冷めてきたりするんですが、今回は、無い。多分リリースすると思う。っていうかしたいんですけど。志村、作曲モチベーション上がってます。
 ここからは暴露話。僕は正直、デビュー以降4年間くらい、作曲ペースがスランプ気味だったのですが、これからスゴいですよ。スランプでも今までのあのクオリティでしょ? それが自分でスランプ脱出しそうって言ってるんだから、そういうことです。


 この「僕が歌うためだけに生まれてくれた曲」が何よりも「最高だ。自分で言ってしまうけど、最高だ。」とされていることに注目すべきだろう。自分の作品についてどちらかというと控えめに抑制気味に語ることの多い彼だが、『同じ月』については「最高だ」という確信があったことがうかがわれる。「スランプ脱出」の悦びや開放感がその背景にあるのかもしれない。
 結果として、この『同じ月』はアルバム『CHRONICLE』の基調をなす作品となった。
 
 『bounce』 310号の記事は、初期の歌詞についての興味深い発言を記している。


昔のフジファブリックは、歌詞を見られて頭が悪いと思われたくないというのがとてもあって。文学的な感じに見られたいというのがあったんですけど、今回はまったく意識せずに思ったことを完全ノンフィクションで歌ったというそれだけです。怖いとか弱いとか臆病だとか、そういう歌詞は後ろ向きかもしれないですけど、それはネガティヴではなくて誰しも持っているものだと思うんですね。誰しも持っている後ろ向きなことを惜しまずに出した、という気持ちはあります。


 「歌詞を見られて頭が悪いと思われたくない」「文学的な感じに見られたい」というのは、読書好きの文学青年でもあった志村らしい発言だ。特に1stアルバム『フジファブリック』では、四季の風景や季節の感覚を定型から離れて表現する工夫や言葉の行間その余白を効果的に作用させる技術を駆使している。
 「今回は」「完全ノンフィクション」で歌ったという対比から、「昔」の作品にはフィクションが入り込んでいるという含意が読み取れる。例えば四季盤の作品には、幾分か虚構とも捉えられる「小さな物語」的な枠組がある。

 『桜の季節』の別離、『陽炎』の少年時代、『赤黄色の金木犀』の「帰り道」、『銀河』の「逃避行」。いずれも作者の私的経験にある程度まで基づいているのだろうが、その経験の断片は複雑に組み合わされながら「小さな物語」として構築されていく。それでも物語に収束するのではなく、その枠組の中で、主体が感じる現実的で切実な感覚とそれを包み込む風景や季節の感触とがファブリックのように織り込まれる。

 作者志村と歌の主体(志村の分身ではある)の「僕」との間にはある一定の距離、分離がある。小さな物語、フィクションとしての枠組がその距離を支えている。凡庸な歌との違いがここにある。彼の歌が詩として評価されるゆえんもまたここにある。フジファブリック初期作品の深さと豊かさは、作者志村正彦とその分身との分離によって成立していると考えられる。

 その文脈からすると、『CHRONICLE』収録曲は「完全ノンフィクション」を目指して、作者と歌の主体との距離を限りなく近づけた。「完全」とあるから、志村はその距離がほとんどゼロとなるように心がけた。それは勇気ある試みだった。フジファブリックの作品の可能性を広げたと同時に、志村正彦にとってみれば少なからぬ反作用もあったのかもしれない。

(この項続く)


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