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2015年7月13日月曜日

『路地裏の僕たち上映会』 [志村正彦LN108]

 一昨日の土曜日、7月11日、以前から予定が入っていて、甲府を出発できたのは午後4時を回っていた。「路地裏の僕たち」主催の『フジファブリック Live at 富士五湖文化センター』上映会が富士吉田で行われている。その最後に何とか間に合いたいと車を走らせた。

 夏の観光シーズンを迎えるこの季節、県外ナンバーも多くなり、山梨の幹線道路は混雑する。甲府バイパスから御坂へ進み、河口湖の手前で左折し、3月末開通の「新倉河口湖トンネル」を初めて通る。照明が明るく、道もほぼ直線で、とても通行しやすい。全長2.5キロの長いトンネルだが、少し経つと吉田側の光がかすかに見えてきた。抜けると見覚えのある風景が広がる。志村正彦の生まれ育った場の近くだった。       

 これまでは、甲府から吉田までは必ず河口湖周辺を経由しなくてはならなかったが、今後は、御坂トンネルから下ってそのまま四つほどトンネルを過ぎると吉田にたどりつく。御坂から吉田まで「直結」したような感じだ。甲府と吉田との距離よりがさらに近くなり、時間帯によっては20分ほど短縮されたのではないだろうか。

 新トンネルのおかげで、午後5時過ぎに会場の下吉田第一小学校に到着。茜色の「路地裏の僕たち」Tシャツを着ている方々が忙しそうに動き回っていた。「志村商店」をはじめとする臨時の出店があると知ったので楽しみにしていたのだが、もう店じまいだった。遅く来たのでこれは仕方がない。

 入口には今回制作されたポスターやフライヤーが並んでいた。フジファブリックのCDデザインを数多く担当された柴宮夏希さんの協力があり、「路地裏」らしい雰囲気で味わい深い。グラフィックという点でも、これまでのイベントからさらに進化している。

 体育館に入ると、かなりの人数の熱気があふれる。映像と音響の設備も本格派だ。後方に写真やギターや機材がおぼろげに見える。「飛び箱」や用具らしきものもあったので、ここが小学校の体育館だということを実感した。

 アンコールが始まった。永遠に聴かれ、語り継がれることになるであろう『茜色の夕日』とそのMC。最後の『陽炎』。この二曲に間に合うことができた。

 『陽炎』が今回は特に胸に迫ってきた。
 志村少年が「路地裏の僕」として駆け回った「場」。
 陽炎がそこらじゅうに立つような夏の「時」。

 そのような「場」と「時」を得て、「路地裏の僕たち」の方々そして会場の人々の熱気、迫力のある映像と音響、フジファブリック・メンバーの熱演、志村正彦の「声」、それら全てが溶け合い、下吉田一小の『陽炎』は静かに熱く揺れていた。
 (エンディング近くでギターを激しくかき鳴らす彼。そのシーンが終わると、哀しみにおそわれるのはいつものことなのだが。)

 上映会の終了後、展示コーナーを見た。文字通り、飾りっ気のない展示がこの場にはふさわしい。ゼロ年代を代表するロック音楽家というよりも、「路地裏」の「英雄」としての彼が母校の小学校に還ってきた。この感覚を「路地裏の僕たち」は大事にしているのだろう。

 体育館を出ると、掲示板にクボケンジや片寄明人をはじめとする志村正彦の友人知人のコメントが掲げられていた。2011年の志村展の際に、私の勤務校の生徒たちが授業を通じて書いた文章も再び掲示されていた。
 以前、生徒の文が良かったという感想をよせてくれた地元の方がいらっしゃって、今回も展示することに決めたそうだ。生徒の文が志村正彦ゆかりの人々の文と並んで飾られているのは場違いのような気がして、当事者でもある私は大変恐縮したのだが、このように大切にされているのはとても有り難い。(あの生徒たちも卒業して三年になる。その内の一人は国文科に進み、今年母校に教育実習生として戻ってきた。教職に就くのはなかなか難しい時代だが、彼女が教壇に立ち、いつの日か自らの視点で志村正彦の詩について語ることがあるかもしれないと、勝手に思い描いている。)

 出口付近でチャイムを待っていると、久しぶりにお会いできた大切な方々、昨年の甲府での志村展やフォーラムでお世話になった方々と再会することができた。挨拶の言葉しかかわすことはできなかったけれども、このような機会があるからこそ再び会うことができてとても嬉しかった。

 午後6時、『若者のすべて』のチャイムが鳴りはじめる。小学校横の防災無線スピーカーを皆が見上げている。2012年の暮れ、冬の季節に市民会館前で聞いたときよりも、音が明るくかろやかに響く。この歌はある種の力強さも持っている。「すりむいたまま僕はそっと歩き出して」と歌詞にあるとおり、どのような状況であれ前に歩き出そうと伝えているようだ。夏の季節の始まり、私たちも歩き始めねばならない。       

 主催者と共催者の皆様の自発的な活動に対して敬意を表したい。私も経験者として、準備まで、そして当日の苦労はよく分かる。また、映写技師やプロ機材を使っているので経費もかなりかかったことと思う。彼らは「全国のファンへの恩返し」として企画したと述べているが、私たち各々が自分のやり方で志村正彦を聴き、語り続けることが、彼らへの恩返しとなるのではないか。私もその一人としてこのblogを書き続けていきたい。

 私個人として最も励まされたことを最後にひとつ書かせていただく。
 3回目の上映会の後で、志村正彦の子どもの頃から29歳までの写真の映写があった。その最後に映されたのが「ロックの詩人 志村正彦展」のフライヤー画像だった。事前には全く知らなかったので、とても驚いた。「路地裏の僕たち」の皆様から、昨年7月の甲府展へのエールが送られたような気持ちになった。
 深く、感謝を申し上げます。

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