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2025年5月31日土曜日

「こうふ亀屋座」「小江戸甲府花小路」/Be館「35年目のラブレター」

 4月19日、甲府市の中心街に江戸情緒あふれるまちなみを作るプロジェクトとして、甲府城の南側エリアに歴史文化交流施設「こうふ亀屋座」と交流広場、その周辺に江戸の町並みをイメージした飲食物販等施設「小江戸甲府花小路」という小路がオープンした。「こうふ亀屋座」には120人収容の演芸場と五つの多目的室が設けられている。記念イベントとして、落語会、能楽会、「宮沢和史TALK&LIVE」という音楽会が演芸場で開かれた。文字通り演芸の場である。


 「こうふ亀屋座」は、江戸時代の芝居小屋「亀屋座」をイメージして建設された。 木村涼氏の論文「八代目市川團十郎と甲州亀屋座興行」(早稲田大学リポジトリ)によると、亀屋座は明和二年(一七六五)創設の芝居小屋であり、時代を代表する名優、七代目と八代目市川團十郎、五代目松本幸四郎、三代目坂東三津五郎、五代目岩井半四郎などが一座を率いて芝居を上演している、とある。江戸時代、甲府で流行った芝居は江戸でも流行ると言わていた。芝居を見る目が優れた人が甲府には多いという定評があったようだ。


 先々週、「こうふ亀屋座」と「小江戸甲府花小路」の界隈を歩いた。岡島という老舗百貨店の新店舗の方から北東側に歩いて行くと、このエリアに入ることができる。確かに江戸を思わせる小屋と小路だ。なんだかタイムスリップした気分になる。話題のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の映像も浮かんできた。


食べ物屋、甘味処、カフェなどの店舗もある。その向こう側には「甲府城跡」(舞鶴城とも呼ばれる)の石垣が見える。近くには「舞鶴城公園」もある。中心街の散策コースとしてはとても綺麗な空間になっている。甲府の中心街はかなりさびれてきたが、この江戸情緒の街並みや芝居小屋が新しい拠点となってほしい。


 先週は「シアターセントラルBe館」に出かけた。これで三週間連続となる。

 今回は、「35年目のラブレター」。監督・脚本、塚本連平。役者は主演西畑保:笑福亭鶴瓶、西畑皎子:原田知世、保(青年時代):重岡大毅、皎子(青年時代):上白石萌音。



 文字の読み書きができなかった保が夜間中学で字を覚えて、妻の皎子にラブレターを書くという実話を基にした映画である。こういうストーリーであると、いわゆる「感動もの」的な作品に思われるかもしれないが、この映画は適任の役者や抑制された演出によって優れた作品になっていた。

 重岡大毅は、2022年7月から9月まで放送されたテレビ東京のドラマ「雪女と蟹を食う」で好演していた。このドラマの挿入曲に、志村正彦・フジファブリックの「サボテンレコード」と「黒服の人」が使われた。上白石萌音は、2022年5月7日のNHK総合の番組「こえうた」で志村正彦・フジファブリックの「若者のすべて」を歌った。そんなこともあり、この二人には親しみを抱いていた。保と皎子の出会いから結婚へと至る展開には心が温まった。懐かしくて尊いものがあった。


 映画の中で時が進んでいくが、どうにもならない悲しい出来事が起きる。しかし、青年時代や新婚時代の二人の回想が挟まれ、現代と過去の間に「スリップ」が起きる。その「スリップ」が生きていく力を与える。未来への時間を開いていく。「侍タイムスリッパー』や『知らないカノジョ』と同様に、「スリップ」が演出上の素晴らしい効果をあげている。

 ラストシーンで、笑福亭鶴瓶と原田知世、重岡大毅と上白石萌音の二つのカップルが、公園の二つのベンチに隣り合わせで座っている。一つの空間にスリップしている。その幻の場面が秀逸だった。とりわけ美しかった。

2025年5月18日日曜日

映画館というスリップの場、「シアターセントラルBe館」再開、『侍タイムスリッパー』と『知らないカノジョ』。

 志村正彦・フジファブリックの「消えるな太陽」は、「映画の主人公になって/みたいなんて誰もが思うさ/無理なことも承知の上で映画館に足を運ぶ俺」と始まる。志村にとって映画館も太陽、光の場だったのであろう。

