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2018年10月3日水曜日

スガシカオ・桜井和寿・小林武史『若者のすべて』[志村正彦LN199]

 前回の記事は、2018年9月26日に放送された《日本テレビ系『スッキリ』内の「HARUNAまとめ」フジファブリック特集》を記録したものだが、多くの方に読んでいただいたようだ。地上波の全国放送の影響力はやはりすごい。フジファブリックがこのような形で注目されたのは初めてのことだろう。

 今回は、番組でもほんの少しだが紹介されたスガシカオ・桜井和寿・Bank Bandによる『若者のすべて』について書いてみたい。
 幸いなことに先日、wowowで『ap bank fes  2018』が放送された。7/14から7/16の間、静岡つま恋で開催されたこのフェスを「前日祭・Day1」と「Day2」の二回に分けて収録したものである。スガシカオと桜井和寿がBank Bandの演奏に乗って『若者のすべて』を歌っていた。
(『若者のすべて』は「前日祭・Day1」に収録。10/16(火)午後1:00再放送予定)

 スガシカオの声は艶やかでほのかな色気もある。五十歳を超えた年齢を感じさせない若々しさもある。言葉の拍の区切り方が明瞭だ。だから歌詞のひとつひとつが自然に聴き手に伝わってくる。数多くあるこの曲のカバーの中でも出色の出来映えだ。
 桜井和寿はとても素直な歌いぶりだった。この曲のカバー音源の創始者にふさわしく、『若者のすべて』をリスペクトしている姿勢がうかがえた。スガシカオと桜井和寿の二人の声のハーモニーも美しかった。
 Bank Bandの一員として、神宮司治(レミオロメン)がドラムを担当(河村智康とのツインドラムの一人として)。山梨出身の神宮司がリズムを刻んでいるのはやはり感慨深かった。ベースは亀田誠治。彼はフジファブリックのシングル『Suger!!』をプロデュース。ゆかりのある音楽家がステージで演奏していた。

 21世紀に入ってからすでに20年近くの年月が経っているが、その間に誕生した「日本語ロック」の系譜の作品の中で、この曲ほど人々に親しまれているものはないだろう。発表当時はそれほど注目されなかったが、ここ十年ほどでその評価は揺るぎないものとなった。そのような流れを作った音楽家として第一に挙げられるのは、桜井和寿そして小林武史だろう。そのことを振り返ってみたい。

 2010年6月30日、『若者のすべて』カバーを収録したBank Bandのアルバム『沿志奏逢3』が発売された。「ap bank」の「エコレゾ ウェブ」の「沿志奏逢 3」Release Special には関連記事がたくさん掲載されている。リリースを告げる記事には、《櫻井が本作品の為に新たに選曲した「若者のすべて」(フジファブリック)、「有心論」(RADWIMPS)、「ハートビート」(GOING UNDER GROUND)など、Mr.Childrenよりも新しい世代のアーティストの楽曲にも敬意を持ってBank Bandがカバー/リアレンジしています》とある。関連記事として桜井と小林武史のインタビューも掲載されている。『若者のすべて』に言及している部分を引用してみよう。


―― 櫻井さんの曲との出会い方って、一般リスナ-と変わらないところが凄く親近感湧くんです。例えばフジファブリックの「若者のすべて」は、ラジオで聴いて好きになったそうですね。
櫻井 そうですね。あとSyrup 16gの「Reborn」もそうなんです。 ラジオで掛かってたのを聞いて好きになるということは、僕のなかで重要なことでもあるんですけど。

 ―― 「若者のすべて」も初々しさがありますね。あと、花火が出てくる夏の情景が描かれ、フェスにもピッタリというか......。

櫻井 そうでしょうし、あとこの曲はですね、最初聴いた時に「アレンジが小林さんぽいな」って思ったんです。サビ前のとことか、3番のサビに出てくる仕掛けとか......。これ、Mr.Childrenとして最近は歌わなくなった音の飛び出し方をするアレンジでもあるわけですよ。「それを今の時代にまた鳴らすというのもいいなぁ」という想いもあったんですけどね。あと同時に、「この曲の持つ切なさとは何だ?」というのをずっと考えながらレコ-ディングしてました。
《「沿志奏逢 3」Release Special 櫻井和寿Interview(前編)(取材 小貫信昭)》

―― ここからは『沿志奏逢3』の内容にも関わっていくわけですが、若い世代とのレゾナンスにおいて、「若者のすべて」という楽曲が大きなポイントになったようですね。 

小林 あの曲は「本当にいい曲だなぁ」というのは、櫻井だけじゃなく僕も思っていたことで、それをBank Bandで実際に演奏してみた時、様々なことが共振共鳴し合えるイメ−ジもハッキリ浮かんだんですよ。なのであの曲が核となって他のいろいろな曲が選ばれていったとこがあったんです。
《「沿志奏逢 3」Release Special 小林武史Interview(前編)(取材 小貫信昭)》


 桜井の『若者のすべて』との出会いはラジオだった。『若者のすべて』の「切なさ」が鍵となったようだ。1970年生まれの桜井はこのとき40歳。音楽家としても生活者ともしても折り返し地点にたどりつく年齢だ。新しい世代のアーティストの楽曲をカバーすることで、ある種の再生、再出発を試みたのかもしれない。
 小林にとっても「本当にいい曲」であり、演奏を通じて「様々なことが共振共鳴し合えるイメージ」があったというのは興味深い。『沿志奏逢3』の楽曲は、『若者のすべて』が核となって選ばれていったというのは貴重な証言である。桜井と小林は、『若者のすべて』の歌詞と楽曲の持つポテンシャルを見抜いた。二人の指摘の通りいやそれ以上に、様々な歌い手によって歌い継がれている。藤井フミヤ、槇原敬之、柴咲コウをはじめとする人気歌手。小林武史自身がプロデュースしたanderlustなど若いアーティスト。そして、クボケンジ、安部コウセイたち、志村正彦の友人や仲間によって大切に歌われている。

 最後にwowowの放送に戻りたい。この映像では観客が一緒に『若者のすべて』を歌うシーンがたくさん挿入されていた。一人ひとりの表情が生き生きとしていた。このフェスに集う人々にとってこの曲は馴染みのものかもしれない。しかしそれでも、ほとんどの観客が声を出して口ずさんだり拍子に合わせて手や体を揺らしたりしている姿を見ると、胸に迫ってくるものがあった。

 志村正彦・フジファブリックの『若者のすべて』は、「人々」によって歌い継がれている。何よりもそのことに心が動かされる。

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