今日7月10日は志村正彦の誕生日である。1980年、山梨の富士吉田市で生まれた。同じ7月10日に生まれた偉大な俳人がいる。飯田龍太。1920年、山梨の境川村で生まれた。
六十年を隔てて、志村正彦は飯田龍太と同じ日に誕生した。時代も表現形式も一般的な知名度も異なるこの二人を同一の誕生日ということでエッセイの俎上に載せることに違和感を持つ方もいるかもしれないが、山梨の四季の風景に触発されてきわめて優れた言葉を紡ぎ出したことから、今日はこの二人の「陽炎」を表現した作品について書いてみたい。
志村正彦・フジファブリックの「陽炎」は夏の名曲である。2003年の作。
詩人は、「少年期の僕」の「残像」と「今の自分」にとっての「出来事」を描く二つの系列によって歌詞を構成している。まず「残像」系列を引用する。
あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ
また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
残像が 胸を締めつける
「残像」の系列では、歌の主体「僕」は、過去へ、「あの街並」という場へ、「路地裏の僕」自身へと回帰していく。「英雄気取った」少年期を想起しているうちに「残像」が次々に浮かんでくる。この「残像」はもうすでにそこには残っていないが、消えてしまったにも関わらず、記憶に残り続けている心象や感覚のことであろう。「残像」は執拗に現れて、歌の主体の「胸を締めつける」。 次に、「出来事」の系列を引用する。
きっと今では無くなったものもたくさんあるだろう
きっとそれでもあの人は変わらず過ごしているだろう
またそうこうしているうち次から次へと浮かんだ
出来事が 胸を締めつける
「今」、現在という時。「きっと今では」と「きっとそれでも」、「無くなったもの」と「あの人」、「たくさんあるだろう」と「変わらず過ごしているだろう」。対比的な表現によって、複雑な陰翳を帯びた「出来事」が次々と現れて、歌の主体の「胸を締めつける」。「あの人」に焦点化していくが、「あの人」が誰なのかは分からない。歌詞の一節にあるとおり、「あの人」は「陽炎」のように儚く揺れている。
そのうち陽が照りつけて
遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる
陽炎が揺れてる
最後のパートでは「陽炎が揺れてる」が三度繰り返されるが、歌い方が変化していく。揺れているものが静止していくように感じられる。陽炎は揺れてやがて消えていく。
残像も出来事も、過去の物語も現在の物語も、揺らめきが消えてゆき、すべてが静けさに包まれる。志村正彦はそのように歌い終えている。
飯田龍太にも「陽炎」を季語とする名句がある。
陽炎や破れ小靴が藪の中
1971年の作。第六句集『山の木』に収録されている。
「陽炎」は春の季語。日光で地面が熱せられ、風景が細かくゆれたりゆがんで見えたりする。俳人の眼差しがある「陽炎」をとらえる。その眼差しが注がれる対象は「破れ小靴」。「小靴」とあるので子どもの靴だと想像される。履きつくされて擦り切れて破れてしまったのか、「破れ小靴」がなぜか「藪の中」で見つかる。「破れ」たままでそこに在る、そこに在り続けている。かなりの時間が経過しているのだろう。
俳人はある痛みの感覚を持ってその「破れ小靴」を見つめ、時の流れも感じているが、その眼差しそのものが「陽炎」によって覆われているかのようだ。また、「藪の中」はありのままの風景だろうが、この言葉は芥川龍之介の小説「藪の中」も想起させる。「破れ小靴」そのものが謎めいた物であり、謎の迷宮の中に陽炎のように存在している。
また、切れ字の「や」、「破れ」の「や」、「藪」の「や」という「や」の連鎖と「やぶ」音の反復が独自の韻律をつくる。さらに「の中」という語法を伴うことによって、音がループする感覚を奏でている。
志村正彦の眼差しは少年期の「胸を締めつける」「残像」に、飯田龍太の眼差しは子どもの「破れ小靴」に注がれている。表現された世界は異なるが、胸が締めつけられるような痛みの感覚が共通している。そして、「陽炎」が揺れはじめる。過去そして現在の迷宮に表現主体が包み込まれる。
今日は7月10日。山梨で生まれた現代俳句を代表する俳人と日本語ロックを代表する詩人が同一の誕生日である偶然を祝したい。