ページ

2014年3月16日日曜日

「桜が枯れた頃」 -CD『フジファブリック』6 [志村正彦LN73]

 甲府盆地はここ数日でようやく春めいてきた。今後の気温上昇が予測され、桜の開花は例年並みとなるようだ。例年、甲府は3月末か4月初め、富士吉田は4月中旬頃なので、4月13日、『Live at 富士五湖文化センター 上映會』の頃には桜が咲き始めているだろう。

 本題に入る前に少しだけ余話を。昨日は、ヴァンフォーレ甲府の応援に小瀬のスタジアムまで出かけた。甲府サポの私にとっては、毎年、Jリーグの開幕が春の訪れを告げるものとなる。今回の開幕は、あの記録的大雪の影響で、1日の鹿島戦の会場が小瀬から東京の国立に移された。Jリーグ史上初の出来事だった。だから昨日がほんとうのホーム開幕戦となる。対戦相手は新潟。甲府サポーターが、あの大雪の際に「最強の除雪隊」を派遣してくれた新潟県への感謝を表す。山梨と新潟のエールの交換だ。
 クラブチームのサッカーは、様々な国籍、民族、人種の選手が共に力を合わせる場だ。「拝外主義」の対極にあるもので、それが魅力となっている。山梨の地でブラジルやインドネシアの選手がピッチに立つ。このような閉塞した時代では、そのこと自体にとても意味があるのだ。試合の結果は1対1の引き分け。勝機も充分にあったので残念だが、勝ち点1を得たことを喜ぼう。勝ち点1には「分かち合い」という美学と思想がある。

 『桜の季節』が、『桜並木、二つの傘』というもう一つの桜の歌と共に発表されたのは、2004年4月14日のことだ。十年経つが、この歌の独創性は色あせることがない。最近、ユニバーサル ミュージックから『SAKURA SONG ALBUM』がリリースされた。このアルバムは2000年以降の桜の名ラヴ・ソングが主に集められ、『桜の季節』も収録された。この盤はまだ未聴だが、おそらく、『桜の季節』は他の「桜ソング」とは際立つ差異を持っているだろう。志村正彦も定型的な歌にしないためにかなり力を入れて創作したに違いない。「桜ソング」という美しい歌の並木の中で、『桜の季節』は慎ましく、気高く、その姿を現している。屹立した一本桜。志村正彦にふさわしい絵図だ。

 この孤高の桜ソング『桜の季節』を1曲目にしたため、メジャーデビューCD『フジファブリック』はリリースされた。歌詞は次の四つのブロックから成り、第1と第2のブロックが繰りかえされる。

  桜の季節過ぎたら
 遠くの町に行くのかい?
 桜のように舞い散って
 しまうのならばやるせない

 oh ならば愛をこめて
 so 手紙をしたためよう
 作り話に花を咲かせ
 僕は読み返しては 感動している!

 oh その町に くりだしてみるのもいい
 桜が枯れた頃 桜が枯れた頃

 坂の下 手を振り 別れを告げる
 車は消えて行く
 そして追いかけていく
 諦め立ち尽くす
 心に決めたよ

 第1ブロックの言葉を、歌の主体「僕」の発話だと捉えてみると、歌の主体は、「桜の季節」が「過ぎたら」という時間を設定している。桜が花を咲かせる時ではない。桜の花が散る時でもない。桜の季節自体が過ぎてしまうという時の設定は、普通の桜の歌にはありえない。時間の捉え方が独創的だ。「桜の季節」「過ぎたら」、その未来に設定された時間の中で、主体は誰とも分からない他者に対して、「遠くの町」に「行くのかい?」と問いかける。そして、歌の主体「僕」は「やるせない」とも感じる。この感情は、「桜のように舞い散って」「しまうのならば」という未来の時間においてのある仮定を先取りする形で、歌の主体に訪れる。

 第3ブロックに入ると、歌の主体「僕」の相手である他者が「行く」「遠くの町」に「くりだしてみるのもいい」という、やはり未来の時間が仮定されているが、それは「桜が枯れた頃」という季節だ。この楽曲で最終的に歌われているのは、「桜が枯れた頃」、その季節の風景だ。その解釈は難しい。桜の「冬枯れ」の季節なのか、桜の樹そのものの「枯死」を迎える季節なのか。どちらにしろ、「桜が枯れた頃」の情景には、桜の「死」が濃厚に漂う。おそらく、「桜が枯れた頃」に「その町」に「くりだしてみる」のは不可能なのだ。すべては遅すぎる。歌の主体は「その町」にたどりつくことはできない。歌の主体は「その町」に住む他者と再び会うことはない。

 志村正彦の凄いところ、おそろしいほど深いところは、常にすでに、この「桜が枯れた頃」と指し示されるような時間からの視点、未来の無あるいは不在、究極的には死という視点から、歌が創造されていることにある。だからこそ、彼の歌には深い哀しみと儚さ、美しさと余白のように語られる愛の感触がある。

 商業音楽という制約が大きい場でそれを成し遂げたの希有なことだが、そのことの意味と価値はまだまだ理解されていない。彼の友人の音楽家、熱心な聴き手には共有されていても、いわゆる「音楽業界」の人、メディアやライターたちの中でほんとうに理解している人は少ない。紋切り型の業界用語やライター用語で語っているだけだ。ここ2年の間、集中的に様々な書籍、雑誌、webを見てきたが、一部の例外を除いて、志村正彦在籍時のフジファブリックの試みが正当に評価されているとは言い難い。70年代以降のロック音楽批評の衰退というか退廃については、別の機会でじっくりと論じたい。

 さらに書くならば、日本語のロックという枠組を超えて、近代詩・現代詩を含めた、日本語の歌、詩的表現の歴史の中で、志村正彦の作品は評価されるべきだと考えている。
 昨年の春、3月に始まった「志村正彦LN」も一年が経過し、今回が73回目となる。およそ5日に1回のペースで、初志は貫徹できていると思う。50,000ビューを超えることもでき、拙文を読んでいただいている方々には深く感謝を申し上げます。
 志村正彦の正当で正確な評価を求めて、書かねばならないことは沢山あり、様々なテーマを同時進行で準備中だが、一つひとつ丁寧に時間をかけてまとめ、掲載していきたい。

   (この項続く)

0 件のコメント:

コメントを投稿