2026年2月1日日曜日

〈夢読み〉―舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』

 今日2月1日、舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の東京公演は終わってしまうが、この後、仙台市、名古屋市、西宮市、北九州市でも開催される。座席の種類によってはチケットがまだ取れる公演もあるようだ。

 YouTubeにこの舞台のプロモーション映像があるので紹介したい。


 舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』プロモーション映像 ロングver.



 今回もまた、1980年の『街と、その不確かな壁』、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、2023年の『街と、その不確かな壁』の三つの作品に共通する《街とその不確かな壁》の物語について述べたい。


 この物語を支える中心的なモチーフは〈夢読み〉だと言えるだろう。 〈壁〉に囲まれた〈街〉の〈図書館〉のなかで〈僕〉は〈古い夢〉を読む仕事に就く。 『街と、その不確かな壁』から引用しよう。

 僕は用意された布切れで古い夢につもったぶ厚い埃を拭ってからその表面に手を置き、目を閉じる。五分ばかりで古い夢は目覚め、僕の手は心地良い温もりを感じはじめる。そして彼らはその古い夢を語る。しかし彼らの話る声はあまりに低く、僕にはそれを殆んど聞きとるとともできない。
 彼らは明らかに語ることには慣れていないようだった。まるで長いあいだ見捨てられていた老人のように突然の日差しにとまどい、そして口ごもった。彼らの目覚めは不確かであり、その放つ光は弱く、そして僅かばかりの時が過ぎると再び深い限りの中に落ちこんでいくのだった。


 〈僕〉が〈夢読み〉であることは、三つの作品で共通しているが、その夢が包まれている器は異なる。

  『街と、その不確かな壁』では、〈図書館の書庫には埃をかぶった何千という古い夢〉の〈大きさはテニス・ボールほどのものからサッカー・ボールまで、色あいも多種多様〉で〈形は殆んとが卵型で、手にとってじっくり眺めてみると下半分が上半分に比べて僅かにふくらんで〉いて〈大理石のようにつるりとした手触り〉である。

 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、〈古い夢〉は〈一角獣の頭骨〉の中に〈しみこんで閉じこめられている〉。〈頭骨を正面に向け、両手の指をこめかみのあたりにそっと置〉き、〈骨の額をじっと見る〉と〈頭骨が光と熱を発しはじめる〉ので、〈その光を指先で静かにさぐっていけば〉〈古い夢を読みとることができる〉とされる。

 『街とその不確かな壁』では、〈書庫の棚には数え切れないほど多くの古い夢が並んでいる〉とされ、その形態についての具体的な描写はない。書棚の棚に並んでいるということから、書物のような形をしているのかもしれない。

 つまり〈古い夢〉は、ボールほどの大きさで色あいも多種多様な卵型の形、一角獣の頭骨、書籍のような形、というように作品ごとに異なる。今回の舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、一角獣の頭骨が演出上で重要なオブジェとなっていた。明るく輝く一角獣の頭骨やそれを持ってダンスする演出が目を引いた。


 〈夢読み〉とはどういう行為なのか。2023年の『街とその不確かな壁』ではこう語られている。

 ひとつの夢を読み終えると、しばしの休息をとらなくてはならない。机に肘をついて両手で顔を覆い、その暗闇の中で眼を休めて疲労の回復を待つ。彼らの語る言葉は相変わらずよく聴き取れなかったが、それが何らかのメッセージであることはおおよそ推測できた。そう、彼らは何かを伝えようとしているのだ――、私に、あるいは誰かに。でもそこで語られるのは私には聴き取ることのできない話法であり、耳慣れない言語だった。それでもひとつひとつの夢は、それぞれの歓びや悲しみや怒りを内包しつつ、どこかに吸い込まれていくようだった――私の身体をそのまま通り抜けて。


 〈夢〉は〈何らかのメッセージ〉であるが、〈聴き取ることのできない話法〉によって〈耳慣れない言語〉で語っている。夢独自の話法と言語によるメッセージというロジックは、ジークムント・フロイトの『夢解釈』を想起させる。フロイトによれば、夢は無意識の夢思考のメッセージである。私たちの潜在的夢思考から私たちが実際に見る顕在的夢内容が作られる。

 われわれの目には、夢思考と夢内容とは、同じ一つの内容を違う二つの言語で言い表しているように見える。あるいは次のように言ったほうがよいかもしれない。すなわち、夢内容とは、夢思考を違う表現様式の中へと転移させたもののように思われる。われわれとしては、これらの原本と翻訳とを比べ合わせて、書き換えにあたっての記号法と統語法とを学ばなければならないのである。 (フロイト『夢解釈』第6章夢工作)


 夢独自の話法と言語によって夢思考を夢内容に変換するのが夢工作の過程である。夢解釈はその逆をたどる。夢内容を分析し、その話法と言語を明らかにして、夢思考を構築する。フロイトの実践を読むと、夢解釈は複雑で難しく、忍耐と根気のいる仕事であることがよく分かる。

 《街とその不確かな壁》物語の〈夢読み〉である〈僕〉もまたその困難と向き合い、ひとつひとつの夢の〈歓びや悲しみや怒り〉を受けとめようとして、夢を読みとっていく。

      (この項続く)