 映画の主人公になってみたいなんて、さすがに思うことはないが、映画館に足を運びたいとは思う。でも、私の住む甲府にはもう映画館がない。時々通っていた中心街の映画館「シアターセントラルBe館」は2023年12月から休館になってしまった。非常に残念だった。ここは良質な作品を上映する甲府のミニシアターとも言える場。このblogでも何度も上映作について書いてきた。休館ということだったがそのまま閉館となってしまう恐れもあった。


 ところが、シアターセントラルBe館が5月2日から再開されることになった。とてもとても嬉しかった。地元のメディアでも大きく報道され、山梨日日新聞の記事には「小野社長は「『映画の街』として栄えた市内中心街にある映画館として、長く続けてきた文化のともしびを消したくない。映画館からしばらく疎遠になっている人も、これをきっかけに足を運んでほしい」と語ったとある。この小野社長の心意気が有り難い。

 出井寛『山梨シネマ120年』(山梨ふるさと文庫2019)に山梨の映画館の歴史が詳しく書かれているが、最盛期の昭和30年代前半には甲府市内に十五の映画館があった。伝統的に甲府は興行が盛んな街だった。江戸時代には歌舞伎の芝居小屋があり、大正時代以降は映画館が娯楽の場となった。しかし現在は山梨県内に、この復活したBe館(略してこう呼んでいる)と昭和町のイオンモール内にある「TOHOシネマズ 甲府」というシネコンの二つしかない。富士北麓地方ではかつて富士河口湖町にあったのだが今はもうない。

 早速、妻と二人でBe館に出かけた。先々週は『侍タイムスリッパー』、先週は『知らないカノジョ』と、二週間続けて見た。



  『侍タイムスリッパー』は、幕末の侍が現代の時代劇撮影所にタイムスリップするという荒唐無稽な物語。主役の山口馬木也の姿や立ち居振る舞いが毅然として凜々しいが、ところどころユーモアも醸し出す。安田淳一監督による自主制作映画だが、脚本、俳優、演出、映像のすべてが素晴らしい出来映えだった。タイムトラベルものの定型に陥ることなく、侍という存在、幕末から現代までの時代の変化、そして時代劇そのものについて問いかけるメタ的な視点がある。全国で上映されるようなヒット作となったことも頷ける。

 『知らないカノジョ』の監督三木孝浩は、志村正彦・フジファブリックの「若者のすべて」を重要なモチーフとしたNetflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』を監督したということから、この最新作にも興味を持った。主演は中島健人とシンガーソングライターのmilet。この二人が恋愛し結婚するのだが、各々の仕事や立場が逆転した〈もう一つの世界〉に入り込んでしまう。小説と音楽の制作もモチーフになっている。脚本の質がとても高いことに驚いたのだが、日本映画離れをしているなと思って帰宅してから調べてみると、フランス映画『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』のリメイクだということを知ったので別の意味でも驚いた。リメイクであるからにはオリジナルを見てみたい。幸いにして配信サイトにあった。

  いくつかの場面での小さな違いはあるものの基本的なストーリーは同じだった。しかし、決定的な違いがあった。ネタバレになるかもしれないが、少しだけ言及したい。オリジナル版の『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』では二つのパラレルワールドが展開するが、リメイク版の『知らないカノジョ』には三つのパラレルワールドが存在する。この第三のパラレルワールドが重要な意味合いを持つ。そしてこの点においてリメイク版はオリジナル版を超えた作品となっている。三木監督や脚本の登米裕一・福谷圭祐の功績になるだろう。



 というわけで、休館時から一年半を経てタイムスリップしたかのように甲府の中心街に再び現れた「シアターセントラルBe館」で、時代のタイムスリップもの『侍タイムスリッパー』とパラレルワールドのスリップもの『知らないカノジョ』の二つの映画を二週の間スリップしながら鑑賞した。


 あらためて気づかされたことがある。映画館そのものがスリップの場である。いつもは自宅のテレビモニターで配信サイトを通して見ているが、やはり日常と地続きの感がある。映画館では外界が遮断され、暗闇に包まれてから、スクリーンという光の場にスリップする。二時間ほどの時間かもしれないがその時間を超えて、日常からもう一つの世界へとスリップできる貴重な経験の場である。


付記:ページビューが50万を超えました。このblogが始まった2012年12月から12年半が経ち、記事の総数は579になります。拙文を読んでいただいている方々に深く感謝を申し上げます。