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2013年8月31日土曜日

志村正彦の夏 (志村正彦LN 47)

 
 志村正彦にとって、夏は特別な季節である。夏を舞台としない歌の中でも、時に触れられることがある。

  短い夏が終わったのに 今 子供のころのさびしさが無い (『茜色の夕日』)

  冷夏が続いたせいか今年は なんだか時が進むのが早い (『赤黄色の金木犀』)

  真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた  (『若者のすべて』)

 「短い夏」「冷夏」そして「真夏のピーク」。夏はいつものように過ぎ去るが、彼は佇立し続ける。彼はたたずみ、季節を言葉と音に織り込んでいく。
 夏の記憶の織物は、フジファブリックの作品となって、ここ十年の間、私たちに贈られてきた。なかでも『陽炎』は志村にしか表現しえない世界を確立した歌である。

   あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
    英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ           (『陽炎』)

 夏は、想いの季節である。夏そのものが私たちに何かを想起させる。「街並」「路地裏」という場。「英雄」、幼少時代の光景。楽しかったり、寂しかったりした記憶が「次から次へ」と浮かんでくる。
 夏は、ざわめきの季節でもある。人も、物も、風景も、時もざわめく。「陽」が「照りつけ」ると共に、何かが動き出す。そのとき、「陽炎」が揺れる。

  窓からそっと手を出して
  やんでた雨に気付いて
  慌てて家を飛び出して
  そのうち陽が照りつけて
  遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる            (同)

 『陽炎』はここで転調し、詩人の現在に焦点があてられる。

   きっと今では無くなったものもたくさんあるだろう
   きっとそれでもあの人は変わらず過ごしているだろう

  またそうこうしているうち次から次へと浮かんだ
   出来事が胸を締めつける                      (同)  

 今では「無くなったもの」とは何か。特定の他者なのか。風景なのか。十代や青春という時間なのか。あるいは、過去の詩人そのものなのか。そのすべてであり、すべてでないような、つねにすでに失われている何かが「無くなったもの」ではないのか、などと囁いてみたくなる。

 喪失という主題は青春の詩によく現れるが、大半は、失ったものへの想いというより、失ったものを悲しむ自分への想いに重心が置かれる。凡庸な詩人の場合、喪失感は自己愛的な憐憫に収束するが、志村の場合は異なる。
 彼の詩には、そのような自己憐憫とは切り離された、失ったものそのものへの深い愛情と、失ったものへ、時に遠ざかり、時に近づいていく、抑制された衝動がある。そして、喪失を喪失のままに、むしろ喪失を生きなおすように、喪失を詩に刻んでいった。それは彼の強固な意志と自恃に支えられていたが、「胸を締めつける」ような過酷な歩みでもあった。

 四十年を超える日本語のロックの歴史の中で、志村正彦は絶対的に孤独である。その孤独ゆえに、今、私たち一人ひとりとつながり続ける、永遠の作品として屹立している。


付記

 8月31日。この日を迎えるといつもなら、暦の上ではいち早く終止符が打たれ、夏が去る時節になろうが、今年の甲府盆地はこれまで経験したことのない酷暑が続き、今日も、「真夏のピーク」が過ぎ去るような気配はない。

 今回は、『志村正彦の夏』を掲載させていただく。この文は、2011年12月の「志村正彦展 路地裏の僕たち」で展示させていただいた。その後、杉山麻衣さんの「Fujifabric International Fan Site」で紹介していただいたので、[ http://fujifabinbkk.blogspot.jp/2012/01/blog-post_27.html ]ネット上では既出だが、私が初めて志村正彦について書いた「原点」のテキストなので、いつか《偶景web》にも載せたいと考えていた。末尾の2行は、「夏」という主題から離れてしまっているのが気がかりだが、修正せずにそのままにさせていただく。  

 今年の夏を振り返りたい。富士吉田市の「広報ふじよしだ7月号」(富士山世界遺産登録を祝す号)に、「若手職員プロジェクト・志村正彦」「夢中で駆け抜けた路地裏で思い出を紡ぐ 路地裏の僕たち」の二つの記事が掲載されたこと。7月10日から14日までの、富士吉田市夕方6時の『茜色の夕日』チャイム。13日と14日の「志村正彦を歌う会」、ご家族からのメッセージ、『茜色の夕日』の歌とトークの再生。15日、『山梨日日新聞』の『宝物の思い出を歌に』(「白球の夢半世紀 山日YBS杯県少年野球」)』。15日夜、フジテレビのドラマ『SUMMER NUDE 』で『若者のすべて』が物語の鍵となる曲として使われたこと。16日、『山梨日日新聞』第1面のコラム「風林火山」。23日、NHK甲府の「まるごと山梨」の「がんばる甲州人」で「ロックミュージシャン志村正彦さん」が特集されたこと。「一期一会」という大切な言葉の披露。25日から27日までの『若者のすべて』チャイム。8月1日、「がんばる甲州人」を元にする番組がNHK総合「情報まるごと」で全国に放送されたこと。22日 、高校野球決勝の中継で「夏 輝いた君たち」と題するダイジェスト映像のBGMに『若者すべて』が流され、映像と見事にシンクロナイズしていたこと。

 2013年の夏は「志村正彦の夏」だった。
 私たちにとって、この7月8月の様々な出来事は「何年経っても思い出してしまう」ことになるだろう。

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